カーマインアームズ   作:放出系能力者

71 / 130
69話

 

 海賊というよりアスリートと言った方がふさわしく思える風貌の男、レイザー。その鍛え上げられた肉体をもって放たれるボールはまさに凶弾だった。スポーツ形式の試合だから命を落とすような危険がないとは、とても言えない。互いに念能力を駆使した常識外の試合展開は、もはやドッジボールと呼べるものではなくなっている。

 

「さて、次は誰を狙おうかな」

 

 レイザーチームの攻撃から試合が再開される。当然、ボールを持ったのはレイザーだ。私が塗りつけておいたぬめりのオーラは、レイザーのスパイクの衝撃によって引き剥がされている。

 

 自然とこちらの緊張は高まった。レイザーの球は恐ろしいほどの速度があるが、投げてくるタイミングは見ればわかるし、ボールは真っすぐにしか飛んで来ない。来るとわかっていれば回避も不可能ではない。

 

 だが、それをキャッチしようと思えば途端に難易度は跳ね上がる。さらにレイザーの実力の底はいまだ知れない。先ほどよりも速い球を投げてくるようならば避けることも難しくなるだろう。刹那の判断ミスが死につながる。

 

 全員が固唾をのんでレイザーの挙動に注視していた。大きく腕を振りかぶる。しかし『凝』を使って観察していた私は違和感を覚えた。レイザーがどこを狙っているのか、標的がはっきりとわからない。

 

 ボールを放つ直前、レイザーが体を横に向けた。その方向は私たちのチームの外野である。どこに向かってボールを投げようとしているのか、その狙いに気づいたときには手遅れだった。

 

「え?」

 

 まさか敵の外野に向けてボールを投げるだなんて普通は考えない。何の構えも取っていなかったゴレイヌは、その身に凶弾を受けた。気を抜いていたのか、念獣による瞬間移動能力も発動できなかった。

 

「ゴレイヌ!」

 

 きりもみしながら派手に吹き飛んだゴレイヌは起き上がらなかった。一撃で戦闘不能状態となり、内野コートにいたゴリラの念獣も消えてしまう。観戦していたツェズゲラ組のプレイヤーがゴレイヌのもとに駆け寄った。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

「ひ、ひでぇ……まさか死んだんじゃ……」

 

「ちゃんと手加減はしたぜ? だが、ちょっと力が入り過ぎたかもしれんな。救護室まで運んでやれ」

 

 レイザーが海賊の子分に指示を出す。ツェズゲラ組の三人が一緒に付き添って行った。まだ試合が続いている以上、選手である私たちはこの場を離れることはできない。心配ではあるが、付き添いの人たちに任せるしかなかった。

 

「それは違うんじゃないか、レイザー」

 

 唖然とした状況の中、最初に口を開いたのはゴンだった。静かな口調だったが、明らかな怒気を孕んでいることがわかる。

 

 先ほどのレイザーの行動は、あからさまにゴレイヌを攻撃する目的だった。いくら念能力有りの特別ルールがあるからと言って、選手をアウトにする目的から外れたこんな直接攻撃まで許されるのか。

 

「敵を排除する目的で念能力を使うことは、あのゴレイヌとか言う男もやったことだろ? そのおかげでオレは瞬間移動で自分の攻撃を食らうはめになったわけだ。ま、ルール上は問題ないからとやかく言うつもりはないが、やられたからにはやり返させてもらう」

 

 レイザーは『敵にパスをしてはいけないというルールはない』と臆面もなく言い切った。そんな言い分は屁理屈だ。パスを目的とした投球でないことは明白だった。

 

「ルールの決定権はオレたちにあると、最初に言ったはずだが? 強いて言うなら、まさか自分の方にボールが飛んでくることはないと思い込んでいたゴレイヌが悪い。違うだの違わないだのお前たちの議論に付き合う筋合いはないな」

 

「……わかった。そっちがそのつもりなら、オレたちもルールに従おう。その上で、お前を完璧に負かす」

 

