カーマインアームズ   作:放出系能力者

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8話

 

 色んな事があったが、何とか私はまだ生きている。生まれ変わったと言った方がいいか。少し頭が混乱しているところもあるので、感情を整理するためにも自分を再確認してみよう。

 

 私はキメラアントの女王。名前はない。本体とでも呼んでおこう。昆虫と植物と金属の性質を併せ持つハイブリッドな蟻だ。最近はそこにウイルス型ナノマシンという新たな要素が加わり、自分でもよくわからない生物になりつつある。

 

 しかし、別に完全にメカになってしまったわけではない。外骨格の中身、内臓はほとんど以前のままの生身である。ナノマシンには寄生されているというか、共生しているというか、そんな感じだ。サイボーグみたいなものである。

 

 一兵アリとして生まれたが、前と変わらずちゃんと卵も作れる。これは私が母体のクローンとして生産された結果ではないかと思う。キメラアントの摂食交配とウイルスの自己増殖機能が融合してこのような変化が起きたのだろう。

 

 他の兵アリたちが私と同じ体の構造をしていたのか不明だが、記憶を引き継いだ私だけが抑制プログラムによりウイルスの支配から逃れられたようだ。ウイルスによって意識集合体が上書きされる前にその働きをブロックし、以前の自己を保つことができている。

 

 そして私のもう一つの姿、銀髪の少女クイン。念能力『偶像崇拝』によって生み出された念人形だ。こっちの容姿は以前と変わらないが、名前をちょっと変えてみた。クイン=アルメイザと新たに命名する。

 

 ウイルスの抑制プログラムに関する記憶(データ)を渡してくれたルアン=アルメイザに由来している。彼の記憶の一部を摂食交配により受け継いでいるので、父親と呼べなくもない存在だ。父から子が名字を受け継ぐ人間の慣習にならい、クインの名にも取り入れてみた。

 

 私の目標はこの暗黒大陸を脱出し、人間の世界へ行くこと。そして、アルメイザの名を世に知らしめ、歴史に名を残すことだ!

 

 ……なんかちょっと前と性格が変わってないか? いや、気のせいか。こんなものだったと思う。

 

 新たな体を手に入れ心機一転、今日も過酷な自然に挑む。迫りくる未知の脅威に怯えながら、死と隣り合わせの旅は続く――

 

 

 * * *

 

 

 暗黒大陸には多種多様な怪物たちがいる。掃いて捨てるほどいる。例えば今、私の後ろから猛スピードで追走してくる肉食獣など、この付近ではよく見かける存在だ。

 

 「グオオオオオオッ!」

 

 体長30メートルほどの恐竜型。脚は八本あり、腹部に四脚を継ぎ足したような骨格だ。後ろ脚が他に比べてやや発達しているが、全ての脚を歩行に使い、どれも強靭である。頭部は大きく、体の5分の1ほどを占める。凶暴な肉食性で目に入った獲物に見境なく襲いかかる。

 

 これまで出遭った化物たちと比較すると、巨大さで言えば中の下くらいだ。これを軽々と捕食する全長100メートル越えの巨大生物は割と存在する。しかし、そういった超巨大生物にとって私のようなアリンコはエサとして認識されることは少ない。腹の足しにもならないからだろう。だから、踏みつぶされないように気配に注意しておけば回避することは難しくない。

 

 むしろ厄介なのはこの恐竜のような中型個体だ。クインをしっかりと食料として認識し、しつこく襲いかかってくる。その強さも尋常ではなく、念で全強化したところで太刀打ちはできない。まあ、中型より小型の方がさらに厄介だけどね。経験上、小さくなるほどヤバい奴が増える。

 

 とにかく何が言いたいかと言うと、奴らと私は捕食者と被捕食者の関係にあり、その間には絶対的な強さの差がある。こちらがオーラで全力強化した攻撃を仕掛けることもあるが、それは鳥に対してカメムシが放つ異臭のようなものであり、奴らからしてみれば煩わしい程度の問題でしかない。

 

 こんな化物と正面からぶつかっていては命がいくつあっても足りない。結構な数の命は持っているが、それでも足りないのだ。だから、何とか見つからないように気配と痕跡を消し、臭いを残さないように風向きに注意し、敵が移動した痕跡から縄張りを特定しながら地道に回避していくしかない。そして、そこまで手を尽くしても奴らの野生の勘からは逃げられないことがある。ちょうど今がそんな感じだ。

 

 巨大なシダ植物の森で行われるデスレース。周囲の木々は敵の障害物にならない。紙細工のように木々をなぎ倒し、破片を宙に巻き上げながらまっすぐこちらを目指してくる。近くにもっと食いでがありそうな獲物がいれば目移りして進路を変更することもあるが、今のところその様子もない。

