カーマインアームズ   作:放出系能力者

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77話

 

 現在、NGL内部には大きな戦闘力を有する三つの勢力があった。一つは侵略者キメラアント、もう一つはその討伐に当たっているハンターたち、そして三つ目はジャイロ率いるNGL軍である。

 

 だが、自然との調和を何よりも優先するネオグリーンライフの教義により近代的な軍事兵器を所持することが許されないこの国において、対外的に正規軍は存在しないことになっている。NGL軍は国の暗部として隠された組織であった。

 

 ただし、軍と言っても民間人が武装した程度の組織でしかなく、キメラアントの苛烈な侵攻に対しては無力に等しかった。徹底した鎖国政策を取り続けてきたこの国に、他国からの支援が入ることはない。

 

 今や国内においてジャイロの支配下にある拠点は一つしか残されていなかった。他国の目を避けてその場所は内陸の奥深くに位置しており、それがキメラアントからの発見を遅らせることになったが、同時に逃げ道と補給路を断たれた孤立状態を作り出している。

 

 残存兵数はごくわずか。物資にも限りがある。しかし、八方ふさがりのこの状況をジャイロは見越していた。この程度の“絶体絶命”はNGLを建国へ導いた彼にとって日常茶飯事であり、彼はいつものように死すら厭わない賭けに挑む。

 

 ただ一つだけキメラアントに対抗し得る戦力を投下した。『進薬アルカヌム』の影響を受けながら生き残った被験体たちだ。強制的に戦わせるようなことはしなかったが、やらなければやられるという後のない状況が彼らを戦場へと駆り出した。

 

 全ての被験体が戦闘に適した能力を発現させたわけではない。それを使いこなすだけの精神力と好戦的な性格が必要となる。それらの条件を満たした者はたった四人に過ぎなかったが、その戦闘力は目を見張るものがあった。

 

 そしてその四人は拠点から離れた森の中、一堂に会していた。全員が10歳前後といった年齢にしか見えない子供たちだ。いつ敵に襲われてもおかしくない状況であるにも関わらず、四人のうち三人は全く臆した様子が見られなかった。

 

「みんな、いつものアレやるぞ! 宇宙を揺らす~、正義の拳~……」

 

 いきなり謎の口上を叫び始めた男の子の名はバルカン。この四人組にギャレンジャーという呼び名を勝手につけている。正式名称は『宇宙戦隊ギャラクティックレンジャーズ』と言い、同タイトルのテレビ番組がある。彼はその熱烈なファンだった。

 

「ギャレンジャー参上! はい、みんなここで決めポーズ!」

 

 戦隊ヒーローごっこが大好きなバルカンはそのノリを他のメンバーにも押し付けようとしてくるが、全員に無視されている。それでも彼がめげることはなかった。アルカヌムの影響で彼が自分だけの世界を信じ切っているためだ。

 

「大きな声を出さないでくだせぇ。気が散りますぜ」

 

 下っ端感のある口調ながら態度は大物感のある少女はキネティと言う名である。手元の石をナイフで削り取り、形を整えていた。ナイフは周で強化されており、みるみるうちに石は躍動感のある動物の彫像へと変貌していく。

 

 キネティはこの年齢にして世界的な彫像コンクールで入賞した経験もあるアーティストの卵だった。敵軍の侵攻を目の前にして、次々と彫像を作り上げていく手には微塵の動揺も感じられない。

 

「……コロスッ……コロスッ……」

 

 その横でひたすら金属バットを素振りしている少年はブッチャ。贔屓の地元プロ野球チームのプリントユニフォームを着て帽子をかぶったその姿はごく普通の野球少年のようだが、漏れ出る殺気は明らかに普通ではなかった。

 

「や、やっぱり帰ろうよ……先生に怒られるよ……」

 

 最後の一人はジャスミンという少女だ。銃剣付きの小銃を背負い、武装はものものしいが性格は温厚で気弱な普通の子供だった。

 

「何を言うギャリーン(ギャラクティックグリーンの略)! おれたちには卑劣な異星怪人たちをやっつけるというしめーがあるのだ!」

 

