カーマインアームズ   作:放出系能力者

80 / 130
78話

 

「これが噂の人間の子供か……ふん、大したことないわね」

 

 敵軍のただ中を突き進んでいたブッチャは、これまでの雑魚とは毛色の違うキメラアントを前にして足を止めていた。キメラアント兵は階級によって強さのレベルが大きく異なる。どれもこれも一撃で仕留められる弱兵というわけではなかった。

 

 ブッチャの前に立ちはだかった敵の名は師団長ザザン。大きなサソリの尻尾を持つが、それ以外の見た目は人間の女に近い。しかし、その見た目からは想像もできないほど外骨格の強度と膂力は高く、ブッチャのノックボールを片手で受け止めていた。

 

「殺す殺すと息巻いていた割に口ほどにもない。弱い犬ほど物騒な言葉を使いたがるものね。少しは自分の立場が理解できたかしら?」

 

 ザザンは手中で弄んでいたボールを握りつぶした。被験体が生み出した金属は完全な賢者の石ではない。作り手のオーラの制御から外れると急速に劣化が進み、自然と崩壊していく。オリジナルの石を生み出すことはできなかった。

 

「……確かに、その通りだな」

 

 ザザンの挑発的な煽り文句に対し、ブッチャは冷静を保っていた。これまでの血の気の多い言動とはまるで異なる反応をザザンは訝しむ。てっきり怒り狂うものとばかり思っていたからだ。

 

「『殺す』が俺の口癖になっていた。何かにつけて殺すを連呼していた。確かにお前らごときを殺すことは造作もないが、そんな当たり前のことをいちいち宣言する必要はあるのかと疑問に思い始めていたところだ」

 

 強い言葉も見境なく使えば安っぽく聞こえてしまう。ブッチャは自分の新たな口癖を考えていた。わざわざ辞書を引いてそれらしい言葉を調べていたのだ。

 

「俺の新たな決め台詞は……『こなす』だ」

 

 「熟(こな)す」とは、もともと「粉に成す」という意味から生まれた言葉である。よく使われる用法としては「仕事をこなす」のように、仕事や作業をうまく処理する様子を表す。物を細かく砕く、消化する、相手を見下すという意味もある。

 

「俺にとって殺しとは、まさに作業をこなすに等しい。殺すだなんて直接的でガキっぽいセリフはもう使わねぇ。これからの俺は『こなす』だ。どうだ? このセンスは……震えが走るだろ?」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

 ザザンに煽るつもりはなかった。偽りない本心をただ口に出しただけだった。だが、その正直な感想が今度こそブッチャの怒りを買い、彼のオーラを瞬間湯沸かし器のように滾らせた。

 

「テメェ! ブッコナス!」

 

 ブッチャは賢者の石製野球ボールを作り出す。ザザンは既にその技を一度見ており、容易く防ぎきっている。再びノックを打とうとするブッチャを、馬鹿の一つ覚えかと嘲笑った。

 

「俺のボールは誰にも止められねぇ! キャッチできるはずがねぇんだ! いくぜ『打ち滅ぼす者(スラッガー)』!」

 

 身の程知らぬずにも勝負を挑む少年に対し、ザザンはもう一度正面から攻撃を受け止めることで絶望的な実力差を教えてやろうと考えた。

 

 ブッチャの能力のタネは割れている。打ち出した球を操作系能力によって軌道変更する追尾弾だ。下手に避けようとするよりも防御した方が確実に対処できる。超人級の剛速球にザザンの動体視力は追いついていた。パワーだけではなくスピードにも長けた圧倒的な身体能力がザザンにはある。

 

 一直線に飛んでくるボールを先ほどと同じく片手で止めた。しかしその直後、ボールに込められたオーラを見誤っていたことにザザンは気づく。

 

 先ほどキャッチした球と比べて明らかに重い。それだけ本気で打ったということだろう。ザザンは両手を使って止めに入るが、それでも威力を殺しきれない。彼女の装甲を貫くには至らずとも、少しずつ後ろへ押され始めている。

 

 あまりの威力に弾いたり受け流したりすることも難しくなっていた。徐々に踏ん張りも利かなくなり、後ろへと下がるスピードが増す。木に背中を預けたが、そのもたれかかった木がみしみしと悲鳴を上げてへし折れる始末。力を抜けばどこまで吹き飛ばされるかわからない。

 

「おのれ……!」

 

