・ダンの予想以上に、サドラは厄介な相手だった。
「
肥大化し、紫のラインがかかった刀身で思いきり斬りかかるが、その体長ゆえジェットシューズの跳躍をもってしても、決め手となりえる頭部まで届かない。
「くっそ、ある意味使徒型よりめんどくせー!」
ウルトラ型怪獣と使徒型の最大の違いは、『仕留め方』である。
実は、前者の身体構造の解明はあらかた成功済みで、ほとんどが既存の猛獣の変異体だったりする。
一方、使徒型は自己再生や、体内でのレーザー、最強の防御結界ATフィールドの生成など、科学的に説明がつかないものだらけ。解剖班でさえ、死体の残骸が運ばれるたびに頭を悩ます始末である。
ある意味厄介だが、仕留め方は単純。
コア部分のみを狙い、ATフィールドを破ってその部分『のみ』を破壊すればいい。
ウルトラ型怪獣は、そう簡単にはいかない。
身体の組織は複雑なままなので、心臓などの主要器官を潰さなければ、止めることはできない。
「だったら……背骨を!!」
ところが、見た目に反し、恐ろしくフットワークが軽い。
尻尾の薙ぎ払いをまともにくらい、ジャンプし損ねたジェットシューズの威力も手伝い、ダンは勢いよく正面のビルに激突した。
一般人ならば当然即死だが、彼はあまりにも強かった。
口から吐血したものの、直ぐに体勢を立て直し、もう一度ジェットシューズのスイッチを入れる。
眉間を一刺しに出来れば、それで終わり。
余りに無謀な賭け。それでも彼は、増援や、小隊の他メンバーを待とうとはしなかった。
「退けないわけ」があったのだ。
「挑み続けるわけ」があった。
(全ての巨影はオレが倒す。そういう約束だもんな。ーーーさん!!!!)
遠い昔の約束が、鎖の様に、あるいは刻印の様に彼の魂に刻まれている。
時に無謀に、なおも果敢に、彼を突き動かす『約束』。
これがある限り、彼は、たとえ一人であっても独りではなかった。
神速の跳躍を決め、巨獣の脳天に滑り込む。
でも、神は酷だった。
ジャキン!!
韋駄天のごとき神速で天をかけるダンを、サドラは、事もあろうに空中でとらえた。
「嘘……だろ……!?」
ハサミでつかんだまま握りつぶさないのは、捕食する為だろう。
それをすぐに理解できるほど、巨大に開いた口が、すぐそこまで迫っていた。
(皆、ごめん……オレ……死ぬ。)
「グァァァァァァァァ!!」
歓喜の雄たけびを上げるサドラ。その時。
「シュワッチ!!」
聞きなれない雄たけびと共に、突然サドラのはさみが開き、ダンは地面にたたきつけられる。
「!!?」
頭上には、やはりサドラが。
しかしその対面には……まさに今現れた巨影がいた。
赤い体に白い当部。
頭頂部には、ブーメランの様なモノがついている。
「光の巨人……!?」
別称『ウルトラマン』とも分類される彼らは、数年に一度現れては怪獣を駆除する希少種である。
『さあ、コイツを倒して……。』
天から聞こえた微かな声を、ダンは聞き逃さなかった。
それは、先日保護したばかりの綾波レイの声に似ていた。
まるでその声を合図とするかのように、光の巨人は頷いた。
サドラは正面から突進するが、ぶつかる前に拳を突き返し、あっけなく後退。
更に頭部のブーメランを投げつけ、先ほどのダンより強力な斬撃を浴びせる。
尚も怯まないサドラは、ハサミで巨人の両腕をとらえる。
それを振り払った巨人は、額のランプから熱戦を発射。サドラの胸部に直撃した。
痛みのあまりのたうちまわるサドラだが、それと同時に光の巨人は停止してしまう。
ようやく体勢を立て直したサドラは、標的をダンに切り替えるが、それでも光の巨人は 動き出そうとしない。
そうこうしているうち、サドラのハサミが目前に迫る。
(ごめん皆、オレ……死ぬ……。)
今度こそ本当に死を覚悟したその時。
パァン!!
闇夜にライフル型の銃声がこだまし、 音速の銃弾が、サドラの脳幹を貫通した。
頭部に円形の穴を開け、断末魔と共に絶命。あっけなく真横に倒れるサドラ。
上空を仰ぐと、KBS のヘリが 旋回していた。
じっと目を凝らすと、 ライフルを構えたままの雪が顔を出している。
すぐさま ダンのトランシーバーに 雪の情報連携通信の声が入る。
『こちら、06小隊狙撃担当・早田雪。
目標の絶命を確認。
さらに希少種『光の巨人型』と思しき巨影は、 先程到着時に目視で確認した時からすでに沈黙。
これより数分間の経過観察を行った後、
足元に目視で確認しております斬撃担当、三崎ダンを回収します。』
先にパラシュートで 降りてきたのは、 碇と大狩だった。
「まさか光の巨人にお目にかかれるとはなァ。キュー、データとっときな。」
『アイアイサー』
おそらくヘリに乗っているであろう久遠に、トランシーバーで銘じる大狩。
「 こっちのサドラの死体は……?」
「碇、 そりゃ俺から詳しく言っちゃいけない決まりだ。
だが間違いなくどこかの国の研究機関に回されるだろうよ。
上の連中はこいつらの死骸、あらゆるサンプルを欲しがってるからな。さて……。」
碇の質問に答えた後 大狩は ダンの方に向き直った。
「 こいつの始末に貢献した云々以前に、 今回ばかりは、おめぇに罰則を貸さなきゃいけないらしいな。」
目だけが笑っていない大狩を、ダンは久しぶりに見た。
「へいへい、始末書でも掃除当番でもなんなりと。」
サドラに破壊されず残ったビルの屋上に、少年は座り込んでいた。
対面には綾波レイの姿もあった。
「 やれやれ。少々ルール違反じゃないのかい、レイ?」
「 彼らはゲームで巨獣たちを狩ってるんじゃない。
生きるための生存競争よ。」
「 例えば生存競争を一つの種目としても、ルール違反だと思うがね。
僕の最高傑作のひとつであるサドラを、 よりによって人間に始末させるなんて…… 『あの人』が聞いたらなんて思うか。反逆と見なして、君を始末するよ。
神と我々の約束は人類の保護ではなく、僕らの役目は『改革』なのだから」
「それならそれでいい。」
「何だって?」
「 あなたたちの言う『蛮行』によって、あなた達を止められるなら、 私はこの人類史のエピックから消えても構わない。
あなたは気づいてないのよダブリス。 いいえ、認めたくないのかしら。私たちの『役目』は、もう終わったということを。」
「 それこそ君らしくない現実逃避だね。
僕は止まらないさ。 愛すべき人類の姿を、この手に取り戻すその日まで……!」
彼はレイの前に握りこぶしを差し出し、一瞬のうちに消え去った。
この先に待ち受けている波乱の予感を、 レイはどこかで 感じ取っていたのかもしれない。
数分後。再び動き出した光の巨人が何処かへ飛び去った事により、 06小隊はチームハウスへ撤退。
この夜の二人のやり取りを聞いたものは、その後誰一人現れなかった。