『ぎゃああああああ!』
『おばあちゃん!』
……相変わらずこのアニメ、人がゴミみたいに死んでいくな。
タイトルだけ見た時はこんな私好みな内容とは思わなかった。
でもその所為で序盤を見逃したのは痛い。
大体、タイトルに『いぬ』なんて入ってたら動物モノだって思うだろうが!
深夜帯の枠を無駄遣いしてるガキ向けの脳ミソとろとろな動物モノだって思うだろうが!
アニメ化する時にサブタイトルで『~クソみたいなヤツらを見ると次々に射殺しちゃうの~』とか入れてくれればわかりやすいのに……
ま、それでもこうやって自分に引き寄せるあたり、私の嗅覚もまだまだ捨てたもんじゃないな。
……いや、待て。
本当にこれでいいのか?
平日の深夜に人が死ぬアニメを観てストレス解消してる女子高生が……モテるか?
しまった……!
思えば最近、妙に他人と会話する機会が増えたせいか、『モテとかどうでもいいわー』とか日和ってた気がする……!
どこで道を間違えた!?
本当なら今頃、イケメン声優と謎の出会いを果たして愛撫代わりのイケボを耳元で囁いて貰う爛れた日々を過ごしていた筈なのに……!
……何が問題かって、これだけ危機感煽ってもあんまり響かない自分になってしまってる事だ。
まさか自分自身に『駄目だこいつ……早くなんとかしないと……』なんてベタなネタを言い放ちたくなる日がくるとは……
原点回帰だ。
今日からまた私はモテを目指す!
私がモテてどうすんだ、と絶対に間違っちゃいけないんだ!
でも、真面目な話……今更どうすればモテるんだ?
高校デビューは無残な結果に終わったし、この時期にはもう同学年の女子の半分はビッチ化してるよな。
もう周回遅れどころかリタイヤして保健室で寝込んでるような惨状なのに、ここから巻き返すとなると相当実績のある方法じゃないとダメだ。
……アニメ観ながらじゃ考えもまとまらないな。
明日から本格的に考えることにして、今はこの動物モノじゃない犬アニメに集中しよう。
ん?
待てよ……犬か。
そういえば少し前、床屋で待ってる間に全巻制覇した大昔のマンガで、『飼い犬同士がヤッた結果、男が責任とって結婚することになった』って展開があったな。
まあ実際は、酔った勢いでヤッた(結果女が妊娠したと言ってきたけど、実は飼い犬同士がヤッて犬が身ごもった話をしてただけ)っていうスレ違い展開なんだけど。
つまり、私も犬を飼ってイケメンの飼い犬と交尾させれば、『責任取って!』『仕方ねーな』ってなるんだ!
……いや、そんな展開に本気で期待しちゃいないけど、犬を散歩させてる女に男が群がる展開はフツーにあり得るからな。
それに、犬に釣られる男ってなんかチョロそうだし、私でもイケる気がしてくる。
猫派だけど、今は一時的にジョブチェンジしよう。
もし飼うとしたら、どんな犬が良いかな?
やっぱ私みたいなチビは、大型犬を散歩に連れてって逆に引っ張られるのがお約束だな。
あ○○○がとか生○会○員○とか。
ちょっと犬種を調べてみよう。
『大型犬 デカい』……と。
ん……
お……
おおおおおおおおっ!?
なんだこりゃ!? 熊よりデカいぞ!
アレもコレもでけぇ……
こんなん飼ったら即レ○プだろ!?
うお、こっちもヤバい!
顔メチャクチャ細いのに身体スゲー筋肉質っぽくてデカいぞ!
そうか、やたら顔小さくて身体デカいキャラ書く漫画家は、こういうの参考にしてるんだな……
犬って怖いな……やっぱり猫の方がいいかな。
でも猫じゃ散歩行けないしな……
ま、犬なんて今更飼ったところで情が湧く自信もないし、ネグレクトまっしぐらになりそうだから止めといた方がいいか。
誰かが3日だけ貸してくれるのなら話は別だが――――
「おじいちゃんが旅行に行くお友達の飼い犬を預かったんだけど、おじいちゃんまた体調崩して面倒見きれなくなったんだって。3日だけウチに置いとく事になったから、二人とも協力してね」
……現実になってしまった。
やっぱ私持ってるわー、嗅覚スゴいわー。
日曜の朝から自分の才能にウットリしちゃったな。
「俺、部活あんだけど」
「なら朝の散歩とか、やれる事をしなさい。智子もいい?」
「あっうん」
いつもなら、こんな面倒事なすり付けられたらブチ切れするとこだけど、今回だけは許してやるよ。
で……これなんて犬だっけ?
