92話
雨に濡れたハイウェイを黒いセダンが走る。路面に映る夜街の明かりを踏みつけて、テールランプが赤い残光を棚引かせる。最高級の静寂性を謳うその車内に、外の喧騒は届かない。響く音は、後部座席に腰掛けた男の笑い声だけだった。
「ようやく尻尾を掴んだぞ。くははははは! あのノストラード組のカマホモ野郎にやっと借りを返せる……!」
背は低く、ころころと肥えた体格、頭はスキンヘッドの男だった。名をゼンジと言い、ヴェンデッティ組の頭を務めるマフィアの人間である。
ヴェンデッティはかつてマフィアンコミュニティを取り仕切っていた『十老頭』の直系に当たる古参組だった。しかし、その立ち位置はこの一年で大きく変化している。ちょうど今から一年前にヨークシンで起きた『サザンピース襲撃事件』を機に、マフィア界隈は変革を余儀なくされた。
十老頭の権威が失墜した現在、それまでは権威のもとで甘い汁を吸っていた多くの直系組がその地位を追われている。だが、その中でヴェンデッティ組は変わらず優勢を保ち続けた数少ないファミリーだった。
親であった十老頭に早々と見切りをつけ、下剋上を為そうと決起した新興組を抑え込んでいる。やれ嫉妬豚だ、器の小さい男だと揶揄されることの多いゼンジだが、時勢を読む手腕には長けていた。歴史あるファミリーの頭として、相応の能力を持つ男だった。
しかしただ一つ、ゼンジには腹に据えかねる人生の汚点があった。一年前のドリームオークションで直系組頭としてコミュニティの警備担当を務めたゼンジは、そこで一人の男と出会う。
年の頃はまだ少年と呼んでも違和感はないだろう、その男はクラピカというノストラード組の雇われハンターだった。
当時、片田舎の弱小勢力だったノストラード組は予言に等しい不思議な占いの力でマフィアの大御所を抱き込み急成長を遂げていた。A級首盗賊団によるオークション襲撃を受け、急遽結成された殺し屋チームにクラピカという新参者を強引に捻じ込んできたのだ。
ゼンジがこの頭越しの参入を気に入るはずもなかった。結局、当初の予定通り十老頭が巨額の依頼金をはたいて雇ったゾルディック家の暗殺者によって盗賊団は始末され、他の殺し屋チームについては賑やかしにもならずに終わる。点数稼ぎのためにチームに捻じ込まれたであろうクラピカも無駄足を踏んだだけだった。
そこで終わっていれば何の確執もなかった。盗賊団討伐の報を受けて再開されたオークション会場に焦った様子で駆けつけてきたクラピカを見て、ゼンジは茶化した。普段から良く思っていなかったノストラードの失態をここぞとばかりに下品な言葉で責め立てたのだ。
それに対するクラピカの返答は、ゼンジの顔面を強打するという暴挙だった。鼻血を噴き出し、唇が腫れあがったゼンジは、湧き起こる怒り以前に自分が何をされたのか理解できずに座り込んでしまった。
十老頭直系組頭の自分が、たかが田舎マフィアの小僧に殴られたのだ。怒りの矛先をすぐさま敵へ向けることもできず呆けるほど驚天動地の心境だった。しばらくの放心の後、もはや怒りという言葉では生ぬるい煮えたぎる憎悪を抱えてゼンジはクラピカを追った。
クラピカはオークションに参加していた。ノストラードから与えられた仕事だろうと予想し、競売品が何であるかなど確認するよりも早く金額のアップをかぶせた。
互いに一歩も譲らぬ競り合いの末、1億から始まった競売価格は29億にまで跳ね上がる。そこがゼンジの限界だった。
もう一声、喉から上がりかけた息が音にもならず漏れ出た瞬間の無念を何に例えられようか。田舎者と馬鹿にしていた相手に経済力でも勝てなかった。こんな屈辱は生まれてこの方、味わったことがなかった。