 ザザンから侮りが消えた。塞がった両手に代わり、サソリの尻尾が素早く伸びあがってブッチャに襲いかかった。普段の彼女はこの尻尾を武器として好んで使用する。

 

 硬質かつ柔軟に伸び縮みするこの尻尾は、四肢を使うよりも素早く強力な攻撃を可能としていた。その先端に鋭く伸びる毒針からは即効性の麻痺毒を注射することができる。

 

「っと、オラァ!」

 

 しかし、ブッチャは尾の一撃をしっかりと捉えていた。棘バットを叩きこまれたザザンの尾はあえなく引きちぎられる。奇襲は失敗したかに見えたが、ザザンの表情には余裕が生まれていた。

 

 ザザンにとって麻痺毒攻撃は当たれば良し、当たらなければそれでも良しの二段構えを取っていた。攻撃のスピードについては手を抜いていないが、尾の装甲を強化する分のオーラはあえて少なくし、わざと防御力を下げていた。

 

 その理由はザザンの奥の手にあった。本気を出した彼女は全身の姿形が変化し、通常時の数倍の強さを得ることができる第二形態を持っている。その発動の鍵がサソリの尾の破壊にあった。この尾が引きちぎられることで第二形態へと移行する。

 

 めきめきと軋みを上げてザザンの筋肉が膨れ上がり、外骨格の装甲がはちきれんばかりに膨張した。硬い外骨格の内部を埋め尽くす勢いで増加した筋肉が、さらに防御力を補強する。内と外、この二重の鉄壁からなる圧倒的な防御力は師団長の中でも最高位にあった。

 

 この状態ならば難なくボールを弾き返せる。そう思っていたザザンに違和感が走る。依然としてボールを受け止めた姿勢のまま動くことができなかった。第二形態の怪力トカゲモードとなったザザンの力をもってしてもボールの直進コースを変えることができない。

 

「あ、ありえないでしょ!? さっきより明らかに威力が上がってる!」

 

 いくらオーラで強化され、操作されたボールと言っても込められた力以上の力で抑え込めば威力が弱まっていくはずだ。だが、パワーアップしたザザンの力に応じてボールの威力もまた跳ね上がっていた。

 

 これがブッチャの操作系と放出系の複合能力『打ち滅ぼす者(スラッガー)』の効果だった。この能力を使用して打ち出したノックボールは、その進路を妨害してきた力に対抗して威力とスピードが上がる。その増強分のオーラは術者であるブッチャから追加徴収される。

 

「しぶてぇな。いい加減くたばれ」

 

 カキンとボールを打ち放つ快音が響く。目の前のボールにかかりきりになっていたザザンは息を呑んだ。今の彼女にブッチャの第二打を受け切る余裕はない。尻尾で何とか迎撃しようと考えていたザザンだったが、運良くボールは彼女から外れて後方の茂みへと飛び去っていく。

 

 だが、ブッチャがここで狙いを外すことはあり得ない。ザザンの背後へと飛んでいった追尾ボールは木にぶつかり、バウンドして彼女の背中に直撃した。腹側と背中側の双方からボールが押し寄せる。

 

「ぎっ!? この……!」

 

 『打ち滅ぼす者』の効果を受けたボールは直進を阻む力が大きいほどに強化される。では、この二つのボール同士が真正面からぶつかり合った際はどうなるのか。互いに進路を阻み合い、その力は天井知らずに上がっていく。そして、その二つのボールに挟まれてしまったザザンは。

 

「『強打相殺(バックドラフト)』」

 

 ぶつかり合ったボールは内包する力に耐え切れず崩壊した。その膨大なエネルギーは衝撃波となりザザンの体を破壊する。断末魔を残して彼女の胴体は爆散した。

 

「ひええっ、あの武闘派のザザン様が……!」

 

「パイクに知らせろ! 俺たちじゃ敵わねぇ!」

 

 ザザンの敗北を目の当たりにしたキメラアントたちは一目散に撤退し始める。ブッチャはノックを放とうとして思いとどまった。金属ボールも無限に出せるわけではない。賢者の石の能力を多用すれば精神的な負荷も相応に増す。

 

 大技を使った直後で、さすがにオーラの消耗を感じていた。まだ十分に戦闘は可能だが無駄打ちは控えるべきだ。いちいち逃げていく敵を仕留めて回るわけにもいかなかった。

 

「この、わたしが……こん、な……ところで……!」

 

 ザザンは上半身だけの体になりながらもまだ生きていた。いずれは死ぬ命だが、キメラアントの異常な生命力はたとえ首だけの存在になり下がろうとも容易に即死することを許さない。

