カーマインアームズ   作:放出系能力者

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蟻編
74話


 

「よし、鬼ごっこやんぞ。お前ら全員、鬼な」

 

 四方を壁に囲まれた広い施設の屋内に、十数人の人間がいた。壁には窓がなく、出入り口は一つしかない閉鎖的な場所だった。そこに集まった者のほとんどが小学生ほどの子供たちだった。

 

 その子供たちの輪の中に一人だけ大人が混ざっている。その中性的な顔立ちと体格の良さから一見して男性に見えなくもないが、声には女性らしい高さがあった。

 

 子供たちと追いかけっこをして遊ぶその光景は、小学校の先生が教え子と戯れているようにも見えた。本当に、そうだったら良かったのにと、彼は思う。その光景を少し離れた場所からトクノスケは眺めていた。

 

 チェル=ハース、ならびにトクノスケ=アマミヤ。二人はつい数カ月前までサヘルタ合衆国の特殊部隊に属していた。しかし、その経歴も今や過去のものとなっている。

 

 サヘルタの特殊部隊は国家の暗部として極秘任務を与えられることも多い。その育成には莫大な資金がつぎ込まれ、任務の性質上、口外することのできない政府の機密情報を抱えている。脱退を願い出たところですんなりと了承されることはない。二人は正式な手続きを経て退役したわけではなかった。

 

 彼らが特殊部隊として従事した最後の任務、世間では俗に『スカイアイランド号事件』と呼ばれる一件が全てを変えた。その任務の最中に戦闘不能となった二人は、ある組織に身柄を拘束された。

 

 それはアイチューバーのオフ会をスポンサーとして裏から牛耳っていた闇組織の一つである。オフ会会場に集まった二千人の観客に『新薬』を投与し、非人道的な人体実験を企てた研究団体だった。

 

 あの狂気の実験から生き延びた被験者が存在したのだ。それがこの場にいる子供たちだった。理由はまだ解明されていないが、子供だけは生存率が高かった。『新薬』の影響は被験者の精神と密接に関わっている。成人した人間よりも未知の事態に対する順応性は高かったのかもしれない。

 

 『新薬』の研究団体は貴重な実験対象として生存者を捕獲した。事件が公になる前に介入して運び出している。唯一、成人した人間でありながら生き残ったチェルも拘束の対象となった。そのオマケとしてトクノスケも捕まった。二人が裏組織の計画を大きく狂わせた一因でもあったので、その背後関係を洗い出すための情報源として捕虜とされた。

 

 サヘルタの特殊部隊として敵対組織に捕まった際の対応は叩きこまれている。絶対に情報を漏らすことはできず、その可能性が少しでもあれば自らの命を即座に断つ。そのマニュアル通りの対応を取っていたならば、トクノスケはこの場にいなかっただろう。

 

 彼は祖国を捨て、闇組織に恭順した。葛藤がなかったわけではない。憎むべき相手に魂を売ったことを恥じた。しかし、それを差し置いてでも守りたいものがあった。

 

 チェルの命を救うには、研究団体が作った鎮静薬が必要だった。その薬があれば、新薬の暴走を一時的に抑え込むことができる。彼女の命を盾に取られたトクは反抗の意思を完全に折られた。忠誠を誓った祖国を裏切ってでも仲間を助ける道を選んだ。

 

 人質に取られたのはチェルだけではない。同じく捕えられた子供たちもそうだ。チェルが闇組織に反抗せず、おとなしく従っている一番の理由は子供たちがいたからだった。

 

 新薬の影響はまだ体に深く残されている。毎日の鎮静薬投与は必須であり、その副作用も大きい。実験動物として飼われているこの現状は、心身ともに深刻な影響を与えていた。

 

 チェルは少しでも子供たちを安心させられればと、こうして一緒に遊ぶ機会を設けているが、それは彼女自身にとっても心の支えとなっている。同じ『病』に苦しむ同胞として、子供たちはチェルに心を開いた。

 

 一種の共依存に近い感情ではあったが、チェルもまた彼らから向けられる信頼に報いるため心を強く保つことができていた。たとえそれが闇組織に仕組まれて利用されている関係だったとしても今さら見捨てることなどできない。

