カーマインアームズ   作:放出系能力者

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73話

 

 

 

『他プレイヤーがあなたに対し「交信(コンタクト)」を使用しました』

 

 

 

「こちらツェズゲラだ。どうしたナイン、またカードに関する情報が必要になったか? 君たちのチームには借りがある。できる限りの協力はするが……なに? ゲンスルーの居場所? そうだな、教えておいた方がいいか。奴は現在、マサドラに滞在している。カードショップ周辺に近づくのは危険だ」

 

 

 * * *

 

 

 ゲンスルーは魔法都市マサドラにいた。彼のチームの構成員はリーダーであるゲンスルーを始めとして、サブとバラというプレイヤーの3名だ。

 

 ゲンスルーの姿は呪文カードショップの前にあった。他の2人の仲間はいない。サブは換金と情報を仕入れるためにトレードショップへ、バラは昼食の弁当を買いにそれぞれが別行動を取っている。

 

 マサドラに一店舗だけ存在する呪文カードショップはプレイヤーにとって重要な施設である。ここでしか呪文カードを購入することができない。それ以外の方法で呪文カードを手に入れるためには、他のプレイヤーから交換するか奪うしかない。

 

 その場所にプレイヤーが集まることは何もおかしくはないが、ゲンスルーは店に入る様子もなく、ただ入り口に視線を向けたまま何かを待っていた。

 

「やった! やったぞ……!」

 

 店の中から一人のプレイヤーらしき男が出て来る。彼は何やら喜びを抑えきれない様子でバインダーを眺めていた。感極まっているのか周囲を全く警戒していない。ゲンスルーは無造作にその男へ近づいていく。

 

「おめでとう。『離脱(リーブ)』でも手に入ったか?」

 

 ぱちぱちと拍手を送りながら歩み寄るゲンスルーの存在にようやく男が気づく。慌ててバインダーをしまった。

 

 『離脱(リーブ)』はグリードアイランドから即座に脱出できる呪文カードだ。それなりにレアで、カード化限度枚数は30枚。ハメ組が独占していた呪文カード流出後、ようやく市場に出回り始めているが、それでも圧倒的に需要が供給を上回っている。

 

 島外に出る方法は非常に限られている。まともにゲームをプレイする実力もなく、長年この島に閉じ込められ続けているプレイヤーにとって、この呪文カードを運良く購入することだけが唯一の脱出手段と言えた。

 

「い、いや……別に何でもない……」

 

「あんなに喜んでたのに何でもないってことはないだろう。こうして出会ったのも何かの縁だ、オレにも祝福させてくれ」

 

 そそくさと立ち去ろうとした男の肩にゲンスルーが手を置き、引きとめる。ゲンスルーはフォックスタイプの眼鏡を指でくいと押し上げた。笑顔だった。その表情を変えることなく、彼は男の腹に“祝福”を叩きこむ。

 

 リンチ以外の何ものでもない。殺人拳を理念に磨きあげられたゲンスルーの攻撃は、心構えからして平凡な念使いとは異なる。他者を傷つけることに特化した肉体と体術。

 

 『離脱(リーブ)』を手に入れるため金策に奔走し、なけなしの金で呪文カードを買い続けるしかなかったプレイヤーでは無力も同然だった。あっという間に戦闘不能状態となる。

 

「バインダーを出せ」

 

 ゲンスルーの要求はリンチにされた男にも容易に想像できた。カードを奪うための暴力である。『掏摸』『窃盗』『徴収』など、他者のカードを奪い取る呪文カードはあるが、そういう真っ当なゲームをする気はない。力によってねじ伏せ、欲しいものを奪い取る。これは暴力による強制だ。

 

「いやだっ!」

 

 だが、男はそれがわかっていながらゲンスルーの要求を拒絶した。勝てる見込みは一つもない。生殺与奪の権利を握られたこの状態で抗うことは愚かにも思えるが、それには理由があった。

 

 まずこのゲームには制作側が用意したプレイヤーキル防止策が存在する。プレイヤーが殺されてしまうとその証たる指輪が消滅し、バインダーの中のカードまで消えてしまうからだ。殺してしまえばカードを奪うこともできなくなる。

 

 だから略奪者は生かさず殺さず身の毛もよだつ拷問を与えてカードを奪おうとするようになった。それでもカードを渡さないようなら殺す。生かしたまま逃がすメリットがないからだ。逃がしたプレイヤーから自分の情報が知れ渡るという愚を冒す必要はない。

 

 では、素直にプレイヤーキラーの言うことを聞いてカードを渡した方がいいのかと言うと、そうでもない。前述の通り、逃がすメリットは何もない。用が済んだら殺した方が後腐れもなく片付く。

 

 どちらにしろ殺されるのだ。グリードアイランドが発売されて10年以上が経つが、いまだにクリアする者が現れない閉塞した現状がプレイヤー同士の殺し合いを加速させている。プレイヤーキルの横行という末期的状況を作り出している。

 

「お前なんかの思い通りになると思うな!」

 

 だからこその抵抗である。男は自分の死の運命を悟り、決死の覚悟で抗った。力で敵わない略奪者に対し、精神だけは屈することなく一矢報いる。敵の利になることだけは絶対にしない。その決意が、男の目からありありと感じ取ることができた。

 

 ゲンスルーは、そんな男の覚悟を鼻で笑う。本当に利口な者ならここでカードを惜しむようなことはしない。略奪者全てがプレイヤーキラーというわけではなく、ただの恫喝で終わる場合だってある。

 

