「やあやあ! まさか今日、このタイミングで会えるとは思わなかったよ。偶然とは思えないねぇ。運命ってやつなのかな?」
メイド服の少女は、先ほどまでの張り詰めた空気がなかったかのように殺気を解いていた。まるで友人と接するように語りかける。
「初めまして、蟻の王さま。俺はモナド。君と同じ、蟻の王さ。同種のよしみだ。よければ名前を教えてもらえないか?」
威圧を消して森の奥から姿を現した少女は、ピトーの目には何の変哲もない人間に見えた。だが、数秒前まで嵐のように渦巻いていた殺気を彼女も感じている。不遜にもメルエムに気安く話しかける少女を前にして警戒を強め、自らの王を守るべく踏み出そうとした。
メルエムはそんなピトーを手で制す。
「笑止。王どころか人の器さえ感じぬ愚物に名乗る名はない」
「手厳しいなぁ。これでも俺を慕ってくれる家来がいるんだよ? ほら、後ろに見えるだろ? 俺の忠実なるシモベたちさ」
モナドは親指で背後に控える親衛隊を指さす。そして、良いことを思いついたとばかりにまくしたてた。
「そうだ! 君にも強そうな猫ちゃんの家来がいるね? どうだろう、君の猫ちゃんと俺の親衛隊に一試合してもらおうじゃないか。前座の余興にはちょうどいいと思わないか?」
モナドとメルエム、大将は後に控えてまずは互いの配下を戦わせようという提案だった。何かを企んでいるのか、それとも本当に余興のつもりか。モナドの提案に対し、最初に言葉を発したのはピトーだった。
「王、露払いはお任せください」
ピトーは敵の誘いに乗ることにした。敵勢の強さが不明なこの状況において、数で勝る相手と乱戦へもつれ込むよりは、なるべく各個撃破ができる状況に持ち込んだ方がピトーにとっても有利に思えた。それは普段の好戦的な彼女の性格からすれば消極的な判断と言えた。
その要因は先ほどの一幕にあった。戦いに際して、護衛軍であるピトーの役割は王の護衛という一点に尽きる。たとえその身が朽ち果てようとも王のため矢面に立つ覚悟はできていた。
しかし、メルエムは前へ出ようとしたピトーを無言で制した。軽く手をかざし、ピトーの行く手を遮ったその行為を見て、彼女は察した。
戦力外通知。メルエムをして、実際に目にした敵の強さは想像を遥かに超えていた。ピトーでは敵わない。一目見てそう断言できるほどの脅威を、メルエムは感じ取ったのだ。
メルエムの制止は、ピトーを無駄に死なすまいとする思いやりの表れだった。しかし、ピトーはその慈悲に深く傷つく。王の力になれない自身の不甲斐なさを嘆いた。
だからこそ、今の自分にできる最善の行動を取った。モナドの相手はメルエムにしかできない。ピトーがその戦いに割り込んでも足手まといにしかならないだろう。ならば、自分にできることは敵の脅威を少しでも減らし、王に万全の戦いを供するための環境を整えることにある。
「決まりだな。兵隊蟻たちの御前試合だ。両チーム、王への忠誠をかけて存分に競い合え。言うまでもないことだが……自分の家来が負けそうになったからと言って余計な手出しはするなよ?」
誇りをかけた戦いに水を差すなとモナドが釘を刺す。その言葉に全く本心が込められていないことは見え透いていた。
モナドにとっては親衛隊の子供たちがどうなろうと構わないのだ。いくらでも代わりのいる消耗品に過ぎない。彼女にとってこの一戦は、本当にただの余興に過ぎなかった。ピトーが勝ち残ってもそれはそれで面白いと思っている。
モナドはメルエムがこの“ゲーム”に横やりを入れるそぶりを見せれば邪魔するつもりだった。だが、それは不要な心配である。
「ピトー、頼んだぞ」
一度は引き留めたがこれ以上、不退転の覚悟で臨む戦士の戦いを汚すつもりはなかった。もしメルエムにそのような稚気があれば、そもそもピトーをここへ連れて来てはいない。
「お任せを」
ピトーの決意と士気は身に纏うオーラに表れていた。もともと強者との戦いを好む性格をしていた彼女だったが、今のピトーにそのような私欲は微塵もない。全身全霊をもって本懐を遂げるという一念に尽きた。
「さあ始まりました世紀の一戦! モナド親衛隊バーサス猫ちゃんキメラアントピトー! 夢の対決がここに幕を開けようとしています! 果たして勝利はどちらのチームに輝くのか! ピトーの雌雄も決してしまうのか! 実況はわたくしモナド、解説は名無しの王さんでお送りします!」