「何でもいいからブッコロス」

 

 実はこの四人組、無断で拠点から脱走して来ていた。それどころか見張りの人間を気絶させ、武装まで勝手に拝借している。なぜそんなことをしたのかと言えば、拠点に接近してくる敵の気配を感じ取ったためだ。

 

「ピピッ!? ギャラクティックレーダーに反応アリ! 異星怪人の大群だ!」

 

 被験体の子供たちはキメラアントの電波通信を感知する能力があった。通信の内容まではわからないが、発信源の位置情報を正確に捕捉している。その感知範囲は個人差があり、バルカンは最も広大な範囲を索敵することができた。

 

 この能力によりいち早く敵の接近を感じ取った彼らは、他の被験体たちに気を取られている大人の目を盗んで施設から脱走を果たしていた。目的は敵と戦うことである。

 

「この前は全然楽しめなかったけど、今度は思う存分暴れられそうですぜ」

 

 彼らにとってキメラアントとの戦闘は初めてのことではなかった。先日、拠点の近くまで来た遠征部隊と交戦している。だが、そのときはチェルとトクが子供たちの行動を制限し、むやみに攻撃することを許さなかったのだ。

 

 それは子供たちの安全を第一に考えてのことだったが、彼らにしてみればせっかくの楽しみを邪魔された気分だった。アルカヌムにより攻撃性を増す特性が現れた彼らは本能的に戦闘を欲していた。

 

 ただ一人、ジャスミンだけはそう言った性格が現れていなかったが、気弱で泣き虫な一方で芯の強さと責任感を持ち合わせてもいた。黙って出て行こうとしていた他の三人を放っておけず、かと言って大人に告げ口することもできず、ここまでついて来たのだ。

 

 キメラアントの軍団は一直線に四人組を目指して移動している。こちらが向こうを索敵したように、敵も電波を読み取って四人組の位置を捕捉している。被験体たちはキメラアントと同じく電波による通信能力を有していた。

 

 この被験体が発信する電波はキメラアントにとって非常に不快なものであるらしく、下級兵程度の敵なら混乱状態にすることができる。前に戦ったときはそれだけで逃げ出した敵兵もいたが、今回は全員が逃げることなく向かってくるのがわかった。

 

 子供たちは敵の威勢を感じ取り、獰猛な笑みを浮かべる。あえて電波を発信することで敵にこちらの位置を知らせる計画だった。四人が待機している場所は拠点からかなり離れた地点にある。おびき寄せても問題はない。

 

「くるぞ……!」

 

 電波を感知するまでもない。木々を揺らす軍勢が無数の足音を奏でながら近づいてくる。子供たちは押し寄せる波の中へと自ら身を投じた。

 

「変身! 『ギャレンジャーバトルフォーム』!」

 

 ポーズを決め、天に向けて手をかざしたバルカンは突如として出現した赤いヘルメットとプロテクターに身を包む。それは赤く金属化したオーラ『賢者の石』を操る適合者の能力だった。

 

 賢者の石はアルカヌムの原材料であり、この薬の適合者は自身のオーラを不完全ながらも賢者の石へと変える力を持つ。薬の効果により全ての被験体は強制的に精孔を開かれ、念能力者となっていた。

 

「ぶった斬るぜえええ! ギャレンソオォォド!」

 

 バルカンの手に2メートルはあろうかという長さの大剣が現れた。その形は溶岩が固まってできたかのようにボコボコと歪んでおり、剣と言うよりも巨大な棍棒に近い。プロテクターやヘルメットなどの他の装備も造形は粗いが、吐き出される狂信的な気迫が滑稽さよりも不気味さを感じさせていた。

 

 バルカンは強化系能力者であり、オーラに実体の形を持たせる具現化系の技術はほとんどない。曲りなりにも一応の形状を作り出せているのは、脳内のイメージをそのまま賢者の石の力で強制的に固めているからだ。

 