 ゴンは腰を低く落とし、『堅』で守りを固めた。緻密に美しく練り上げられたそのオーラからは彼の並々ならぬ成長が感じ取れた。私が修行をしていたように彼もまたキルアと切磋琢磨し、弛まぬ努力を重ねてきたのだとわかる。

 

「来い、レイザー」

 

 ゴレイヌに当てて跳ね返ったボールはレイザーが持っている。ゴンの目はレイザー以外の何者も見てはいなかった。正面からボールを受け止めてみせるという覚悟を感じさせる。その気迫に、敵は呼応した。

 

「いいだろう。それだけの堅ができるならば死ぬことはあるまい」

 

 ゴンに向けて投げる気だ。そして、ゴンはそれを避けるつもりが毛頭ない。本当に任せて大丈夫かという不安は募ったが、互いに覚悟を賭けたその一騎討ちに割り込んでいいものかという葛藤もあった。

 

 多分、私がゴンの立場であったなら余計なお世話だと思うだろう。しかし、その邪魔をするべきではないという気持ちはレイザーの投球フォームを見て揺らいだ。

 

 床に振動が走るほどの大きな踏み込みとともにレイザーが投げる。腕の回転、腰のひねり、筋力と遠心力の作用がオーラによって相乗され爆発的な速度を得る。手加減なしの本気の一投だとわかる。

 

 無理だ。受け止めきれない。吹っ飛ばされるならまだしも、下手に当たればごっそりと肉体そのものを抉り取られるだろう。だが、既にボールは投げられていた。今から私が何をしようと間に合わない。ゴンを信じるしかなかった。

 

 そして、レイザーの球はゴンに届く。間違ってもボールが当たったとは思えないような破壊音が競技館に反響した。ゴンは受け止めきれずに衝撃で壁に激突するまで吹き飛ばされた。

 

「ゴン! 大丈夫か!」

 

「うん、平気」

 

「どう見ても平気じゃないわさ……」

 

 ゴンは頭から血を流して倒れていた。すぐに立ち上がるがふらついている。だが、それほど大きな怪我もなく意識もしっかりしているようだった。ボールの方はと言うと、ゴンに当たった反動でコンクリート製の天井に直撃してめり込んでいた。かなり奥まで突き刺さっており、落ちて来る様子はない。

 

『ゴン選手アウト! ボールは回収不能になりましたが、落下予想地点からゴンチームの内野ボールと判定します』

 

 次は絶対に捕るとゴンは意気込み、バックは自分が宣言すると言って聞かなかった。しかし、すぐに動ける状態ではないため、ひとまず外野で休ませることになる。先ほどのゴレイヌの一件から外野も安全とは言い切れないが、あれはレイザーがゴレイヌに対する意趣返しとして行った攻撃であるためゴンが狙われることはないだろう。そう思いたい。

 

「まさかあの一撃を逃げずに受け切るとは。大した奴だ」

 

 私の隣でツェズゲラが呟いていた。本当にそう思う。驚嘆すべきはその精神力、あの状況で一瞬の判断を見誤らなかったことだ。

 

 ゴンは最初、手を体の前に差し出すように構えていた。ボールを胸の前で受け止めるつもりだったのだろう。普通はそのようにキャッチするので何もおかしくはない。だが、レイザーの投球を目にしてゴンは構えを瞬時に切り替えた。

 

 手を額の上で組み、その一点を『硬』で強化してボールを受けたのだ。あの球速は腕の力だけで止められるようなものではない。もし胸や腹で包み込むように受け止めようとしていれば、分散した衝撃で臓器に深刻な被害をもたらしていたはずだ。

 

 硬い額とそれを保護する両手のガードに全てのオーラを集結させ、一点の防御力を最大まで高めて衝撃に備えたのだ。足を強化する分のオーラまで防御に回してしまったため踏ん張りが効かず後方に飛ばされてしまったが、衝突のエネルギーを受け流すという点から言えば間違った対処でもない。

 

 こうして傍から見ていれば落ちついて色々と考察できるが、実際にあの攻撃を前にして躊躇なく対処できるかと言えば難しいだろう。頭部で攻撃を受けとめようとするのだから、もし防御力が不十分であれば脳に重度の障害が起きても不思議ではなかった。