 

 チェルもトクも、がんじがらめだ。巧みに作り出されたこの逃げ場のない状況は人心掌握に長けた闇組織の手腕であった。そのトップの名は『ジャイロ』という。

 

 この研究所はネオグリーンライフ、通称NGLと呼ばれる国にあった。ジャイロはこの国を基点として麻薬製造と流通に関する一大シンジケートを築き上げている。これまで製造してきたD2と呼ばれるドラッグに加え、新たな事業としてこの新薬開発に着手していた。

 

 ジャイロはNGLの影の支配者であった。一国家を隠れ蓑に、裏で大々的な犯罪活動に手を染めながら、それを押し通すだけの力がある。この国が裏でドラッグの大量製造を行っていることは一部の知識層にとって周知の事実であったが、それでありながらいまだに検挙できていないことがジャイロの権力を物語っていた。

 

 実際に、一度だけトクはジャイロと会ったことがある。特権階級特有の驕りなどは一切感じさせない気さくな男だった。だがその人間性の裏側に、得体の知れない何かが隠されていることを感じ取った。彼の言葉は友人と交わすように心に染み込む温かみがありながら、その一方でどこか隔絶している。そのある種、超人的風格には異様なカリスマがあった。

 

 ジャイロはトクの念能力者としての強さを買い、捕虜の身であった彼にある程度の自由を与え協力関係を提示している。チェルと子供たちの扱いについて、むやみに危害を加えるようなことはしないことを約束しているが、それがどこまで信用できるか定かではなかった。

 

「ママ……」

 

 物思いにふけっていたトクの思考が遮られる。それまで楽しそうに遊んでいた子供の一人が急に泣き始めた。無理もないことだった。表面上は平静を保っているように見えても、心の奥には深い傷を抱えている。その感情がいつ決壊してもおかしくない。

 

 だがここにいる被験者にとっては、そんな小さな感情の発露が取り返しのつかない発作になりかねない。

 

「ままあああああ! ああああああ!!」

 

 もう二度と会うことのできない家族を思って少女が泣く。チェルが慌てて駆け寄りなだめるが泣きやむ様子はなかった。少女の腕に、うろこのように赤い結晶が生じ始める。

 

「大丈夫! 先生がここにいるぞ、ジャスミン!」

 

「あああああああ!!」

 

 チェルが少女を強く抱きしめた。すぐにトクは二人のもとへと向かう。鎮静薬を取り出して少女に注射しようとする。

 

「やだやだやだあああああ!!」

 

 この暴走状態を抑え込むためには鎮静薬を投与するしかない。しかし、毎日のように投与され続けている子供たちはこの薬がもたらす副作用を実感している。人体に与える影響がろくに検証もされていない薬だ。半ば毒物にも等しいその薬を、少女は拒んだ。

 

 だが、それでも与えるしかない。チェルは少女を拘束するように強く抱きしめる。その隙にトクが注射を打った。絶叫を上げて少女が苦痛に身を震わせる。

 

「ごめん……ごめんな……」

 

 周囲の子供たちは黙ってその光景を見ていた。つられて泣きだすような者はいない。そんなことをすれば自分も同じ目に遭うかもしれないという恐怖が子供たちの精神を抑制していた。

 

 やりきれなかった。研究団体は開発が進めば薬効も副作用も改善された完全な鎮静薬を作れると謳っているが、どれだけの期間がかかるというのか。それまでに子供たちの体はもつのか。

 

 チェルは、助かるのだろうか。トクは無意識の内に、薬液を投与し終わった注射器を握りつぶしていた。

 

 

 * * *

 

 

「ヴィクトリアンメイドとフレンチメイドの違いについて、お話しします」

 

 却下する。私は視線で目の前の女の発言を封じた。

 

「……すいません、そんな一般常識、聞かされるまでもないということですね。では、基本的なデザインと性能についてだけ説明させていただきます」

 