その場でクラピカに襲いかからなかったのは辛うじて働いた理性のおかげだった。ただでさえ襲撃騒ぎで中断されてしまったオークション会場で、これ以上のいざこざは起こせない。クラピカがサザンピースから出て来る時を、震える手で銃を握り締めながら待ち続けた。
揺るぎない殺意があった。そこらのチンピラとは覚悟が違う。本当の裏社会を生きる人間は、一度殺ると決めれば何を差し置いても殺るものだ。ゼンジはクラピカを生きて帰すつもりはなかった。
だが、そのマフィアの誇りをもってしても敵わなかった。引き金を引くこともできず立ち尽くすゼンジの横を、クラピカは素通りしていった。
胆力で負けたのだ。ゼンジの殺意がちっぽけに思えるほど底の見えない恐ろしさが、クラピカの目に宿っていた。その目で睨まれただけで、何もできず体が固まってしまった。
その経験がゼンジのプライドをずたずたに切り裂いた。もともと自尊心の塊のような男だ。人間性そのものがさらに歪んでしまったと言っても過言ではなかった。
その後、ノストラード組は占いの当てを失くしたのか衰退し、組頭のライトは表舞台から姿を消した。その落ちぶれをざまぁみろと散々にこきおろしたゼンジだったが、一向に胸がすくことはなかった。彼の妄執は、いつしかクラピカ個人へと向けられるようになっていたからだ。
今もまだノストラード組は存続している。ライトは表に姿を見せることはなくなったが、組の経営体制を刷新したようだ。現在は賭博とボディガードを仕事として全て合法的に収入を得ており、評判は悪くない。
マフィアのビジネス化が加速する昨今では、現ノストラード組のような表向きだけでなく実態的にもクリーンな組織の需要は高まっているが、同時に裏社会のしがらみをコントロールして両翼を安定させる難しい経営が求められる。その点から見てもうまく苦境を切り抜けた組と言えた。
ゼンジにしてみればノストラード組の成功など耳にするだけで反吐が出る。だが、これまで直接的に戦争を仕掛けようとしたことは一度もなかった。彼の憎悪の対象は組長であるライトからクラピカへと完全に移っていた。
ようやく最近になってノストラード組の若頭がクラピカであるという情報が手に入ったのだ。経営体制の転換もライトではなくクラピカが主導したものだった。これまで素性を明かすことなく裏から組織を率いていたようだ。
一時的にノストラード組に雇われていただけのハンターかと思いきや、まさかそのまま居座って実質的なトップの地位にまで上り詰めているとは考えもしなかった。ゼンジはようやく怨敵の所在を知ったのである。
「因果な巡り合わせだとは思わねぇか。ノストラードだったんだ、俺の敵はよ。始めっから終わりまで……」
ゼンジは独り言をつぶやきながら葉巻をくわえた。隣にいた子分が火をつける。肺にくゆらせた煙は彼の悪心に染められて車内を漂った。それだけの憎悪を抱きながら、しかし彼はクラピカの所在を知った後もすぐさま報復に乗り出すことはなかった。
無法地帯の裏社会といえども、いきなり強硬な手段を取ることはできない事情がある。確かにそれは事実だが、本音を言えばゼンジはクラピカを敵に回すことを恐れていた。
最近は武闘派としても名を馳せるようになったノストラード組には厄介な使い手が数人いる。何よりも若頭であるクラピカの実力をゼンジは侮っていなかった。下手に手を出せば大怪我ではすまない被害が自分の組にも及ぶという予感があった。
それでもクラピカへの報復はゼンジの悲願である。何とかして敵を陥れる手はないかと毎晩のように考え続けた。そのうち彼は自分がこの上ない屈辱を味わった最後の場面を夢にまで見るようになった。
胆で圧倒され、なすすべもなく棒立ちになったあの場面だ。そのとき向けられたクラピカの感情に疑問を感じるようになった。あれは果たして本当に自分に向けられたものだったのかと。どちらかと言えば、眼中にないと言った様子だった。
