10分で読めるわたモテSS   作:umadura

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モテないし恵みの雨

 

 

 

 

 ザァァァ――――

 

「見ての通りの大雨だから、今日の体育は予定変更して男子も女子もバスケね。ハーフコートでするから3人組作っておいて」

 

 次体育か……かったるいな……

 具合悪いとか生理痛が酷いとか適当に理由でっち上げてサボるか……?

 

「黒木さん」

「体育館、一緒に行こっか」

 

 ……そうか。

 私が抜けると田村さんとガチレズさん(この2人)が3人組作れなくなるのか。

 

「あっ、うん」

 

 昔みたいな自由は今の私にはないって事だな……

 別にそれが嫌って訳でもないけど。

 

 にしても雨エグいな。

 休み時間の廊下の喧噪が全然聞こえないくらいの雨量って……大雨洪水警報でも出てるんじゃないか?

 こりゃ当分止みそうもないな……

 

「バスケかー……黒木さんはどう? 得意?」

 

 隣の隣を歩くガチレズさんの声も、気を抜くと上手く聴き取れない。

 雪とは違って下校時刻の繰り上げとかもないしな……マジ雨鬱陶しい。

 

「いや全然。チビだし、そもそもバスケにはロクな思い出がないから」

 

「そうなの?」

 

 っていうか、隣の声でも聞き取り辛い。

 田村さん(こいつ)、こんだけ雨音がうるさいのにいつもと同じボリュームで喋ってやがるな……

 

「中学の時は鼻骨折って、高1では頭打って気絶したり試合中倒れたりして、高2では手首折りかけた」

 

「意外……黒木さんって積極的に試合に参加するタイプじゃないって思ってた」

 

 別にアグレッシブにボール取りにいった結果とかじゃないんだが……いちいち否定するのもメンドいな。

 怪我の内容そのものは全部本当だし。

 

 にしても……あらためて思い出してみても、私とバスケとの相性は最悪だな。

 別の意味で怪我したこともあったっけ。

 

 あれも確か、こんな雨の日だったな。

 

 

『ああ……あー す 凄い汗~~ こ これじゃバスケ漫画みたいだ~!』

 

 

「どうしたの? 凄い汗だけど……」

 

 中学時代の思い出じゃないのに体の火照りが収まらない……!

 高校生にもなって何してたんだ私は……!?

 

「なんか顔も赤いけど、熱でもあるの?」

 

「だ、大丈夫。ちょっと昔を思い出して体が熱くなっただけだから」

 

「ふーん……」

 

 上手く誤魔化せたか……?

 そこそこ長く顔合わせてる気がするけど、田村さん(こいつ)の表情は未だに読み取れないな。

『このワインには何グラムのポリフェノールが含まれてますか?』ってクイズやってる気分だ……

 

 ここは陰キャソムリエのガチレズさんの見解を待つか。

 

「マラソンの時も全力で走ってたよね。そっか、黒木さんスポーツが好きなんだね」

 

 私が鑑定されてしまった……

 しかも全然違うし……陰キャソムリエの資格は剥奪だな――――

 

「あら、黒木はスポーツ好きだったの? ならこのチームは黒木がキャプテンね」

 

 担任!?

 いつの間に背後に……しかも今サラッと爆弾落とさなかったか!?

 

「い、いや、私は別に……」

 

「それじゃこの3人は黒木チームね」

 

 こいつ、人の話全然聞きやがらねぇ……!

 雨の音で聞き取り辛いのか!?

