「起立、礼」
さて……待ちに待った放課後だ。
授業が終わるこの瞬間が待ち遠しいのはいつもの事だが、今日は一味違う。
一日中、この瞬間を待ちわびていた……!
「今日は寄る所あるから、二人で帰って」
「そう……」
「うん、それじゃ黒木さんまた明日」
なにせ、今日の放課後の予定は……アニメショップ巡りだからな!
まさかきーちゃんの親から小遣いが届くとは……苦労して面倒見てあげた甲斐があったな。
きーちゃんに『お姉ちゃんにご褒美をあげてやって』って言われたとか言われてないとか、そんな怪情報も一緒に流れてきたが……まあいい。
今は素直に臨時収入を喜ぼう。
今日はこの金で目一杯オタグッズを買い漁る!
最近、非オタの知り合いが増えてあんまりそういう空気じゃなくなってきてたが……やっぱりいざ懐が潤うと、そっち方面で荒ぶりたくなるな。
確か去年、メロ○ブックスがア○メイトの近くに出来たんだよな。
……ア○メイトとメロ○ブックスが大抵すぐ傍にあるのはなんでだ?
ま、まさか……!?
いや別に、この二つのチェーン店がどんな関係だろうと私にはどうでもいいんだが。
近くにある方が何かと便利だしな。
そんな答えを知っても何の足しにもならない疑惑は置いといて……
「……?」
なんか今、変な視線を感じたような……気の所為か?
昔の私だったら『まさか自己紹介の時の彼氏募集を真に受けて、私に告白しようとしてる男子がいるんじゃ!?』とか思ってたかもしれないが、もうそんな夢見る乙女じゃないしな。
大人になるってこういう事なんだな……まだ処女だけど。
さて、そんな事よりさっさと千葉中央に行こう。
折角普段あんまり行かない所に行くんだから、出来るだけ色んな店を回りたいし。
おっと、その前に――――
よし、着替え終了。
制服であの手の店をウロつく訳にはいかないからな。
予め私服を持って来るこの用意周到さ……誰も褒めてはくれないけどな。
さて、行くか。
……着いた、千葉中央。
東京とか他の県って訳じゃないし、ホームと言えばホームなんだが……見慣れない場所だとやっぱり落ち着かないな。
まずは東口を出て……ここからだとア○メイトが近いな。
右に曲がって……この路地裏を……あれ、こっちじゃなかったか。
くそっ、全然勝手がわからんぞ。
取り敢えずこの道路を進んでみるか。
そんなに大きくないとはいえ、あれだけ派手な店構えなんだ。近くにあれば直ぐわかるだろ。
あっ、なんかそれっぽい看板が……違う、あれホー○メイトの看板だ。
くそ紛らわしい……
なんか微妙に迷ってるような……
うわ、デカいカニがいる!
えっ大阪!? ここ大阪なの!?
こういう時は適当にコンビニとか入って道を聞けばすぐわかるんだろうが……私には絶対無理だ。
自力でなんとかするしかない。
スマホのGPSを使う手もあるけど……使った事ほとんどないから正直わからん。
ここは自分の直感に賭けて……よし、こっちに行ってみよう。
なんとなく、オタク向けのショップは路地裏にある気がするし。
……ダメだ、それっぽい店が全然ない。
なんか微妙に洒落てるビルならあるけど……
あれ?
あの看板……メロ○ブックスじゃね?
ア○メイト通り越しちゃったのか……
まあいい、こっちも行く予定だったし取り敢えず入ってみよう。
全然オタクの店って感じじゃないが……
営業時間は21時までか。
同じオタクショップでもK・aniショップとは違うな。
まあ向こうがお高くとまってるだけかもしれんが。
にしても、エレベーターがあるとはいえ5階まで移動するのはしんどいな。
オタクの店は全部1階にするべきだろ。
なんかオタク空間じゃない所を通って行くのって、微妙に気恥ずかしいんだよ……
で、着いたらこの有様だし。
オタクがオタクショップに入ったのに全然落ち着かないってどういう事だ……?
別に緑が嫌いって訳でもないんだが……
あーだこーだ文句垂れてても仕方ない。
何を買うか吟味しよう。
せっかく通学路から離れた場所に来たんだ、普段買えない物を買いたい。
となると、やっぱりエロか?
私服だし、成人向けコーナーも余裕で入れるからな。
お、フェアもやってるのか。
『めろ○ぶっくすエロマンガ祭り』
……エロマンガ○生とのコラボか?