大事そうに競売品を胸に抱え、歩き去っていく後ろ姿を思い出す。その商品は何だったかと、ゼンジは一年前のカタログを引っ張り出して調べていた。
ゼンジの憎悪に塗られた妄執が、クラピカの持つ同質の妄執を見抜いたのだ。その競売品『緋の眼』について密かに調査した結果、人体収集家の間で不穏な噂が立っていることが判明した。
「間違いねぇ。奴の弱点はこいつだ」
ゼンジはオークションカタログを開き、幾度となく読み返した『緋の眼』の頁に目を通す。
世に36対現存すると言われる緋の眼は世界七大美色に数えられ、その筋の収集家にとって垂涎のアイテムだった。だが、その幻の逸品を次々に手放す所有者が現れ始めたという。
具体的に誰が手放したかという情報はなく、あくまで噂の域を出ない。ノストラード組との関連も全く見つからなかったが、ゼンジはクラピカの関与を確信していた。
ノストラード組は『緋の眼』を集めている。熱心な人体収集家ということはあるまい。ゼンジには、はっきりとした理由まではわからないが妄念の類だろうという予感があった。
そしてその品を手に入れる機会が訪れようとしている。ゼンジが見開いているカタログは去年のものではなかった。今年のドリームオークションが数日後に開催される。その入場券となる最新版のカタログだった。
去年に続いて今年も緋の眼が出品されるのである。この絶好の機を逃す手はない。ゼンジの様子は、隣に座る子分が顔をひきつらせるほどの上機嫌だった。
「頭ァ、言われた通り当日の護衛は選りすぐりの奴らを用意しましたが……“アレ”を雇うのはやっぱり考え直しませんか?」
ゼンジはこの復讐計画を成功させるために万全を期していた。武力もその一つだ。敵側が強硬手段に打って出る可能性も考えられる。クラピカを憎むと同時にひどく警戒もしているゼンジは過剰と言えるほどの戦力を用意していた。
「いくら強かろうと『シスターズ』だけは……」
「うるせぇ、もう決めたことだ。あのクソ野郎とやり合うには普通の殺し屋や傭兵じゃ務まらねぇ」
念能力者ではないゼンジがクラピカの正確な実力を測ることはできていなかった。ただ、心に植え付けられた恐怖がゼンジのプライドを傷つけると共に狂気的な執拗さをもって敵を滅ぼす願望を抱かせていた。
「楽しみで仕方ねぇ。今度こそ、あいつのキザったらしい顔を屈辱に歪めさせてやる。俺と同じ目に遭わせてやる……!」
* * *
携帯でウェザー情報を確認したところ、本日のヨークシンは終日雨天。ここ数日は芳しくない天気が続いている。明日のドリームオークションも雨の中、開催されることになるだろう。
しとしとと小雨が降る街中を黒いスーツ姿の男が歩いていた。傘を差しているが長身のためか男の足元はすっかり濡れていた。高級ブランドの革靴で惜しげもなく水を跳ねていく。
「やっぱ雨だから前に来たときみたいな活気はねぇな」
ここは商社ビルが立ち並ぶ中心地から少し離れた市街になる。値札競売市と呼ばれる観光スポットの一つだ。競売と蚤の市が合わさったような場所で、個人が持ちよった不用品を並べる露天が所狭しと広がっている。
商品には白紙の値札が貼られており、買い手がそこに好きな金額を書き込んで、定時までに最も高額をつけた者と売買される。市場が広大なだけあって掘り出し物も多く、それを目当てに観光客が集まっている。
だが、あいにくの雨もあって客足は少ない。晴れた日には広場に多くの露店が風呂敷を広げているのだが、今日はがらがらだった。中には商魂たくましく屋根付きの出店を開いているところもある。
男がここに来た理由は特にない。明日のドリームオークションに参加するためサザンピースで競売品目録(カタログ)を買い、やることもなくなったのでふらりと市に立ち寄った。強いて理由をつけるなら、昔の思い出に浸るためと言ったところか。