 いや元々そういう奴だよな……だから内申が怖いんだよ。

 

「頑張りなさい」

 

 ……行ってしまった。

 なんだよ去り際のあのウインクむかつくな……

 

「な、なんか強引だったけど……どうする?」

 

「私は別にいいけど。黒木チームで」

 

「は……はは……そう?」

 

 やっぱバスケと教師ってクソだわ……

 

 

 

 

「始める前に各自準備運動しておいてね。チームまだ決まってない子はこっちに集まってー」

 

 体育館だと雨音が余計響くな。

 担任の無駄に良く通る声でも少し聞き取り辛いくらいだ。

 

 にしても、キャプテンか……

 まあキャプテンって言っても特別何かする訳じゃないし、チーム名に名前使われる程度なんだろうが……

 問題なのは、これで露骨に手を抜けなくなったって事だな。

 

 担任直々に指名したキャプテンがやる気なしのプレイに終始してたら、内申に『責任感なし』とか書かれかねない。

 修学旅行の班長として築き上げた実績を台無しにしてしまうのだけは勘弁。

 ポーズでも何でも、真面目にやってるってトコだけは見せておかないとな。

 

 内申なんて2年までは全然意識してなかったのにな……

 まあ、その代わりモテとか殆ど意識しなくなったし、そういうものかもしれないな。

 

「試合の時の役割とか一応決めとく?」

 

「あっうん。えっと、取り敢えず私が1番やるから。2人は適当に動いて、敵となるべく重ならないようにして」

 

「1番って?」

 

「えっと、確か……ポイントカードだったっけ? パス回す係みたいな感じ」

 

 パスを出すごとにポイントが付くシステムなんだろうか。よくわからんけど。

 兎に角、これでキャプテンとしての重責は担ったな。ノルマは果たした。

 

 さて、他のチームはどうなってるか……

 

「ことはバスケどう?」

 

「ゴールがゴミ箱だったら自信あるんだけど……伊藤さんは? 実は抜群の運動神経の持ち主とか……」

 

「吹奏楽部に何期待してんの」

 

 コオロギ組はあと1人が見つかってないのか。

 あいつ人望ないからな。余りもの掴まされて最弱チーム確定だな。

 

 他は……

 

「あーちゃん元バスケ部でしょ? もう全部あーちゃんでいいんじゃないかな?」

 

「無茶言うなよ……つーか陽菜がサボりたいだけだろそれ」

 

「あはは」

 

 ネモと凸か。

 あいつらは――――

 

「明日香も爪ばっか気にしてないで、ちゃんと参加しなよ?」

 

「わかってるって」

 

 リア充連合みたいだな。

 バスケ経験者がいるチームとは当たりたくないな。

 

 っていうか、2年の時の怪我は凸のパスが原因だし、あいつとは絶対試合したくない。

 運動部の奴等って大体脳筋だし、脳筋の奴って素人相手でも容赦も忖度もしないし。

 

 当たるならコオロギ組がベストか――――

 

「え? 入ってくれるの? 勿論いいけど……」

 

「えっと、二木さんだったよね? よろしく」

 

 何!?

 コオロギ組の余りもの、騎馬戦で上になってた奴かよ!

 あの時みたくポテンシャル見せつけられたら太刀打ち出来ないぞ……

 

 どこか他に弱そうなところは……

 

 あっ、そうだ。

 キバ子なんかはいかにも運動神経なさそうだし、あいつがいるところと当たれば……

 

「さっきから探してるんだけど、南さんいなくない? どこ行ったのかな」

 

「どうせサボりだろ。他にも何人か見かけない奴いるし」

 

 ……使えん奴だな。

 

 そう言えばヤンキーもいないな。サボりばっかか。

 まあサボりってヤンキーの必須ステータスみたいなもんだしな。

 

 高3にもなって担任の授業堂々とサボるとか、完全に自爆行為だろ。

 そんなこと考えつく奴の気が知れない。

 

「吉田さんいないね。体育祭の時1位になってたし、運動できそうなのに」

 

「あ……そ、そうだね」

 

 でもサボりと決めつけると何となく感じ悪い奴って思われそうだし、適当に相槌打っておくか。

 

 リスクは極力回避。

 これが人付き合いの極意だ。

 

 なんか段々自分がつまらない人間になってきてる気もするが……

 

「南、なんで遅れて来たの? え? 何? 雨の音で聞こえないからもっとハッキリ言いなさい! トイレ? なんでもっと早く済ませておかないの!」

 

「ちょ、先生、そんな大声で……!」

 

「雨がうるさいから仕方ないのよ。はいみんな注目! 南がトイレに時間かかって遅れたからどこか入れてあげて!」

 

 ……ああなるよりはマシか。

 なんかちょっと前の私を見ているみたいで思わず目を逸らしたくなる光景だが……

 

「全員チーム決まったみたいね。それじゃ決まった順で試合を組むから。まずは黒木チームと岡田チームね」

 

 マジか……!?