 

 私が危機的状況に置かれていることは間違いないが、このくらいは日常茶飯事だ。冷静に思考する余裕はあった。最悪、クインを囮にすれば回避できる程度の相手である。それよりも私はこの状況だからこそ試したいことがあった。

 

 災厄級脅威『アルメイザマシン』との戦いにより、私はその力をこの身に取り込んだ。抑制プログラムを操作することで自身がウイルスに冒されることなく、このウイルスと共存している。このプログラムを解除すればナノマシンは本来の機能を果たし、その脅威を存分に発揮してくれることだろう。私は言わば、制御権を手にしているのだ。

 

 この力を使わない手はない。私はクインを走らせながら、本体を動かした。クインの肩の上で本体が後ろを向き、恐竜型生物と向き合う。本体の尻から背中側へと伸びる大きな産卵管を敵に向けた。これはシストの射出口だ。

 

 アルメイザマシンの感染者は発症することで肉体をジャンクの塊に作り変えられる。このとき必ず、体の一部にシストの射出口を形成する。シストとはウイルスが詰まった弾丸、射出口はその弾丸を放つ銃口のようなものだ。これに撃たれた生物はウイルスに感染し、なおかつその直後に発症、同じくジャンクの塊と化す。

 

 私の体についている産卵管もこれと同じ役割を果たすはずだ。シストを撃ち出すことができるだろう。

 

 ほんの少しだけ躊躇する。私の場合、ここから撃ち出す弾は卵なのだ。この卵はウイルスに汚染されており、シストと機能は変わらない。抑制プログラムを切れば問題なく敵を感染させられるだろう。

 

 だが、それは体内の卵を外へと排出することであり、産卵であるとも言える。私の中で、それは大きなトラウマだった。以前の私なら卵を産むということに猛烈な拒絶感を抱いていたことだろう。

 

 その迷いは一瞬で消えた。あの廃棄場の中で、産卵なんてもう数え切れないほど体験した。心の傷を乗り越えて、私はここにいる。何も考えず、今すべきことをなせばいい。外すことの方が難しいほど巨大な的に向けて、卵を撃ち放った。

 

『侵食械弾(シストショット)!』

 

 パンッ

 

 

 ………………

 …………

 ……当たった?

 

 一応ピストルほどの勢いで発射されたと思うが、逆に言えば銃で撃たれたくらいでこの怪物がダメージを受けるかと言えば答えは否だ。むしろ発射したこっちのお尻が痛い。管の先から煙が出てるぞ。

 

 敵の皮膚は厚かった。何事もなく走り続けている。

 

 シストを発射して相手を劇症化させる場合、その弾丸を体内まで届かせないと駄目らしい。このウイルスは体表に触れただけで感染するが、それは通常感染であり、半年から一年の潜伏期を待たなければ発症しない。

 

 半年後に人知れず発症させたところで意味はない。自信満々で撃った結果がこれか……。

 

 だがそのとき、ひらめく。私が撃つ弾は卵、つまりシストであると同時に私の意識の一つが宿った生命体でもある。着弾の直後、この卵に『練』をさせるとどうなるのだろうか。練によって大量に放出されるオーラをウイルスに食わせれば卵自体が劇症化を起こすのではないか。そしてその劇症化に敵を巻き込めば……。

 

 やってみる価値はある。私は再度、怪物に向けて弾丸を放つ。

 

『侵食械弾(シストショット)!』

 

 ………………

 …………

 ……どうなった?

 

 敵に変化は見られない。よく目を凝らすと、弾が当たったと思われる場所に赤いイボみたいなものができているようにも見えるが、敵は全く気にする様子もなく追ってくる。

 

 強さのレベルが違いすぎた。このウイルスがこの場所で大流行していないことには相応の理由があるのだ。暗黒大陸が育んだ異常な生態系下では、驚異的な増殖力を持つウイルスでさえ容易には感染できないということか。

 

 もう逃げることに専念した方がいい。こうも派手な追走劇を繰り広げられては別の脅威に遭遇してしまう危険もある。そう思いかけたそのとき、変化は起きた。

 

「グオッ、ガ……!」

 

 突如、恐竜の走るスピードが急速に落ちた。たたらを踏んで立ち止まり、苦しそうなうめき声を上げたかと思うとそのままバランスを崩した。轟音を立てて巨体が地面に倒れ伏す。

 

 ひとまず隠で気配を消し、ひっそりと様子をうかがった。『共』による索敵を行うが、特に危険は感じ取れない。慎重に恐竜の方へと近づいていく。

 