対するモナド親衛隊は士気も統率もバラバラである。従わなければ殺されるため戦わざるを得ない状況だった。しかし、誰もが死を望んでいない点については共通している。避けられない戦いを前にして逃げ出すような者はいなかった。
「来たな、悪の異星怪人! この親衛隊長ギャレッドが成敗してやる!」
だが、中には見当違いの方向でやる気を出している者もいた。親衛隊の中でただ一人、バルカンだけは威勢よく吠える。敵対する者全てを悪と断じ、自らを正義のヒーローだと信じて疑わない彼の精神力はある意味で屈強だった。
念能力者にとって現実逃避的思考は精神力の弱さにつながりかねない危険な兆候だが、バルカンの場合はその底を突き抜け、徹底的に自己中心的な世界を脳内に作り出し陶酔するに至っている。その狂気の精神性が賢者の石との高い適合性能を実現していた。
「大元帥閣下にもらったこの『ギャラクティックストーン』で、ギャレンジャースーツの真の力を引き出してみせよう!」
バルカンが掲げた手の中には一つのペンダントらしきものがあった。それは先ほど、拠点から出発する前にモナドが親衛隊の全員に配布したアミュレットだった。
みんなのために愛情を込めて作ったお守りだよと言って配られたものだが、バルカンを除いてありがたがる者はいなかった。ペンダントの中にはモナドが作った『真なる賢者の石』の欠片が入れられている。
このお守りにオーラを込めれば錬金術の能力をさらに強化することができるとモナドから言われているが、その得体の知れない代物を安易に使おうと考える者はバルカンだけだった。
「行くぜっ! 変身! 『ギャレンジャーバトルフォーム――」
他の親衛隊の面々は、そのアミュレットがどのような効果をもたらすのかバルカンを実験台にして確かめるつもりだった。しかし、バルカンの身に起きた現象は、バルカン自身も含めた親衛隊全員の予想を完全に裏切る結果となる。
バルカンの首が飛んだ。瞬きする間も許さぬほどの速度で駆け抜けた影が、彼の首を胴体から切り離していた。それはバルカンがバトルフォームを使う猶予すら与えられず敵に瞬殺されたことを意味していた。
「おおっとこれはー!? なんということだー! 変身中の無防備なバルカン選手に容赦ない鬼畜先制攻撃! ヒーローのお約束ガン無視! 卑劣極まりないピトー選手が早くも一人を血祭りに上げたぁ!」
特質系能力者であるピトーは、人形を具現化する能力を身につけている。彼女の発『黒子舞想(テレプシコーラ)』は、バレリーナのような姿の念人形を自身の背後に出現させる。本来、念人形とは当然ながら生み出した術者によって操作されるものだが、この『黒子舞想』は真逆の性質を持っていた。
人形の手足とつながった糸によりピトーの肉体は操作される。これにより肉体の限界を超えた動きを可能とする自己操作能力であった。ピトーが本気で戦う時に使用する能力であり、技の発動から攻撃に移るまでの時間は0.1秒を切る。
親衛隊の子供たちはピトーとの試合を命じられた時、緊張する一方でどこか安心する気持ちもあった。メルエムの方と戦わされるよりはまだマシ。相手は一人に対し、こちらは四人もいる。確かに先日戦った師団長級のキメラアントよりは強そうだが、四人で協力すれば何とかなるかもしれないと思っていた。
モナドやメルエムの威圧に中てられて感覚が麻痺していたと言える。メルエムの傍らに付き添っていた従者の実力を見誤ったのだ。自分たちでも対処可能な相手だと思い込んでしまった。
バルカンの死を目撃して硬直する親衛隊の中で、キネティがまず停止状態から再起動した。念人形の体でこの場所に来ている彼女は死のリスクを背負っていない。その心の余裕がいち早く行動を取らせた。
だが、無駄。軟化戦鎚を作り出す間もなくバルカンと同じ末路をたどる。ピトーの瞬速の爪は容易にキネティの頸椎を切り落とした。しかし、そこで念人形であるキネティの体は再起不能には至らなかった。首が離れた状態で攻撃を続行する。
だが、それも無駄。キネティの攻撃がピトーの身に届くよりも先に、彼女は三度の斬撃を受け、肉体を四つに分断された。今度こそ念人形を完全に破壊され、物言わぬ残骸と化した。
「強い! 強すぎる! ピトー選手、圧倒的! モナド親衛隊、手も足も出なぁぁぁい!」