しばらく出店を見て回ったが欲しいと思うものもなく、ホテルに帰ろうかと思い始めた頃のことだった。
「つまらんのぅ。どの店もしけたガラクタしか置いてないのじゃ」
「ガラクタ市なんだから当たり前だろ。溢れ返るゴミの中から気に入ったゴミを探す、そういう楽しみ方をするところだね」
「せっかく大都会に来たというのに全然、シチィ派の遊びをしとらんではないか」
「テメェが出張費を使いこんでカジノですらなきゃもっとマシな観光ができたんだよ!」
路地の片隅で二人の子供が言い争っている。どちらもレインコートを着てフードを目深にかぶっていた。聞こえてくる声からして二人とも少女と思われる。
「そう怒鳴るでない。仕方ないのぉ、景気づけに面白いものを見せてやろう」
「聞き分けのない子供を諭すような言い方をするな」
「いでよ……『玩具修理者の腕(Dr.ブライスMk-Ⅱ)』!」
一人の少女がそう叫ぶと、どこからともなく一匹の猫が姿を現した。しかしその猫、体中が鉄板の継ぎはぎのような物で出来ており、脳天にゼンマイの巻き手が刺さっていた。不格好な猫のロボットのように見える。
「メルエムの能力じゃねぇか。なんでお前が使えるんだよ」
「借りてきたのじゃ。おやつと引き換えにな」
「安っ!? しかも貸し出せんのかよ。形も義手から猫っぽくなってるし、そういうふうに自分を改造することもできるのか」
『ンニャァ』
一般人の目から見れば猫のオモチャに見えるだろうが、それを傍から見ていた男は正体に気づいていた。具現化系能力、念獣に類するものと思われる。
「ほれ猫っこ、ご主人様に挨拶するのじゃ」
『ンニャ!』
「はぶし!?」
強烈な猫パンチが少女の顔面に叩きこまれた。若干、首がおかしな方向に曲がっているように見えるのは気のせいだろうか。
「おめーは動物の扱いがまるでわかってねぇ。あたしに貸してみろ……はぁぁぁい、猫ちゃんこっちだよー! だっこしてあげるからねー! ちゅっちゅっ!」
「え……キモい……」
「黙りゃ! 猫ちゃんのお名前は、確かピトーちゃんでちたねー! ほらピトーちゃん、ちゅっちゅっ❤ ちゅっ❤」
『ンニャ!』
猫は力強い蹴り出しと共に跳躍した。腕を広げて待っていた少女の胸へとミサイルのようなスピードで頭突きを食らわせる。
「……おーけー、わかった。ピトーちゃんには少しばかり躾が必要みたいだなコラ」
「メルエムの奴め、どうりでやけにすんなり引き渡したものよと思ったのじゃ!」
『ンニャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
暴れ回る猫を少女が二人がかりで制圧しようと動く。その気配から念を使って本気で争っているというよりは、ただじゃれあっているだけに見えた。
それ以前に、術者に刃向う念獣なんて存在をどうして作ったのか問いただしたくなる気持ちもあったが、部外者の男が口を挟めるような問題ではない。ただ、さすがに度が過ぎる争いに発展しそうだったので彼は止めに入った。
「おいおい、何やってんだお前ら……って、うお!?」
猫の後ろ足蹴りが少女の一人にクリーンヒットする。その勢いはかなりのものだったらしく、近づこうとしていた男のすぐ傍まで少女が吹っ飛ばされてきた。
ずしゃあっと盛大に水たまりに突っ込んだ少女のフードがめくれ上がり、素顔が晒される。その顔立ちは一瞬見惚れるほど整っていた。言動が残念過ぎることを除けば非の打ちどころがない美少女である。
しかし、女好きの気が強い彼でも粉をかけようと思う気持ちは湧かなかった。あと5年経てば彼のストライクゾーンに入るかもしれないが、今の時点では幼すぎる。出直してきな、と謎の上から目線で評価を下す。
「言わんこっちゃねぇ。立てるか?」