 中途半端に仕入れた情報から偏った物の見方しかできず、勝手に陶酔し、さも何かを成し遂げたかのような気になっているだけだ。生存できるかもしれない可能性を自ら放棄していることに他ならない。蛮勇ですらない自己満足だ。

 

 そして得てして、そういった上辺だけの覚悟に浸る人間ほど、少し攻め手を変えてやるだけで脆く崩れ去ることをゲンスルーは知っている。

 

「勘違いするな。オレは確かにプレイヤーキラーだが、口封じのためにお前を殺そうだなんて思っていない。別にもう正体を隠す必要がないからだ」

 

 ゲンスルーの正体は『爆弾魔(ボマー)』だ。グリードアイランドにおいて、その名を知らない者の方が少ないだろう。念能力の爆発によって、これまでに何人ものプレイヤーが殺されている。

 

 長らくその正体は不明だったが、つい最近になってようやく情報が明らかとなってきた。50人以上のプレイヤーが大量死した事件を皮切りに、一気にゲームクリア間近にまで上り詰めたゲンスルー組。情報に敏い一部のプレイヤーは『爆弾魔』がゲンスルーであると気づいている。

 

 そしてそのカード収集率はゲーム中一二を争うほどの存在だ。リンチされた男が持っている程度のカードなどゲンスルーはさして興味もない。呪文カードなど有用なカードは奪うつもりだが、主目的は略奪ではなかった。

 

「オレたちのチームは今、ツェズゲラ組と対立している。どうやら奴らの仲間がこのカードショップに入り浸り、移動系スペルを大量に供給しているらしい。それを阻止すべく、こうして怪しげなプレイヤーに声をかけているわけだ」

 

「しっ、知らない! ツェズゲラなんてゲーム内で会ったこともない!」

 

「では、他に不審な人物に心当たりはないか?」

 

「いや、そう言われても……」

 

 男は記憶を遡るが、印象に残るようなプレイヤーはいなかった。頻繁にこの店に来ているというわけではないので、仮に出会っていたとしても気づかなかった可能性が高い。考えを巡らせる男に、ゲンスルーは優しげな口調で尋ねた。

 

「お前が奴らの仲間ではないという確証が得たい。バインダーを見せてくれ。過去にツェズゲラと出会ったことがあれば、記録が残っているはずだ。逆に言えば、そこに奴らの名前がなければお前の無実が証明される。オレが知りたいのはそれだけだ」

 

 ゲンスルーは男の動揺が手に取るようにわかった。先ほどまで殺すなら殺せと息巻いていた男の覚悟など、そこにはない。生き延びることができるかもしれないという希望が生まれてしまった。たったそれだけで命を賭した覚悟なんてものは容易く揺らぐ。

 

 恐る恐る、男がバインダーを取り出す。その行動を見ただけで、この男がツェズゲラとつながっていないことはわかった。実際に会ったことがあるなら、まさかバインダーを見せようとするはずがない。

 

 その行動に大きな躊躇が見られるのは、意図せずツェズゲラと出会ったかもしれない可能性を男自身が否定しきれなかったからだ。プレイヤー同士が互いに20メートル圏内に近づけば、その情報が自動的にバインダーへ記録される。気づかないうちに街中など人が多い場所ですれ違っている恐れはある。

 

 それでも会った記憶がないのだから記録されていない公算が高い。それに賭けるしかない。震える手で差し出されたバインダーをゲンスルーは受け取った。手慣れた様子でチェックしていく。

 

 ゲンスルーは呪文カードや金になりそうなカードを引き抜いて自分のバインダーに収めていく。固唾を飲んで見守っていた男は堪え切れず言葉を発した。

 

「ど、どうなんだ……!?」

 

「ん? なにが?」

 

「ツェズゲラの名前はあったのか!?」

 

「ああ、あったぞ」

 

 名前はあった。ゲンスルーは用済みのバインダーを男に投げて返した。そこに表示されているツェズゲラの文字を見て、男は顔を歪めた。

 

「非常に心が痛いが、お前が奴らの仲間である可能性がある以上、ここで野放しにしておくわけにはいかなくなった」

 

「待ってくれ! さっき見ただろう!? 俺が『離脱(リーブ)』を入手して大喜びしていたところを!」

 

「だから?」

 

「もしツェズゲラの仲間だったらそんなことするか!? トッププレイヤーの仲間が、たかが『離脱』の一枚くらいでそんな反応……」

 

「だから、それがどうした?」

 

 ゲンスルーにとってこの男を殺すか殺さないか、その基準は『バインダーにツェズゲラの名があるかどうか』でしかない。たとえ男の反応がどれだけ無関係の者に見えようと問題ではない。条件を満たせば即座に殺す。

 

 名前が載っていなかった場合は、念能力による時限爆弾を取り付け、いつでも爆破できることをほのめかした上で呪文カードを集めさせる。これによりツェズゲラたちを追い詰めるための移動系スペルを独占する。

 

 別にこの男だけが特別だったわけではない。同じ作戦を、カードショップに訪れた全てのプレイヤーに対して行っていた。

 

「疑わしき者は( ばっ )する」

 

「う、あ……」

 

 男に当初の威勢はなかった。もし、バインダーを出さずゲンスルーに抗い続けていたならば、念使いとしての最後の矜持を保てたかもしれない。敵に屈しなかったという誇りを胸に死ねたかもしれない。ゲンスルーからしてみれば、それさえも弱者の妄想に過ぎないが。

 