 

 いくら度胸があろうと容易く行動に移せることではない。少しでも迷いが生じればレイザーの球速に対応することはできなかっただろう。ナインのように後で回復が効くわけはない。判断を誤れば死が待つのみという状況でゴンは一歩も退かなかった。揺らがなかったのだ。

 

 その健闘空しくアウトになってしまったが、得るものはあった。次は捕ると豪語したゴンの言葉は決してはったりではない。彼の力を信じ切れなかった自分を恥じた。

 

『それではゴンチームの内野ボールから試合を再開します』

 

 気を取り直して試合に臨もう。こちらのチームにとって初めてのアウトとなるが、ゴレイヌを戦闘不能にさせられ、ゴリラの念獣も一緒に消されてしまったため、実質的には2人分の選手が内野からいなくなったことになる。

 

 だが、レイザーからボールを奪えたことは幸いだった。敵のボールはキャッチするだけでも困難を極める。この攻撃の機会を無駄にするようなことは避けたい。

 

「次はボクにヤらせてくれないか♠」

 

 そこでヒソカが横から名乗り出た。何か策があるらしい。ボールを持っていたキルアは、なるほどと納得したように頷いてヒソカにボールを渡した。

 

 ヒソカの能力については本人から聞いたことがある。特に隠すようなこともなく話していた。彼は変化系能力者であり、その発はオーラにゴムとガムの性質を持たせるというものだった。

 

 ヒソカの能力『伸縮自在の愛(バンジーガム)』のくっついたボールが敵チームの念人形に当たる。ゴムのオーラでつながったボールを手元へと手繰り寄せれば敵にボールを渡すことなく一方的に攻撃を継続できる。

 

「ギシャッ!」

 

『№2選手アウト!』

 

 能力の強さだけでなく、ヒソカは基礎能力からして並みの念能力者を上回っている。レイザーには及ばないものの鋭い投球を見せつけた。念人形ではキャッチすることができない。敵に息つく暇を与えず、ヒソカが続けてボールを投げた。

 

 狙いはレイザーではなく、念人形だ。残りの念人形はあと2体。まずは対処しやすい取り巻きから片づけ、レイザーを追い詰める作戦のようだ。

 

 ヒソカの狙いを察し、念人形のうちの1体が前に出る。その近くにもう1体が控えるように立つ。単独での捕球は無理と判断し、1体を捨て駒にするつもりか。一度当たって威力が落ちたボールなら、ゴムで回収する前にキャッチされてしまうかもしれない。

 

 だが、敵の目前へと迫ったボールは突如として軌道がぶれた。真っすぐ飛んでいたはずが、空中で不規則な動きを見せる。ヒソカがゴムのオーラを手元で揺らし、鞭のように先端のボールを操ったのだ。

 

「ギャッ!」「ギシッ!」

 

『№6選手、№7選手アウト!』

 

 この成果には思わず歓声が上がった。一気に2体のアウトを取り、これで敵の内野に残った選手はレイザー1人となる。

 

「やるじゃん! これなら勝てそう、か?」

 

 敵はあと1人、こちらはまだ内野に5人いる。しかも、ヒソカがボールを持ったままだ。圧倒的に有利な状況だが、私は漠然とした不安を覚えずにはいられなかった。

 

 杞憂だろうか。レイザーは確かに強いが、私たちのチームが弱いわけではない。敵はこちらの念能力など知らないのだから、ヒソカの能力のように相性次第で一方的な試合展開になることもあるだろう。

 

 何にしても最後まで気を抜かずに試合を続ければいいだけだ。まだ肝心のレイザーを倒せたわけではない。勝った気になっている場合ではない。

 

「『バック』だ」

 

 そこでレイザーが手を上げ、試合を中断した。バックを宣言する。なぜこのタイミングでと疑問に感じたが、考えてみれば当たり前のことだと気づく。

 