 グリードアイランドから帰還した私はパリストンが用意したゲーム機のある場所に戻ってきた。その際、ゲーム内で手に入れたアイテムは指輪とその中に残されたデータを除いて全て失われている。シックスが着ていた衣服もなくなり、裸で放り出されてしまった。

 

 着替えくらいは自分で適当に用意すればよかったのだが、そこで例のディックサクラ店員の登場である。しかし自分が自由に行動できる立場ではないことはわかっていたので異論はなかった。

 

「まず、今回のお洋服はご覧の通りメイド服です。メイドさん……なんて甘美な響きなのでしょう。元はただの女中のお仕着せでしかなかったその服も、いまや数々のロマンが込められたファッションです」

 

 エプロンドレスにホワイトブリム。色は地味な黒と白のモノトーンだが、フリルの飾り気や腰の後ろで大きく結ばれたリボンなど、これをお仕着せというには無理がある。何より、そのスカートの丈が目を引く。

 

「わかっています。質実とは程遠いこの暴力的なまでのスカートの短さ。本来のメイドとしての流儀から外れた下品さが表れてしまったことは事実。私も悩みました。しかし、王道のヴィクトリアンスタイルではそのロングスカートが戦闘において行動を大きく阻害してしまいます。家事を行う上では適した服装も、戦場においては不適格。ハウスキーパーと戦士、この二つを両立させるために私としても苦渋の決断でした」

 

 両立する必要はあったのか。剥き出しになった脚は白いニーソックスを履かされている。店員は専用のスティックのりを取り出すと、靴下とスカートの間の露出した肌の部分を1ミリ単位で計測しながら止める位置を調整していく。それが終わると、調整した靴下の上にぴたっと頬を当てる。

 

「しゅき……」

 

 しみじみとつぶやく店員の横っ面に膝蹴りを食らわせた。

 

「あぐぁっ!? ……ご、ご褒美ですか?」

 

 沸々と湧きあがる殺意を抑え込む。せっかくグリードアイランドで鎮めていた感情をこんなところで再燃させるなんて馬鹿らしい。

 

「あぁ……その絶対零度の瞳、養豚場のブタを見るような目……奉仕なんて言葉とは真逆の王者の風格でありながら、身に纏う衣服はメイド服。なんて倒錯的で心躍るお姿なのでしょうか、お嬢様!」

 

 衣服のデザインなど、どうでもいいことだ。重要なことはその機能性である。この服は店員が念能力を使って作り上げたものだった。具現化したのではなく、実在する糸に己のオーラを染み込ませ、一針一針縫いあげることで途方もない労力をかけ完成させた逸品だ。

 

 発に加えて神字による術式も合わせてオーラを隠の状態で定着化させており、術者本人の手から離れても防御力はさほど落ちない。さらに付着した汚れを自動的に落とす機能や、内蔵された店員のオーラが底を尽きない限りは損傷を自動修復する機能までついている。

 

 単純な防御力だけでも軍用のボディアーマーを遥かに凌ぐ耐久性があり、戦闘装備としての実用性は非常に高い。その馬鹿げたデザインも敵の油断を誘う上では役に立つこともあるだろう。

 

 それが私に求められた役割だと言うのなら、利用できるものは何でも利用する。

 

「それではこのあと、パリストン様との会合が予定されておりますので、会議室までご案内いたします」

 

 店員の指示に従い、施設の内部を進む。ここはパリストンが用意した何かのビルだった。ハンター協会の本部ではない。本体は腕に這わせたまま堂々と通路を歩く。

 

 会議室に入ると中にいた人物から視線を向けられる。二人の男が席に着いていた。どちらも私の知らない人物だ。

 

「ほう。お前が例の?」

 

「なんとまぁ、これは……」

 

 一人は大柄でサングラスをかけた男だった。シャツにネクタイという姿だがビジネスマンには見えない。まくり上げられたシャツからは屈強な太い腕を見せている。

 

 もう一人は対照的にきっちりと背広まで着こなし、眼鏡をかけた男だった。外見的に線は細く見えるが、決して弱くはない。どちらの男も念能力者としては一流の使い手だとわかる。

 