 敵は完全に死んでいた。私の攻撃が死因だろうか。特に見た目の変化はなく、劇症化した様子もない。そもそもウイルスからしてみれば宿主の生命エネルギーを糧としているので、簡単に宿主に死んでもらっては困るだろう。何か別の要因があるのか。

 

 調べていると、顎の付け根あたりに奇妙な植物が生えているのを見つけた。赤いサボテンだ。30センチくらいの大きさのサボテンがぽこぽこと4つくらいまとまって生えている。恐竜の巨体からすれば小さなイボ程度の大きさであるが、まるで宝石のように薄暗く輝く赤いサボテンは目立っていた。

 

 私にはこのサボテンに、すごく心当たりがある。これは私の生まれ故郷にあった『赤い植物』だろう。私が練によって劇症化させた『侵食械弾』を撃ち込んだ場所に生えている。つまり、私の卵がこの植物の姿に変貌したということになる。

 

 おそらく、これは植物ではない。ナノマシンが集合した姿だ。従来のウイルスなら生命エネルギーを機械のジャンクのような見た目に変えてしまうところを、私の持つウイルスは赤い植物のような見た目になってしまうようだ。

 

 これは私の生い立ちが関係しているのだろう。外骨格があの植物由来の金属でできている影響だと思われる。それがウイルスと融合する過程で、このような形に落ちついたのかもしれない。

 

 それは別に構わないのだが、ではなぜ恐竜がこのサボテンに当たっただけで死んでしまったのか謎だ。サボテンが生えたこと以外、特にこれと言った外傷もない。綺麗な体のまま、まるで毒殺されたかのように……。

 

「毒?」

 

 サボテンを引っ張ってみる。ずるりと肉の間からひっこ抜けた。根は思ったよりも長く深く皮膚の奥、真皮の内まで達していた。根を抜いた穴を覗き込むと、グスグスにほぐれた肉の壁面が見える。

 

 これは根によって傷つけられただけではない。根から広がるように近くにある細胞が破壊されている。傷口から流れてくる血は黒ずんでいた。細胞の壊死、血に混じる独特の異臭。間違いなく、赤い植物が作り出す鉱物由来の毒による反応だ。

 

 この毒は私の本体も使うことができる。これは神経毒と壊死毒の特性を持ち、噛みつくことで牙から獲物へと注入する。毒腺は二つに分化しており、二つの特性を使い分けることもできるし、合わせることもできる。

 

 もともと在来種のキメラアントの兵アリも獲物を生かしたまま麻痺させ、長時間自由を奪う神経毒を使うことができる。その点、強力な毒素を持つ赤い植物に適合した私たちは、毒による攻撃と耐性において在来種よりも進化しているのだ。

 

 と言っても、この毒攻撃が活用される機会は少ない。私たちの主食は赤い植物であり、狩猟のために毒を使うことはなかった。どちらかと言えば防衛手段の一つである。足の遅い私たちにとって最たる攻撃がこの毒の噛みつきであった。

 

 故郷崩壊後、平和な環境から放り出された私は、当然この毒攻撃も自衛手段の一つとして取り入れようとした。が、そもそも噛みつけるぐらい接近すると、こちらが逆に危険な状況に陥ることの方が多い。

 

 基本は逃げだ。やむを得ず戦う場合、噛みつこうにも皮膚が硬過ぎて牙が通らない敵が多すぎる。オーラ強化のレベルを上げて物理で殴った方が遥かに効率的にダメージを与えられたため、今まで毒に頼ることはなかった。

 

 だから、この毒が恐竜を倒したという結果に驚いていた。きちんと皮膚の内側にまで届かせることができれば殺せるだけの毒性を持っていたのか。敵が強すぎて自分が持つ毒なんて使ったところでどうせ役に立たないだろうと思い込んでいた。

 

 つまり、『侵食械弾(シストショット)』は効率よく敵の体内に毒を送り込むに最適な攻撃なのだ。

 

「……思ってたのと違う」

 

 結局、毒で殺すって、ウイルスの意味があんまりない。

 

 

 * * *

 

 

 想像していたものと異なるとはいえ、私は自力で格上の敵を倒すことに成功した。今まで隠れるか逃げるかしかなかった絶対的強者を正面から打倒したという事実は、私に大きな自信を与えた。

 

 恐竜型の他にも様々な怪物を毒によって殺すことができた。むしろ、敵対していない脅威にこちらから攻撃を仕掛けることさえあった。この森において被捕食者だった私の地位は逆転したのだと確信する。

 