 

 そんな化物に憐れみや同情を一切感じることもなかったブッチャは、無力化した敵を放置して先へ進んだ。気がかりは先行している仲間のバルカンだ。

 

 師団長ザザンの強さはブッチャにしても予想以上だった。単独ならそれほどの脅威でもないが、このレベルの敵に連携されるとさすがに苦戦を強いられるだろう。

 

「めんどくせぇが、こなしてやるか」

 

 敵陣のど真ん中に突っ込んでいったバルカンをフォローするため、ブッチャは野球帽をかぶり直して走り出した。

 

 

 * * *

 

 

「もういい! 兵隊長クラスも下がれ! こいつはオレたち師団長が相手する!」

 

 コルトは大声を上げて周囲の兵に指示を出す。電波による通信は敵が発する妨害電波によって阻害されていた。ガンガンと頭に響く耳触りな敵の電波攻撃を気力で抑え込む。

 

「ギャレンスラアアアッシュ! はあっ、はあっ……」

 

 出発前、巣の前に整列した15師団の連合軍を目にしたとき、コルトの胸中は誇らしさと自信に満ち溢れていた。これならばどんな敵が相手だろうと負けはしないと思った。もはや、そんな甘い見通しは粉々に打ち砕かれている。

 

「ハギャはどうした!? 姿が見えないぞ!」

 

「知るかよ! どうせ逃げたんだろ!」

 

 コルトは抑えきれぬ怒りに目を血走らせる。殺されたか、逃げ出したか。電波信号による統制を失った今の連合軍では確認することも難しく、前線から姿を消した兵は数知れない。

 

 それほどまでに敵は強かった。赤い鎧に身を包み大剣をもってあらゆる障害物を薙ぎ払うその人間は、まさに暴力の権化だった。子供が遊びで振り回す枯れ枝のように造作もなく大剣が舞い、旋風と衝撃波が兵団を蹂躙する。

 

 直撃を受ければ師団長であっても戦闘不能は免れない。しかし、数え切れないほどの犠牲を重ね、ようやく敵に疲れが見え始めていた。

 

 コルトたちも念能力を身につけてまだ日が浅いが、初心者の目から見ても敵のオーラ制御が粗いことがすぐにわかる。パワーはすごいが逆にその力に振り回されているようにも見えた。そんな戦い方をしていれば必ずオーラを使い果たすときが来る。

 

 まずは敵を弱らせ、隙が出て来るまで待つしかない。そこに最大火力の攻撃を叩きこむ。後衛には師団長の中でも怪力ナンバー1の実力を持つウシ型キメラアント、ビホーンが控えていた。防御力やスピードなどの総合的な戦闘力で言えばザザン第二形態に及ばないが、純粋な物理攻撃力という一点に関しては間違いなく師団長最強である。

 

 ビホーン渾身の必殺技が当たればこの敵を仕留めることも可能と見ていた。ただし、その必殺技にはタメが必要であり一度外してしまうと連続で使用することはできない。確実に当てられるまで敵を消耗させなければビホーンを前に出すことはできなかった。

 

「ヂートゥ! 頼む!」

 

「あいよー」

 

 軽い返事と共にチーター型キメラアントのヂートゥが飛び出した。全く臆することなく大剣使いの少年、バルカンへと迫る。

 

「ま、当たらなきゃ意味ないよね」

 

「ちょこまかと……!」

 

 ヂートゥはスピードナンバー1の師団長である。バルカンの一撃必殺の大威力攻撃を難なく回避していく。まさに目にもとまらぬスピードでバルカンを翻弄した。

 

 ヂートゥの脚力は瞬発力だけなく持久力にも優れ、時速200キロ以上のスピードで一昼夜走り続けることができた。力に任せたパワータイプのバルカンとの相性は抜群に良く、危なげなく対処できていた。

 

 だが、スピードはあるものの攻撃力はいま一つ。隙を見てバルカンに拳を当てているが、頑丈なプロテクターに阻まれてろくにダメージを与えられていなかった。

 

 それでも作戦の大目的は敵を疲弊させることにあるのでヂートゥは己の役目を十分に果たしていると言える。しかし、どうせならば自分の力でこの強敵をねじ伏せたいと考えていた。

 

「そろそろ見せてやるよ、シャウアプフ殿に伝授してもらったオレの念能力『紋露戦苦(モンローウォーク)』をさぁ」

 