 その未知の金属で作られた装備は恐ろしいほどの強度を誇る。さらに賢者の石は単なる武器や防具の耐久性を上げるだけではなく、真価はオーラの増幅にあった。石の力により被験体はその身に余る膨大な量のオーラを体内で生産できる。

 

「ギャレンスラッシュ!」

 

 力任せに振り降ろされた大剣は地面を陥没させるほどの威力があった。直撃したキメラアント兵は木端微塵となり、その近くにいた敵は衝撃波だけでまとめて吹き飛ばされていた。バズーカにも匹敵する一撃は迂闊に使えば味方まで巻き込みかねない。そして当の本人は周囲を気にして威力を抑えるような配慮が全くなかった。

 

 このオーラ増幅は賢者の石の適合者にとって基本的に備わった能力だが、引き出せるエネルギーの量は金属化した賢者の石の大きさに比例する。この石は生み出すほどに精神的負荷も増大していくため無制限に作り出すことはできない。

 

 武器と防具一式を同時に作り出すことができるバルカンは被験体の中でも飛びぬけて高い適合能力を持っていた。他の被験体が同じことをやろうとすれば瞬時に暴走状態に陥り、石に飲み込まれて永遠に意識を失うことになるだろう。

 

「全く、もうちょっとスマートに戦いましょうぜ」

 

「うるせえ! とにかくコロス!」

 

 真っ先に飛び出したバルカンを追って、他の二人も行動を開始する。彫像師キネティはオーラを金属化させて武器を生み出した。それは細く長い柄の先に鎚状の突起が付いたウォーハンマーと呼ばれる武器だ。バルカンの大剣とは違い、その形状は真っすぐに整っている。

 

 一方、野球少年のブッチャは所持していたバットをオーラで強化していた。このバット自体は市販のものだが、その表面に纏わせたオーラを金属化させて強度を上げている。しかもそのオーラはトゲ状に鋭く尖り、特製の棘バットに仕上げていた。

 

「ゼッコロ!」

 

 棘バットがキメラアント兵の頭部を粉砕した。その隙に他の兵隊蟻が攻撃を仕掛けるが、ブッチャは素早い身のこなしで回避していく。

 

 もともと野球に熱心に取り組んでいた彼は毎日のように練習メニューをこなしており、同年代の平均的な運動能力よりも高い水準にあった。素の身体能力は被験体の子供たちの中では最も高い。そこに念能力の身体強化と賢者の石によるオーラ増幅が加わり、並みの念能力者を凌駕する動きを見せていた。

 

 次々と硬いキメラアント兵の装甲を破壊して絶命させていくブッチャだったが、そのとき彼の目が自分目がけて高速で飛来する弾丸を捉えた。飛行能力を持つキメラアントの一体が念弾による遠距離攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「ぬるい球投げてんじゃねぇぞ!」

 

 念弾は四大行のうち最終段階の発に当たる技であり、これが使えるということは相応にオーラの扱いに慣れた使い手であることがわかる。その威力と速球は十分な殺傷能力を有していたが、普段から野球でボールを追ってきたブッチャにとっては強化された動体視力で捉えきれないほどのものではなかった。

 

 余裕をもって念弾をかわしたブッチャの手には赤い球体が握られていた。金属化オーラで作った野球ボールである。それを空中に放り、念弾を撃ってきた敵を狙ってノックを打ち出す。

 

 その強打は甲高い金属の衝突音を響かせて弾けた。表面に大きな凹凸のある特製棘バットでは普通なら球が飛ぶ方向を狙って打ち出すなど至難の技だが、その問題は念能力によって解決している。

 

 ブッチャは操作系能力者であり、バッターとして練習を積んだ経験からバットの扱いと球のコントロールについては抜群の感性を持っていた。自分のオーラを纏わせた球を操作し、打ち出した後でも多少なら軌道変更させることが可能である。

 

 棘バットによる直接殴打とは比較にならないほどの威力がノックボールに込められていた。敵はその速度を見切ることもできず、体の真ん中に風穴を開けて落下していく。

 