犬入れる箱に入ってるからチラ見しか出来ないけど、多分あの耳が垂れてて足短いヤツだよな。
なんか割と有名だった気がする……○ックスアンドザシティ的な。
「名前は?」
「茶色だからドロドロだって」
愛情が微塵も感じられねえ……
楽しみにしてたネトゲのPCが勝手にそんな名前付けられてたら発狂モノだろ。
「人間が飲む牛乳とか味噌汁とか飲ませたらダメだからね」
「それくらいは知ってる。エサはどうすんの? 普段食べてるヤツとかあるんでしょ?」
「そっちは預かってるから大丈夫。取り敢えず、朝と夕方の一日二回は散歩させてやって」
なら私は夕方担当で決定か。
早朝よりはイケメンの出没率が高いだろうし。
「散歩させるにも慣れておかないといけないから、お部屋で適当に遊んであげて。私は買い物あるから、智子あとよろしくね」
「えっ?」
「俺も今から部活行くから。勝手に部屋入れるなよ」
「えっ?」
……あっという間に二人きりになってしまった。
いや、一人と一匹か。
取り敢えず箱ごと部屋に持ってきたけど……出しても大丈夫なのか?
飼い犬だし、いきなり噛みつかれたりはしないよな……
そうだ、ネットで『犬を飼う時に気をつける事』みたいなの調べておこう。
なになに……『怖がってると恐怖心が伝染して噛まれやすくなる』?
そうか、怖がっちゃダメなのか。
ならオラオラで行けばいいんだな。
このまま放置してても時間の無駄だし、サクッと主従関係をハッキリさせるか!
「オラ、ドロドロ! お前は私の子分ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
か、噛みやがった!
躊躇も何もなくガブッと行きやがった!
ヤバイ、泣きそう……
これ、絶対骨まで行ったよ?
だってスゴく痛いし……
あれ、血も出てなかった。
「んだよ驚かせやがって! ハッ、所詮は小型犬だな! 小さいヤツが粋がっても何一つできやしねーんだよ!」
……なんでだろう、自分の心にグサグサと刺さってしまうのは。
「く~ん?」
「お、なんだ?」
急に媚びた声出してきやがって。
早くも処世術を学びやがったか。
「そうだ。この部屋、この空間では私が主。私が神だ。お前なんて余所者に過ぎないんだから、大人しく私の足でも舐めてぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
――――――――――――――――
――――――――
――――
――
結局、夕方になるまで9回も噛まれてしまった……
にしても、まさかこんな名前でメスとはな。
ならせめてドロシーくらいにしてやれよ。
「おい、散歩行くぞ」
犬って喋りかけたら吼えて返事するのかと思ったけど、全然しないな。
でもリードを見せたらやたら媚びてくるあたり、所詮は畜生。
どっちが格上か、やっと理解したみたいだな。
さあ、長々と前置きがあったけど、ここからが本番だ。
ざっとシミュレーションしておくか。
私が少し慣れない感じでこいつを散歩させる。
本来は飼い主が前を歩いて『自分が御主人様だ!』ってしっかり教え込まないとダメらしいが、私は敢えてそれをしない。
すると、少しお節介なくらいの犬好きチョロイケメンが颯爽と現れる。
『そんなやり方じゃダメだよ。貸してみな』
そして触れあう手と手……
うおっし、完璧だ!
「カハッ! カハッ!」
し、しまった!
つい力が入ってリード引っ張り過ぎた。
危うく絞殺するところだった……
「……」
よし、もう大丈夫だな。
頼むぞ犬、私にイケメンを連れて来い!
来なかった。
1時間粘ったのに来なかった。
っていうかイケメン歩いてねえ!
いくら釣り手の腕と釣り竿とエサが完璧でも、魚がいないんじゃ釣れるワケなくね?
そもそも家の周辺じゃ買い物に出かける主婦くらいしかいない。
場所を変えよう。
……っといっても、私の行動範囲じゃせいぜい行けるのは通学路くらいだ。
今日は日曜だし、しかも夕方だから、知ってるヤツはまずいないだろう。
さあ来い、運命に導かれしイケメン――――
「おい」
本当に来た!?
いや落ち着け。
この後ろから声を掛けられるこの感じは、イケメンじゃなくて説教してくるオジさんってパターンなんじゃ……?
よし。
予防線張っておけば、もしそうだとしてもガッカリしなくて済むな。
今の私を昔の私と思うな!
「は……はい……なんで……しょうか……?」
「あ?」
ヤンキーかよ!
