カーマインアームズ   作:放出系能力者

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94話

 

 №1 ノブナガ=ハザマ

 №2 フェイタン=ポートオ

 №3 マチ=コマチネ

 №5 フィンクス=マグカブ

 №7 フランクリン=ボルドー

 №8 シズク=ムラサキ

 №10 ボノレノフ=ンドンゴ

 

 以上、7名の盗賊たちが雨のヨークシンシティに集結していた。

 

 幻影旅団は№0から№12までの全13の構成員から成る組織だ。現在はこのうち9番、11番に欠員が生じているため総勢11名が在籍している。全ての団員がこの場に集まったというわけではなかった。

 

「しっかし、団長のお供はシャルとコルだけで本当に良かったのか?」

 

 フィンクスがコーヒーをすすりながら疑問を口にする。サザンピースから少し離れた場所にあるスターボックスカフェに団員たちは集まっていた。戦闘着ではない目立たない服装をしているが、一部の変装のしようがない団員(フランクリンなど)は別の場所で待機している。

 

「団長自身が指名して連れて行ったんだから問題ないでしょ」

  

 盗賊団長、№0のクロロは敵から受けた攻撃によって大きく行動を制限された状態にあったが、現在では除念に成功している。しかし一難去ってまた一難、復活した団長を執拗に付け狙うヒソカを何とかするために他の団員たちとは別行動を取っていた。そのお供としてシャルナークとコルトピの団員2名が随伴している。

 

 その他、№4のカルト=ゾルディックも今回の襲撃には参加していない。実家の方でトラブルがあったらしく、それどころではないと帰郷している。

 

「そんなに心配なら今からでも団長のところに行っていいぜ?」

 

 ノブナガがフィンクスに話しかけるが、それは誰かを気遣っての言葉ではなかった。彼はこの襲撃の参加者は少ない方がいいと思っている。その方が“鎖野郎”に直接復讐できるチャンスが増えるからだ。

 

「冗談じゃねぇ。ブチギレてんのはお前だけじゃねぇぞ」

 

 今回、集まった目的はただ一つ。1年前のこの場所で命を奪われた2名の団員、ウヴォーギンとパクノダの仇を取るためだった。特にウヴォーギンと親交の厚かったノブナガの意気込みは強かった。その一方で二人の死を必要な犠牲だったと割り切っている者も中にはいた。

 

 旅団の団員とはクモの手足だ。一本や二本欠けたところで死にはしない。欠員は後で補える。問題は自分たちを殺しうる敵に対し、見て見ぬふりをすることだろう。多かれ少なかれ誰もが復讐心をもっていることは確かだが、それを抜きにしてもこの敵はここで殺しておく必要のある存在だと誰もが認めていた。

 

「もうそろそろ緋の眼の競売も終わた頃と違うね?」

 

 その予想を裏付けるように、偵察に出ていた仲間が店にやって来た。敵の仲間には聴覚に特化した能力者がいることを彼らは知っている。その索敵を欺くため、マチが作った念糸の糸電話を使って会場の外から情報を集めていた。

 

「その様子じゃ、鎖野郎は見つからなかったようだな」

 

「ええ。緋の眼を競り落としたのはヴェンディッティ組とか言うマフィアの男よ」

 

 とは言え、その人物が敵と通じている疑いはある。是が非でも敵が緋の眼を手に入れようとしていることは明らかだ。

 

「とりあえず、そいつは捕まえて背後関係を洗いざらい吐かせるか。まあ、殺しちまっても構わない。緋の眼さえ手に入れば、鎖野郎は向こうからこちらに近づいてくるはずだ」

 

 全員が席を立つ。代金の支払いや物品の引き渡しなどの手続きにより、まだしばらくターゲットがオークション会場から出てくるまで時間がある。団員たちは戦闘準備に取り掛かった。

 

 

 * * *

 

 

「くそっ! くそおっ! なぜだ!? なぜたった10憶ぽっちで落とせた!?」

 

 短い手足をばたつかせながら、大の男が喚き散らす。この最高級フルストレッジリムジンは定員10名が乗車可能なほどの広さがあるが、現状において車内の居心地はお世辞にも良いとは言えなかった。

 

