カーマインアームズ   作:放出系能力者

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84話

 

 キメラアント討伐隊の任務失敗。ハンター協会の上層部が満を持して送り出した少数精鋭の敗走は後続のハンターたちに知らされる。キメラアントの討伐とは別に、災厄が持ち込まれた可能性のあるNGL暗部の殲滅を目的として結成されたハンターチームは、その報告を受け一笑に付した。

 

 しかも聞けばキメラアントにやられたのではなく、仲間割れによる内部分裂が原因だという。話にならない。討伐隊メンバーのチョコロボフは行方不明、モラウは一命を取り留めたが死にかけの重傷、無事に帰還できた者はノヴ一人であった。そのノヴも髪の毛をむしり散らすほど精神を病み、戦線復帰は絶望的な状態だった。

 

「プロ失格も甚だしい。確かモラウはシングルのシーハンター、ノヴも同じくシングルのビルディングハンターだったか。所詮は魚を追いまわすか建物探訪しかできないような素人だ」

 

 NGL暗部撃滅ハンターチーム、通称『対NGL班』の班長カサネギは先発隊の醜聞を耳にして呆れるほかなかった。

 

 ダブルの称号を持つワイルドハンター、カサネギは協会副会長パリストンの信頼を得た『猟犬』として活躍してきた。獲物をあぶり出し、追い詰めて確実に仕留める手腕にかけてはプロ中のプロだと自負している。

 

 ハンター十ヶ条で定められた規定により、輝かしい功績を残したハンターには星が与えられる。そのうち星二つに当たるダブルの称号は、自らの評価だけではなく育て上げた弟子も星を得るほどの功績がなければ取得できない。まさに真の実力を持つハンターのみに与えられし称号である。カサネギはそう思っている。

 

 NGLの裏側で災厄の影が動いている情報を最初に付き止めたのも彼のチームだった。戦闘能力のみならず諜報能力にも長けた彼らは協専ハンターの中でもパリストン直々の依頼を受ける有数の実働部隊である。

 

 今回も彼らはパリストンの命を受け、手勢を率いてNGL国内に入っていた。ノヴの報告により、NGLの尖兵らしき者たちと交戦した場所は特定している。ノヴは暴走したチョコロボフに最大限の警戒を払うよう忠告するばかりか、カサネギたちだけで手に負える敵ではないとまで断言した。

 

 どんな敵が相手だろうと警戒を払うことは当然。その上で任務を全うする者がプロである。子供のお使いではないのだ。精神が錯乱した様子のノヴの報告をカサネギはあまり当てにしていなかった。

 

 猟犬として数々の任務をこなしてきたカサネギのチームはそのノウハウにより、NGL内部の状況を手早く調査し終えた。キメラアントの侵略に遭い、国の中枢を担う闇組織の麻薬製造施設はほぼ壊滅したものと思われる。

 

 残された拠点は一つか二つ程度と予想していた。その場所の特定作業も順調に進んでいる。危惧されたキメラアントとの接触もなく、今のところ被害は何一つ出ていない。短期間のうちに兵を大量に失ったキメラアントが出兵を控えて籠城作戦に移ったためだった。

 

 NGLを叩くなら今が好機である。ハンターチームは敵拠点の特定を急いでいた。森の中で息を潜めながら探索を続けるカサネギの肩には、羽の生えた妖精のようなマスコットキャラがちょこんと座っている。

 

 これはカサネギの仲間が作った念人形の『シラセくん』。戦闘力は皆無だが、様々なサポート機能を搭載し、一度に十体まで同時操作可能である。敵陣の間際まで接近して潜伏する任務が多い彼らのチームは作戦中、このシラセくんを介して通信を取り合っていた。

 

『お知らせだよ! 本部から緊急伝令だよ!』

 

 シラセくんの術者はここから離れた後方の陣地で待機している。こういったハンター協会本部からの指令はまず陣地に届き、そこからシラセくんを通して最前線のハンターへ伝えられる。