 その力は私の見える世界を一変させた。強者の側に名を連ねることの優越感を初めて味わう。これまで弱者だと自分に言い聞かせ、生きることだけに全神経を使ってきた。その鬱屈した精神は、ようやく一息つけるだけのゆとりを取り戻していた。

 

 現在は、機械遺跡跡地を中心として探索域を少しずつ拡大している。過去、暗黒大陸に上陸した人間の調査団は、あの機械遺跡までおよそ一週間の時間をかけて到達していた。ということは、この近くに海があることになる。

 

 怪物から逃げ隠れしながら移動していた調査団が一週間でたどり着く距離なら、今や自由に森を歩ける私にとってはさらに短い時間で探索可能だろう。地図などの資料が入った例のアタッシュケースは泉の底で朽ちていたので、詳細な距離や方向はわからないが、しらみつぶしに探していけばきっと上陸地点を発見できるはずだ。

 

 余裕ができた私は、海への道を探すのと同時に希望(リターン)探しもやっている。既に見つけた『魂魄水』については『犠牲の揺り籠』で泉を跡形もなく破壊してしまったが、実はその跡地から不思議な石を発見した。

 

 これが何の変哲もない石であったなら気づくこともなく通り過ぎていただろう。その砂利粒ほどの小さな白い石には、念に似た気配が凝縮されていた。どうやらこの石から染み出した成分が泉の水に溶けて効果を発揮していたようだ。この石を『魂魄石』と呼んでいる。

 

 凝縮されたその力はかなりのもので、一舐めするだけでオーラ生産量、放出量が桁違いに跳ね上がる。ただしその分、副作用も強烈で、約1~2分ほどの効果時間が切れると今度は体内の潜在オーラ量が激減する。言わばオーラの前借りのようなものなので、使いどころは難しい。

 

 しかし、切り札としては十分に活用できる品だ。こういった便利なリターンが探せば他にあるかもしれない。そういうわけで色々と探し回っているところだが、そう簡単には見つからないようだ。

 

 このあたりの敵と戦えるだけの力は手に入れたが、基本的に隠は欠かすことなく使い続けている。回避できる戦闘は回避すべきだ。本体をクインの頭の上に乗せながら歩いていると、綺麗な花を見つけた。

 

 ユリに近い見た目の花だ。赤と白のグラデーションが映える。花弁の奥からビー玉大の丸い実のようなものが吊り下がっているが、これは何だろうか。おいしそうだったので、クインに食べさせてみる。

 

「!!」

 

 口の中に広がる極上の甘味。これまで食べてきたものがゴミに思えるほどうまい。少し舐めて味を確かめる程度のつもりが、思わず食らいついてしまった。例えるなら、天界から降り落ちたとしか思えぬ……まさに天使の雫……!

 

「ぴゃう!」

 

 クインの視界がねじれ、空間が螺旋階段のように回りながら落ちて行く。フラクタル構造を描きながら光の線が飛び交った。重度の幻覚症状である。三半規管の麻痺による浮遊感、酩酊、異常な高揚感、感覚の鋭敏化、怒涛のように押し寄せる神経作用に耐えきれず、クインは奇声をあげてぶっ倒れた。

 

 すぐさま感覚共有を切る。別の意識があるので冷静に自分の状態を客観視できているが、強烈な幻覚体験は焼きつくように記憶に残った。クインは失禁しながら痙攣し、意識を失っている。オーラ修繕による解毒は間に合わず、そのまま急性中毒を起こしたのか死亡した。

 

 この花に限ったことではないが、暗黒大陸には毒を持つ植物が多い。本体は毒耐性が高いので気にせず食べることができるが、中でも怪しいものや珍しいものに関してはクインに毒見をさせることがある。用心のためというのと、味覚や嗅覚が発達したクインなら事前に察知できる場合があるからだ。

 

 これまでにもクインが即効性の猛毒にあたったことはあったが、これほど際立った幻覚作用を伴ったのは初めての経験だった。感覚が正常に戻った今でも鮮明に思い出せる。

 

 あれは確かに危険な状態だった。しかし、どこかそれを否定できない自分がいる。私はその感覚を不快に思っていない? 何というか、得も言われぬ爽快さのようなものを感じたのも確かだ。これまで味わったことのない甘美な蜜だった。閉塞的な環境の中で溜まりにたまった抑圧が一気に解放されるような快感を覚えた。

 

 クインの死体はすぐに霧散して消滅した。彼女が残した吐瀉物のあとに、食べた花の残骸があった。私はしばらく、それから目をそらすことができなかった。

 

 

 * * *

 

 