 飛行する敵のみならず、地上から襲い来るキメラアント兵に対しても殺人ノックは凶悪な威力を発揮した。敵の軍勢は遠近ともに隙のない攻撃を使い分けるブッチャの進撃を止めることができない。

 

「ひぃぃ……もう帰ろうよぉ……」

 

 バルカンとブッチャがこぞって敵を倒していく中、ジャスミンは後方の茂みに隠れてじっとしていた。小銃を構えて引き金に指をかけているが、銃を撃った経験はない。セーフティが外れていないことにも気づいていなかった。

 

 そんなジャスミンを守るようにキネティが敵を待ち受ける。キメラアントは数え切れないほどいる。バルカンたちにも全ての敵を抑え込むことはできず、わざわざ前に出ずとも戦う相手には事欠かなかった。

 

「んー、でもこの程度の相手じゃ“作品”にする気も起きないですぜ」

 

 縦横無尽に振るわれるウォーハンマーが迫り来る敵を寄せ付けない。このような長柄武器は敵と距離を取って戦えるため素人にも扱いやすい。剣の使い手が槍に対抗するには三倍の段位が必要と言われるほど、このリーチの差は有利に働く。

 

 しかしそれは個人戦を想定した場合の話である。乱戦状況下や森などの遮蔽物が多い場所では取り回しの悪さが目立ち、接近戦に持ち込まれれば長柄の優位は逆転する。達人であるならばまだしもキネティにそこまでの技量はない。

 

 にもかかわらず彼女が敵を一歩も寄せ付けず圧倒できる理由は自在に形を変化させる武器のおかげだった。キネティは金属化したオーラの融点を変化させ、思い通りの形状を取らせることができる。

 

 ことごとく長さや形状が変化するその武器に敵は対応が間に合わない。ウォーハンマーの柄頭を叩きつけ、一点集中した衝撃で敵の装甲を割る。それだけでは強い生命力を持つキメラアントにとって致命傷とはならないが、装甲の亀裂に食い込ませた武器の先端を変化させ、傷穴を押し広げて体内へと侵入させる。

 

 硬い外骨格も内部の臓器を直接攻撃されては守りきれない。それに加えてキネティ自身の身体能力も高い。戦闘技術は未熟だが、爆発的なオーラ増幅の効果により身体強化だけならプロハンタークラスの能力を既に身につけている。下級兵ではまるで相手にならない。

 

 だが、ジャスミンをかばいながら戦い続けることが負担になっている部分もあった。今はまだ大丈夫でも、この後に控える敵の強さ次第でどうなるかわからない。

 

「ジャスミン、せめて自衛くらいはしてもらわないといつまでもお守はできませんぜ」

 

「ご、ごめん……」

 

「ここでこのバケモノたちを食い止めなければ拠点に残された仲間たちにも危険が及びますぜ。しっかりしてくだせぇ」

 

 これだけの数の敵に拠点の場所を知られるようなことがあれば一気に攻め落とされる危険がある。防衛設備も一応は整っているが、キメラアントの軍勢を食い止められるほどのものではない。人的な被害はともかく、アルカヌムやその沈静薬を製造する施設が破壊されることは避けなければならなかった。

 

 その点を踏まえれば、いち早く敵の襲来を察知した子供たちが拠点の場所が特定されない場所まで離れ、囮として敵の目を引きつけたこの状況はそれなりに理に適ったものと言えた。

 

「……わかった。がんばってみる!」

 

「その意気ですぜ」

 

 もっともバルカンたちはそこまで深く作戦を考えていたわけではなく、戦闘欲求に駆られて行動したに過ぎない。キネティにしても自分本位の理由が主を占めていたが、ジャスミンの性格を考えれば仲間のためと言っておいた方がやる気がでるだろうとの魂胆だった。

 

 二人で軽く会話ができる程度に敵からの攻撃は弱まっていた。さすがに多くの兵隊蟻を殺された惨状を見て、下級兵たちも実力差を感じ取っている。むやみにキネティの前に飛び込んでくることはなくなった。

 

「お前たち、下がっていろ」

 