 

「なに? 襲撃作戦の一時保留命令だと?」

 

 その内容はどこか要領を得ない。撤退命令ではなく、警戒レベルを最大まで引き上げつつ敵拠点の特定作業を続行。わずかな情報も漏らさず集めて本部に逐次報告せよとの通達だった。

 

『動画の添付データを表示するよ!』

 

 シラセくんの目から映像が投射される。それはテレビのニュースを録画したものだった。

 

 

 * * *

 

 

『先ほどお伝えしました速報の詳細が届きました。オチマ連邦西岸部、ジャカール諸島周辺の海域において現地時間の午前7時、謎の巨大建造物が海底から姿を現した模様です。飛行船から撮影した航空写真がこちらになります』

 

『これは……にわかには信じがたい光景ですね……』

 

『この物体の全長は推定約500メートル、幅70メートル、大型船舶に類似した姿をしています』

 

『確かに船のようにも見えますが……なんというか、非常に生理的な嫌悪感を掻き立てる形状とでも言いますか。この船の側面部から突き出た昆虫の脚のような装置など特に気味が悪い。何かの生物を模したデザインなのでしょうか』

 

『表面は光沢のある暗赤色の金属で全て覆われており、甲板部には多数の砲塔らしき兵器の存在が確認できます。また、周辺地帯では大規模な電波障害が発生しており、何らかの電磁兵器を搭載している可能性があります』

 

『オチマ連邦が開発した最新式の戦艦でしょうか。しかし、何の事前連絡も無しにこのような被害を及ぼす軍事兵器を自国内で稼働させるとは考えにくいですね』

 

『先ほど入りました情報によりますと、この未知の船舶は進路上にあるジャカール諸島の島々を避けることなく強引に乗り上げ、陸上を直進する形で走行しています。船の側面部から生えた巨大な移動装置を使い、水陸両用の高速移動を可能としています。現地の島々では壊滅的な被害が発生しているようです』

 

『他国からの侵略行為の疑いもありますね。いずれにしても、世界治安維持機構は一連の事件について詳細の把握には至っていない模様です。はい……ここで現地に急行した特派員と中継がつながりました。特派員のアンディさん、そちらは今、どのような状況でしょうか』

 

『――ザ――ザザ――』

 

『……映像と音声に乱れがあるようです。電波障害の影響かもしれません。音声の方は残念ながらお伝えできませんが、映像は何とかなり、そうですね。この画面左に映っている赤い物体が例の戦艦と思われます』

 

『これは停止しているのでしょうか。現在、謎の船舶はその動きを止めているようにも見えます。あっ、今、船舶の先端部に何やら動きがありました。青白く光を放つ、円錐状の、これは何でしょうか。巨大な謎の装置がゆっくりと回転しているようです。これも兵器の一種――』

 

 

 しばらくお待ちください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ、全世界の人類諸君! はじめまして、俺の名はモナド! 突然ですが、君たちは今この瞬間をもって、我が国の栄えある国民となりました! ここに世界統一国家「NGL」の樹立を宣言します!』

 

 

 * * *

 

 

「何が、起きている……!?」

 

 カサネギが目にした映像は、フェイクニュースか映画の宣伝としか思えない内容だった。敵戦艦の主砲と思われる兵器の一撃によってもたらされた被害は到底信じられるものではない。

 

 ジャカール諸島一帯の消滅。世界地図を書き換えるほどの威力だった。文字通り島々は跡形もなく消え去り、周辺一帯は竜巻を量産する嵐の異常気象が発生、沿岸国には津波が幾度となく押し寄せた。死傷者は少なくとも3000万人は下らないと予想されている。

 

 たった一撃でそれだけの悪魔的猛威を振るう兵器などあっていいはずがない。考えられる可能性はただ一つ、暗黒大陸から来た災厄だ。

 