 二人は値踏みするようにこちらを見ていた。友好的な気配は欠片もない。むしろ、鋭い敵意すら感じ取れた。すぐさま攻撃してくるようなことはないだろうが、良く思われていないことは確かなようだ。

 

「話には聞いていたが、マジでこんなガキにネテロのじいさんがやられたのか……とてもじゃねぇが信じられん。会ってみるまではと思って憶測で物を考えるのは控えていたが、ダメだな。やっぱり気に食わねえ」

 

 その発言を聞いて納得できた。この二人はおそらくパリストン派の人間ではない。ここに招かれているということは明確に敵対しているわけではなさそうだが、ネテロ元会長寄りの立場にいる協会員かもしれない。

 

「まだ話もしていないのに決めつけるのは早計では?」

 

「よく言うぜ。お前だって見りゃわかんだろ、あの目。パリストンはあの少女も不幸な被害者だとか抜かしてたが、あれがそんなタマかよ。だいたい何で『絶』してんだ? 何か隠さなきゃならないことでもあんのか?」

 

 私はここに来てからずっと絶の状態で過ごしていた。疑われるよりも晒した方がいいかと思い、纏の状態にする。

 

「……あー、わかったわかった。閉じとけ。くせぇ」

 

 大柄の男は鼻をつまみ、眼鏡の男はハンカチを口元に当てて押さえた。私はまた絶の状態に戻した。より険悪な雰囲気となったところで、そこにパリストンが姿を現す。

 

「いやー、すみません! 遅れちゃいましたーって、あれ? まだ会議始まるまで5分もあるじゃないですか。みなさん、まじめですねー。では、全員そろったことですし、さっそく始めましょうか」

 

 ネテロの死と私の存在について、当然ながらハンター協会はその対応に紛糾している。まずはその現状確認から説明された。

 

 会長がいなくなったためにハンター協会の最高幹部である『十二支ん』が現在の協会運営を取り仕切っているのだが、一致団結しているとはとても言い難い。ハンター十ヶ条では会長の座が空白となったときは直ちに次期会長選挙を行うことが明記されているが、それも具体的な見通しは立っていない。

 

「今は選挙よりも優先して対処すべき課題が残されています。問題を棚上げしたまま次期会長選挙に勤しんでいる場合ではありません」

 

「それもどうせお宅の得意の時間稼ぎだろ? 次期会長が決定されるまでは副会長に代行権が与えられる。今の権力を握り続けるにはもってこいだ」

 

「え? そんなことする必要ありますか? 選挙したら普通に僕が勝って会長になると思いますけど」

 

 大柄の男は苦虫を噛み潰したような表情になる。選挙でパリストンが勝つかどうかは知らないが、今はそんなことにかまけている場合ではないということは事実だった。

 

 ネテロがV5と交わした秘密任務も明らかとなり、事はハンター協会内部のいざこざで済む話ではなくなっている。新たな災厄の動向、つまり私の存在がネックになっている。

 

「ネテロさんの死に納得できない方が協会に多数おられることはわかっています。ですがその感情に支配されるまま彼女を、シックスさんを迫害するようことは正しいと言えるのでしょうか。私は断固として否定させていただきます」

 

「あんたの言い分はわかってるよ。十二支んできちんと話し合って決定されたのであればどんな内容であっても文句は言わねぇ。余計な前置きはいいから、何でオレたちをここに呼んだのか、さっさとそれを言ってくれ」

 

「はい、実は……」

 

 ミテネ連邦のNGLという国において第一種隔離指定種に認定されている『キメラアント』という虫の存在が確認された。その生態についてはよく知っている。なぜなら私も『それ』だからだ。

 

 私と今回発見された種が明確に異なる点は、体の大きさだろう。NGLのキメラアントは人間大の巨体を持つ。女王アリは人間の味を覚え、その結果生み出された人型キメラアントの群れが周辺一帯の人間を根こそぎ滅ぼす勢いで狩り尽くしているという。

 

 既に独自に情報を入手したハンターが何組もNGLへ向かったようだが、音信不通になったハンターが多数いる。巣が目視できる距離まで近づけた者もいたらしいが、強力なキメラアントの個体に襲われ命からがら逃げ帰って来たらしい。