1秒すら経過することなく二人が殺された。残されたブッチャとジャスミンは、ようやく目の前の敵がどうあがいても自分たちの実力では敵わない相手だと知る。かつてないほどゆっくりと感じる時間の中で、0.1秒後に殺される自分の姿を克明に思い描くことができた。
しかし、ピトーがキネティを壊しきるまでにかかった四度の斬撃は、ブッチャとジャスミンに最期の行動を取らせる余地を生み出した。ほんのわずかに与えられた死の猶予の中で、彼らは未知の可能性にすがる。モナドからもらったアミュレットにオーラを込めていた。
その直後、心臓に氷水を流し込まれたかのような寒気が走り、全身を駆け巡った。賢者の石の力を使った時の反応と似ているが、精神汚染の度合いの桁が違う。自我を塗り替えるように何かの存在が意識を侵食していく。
「ギイイイイアアアアア!!」
ブッチャの全身が結晶で覆い尽くされた。その悲鳴は金属を激しく擦り合わせたような聞くに堪えない軋音となり、間もなくサボテンの中に埋もれて沈黙した。与えられた力に適応できず、精神が崩壊してアルメイザマシンに取り込まれてしまった。
「ああああ、ああ……!」
ジャスミンもほぼ同様の状態だった。自分の心が死んでいく様が手に取るようにわかった。心の中に垂れ流される汚水が自己を薄めていく感覚に恐怖した。その中で彼女の自我を辛うじてつなぎ止めたものは、復讐心だった。
数ヶ月前の彼女は今の自分の姿を想像することもできなかっただろう。そこにはごく普通の家庭があった。父と母がいた。だが、今の彼女には何もない。何もかも奪われてしまった。
行けるわけがないと思っていたアイチューバーのイベントチケットの抽選が当たり大喜びした。ペアチケットだったので母と二人で行くことになり、残念がる父に帰ってきたらたくさん話をして聞かせるつもりだった。
仮に父と会えたとして、何を話せばいいのだろう。母親の体が赤い金属に飲み込まれたそのときの、苦痛と恐怖と快楽の淵に落された絶望の表情が彼女の記憶にこびりつき、毎晩のように夢に出ては泣き叫んで飛び起きた。いつ自殺してもおかしくないほど精神を病んでいた。
彼女が自らの命を絶たずに済んだのはチェルのおかげだった。夜になるとジャスミンが寝付くまで、チェルは何時間でも彼女のそばにいて頭を撫でて寝かしつけてくれた。ジャスミンにとってチェルは第二の母と言える存在だった。
モナドはそれを殺した。ジャスミンの母を一度ならず、二度までも殺した。
モナドは得意げに賢者の石のオリジナルは自分が生み出したものだと話した。ジャスミンたちが置かれているこの状況も全て元をたどればモナドのせいで始まったのだと知る。
憎い。その憎悪の根源となる仇を討つまでは、死んでも死にきれない。崩壊していく自我は次第に一つの存在へと取り込まれつつある。しかし、彼女の精神の奥底に根付いた悪意が同化を拒み、最後の抵抗をもって結晶の侵食を抑え込んだ。
「マア、ア……」
ジャスミンの体に揺らめく赤い鎧が纏わりついていく。理性のほとんどを失いながらも結晶に取り込まれることなく、力を制御することに成功していた。
「なんと! これは素晴らしい! ジャスミン選手この土壇場で起死回生の一手! 『仙人掌甲冑(カーバンクル・タリスマン)』との適合を果たしたぁ! これは実に熱い展開! ピトー選手、どう打って出る!?」
もはや元の姿に戻ることも叶わない。憎悪に取り憑かれ殺意の騎士となり果てたジャスミンの様子を、モナドはおやつにと持ってきたポン菓子を頬張りながら観戦していた。
さすがのピトーもジャスミンの変貌に異常な気配を感じて近づくことを躊躇ったが、すぐに自身の最も得意とする近接戦に踏み切った。『黒子舞想』による速攻こそ最善手であると判断する。
一方、ジャスミンの憎悪は全てモナドへ向けられたものだったが、理性を失った彼女は正常な認識機能を欠いていた。飛びかかってくるピトーに対しても無差別に向けられる憎悪が、誰かれ構わない破壊衝動となって解き放たれる。
その反応速度は『黒子舞想』を使用するピトーに匹敵した。急激な強化を遂げたジャスミンの身体能力が、ピトーの目測を誤らせた。先に攻撃に打って出たはずが、ジャスミンから放たれたカウンターを受ける形となってしまう。
それでもとっさにガードが間に合ったピトーだったが、防御のために割り込ませた左腕に違和感を覚える。カウンター攻撃の威力自体は完全に殺せたと言っていい。しかし、ジャスミンの能力の真価は単純な威力ではなかった。