「おお、すまんの」
男が手を貸して少女を立たせる。先ほどまで暴れていた猫はどこかへ走り去っていった。もう一人いた少女の方も男の方へと近づいてくる。背格好も声も全く同じように感じる二人は姉妹だろうか。双子かもしれない。
「人前で能力を見せびらかすもんじゃねぇぜ。まあ、お前らにとっては余計なお世話だろうが」
「ほっほっ、なかなか見どころのある男じゃて」
男は、この少女たちが自分よりも念能力者として上位にあることをそれとなく察していた。無防備に能力を晒したことは確かだが、見られていることを承知の上で問題ないと判断して使っていたことを彼は見抜いていた。
それは見方によっては舐められているとも感じ取れるが、まだまだ念使いとして発展途上にある男にとっては当然と受け止めきれる範囲の反応だった。自分より幼い子供を相手に少しへこむ感情もなくはなかったが、そういった経験はこれが初めてのことではない。
「念使いがこんなとこで何やってんだ?」
「仕事での。オークション参加客の護衛じゃ」
「なるほどな。確かに時期が時期だ。そう考えればこの近くに能力者が集まってるのもおかしくはないのか」
「むしろ、わしはおぬしのことを同業者かと思っとったんじゃが」
男の人相はお世辞にも優しげとは言えず、かけている丸サングラスも相まってその筋の人間に間違えられても不思議ではない迫力があった。
「いや、ただの一般参加客だぜ。競売に興味はないが、な」
「これは異なことを。興味がなければ何用で来たのじゃ?」
男はしばし言い淀む。別に隠さなければならないことはない。ただ、長らく音信不通だった友人がこのオークションに参加するだろうという当てがあり、ちょっと顔を見せに行こうと思っただけのことだった。
「色々さ。お前らもそうなんだろ?」
「そうさな、色々じゃ」
少女はくつくつと笑いながらフードを深くかぶり直す。その横でもう一人の少女が余計なことを喋るなとでも言うかのように無言の圧力をかけていた。男の方にしてもこれ以上、仲良く歓談する気はない。あえて情が湧かないように避けたとも言える。
彼女たちの素性が気にならないと言えば嘘になるが、詮索すべきではないことは身に纏う気配から察せられた。男も念能力者の端くれとしてオーラの流れからある程度の機微は感じ取れる。
間違いなく彼女らは裏社会に属する人間だろう。マフィアンコミュニティが取り仕切るオークションに関わる護衛任務など、これほど幼い姉妹が請け負うような仕事ではない。そんな常識が通用しない世界が確かに存在する。
そして、それは珍しくもないことだった。手を施そうとしたところで何かが変わるような問題ではない。この憂鬱な天気と同じく、ただ男の心中に少しばかりのやるせなさを残しただけだった。
「じゃあな。はしゃぎすぎて風邪ひくなよ」
男の名はレオリオ=パラディナイト。医者を目指すプロハンターだ。結局、彼は自分から名乗ることはなく、軽く手を挙げてその場を去って行った。
* * *
降りしきる雨は誰の涙か、何を思って流す涙か。
オークション会場となるサザンピースは土砂降りの中、ライトアップされた光に照らされて揺らめくように佇んでいた。次々と送迎車が敷地へ入り、参加客を降ろしていく。いずれも名だたるマフィアの頭たちだ。
例年であれば全10日の期間中、後半の5日間に渡って開催されるこのドリームオークションは、警備上の問題などもあって今日限りの一夜の祭典となった。その分、出品される競売品は厳選されたものばかり。例年以上に激しい競り合いが予想されている。
この競売で得られた落札価格の5%はマフィアンコミュニティに上納される仕組みになっている。マフィアにとっては自分たちの組の株を上げるための面子争いの場でもあった。過去にはこの競売で破産した組も出たほどである。