 戦艦の装甲として使われていた赤い金属からしてカサネギが追っていた災厄との関係性は明らかである。さらに、広大な範囲に渡る電波ジャックにより流された敵の犯行声明はNGLの関与を決定づけていた。

 

 そして、その犯行声明の映像において姿を見せた人物を、カサネギはよく知っていた。

 

「裏切ったか、チョコロボフめ……!」

 

「その呼び方はやめろって!」

 

 突然、背後から発せられた声にカサネギは瞬時に反応し、距離を取った。背後に立つはメイド服の少女。不覚にも接近を許したその敵は、まさに件のチョコロボフであった。

 

 声をかけられるまで敵の接近に気づけなかった自分の失態をカサネギは恥じる。映像を確認していた最中も警戒を解いたつもりはなかったが、わずかな気の緩みがあったのかもしれないと喝を入れる。

 

 チョコロボフとNGL、そして災厄との関係は不明である。カサネギは自分がどう行動すべきかわずかに逡巡したが、すぐに結論を出す。それは与えられた任務を忠実に実行することだった。

 

 つまり、情報収集である。カサネギのそばで浮遊しているシラセくんの目を通してこの場の映像は術者へ伝えられる。少しでもチョコロボフの情報を引き出し、本部に上げることが今の自分の使命であると判断した。

 

 そこに保身や命惜しさといった感情はない。ひたすらに任務を優先する。それが彼にとってのプロの流儀だった。

 

『解析中……解析中……』

 

 シラセくんは敵を目視することでそのオーラを検知し、敵の得意系統と推定潜在オーラ値を計測する機能があった。解析にはしばらく時間がかかるが、敵を知る上で貴重なデータとなることは間違いない。その作業と並行してカサネギ自身も少女の動向をうかがう。

 

「なぜ声をかけた?」

 

「あん?」

 

「殺すつもりなら不意打ちを狙えば良かったはず。なぜ自ら気配を明かすような真似をした」

 

「あんた確か、プロハンターの人だよね?」

 

 カサネギのチームとキメラアント討伐隊は、NGLに入る前に一度顔合わせをしている。本当にただ挨拶をしただけで終わったが、二人は一応面識があった。

 

「ちょっと参考までに聞きたいんだけど、あんたってハンターの中で言えばどのくらいの強さ?」

 

 その質問と、少女の嗜虐的な笑みを見てカサネギは察した。チョコロボフはおそらく自分の強さに絶対の自信を持っている。カサネギに望むことは純粋な決闘の相手だろう。

 

 年若い実力者にありがちな全能感と優越感が表情に表れている。この手の性格をした人間は確かに強者も中にはいるが、総じて自分のペースを崩されることを嫌い、喜怒を問わず感情を激化させやすい傾向がある。カサネギにとっては好都合だった。

 

「俺がどの程度の使い手か知りたいか。よかろう。その身に知らしめてやる」

 

 彼は衣服を脱ぎ捨てた。その下に現れた肉体は細身ながら引き締められた屈強な筋肉で固められていた。そして無数に刻み込まれた傷跡が、歴戦の戦果を物語っている。

 

「星二つのワイルドハンター、『猟犬』のカサネギ……推して参る!」

 

 今でこそ猟犬を名乗っているが、かつての彼の二つ名は『狂犬』。骨の髄まで染み込んだ苛烈な戦いぶりは健在だった。一拍のもとに少女へ肉薄し、その拳を叩きこむ。

 

 カサネギのあまりのスピードに少女は反応が追い付かなかったのか、完全に隙だらけの状態で呆けた表情をしていた。その顔面にカサネギの拳が突き刺さる。凄まじい破裂音が走り、チョコロボフの体を貫通した衝撃が彼女の背後にあった岩を粉砕した。

 

 そして、少女はその破壊の影響を全く受けることなく無傷だった。その場から一歩として動いていない。

 

「なるほど、それがお前の能力か」

 