 もう負けは決まったようなもんじゃねーか!

 

「クロ、よろしくね」

 

「……何だよその満面の笑顔は」

 

「別にー。密着マークするから覚悟しといてよ?」

 

 ……弱者をいたぶるのがそんなに楽しいか?

 

 ま、勝敗は内申とは関係ないし、適当にボール回して適当に真面目感を出しておこう。

 今回は怪我しないように気をつけないと。

 

「陽菜、明日香、もっと動いて!」

 

 まずは凸がボール持ってるのか。

 ならパスを出す相手は……100%ネモだろうな。

 

 理由は特にない。でも私にはわかる。

 こいつは絶対にネモにパスを出す。

 そういう波動を感じる。

 

 もしここでバスケ経験者からパスカットしたら、それだけで真面目感の件は十分クリアできるな。

 それどころか、クラスの中でもちょっとした話題になりそうだ。

 何より、ここで運動部経験のない私がパスをカットすれば、凸のバスケにかけた数年を一瞬で無価値なものにできる。

 

 ああ、想像しただけでヘヴン状態になりそう……

 

「陽菜!」

 

 やっぱりな!

 よし、間に入るタイミング完璧!

 手首にもしっかり力入れて、パスの威力に負けないよう準備も万端!

 

 私の才能にひれ伏せ凸――――

 

 ……あれ?

 ボールが見えない……今確かに凸がパス出した筈なのに……

 一体何処に消え――――

 

「へぶっ!?」

 

 あ……顎……?

 下から顎を突き上げられた……?

 な、なんでバスケやってる最中にアッパー食らうんだ……?

 

「あ……」

 

 ボールが上に見える……

 今わかった。

 バウンドしたボールが私の顎に直撃したんだ。

 

 普通、バスケ経験者が素人に出すパスって取りやすいワンバンだよな。

 ナガレカワも片目腫れ上がった時にそっちが良いって言ってたし。

 

 何だよそれ……去年私に出したパスは普通だったじゃねーか凸……

 愛の差に……負けた……

 

「クロ!?」

 

「黒木さん!? しっかり!」

 

「脳震盪起こしてるわね。私は救急車の手配しておくから、誰か黒木を保健室に……」

 

 周りの声がどんどん小さくなっていく。

 まさか死んだりしないよな……?

 

「ちっ」

 

 ……誰だよ今舌打ちしたの。

 私の所為で試合が止まったのが気に食わないのか?

 

 お前ら(陽キャ)はいいよな、自然に私ら(陰キャ)を見下せるから。

 

 知ってるか?

 私ら(陰キャ)お前ら(陽キャ)を見下すのに、どれだけ背伸びしなきゃならないか。

 見下して、見下して、とことんまで見下して……それでやっと自分の中の劣等感から目を逸らせるんだぞ?

 

 ま、そんな努力したところで、誰も褒めちゃくれないけど……な……

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 ――――――――

 

 ――――

 

 ――

 

 

 

 

「もう帰ったぞ」

 

 ……え? ヤンキー?

 何でここに? サボりじゃなかったのか?

 

 っていうか、帰ったって……誰が?

 

 あれ、なんで私コーヒーなんて買ったんだっけ?

 しかも2つも。

 

 っていうか、ここ何処だよ。

 体育館の中にいた筈なのに……保健室か?

 

 あれ……違う。野外だ。

 コンビニの前?

 

 ……あ、そっか。

 

 元生徒会長の先輩に媚び売ろうとしてたんだ。

 

 って……あの人もう帰ったの!?

 見捨てられた!?

