10分で読めるわたモテSS   作:umadura

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モテないしもてあそぶ

 

 

 

 

 迂闊だった……

 まさかこんな愚行を犯すとは、私もヤキが回ったもんだな。

 

 最近のぬるま湯みたいな気候の所為かもしれない。

 いや、私自身がぬるま湯に浸かっていたのか?

 こんな初歩的なミスをやらかすなんて、今までの私なら考えられん。

 

 まさか……

 軍資金96円でゲーセンに来るなんてな!

 

 10円玉が9枚も入ってる所為で、財布がそこそこの重さになってたのが敗因か……完全に油断して確認を怠った。

 幾ら今月何かと物入りだったとはいえ、こんな局地的不況に陥っていたとは。

 100円玉が1枚もないんじゃ、やれるゲームなんて何もないぞ。

 

 日曜の午後特有の陰鬱でくたびれた空気を払拭したくてゲーセンに来たのに、徒労感が上乗せされただけか。

 しかもこんな時に限って新しいプライズが出てるし!

 クレ○んのシロのぬいぐるみ、欲しかったのに……

 

 そもそも弟が悪いんだ!

 これまでだったら(あいつ)をからかったり弄んだりしてスカッとしてたのに、球蹴りに明け暮れて家族との触れ合いを疎かにしやがって……

 

 あとテレビも悪い。

 定年退職後の年寄りなんて毎日が日曜なのに、なんで日曜の番組をそいつらに合わせるんだ!?

 

 せめて昔のアニメの再放送とかしてたら、わざわざこんな所に来ようともしなかったのに。

 あとサ○エさんもスポンサー変わったんだから『買い物しようとネットでポチったら 残高二桁愉快な散財さん』とかに歌詞変えろよ。気が利かねーな全く。

 

 はぁ……

 やる事ないけど、せっかく来たのにこのまま何もしないで帰るのもな。

 かといって、他の奴のプレイ見学すんのも虚しいだけだし……

 

 ……あれ?

 プリクラの前にいるの、田村さん(あいつ)か?

 

 ガチレズさんは……近くにはいないみたいだな。

 田村さん(陰キャ)一人でゲーセンに来られるとは思えんが……

 

 暫く様子を見よう。

 声かけようにも、万が一私の知らない知り合いと一緒だったら気まずい思いするしな。

 

 ……にしても、何やってんだ? あいつ。

 ヤンキーならともかく田村さん(あいつ)が日曜のゲーセンにいる光景って違和感しかないな。

 こういう人多くてうるさい所は苦手そうだし。

 

 連れがプリクラやってるの待ってるのかと思ってたけど、出て来るような気配全然ないぞ。

 そもそもガチレズさんと来てるんなら一緒に撮るだろうし。幾ら付き合い悪い田村さん(あいつ)でも。

 

 まさか、ぼっちプリクラかまそうとしてるのか?

 

 そう言えば少し前に、仲直りの証にってプリクラ行ったんだよな。

 あれで味しめたのか。バカだな……

 

 とはいえ、このまま黙って帰るのも薄情だし一言声をかけていくか。

 

「ねぇ……」

 

 いや、待て。

 偶然会った今みたいなシチュエーションで『ねぇ』って呼びかけるのは不自然だ。

『やぁ』とか『よぉ』だよな、普通。 

 

 でも、どっちも私のキャラじゃないよな……田村さん(あいつ)、私を真面目で大人しい子って思ってそうだし。

 しかもここはゲーセン。

『ここは私の庭だけど?』みたいな感じで接すると痛い奴って思われそうで気が引ける。

 

 ……どうする?

 後ろから行ってチョンチョンって肩を叩くパターンにするか?

 それなら不自然さはないし。

 

 でも、それだったらいっそ向こうに声かけて貰う方がいいかも。

 

 気付いてないフリしてあいつの視界にそれとなく入って、視線誘導を促す。

 そうすればこっちが呼びかけるまでもなく全て解決だ。

 

 なんか高度な戦略っぽい……!