 だが、彼は生きる望みを持ってしまった。絶望の中に垂れ落とされた一本の蜘蛛の糸を掴んでしまった。もしかしたら助かるかもしれないという希望が打ち砕かれたとき、その先により深い絶望が待ち受けているとも知らず。

 

「良かったじゃないか、最後に望みが叶うんだ。お前はこの島から出ることができる。死体となって、だがな」

 

 オーラを集めた手を向ける。もはや全てを諦めた男に抵抗はなかった。次の瞬間、男の体は小爆発により消し飛び、死んだ証拠も残さずゲームの外へと投棄されることだろう。そう思っていた。

 

 ゲンスルーは即座に体を反転させ、背後に視線を向けた。男への攻撃を中断する。そんなことに気を取られている場合ではないことを瞬時に悟った。

 

 ゲンスルーの背後には森があった。その木々の向こう側から何者かの殺気を感じ取ったのだ。

 

「雑魚、ではないな」

 

 先ほどまで殺しかけていた男が走りだす。ゲンスルーはもはや眼中にない様子で、逃げて行く男を見逃した。

 

 森の奥から殺気の送り主がゆっくりと近づいてくる。それに合わせ、ゲンスルーのもとへ強烈な腐臭が漂ってきた。

 

 思わず眉をしかめる。濃厚な血の臭い。何十人もの血を血で洗い、そのまま何日も放置したような生臭さ。鼻が曲がりそうなほどの不快感を覚える。

 

 そのおぞましい気配に反して、姿を現したのは美しい少女だった。衣服が血で汚れているようには見えない。銀色の髪はところどころ剥がれたメッキの跡のように金色が貼り付いている。腕には奇妙な赤い昆虫らしきものを這わせていた。

 

 少女の目はゲンスルーを見ていない。焦点が合っているのかも定かではない。だが、おかしなことに彼は少女の方から無数の視線を感じるような気がしていた。

 

「お前は確か……ゴン組にいた一人だな? 何の用だ」

 

 ゲンスルーは少女の姿を一度目にしたことがあった。『一坪の海岸線』をツェズゲラ一行が入手した直後、そのメンバーを遠目から観察している。目立つ容姿をしていたので記憶に残っていた。

 

 少女から返答はない。その代わりに殺気が向けられる。話し合いは不可能と判断する。どう見ても正気とは思えなかった。

 

 ゴン組はゲンスルーにとってクリアを目指すために必要な略奪対象ではあったが、現状ではツェズゲラ組の対処に専念しており、まだ手を出してはいない。ここまで恨まれるようなことをした覚えはないが、敵対関係にあることは間違いなく、彼としても障害となるなら排除することに微塵の躊躇いもなかった。

 

 この血の腐臭についてもトリックは明白だった。念能力によって作り出した臭気であり、つまりハッタリだ。実際に人を殺してかぶった血の臭いではない。確かに高い実力を感じ取ることはできるが、下手な脚色に惑わされるほどゲンスルーは凡庸な使い手ではなかった。

 

 ゲンスルーは構えを取る。脚を開き、腰を落とした重心の型。拳は作らず、柔らかに開いた片方の掌を敵へと向ける。少女の殺気から察するに、機が熟せば向こうから跳び込んでくるだろう。針のように鋭く研ぎ澄まされた気迫がゲンスルーを中心に放たれる。

 

 そして少女は狙い通り、待ち構えるゲンスルーへと跳躍した。凄まじい速度により生じた突風が木々の葉を揺らす。なるほどと、ゲンスルーは心中でうなった。単身で勝負を仕掛けにきただけのことはある。

 

 その少女のパワー、身のこなし、オーラの移動速度、どれを取っても一流である。おそらく、ゲンスルーの仲間であるサブとバラでは分が悪い。この場に残ったのが自分で良かったと余裕を持つ程度には、彼は落ちついていた。

 

 彼は迎え撃つ手のひらにオーラを集める。確かに少女は速いが、必ず対象は自分からゲンスルーの攻撃射程圏へと入ってくる。そのタイミングさえ見誤らなければ迎撃は可能だ。

 

 彼は自分の能力に絶対の自信があった。『一握りの火薬』と名付けたその能力は、掌のオーラに爆発する性質を付与する変化系能力である。その性質から自分自身の手にまでダメージが及んでしまうため、それを防ぐために『凝』で保護しなければならないほど強力だ。

 

 これだけの説明では使い勝手が悪く思われるかもしれない。有限のオーラ顕在量のうち、能力の威力を高める分と自分の手を保護する分、そのどちらにもエネルギーの出力を割かなければならない。一見して非効率的に思える。

 

 しかし、爆発という現象は人間を行動不能とする上で大きな効果を発揮する。戦闘意欲を喪失させることを最優先に考えるのであれば、敵を即死させるほどの威力は必要ない。いかに効果的に肉体を損傷させ、精神的に追い詰めるか。ゲンスルーの能力はマンストッピングパワーに主眼を置いていた。

 

 防御が不十分な状態でゲンスルーの攻撃を受ければ、表皮だけでなく筋肉や神経までもが焼けただれ、重大な障害が残る。頭部や腹部などの急所に攻撃を受ければダメージが臓器の深部にまで達してしまう。

 

 敵の戦意をくじくための破壊だ。致命傷に至らずとも心理的要因によって人間は容易に行動不能となる。それまで健康だった肉体に、突如として刻み込まれる不治の欠落を前に何者も平常心を保つことなどできない。その隙が、さらなる好機をゲンスルーに与える。

 