 クインを新たに具現化し、雑念を振り払うように気を取り直して探索を再開したが、どうにも集中力が働かない。海やリターンを探す目的のはずが、私は別のものを探していた。そして、幸か不幸かその目的のものを見つけてしまう。

 

「あっ」

 

 先ほど花を見つけた地点からそう離れていないところ、木々が少し開けた場所に沢があった。その中心で木漏れ日を受けるように咲く美しい花たち。まるで妖精がダンスを踊っているかのように風に吹かれて揺れている。

 

 走り寄ってすぐに採取。花の中央の実をもぎり集める。持ち物袋の中に入れた。この袋は、最近仕留めた怪鳥の喉袋を利用して作ったものだ。分厚く丈夫でゴムのようによく伸びる。気密性が高いので水も持ち運べ、重宝していた。いつもは本体の体にくくりつけている。

 

 頭の中では複数の意識が自制するように求めている。その実を採取してどうするつもりだ、と。毒物であることは明白だ。いかに美味とはいえ、それを進んで食べる必要はない。

 

 本体の毒耐性をもってしてもどんな影響があるかわからなかった。いや、間接的にクインに食べさせただけでこれほどの精神的影響をきたしているのだから危険であることは疑いようがない。

 

 手が止まる。足元には踏みにじられた花弁が散らばっている。一旦、落ちつこう。全て採取する必要はない。この花畑から実を根こそぎ奪えば、せっかく見つけた自生地がなくなってしまう。

 

 いや、そうじゃない。そういうことじゃない。捨てよう。この実は今すぐ捨てた方がいい……か? しかし、もしかしたら何かしら有用なリターンである可能性がなきにしもあらずだ。ここは一度、持ち帰ってからじっくりと検証すべきだろう。何も食べることを前提としているわけではない。食べるか食べないかは、熟考した上で決めればいいことだ。

 

 結論は出た。実を袋に詰め終えたクインは立ちあがる。そして、目の前にいる枯れ木のような姿をした何かと目があった。

 

「……」

 

「……」

 

 何だこれは。さっきまではいなかった。いつの間に。なぜ気づかなかった。思考が一瞬、白く染まる。体が硬直した。

 

 隠はしているが、この距離で気づかれていないということはあるまい。油断していたつもりはなかったが、花に気を取られ過ぎていた。

 

 ……いや、これは明確な油断だ。水辺の近くという立地を考えれば警戒に警戒を重ねてもまだ足りないはずだった。そこに不自然に存在する花の自生地。よく見れば、この花の周囲だけ雑草がない。整備されている。ここは比喩ではなく、何者かが意図して作った花畑なのだ。少し注意すればすぐに気づくような異常を見落としていた。

 

 突如として現れたそれは、見た目は黒ずんだ枯れ木のようだった。森の中で棒立ちしていれば気づかないかもしれない。だが、こうして近くで見れば細長い手足がある。幹の上部には顔らしき穴が三つ開いていた。両目と口だろうか。二足歩行する枯れ木人間。

 

 その手には桶のようなものが握られていた。水が入った容器だ。近くの沢から汲んできたのだろうか。花を育て、管理しているのかもしれない。道具を使っているということは、相応の知性があるのか。

 

「……アァ……」

 

 声だろうか。かすれた高音が聞こえる。言葉とは思えない。仮に話せたとしても話が通じる相手とは思えなかった。奴からすれば私は花畑の侵入者だ。あるいは、まんまと罠におびき寄せられた獲物か。

 

 逃げるか、殺すか、考える。見た目は強そうな敵には見えないが、知性があるというだけで厄介だ。いずれにしてもこの距離は近過ぎる。遠距離戦なら飛び道具を持つこちらが有利だろう。じりじりと後ずさりながら少しずつ離れていく。

 

 枯れ木人間はその場から動かなかった。もしかすると気配を殺して敵に近づくのが得意なのかもしれない。花に気を取られている獲物の背後から忍び寄り捕食する、ここはそういう狩り場として作られたのか。

 

 私は寸前で気づけたからよかった。このまま視線を放さず、後ずさりながら距離を取る。そしてある程度離れたところで一気に離脱。追ってくるようなら『侵食械弾』であしらえばいい。これが最善か。

 

「ウウ、ウ」

 

 枯れ木人間はこちらを見ながらうめくだけだ。その目と思われる空洞からは水が流れていた。泣いているつもりか。花畑を荒らされた怒りからか、それとも獲物を取り逃がした悔しさからか。

 

 だったらどうした。あいにくこちらは欠片の同情も持ち合わせていない。強ければ奪い、弱ければ奪われる。ただ、それだけのことだ。もうそろそろ頃合いだろう。さっさとこの場を離れる。そう思い、脚に力を込めたときのことだった。