ガードに使ったピトーの左腕から赤い金属のサボテンが生える。ジャスミンの能力『元気おとどけ(ユニゾン)』により攻撃の瞬間撃ち込まれた彼女のオーラがピトーの体表を覆うオーラと混ざり合い、ピトーの肉体に賢者の石を強制的に錬成させていた。
ピトーは自分の腕からサボテンが生えるという奇怪な現象を認識したときには既に対処のため動いていた。右手の爪で自分の左腕を肩口からばっさりと切り捨てる。それによりサボテンの増殖は食い止めることができたが、代わりに腕一本を失った。
片腕を失くしたことについてピトーに動揺はなかった。彼女の思考は、いかにして敵を倒すかという目的に集中している。明らかとなった敵の能力とその対策を冷静に講じ、結論を出す。
失われたピトーの左手が瞬時に修復された。それは彼女の念能力によって生まれた人形の腕、具現化された義手だった。
「なにぃ!? なんだその能力は!? 『玩具修理者(ドクターブライス)』じゃないのか!?」
モナドの知識にある世界が辿るはずだった正規の物語であれば、ピトーは三つの発を習得している。『黒子舞想(テレプシコーラ)』『玩具修理者(ドクターブライス)』『人形操作』の三つである。
しかし運命が書き換えられたこの世界では、彼女が発を作り出す契機となったカイトとの戦闘が未決着のまま終わっている。そのため現時点でピトーが作っていた発は『黒子舞想』の一つだけだった。
新たな発を作るために必要な才能限界(メモリ)は十分に余裕があった。ジャスミンを打倒するための能力を、今この場で作り上げたのだ。
爆発的な加速をもってピトーは敵に肉薄する。ジャスミンは結晶化して腕と一体化した小銃を突き出してピトーを迎え討つ。恐ろしい速度で繰り出される銃剣の刺突をかいぐくり、ピトーは義手の左手を打ち込んだ。
だが、その攻撃はジャスミンの鎧を貫くには至らない。逆にオーラを流し込まれ、ピトーの左腕がサボテン化していく。ピトーは侵食を受けた義手を切り離して幾度となく具現化した。
「ラッシュラッシュ猛ラアアァァァッシュ! 一進一退の激闘! だが! どちらが優勢であるかは明白! ピトー選手、徐々に押され始めたぁ!」
義手以外の部分に当てればそれで決着がつくジャスミンのオーラ融合攻撃に対して、ピトーの攻撃力ではジャスミンの鎧を壊せない。これはピトーの攻撃に込められたオーラがジャスミンの体にぶつかった瞬間に融合されてしまい、大幅に威力を減衰させられていることが原因だった。
次第にサボテンが侵食する速度も増している。数十回に渡り具現化能力の発動を繰り返したピトーは、義手の構築速度に陰りが見え始めていた。切り離しまでにかかる時間も余裕がなくなっている。
劣勢に立たされたピトーに畳みかけるようにジャスミンは銃剣の槍を放った。その先端から弾が飛ぶ。ついに銃弾を撃つことはなかった銃身から飛び出たその攻撃は、念弾だった。練度も威力も低レベルな技だったが、感染するジャスミンのオーラはその技術的な拙さを補って余りある凶悪な性質を持っている。
そのときピトーの左腕はサボテンに侵食された状態だった。すぐに切り離さなければ侵食は切除不能な胴体にまで達し、毒素はピトーの全身に及ぶだろう。まさにそのタイミングを狙った初見殺しの念弾攻撃である。
回避か、防御か。選択を迫られたピトーが取った行動は、そのどちらでもなかった。
義手の左腕から強大なオーラの波動が吹きこぼれる。その直後、振るわれた爪の一閃が全てを切り裂いた。迫り来る念弾も、銃剣の槍も、赤い鎧も、その爪の軌道を境として二つに分断された。
ジャスミンの体は一刀両断され、静かに崩れ落ちた。
「な……なにが起こったああああ!? 突然の逆転劇! 勝利を掴んだのは何とピトー選手だあああ!!」
特質系体質者であるピトーの能力は“何かを直すこと”に長けていた。左腕の義手も、ジャスミンの攻撃を受ける度に作り直すという並みの具現化系能力者では困難極まる離れ技をやってのけた。
しかし、ただ作り直すだけであれば具現化系能力の域を出ず、特質系と呼べるほどのものではない。ピトーが新たに作り出した能力『玩具修理者(ドクターブライス)』は、ただ直すだけでなく“改造すること”を可能としていた。