 そこに一匹のキメラアントが姿を現す。人語を流暢に話し、周囲の戦闘兵を後ろに下がらせていることから上位の階級であることがわかる。何よりも、身に纏うオーラの気配が風格を物語っていた。

 

「俺は師団長マンティスだ。人間の子供でありながらその強さ……いや、種族や見た目で判断すべきではないな。一匹の武人として、貴殿の名をうかがいたい」

 

 カマキリ型キメラアント、マンティスの名乗りに対してキネティは言葉ではなく攻撃を返した。それはこれから死に行く者に自己紹介をする必要はないという意思の表明である。

 

 しかし、鞭のようにうねりながら迫る軟化戦鎚をマンティスは両腕に備えたカマキリの鎌で一刀のもとに両断した。

 

「無粋な。我が蟷螂拳にて切れぬ物なし。武人として純粋な手合わせを望んでいたが、どうやら俺の見込み違いだったようだ」

 

 鎌に集中したオーラがその切れ味を格段に高めている。戦鎚の切り離された部分はキネティの制御から外れてしまう。新しく武器を生み出すことはできるが、同じ攻撃を仕掛けたところでマンティスを相手に意味はないだろう。

 

 その敵の実力を前にし、キネティはより笑みを深めた。物足りなさを感じていた彼女にとっては願ってもない強敵である。その手にオーラを集め、金属化させる。

 

 作り出した武器は杭のような形をした物体だった。そのサイズはナイフ程度しかない。左手にハンマー、右手に杭を握りしめて敵のもとへと走り出した。

 

「この俺に接近戦を挑むとは。死に急ぐか。よかろう、弱者をいたぶる趣味はない。苦痛もなく殺してやろう」

 

 マンティスはゆらりと上体を揺らし、両腕を構える。カマキリが獲物を狙うとき体を揺らす仕草をするが、これは獲物との距離を正確に計るための行動と言われる。亜人型キメラアントとして生を受けたマンティスはその習性を武術の領域にまで昇華させていた。

 

 キネティはマンティスの腕の動きに注視する。凝によってオーラが集められた鎌以外は特に危険を感じない。鎌にさえ注意しておけば問題ないと彼女は考えていた。凝による観察は念能力者同士の戦いの基本、ゆえにマンティスはその思考の隙を狙う。

 

 駆け寄っていたキネティへと、マンティスの腹から黒いヒモ状の物体が飛び出した。腹を突き破ってマンティスの内部から発射されたその攻撃はキネティの意表を突き、彼女の左目へと一直線に撃ち込まれる。

 

「くっ!」

 

 すぐに後ろに飛んで回避行動を取ったキネティだったが、賢者の石の力で増幅された反応速度をもってしても不意の一撃はかわしきれなかったのか、血が流れる片目を手で押さえている。苛立たしげにマンティスを睨みつけるが、おびただしい流血により先ほどまでの威勢は失われていた。

 

「キシャシャシャ! 惜しい惜しい。そのまま目玉の奥まで貫いて脳みそをグチュグチュ掻き回すはずだったのになぁ。知ってるか? カマキリの腹の中にはハリガネムシって寄生虫が潜んでるのさ」

 

 十分に成長したハリガネムシは宿主であるカマキリの腸管を埋め尽くすほどの長さに達する。人間の腸の長さは全体で7~9メートルにもなり、亜人型キメラアントであるマンティスの腹にはそのさらに上を行く15メートルのハリガネムシが収まっていた。

 

 その名の通り針金のように硬くオーラで強化された怪物級ハリガネムシはマンティスのペットとして腹の中で飼われていた。槍のように鋭く尖った先端を突きさしたり、獲物をぐるぐる巻きにして捕まえさせることができる。

 

「卑怯な手を……!」

 

「勝利こそ全て。どんな手を使おうと勝てばいいのだ。貴様らのような下等種族を相手に誇りをかけて戦うなど愚の骨頂よ」

 

 マンティスに先ほどまでの武人然とした態度はなかった。キネティの目を欺くための演技である。その本性は正々堂々とはかけ離れた卑劣漢であり、最初から真っ当に勝負するつもりなどなかった。