 爆発のエネルギーを宿した掌は、蛇のようにしなやかに宙を滑った。何かの気配を感じ取ったのか、そこで少女の動きに制動がかかるが、もはやその距離はゲンスルーの手の届く範囲に達している。迫りくる少女の顔面を、彼の手が包み込んだ。

 

 『一握りの火薬(リトルフラワー)』発動。

 

 初見でこの爆発に対処することは不可能である。少女の整った顔立ちは一瞬にして破壊された。肌は焼けただれ、鼻は潰れ、歯は折れ、目は失明する。失われたものの価値が大きいほどに落胆も比例する。その美貌を失った少女はもはや立ち直れないだろう。

 

 そんなゲンスルーの思惑を裏切り、少女は止まらなかった。顔を爆破されてなお、その手がゲンスルーへと伸ばされる。だが、彼に焦りはなかった。敵が優れた戦士であれば、そういうこともある。あるいは正常な感情も持ち得ぬほどの狂人だったのかもしれない。いずれにしてもやることは一つだった。

 

 『一握りの火薬(リトルフラワー)』発動。

 

 顔面に当てた手からさらなる追撃を加える。しかも、今度は威力を加減しなかった。守りを固めた彼の手にも痛みが生じるほどの爆発。その衝撃は表面的な破壊では収まらず、確実に脳へと致命的ダメージを与えた手ごたえがあった。

 

 しかし、少女は動く。その手がゲンスルーの首を掴み取る。

 

 さすがに驚愕せずにはいられなかった。脳を破壊されて動ける人間がいるはずがない。その常識を否定するように、少女の顔面の肉がうごめく。彼の手の向こうで肉が盛り上がり、陥没していた骨格が修復されていく感触が掌を通して伝わってきた。

 

 『一握りの火薬(リトルフラワー)』発動。

 

 止まらない。少女の手がゲンスルーの首を絞めていく。ゆっくりと時間をかけて指が喉へ食い込んでいく。

 

 顔面を掴むゲンスルーの手、その指の間から少女の目が覗いていた。その瞳から感情を読み取ることはできない。狂人の思考など彼にはわからない。ただ、身も凍るようなおぞましさがある。

 

 『一握りの火薬(リトルフラワー)』発動。

 

 ゲンスルーは首を掴む少女の腕に対して爆発能力を発動させるが、そちらは顔面よりも遥かに守りが固かった。『凝』で守られた少女の腕を爆破することはできない。

 

 『一握りの火薬(リトルフラワー)』発動。発動。発動。

 

 幾度もの爆発も少女を怯ませることはできなかった。少しずつ、着実に首が絞まっていく。その手は万力のような握力で、一定に保たれた機械的な速度でゲンスルーの喉を絞めあげる。ついに、彼は攻撃を止めた。

 

「わかった! 降参! オレの負けだ!」

 

 このまま喉を圧迫されれば声を出すこともできなくなる。そうなれば交渉も、命乞いすらできなくなる。少女はゲンスルーの首が胴体から切り離されるまで力を緩めることはないだろう。

 

 完全に拘束されたゲンスルーを殺すつもりなら方法はいくらでもある。しかし、少女はあくまで絞首にこだわっていた。実際に万力で頭蓋骨を少しずつ圧迫して死ぬまで絞め続ける拷問や残虐刑があるが、今の彼はまさにその受刑者の気分だった。

 

「何が目的だ!? なぜこんなことをする!?」

 

 じわじわと、死の瞬間まで地獄の苦しみを与えて殺すつもりか。実際には頸動脈が圧迫されることで脳への血流が遮断され、死ぬよりも意識を失う方が先だろうが、そんなことは何の気休めにもならなかった。

 

「ぐぇ……! か、カード、か? カードが、ほしいのか!?」

 

 考えられる可能性としては、私怨かカードの二つだ。プレイヤーキラーとして数々のプレイヤーを殺してきたゲンスルーに恨みを持つ者は当然いる。その場合、もはや助かる道はない。

 

 だが、目的がカードの奪取であればまだ生き残れる可能性がある。藁にもすがる思いで提示した彼の言葉に、少女が反応する。首を絞め上げていた力が停止する。

 

「カード! カードか! そりゃそうだ! カードほしいよな!? おま、君にとっておきのカードをあげよう!」

 

 ゲンスルーは安堵した。この狂人に、まだ交渉事を理解するだけの脳みそが残されていたことに心底安堵する。相手がまだ利を考えることができる存在なら、口先だけで命運を掴み取ることも不可能ではない。

 

 これが有象無象のプレイヤーであったなら交渉にもならなかったかもしれないが、ゲンスルーはカードコンプリート率97%を誇るクリア目前のプレイヤーだ。

 

 厳密には残りの仲間とカードを分けて管理しているため、全てのカードをゲンスルーが持っているわけではないが、主要なレアカードは彼のバインダーに収まっている。少女の望みを叶えてやることは容易い。

 

「オレは激レアSSランクカード『一坪の密林』を持っている! これがどれほど貴重なカードか、知っているか!?」

 

 大した反応を見せない少女に、ゲンスルーは懇切丁寧に説明した。

 

 100枚ある指定カードのうち最高入手難易度のSSランクカードは5枚ある。さらにその中でも№000『?』、№001『一坪の密林』、№002『一坪の海岸線』のトップスリーは別格の存在だった。

 

 №000については99枚のカードをコンプリートすることで入手イベントが発生する説が有力視されているが、『一坪の密林』と『一坪の海岸線』は情報すらろくに判明せず、長らくこのゲームクリア最大の障壁として立ち塞がっていた。

