「おはようございます」
「おはようございまーす」
あいさつ運動か……登校早々鬱陶しいな。
2年の頭に超弩級のトラウマ食らった所為で印象が悪過ぎる。
そもそも、こんなのやる意味あるのか?
社会人になると挨拶が大事ってのは良く聞くけど、だったらそういうのこそ道徳の時間とかで徹底して刷り込ませてくれよって話だ。
こんな定期か不定期かもわからない、シェフの気まぐれサラダくらい適当なやっつけ感しかない運動で挨拶大事とか思えねーよ。
それに今年の生徒会には知り合いもいないし何の思い入れもないから、挨拶返す気力も湧かない。
5~6人くらいで固まって登校してる連中の影になって、こっそり校門をくぐろう。
店の前で怪しげなビラ配ってる奴をスルーする時と同じ手法だ。
「おはようございます」 スッ>
よし、上手くいった。
別にこんな所でステルスモコを発動させる必要もないんだが。
生徒会か……
一応、全く縁がなかった訳じゃないんだよな。
もし私が生徒会に入ってたら、きっと――――
「生徒会? 急にどうしたの?」
なんか朝一でネモに話を振るのが恒例になってきたな。
二年までの私からは考えられん。
「い、いや……あいさつ運動してるの見て、なんとなく思っただけなんだけど……生徒会に入りたいとか思ったことなかった?」
「んー、特にないかな。あんまり意識したこともないし」
「でも日常アニメでは生徒会の人間って結構絡んでくるだろ? 生徒会がメインのアニメも結構あるし。か○や様もアニメ化するんだっけ」
「クロはあれ観る?」
「どうしようかな……ちょっと前にやってた体育祭編みたいなのがメインになるんなら観たいんだけど」
「クロはそうだよね。私はああいう話嫌いだけど」
……それ決めゼリフにしたいの?
「えっと……話戻すけど、生徒会に憧れたことって一回もない?」
「ないってば。アニメきっかけで生徒会入ろうとするとか、どんだけイタい人子扱いしたいの」
いや……これはちょっと怪しいぞ。
確かに表情には一切出してないけど、さっきのか○や様への食いつき方は話題を変えようという強い意思の表れって気がする。
前に『中二っぽい』って言ったの相当気にしてたからな……黒歴史を隠そうとしてるだろ、これ。
少し探り入れてみるか……
「そういえばネモってアニメキャラの真似しないって言ってたっけ」
「そんなの当たり前だってば。だから……」
「私はあるんだけど」
「え……?」
「アニメキャラの髪型真似てみたり、俺Tueee系に憧れたり。私も若かったな……」」
まずは知られてもダメージの低い自分の黒歴史を敢えて晒す。
そうすることで同調を誘う作戦だ。
私が黒歴史を晒したことで、ネモは『誰にも言いたくないことを私にだけ話してくれた!』と思ったに違いない。
秘密の共有だ。
女子はそういうの好きだからな。私は別にどうでもいいが……
そして同時にこう思う筈。
『私だけ必死に否定してるのって逆に恥ずかしい行為なんじゃないかな……?』と!
いわゆるジョー○ター卿メソッドだ。
「そうなんだ。私に中二っぽいって言う割に、自分も結構そういうの好きだったの?」
「まあ……嫌いだったら察するのも無理だしな」
ここも否定せず、敢えて同意しておく。
これでネモの私への親近感はアップして、より素直に自分の黒歴史を曝け出し易くなった。
今やこの空間は既にオタサークルも同然。
一般的には恥ずかしいオタ談義も、オタサークルでは話さない方が恥ずかしくなる。
なんかのアニメのまとめサイトで見たけど、こういうのって同調圧力とか言うんだっけ。
「それで……そっちはそういうのってない……?」
「私? んー、あるって言えばあるかな」
よし来た。
さあ言え!
アニメみたいな生徒会に憧れていた時期が私にもありましたって、一年は使える煽りネタを私に告白するんだ……!
「好きなアニメに出て来たお店に行ったこととか。聖地巡礼になるのかな、これ」
……え? 生徒会関係ないの?