もっと声張れよ! 低すぎて男かと思ったじゃねーか!
まさか休日の夕方にヤンキーと遭遇するとは……こんなレアエンカウント誰が喜ぶんだよ。
「お前、犬飼ってたのか?」
「い、いや……これは……親戚から預かって……」
「ふーん」
いや、フーンじゃねーだろ!
特に会話する気ないなら絡んでくるなよ……
大体ヤンキーの休みの日なんて集会で子持ちの先輩にヘコヘコしてるか家でYAZAWAのライブ観てタオル振り回すかのどっちかだろ!
ちゃんと生態守れよ!
「じゃ、私こっちだから」
「ダックスフンドか。名前はなんだ?」
聞けよ!
それどころかしゃがんで犬にガンつけだした!?
お前がしゃがむのはここじゃなくてコンビニの前だろ?!
「おい、聞いてんだろ」
「ひっ……ど、ドロドロ」
「ドロドロ? 変わってんな。お前、ドロドロってのか?」
犬の頭に手を掛けた!?
首から上をもぐ気か?!
……いや待てよ。
ヤンキーって大体犬ジャージ好きだよな。
てっきりそういうセンスなだけって思ってたけど、もしかしてガチで犬が好きなのか?
ヤンキーの将来って実は動物愛護団体の役員なのか?
だからあの団体、いろんな所に因縁つけて回ってるのか?
全ての謎が解けてしまった。
私の知らない間にそんなパイプができあがっていたとは。
もしかして、将来の夢も何もない私より、このヤンキーの方が社会的に格上なんじゃ……
いやいや、まさかそんなワケ……
「よかったら散歩させてみる?」
「あ?」
確かめてみよう。
もし本当にこいつが未来を見据えてるなら、私より上手くドロドロを操れる筈だ。
「なんであたしがそんな事しなきゃいけないんだ?」
「あ、いや、えっと……イヤならいいけど……」
「言ってねーだろ! 貸せ!」
「ひいっ!」
なんで一回キレるんだよ……ヤンキーにはそういうノルマがあるのか?
「ったく、首輪から直接繋ぎやがって。ハーネス付けろよ」
なんか専門用語使い出した……!?
しかも粗暴なクセして、リード使いはやたら繊細だと……!?
犬が前に来ないよう、でも引っ張り過ぎないよう絶妙な力加減でコントロールしてる……ように見える。
間違いない。
こいつプロ予備軍だ!
ヤンキーって実は動物愛護団体の養成システムだったのか……
そうか、だから頭を濃い茶色や金髪に染めるのか。
よくある犬の毛の色だもんな。
「――――コイツ」
「はい!?」
「コイツ、いつまで預かってるんだ?」
「あっ……えっと、三日だから水曜まで」
「水曜か。毎日この時間に散歩させるんだな?」
「それは……わからないかなー……」
「させろ」
「ひいっ!」
「時間はともかく、行ったり行かなかったりしてんじゃねぇよ。ストレスになる」
……コイツ、もう既にプロなんじゃね?
「おい、どうなんだよ」
「あっうん。明日と、明後日と、多分明明後日も同じ時間にここで散歩させる」
「……」
なんか言えよ!
やっぱヤンキーはダメだ、一般人と思考回路が違うからまともなコミュニケーションがとれない。
「ん? そっちはダメだ。こっち歩け」
「わうっ!」
犬とは完璧にコミュニケーションとれてる!?
「にしてもお前、ドロドロはねーよな。他にもっとあるだろ、なあ?」
語らい出した!?
心なしか犬も頷いているように見えない事もない。
スゲーなヤンキー……マジハンパねーわ……
「……」
「あ? なにじっと見てんだよ」
「あ、いや、その、吉田さんならなんて名前付けるのかって」
「はあ? 知らねーよ。あたしの犬でもないのに名前なんて付けられっかよ」
「そ、そうだよね。名前ってセンス出るしね。事前に用意してないと怖くて無理か。恥かきたくないよね……」
「てめー……ナメてんのか?」
ふふっ、リード握ってるからいつもみたいにネック・ハンギング・ツリーもできないだろ?
これに懲りたら二度と私を威圧してくるんじゃねーぞ!
「上等じゃねーか。その代わり、てめーも言えよ。センスある名前、聞かせてもらおうじゃねーか」
はい?
おいおい何言い出すんだよこの腐れヤンキー!
センスを競い合うって、それ完全に人としての優劣決めるって意味だぞ!?
生き死にかけた全面戦争する気か……!?
「……ブツブツ ……違う。……ブツブツ」
既に熟考モード!?