 そもそも衝撃が貫通するという現象はカサネギが意図して起こしたものではない。少女の力によって攻撃の威力が完全に受け流されたものと考えられる。チョコロボフの反応から見て、この能力は能動的に行使せずとも自動で少女を守るように発動するものと推測する。

 

 正面切って確実に打ち込んだはずの拳をここまで完璧に無効化されたことは、カサネギの豊富な戦闘経験をもってしても初めてのことである。少女が自分の強さを過信する理由もうなずけた。だが、彼に動揺はなかった。

 

 複雑で強力な効果を発揮する『発』ほど発動条件となる制約は厳しくなり応用性を欠いていく。彼に言わせれば最強の念能力というものは結局、理屈をこねた小難しい異能ではなく、肉体の強化に集約される。最後に物を言うのは念の基礎となる能力者自身の身体能力に他ならない。

 

 少女の能力のカラクリを暴くため、カサネギは研ぎ澄まされた呼吸と共に猛烈な攻勢に入った。

 

「はあああああああ!! 骨活殺流奥義ッ! 無尽髄血金剛破打ッ!」

 

 カサネギは強化系能力者である。彼が編み出した発は、骨の強化に特化した能力だった。

 

 成人した人間の骨の総数は206に上り、その重さは全体重の5分の1を占める。人体を形成する上で必要不可欠な枠組であり、その骨格が様々な臓器を守っている。運動機能に関しても重要な役割を持ち、骨をつなぐ腱とそれを動かす筋肉により支点、力点、作用点の働きを生み出し運動は行われる。

 

 だが、強くなろうとする上で骨を強化しようと考える者はまずいない。単純なパワーを求めるなら筋肉を強化するに決まっている。トレーニングによって増強が可能な筋肉に対し、骨は鍛えようと思って鍛えられるものではない。

 

 しかしながら骨の強さが運動能力と密接な関係にあることは事実である。一説によれば、人が狩猟生活を送っていた太古の時代、平均的な骨密度は現代人よりも遥かに高かった。生活主体が狩りから農業へ変化していく過程で骨密度が低下し、運動能力も低下したと考えられている。

 

 その点、カサネギは生まれながらにして常人離れした骨密度の持ち主だった。身長180センチで痩せ型の体格ながら、その体重は140キロに達している。尋常でない骨の重さが常に彼の筋肉に負荷を与え続け、強靭無比な鋼の肉体を作り上げるに至った。

 

 彼が生まれ持った肉体の利点を生かし、骨を強化した戦法を考案することは自然の流れであった。その修行の果てに編み出した拳法こそ『骨活殺流』である。

 

 あらゆる動作の要となる骨の強化と制御に主眼を置いたこの拳法は、いかなる姿勢においても攻撃威力が減衰することのない驚異の安定性と、急所への攻撃をことごとく跳ね除ける防御力をかねそろえた剛拳である。

 

 その数ある技の中でも『無尽髄血金剛破打』は奥義にして禁術に当たる。骨髄にオーラを注入して強化することで異常な造血作用を生み出し、血中のヘモグロビン値を急激に上昇させる。そこに特殊な呼吸法を用いて膨大な酸素を体内へ取り込み、強制的に筋肉へ酸素を行き渡らせることで限界を超えた身体能力を発揮する。

 

 ゆえに禁術。この技を使うことによって背負う肉体への負担は想像を絶する。しかし、カサネギは躊躇わなかった。命を削って絞り出した渾身の力を少女へ叩きつける。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 全身の筋肉へ過剰供給されるヘモグロビンによってカサネギの肌は赤熱化し、ぶちぶちと血管が浮かび上がった。悪鬼羅刹と化した彼は無数の拳打の雨を放つ。少女は棒立ちのままその猛攻を受け止めた。

 

 カサネギがダブルハンターとして何一つ恥じることのない実力を持っていることは確かだった。優れた武人であることは間違いない。だからこそ、彼は少女の能力の正体に気づくことができた。