 今回の仕事は要人の護衛である。期日は今日から三日間、依頼主であるゼンジ=ヴェンディッティの身辺警護。場合によっては期日の延長もあり。マフィアの顔役の一人である組頭から直々に下った依頼であり、その金払いの良さから一も二もなく彼は承諾の返事をした。

 

 彼は殺し屋サダソ。ゆったりとした民族衣装を着た隻眼、隻腕の男である。今回雇われた護衛の一人だった。かつては天空闘技場の200階層に至った戦士として名を馳せたこともあったが、今では裏社会の闇に潜った日陰者となっている。だが、彼は決して腐ったわけではなかった。むしろ挫折を味わった彼は一念発起し、殺し屋として地道に実績を重ねていた。

 

 その努力の甲斐もあって念能力者の殺し屋としては中堅以上の地位にあると自負している。そうでなければ今回の件のような大口の依頼は回ってこなかっただろう。天空闘技場で念の初心者相手に粋がっていた頃とは比べ物にならないほど真摯に実戦を積み、着実に依頼をこなしてきた。念能力者としても格段に成長している。

 

 だが場数を踏んできた彼であっても、今回の依頼の異常性は目に余るものがあった。もはや降ろさせてくれと言うことも叶わない。依頼人とその護衛“たち”を乗せた車は雨の夜道をひた走る。ワイパーが忙しなく雨露を払いのけるその闇の先に何が待ち構えているのかと気が気ではなかった。

 

「なぜノストラードは来なかった!? この眼が欲しかったんじゃないのか!? あのときのように20憶でも30憶でも、奴の息の根が止まるまで競り合うつもりだったのに……! まさか俺の勘違いだったのか? くそおおおお!!」

 

「か、頭、落ち着いてくだせぇ!」

 

 依頼人のゼンジは競売で競り落とした品を抱えて喚いている。なんでも10憶も使って落札したらしいが、本人はもっと高値で買いたかったようだ。意味不明である。名のあるファミリーの組長とは思えない狂人ぶりだ。

 

 それだけでも不安要素だが、サダソの懸念はまた別にある。この護衛依頼に雇われた人間がどれも尋常ではないメンツなのだ。彼を含め、6名の念能力者が集められている。間違っても関わり合いになりたくない連中だった。

 

「ぱりぱりむしゃむしゃ」

 

 スーツが食べかすまみれになることも気にせず激辛ポテトチップスを貪り食う男は、『辛覚炎症』ホッド=キッド。彼の足元に置かれているボストンバッグには激辛ポテチのストックが詰め込まれている。ちゅぱちゅぱしゃぶっているその脂まみれの右手でどこかに触れようものなら、すぐにこの車を乗り捨てて雨の中を歩かされるはめになるだろう。警護どころか一歩間違えば依頼人ごとうっかり巻き込みかねない危険人物をなぜ雇ったのか。なぜ同乗させたのかとサダソは問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。

 

「……」

 

 燕尾服にシルクハット、素顔を仮面で隠した物静かな男、『陰獣』蝙蝠。正しくは元陰獣だが完全解体されるまで居座り続け、マフィアから与えられるクソのような無理難題を喜々として請け負ってきた変態である。別名『最終処分場』。依頼達成率は三割もないくせに帰還率十割という驚異の生存能力を持つ。常人の手には負えないクソ依頼を嗅ぎ分ける嗅覚の持ち主で、つまり彼がここにいるということがこの依頼のクソさを物語っていた。事前にその名を聞いていればサダソは絶対ここに来ていなかった。

 

「うん、いーよー。今はちょっと忙しいから会えないけどー……えー? 浮気なんてしてないよー! キャロルの好きな人はパパだけだよぉ」

 

 大胆に露出した豪華なイブニングドレス姿で電話をしている女、『淫婦』キャロリーヌ=モリス。見目麗しく年若い美女に見えるが実年齢は不明である。娼婦にして女衒である彼女の悪名は、マフィアの性風俗産業においては有名だった。非合法極まりないかどわかしに手を染める賞金首で、数々のブラックリストハンターを出し抜いてきた実力者でもある。その畜生にも劣る念能力の醜悪さから裏社会においても彼女を嫌厭する者は多い。護衛任務など専門外のはずだが、よほど報酬が良かったのか。