 

「きゃああああ!!」

 

 キネティの背後の茂みから悲鳴が上がる。ジャスミンが隠れていた場所だった。マンティスは事前に配下の兵隊長に命令を出し、自分がキネティの注意を引きつけているうちに森の中をこっそりと回りこませていた。

 

「ジャスミン!?」

 

「おおっと、どうやら仲間が捕まってしまったようだぞ? どうする? お前の態度次第では、温情を与えてやってもいい……敵とはいえ相手は子供。さすがに殺すのは忍びないからな」

 

「ちくしょう……!」

 

 マンティスの言葉は全て虚言だ。キネティの感情を逆なでて弄んでいるだけに過ぎない。彼女はそれに気づいていた。ここで敵の言いなりになったところで事態が好転することはない。

 

 傷を負った左目を手で押さえたまま、もう片方の手に軟化戦鎚を持ってマンティスのもとへ走る。激情に駆られた破れかぶれの特攻。もっと情けなく慈悲を乞う姿が見たかったマンティスは少しつまらなそうに腹から飛び出たハリガネムシで迎撃する。

 

 素早く空中を走るハリガネムシの突きに合わせ、キネティは軟化戦鎚を差し向けた。互いが蛇のようにうねり、絡まる。巨大寄生虫は絡めとられて動きを止めた。

 

「それで攻略したつもりか!? 無駄だ! 我が蟷螂拳の餌食となれ!」

 

 ハリガネムシによる攻撃はマンティスにとって補助に過ぎない。その最大の武器は切れ味を増した鎌にある。絡めとられたハリガネムシを自身の腹の中へと瞬時に引き戻し、キネティを勢いよく引き寄せた。死神の鎌が彼女を待ち受ける。

 

 キネティはとっさに戦鎚を構えるが、その武器ではマンティスの鎌を防ぎきれない。この武器には弱点があった。他の被験体が作り出す賢者の石と比べて非常に高い造形の自由度を得る代わりに、強度はかなり落ちてしまう。彼女が鎌の射程圏に入ったが最後、その体は無残に引き裂かれるだろう。

 

「と、思った?」

 

 ぶつかり合った両者の武器は互いに拮抗し、せめぎ合った。キネティはマンティスの鎌を無事に受け止めている。その理由は戦鎚の強度にあった。彼女は武器を軟化させず、最初から一つの形に固定するつもりで作り出していた。この場合、後から形を変化させることはできないが強度に関してはデフォルトの耐久力を得る。

 

 キネティは一度目に鎌で武器を断ち切られた手ごたえから、強度を上げた固定戦鎚ならば防御可能であると目算していた。

 

「馬鹿な!」

 

 まさか受け止められるとは思っていなかったマンティスに動揺が走る。眼前に迫ったキネティと目が合った。その両目はしっかりと見開かれている。負傷したはずの左目に傷が見られない。

 

 キネティは最初からハリガネムシの一撃を受けていなかった。ギリギリのところで回避に成功している。血を流しているように見えたのは目を押さえたときに手の中に作り出した赤い金属を溶かして流血に見せかけた偽装工作である。

 

 劣勢を演じるためにあえて負傷したふりをしていた。敵を欺くための手管だとマンティスは気づくが、もう遅い。策に嵌った彼の精神的な動揺がオーラの動きを鈍らせた。その隙を突き、キネティは敵の頭上へと跳躍した。

 

 武器化した杭をマンティスの脳天に打ち込む。が、不安定な体勢から繰り出された攻撃は、師団長級の念能力者であるマンティスの装甲を貫くには至らなかった。

 

 マンティスはしめたとばかりに鎌を振るう。空中に跳んだキネティは大きな隙を晒している。そして、その距離は自慢の蟷螂拳の射程内にある。今度こそ仕留めたと確信したマンティスだったが、絶好の反撃のチャンスであるにも関わらず彼の体はぴくりとも動かなかった。

 

「な……ぜ……?」

 