でも最近、同人まで買いたいってくらいハマったアニメもないしな……
エロマンガ○生の同人誌多いな。
エロマンガ○生のエロ同人って、もうそれただのエロマンガだよな……
まずい、エロマンガのゲシュタルト崩壊が始まりそうだ。
ここは……BLコーナーか。
BLゲーは偶に買ってみたりもしたが、結局あんまりハマらなかったな。
男の裸が頻繁に出るのは同じなんだが……
これ以上ここにいても仕方ない。
もっと購買意欲の湧きそうなコーナーに……
「……あっ」
「うおっ!?」
こんな近くに人がいたのか……思わずビビって腰砕けになってしまった。
こういう陳列がえげつない店のカドって死角だらけだな。
危うくBLコーナーで運命の出会いごっこやるとこだった。
っと、店の中でこの体勢は恥ずい。
早く立ち上がらないと……
「すいません、前を見てなくて。大丈夫ですか?」
「あっ、は、は、はい。だい……」
へ?
……ネモ?
な、なんでネモが
まさか……まさかこいつ……
腐女子だったのか!?
いや、私みたく好奇心でフラッと立ち寄っただけの可能性もある。
BLコーナーに入って来たからといって、腐女子と決め付けるのは早計だ。
そもそもこいつ日常アニメが好きな萌え豚だし……
……待てよ。
それがカムフラージュだったらどうする……?
寧ろこっちの趣味があるんだったら、それと対極にある萌え豚を演じるのは自然なんじゃ……
「……」
向こうは向こうで、明らかに私への疑惑の眼差し……
私が今思ってる事を全部、向こうも思ってるかもしれないのか。
どうする……?
ここは思い切って『あーネモじゃん。学校帰り? そっかー。それじゃまた明日!』って一切BLの話題出さずに切り抜けるか……?
向こうだって気まずい筈。
極力なかった事にしたいと考えてるに違いない。
普通にBLゲーやってるし、別にBLに対して偏見とかはないが……こういう時の気まずさはどうしても拭いきれない。
とはいえ……私は別にBL好きじゃないし腐女子でもない。
もしネモが誤解してるとしたら、それは解いておきたい。
でも、どうやって切り出せば――――
「クロ、もしかしてこっちの趣味があったの?」
切り出された――――!?
こいつ……先に躊躇なくぶっ込んできやがった!
これでもう、この話題を避ける訳にはいかなくなったぞ……
ここはどう答えるべきだ?
『違うよ! たまたま偶然、ここに入っちゃっただけで……』って言うのは幾らなんでもワザとらしくて白々しい。
かといって『趣味ってほどじゃないけど少し嗜んでる』と真実を語っても、逆に怪しまれそうな気もする。
いかにも『嘘をつくには少しだけ真実を混ぜるといい』を実践してるみたいだし……本当はどっぷりハマッてると思われそうだ。
やっぱりここは完全否定で行くしかない。
「い、いや違うけど。全然、そういうんじゃないよ」
「でもここ通学路じゃないよね? わざわざ放課後に遠出して、しかも私服で来てるって随分用意周到じゃない?」
こいつ……! 私服に言及しやがった……!
くそ、万全を喫したのがこんな形で裏目に出るなんて……
つーかなんでお前は制服でこんな所来てるんだよ! おかしいだろ!
……だがこの場合、制服は強みだ。
少なくとも私服の私より偶然っぽさが上だ。
それを見越した上で敢えて切り出してきやがったのか……?
「私は別に、クロがこういう趣味持ってても全然気にしないけど」
今度は甘い言葉を囁いてきただと……!?
アメとムチを使い分けて私を完落ちさせる気か!?
「本当のこと、言って欲しいな」
なんだその慈悲に満ち溢れた目は!
お前は万引きした子供に語りかけるカウンセラーか!?
だ、ダメだ……このままだと防戦一方だ。
こっちも攻めないと……でも仮にここで『そっちこそ、こういう趣味なんじゃないの?』と問い返しても、『違うよ。だって私、今このコーナーに入ろうとしてたところだし。でもクロはさっきまでそこにいたんでしょ?』と返されたらアウトだ。
向こうは完全に主導権を握って、反撃されても切り返せる材料を持っている。
下手な反撃は無効どころかヤブ蛇になりかねない。
何かないか……ネモが動揺する、そして主導権を奪える逆転劇を演出できる材料が。
過去に何か恥ずかしい事を……何か……
「あ」
「え? 何?」
「そういえばお前……修学旅行の時、私がまだお湯に浸かってるのに下隠さないで上がって行ったよな」
「ちょっ……いきなり何言い出すの!?」
「いや、さっきぶつかりそうになって倒れた時、お前を見上げてたらなんか思い出してきて……あれなんだったんだ? 見せびらかしたかったの? 露出狂?」
「そんな訳……! っていうかクロ、声が大きい! 聞こえるから!」
そっちの方が遥かにデカいんだが……
「いやでも気になるし。別にネモがその手の趣味持ってても全然気にしないけど」
「く……」
ん?