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

 少女の体表を覆うオーラが途轍もない密度で凝縮された極小の柔毛となり、一糸乱れぬ統率を持ってうねる蠕動が、カサネギの拳を受けた瞬間にその衝撃を一分の狂いもなく完璧に地面や空中に受け流している。

 

 その能力は念の基礎を極限まで昇華させることによって完成された『流』の究極形。詰まるところ、何か特別な念能力というわけではなく。

 

 ただの絶技だった。

 

「……オオオオオオオオオ!!」

 

 少女が何の構えを取ることなくカサネギの攻撃を受けたのは反応が追い付かなかったからではなく、その必要がなかっただけに過ぎない。特に意識せずとも反射レベルで究極完成形の流を使いこなせる技量を持っていた。

 

 そして少女があっけに取られた表情をしている理由を知る。それはカサネギのあまりの弱さに驚愕したためであり、その無情な現実を悟るに至った彼の精神を粉々に打ち砕いた。

 

「ウオッ、オオオオ……ヲッ、ヲッ、オッ、オオオオオオオ!! おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「うるせぇ!」

 

 少女の腕の一振りでカサネギの全身は水風船のように弾け飛び、ただの破れた血袋と化した。少女は心底つまらなそうにあくびを噛み殺す。

 

「うーん、カトライの技をちっとばかしインストールしてみたが……相手が弱すぎて参考にもならなかったな。実際、コイツ強さ的にどの程度のキャラだったんだ? ハンター協会の中で言えば中の上くらいか?」

 

『ぴぴぴっ! 解析完了! 敵の得意系統は特質系! 推定潜在オーラ値、999999999999999999999999999999……』

 

 エラーを起こしたように9を連呼するシラセくんを、少女はおもむろに握りつぶして黙らせた。

 

「この調子じゃハンター協会と全面戦争しても大して面白くないかもねぇ。あと残ってる楽しめそうなキャラと言えば……」

 

 少女はキメラアントの巣がある方へと視線を向けていた。

 

 

 * * *

 

 

 モナド親衛隊。そのメンバーは隊長のバルカンを始めとして、ブッチャ、キネティ、ジャスミンの四名で構成されている。彼らは拠点付近の森に集まって待機していた。モナドから招集命令がかかったためだ。

 

「どうしたみんな、元気がないぞ! よし、銀河大元帥閣下を讃える歌をみんなで歌おう!」

 

 ギャレンジャーの主題歌を一人で熱唱し始めたバルカンは、この暗澹たる状況においても平常運転だった。

 

 気絶から目覚めた彼はモナドに恭順の意を示した。本能に刻みつけられた蟻の習性が逆らう意思を許さなかった。それはバルカンの頭の中で都合よく解釈され、ギャレンジャー本編に登場したこともない『銀河大元帥』というキャラを捏造して自分を納得させる結果に至る。ある意味でその精神はたくましかった。

 

 モナドはバルカンのノリに付き合って彼を親衛隊長に任命している。バルカンはモナドの命令に従うことが銀河の平和を守ることになると信じて疑わなかった。

 

「こいつの脳みそ完全にキマッてやがる……いっそのことこれくらい壊れた方が気は楽かもな」

 

「やめてくだせぇ。そう何人も気狂いが出たら周りが大迷惑ですぜ」

 

 ブッチャとキネティはモナドに対する忠誠心など欠片も持ち合わせていなかったが、逆らうつもりもなかった。力の差は嫌というほど実感できる。死にたくなければおとなしく従うしかないと諦めていた。真なる錬金術師に紛い物の彼らが敵う道理はない。

 

「……」

 

 唯一、この中でジャスミンだけはモナドに対して煮えたぎるような反意を持っている。その隠そうともしない憎しみは誰の目にも明らかだった。ある意味で、バルカン以上に精神が急変した人物と言えた。

 