 

 『一坪の海岸線』については最近になってようやく情報が明らかとなったが、『一坪の密林』はいまだに何もわかっていない。ゲンスルーが現在所持している同カードは『複製(クローン)』によってコピーされたものだ。

 

 『宝籤(ロトリー)』という呪文カードがある。これは全カードの中からランダムで一枚のカードに変身するという効果のカードで、あるとき運良く『一坪の密林』を引き当てたプレイヤーがいたのだ。

 

 当時、ハメ組に属していたゲンスルーらはその情報を知ってカードの入手者に接触を図ったが、そのときには既に遅く、ツェズゲラ組が先に多額の報酬で『一坪の密林』を買い取った後だった。

 

 ゲンスルーはハメ組解体後にツェズゲラ組を奇襲することで何とかこのカードを入手することができた。そのため、オリジナルカードはいまだに見つかっていない。その希少価値を彼は力説する。

 

「断言しよう! 今ここでしか絶対に手に入らないカードだ! このカードを君にやる! もちろん、それ以外のカードも欲しければ全部持って行ってかまわない!」

 

 実際はゲンスルーがやったようにツェズゲラ組を襲うことで入手できる可能性はあるが、そんなことはわざわざ言わない。とにかくカードの希少性を、自分の命の価値を少女に示す。

 

「だから、一旦この手を離してくれないか。逃げるつもりはない。逃げられるとも思っていない。この首にかけた手を、少しだけでいい。放してくれたらバインダーを差し出そう」

 

 だが、少女は離さない。そのままの状態でバインダーを出せということか。文字通り首根っこを掴まれた状態での交渉である。ゲンスルーの方が圧倒的に不利であることは言うまでもない。

 

「た、頼む。生きた心地がしないんだ……! 逃がしてくれなんて言わない! 手を、手をほんの少しの間放してくれるだけでいい!」

 

 彼にとって、ゴン組は何の変哲もない少年少女の寄せ集めだと思っていた。念能力者だろうと所詮は子供。どんなに才能があろうと生きた時間が違う。実戦経験の差は覆せない。誰がその子供の慣れ合い集団の中に、こんなバケモノが紛れこんでいると考えるだろうか。

 

 あの少年たちはどうやってこのバケモノの手綱を握っていたのか、ゲンスルーは小一時間に渡って問いただしたい気分だった。それとも彼のように本性を隠して潜入していたのだろうか。

 

「放してくれないなら出さないぞ……! 死んでもバインダーは出さない! 殺すなら殺せ! もう死んでやるぞおおおおお!! ウワアアアアア!!」

 

 彼は気が振れたような狂態を演じる。実際はそこまで自暴自棄にはなっていなかった。

 

 生き残るためにはその首にかけられた手から逃れることが絶対に不可欠な条件だった。このままバインダーを差し出しても目当てのカードを奪われた後でくびり殺されるだけだ。これまで命乞いをしてきたプレイヤーに彼が慈悲をかけたことはない。その結末は十分以上に予想できた。

 

 逃走成功率ゼロの状態から、1%でも可能性を作り出すためには何としてでもこの条件だけは譲れない。危険な賭けであることは承知の上で、ゲンスルーは惨めったらしく泣き叫ぶ。長年に渡ってハメ組を欺き続けてきた彼にとってこの程度の腹芸はお手の物だった。

 

 ゲンスルーの半分以上本音が混ざった迫真の演技が少女に届いたのか。定かではないが、その手が首から放された。くっきりと指の跡が残った彼の首すじに冷たい外気が触れる。まるで千尋の谷底から生還したかのような心境だった。

 

「ありがとう……ありがとう……い、いまバインダーを出す……」

 

 何とか拘束から逃れることはできたが、ここから簡単に逃走できるだなんて甘い考えは浮かばなかった。少女の身体能力の一端を彼は既に見ている。何か注意をそらすようなことがない限り、逃走は困難を極める。

 

 バインダーを渡した後も、少女の殺気がゲンスルーから離れることはなかった。確実に捕捉されていることがわかる。彼は少女を警戒させないように、亀のような遅さで細心の注意を払いながら後ずさった。一歩でも、一ミリでも長く距離を取るために。

 

 少女はゲンスルーのバインダーから無造作にカードを引き抜くと、自分のバインダーへと移し替えていく。その手つきから彼はすぐに察した。少女はどの指定ポケットに何のカードがあるのか、全く把握していない。

 

 入手困難なレアカードも大して苦もなく集められるBランクカードも関係なかった。まるで腹が減ったから目の前の食事に手を付けたかのような気軽さで、手当たり次第に胃袋(バインダー)へ収めていく。ハイエナも同然だ。

 

 ゲンスルーが5年を越える歳月をかけて集めてきた努力の結晶を。ハメ組との反吐が出るような仲間ゴッコの日々を乗り越え、ようやくゲームクリアが見えてきたというのに。クリア報酬の500億ジェニーが手の届くところまで近づいていたというのに。

 

 一枚一枚に深い思い入れがあった。その努力が踏みにじられ、食い荒らされていく。ハラワタが煮えくりかえるようだった。だが、そんな感情はおくびにも出さない。命に比べれば500億も安いものだ。死んだら1ジェニーの得にもならない。

 

 少女がカードの情報に詳しくないことは彼にとって僥倖と言えた。てきぱきと必要なカードだけを選び抜かれるより、移し替え作業に手間取ってくれた方がそれだけ時間も稼げる。その一秒が値千金の猶予となる。