 

 どうすんだよこのコーヒー……もうヤンキーにやるしか選択肢ないじゃねーか……

 

「あ、あ、あの、こ、これよかったらコーヒー……」

 

「なんで?」

 

「い、い、いや、傘のお礼で……」

 

 っていうか普通わかるだろそれくらい!

 なんで見た目完全ヤンキーなのに鈍感系主人公気取ってんだよ!

 

「何か企んでんじゃねえだろな……?」

 

 企んでねーよ!

 いや企んでたけどお前にじゃないし、もうその選択肢とっくに消えたんだよ!

 

「い、いらないなら捨てるけど……」

 

「は? 言ってねーだろ。寄越せよ」

 

「ひっ」

 

 なんでプレゼントする側がこんな恫喝されなきゃならないんだ……?

 ヤンキーの生態ってマジ謎だわ……

 

「……お前」

 

「え? な、何……?」

 

「あいつと知り合いなのか?」

 

「あ、あいつって?」

 

「さっきの奴だよ。偶に校門で挨拶してる奴だろ?」

 

 元生徒会長で上級生をあいつ呼ばわりか……ま、さっきはてめー呼ばわりしてたから今更驚きもしないけどな。

 

「う、うん。文化祭の時に話し掛けられて……」

 

「ふーん。まあまあ長いな。結構仲良いのか?」

 

「いや別に……向こうが気に掛けてくれてるだけだし」

 

 私がした事と言えば、ストーカーまがいの行為とか覗き見とか、そんなんばっかだ。

 向こうにとっては、コミュ障でぼっちの憐れな後輩を気遣ってるってだけだろうし……

 

「奇特な奴もいるもんだな」

 

「え……あ……う、うん。そうだね……」

 

「ま、人の事言えた義理じゃねーけどな」

 

 へ?

 確かにヤンキーより奇特な人間なんてそうはいないだろうが……

 

「これくらいの雨なら傘なくても帰れるだろ? じゃあな」

 

「え?」

 

 駅だったら進む方向一緒だろ?

 わざわざ先に帰る意味あんの?

 

 まあ、ヤンキーと相合い傘続けるよりはいいけど……

 

「あー、そういえばお前」

 

「へ? な、何?」

 

「あれからあいつと会ったのか?」

 

 は?

 あいつって……今さっきまで一緒だったろ?

 何言ってんだこのポンコツヤンキー。

 

「ま、どうせ会ってねーんだろうけどな。お前にそんな行動力ねーだろうし」

 

 なんなんだよ、ちっとも話が見えない。

 ちょっと怖いんだが……

 

「でもお前、遠足の時は結構ノッてたよな? あんな感じで思い切ればいいんじゃねーの?」

 

 いやだから遠足って……

 

 ……遠足?

 

「もうあたしに世話焼かすんじゃねーぞ。今度は自分で行けよ。お前みたいな奴に構ってやる奇特な人間なんて、そうはいねーんだからな」

 

 あれ?

 これって、もしかして……

 

「大事にしろよ」

 

 夢――――

 

 

 

 

 ――

 

 ―――― 

 

 ――――――――

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

「うわあっ!?」

 

「あっ、起きた」

 

「はぁ……はぁ……へ?」

 

 ここは……保健室か?

 ああ、保健室だ。

 って事はやっぱり、さっきまでのは夢だったのか。

 

 すぐ夢ってわかる時と、そうじゃない時の差ってなんなんだろうな。

 昔の事だったし、途中時系列バラバラになってたから、その時点で察しても良さそうなもんなんだが……よくわからんな。

 

「よかった……具合はどう?」

 

「あっうん、多分大丈夫」

 

「もうすぐ救急車来るみたいだから、それまで安静にしておけって。今先生が黒木さんの家に連絡入れてるみたい」

 

 随分大げさだな……頭打った訳じゃないのに。

 

 って、なんか人多くね?

 田村さんとガチレズさん(この2人)は同じチームだからまあいいとして、他にも何人かいるみたいだが……保健室がやたら狭く感じるぞ。

 

 でもその割に保険医の姿が見えないな。

 担任と何か話し合ってるのか……?