 護衛軍三戦士の一人シャウアプフは他人の心理を読む能力に長け、精神的なポテンシャルを引き出す催眠術を扱う。その観察眼により師団長の中でも素質を持つ者たちに発を作るアドバイスを与えていた。

 

 本来ならば長い時間をかけて自分の系統と性格や経験などから最適な発を模索していくものだが、シャウアプフは対象の本質を見抜くことでその者に合った能力を見繕うことができた。

 

 バルカンの目の前でトップスピードの走りを見せたヂートゥ。その体の豹紋があまりの速さに残像を残して通り過ぎる。否、それは残像にあらず。実体を持つ分身となり、バルカンに襲いかかる。

 

 念人形の一種、自分とそっくりの分身を作り出す能力である。自らの最高速度に達したヂートゥはこの残像分身を同時に四体まで作り出せるが、その発動時間は短く、0.5秒しか分身の実体を維持できない。

 

 と言っても、師団長最速のヂートゥならばその0.5秒の間に数度の攻撃が可能である。発動時間の短さの代わりに消費オーラは少なく、また破壊されなかった分身体のオーラは発動時間を無事に満了することで一部のオーラがヂートゥに還元される仕組みになっている。これにより低コストで分身能力の連続使用を実現していた。

 

 分身四体に本人を合わせた五体のヂートゥによる同時攻撃はバルカンにも防ぎきれなかった。その狙いはプロテクターの隙間である。関節などの可動部は鎧で覆ってしまうと身動きを制限してしまうため隙間が開いていた。

 

「かってぇ! マジでコレ人間かよ!?」

 

 その部分はいわば生身だが、オーラの攻防力による防御はしっかりと機能している。分身まで使ったヂートゥの攻撃はほとんどダメージになっていない。だが、ヂートゥの攻撃は精神的な面で少しずつバルカンを追い詰めていた。蓄積されていく疲労は本人も自覚している。

 

 最初に作り出した武装の他に賢者の石を使った武器などは新たに作ってはいない。しかし、被験体が生み出す不完全な賢者の石は時間経過と共に劣化していく性質があり、防具と巨大な武器の一式という大量の装備を維持するには常時損耗を補填するため多くのコストを必要としていた。

 

 考えなしの無理な行動がたたり、バルカンは被験体の子供四人の中で最も精神力を消耗していた。焦るほどに攻撃は精彩を欠いていく。

 

「ぬおおおおお!! 負けるかああああ!! 悪の異星怪人どもめ! 世界平和のために、オレがここでやられるわけにはいかないんだああああ!!」

 

 逆境がバルカンの妄想を加速させた。完全に宇宙戦隊のリーダー、ギャレッドになりきった彼は現実と妄想の区別もつかないほどの狂った正義感に駆られ、賢者の石の力で莫大なオーラを引き出す。赤い大剣が妖しく発光する。

 

「くらえ必殺! ギャーレーンンンンンン……!」

 

 相手の動きが速すぎるというのなら、避けきれないほどの広範囲を一気に殲滅すればいい。強化系の発によりオーラ顕在量を増大させた上に、それをさらに賢者の石の力で爆発的に増幅させる荒技である。細かな制御など全くできず、自分自身にまで威力が及ぶ自爆技だが、バルカンの体はプロテクターに守られているためある程度のダメージは軽減される。

 

 膨れ上がったオーラの気配を感じ取ったヂートゥは一旦距離を置こうとしたが、バルカンはそれを許さず追随しようと踏み込んだ。彼は敵の動きを読んだり素早く反応することが苦手だったが、動く速さ自体はヂートゥと比べて極端に劣っているわけではない。剣そのものを当てることはできずとも、広範囲の攻撃圏から逃がさぬように追いすがる程度のことはできる。

 

「クラッシュ!!」

 

 踏み込みと同時に大剣を振りおろそうとしたバルカンだったが、そこで足を滑らせた。しかし、技の勢いを中断することができずそのままオーラが暴発する。間一髪でオーラの暴風圏から脱したヂートゥだったが、その余波だけで大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 振り降ろされた大剣の一撃は地盤を砕き、天変地異が起きたかのごとく木々もろとも粉々に巻きあげた。もし寸前でバルカンが足を滑らせていなければヂートゥの命はなかっただろう。

 

「何とか間に合ったようだな」

 

 ヂートゥの幸運は偶然の産物ではなかった。後衛にいた師団長ペギーの能力による助けが入っていた。ペギーもまたヂートゥと同じく、シャウアプフの催眠術により短期間で発を開花させている。