 よし、これでいくか。

 

 プリクラコーナーは独立してるから、ゲームやってる風を装う事はできない。

 自販機でジュース買おうとしてる感じで近付くか。

 

 さりげなく、さりげなく……

 

「黒木さん?」

 

 早っ! もう気付きやがった。

 まさかここまで上手くいくとは……

 

「一人?」

 

「あっうん。そっちは?」

 

「私も。奇遇だね」

 

 怪しんでる様子は全然ないな。

 これって、私に他人を意のままに操る才能があるって証じゃないか?

 No.1キャバ嬢のように、他人を掌の上で転がす才能が……!

 

 だとしたら、この才能を眠らせておく手はないな。

『向こうの方から私に気付かせる』は所詮初級レベル、言うなればLv.1。

 私ならもっと高みを目指せる。

 

 Lv.2 私の好きなゲームをやらせる

 Lv.3 ゲームを奢らせる(対戦も可)

 Lv.4 クレーンゲームを奢らせてプライズゲット

 

 目標は大きくLv.4。

 散財した原因の一つは遠足での貢ぎ物だったし、今度は私が貢がせてやる……!

 

 まずは向こうの資金を探ろう。

 私みたく財布空っぽだったら奢るもクソもないからな。

 

「せ、せっかくだから一緒に遊んで行く?」

 

「!」

 

 この反応……どうなんだ?

 なんか一瞬目の色を変えたような……あんまり持ち合わせないのか?

 

 こいつの10gしかない表情筋から容易に全てを悟るのは不可能だ。

 ほんの少しの変化も見逃さないようにしないと……

 

「……私、ゲームとか全然やらないから、一緒にやっても黒木さんつまんないよ?」

 

「大丈夫だよ。ゲームなんて好き勝手楽しむものだし」

 

「だったらいいけど」

 

 よし、第一関門突破!

 とはいえまだLv.2クリアには程遠い。

 ちゃんと段階を踏まないとな。

 

 クリア条件は、私が得意なリズムゲーかガンシューティングをプレイさせる事。

 でもこれらは初心者にはハードルが高い。

 まずはさりげなく、こいつでもそこそこ遊べるゲームに誘導して、それから本命に繋げよう。

 

 ゲームコーナーはそもそもビギナー向けじゃないし、まずはメダルコーナーで試運転させるのが妥当か?

 前にヤンキーやガチレズさんとパチンコやってたし。

 

 でもメダルゲームは私がイマイチ興味ないんだよな……

 やっぱゲームコーナーだろ、ゲーセン来たからには。

 

 となると、初心者でもなんとか遊べそうなのは……パズルかクイズってとこか。

 有名どころから入るって手もあるけど、艦○れACとかス○フェスACとか戦○の絆をいきなりやらせても意味わからんしな。

 

 それなら……あれにするか。

 

「こっちにオススメがあるから、まずそれをプレイしてみたらどうかな」

 

「……」

 

「ど、どうしたの?」

 

「今日の黒木さん、なんか積極的だね」

 

 よかった、機嫌良いみたいだな。

 奢らせるんだから、それに見合うだけの接待をしておかないとただの卑しい奴になるからな。

 

 (ゲスト)を掌の上で転がすにしろ、弄ぶにしろ、気持ち良くお金を払わせるのが一流のキャバ嬢。

 私も一度はその道を目指した身、ちゃんと弁えてるつもりだ。

 

「あった。このゲーム」

 

「ネズミーツムツム? こんなのあるんだ。吉田さんに教えたら喜びそう」

 

「えっと、元々LINEのゲームだったのをこっちに移植したやつだから、LINEの方を教えてあげればいいんじゃないかな……?」

 

 自制心がぶっ壊れたネズミーバカにこんなの教えたら、私の財布どころかお年玉貯金まで巻き上げようとするに決まってる。

 LINE版なら課金要素はあるけど、私のいない所でプレイして勝手に課金地獄に堕ちるだけだし、それなら何も問題ない。

 

「スマホでもできるんだ」

 

「うん。でも、こっちの方が画面大きいしやりやすいよ」

 

「やってみる」

 

 よし、イイ感じだ。

 指グリグリ動かすツムツムはリズムゲーみたいなもんだし、これでLv.2はクリアでいいだろ。

 

「この『マスコットとゲーム』って何?」

 

「そこに入ってるマスコットのガチャを引ける。別に欲しくなかったら、そっちの『ゲームだけプレー』を選べばいいから」

 

「マスコットありだと幾ら?」

 

「へ? 500円だけど……」

 

 あっ、躊躇なくいったぞ。ヤンキーにやるのか?