 

 カードの略奪が終われば少女にとってゲンスルーを生かしておく理由はなくなる。それまでに何とか逃走しなければならない。彼は今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 

 だが、それはまだできない。少女がゲンスルーから意識をそらす瞬間を狙わなければ、とてもではないが逃げられるとは思えない。次第に、そんな都合の良い瞬間が果たして訪れるのだろうかという不安が膨れ上がっていく。

 

 そうしている間にも時間は過ぎる。焦りが心臓の鼓動を速めた。心音がタイムリミットを刻んでいく。今にも爆発しそうなほどに精神が追い詰められる。

 

 もう、一か八か。これ以上時間をかけるより、早く逃走に踏み切った方がいいのではないか。彼が決死の決断を下そうとしたそのとき、少女の動きが止まった。

 

 少女は一枚のカードを凝視していた。それはSSランクカードの一つ、№081『ブループラネット』だ。

 

 それまで他のどんなカードも一緒くたにバインダーへ詰め込んでいた少女が初めて興味らしき反応を示す。その理由はゲンスルーにもわからない。ただ、少女の意識が彼から離れ、カードの方へと移った気配を感じ取った。

 

 今しかない。もう二度とこんな好機は訪れないと彼は直感する。脇目も振らず駆け出した。その初速は彼の記憶にある限り、最速のスタートダッシュだったと断言できた。

 

 そして、転倒する。

 

 何が起きたのか、その一瞬意識が真っ白に塗りつぶされるほどの動揺に襲われた。転んだのだ。足元が滑り、体勢を崩して地面に倒れ込む。

 

「はぁっ、ははあっ、はあぁーーーっ!!」

 

 言葉にならない。この生死を賭けた大一番で取り返しのつかない稚拙な失敗を犯す。その無様さを悔やんでいる暇もない。すぐに起き上がろうと地面に着いた手に、ぶよぶよと異質な感覚が走った。

 

 粘り気のある変質したオーラがゲンスルーの体にまとわりつく。まるで粘着シートの上に捕まったネズミのようだった。もがけばもがくほど、粘液は繊維状の強靭な性質へと変化する。

 

 これは少女の念能力なのか。確認するために少女の方へと振り返ったゲンスルーは、その行動を深く後悔した。

 

 地をのたうつ彼の背後で少女が腕を振り上げていた。その腕には不気味な巨大昆虫が貼り付いている。いかにも頑丈そうな外骨格で覆われた刺々しい甲虫だ。それが少女の武器であることは見ただけでわかった。凄まじいオーラで強化されている。

 

 まさにその武器が振り下ろされる直前の光景であった。まだカードの詰め替え作業は途中だったはずだ。レアカードだってまだ何枚もゲンスルーのバインダーに残っている。ここで彼を殺せばそれらのカードは消滅してしまう。

 

 ゲンスルーが逃げられないことはもはやわかりきっているのだから、ゆっくりとカードを奪い取った後で殺した方が良いに決まっている。だが、少女はそれをしなかった。その理由を、彼は察する。

 

 少女は喜悦を噛みしめていた。初めて見せる人間的な表情。それを見れば、ゲンスルーを襲った彼女の目的が何だったのかすぐに理解できた。カードの奪取なんて二の次でしかなかったのだ。

 

 実利を得るためではなく殺しそのものを求める快楽殺人鬼。それは珍しくもない存在だった。『爆弾魔(ボマー)』のように悪名を馳せるプレイヤーはごく一部の例外であり、むしろ陰に隠れて人知れず人殺しを楽しむ外道は多い。

 

 そういう連中は所詮、表立って行動することもできず、こそこそと隠れて弱者をいたぶることで自分の弱さを慰める雑魚でしかない。ゲームクリアのためにG・I史上最悪の大虐殺をやってのけたゲンスルーからすれば、強さも頭脳も度胸もない連中だ。ついさっきまでそう思っていた。

 

 では、その悪名高き『爆弾魔(ボマー)』の中核たる彼を、事もなげに殺そうとしているこの少女は何なのか。それを表す適当な言葉など見つからない。

 

 ただ、無名にして生粋のプレイヤーキラーとしか言いようがなかった。

 

 少女の手が振るわれる。その一撃が自らの命を断つことを予感し、ゲンスルーは諦めた。もはや叶わぬ生への執着、死への恐怖を捨てた。その代わりに彼は願った。

 

 サブとバラ。多くの人間を欺いてきたゲンスルーが、嘘偽りなく心から信頼する二人の仲間の無事を願う。ここで自分は殺されるが、決して仇討ちを仲間に望んだりなどしない。これを敵に回してはならない。

 

 ――逃げろ!――

 

 それが彼の最期の言葉となった。

 

 

 * * *

 

 

 ゲンスルー、サブ、バラ。3名の死亡をもって『爆弾魔(ボマー)』の躍進劇に終止符が打たれた。

 

 ゴンたちは予想もしていなかったこの結果に戸惑った。その一報はゲンスルー組と抗戦していたツェズゲラ組から告げられた。ツェズゲラたちがゲンスルーを殺したわけではなく、彼らにしても思いがけない事態だったようだ。

 

 そして、その結末をもたらした者が誰なのか、情報を集めるうちに一つの推測に至る。渦中の少女とは連絡が取れなくなっていた。ゲームの外に出ているためだ。死んだ可能性もあるが、ゴンたちはナインが死んだとは思っていない。

 