ジャスミンのオーラによって侵食してきたサボテンを解析し、その力を逆に利用可能な状態にするため、自らの腕に取り込んで改造したのである。その結果、ピトーの義手はサボテンの侵食を制御した上で賢者の石のオーラ増幅機能を得るに至った。
生物としての肉体強度と念能力の才能に関してはピトーの方がジャスミンよりも圧倒的に勝っている。そこに賢者の石という災厄の力による基礎能力の底上げが加われば、たとえ『仙人掌甲冑』の暴走状態に陥ったジャスミンであっても、ピトーがそれを凌駕することは必然だった。
いまだかつてない破壊力を実感したその威力に、ピトーはこの力があれば王と共に戦えるのではないかと一瞬考えるも、即座にそれを否定した。せっかく敵の力を取り込んで強化した義手を解除して切り捨てる。
その金属がオーラを材料として作られた物であることは推測することができた。だが、それならば術者が死ねば消えてなくなるのが自然である。それにしてはブッチャを飲み込んだ巨大サボテンや、ジャスミンの鎧、ピトーが切り捨てた義手の残骸など、あまりにも多くの物質を残し過ぎていた。
術者の不気味な死にざまと言い、単なる具現化された念能力とは思えない危険性を感じた。一応は制御に成功したとはいえ、頼り過ぎれば身を滅ぼす恐れがあると直感する。その予想は当たっていた。
「……え……?」
切り離して作り直したはずの義手にぼつりと浮き出る赤い発疹。芽吹いた種はピトーに逃げる余地を与えなかった。サボテンがピトーの全身を覆い尽くす。
「完全勝利を決めたかと思いきや、ピトー選手を襲う謎の攻撃! ジャスミンの執念が実ったのか! 一矢報いた! まさに戦士の意地! 死力を尽くした最後の攻撃がピトー選手を包み込んでいくぅ!」
ジャスミンはピトーの攻撃により既に事切れている。死後強まる念というわけでもない。ピトーを襲った異変は、モナドによって引き起こされていた。
アルメイザマシンの機能を完全に掌握したモナドであれば、賢者の石の制限を解除することは造作もない。廃棄済みの義手に張り付いたウイルスをピトー本人に感染させ、劇症化させることは息をするよりも容易く実行できた。
当初、モナドはこの試合がどのように転ぼうと大した期待はしていなかった。ピトーの実力を考えれば親衛隊の強さが及ばないことはわかりきっており、全滅は順当。モナドがその後で仇討ちと称して暴れ回る算段だった。
しかし、その予想に反してジャスミンは善戦を見せた。錬金術の実験的にも興味深い一戦となった。スポーツ観戦で例えるなら、どうせ負けると思っていた弱小チームが強豪相手に思わぬ奮闘を見せて、にわかに応援したくなる心境に似ている。
ジャスミンを応援する気持ちが湧き始めていた矢先、その期待を全力でぶち壊すかのようなピトーの快進撃で試合は終わった。モナドはその結果がちょっとだけ気に入らなかった。
だから、殺した。ただの腹いせ。ただ少し気分を損ねたというそれだけの理由で、ネフェルピトーの命は散った。
「いやー、素晴らしい戦いでした。両チームともに全滅という残念な結果に終わってしまいましたが、それだけ両者の実力と誇りが拮抗した白熱の一戦だったと言えるでしょう。いかがでしたか、解説の――」
「黙れ」
大気が溶ける。メルエムの怒気は蜃気楼となって辺り一面に広がった。
メルエムは威圧のオーラに他者には認識できないほど微小の光子状オーラを含ませて放っていた。その光子はモナドの体にも付着しており、彼女の心理は手に取るように察することができた。
それは感情を読めるというだけでモナドの能力の全容を見通すことはできなかったが、何らかの方法でモナドがピトーを殺したことはわかった。
ピトーが死闘の末に力及ばず命を落としたというのであれば、メルエムは敵を責めるどころか称賛したかもしれない。だが、敵の一味であるはずのジャスミンは己を狂い殺すほどの憎悪を主人へと向け、そのモナドは子供じみた気まぐれで戦士たちの矜持を踏みにじった。
「貴様には、死すら生ぬるい」
メルエムの肉体に取り込まれた護衛軍ユピーの能力が働く。ユピーは怒りの感情を破壊のエネルギーに換えて撃ち出す能力があった。
ピトーを失ったことによる怒りは、メルエムの体内に収まりきれないほどのエネルギーとなる。その力を練り上げて手中に作り出した念弾は太陽のごとき閃光を放ち、モナドへと撃ち出された。