 これは結構軍資金あるっぽいな。

 いけそうな気がしてきた……!

 

「あ、出て来た。なんか猫っぽいキャラクターだね」

 

 これはかわええ……ちょっと欲しいかも。

 いや、でも本命はシロだ。

 それはヤンキーに譲ってやる。

 

「それ真ん中に置くとゲームで遊べる」

 

「ここ?」

 

「そう、そこ」

 

「スキル?を使うツムを選べ……とか出て来たけど」

 

「あんまり気にしないで、適当に2つ選べばいいよ。次に遊び方の説明が出るから、そっち目を通してみて」

 

「えっと……同じのを繋げる感じで触ればいいの?」

 

「そう。それだけ」

 

 実際にはさっき選んだスキルを活用してプレイするのがキモなんだけど、初めて遊ぶ奴には必要ない。下手にあれこれ手を出したら混乱するからな。

 

「あっ、これ対戦もできるんだね。黒木さんはしないの?」

 

 ……来たか。

 この質問への返答が、今日の全てを決める。

 

 大丈夫。

 私ならやれる。

 

 友達を騙せ。

 可能性を繋げ。

 友達は欺ける。

 

 例えクロだろうとクズっちと呼ばれようと、シロをゲットする為に私はやる!

 

「そっ、そうだね。私もやってみようかな……あっ、あーっ! 財布の中に96円しかなぁい! 参ったなー、もう遊べないなー」

 

 ちょっと棒読みだったような……だ、大丈夫か?

 

「……」

 

 なんかじーっと見られてる……!?

 これ、もしかしてやらかした!?

 だとしたら今すぐ逃げなきゃ……!

 

「私が出そっか?」

 

「ゃ……え? い、いや悪いよ! そんな……」

 

「色々教えて貰ったし、そのお礼。あと、一緒に遊びたいし」

 

 まさかのLv.3クリア……!?

 で、でもいいのか?

 なんか急に罪悪感が……

 

 いや、でも別に悪い事してる訳じゃないよな……残高96円は本当なんだし。

 真実を話した結果、奢るって言ってくれてるだけだし。

 向こうだって一人で心細くプレイするより経験者の私が一緒の方が楽しいんだろう、きっとそうだ。

 

「あ、ありがと」

 

「うん」

 

 だけど、このままだと良心の呵責に押し潰されそうだ。

 いつもの私なら初心者が相手だろうと容赦なくギタギタにするところだが……ここは接待プレイに終始しよう。

 ゆっくり、ゆっくり……

 

『FINISH』

 

 ……圧勝してしまった。

 初心者だから仕方ないとはいえ、こいつ弱過ぎだろ……

 

「黒木さん強いね」

 

 なんで惨敗してるのにそんな嬉しそうなんだよ!

 いや……これもしかして怒ってるのか?

 キレ過ぎて薄ら笑い浮かべてるパターンか?

 

「も、もしかして怒ってる?」

 

「なんで? 全然怒ってないけど」

 

「いや、でもなんか恥かかせちゃったし……」 

 

 ガッ>

 

 あたっ!!

 何か左腕に凄い衝撃走ったぞ今!?

 

「もう……変なことばっか言って」

 

 また肘かよ……肘癖悪いなこいつ。

 案外格闘ゲーム得意なんじゃないか?

 ヤンキーの暴力目の当たりにしても全然引いてないところといい、妙にバイオレンス慣れしてやがる。

 

「……そういう冗談、誰にでも言うの? 成瀬さんとか」

 

 いや、冗談のつもりじゃなかったんだが……この場合どう答えるのが正解なんだ?

 要するに、冗談を言う相手かどうかって事でいいんだよな。

 

 なんかいつの間にかギャルゲーやってるみたいになってきたぞ。

 私の専門は乙女ゲーなんだが……

 

「えっと、ゆうちゃんには普通に言うけど……」

 

「根元さんには?」

 

「へ? ネモには……特に言ったことないけど」

 

「なら、成瀬さんが上手く返せたりするの?」

 

 上手く……?