 まず、レイザーは内野にいるので自分自身をバックの対象としているわけではない。今、外野にいる念人形の中の誰かを内野に呼び戻すつもりだろう。バックは宣言した者だけが権利を有するが、念人形はレイザーが作り出した存在なので代理行使しても問題にならない。

 

 レイザー自身がアウトを取られたときに使えばいいのではないかとも思ったが、内野に1人しかいない状態でアウトを取られればその時点で負けが確定する。最後の1人として残された時点で、レイザーにバックを使う権利はなくなったのだ。

 

 だから念人形のうち誰か1体を内野に戻す以外にバックの使い道がない。今さら念人形が1体増えたところで大した戦力でもない。状況はまだこちらの有利に進んでいると思った。

 

「『№27』を戻す」

 

 そんな選手はいなかったはずだと敵の外野を確認したとき、そこには異常な光景が生み出されていた。

 

 7体いたレイザーの念人形が次々に一つの影へと重なっていく。1番から7番までいた選手は2人にまで数を減らしていた。残ったのは『№1』と『№27』だ。

 

 『№1』を外野に残し、6体の念人形が合体して生み出された『№27』が敵チームの内野に戻る。

 

「合体とかアリかよ!?」

 

『念能力なのでアリです。ただし、バックで内野に戻ることができる選手は1人だけなので、№27選手の内野での分裂は認められません』

 

 これで分裂が認められれば振りだしに戻されるようなものだ。だが、ある意味ではそちらの方がまだマシなのではないかと思えてならない。

 

 6体が合わさった念人形は格段に力強いオーラを放っている。大きさはそれほど変わらずレイザーと同じくらいの体格だが、内包するオーラの量は何倍にも増幅されている。

 

 これまで軽く考えていたが、そもそも念獣を一度に7体、審判役も合わせれば8体も同時に具現化するレイザーの能力は尋常ではない。しかも、そのどれもが自律行動可能な自動型でドッジボールという複雑なルールの戦いをこなし、レイザーをバックアップできるだけの実力を兼ね備えている。

 

 それだけ強力な能力のリソースを6体分合わせて作り出された念人形だ。単純に実力は6倍になったと安易に考えない方がいい。もっと強大な怪物となっている可能性は大いにある。そう思えるだけのオーラが感じられた。

 

『それではゴンチームの内野ボールから試合再開です』

 

 バックは使わせたが、敵の戦力は確実に増強されただろう。ここで相手チームにボールが渡れば恐ろしいことになりそうな気がする。ヒソカには頑張ってもらわないと。

 

「責任重大だね♣」

 

 おそらく、これまで通り投げても№27を倒すことは難しいかもしれない。ヒソカの球速でもキャッチされる恐れがある。

 

 ゴムでつながっているとはいえ、一度捕球されてしまえば引っ張り合いにもつれ込む。№27がどれほどのパワーを持っているかわからないが、もし力比べで負けてヒソカが体勢を崩すようなことがあればその隙を突かれかねない。

 

 敵に捕球させてはならない。そこで私が思いついたのは『伸縮自在の愛』と『落陽の蜜』の合わせ技だ。ゴムをくっつけたボールをぬめるオーラで覆うことで、二つの能力の良いとこ取りだ。

 

「ゴムで手にくっついてるから何とか持てるけど、すごく投げにくいかな♠」

 

 残念ながらヒソカの投球にまでぬめりの影響がでてしまったが、逆に言えばそれだけ敵も掴み取りにくいということだ。これならば仮に掴まれたとしてもゴムで引っ張り戻す力の方が有利に働く。多少は速度が落ちても問題ないはずだ。

 

「さあ、今度はボクたちが合・体・技を見せつけてあげる番だね❤ んー、名付けて『伸縮自在の愛の蜜(ストロベリー・ラブジュース)』……」

 

「はよ投げろ、変態」

 

 ヒソカは振りかぶったボールを、レイザーたちとは真逆の方に向かって投げた。

 

「は?」

 

 キルアが呆けたような声を出す。ナインも同じような表情をしていることだろう。敵の内野の真逆、つまり敵の外野である。ボールが向かった先にいたのは外野にいた『№1』だった。