 

 

「ウアアアアアァァァァァァァァaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――――」

 

 

 突然の慟哭。可聴域を越えた高音は途中から聞きとることができなくなった。空気が震える。そして、クインの視界は一瞬にして閉ざされた。

 

 眼球が両目とも破裂している。攻撃を受けたことは明白だ。理由を考えるよりも先に、クインの右手を敵へと向ける。クインの目が潰されたとて、まだ本体の目が残っている。腕にしがみついている本体の発射口から弾丸を放った。

 

 高速で敵へと飛び出す『侵食械弾』。しかし、避けられる。目で追うのもやっとのスピードで敵は動いた。さっきまでの鈍さは何だったのかと思うほどの俊敏さを見せる。

 

「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」

 

 クインの左足が弾けた。両目の修復が間に合わないうちに、さらなる傷を負う。足はまずい。機動力がそがれる。敵が狙ったのもそのためだろう。視界を奪われ、足止めされる。こちらの対応が後手に回っている。私は緊急事態用に備えて作った『精神同調』の派生技を起動する。

 

『思考演算(マルチタスク)!』

 

 基本的に同一思考をしている意識集合体を出来る限り分離し、情報を並行処理させることで思考速度を格段に高める。使用中は極度の集中力を要するため短時間しか使えないが、一瞬の猶予が勝敗を左右するような極限状況で、無駄なく判断し行動することができる。

 

 まず、敵の戦力を推測する。攻撃手段は不明、有効範囲も不明。少なくとも10メートルは離れたこちらに攻撃を届かせている。その精度も高い。的確に眼球のみを二ついっぺんに破壊している。足も狙って攻撃された可能性が高い。

 

 そして驚異的な移動速度を持つ。不意打ちで撃った高速接近する銃弾をかわすほどの脚力と動体視力。既に足を負傷した状態のクインでは、逃走は困難だ。十全の状態でも逃げ切れるかわからない。

 

 加速する思考の中で主観時間は異様に長く伸びていた。クインの目の修復を終える。続いて足の回復にとりかかろうとしたとき、敵が吠えた。耳障りな絶叫が響き渡り、臓物が震えあがるような悪寒が走る。

 

 次の瞬間、クインの内臓が弾けた。胃の下あたり、肝臓か。腹の中で水風船が破れるような感覚が走る。引き延ばされた時間の中で、ゆっくりと、真綿を絞めるような激痛が襲いかかってきた。

 

 思考加速中でなければ、この痛みで意識が飛んでいたかもしれない。冷静な思考を保ちながら狂うことも許されない痛みを味わわされる地獄。だが、生きているからこそ味わえる苦しみだ。ここで無様に隙をさらせばあっという間に殺される。

 

 推測する。こちらが負傷する直前、敵は大声をあげていた。それ以外に何かしたような気配は感じられない。『凝』も使って観察していたが異常はない。念による攻撃なら受けた瞬間、逆にウイルスを送り込んで劇症化できる。ことはそんな単純な話ではない。

 

 鍵は“声”だ。奴が声を発した後、かすかに腹の中に振動が走った。思考加速中だから捉えることができた感覚だ。その振動は急速に一点へと収束し、爆発。臓器の一つのみを狙って破壊している。

 

 音波か。あの声はさながら音響兵器。しかも、ありえないほど精密な指向性を持つ。眼球や足のように外部に露出している部分ならまだしも、体内の臓器という隔離された場所に攻撃を届かせ、なおかつ周囲を一切傷つけていない。

 

 オーラによる防御が何の意味もなしていない。任意の場所を即座に破壊する死の絶叫。もし、初撃で脳を狙われていたらその時点でクインは死んでいる。そこまで考えたとき、血の気が引くような想像が脳裏をよぎった。

 

 今日、クインは既に一度死んでいる。花を食べたときに中毒死した。そのとき、卵のストックを大量に消費している。誓約によりその数は1000個中333個以上。しかし、これは精神が万全の状態で死を迎えればの話だ。

 

 そのときの動揺の具合によって、失う卵の消費量は増加する。毒にあたるという比較的“優しい”死に方をしているはずだが、それでも損害を最小限に抑えられなかった。現に、今の私が保有する卵の残存数は500を下回っている。

 

 つまり、クインを具現化できる回数はあと一回きり。ここでクインが死ねば、次はない。具現化すること自体は可能だが、そのクインが死んだとき誓約による代償を払いきれない。残存数から言って『犠牲の揺り籠』も使えない。

 