 

「クロー、もうビックリさせないでよ。死んだのかと思った」

 

「いや思ってないだろ」

 

「あはは。あーちゃん良かったね、殺人犯にならなくて」

 

「いや思ってないから」

 

「黒木さん、茜のパスが顎のところに当たって倒れたんだよ。覚えてる?」

 

 敵チーム全員来てるのか……って事は、さっきの試合は中止か。

 ま、怪我人出たんじゃそうなるよな。

 

「えっと……パスがワンバウンドで、それで見失って……」

 

「別に私が悪い訳じゃないけど、その……悪かったよ。これで2回目だし」

 

「あっいや大丈夫だから」

 

 去年のこと、覚えてたのか。

 あの時はイグナってやろうとしたこっちの不手際だし、今回は単なる読み違いだからな……謝られると却って虚しい。

 

「あら目が覚めたのね。黒木には私がついておくから、みんな体育館に戻りなさい」

 

 担任(こいつ)としばらく一緒なのか……怪我より精神の方が痛みそうだ。

 

「黒木さん、お大事に」

「ちゃんと寝てなきゃダメだよ」

「あれ、内さん? うん、黒木さんなら大丈夫みたいだけど……今授業中だよね……?」

 

 なんかこうゾロゾロと出て行かれると、無駄に寂しい気持ちになるな。

 昔は、骨折した翌日にクラスメートから色々聞かれてちょっとした人気者になるのを想像したりもしたが……現実にそうなっても特に感慨とかないな。

 

「顔色も良いし、大丈夫そうね。でも一応病院で検査しておきなさい。救急車もうすぐ来るから」

 

「あっ、はい……」

 

「それと、後で吉田にお礼言っておきなさい。あなたを背負ってここまで運んで来たの、吉田なのよ」

 

 ヤンキーが……?

 ああ、あの舌打ちはあいつだったのか。

 

 っていうか、あいつサボりじゃなかったのか?

 試合始まる前には体育館にもいなかった筈だが――――

 

 

 

 

 その疑問が氷解したのは、翌日の昼休みだった。

 

「保健室?」

 

「うん。体調良くなくて、保健室で休んでたんだって」

 

 わざわざ聞いたのか。

 なんかヤンキー相手だと全然遠慮とかしないよな、田村さん(こいつ)

 

「それって生理じゃ……」

 

「黒木さんって吉田さん相手だとあんまり遠慮とかしないね……本人の前でそれ言ったらまた殴られるよ?」

 

 ……あれ?

 

「多分、ゆりも黒木さんも吉田さんといると妹みたいな気持ちになるんじゃないかな。ほら、吉田さんって姉御肌っぽいとこあるし」

 

「いや、ないと思うけど……」

「遠足の時は誰よりはしゃいでたよね、吉田さん」

 

「そ、そう? でも率先してみんなのこと引っ張ってなかった? 次はどれに乗るとか全部仕切ってたし」

 

 あれは単に自分本位なだけだろ……

 

 どうせ保健室でも保険医と揉めて追い出されたんだろな。

 それで仕方なく体育館に行ったら、たまたま私が倒れてた場面に出くわした、と。

 

 ん?

 そういえば、私が目覚めた時に保険医はいなかったよな。

 

「でも、昨日だって率先して黒木さんを背負ってたよね? 体調よくないのに。凄いよね」

 

 だとしたら、あれってまさか……

 

「うん。黒木さん、吉田さんにお礼言った?」

 

「いや、まだだけど……」

 

 ……まさかな。

 

「なら言葉だけじゃなくて何かあげれば? キーホルダーとか手軽で良いんじゃない? 手軽で」

 

「……何か皮肉に聞こえるんだけど」

 

「皮肉ってないよ」

 

 本当かよ……

 

 それはいいけど、お礼か。

 お礼なあ……

 

 そう言えば夢にも出て来てたけど、相合い傘の礼にコーヒーやったんだったな。

 なんであの時にはくれたのに、今回はないんだよとかイチャモン付けられたら敵わんし、自販機で飲み物でも買っとくか。

 