 

「強力な個体とは、具体的にどのくらいの強さですか?」

 

「交戦したハンターのカイトさんは実力的に言えば十二支んにも匹敵すると思いますよ。腕一本もぎ取られながらも逃げ帰って来れたのはむしろ優秀だったからこその戦果でしょう」

 

「十二支んが裸足で逃げ出すレベルですか……」

 

 しかもそのハンターによれば、おそらくその個体は『護衛軍』と呼ばれるキメラアント組織の上位に属し、同レベル体の個体が複数いてもおかしくないという。

 

 これまでに判明したキメラアントの生態に則せば、巣を造営して間もない今の時期に『王』と呼ばれる組織最上位の存在はまだ生まれていないと思われる。だが、護衛軍でさえそれだけ強者だというのに、その上に立つ王が生まれればどこまでの力を持った存在となるのか。想像もできない。

 

「王が生まれる前に、早急にハンターを送り込み制圧したいところですが、戦力の逐次投入は危険です。キメラアントの生態上、敵の戦力をさらに増強させる結果となるでしょう」

 

「可能な限り少人数で、それでいて敵を制圧できるだけの精鋭が必要というわけですか。それで私とモラウさんが選ばれた、と」

 

「はい、もし私がネテロさんの立場であったなら、間違ないなくお二方を伴って現場へ赴いたことでしょう」

 

「買いかぶりすぎじゃねぇか? オレたちは確かに戦場のサポートには向いてるが、素の戦闘力で言えばもっと強い奴が他にいるだろ。さすがにノヴとオレの二人じゃ、ちっとばかりしんどい仕事になりそうだ」

 

「ええ、ですからここにいる“お三方”に協力をお願いしたいのです」

 

「……まあ、なんとなくそういう話の流れになるんじゃねぇかと思ってたけどよ。一応確認しとく。オレと、ノヴと、あと一人は誰だ?」

 

「もちろん、シックスさんです」

 

 大柄の男は露骨なため息を漏らし、眼鏡の男は大げさに天を仰いだ。

 

「モラウさんの『紫煙拳(ディープパープル)』とノヴさんの『4次元マンション(ハイドアンドシーク)』によるサポートに、シックスさんの力が加わればキメラアント討伐作戦は必ずや成功することでしょう!」

 

 パリストンが私の災厄を戦力に勘定しているのなら、ここまでの大言壮語も不思議ではない。アルメイザマシンを使えばこの三人で問題なく対処できるだろう。いや、私一人で十分だ。

 

 私はアルメイザマシンの力を封じたことをパリストンに告げていなかった。が、パリストンにとっては作戦が成功すれば良し、負けても良し。この男がそんな物の考え方をしていることは既に気づいている。もしかすると、私が隠している誓約についても見抜いているのかもしれない。

 

「もちろんシックスさんに強制は致しません。あなたが飼われているキメラアントと、同種の存在と戦うことになるのですから忌避感もあるかもしれませんし……」

 

 そんなものはない。人間を殺すのも同じだ。今の私にとっては、むしろ忌避感は少ないだろう。

 

「そう言ってくださると思っていました。ですが、協会内部にはまだあなたのことを疑っている方がいらっしゃいます。今回の人型キメラアントとシックスさんの関連性を」

 

 キメラアントは暗黒大陸原産とされる虫だ。人間の駆除から逃れたアリがどこかで生き延びていた可能性はあるが、それでも人間大の大きさの種が生まれたことは異常である。そこに私の存在が合わされば、つながりを疑われても状況的に仕方がない。

 

 パリストンは私がグリードアイランドをプレイしていた時間を使ってシックスの受け入れ態勢を整えていたようだが、ここに来てNGLのキメラアント事件が発生し、再び協会では議論が割れ始めている。

 

「そこでシックスさんにこの事件の解決に向けて活躍していただくことで、今回の一件とは無関係であることと、ハンター協会の一員として友好的な関係を築く意志があることをアピールしてほしいのです」

 