様々な欲望が渦巻くオークション開催を前にして、サザンピースのホールは集まった客で溢れていた。裏組織の社交場でもあるため、その多くがフォーマルなスーツ姿の男性である。いかつい人相や体格をした護衛を引きつれている者も多く、和やかな雰囲気ながらどこか殺伐とした緊張感が漂っていた。
ただし、中には女性客もそれなりにいた。この場はただのマフィアの集会とは違い、歴とした由緒あるオークションでもある。物欲を刺激されて集まって来る客には事欠かない。特にその傾向は男性よりも女性の方が顕著と言えた。
貴金属、宝飾類、美術品、いずれも他では手に入らない格を備えた逸品ばかりが揃っている。そんな競売の参加者も一般人とは程遠い。入場許可証となるカタログを購入するだけで1200万ジェニーもの大金が必要となる。
「おい、なんだあの美人は? どこの組のご令嬢だ?」
「いや、見たこともないが……一般の参加客か?」
絢爛豪華な会場に、ある女性客の姿があった。アイジエンテイストを取り入れたシックな黒いドレスを着ている。露出が少なく夜会服としては変則的ながらも、落ちついた着こなしの中に見え隠れする気品と色香を携えていた。
夕染まりの小麦畑を思わせる美しい金髪、物憂げに伏せられた瞳。誰かと視線を合わせようとはせず、奥ゆかしく口元を扇子で隠していた。その触れがたい空気は一種の神秘性を醸し出し、声をかけようかと迷う若い男性客の行動を自然に押しとどめていた。
その女性の隣には、いかにも小間使いと言った雰囲気のスーツを着た小男がつき従っている。出っ歯で小太り、髪型はそのままヅラをかぶせたようにきれいな七三分けだった。
「……怪しい反応はあるか、センリツ」
「いいえ、今のところは」
扇の内側で発せられたかすかな声に、隣の小男がヅラの位置を調整しながら返事をする。センリツと呼ばれたその男(正しくは女性だが)は、この会場全域に渡る様々な人間の声、不審な物音、さらには個人が発する心臓の鼓動までも寸分たがわず聴き分けていた。
「あら? 聴き覚えのある旋律が近くにいるわね。これは誰だったかしら」
そのセンリツの言葉に美女はそれとなく、しかし素早く周囲に視線を走らせた。そしてこちらをチラ見している一人の男に目が留まる。大柄で丸サングラスをかけた人相の悪い男だった。すっかりマフィアの空気に馴染んでいるその男を見て、彼女は思わず瞠目した。
自分が見られていることに気づいた男は『え? オレ!? オレすか!?』と自分を指さしてアピールした後、何かを勘違いした様子で襟首を正しながら彼女の方へと近づいてきた。
「んんっ、いやぁ、どうかしたかいお嬢さん。オレはレオリオ。こう見えてプロのハンターだ。お悩みなら何でも相談に乗るぜ」
そう言って得意げにハンターライセンスを見せつけてくる。その反応を見た美女は盛大にため息をつきたくなる気持ちを何とか堪えて、男に耳を寄せるよう合図した。鼻の下を伸ばした表情でレオリオが腰をかがめる。その耳元で美女はささやいた。
「先に忠告しておく。大声を出すな。私は……クラピカだ」
元の姿勢に戻ったレオリオは、鼻の下どころか瞼まで伸びきるほど驚愕の表情を無言で浮かべた後、しきりにうなずきながらハンター証をポケットにしまった。そしてその場で少し右往左往したかと思うと、
「よっ、久しぶり。元気してたか?」
急に平静を装った態度で話しかけてきた。内心では土砂降りの屋外を絶叫しながら走り回りたいと思っているレオリオの心境を、センリツは鼓動のメロディーから読み取っていた。
後日談……書かなきゃ(使命感)
というわけで原作主人公勢の残り二人を出してみました。またもや見切り発車のストーリーのため更新が安定しなかったり途中で改定するかもしれません。あしからずご了承ください。