「それじゃ、ちょっと行ってくる」

 

「うん」

「黒木さん、頑張って」

 

 初めてのおつかいかよ……

 

 にしても、今日も一日中雨だな。

 昨日よりは多少マシだが……廊下の喧噪も多少は聞こえるし。

 

「例のあの人昨日体育の授業中に失神したんだって」

「知ってる。白目剥いてたらしいよ」

「もしかして漏らしてたりして」

 

 ……中途半端に降るくらいなら、昨日くらい降ってた方がマシだった。

 まさかクラスメートにアヘ顔晒してたとは……

 

 よくよく考えたら、雨の日にもロクな目に遭ってないんだよな、私。

 同年代の男相手に恥かいたり、おっさん共から説教受けたり。

 

 バスケ、密室、雨。何も起きない筈がなく……

 

 今度からこの組み合わせの日は絶対サボろう。

 

 自販機って確か、渡り廊下の所だったっけ。

 お、あったあった。

 

 ヤンキーが好きそうな飲み物は……さすがに学校の自販機に酒はないか。

 だったら……

 

「……ん?」

 

 って、本物がいるし!

 でもまだ買う前か。良かった……

 

「え、えっと、昨日は……あ、ありがとう……」

 

 普段礼なんて言い慣れてない所為か、無駄に緊張するな。

 もう前みたく、ヤンキー(こいつ)相手にガチガチになるような私じゃなくなった筈なんだが……

 

「あ? ああ、あれか」

 

「お、お礼に奢るけど……な、何がいい……?」

 

「いらねーよ。大した事してねーし」

 

 そう言うと思った。

 なら、カマかけてみるしかないか。

 

「で、でも、私を保健室に運んだ後、また具合悪くなって保健室の先生に別室で看て貰ってたんじゃない……?」

 

「……誰から聞いたんだよ、それ」

 

 やっぱりか。

 ヤンキーって義理堅いって言うけど本当なんだな。

 

「別に、向こうが勝手に説教してきただけだ。大げさにすんなよ」

 

「だったらそのお詫び。何がいい?」

 

「しつけーな……じゃ好きにしろよ」

 

 もうコーヒーで良いか。

 あの時と被ってるけど。

 

「ん」

 

 相変わらず素っ気ない奴だな……礼のし甲斐が全くない。

 しかも一気飲みとか……味わう気ゼロか?

 ま、いいけどな……

 

「ごっそさん」

 

「あっ、うん」

 

 取り敢えず、これで借りは返したって事でいいか。

 

 ん? なんで立ち止まって……

 

「……お前」

 

「へ? 何?」

 

「いや、なんでもねー」

 

 ……今度こそ行ったか。

 少ししたら私も教室に戻ろう。

 

 にしても、なんだったんだ? 今の。

 ま、ヤンキーの考えてる事なんて合理的な説明ができなくても不思議じゃないか。

 気まぐれがオレンジかじって道路歩いてるような存在だからな。

 

 あの冬の雨の日も、そんな感じだったんだろうし。

 

 

『二人は仲いいの?』

 

 

 仲は……よくないな、今も。

 別に仲良しになりたいとも思わんが……

 

「おい、いつまでそんなとこで突っ立ってんだよ。早くしろ」

 

 ……え?

 

「先に行ったんじゃ……?」

 

「教室戻るんだろ? 行き先一緒じゃねーか」

 

「う、うん」

 

 もしかして、昨日の今日だからって私を心配してるのか?

 さっき聞こうとしたのは検査の結果だった……とか?

 

 ……まさかな。

 

「雨、止んでんな」

 

 あっ、本当だ。

 あんなに降ってたのに。

 

「行くぞ」

 

「あっ、うん」

 

 

 雨は好きじゃない。

 嫌な思い出が多いから。

 

 でも、ま……

 

 嫌いでもないかな。

 

 

 

 

 ――――あなたが待ってくれてるし、いいかな

 

 

 

 


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