 今、具現化しているクインを失えばもう『偶像崇拝』は使えないのだ。新たにクインを作り出したところで即座に殺される。残された本体の機動力では到底逃げ切れない。

 

 今はまだクインという“わかりやすい的”があるので、敵はまずそこを狙ってきている。だが、彼女がいなくなれば次の標的は本体だ。絶をしてやり過ごせば見逃してくれる可能性も……いや、駄目だ。本体が弾丸を発射するところを見られている。

 

 とりあえず、用心のために殺しにくるだろう。いかに硬い外骨格で守られていようと、その中身を直接破裂させられれば絶命する。一方、こちらは敵に攻撃を当てることができない。

 

 それでも、当てなければ勝機はない。『侵食械弾』が唯一の勝ち筋だ。やみくもに撃ったところで当たる敵ではない。クインの負傷が少ない今ならまだ、敵に特攻すれば何とかなるか。一瞬でもいい。こちらの攻撃も遅いわけではない。隙さえできれば当てるチャンスはある。

 

 そんな思惑をあざ笑うかのように、クインの左ふくらはぎが弾け飛んだ。バランスを崩し、四つん這いになる。クインを死なせないために今、全力で肝臓の修復にあたっているところだ。既に生きている方が不思議なくらいの重傷である。足を直している余裕は全くない。

 

 防御不能、回避不能、破壊力抜群の音響攻撃を前に、なすすべもなく地を這いずる。接近戦に持ち込むなど不可能だ。距離を取ることで不利となったのはこちらだった。

 

 完全に生殺与奪を握られている。今、私は遊ばれている。クインを殺す機会はいくらでもあったはずだ。あるいは、敵の怒りに触れた私は制裁を受けている最中なのかもしれない。

 

 奴が本気になったとき全てが終わる。それは一分先の話か、一秒先の話か。

 

 死? 私が?

 

 急速にのしかかる重圧。まるで空気が重さを増したかのようにさえ感じた。個としてではなく、群としての死。私という存在全ての死。まるで雨が降るような気軽さで落ちて来る。圧倒的な死の気配。

 

 死ねるか。

 

 『思考演算(マルチタスク)』を総動員した。限界を越えて意識を酷使する。状況を打破するために最善の、最良の、道筋を、方法を。数百の私が考える。

 

 その末に決断した。本体から数発の『侵食機弾』を発射する。当然、敵はそれを予期している。回避行動に入るのが見えた。ハイスピードカメラが膨大なコマ数の映像を記録するように、分割された意識集合体がそれぞれ観測した認識をつなぎ合わせ、スローモーション映像を形成する。

 

 だが、それはただ見えるというだけのことだ。正確に敵の位置を把握して百発百中の命中精度を実現できたところで、敵がその弾を回避できる反射神経と速度を持っていてはどうしようもない。だから次の一手を打つ。

 

 

『精神同調(アナタハワタシ)』

 

 

 その能力を、敵に向けて放った。

 

 これは電波に念を込めて放つ洗脳念波だ。その速度は電波と同じく、遮るものがなければ空気中を光速に近いスピードで拡散し、当たった対象を自分の体のごとく操作できる。

 

 だが、その効力は非常に弱い。おおよそ生物全般に効果はないのだ。自我を持つ者には弾かれ、意思も持たないような虫一匹にさえ全く効かない。例外的に私の卵に対して使えるようなもので、これは自分自身を操る能力と言える。

 

 だから、目の前の敵に使ったところで意味はない。念波を弾かれて終わりだ。敏感な敵ならば、念波がもたらす害意にかすかな違和感を覚えるかもしれないが、それ以上の効果は無い。

 

 だが、その念波が一度にいくつも重複してぶつかればどうだろう。一つ一つは取るに足らない小さな“ささやき”が、重なることで聞き取れるほどの“音”となる。

 

 私は分割した各意識に能力の行使を命じた。卵の一つ一つが発する念波が、幾重にも連なって敵に襲いかかる。

 

 それでもこの能力によって敵を操れるわけではない。せいぜい、違和感を大きくする程度のものだ。「何かされている」という一瞬の違和感。それこそが私が求めたものである。

 

 能力の内容を知っている者なら動揺する必要はない。この念波に一切攻撃力はないのだから。だが、何も知らない者にとっては正体不明の攻撃である。

 

 そこに微細な隙が生じる。

 

 

「ア!?」

 

 

 敵の動きがわずかに鈍った。それでも回避行動を止めるほどのものではない。敵はギリギリで弾道を回避する位置を見抜いていた。小さな弾丸は、標的を捉えることなく通り過ぎる。

 

 

『練!』

 

 