 

 あっ、そうか。

 この前の遠足で、やたら遅れてノッて来たあれを気にしてたのか。

 いつまで引きずってるんだよ……これだから陰キャは。

 

「全然そんなことないよ。ゆうちゃんは天然でぼんやりしてるとこあるし」

 

「そうなの? 前に会った時はそういう感じじゃなかったけど」

 

「高校入ってから外見とか雰囲気が変わった所為かな……でも中身は変わってなくて、この前も――――」

 

 そういえば……ゆうちゃんの事をこんな風に誰かに話すの、初めてかも。

 ずっと友達はゆうちゃんしかいなかったし、コオロギとはこんな感じで話す事ないしそもそも友達じゃないし。

 

 なんか不思議な感覚だな……

 

 

 

 

「――――で、結局あの時はゆうちゃんの命令で1時間も下手くそな歌を歌うハメになって……」

 

「それは黒木さんが悪いと思うよ。きっと黒木さんに合わせたんだよ」

 

「いやでもゆうちゃんだから仕方ないんだよ。あのフェロモンに接したら誰だって下ネタに走りたくなるから」

 

「またそんなこと……あ、もうこんな時間」

 

 ん?

 げっ、もう5時回ってる!

 早く帰らないと……

 

「そろそろ帰る?」

 

「うん」

 

 随分長いこと喋ってたな。

 その間、一度もどけって言われなかったのが不思議なくらいだ。

 LINEで出来るゲームだし、他人に声かけてまでやりたいとは思わないんだろうか。

  

 にしても、何か忘れてるような……なんだっけ。

 ま、忘れるくらいだから大した事じゃなかったんだろう。

 憂鬱な日曜の午後をやり過ごすって目的は果たしたし、良しとするか。

 

「あっ、黒木さん。これ」

 

「へ?」

 

 最初に遊んだ時に買ってた、猫っぽいマスコット……?

 

「遠足の時のお返し。ずっと気になってたんだけど、中々機会がなかったから」

 

「で、でもこれ、ヤ……吉田さんにあげる為に買ったんじゃ……」

 

「違うよ。最初から黒木さんにって思って買ったよ」

 

 ……本当に、いつまで引きずってるんだよ。

 

「えっと……ありがと」

 

「それじゃ帰ろっか」

 

 西日がゲーセンの出入り口から差し込んで来てる。

 なんとなく温かみを感じる光景だけど……外の空気は少しだけ冷たくて忙しない。

 多分ここを歩いている人間の殆どが、明日に備えて気持ちを切り替えてる最中なんだろう。

 

 でも、陰鬱とした雰囲気って訳でもない。

 もしかしたらそれは、私自身がそうだからなのかもしれないけど。

 少なくとも、ここへ来た時よりは……

 

「黒木さん、いつも一人で来るの?」

 

「あっ、うん。昔はゆうちゃんと来てたけど、今は一人だね」

 

「やっぱり」

 

 ……やっぱり?

 どういう意味だ……?

 

「そっちは? ここ、よく来るの?」

 

「今日は用事があったから寄っただけ」

 

「え? だったらその用事……」

 

「もう済ませたから大丈夫だよ」

 

 私が見つける前にもう済ませてたのか。

 やっぱりぼっちプリクラだったんだろうか?

 なんとなく、違う気もするが…… 

 

 ブブブブ>

 

 LINEじゃなくて通話か。お母さんからだな。

 

『智子? 今どこにいるの? ご飯どうするの?』

 

 そういえば、前にもこんな事があった気がする。

 確か……同じくらいの時間帯、歌舞伎町を一人で歩いてたんだっけ。

 

「今から帰る。ゲーセンで友達と偶然会って……ううん、違う。同じクラスの……」

 

 あの時よりは大分、人と話せるようになった。

 それはきっと――――

 

「そう、去年仲良くなった子。その子と一緒にいるから」

 

 コツンと、左腕に何か当たった。

 痛くはなかったけど少しこそばゆい気がして視線を逸らすと、ほんの少しだけ赤く滲んだ空が見えた。

 

 そんな、日曜の午後だった。

 

 

 

 


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