 それでも一応はジャスミンもモナドに従う姿勢を見せている。親衛隊としてモナドのそばに付き従うことを決め、反逆の機を見計らっていた。

 

「やあ、みんな元気? ちゃんと集まってるね」

 

「はっ! 大元帥閣下の招集とあらば当然であります!」

 

 待機していた親衛隊の前に、拠点の中から出てきたモナドが近づいてくる。いつものメイド服だが、背中には小さなリュックを背負い、肩に水筒を提げていた。

 

「今日はこれから遠足に行きたいと思います! 目的地はキメラアントの巣公園です! 着いたらみんなで公園のお掃除をして、レクリエーションなんかして遊んで、お弁当を食べて帰ってきます!」

 

 キメラアントが新種の魔獣であり、この前戦った化物であることを子供たちは教えられていた。要するに、怪物退治が今日の仕事である。森に潜伏していたハンターたちを殺せと命じられた前回の仕事と比べれば、相手が人外である分まだマシな内容だった。

 

「ホントはねぇ、時期的にメルエムがまだ生まれてなさそうだからもうちょっと待つつもりだったんだけど、なんかジャイロくんがダメだって」

 

 モナドが呼び寄せた海底戦艦は今日中にここへ到着する予定だった。到着次第、NGL軍の人間と研究者や被験体を乗せて旅立つ手はずとなっている。

 

 ジャイロは今あるこのNGL自治区に見切りをつけていた。アルカヌムの研究設備についてはモナドがいればどうとでもなる。それよりも、モナドが後先考えず戦艦を派手に動かして犯行声明まで発表してしまったので、自分たちの情報や関係性が露見してしまったことの方が問題だった。

 

 現在、NGL自治区は外周を完全に固められ、蟻の子一匹通さない包囲網が敷かれていた。治安維持機構の強制介入により、もはや国として事実上の権限を剥奪されている。

 

 この人類滅亡規模の非常事態に際して、NGL自治区に対する非人道兵器を用いた絨毯爆撃も検討されていた。しかし、現地民のほとんどが国外退去に応じず、仮にそれらを無視して爆撃を強行したとしても問題が好転することはないと判断された。巨大戦艦という脅威がなくなるわけではない。

 

 モナドにとっては貧者の薔薇(ミニチュアローズ)の雨が降ろうと大したことではないが、巻き添えにされるかもしれないジャイロたちにとってはたまったものではなかった。ひとまず迎えの戦艦に乗って国外へ脱出、そこから深海に潜り、足取りを消す計画になっている。

 

 モナドはメルエムと戦いたかったのでもう少しここにいたい気持ちもあったが、今後の国作りのために必要な計画だというジャイロの説得に応じた。そういうわけで彼女は今のうちにキメラアントの巣を見物に行こうと思い立つ。

 

「よーし、じゃあ、出発しんこー!」

 

 モナドを先頭にして隊は進む。行楽気分でテンションが高いのはモナドとバルカンの二人だけで、後方の三人はお通夜状態だった。

 

 しばらくは何事もなく森の中を進む行程が続く。その少女の進路を遮るような存在などあるわけがない。

 

 もしいるとすれば、それは彼らの想像も及ばない遥かな怪物。

 

 先頭を歩いていたモナドの体から闘気が漏れ始めた。それは前方からやって来る何者かの気配を肌で感じ取ったことによる無意識の反応だった。

 

 歩み寄る二つの気配は互いの存在を知覚し、一歩ごとに威圧を強めていく。ぶつかり合うオーラの気迫は差し合わせたように同等。その余波だけで常人ならば息の根を止められてしまいかねない殺気が吹き荒れる。

 

 思わず足を止め、踵を返そうとした親衛隊だったが、結局はモナドのそばから離れることはできなかった。モナドの殺気は前方にのみ向けられたものではない。彼らは背を向けた瞬間、主人の手によって殺されるだろうと確信した。

 

 そして、二匹の王は対峙する。

 

 


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