 キルアは一度、G・Iの外に出てハンター協会にナインの安否を確認しに行っている。ナインが島外に出たのであればパリストンが保護しているものと思われたからだ。しかし、結果はなしのつぶて。何の情報も得られず、パリストンに会うこともできなかった。

 

「くそ、パリストンの野郎……オレたちとナインを引き離すつもりか。もしかして何かパリストンに言われて連れ去られたんじゃ……」

 

「いや、確かキルアにナインのお守を頼んだのはパリストンだったはずよね。あいつの性格だから何を考えているのか読むのは難しいけど、ここで何の連絡も取らずにバックレようとするかしら」

 

「じゃあ、なんで!」

 

「ナインがあたしたちに会いたくない事情があったとも考えられる。誰かにそそのかされた可能性もあるけど、自分の意思でこのゲームから出て行ったのかもね」

 

「オレたちに何も言わずか!?」

 

 キルアはやり場のない怒りをぶつける。ナインの性格を考えればゲンスルーを殺したことは明らかに普通ではなない。何かあったことは間違いなかった。キルアは一年前、自分が受けたハンター試験での出来事を思い出す。

 

 最終試験で非道な暗殺者である実の兄と出くわし、キルアは仲間のために望まぬ殺しをした。そのせいでハンター試験は不合格となった。その状況と、ナインの行動は少し似ている気がする。

 

 ゴン組はゲンスルー組に目をつけられていた。ツェズゲラ組が倒されれば次はゴン組が狙われる番だった。ナインはゴンたちのために自らの手を汚して敵を排除しようと考えたのか。

 

 だが、それなら一人でやろうとせず、みんなで協力すれば良かったはずだ。結果論でしかないが、殺人という最後の強硬手段に及ばずともすんだかもしれない。

 

 何か他にも理由があったのか。レイザー戦以降、ナインと別行動を取ってから違和感はあった。あまり個人の悩みに首を突っ込みすぎるのも良くないと思い、そっとしておいたが、こんなことになるなら目を離すんじゃなかったとキルアは後悔していた。

 

 ゴンたちが話し合いを続けていると、そこに何者かが移動系スペルで接近してきた。その人物はゴレイヌである。彼とは事前に連絡を取り合って、会談の場を開く手はずとなっていた。

 

 ゴレイヌはレイザー戦以降、ツェズゲラ組に属している。今回、彼はツェズゲラ組の使者としてゴン組と契約の履行や今後の方針について話し合うためここに来ている。

 

「すまんな。できればもっと早く会いに来たかったんだが、予想外の事態が重なってオレたちの組も対応に追われていた。まず、お前たちに伝えておかなければならないことがある」

 

 ゴレイヌの口から告げられたのは、大富豪バッテラのゲームクリア依頼キャンセルという一大事だった。このゲームをクリアしたプレイヤーには特典として指定ポケットカードの中から3枚を選び、現実世界へ持ち帰ることができる。そのカードと引き換えに、バッテラは500億ジェニーの賞金を約束していた。

 

 このゲームのプレイヤーはバッテラから選抜されて賞金目当てで参加している者が大半である。そのクリア依頼のキャンセルとなればただ事ではないが、別に報酬が欲しかったわけではないゴンたちからすれば特に驚くようなことでもなかった。

 

「正直、今のオレたちはそれどころじゃないしな」

 

「ナインのことか。実はその件で話がある。オレたちはナインがゲームから出て行く直前、彼女と会っていた」

 

「……え!? 何でそんな大事なこと黙ってたんだ!?」

 

「口止めされていた。それも含めて、オレたちはナインとある契約をかわしている」

 

 ゲンスルーたちが死んだ後、ナインはツェズゲラ組の前に現れた。彼女は自分のカードをツェズゲラ組に託し、そのカードをゴン組に届けてほしいと頼んでグリードアイランドから出て行ったという。その契約に関すること以外をナインは何も語らなかった。

 

「つーわけで、持ってきた。まあ状況から考えて、ゲンスルーから奪ったカードであることは間違いない。それ以外の方法じゃ手に入らないカードばかりだ」

 

 見せられたカードは、かなりの数に及んだ。既に持っているダブリカードも多かったが、SSランクカードの『一坪の密林』や『大天使の息吹』まであった。

 

「どーする? もらっとくか?」

 

 キルアはゴンに尋ねたが、ゴンの性格を考えればこれは受け取らないかもしれないと思った。ヒソカに情けをかけられたというだけでハンター試験に合格した自分の実力に納得できず、一発殴り返すまではライセンス証を使わなかったほどの頑固者だ。意に沿わない方法でカードを手に入れることを許せるだろうか。

 

「うん、もらっておこう」

 

 だが、そんなキルアの予想に反してあっさりとゴンはカードを受け取った。考えすぎだったかとキルアは気を取り直す。

 

「あと、これはビスケットに渡してくれと頼まれたカードだ」

 

「私に?」

 

 ゴレイヌが別に取り出したカードは『ブループラネット』だった。

 

「あの馬鹿弟子……」

 

 ストーンハンターであるビスケがこのゲームをプレイするきっかけとなった宝石である。だが、念願のアイテムを手に入れたビスケの表情は晴れやかとは言い難かった。

 

「そういえば、ツェズゲラ組もブループラネットは持ってなかったはずじゃ? 他のカードにしてもそうだけど、頼まれたからってこれだけのレアカードを正直に届けにくるか? そのまま自分たちの物にしてしまってもオレたちは気づけなかっただろうし」

 