 

 その能力は『大地の教え(ネオグリーンライフ)』と言い、オーラを地面に流し込み、大地の性質を操る技だった。ペギーはキメラアントとなる前の人間であった時の記憶を一部だけ受け継いでいる。彼は敬虔なNGLの信徒であった。

 

 ペギーが肌身離さず持ち歩くNGLの教本にオーラを通し、地面にひざまずいて祈りを捧げることで能力は発動する。ペギーのオーラは地中を通って移動し、任意の場所、任意のタイミングで効果を発動させることができた。これによりバルカンの足元の土を柔らかくしたのだ。

 

 術の発動中はその場でひざまずいた姿勢を維持する必要があるため隙の多い能力だが、後方支援としては優秀な効果を発揮する。師団長同士の連携が綱渡りの攻防を支えていた。

 

「はぁっ、はぁっ……悪党め……成敗して、やる……」

 

 土煙の晴れた爆心地には破壊の元凶が立っていたが、その姿は健在とは言い難い。バルカンは大剣を杖にして何とか立っている状態だった。自爆のダメージによりプロテクターの一部は崩れ落ち、ヘルメットは半分が欠けていた。修復する余裕もないらしい。

 

 そのヘルメットの穴から覗く目から戦意は消えていなかった。ヒーローが悪を滅ぼす。それだけが彼にとっての絶対的な真理である。キメラアントにとってバルカンの心理は理解の及ぶものではなかった。コルトはすぐさま次の作戦に打って出る。

 

「ヂートゥは無事だ。そして敵は十分に疲弊している。こちらの予想通りの展開だ。オレが敵を撹乱し、そこにビホーンが攻撃を仕掛ける」

 

「大丈夫か? さっきの攻撃が来ないとは限らないぞ」

 

「奴のオーラを見る限り、二発目を撃てるほどの体力は残されていないはずだ。仮に最後の力を振り絞って発動させたとしても、技の予兆や発動までにかかる時間、そして効果範囲は既に見切っている。連携がきちんと取れれば対処は可能だ」

 

 ヂートゥが復帰するまでの代役としてコルトが撹乱役に回り、確実に敵へ攻撃を当てられる機をうかがってビホーンがとどめを刺す作戦だ。ペギーは後方から地質操作による援護を行う。

 

 時間的な余裕はないが、実行に移る前にコルトは今一度作戦に見落としがないかを確認した。それは彼の几帳面な性格による慎重さの表れでもあったが、それとは別に根拠のない不安を覚えていた。

 

 それは第六感や虫の知らせと言った類の感覚だったのかもしれない。わずかな躊躇を抱き神経を研ぎ澄ませていたコルトは、戦場に忽然と生じた異変にいち早く気づいた。

 

 鋭い金属音と、森の茂みから高速で迫りくる飛翔体をコルトの目が捉えた。ペギーとビホーンは気づいていない。それはバルカンの仲間、ブッチャの『打ち滅ぼす者(スラッガー)』による攻撃だった。

 

 赤い砲弾の射線上にはペギーの姿がある。それが別の敵から向けられた攻撃であることに気づいたコルトはペギーをかばうように前へ出た。

 

 

 ――『希望の守り手(セイブ・ザ・レイ)』――

 

 

 コルトは刹那の判断を強いられる中、己の念能力を発動させることに成功する。コルトは自身を中心として卵の殻状のシールドを具現化した。この念防壁は単体でもそれなりの防御力があるが、ある特定条件下においてその強度は飛躍的に向上する。

 

 その条件とは『誰かを守るために発動すること』だった。ペギーの盾となったコルトのシールドは無類の強度を得る。それは防御特攻の効果を持つ『打ち滅ぼす者』の威力を引きあげる結果となったが、コルトは偶然にもそのシールドの形状に助けられた。

 

 卵の殻を模したシールドは丸みを帯びた形状をしており、激突したボールは威力を増しながらも直進軌道を上手く逸らされ受け流されていた。剛速球は狙いを外され、火花を散らしてシールドの表面を滑りながら明後日の方向へと飛んで行く。

 

「……作戦変更だ! まずはオレが新手の敵の情報を探る! 大剣使いの方は……」

 

 コルトは吹き飛ばされていたヂートゥが戻って来るところを目の端で確認した。

 

「ヂートゥに任せる! ペギーは援護を頼む! ビホーンは敵の遠距離攻撃からペギーを護衛しつつ臨機応変に動いてくれ! ここからが正念場だ! いくぞ!」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。