 これこそがキネティの具現化系念能力『像は石に(ト・キネートン・アキヌーン)』の効果である。杭のように見えた武器は、正確には鑿(のみ)という彫刻工具である。本来は武器ではなく、柄頭をハンマーで叩いて木材や石材などに打ち込み、形成するために使う。

 

 この使用法で対象に攻撃することにより能力が発動し、鑿を打ち込まれた敵は身動きを封じられる。まさに彫刻家の前に鎮座する石材のように、あるべき作品の姿へと削り取られる様を黙して受け入れるしかなくなる。

 

「うーん、5秒ってとこですかねぇ」

 

 しかし、この能力による拘束は持続時間がある。それは対象の抵抗が激しいほどに短くなっていく。または第三者の介入によって外力が加わった際も短縮される。つまり、実力者であればあるほどに効果時間は著しく短縮されるのだ。マンティスの場合はもって5秒が限界だった。

 

「十分でさぁ」

 

 キネティが鑿の第二打、第三打を突き入れる。マンティスの体を少しずつ形成していく。とうに5秒は経過したが、マンティスの拘束が解かれる様子はなかった。なぜなら一打を叩きこむごとに能力の効果が更新されているからだ。

 

 5秒が経過しきる前に次の一打を打ち込めば、拘束時間はリセットされ次の5秒が改めてカウントされる。この無限連鎖を脱するには強化系の必殺技のようにオーラ顕在量を引き上げて強引に抵抗力を上げるか、仲間に助けてもらうしかない。

 

「ぐ、ぎ、あ……!」

 

 まともに声を発することもできず、悲痛な表情を浮かべたままマンティスはボロボロにされていく。オーラの操作もできず防御することもできず、凌遅刑のように自分の体が削られていく痛みと恐怖に晒されていた。

 

 天才彫刻家ともてはやされていたキネティだったが、自分の中で納得のいく作品を作れたことはこれまでに一度もなかった。両親はそれを才人ゆえの苦悩だと思っていたようだが、彼女はどうにも芸術性以前に根本的な部分で自分を理解できていないような気がしていた。

 

 剥き出しとなった自分の本性を知った今ならばわかる。それは至極簡単なことだった。キネティは何かを作ることが好きだったが、それ以上に何かを壊すことの方が大好きだったのだ。

 

「さて、向こうはもう片付きましたかねぇ」

 

 “作品”を作り終えたキネティはもはやその完成品に微塵の興味もなかった。バラバラに分解されたそれを放置してジャスミンが控えていた後方の茂みに目をやる。

 

 そこにはガタガタと震えるジャスミンと、体中から奇妙な赤黒いサボテンを生やしたキメラアント兵の姿が数体あった。既にその兵たちは息絶えている。

 

 潜伏していた敵兵に奇襲されたジャスミンだったが、キネティは特に心配はしていなかった。彼女に発現した念能力は特質系であり、被験体の中でも随一のヤバさであることを知っていたからだ。

 

「やればできるじゃないですか。さあ、その調子でじゃんじゃん行きましょうぜ」

 

 研究所の人間はジャスミンを気弱で感情を乱しやすく、すぐに力を暴走させてしまう少女だと決めつけているようだがキネティはそう思っていなかった。

 

 チェルの前ですぐに泣きだしてしまうのは、ジャスミンがチェルを甘える対象として見てしまい、そこに頼ろうとし過ぎて感情を抑えきれなくなる結果だと思っている。失った母親の面影を重ねているのかもしれない。

 

 現に、今のジャスミンは化物を何匹も殺してみせたというのに鎮静剤が必要なほどの力の暴走は起こしていなかった。案外、誰にも頼れない環境に放り出してみた方が人間は自立するものだ。

 

 ジャスミンもまた賢者の石の適合者であり、キネティと同じく戦う力を得た者である。きっと彼女の才能は戦いの中でこそ花開くものだろう。キネティはまるで友達を遊び誘うように、異形の怪物たちがひしめく森の奥へとジャスミンの手を引いて入って行った。

 

 

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