 

「おい、早いって。まだ読んでねぇって」

 

「やめるのじゃ。ページがちぎれるのじゃ」

 

 雨合羽を着た少女たちが一冊の雑誌を二人で読んでいる。一見して仲睦まじい子供のやり取りのように思えるが、今回の依頼における最大級の爆弾は確実にこの二人である。『カーマインアームズ』のアルメイザ姉妹。顔合わせでその自己紹介を聞いたサダソは自分の耳を疑ったほどだった。その名も忌まわしきA級賞金首である。

 

 どれほどの悪逆非道を働いた凶悪犯だろうと賞金首としての階級はB止まりが普通である。A級の犯罪者や犯罪組織となれば、もはや社会常識の一切が通用しない歩く治外法権の領域だ。よほどの命知らずでなければプロの賞金首(ブラックリスト)ハンターだろうと手は出さない。

 

 オチマ連邦ジャカール諸島全域を地図から消し去り、世界を震撼させた『NGL革命未遂』は記憶に新しい。その首謀者モナドの一派とされる傭兵団が現れたとの噂はサダソも耳にしていたが、まさか仕事場で遭遇することになるとは夢にも思っていなかった。

 

 実力は確かだが鼻つまみ者ばかりでまともな神経なら雇おうなどと考えない顔ぶれである。依頼人はこの錚々たるメンバーを集めて何をしでかそうというのか。ただの護衛任務であるはずがない。普段は能面のように表情を崩さないサダソも、この時ばかりは冷や汗を流さずにはいられなかった。

 

「まだだっ! こいつを持ってノストラードのところに行けばハッキリするぜ! 俺の勘が外れるわけがねぇ! あいつの目の前でこれを見せつけて脅すんだ!」

 

 依頼人の口ぶりから立て込んだ事情があることは明らかなようだ。部下が必死になだめようとしているがゼンジは聞く耳を持たない。怒りと憎悪で正常な思考ができずにいる。ひとまず契約は三日間、その期間を無事に乗り切れば開放される。場合によっては延長の契約更新もあると伝えられているが、どれだけ金を積まれようとサダソに引き受ける気はなかった。何事もなく終わってくれと心中で祈っていた。

 

 その祈りを叩き潰すように唐突な殺気が前方から叩きつけられる。

 

「車を停めろ」

 

 ポテチを食べる手を止めてホッドが命令する。その言葉に運転手はすぐさま従った。マフィアの組員であり、念を使えない一般人でしかない運転手にとって先ほどの殺気は身も凍るほどの恐怖を感じたことだろう。運転に支障をきたさなかっただけで大した仕事ぶりだと褒めるべきだ。

 

「なんだ!? 何が起きた!?」

 

「敵襲か!?」

 

 ゼンジの子分たちが懐から銃を取り出して車外に警戒の目を向けるが、その武器が役に立つかどうか怪しいところだ。それほどの凄まじいオーラが込められた殺気だった。嫌な予感ほどよく当たると悪態をつきながらサダソは車から降りる。

 

 高速道路のパーキングエリアに停車している。広い駐車場は深夜ということもあり車はあまりない。遠くに商業施設の明かりは見えるが、雨脚も強まっており人通りは皆無だった。高速道路上では他に車を停める場所もないため、意図的にここへ誘導されたようなものだった。

 

 護衛チームはあらかじめ決めていた布陣を取る。とはいえ互いの能力もろくにわからない関係上、連携も期待はできない。というより連携なんて最初から誰も考えていないだろう。協調性とは無縁の面子である。最低限の役割分担として、依頼人の直近で守りを固める役としてアルメイザ姉妹を配置し、それ以外は自由に敵への対処に当たる。どちらの役割が危険か重要かという判断はできない。敵の出方ひとつと言えるだろう。

 

 降りしきる雨の中、臨戦態勢を整えながらも護衛たちはまず敵の動きをうかがった。殺気を飛ばすという威圧行為は、単純にターゲットの命を取ることが狙いなら悪手である。襲撃者がわざわざ自分の存在を明かすメリットはない。つまり、何かしらの意図があってこの場所に誘導したものと考えられる。戦闘に入るかどうかは情報を集めた上で決定すべきだ。