 その瞬間、弾丸の直径は膨れ上がった。弾(タマゴ)そのものが劇症化することで瞬時に赤い球状のサボテンへと成長する。ギリギリで弾を避けるという敵のもくろみを欺く。

 

 

「アガッ!?」

 

 

 確かに当たった。しかし、サボテンが根を張るには至らない。敵をかすりはしたものの、発射速度の勢いのまま敵後方へと過ぎ去っていく。

 

 それでいい。『精神同調』による念波と『侵食械弾』によるわずかな被弾。その怒涛の攻撃が実を結び、敵に決定的な隙ができる。

 

 そしてその隙を本体が認識する前に、待機させておいた分割意識が既に弾丸を発射していた。隙が生じることを前提とした推測による射撃。今の私にできる最高の一撃だ。これをかわされれば、その先はない。

 

 

 当たるか、外れるか。

 

 生か、死か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アギッ! アッ……アアアアアアアアアアアア!?」

 

 

 

 当たった。敵の胴に直撃した弾丸が、サボテンへと成長する。今度こそ捉えた。敵の体表を覆う生命エネルギーを巻き込み、しっかりと根を張ることに成功する。続けざまに撃つ。ここで手を休めれば殺されるのは、こちらだ。

 

「アゴブ!」

 

 敵は脚部に被弾。胴、顔面、腕、次々に弾が当たり、赤いサボテンの苗床と化す。

 

「……ァ゛ッ!」

 

 口を塞いだところで勝敗は決した。これで声は出せない。ヨタヨタとふらつく枯れ木をなおも撃ち抜く。陸に上がった魚のように跳ねる敵を、徹底的に追撃した。そして奇妙なサボテンの集合オブジェが完成したところで、ようやく銃口を下ろす。

 

 「はぁっ……ひぃっ……!」

 

 勝利の余韻はない。強敵を破った達成感も、自分の強さを発揮した充実感も、恨みを返した爽快感も、全くない。

 

 ただ、生きている。死を退けた先にある妄執的な生の感覚しかなかった。そして、それは死よりも何倍もおぞましいことを知った。

 

 

 * * *

 

 

 今回の失態は、全て私の怠慢が招いた結果だ。

 

 アルメイザマシンの力を手に入れたことで、自分の強さに自惚れた。まるでこの森の、生態系の頂点に君臨したかのように錯覚していた。

 

 浅はかな考えと言うしかない。私の力とて、元は災厄級脅威の一つでしかない。同じレベルの脅威が他に存在しないと誰が決めたのだ。私は、ようやくこの森で対等に戦う力を得たにすぎない。

 

 さっきの戦いも回避する機会はいくらでもあった。花の誘惑になど負けず、不用意に沢に近づかなければそれで済んだことだ。採取しているときだって、しっかりと警戒していれば敵の接近を許さなかった。

 

 しかし、油断していたのは敵も同じだったのだろう。最善手を取るなら、私が採取に夢中になっている間に隠れて遠距離から攻撃すればよかったはずだ。わざわざ姿を見せる必要はない。その強者の余裕に救われた。

 

 運が良かった。その一言に尽きる。次もこんな幸運に巡り合う保証はない。弱者だと見下した敵に足元をすくわれて一瞬で逆転することだってあるだろう。明日は我が身だ。

 

 常在戦場。その心構えを胸に刻む。

 

 クインは臓器の修復をようやく終わらせ、命をつなぎとめることができた。卵のストックが半分以下の状況でよくあそこまで粘れたものだ。今後はクインをいかに生かすかを考える必要がある。もっと使い方を考えなければ強敵相手に立ちまわれない。

 

 基本は今までと同じく戦闘回避が軸となるだろう。『隠』により姿を隠し、『共』により索敵する。周囲の森の状況を探る。

 

「『共』」

 

 一。

 二。

 三。

 四。

 五。

 六。

 七。

 八。

 九。

 十。

 十一。

 十二。

 

 

 

 

 十二体。

 

 

 

 

 周囲に十二体の反応あり。

 

 

「ば」

 

 

 馬鹿な。いつの間に、ど、どうやっ、さっきまでは確かに、いや、いた? ずっと、戦闘中? 見られていた? 確認する、余裕、なかった。

 

 いる。木々の中に身を隠すように、枯れ木たちが身をひそめている。

 

 その数、十二。一体でさえ、死力を尽くし、敵の油断につけ込み、持てる力の全てを振り絞って紙一重で勝利した脅威が十二体。

 

 クインの体から、どっと汗が噴き出した。頬を伝い落ちる水滴が、地面へと吸い込まれる。水が染み込み、色が変わった土の跡を見つめることしかできなかった。

 

 

 

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