 それがどんな手段であったとしてもハンター協会が手をこまねくような案件を解決できたとすればそれなりの名声が手に入る。それを使って自分の経歴を禊げということか。

 

「おいおい、そっちの思惑なんざどうでもいいぜ。なんでオレたちがお前らの事情に付き合わされなきゃなんねーんだよ。正直、ノヴと二人でやる方がまだマシだ。強い弱いの問題じゃない。こんな奴に命を預けて戦えるか」

 

 難色を示す大柄男に対し、パリストンは悩ましげにうなる。

 

「困りましたねぇ。モラウさんとノヴさんを選んだのは、何もサポートに向いているからというだけではありません。ここで私が懇意にしているハンターをシックスさんの補佐として付けることは簡単なことですが、それでは彼女の客観的な実力と活躍を協会の皆さんにお伝えするために最善とは言えません」

 

 あえてネテロ元会長派の人間を私のそばに置くことでより公平な評価を得ることができる。しっかりと二人の前で行動して見せ、実力を示せばパリストン派を毛嫌いしている人間も私のことを認めざるをえなくなる。

 

 だが、それは諸刃の剣でもある。良くも悪くも評価を下すのはネテロ派の二人の一存だ。最悪、根も葉もない噂を流されて余計に私の立場が悪くなる可能性も考えられた。それを考えれば少しでも印象を良くするために仲良くしておいた方がいいだろう。

 

「いくじのない人間は、ひつようない」

 

 だが、私は一刀のもとに迷いを断ち切る。媚びを売ってまで協力を願い出るつもりはなかった。要は結果を残せばいい。キメラアントを討伐できれば、その事実をもってパリストンが私を神輿の上に据えるだろう。

 

「わたしひとりで、やる」

 

 その言葉を聞いた大柄の男は初めて笑顔を見せた。歯を剥き出しにした獰猛な笑みは敵意に満ちながらも、なぜかこちらを少しだけ認めたような色を含んでいる。

 

「わかりました。その依頼、引き受けましょう」

 

 先に了承の意を示したのはノヴと呼ばれた男だった。

 

「このままキメラアントの増殖が進めばミテネ連邦を飲み込むことは時間の問題です。放ってはおけません」

 

「シックスさんとも協力していただけるのですか?」

 

「構いませんよ。使えるようなら使う。そうでなければ切り捨てるだけです」

 

 眼鏡の奥からこちらを見据える目は、まるで道具を見るかのように冷え切っていた。パリストンはそんな男の態度に何も言うことはなく、ただいつもの笑顔を貼り付けている。

 

「しゃあねぇな。オレも引き受けてやるよ」

 

「ありがとうございます、モラウさん」

 

「ま、あんたの思い描いた図面通りに事が運ぶ保証はないがね」

 

 もう一人の男も同調した。これで形だけはキメラアント討伐隊の完成となる。

 

「ええっとチビちゃん、名前なんつったっけ?」

 

「確かハンター登録名簿にはチョコロボフと記載されていましたね」

 

「そうそうチョコロボフだ! くくっ、よろしくな、チョコロボフ! オレはモラウ=マッカーナーシだ」

 

 がしがしと粗雑に頭を撫でまわしてくるモラウの手を払いのける。ノヴは一言の挨拶もなく私の横を通り過ぎて部屋を出ようとしていた。それをパリストンが呼び止める。

 

「あっ、そうだ! 一つ大事なことを伝え忘れてました! あれー、資料どこだったかな……」

 

 パリストンはごそごそと書類の山をあさっている。この男が本当に大事なことを伝え忘れるはずがない。その発言も動作も、何もかも胡散臭かった。

 

「実はNGLに要注意の犯罪組織があるんですよ」

 

「ああ、違法ドラッグの製造密売しているってあの噂だろ。知ってるよ。だが、キメラアントとは別件だろ」

 

「それはそうなんですが、最近になって無視できない動きがありまして。少し厄介なことになるかもしれません」

 

 どうやらキメラアントを倒せばそれで済むという話でもないらしい。パリストンの笑顔は邪悪に濁っていた。

 

 


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