 

 ほの暗く辺りを照らす外灯の下に、奇妙な取り合わせの四人が現れた。一人は刀を佩いた東洋風の剣士、一人はスカジャンを着たチンピラ風の男、一人は傘を差した小柄な黒服の男、一人は全身を包帯でぐるぐる巻きにしたボクサーだった。

 

「なんだテメェら……俺をヴェンディッティ組の頭と知って喧嘩を売る気か?」

 

「いやぁ別に? ただちょっと聞きたいことがあってな。お前さんが大事に抱えてるソレについて」

 

「……ノストラードの回し者かっ! くくくく……どうやら本気で俺と戦争がしたいらしいな。思った通りだ! やれ! 全員ここで始末しろ!」

 

 護衛任務の契約内容では、敵との積極的な交戦について求められてはいなかった。しかし、戦闘を避けられる事態ではないと全員が瞬時に悟る。四人の敵に対し、四人の護衛が排除に動いた。

 

 

 * * *

 

 

 人気アイチューバー『快答バット』とは世を忍ぶ仮の姿。仮面の手品師、蝙蝠は今回の依頼を“当たり”だと確信する。それはつまり、常人の感覚からすればこの上なく割に合わない依頼であることを示していた。

 

 あっという間に戦闘の趨勢は敵側へ傾いている。今回の護衛チームのメンバーは蝙蝠から見ても戦闘力だけなら一線級と言って差し支えない実力者が集まっていた。アルメイザ姉妹については情報が少ないため実力を測りかねるところがあるが、噂にたがわぬ強者の風格がある。殺し屋サダソのことはよく知らなかったが、まあ居ても邪魔にはならない。

 

 中でも、ホッドとキャロルは蝙蝠としても一戦交えたいと思うくらいの使い手だった。この二人ならよほどの敵でなければ後れを取らない。その“よほどの敵”が現れてしまったと言える。

 

 『辛覚炎症』ホッド=キッドは変化系能力者だ。彼は“辛さ”イコール“熱さ”という謎理論を展開することにより、激辛食品を食べた自分の手や口から発火現象を引き起こす能力を持つ。科学的根拠など何一つない勝手な思い込みだが、時として念は激しい思い込みに強く影響を受けるものだ。

 

 ホッドのオーラは実際の炎と異なり、一度燃え移れば対象の痛覚に直接辛さを植え付け、消えることのない激痛を与える。その威力は彼が直前に食した激辛メニューのスコヴィル値によって変化する。その凶悪極まりない能力は彼自身も持て余すほどで、これまでに何度も過失で放火事件を起こして指名手配されていた。

 

 

「ヒー……! ハー……!」

 

「あちぃじゃねぇか。おう、とっとと死ねよ」

 

 

 想像を絶する苦痛の炎で全ての敵を焼き尽くしてきたホッドは、息も絶え絶えと言った様子で顔を青くしながら戦っている。交戦しているチンピラ風の男は火傷を受けながらも平然としていた。対するホッドは殴られたダメージとがぶ飲みしたデスソースの二重苦によって号泣していた。その必死の形相から全力を振り絞っていることがわかる。

 

 ホッドは口から勢いよくオーラの火炎を吐き出し、チンピラは腕をぐるりと一回転させてパンチを放つ。完全に無駄な動きに思える動作だ。しかし腕を回した直後にチンピラのオーラが跳ね上がったので、何らかの制約をかけた念能力と思われる。そのパンチ一発の風圧で迫りくる炎を一掃してしまった。

 

 残念ながら基礎能力と体術の差が如実に表れていた。ホッドの体術も十分に一流以上のレベルにあるものの、敵の練度が桁外れだった。今は何とか炎で牽制しているが、そのうち動きを読まれて接近を許すことになるだろう。何か奥の手でもない限り、勝ち目は薄い。その勝算の低さは他の仲間にも言えることだった。

 

 

「いやあああ!! あたしの美貌がああああ!?」

 

「意外と丈夫ね。刻み甲斐あるよ」

 

 