なんかネモの様子が……
「……クロって本当、普通じゃないよね……ここでそれ言う?」
あれ、これキレてる?
半笑いだけど割とガチ切れ?
そこまで怒らせる気はなかったんだが……話題逸らしたかっただけで。
「はぁ……取り敢えず出よっか」
「わ、私まだ買い物してないんだけど」
「この状況で何買う気なのかな?」
「へ?」
気が付けば――――私達の周りにはメロ○ブックスの店員が数名、苦笑いを浮かべながら陣取っていた。
「ネタばらしするとね、クロのこと追いかけて来たんだよ。なんか教室でソワソワしてたし、田村さん達と帰らないみたいだったから、何するのか気になって」
「……は?」
店を出た途端何言い出しやがるんだこいつ……!?
って事は、さっきのあの騒動は……
「別にクロをハメようとか、そういうこと考えてたんじゃないよ。途中で声かけようとしてたんだけど、なんか全然躊躇しないで成人コーナーの方に行くから……」
「なっ……」
あの一部始終を見られてたのかよ!
もうBLとか関係なくただの羞恥プレイじゃねーか!
「それで見失って、探してたら偶然あそこで鉢合わせになって……クロの所為でホント酷い目にあったよー。まさか腐女子疑惑に露出狂疑惑で対抗してくるなんて」
「いやどう考えてもそっちの所為だろ! っていうか腐女子じゃねーし!」
「私だって違うよ。露出狂でもないし」
「ったく……どうすんだよ。もう二度とあの店行けないぞ?」
「メロ○ブックスだったら最近柏に出来たみたいだけど」
「メチャメチャ遠いだろ……東京と距離一緒くらいじゃなかったか?」
「あはは」
貴重なオタクショップを一つ失ったのに、全然反省してねぇ……
まあ、それは向こうも同じなんだろうが。
「大体、なんでいちいち尾行するんだよ。教室で声かければいいだろ?」
「でもクロ、普通に声かけてたら『付いてくるな』って煙たがってたでしょ?」
「当たり前だろ。お前はアニメグッズ買う時にクラスメート連れて行くのか?」
「そう言われるとそうだけど……」
だったら――――
「でも一回くらい、一緒に回ってみたいって思わない? 友達とアニメショップ」
「……いや、ねえよ」
「あー、クロならそうかもね」
相変わらず知ったような事言いやがって。
お前だってそういうタイプじゃないだろ?
アニメの話するのさえ嫌ってたのに。
……それとも、嫌ってたからこそ、なのか?
「ちょっと前に本音で話すのが自分の中のブームになっててさ」
「なんだそれ」
「なんか思い切ってバーン!ってぶつけたくなる時がない? 自分の中でモヤモヤさせてる事とか」
「ねーよ。普通に自分の中で処理するし」
「……クロは強いんだよね、そういうとこ。私はちょっと無理かな。だからつい言いたくなるんだけど」
いや、言ってるだろ。
特に三年になってからの傍若無人な振る舞いはちょっと度が過ぎてるぞ。
「自分の思ってる事とか好きな事を誰かに認めて欲しいって気持ち、クロにはない?」
……あったよ、結構最近まで。
自分の好きなアニメやゲームを、一つ上のレベルで語れる自信があった。
お前達と違って私はここを評価してる、みたいな。
でも今はあんまりない。
どうしてだろう。
そういえば、深く考えた事はなかったな……
「……多分、そういうのって夢がある奴の専売特許なんだよ」
「クロにはないの? 夢」
「ないよ。今のところは。高校生活をどうやって乗り切ろうか、くらいしかない」
未だにどの大学に入るのかさえ決まってないからな。
それより先の事なんて霧の中だ。
「だったら、楽しい高校生活にすればいいんじゃない? これからでも」
「……これまでの私は楽しくなかったって言いたいのか?」
「だってずっとぼっちだったし」
「うるせえよ。ぼっちだってぼっちなりに色々やってたんだよ」
「うん、知ってる」
……クラスで唯一、私の一年の時の自己紹介を覚えてた奴だからな。
否定はしないでおいてやるよ。
「で、次は何処行くの? ここからだと、と○が近いよ」
「え? と○もこの辺だっけ?」
「歩いてすぐだと思ったけど。行く?」
ここでネモと別れて単身で行動しても、また道に迷うだけで時間の無駄だ。
まあ、今更こいつに買う物見られたところでなんでもないか……
「先に言っておくけど、奢らんからな」
「えー? クロから貰ったキーホルダー、寂しそうにしてるよ?」
「私からの戦利品で帝国築く気か……?」
――――ふと、思った。
ネモが言う『本音』っていうのが、本当の意味での本音なのかなと。
今のこいつの笑顔は、本当に心からの笑顔なのかと。
ま、それを疑ったところで……今のこいつから本音が語られるとも思えないが――――