「おい、見くびるなよ。ナインから受け取ったカードは一枚残らずお前らに渡した。『複製(クローン)』や『擬態(トランスフォーム)』でコピーもしていない。ツェズゲラは確かにがめついところもあるが、恩に仇で応えるような奴じゃないさ」

 

 ゲンスルーが死んだことでツェズゲラたちも大きな利益を得ている。ゲンスルー組が彼らの手に余る強敵だったことは事実である。

 

 カードショップを見張られ移動系スペルの補給路を断たれたツェズゲラは、追い詰められたフリをして島外にバッテラ経由で傭兵を雇い入れていた。この物量作戦でゲンスルー組を一網打尽にする計画だったのだが、バッテラが急遽依頼をキャンセルしたために傭兵も引き上げていた。

 

 ツェズゲラたちはG・I内でゲンスルー組の動向から目が離せなかったためにこの傭兵の引き上げを知らされておらず、計画通りゲンスルーを誘いこんでいれば空振りするばかりか逆に殺されていたかもしれなかった。

 

 それにゲンスルー組が『大天使の息吹』の一枚を所持したまま死亡しているため、ゲイン待ちだったツェズゲラの持つ『引換券』が『大天使の息吹』に変化している。これだけでも収支は上々と言えた。

 

「さて、さっきも話したがバッテラは依頼を取り下げた。もうクリアしても報酬の500億ジェニーはないわけだが、お前らはこれからどうするつもりなんだ?」

 

 報酬については最初からどうでもいいことだったが、キルアはこれ以上ゲームに興じる気にはなれなかった。ナインのことを放り出したままカードを集めて回っても楽しめるはずがない。

 

「オレは、ナインを探した方がいいと思う」

 

「探して見つけ出すのは難しいんじゃないかな。ナインの方がオレたちを避けているのだとすれば、なおさらね」

 

 ゴンの言うことはもっともだった。正論であるだけにキルアの心を逆なでする。

 

「じゃあ、どうすればいいってんだよ」

 

「このままグリードアイランドを攻略する」

 

 一気にキルアの頭に血がのぼった。仲間のことを見捨ててまでやるようなことではない。思わず手が出かけたキルアだったが、次いで発せられたゴンの一言を聞き、思いとどまった。

 

「このゲームをクリアすることがナインのところまで行く一番の近道だと思う。バッテラさんが依頼をキャンセルしてくれたのは、オレたちにとっては良かったかもしれない」

 

 バッテラとの契約では、グリードアイランドをクリアして持ち帰ったアイテムは全てバッテラに所有権を譲ることが取り決められていた。その依頼がなくなった今なら、クリア特典のカード3枚はプレイヤーのものとなる。

 

 キルアはゴンがG・Iのアイテムを使ってナインを探そうとしているのだと思い至った。だが、人探しに役立ちそうなアイテムがあっただろうかと首をかしげる。

 

「『同行(アカンパニー)』のカードが使えれば一気にナインのところまで行ける」

 

「いや、クリア特典は指定ポケットカードからしか選べないんだって。呪文カードは対象外だ」

 

「『擬態(トランスフォーム)』を使えば指定カードとして偽装できないかな」

 

 『擬態』の呪文カードは、持ちカード一枚を別の持ちカードに変身させる効果がある。他の適当な指定カードに変身させた上でゲーム外に持ち出し、『擬態』を解除すれば『同行』の呪文カードを現実世界で使うことができる。

 

 その場合、『擬態』を解除するためのアイテムとして『聖騎士の首飾り』も必要となる。持ち出しに成功すればいいがこの裏技がうまくいく保証はない。

 

「たぶん、うまくいくよ。オレがゲームの制作者だったら、そういうのもアリだと思うんだ。ジンならそうするだろうなって」

 

「何の確証もないのにすげー説得力だ……」

 

「相変わらずぶっ飛んだこと考える奴らだな。仮に成功したとしてもクリア特典3枚のうち2枠を潰すことになる。お前ら本当にそれでいいのか?」

 

「構わないよ」

 

「当然」

 

「あの子には師匠として、直接会ってガツンと言ってやらなきゃいけないことがあるわさ」

 

 ゴレイヌの問いかけにゴン組の全員が即答する。それを見たゴレイヌはやれやれと肩をすくめた。

 

「つまり、これからも攻略組として活動を続けるわけだな。こっちもそのつもりだ。500億の話はなくなったが、それでもこのゲームのお宝を現実世界で売ればかなりの大金になるだろうからな。お前らには同情するが、クリア特典を譲る気はないぜ?」

 

「もちろんだよ。それでも先にクリアするのはオレたちだろうけどね」

 

「随分な自信だな。オレたちツェズゲラ組の所有カードは97枚。№000を含めてコンプリートまであと3枚だ。そっちは今回入手したカードを入れても、まだ30枚近く集めないといけないぞ。敵うと思ってるのか?」

 

「できるさ。それだけの理由がある」

 

「……敵同士のオレからこんなこと言うのもおかしな話だが、お前らならやれる気がするよ。応援してるぜ」

 

 方針は決まった。ナインを追う方法は見つかった。しかし、なぜ彼女が何も言わずに去って行ったのか、その真意はまだわからない。実際に会っても、その先に手を取り合う未来は訪れるのだろうか。

 

「なあ、ゴン」

 

「ん?」

 

「ナインはオレたちのこと……」

 

 その先の言葉は続かなかった。不安に駆られるキルアに、ゴンは大丈夫だと笑いかけた。

 

「心配しなくてもナインなら大丈夫。きっと仲直りできる。だって、友達なんだから」

 

 

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