 

「ギシェェッ!?」

 

 盗塁を刺すピッチャーのごとく振り向きざまに投げられたボールに対し、№1は予想もしていなかったのか避けることもできず吹っ飛ばされた。これはレイザーもゴレイヌにやっていたので反則にならないことはわかっているが、わざわざ今ここでやることだろうか。

 

 そう思ったが、№1に当てた後もぐんぐんとボールは後方へ飛んで行く。ヒソカは競技館の壁際まで飛んだボールを、今度は勢いよく引き寄せた。

 

「そうか、ゴムの反動か……!」

 

 限界まで引き伸ばされたゴムは急速に縮みながらヒソカのもとへ戻ろうとする。その勢いを利用して敵にぶつける気か。この方法ならボールを直接掴まずとも、かなりの速度で敵に投げつけることができる。

 

 ゴムの反動にプラスして、さらにヒソカの腕力による後押しが加わった。しなる鞭のようにたわむ軌道を描きながらボールは超高速に達する。これならば速度も申し分ない。むしろヒソカの先ほどまでの投球よりもスピードが出ている。

 

 ヒソカの狙いは№27のようだ。まずは力を推し量る。このボールにどのような反応を見せるか観察すれば、どれほどの力量を持っているのか推測も立つ。迫りくるボールを前にして№27は素早く横へ跳んだ。

 

 速い。ヒソカの反動投球をもってしても捕捉することはできなかった。ある程度予想はしていたが、簡単にアウトを取れるような相手ではない。

 

 しかし、敵はぬめるボールを掴み損ねることを恐れたのかキャッチしようとはしなかった。ならばボールを回収して攻撃を続けるまでだ。手を休めなければ隙が生まれるかもしれない。

 

 だが、そこで№27が動く。横に跳んで球を回避した直後、再び元の地点に戻った。超高速の反復横跳びだ。ボールは既に通り過ぎた後だというのに手を伸ばして何かを掴み取ろうとする。

 

 №27が掴んだものはヒソカの手とボールをつなぐゴムのオーラだった。握りしめられたオーラはその部分で固定され、勢いを大きく失う。ヒソカはすぐにゴムを引き寄せようとしたが、№27は手刀で素早くゴムを切断した。

 

 変化系能力によって性質が変えられたオーラには実体が生じる。他者のオーラによって干渉されれば破壊されたり打ち消されることもあるが、その強度は術者の顕在オーラ量に左右されるところが大きい。ヒソカほどの使い手で、ゴムという衝撃に強い性質を持つオーラからして、相当の実力者でなければ破壊することは難しいはずだ。

 

 それはこの念人形の実力を物語っていた。減速したボールは、後方で待ち構えていたレイザーに止められる。ぬめるボールを直接キャッチはせず、宙に跳ね上げてお手玉のようにいなす。その光景を見たツェズゲラが絶望的な声を漏らす。

 

「バカな……あれほどの攻撃がまるで通用しないだと……!?」

 

 レイザーはボールを軽く打ちあげるとスパイクを叩きこんだ。そのボールを№27があっさりと受け止める。敵チームの自陣内で行われたやり取りであり、攻撃のための行動ではなかった。レイザーのスパイクを受けたボールはぬめり気が払拭されてしまう。

 

「さて、反撃開始だ」

 

 敵チームにボールが渡ってしまった。№27がボールを持つ。しかし、なぜか投げる様子を見せない。人差し指を立て、その上にバランスよくボールを乗せた。

 

 何がしたいのかと思いきや、指の上でバスケットボールでも回すかのようにくるくると回転させ始めた。次第にその回転スピードは増していき、ついに周囲の空気を巻き込み風を起こすほどになる。壮絶に嫌な予感しかしない。

 

 高速回転するボールが№27の手から空中へ放たれた。トスを受けたバレー選手のごとく、レイザーがジャンプしボールをはたき打つ。またしても得意の超速スパイク。その標的はヒソカだ。やられたらやり返すというレイザーの言葉が頭に浮かぶ。