しかも人食い殺しそうなくらい完全ガチモードの顔じゃねーか!
犬も心配そうに見てるんじゃねーよ!
すっかり従属しやがって、ヤンキーは瞬時に上下関係作り上げやがるな!
まさか、こんなとある休日にヤンキーと雌雄を決する事になるとは……
いや、でも良い機会かもしれないな。
ここでこいつのメンタルをズタボロにしとけば、私の高校生活はきっと安定したものになる。
もうゲーセンでいちいちこいつが来てないかビクビク怯える日々からもサヨナラできるんだ……!
「おい」
「な、何?」
「アイツらとLINE繋げ。審査員いるだろ」
あいつらって……
まあ、確かに第三者の評価があった方が惨敗した事実を受け止めやすいんだろうけど……
「偶数だと白黒ハッキリしないから、あと一人適当に声かけろ」
あと一人……
ゆうちゃんはセンスずれてるトコあるから怖いな。
弟は部活中だし……
仕方ねーな、死ぬほど不本意だけど、こみなんとかさんにするか。
男と球団の趣味と笑いのセンスは壊滅的でも、服のセンスはそれなりだからな。
「待ってて。連絡入れてみる」
「おう」
それから――――
田村ゆり [感想言うだけでいいなら]
田中真子 [自信ないから、参考程度にお願い]
17:44
黒木智子が小宮山琴美を招待しました。
小宮山琴美 [なんで私が……]
一通り散歩も終わったタイミングで、全員がスタンバイOK。
しかしコイツら、日曜なのに暇なんだな……
「どっちから行く? あたしからでもいいぞ」
お? 随分と自信ありげな顔になってんな。
コイツ、もしかしてワンオブサウザンドのアイディアを見つけやがったのか……?
「いや。私からにする」
「好きにしろ。スマホはこっちにも見せろよ」
不正なんかしないしする必要もない。
こっちだってそれなりのを思い付いてるからな。
「じゃ、打つから」
ふふふ、見てろよヤンキー。
お前にはない情報だろうが、この犬はメスだ。
メスにはメスらしく、乙女ならではの名前を付ける事が求められる。
そこにピリッとしたケレン味も一摘み混ぜた、センスの塊のような名前。
答えは――――これだ!
『ルーコリィア』
どうだ!?
田村ゆり [黒木さんらしくないね]
田村ゆり [でもいいんじゃない?]
田中真子 [神秘的な感じ!]
田中真子 [キレイだしすごく可愛いと思う]
小宮山琴美 [チッ]
おっコオロギ、悔しいか? 私のセンスに舌打ちするほど悔しいか?
多分コイツら全員、言葉の意味わかってないんだろうな。
明日教えてやろう。
そこに隠された深い意味を知って、怯えるがいい!
「……やるじゃねえか」
ヤンキーも私のセンスにビビリまくってるみたいだな。
負け戦は辛いだろうが、私にケンカ売った報いだ。
同情なんてしねーよ?
「スマホ貸せ。あたしが打つ」
「あっ は はい」
「……」
さーて。
どんなセンスを見せてくれるんだい、吉田ネキ?
『心愛(ここあ(ココア))』
……うわ……こいつマジか?
乙女とかそういうレベルじゃねーだろ? コレ。
「どうだ!?」
どうだ、じゃねーよ!
こんなの誰が評価するかよ……絶対あり得ないだろ……
田村ゆり [吉田さんらしくていいんじゃない?]
田中真子 [可愛いと思う]
小宮山琴美 [え? これ犬の名前だよね? 3つあるけどどれ?]
小宮山琴美 [っていうか、これ犬の名前だよね? 漢字はなくない?]
小宮山琴美 [でもココアじゃ普通すぎるし、よくわかんないゴメン]
……見ろよこの惨状。
わざわざ負けフラグ立ててやってもコレだぞ?
こみカスはまだマシな方で、他の二人なんてほぼ思考停止してるし。
こんなのに勝っても一ミリも喜べねーよ。
「……」
茫然自失かよ……そんなに自信あったのか?
仕方ない。なんだかんだでコイツには世話になった気もするし、フォローしとくか。
「気にすることないよ! キラキラネームってヤンキーの専売特許みたいなモノだし! そもそもヤンキーって10代で作った子供に愛羅武勇みたいな名前付けて一笑い取る代わりに人生ハードモードにするのがステータスみたいなトコあるし! 全然大丈夫だよ!」
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――――
――
[たすけてください しんでしまいます]
田中真子 [どうしたの?]
17:56
小宮山琴美が退会しました。