 『淫婦』キャロリーヌ=モリスは特質系能力者。しかし、彼女が取る主な戦法はごりごりの肉弾戦だ。潜在オーラ、顕在オーラともに常軌を逸した値を有し、身体能力だけで並の念能力者を圧倒する実力を持つ。容量と出力の性能差を押し付けているだけだが、単純だからこそ覆しようのない純粋な力と言える。

 

 その力は彼女が持って生まれたものではなかった。腹の中にいる我が子から、生命力を奪い取って得た力だった。倫理観の甚だ欠如した能力である。彼女いわく、生まれてくる前ならば子も自分の一部に過ぎず、親であるキャロルがそれをどんな手段で堕胎させようがとやかく言われる筋合いはない、とのことらしい。これまでに数え切れないほどの男と関係を持ち、身籠った子は全て命を吸い尽くされている。

 

 吐き気を催す下劣な能力ながら、そのような精神の異常性から生まれる念能力が強い効果を発揮することはよくある。そうでなければ何の罪もない女子供を何人も誘拐して人身売買の商品にしている彼女が裁かれることなくここにいる道理はない。強ければ大抵のことは許される。裏を返せば弱者の立場に回った途端、最低限の人権すら保障はされることはない。

 

 まさにキャロルはその転換の節目にいた。敵である小柄な黒服の男は、彼女より強かった。

 

 敵は何か特別な能力を使ったわけではない。その動きは目で追うことも困難なほど速く、ひたすらに洗練された剣術は避けるすべもなくキャロルに襲い掛かる。男が持つ傘の仕込み刀は瞬きするうちに彼女の体を撫で切りにしていく。それでもキャロルが死んでいないのは能力の優秀さゆえだ。オーラにものを言わせた堅の防御力だけで致死の一撃を切り傷程度に抑え込んでいる点はさすがと言える。

 

 だが、いかに能力が優れていても術者自身が未熟であれば宝の持ち腐れだ。最初は余裕の態度だった彼女は、ひとたび敵の攻撃を受けるやヒステリーを起こしてしまった。まともに傷つけられた経験がないのだろう。怒りと恐怖で我を忘れている。

 

 敵の男も剣技に遊びが見受けられた。あえてキャロルの反応を面白がるように攻撃の手を加減している。生き延びることを第一に考えるのなら、ある意味で醜態をさらした彼女の行動は適していると言えるのかもしれない。敵を楽しませている限り、殺されることはないのだから。

 

 

「おいおい、オレを相手によそ見するとは随分な態度じゃねぇか」

 

 

 ホッド、キャロルに続き、もう一人の仲間であるサダソの方へと目を向けようとしたところで邪魔が入った。蝙蝠は神速の剣閃をステッキで弾き返す。目ではその一刀を把握しきれなかった。

 

 迎撃が間に合ったのは感覚と偶然が噛み合っただけだ。運が悪ければ今の一撃で死んでいただろう。だが、その程度のことで彼が心を乱すことはなかった。むしろ高ぶるというものだ。

 

 蝙蝠が対峙する相手は、まげを結った着流しの侍である。その強さは疑いようもない。しかし、彼は敵を前にして目をそらしたことを悪手だとは思っていなかった。強敵を相手に全神経を集中することも大事だが、同様に周囲の状況へ気を配ることも必要である。目の前の敵しか目に入らないのでは戦士として二流もいいところだ。

 

 だが、さすがにこの状況で他所の心配をしている余裕は蝙蝠にもなかった。敵の踏み込みの気配を感じ取った彼は、無数のトランプを手裏剣のように放ち牽制する。

 

 侍はそのトランプ弾を最小限の動きで回避し、避け切れなかった最後の一枚を剣撃にて斬り払った。切り捨てられたカードからオーラが霧散し、ひらひらと宙を舞う。

 

 その技に蝙蝠は感嘆する。対処されることはわかっていたし、最初から当たるとは思っていない牽制だったが、それでも手を抜いたわけではない。本気の殺意を込めたカードの刃を、敵は事も無げに両断した。

 

 縦に、である。鋏を入れるように面に対して横切る切断ではなく、紙の断面、線に対して刃を差し込んだのだ。一枚のカードはわずかな欠けもなく、同じ面を持つ二枚に分けられ、羽のようにふわりと漂いながら地に落ちていく。