 

 降り注ぐ流星のような一撃をヒソカは何とか回避した。やはりキャッチは至難だが、避けるだけなら何とかなる。ボールは床に激突して跳ね上がった。

 

「♠」

 

 しかし、上手く回避したかに思われたボールは、どう考えても不自然としか思えない軌道でヒソカの背中目がけて跳弾した。おそらく、念人形がボールに仕掛けたあの異常なスピンによって跳ねる方向が変わったのだ。

 

 一度床でバウンドしているので、このボールに当たってもヒソカがアウトになることはない。しかし、受け損なえば確実に大ダメージを負うほどの威力がまだボールに残っている。敵の狙いはアウトではなく、ヒソカの肉体の破壊だ。

 

 まさかの跳弾で襲いかかるボールにヒソカは反応した。回避は不可能と判断したのか、背面キャッチを試みる。一度バウンドしたボールならば直撃よりも威力は和らいでおり、ヒソカは強靭かつ柔軟な身のこなしにより不安定な姿勢ながらもこれを掴み取ることに成功する。

 

 だが、そこでボールに込められた異常なまでのスピンが猛威を振るった。掴もうとする手を弾き飛ばすどころか逆にヒソカを回転に巻き込み、その体をもろとも飲み込もうとしている。

 

 その回転の流れに、ヒソカは逆らわなかった。一瞬のうちに空中で5回転。殺人スピンに身を任せつつ、その勢いを巧みにコントロールし、ボールを床へと叩きつけた。

 

 そこで『伸縮自在の愛』が発動する。ゴムとガムのオーラでボールを拘束し、床に貼り付けたのだ。ヒソカのオーラに囚われたにも関わらず、ボールはすぐに回転が止まることはなかった。猛り狂う手負いの獣のようにゴムの拘束から脱しようと暴れ回る。

 

 しかし、さすがの異常スピンも無限に続くわけではない。次第に暴れる勢いは鎮まっていき、数秒後にようやく沈黙した。

 

「指が7本くらいイッちゃった❤」

 

 寒気がするほどに技巧を尽くした攻防だった。レイザーの強さもさることながら、それを堪え切ったヒソカも称賛に値する。負傷はしたようだが、むしろあの攻撃を指数本の怪我で抑え込めたことに驚く。回転中、少しでも攻防力の移動に不備があれば、たちどころにミンチと化していたはずだ。

 

『ヒソカ選手アウト!』

 

 だからだろう。何とかレイザーの攻撃を凌ぎきったという安堵感が広がっていた私たちのチームは、審判の言葉をすぐに理解することができなかった。

 

「……何を言っている? 確かにヒソカはボールをキャッチできなかったが、そもそもバウンドしたボールだった。当たってもアウトにはならない」

 

『バウンドしていませんので、アウトです』

 

「ふざけるな! ミスジャッジも甚だしいぞ!」

 

『ジャッジへの不服は受け付けません』

 

 ツェズゲラが抗議するも審判は聞く耳を持たなかった。誤審としか思えないが、果たしてそんな小ずるい手段を使ってまでレイザーが点稼ぎにこだわるだろうかという気持ちもある。もう一度、私は先ほどの状況を思いだした。

 

 レイザーが放ったスパイクをヒソカは避けた。そして床に当たって跳ね返ったボールが再びヒソカに襲いかかっている。確かに、そのように見えた。

 

 しかし、異常事態の連続により見落としていたが、よく思い返してみれば不自然な点はあった。ボールが床に当たったとき、音がしなかったのだ。レイザーの強力なスパイクが当たったのなら、その衝撃が大きな音となっていなければおかしい。

 

 まさか、本当にバウンドしていなかったと言うのか。だとすれば、床に触れるギリギリのところで静止し、空中でバックスピンして軌道を変えたことになる。そんなことがあり得るか。

 

「くくく……信じられないか? なんなら、もう一度見せてやってもいいぜ?」

 

 誤審ではない。レイザーは、そんなつまらないことをする男ではない。異議を申し立てる声はあがらず、絶句するより他になかった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。