 

 味な真似だが、あえてする必要はない余興である。その侍にとっては戦闘中に披露しても差しつかえない程度の技だったのだろう。絶技を目にした蝙蝠は声にならない笑いを仮面の下で浮かべる。その歓喜は言葉にせずともオーラに表れていた。

 

「奇術師ってのはなんでこう、血の気の多い変態ばかりなんだ?」

 

 今度は蝙蝠の方から攻勢を仕掛けた。愛用のステッキを手に正面から迫る蝙蝠を前にして、侍は腰を低く落とした待ちの構えを見せる。居合抜きだ。後の先を取ろうと構える剣士の懐へ、自ら飛び込もうとしている蝙蝠は明らかに不利だった。

 

 無謀としか思えない一手。しかし、結果は甲高い金属音によって告げられた。得物同士が交錯する。侍の剣閃を蝙蝠は受け止めたのだ。両者はそこから追撃に移ろうとするが、脳裏に広がる次の手の読みあいを互いが察し、刹那のうちに不毛と判断した。仕切りなおすため後ろに下がり距離を取る。

 

「やるな。たった数度の見でオレの剣を見切ったか」

 

 一度目の打ち合いで危うく蝙蝠は死ぬところだった。だが、そのときの攻撃を彼は目に焼き付けている。さらにカード手裏剣を切り払った侍の剣も見ている。二度も見たのだ。ならば、彼にとって対処することはそれほど難しくない。

 

 彼の強化系能力『解析眼(ネタバラシ)』は、ただ自分の眼を強化して『凝』の精度を上げるだけの能力だ。対象の念を見抜くことに命を懸けていると言ってもいい。この能力があったから、彼は数々の死線を切り抜け生き延びることができた。

 

 とはいえ、実力差は明確に存在する。蝙蝠よりも侍の男の方が地力は高い。その差は実際に打ち合った手ごたえからありありと察することができた。見ただけで攻略できるほど甘い相手ではない。

 

 そうでなければならない。確実に勝てる敵と戦ってそれが何になるというのか。蝙蝠にとって戦いとは常に格上を相手とすることだった。戦闘狂にして真性のマゾヒストだ。

 

「お前さん、雰囲気が強化系バカっぽくて個人的に嫌いじゃないが」

 

 縁がなかったと一言告げて、敵の気配が一変する。侍を中心として半球状にオーラが広がった。高等応用技『円』である。その大きさは半径4メートルほどだ。

 

 戦闘中に円を併用する戦法というのはあまり見ない。まず難易度の問題がある。円の行使だけでも極度の集中力を要し、それと同時に戦闘において不可欠な堅や流などの応用技も使いこなすことは至難である。蝙蝠が過去に戦った相手でそこまで精密な技の制御を可能とした者は一人しかいなかった。

 

 また、仮に使えたとしても有用性は限定されるという問題がある。領域内の存在を触覚的に感知できる円は隠れた敵に対して非常に有効な技だが、見えている敵にわざわざ使う意味はない。何かしら得られる情報はあるにしても、凝で見れば事足りる程度のものだ。

 

 つまり、たかだか4メートルぽっちの円を今この場で使ったところで普通は無意味である。しかし、侍の卓越した剣技を肌で感じ取った蝙蝠は微塵の油断も抱かなかった。

 

 常人であれば無意味に思える技も、その使い手が居合の達人となれば全く話は異なる。剣の神髄とは、自他の呼吸ひとつ鼓動ひとつが刃を震わせ成否を分かつ世界である。円であれば見る以上に敵の周囲に漂うかすかな空気の流れすらも触れたように感じ取ることが可能となる。その情報は神髄に至った剣士にとって値千金の価値を持つだろう。

 

 おそらく、展開された円は必殺の間合い。不用意に踏み込めば死が待つのみ。加えて、敵はさらなる一手を打ってくる。

 

「動いたら、切るぜ」

 

 何気ない最後通牒に思えるその一言から、蝙蝠はわずかなオーラの強張りを感じた。それがただの確認ではなく、何らかの念能力に関係していることを見抜く。

 

 『動いたら』『切る』という敵に行動の制限を課す発言からして、その条件に対象が従わなかったとき効果を発揮するカウンター型の能力かと予想する。このタイプは敵に能力の性質を示す必要があるため、強力な反面、弱点も多い。

 

 蝙蝠は侍の制止を無視した。ステッキから仕込刀を引き抜く。同じ剣士としていつまでも抜かずに戦うのも矜持に反する。片手に剣、片手に鞘を持ち、死合うためのオーラを練り上げる。その反応を見た侍は不敵に口角を釣り上げた。

 

 動けば切るという発言は、制約としてみればそれほど強力なものではない。戦闘中の敵に動くなと言ったところで無理な話だ。当たり前に破られるようなルールを提示したところで結果は目に見えているようなもの。それでは能力の枷となり効果を高めるための制約としては弱い。せいぜいが剣速や切れ味を増すといった程度の効果だろう。

 

 しかし、達人が相手となれば“その程度”が大きな違いとなることも事実。あるいは、蝙蝠にも予想できない大きな制約を自分に課している可能性は考えられる。何が起きるかわからないのが念能力戦だ。

 

 未知は当然。その至らなさを補うために鍛え上げてきた『解析眼』である。未知を見切ることこそが彼の至上命題である。

 

 互いに食らいつくそうと身構えたにしては静かな間が流れる。しかし、刻まれる一瞬のうちには繰り出されるであろう無数の一手が両者の剣へ呪いのように纏わりつく。練気がその迷いを断ち切ったとき、自然とそうなるように二人の剣士は得物を交えていた。

 

 そして一閃が瞬き、勝敗は決する。両断されたステッキが、からりと音を立てて地を転がった。それに続くように蝙蝠は膝をつく。おびただしい血が雨に流され、泥水と混ざっていく。その敗者の姿を、敵である侍の男は素直に賞賛した。

 

「いや、すげぇ。あれを避けるか」

 

 まさに必殺だった。蝙蝠にはその迫り来る死を少しばかり遠ざけることしかできなかった。即死は免れぬはずの一撃は、全力の見切りによって辛くも致死一歩手前の重傷で踏みとどまっている。

 

 円の領域に踏み込んだ瞬間、彼は敗北を悟った。全く異なる世界へと足を踏み入れてしまったかのような感覚だった。ただの円ではない。わかったことはそれだけだ。それ以上のことを見抜く間もなく斬り伏せられてしまった。

 

 死の間際の重体にある彼は、既に戦える状態ではなかった。だが、半分にされた剣から手を放すことはなく、侍の男を見据えている。その目に宿る感情は戦意とは少し違う。執念としか言い表せない。

 

 もう一度、同じ技を見たい。彼の願望はその一点に集約していた。確実な死が待っていようと、そんなことはどうでもよかった。命に代えても見切る。それ以外のことは頭にない。

 

 しかし侍は、蝙蝠の仮面の内側から覗く強烈な熱望に応えるつもりはなかった。そこまでしてやる義理はないと無造作に剣を振るう。その直後、蝙蝠の眼前から侍の姿が消え去った。

 

 

「――ぬぅッ!?」

 

 

 まさにその剣が蝙蝠の命を断ち切ろうとした瞬間、侍は全力で後方へ飛び退っていた。反射的な回避行動である。すなわち、避けなければまずいと思うほどの何かが彼の身に起きようとしていたことを意味している。

 

 蝙蝠の仕業ではない。もはや彼に戦う余力は残されていない。攻撃を仕掛けてきた人物は別にいた。

 

「ガキが……何しやがった?」

 

 侍に対して視線を向けている子供が一人いる。その手は拝むように合掌の形を取っていた。

 

 正確に言えば、攻撃されたわけではない。しようとされた、その気配だけがあった。殺気もさほど含まれていない稚気に等しい前触れだったが、なぜかそこに厳然たる事実として、本能が回避を選ぶほどの危機を予感させられたのである。彼は子供の意図一つで退かされたのだ。

 

 A級賞金首、幻影旅団の一人であるノブナガは、少女のような姿をした何者かを睨みつける。雨合羽が風にはためき垣間見えたその少女の表情は、年相応の無邪気で悪戯な笑顔だった。

 


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