まあ、確かにアニメの影響受けてるって意味じゃ近いことは近いが……
「それでクロ、さっき言ってた俺Tueee系に憧れたのっていつの話?」
「へ? 中学だけど」
「そうなんだ。私の聖地巡礼は小学生の時だったかな」
しまった――――
小学生……それはどれだけイタい行動をやらかしても許される人生の絶対領域……!
スカート捲りとかいう昭和のイタズラさえも、なんとなく許されてしまう魔性の6年間。
それに対し、中学生は一定の節度が求められる微妙な時期……
中二病って言うくらいだから、中二的思考でも何ら問題はない……と思わせといて、実際には割とイタく感じられる罠。
私もバカ正直に答えないで小学生と言えばよかったのに……!
「クロってイタかわいいとこあるよね」
イタかわいいってなんだよ! かわいいって付けりゃいいってもんじゃねーぞ!
完全にイタの方が主役じゃねーか!
イタ車だってイタがなかったらただの車だろうが!
クソ……完全にナメきってやがるなこいつ。
もうこうなったら生徒会とかどうでもいい。
戦争だ。
こいつの口から黒歴史を告白させて、私と同等の羞恥心を与えてやる……!
「どうしたの? 恐い顔して」
「い……いや、なんでもない。それより、その聖地巡礼って何処に行ったの?」
「え? 確か池袋だったと思うけど」
池袋か……また随分と激戦区だな。
県外に行くくらいだから高学年だろうな。
となると、今から6~7年前に放送されていて、池袋が聖地のアニメか。
ネモの好きなジャンルは日常系。
中学の頃に一時期オンオフフィルターにかけて観てた事もあったが、基本私には縁の無いジャンルだ。
特定は難しいか……
でも……待てよ。
池袋を舞台にした日常アニメって、そもそもあるのか?
大抵デュ○ララみたく殺伐した街って感じで描かれるよな、あそこ。
案外日常系じゃないのかもしれない。
それにさっき『店』って言ってたよな。
となると……もしかしてアレか?
「それってペ○ソナ4のジュネス?」
「え? そうだけど。なんでわかったの?」
「今ゲームの方やってるから、それでピンと来たっていうか……」
前にペ○ソナ観てるって話聞いた時、少し違和感あったんだよな。
今やってるペ○ソナ5は日常アニメの要素がない訳じゃないけど、割と序盤から嫌なキャラやウザい仲間が出てくるし、ネモの好みとは思えない。
だとしたら……昔日常要素が結構強めな4を観てて、その流れで5も観てるんじゃないか?
――――なんて半分適当に考えてみたんだが、まさか当たってるとは……
でもこれは反撃の狼煙になる。
当時ネモがどれくらいのオタだったかは知らないが、声優目指すくらいだから小学生の頃から結構なオタだった可能性は十分あるんじゃないか?
なら……
「もしかして"あのイベント"にも行った? 声優が出てたやつ」
「え――――」
かかった!
ネモの表情が露骨に変わった。
聖地巡礼なんて言っていかにもオタ臭い行動アピールしてたけど、それが逆に怪しかった。
何より、モチーフになった店を見る為だけに他県(都だけど)まで出向くなんて普通はしない。
イベントみたいな特別感のある催しがあれば話は別だが。
ペ○ソナ4のイベントがいつどこであったかなんて一切知らない。
でもあれだけの人気作だから、声優がゲスト出演するイベントがないって事はないだろう。
勝算の高いブラフだったが……見事に引っかかってくれたな、ネモ。
「……」
ふふ……睨んでやがる。
今更気付いてももう遅い。
「へー、そっか……小学生でその手のイベント行ったんだ。ネモって結構……」
「な、何?」
「猛者だったんだな」
「~~~~~」
……勝った。
この羞恥心丸出しの表情と来たら。
あとは狼狽するネモの口から『私はクロ以上のオタでした』と告らせるだけ――――
「く、クロもそのイベント行ったんだよね? 知ってたみたいだし」
ふふっ……苦しいぞネモ。
お前だってもうブラフなのは気付いてるだろ?
それ以上足掻いても傷を増やすだけなのに……
「いや行ってないよ。そもそも小学生だと年齢制限で夜の部には参加できないから。夜の方が面白いって言うし」
夜は声優やスタッフのアドリブが多いらしいからな。
まあ、握手会やお渡し会が目的ならそこまでこだわらなくても……いい……
「へー、クロって詳しいんだね」
しまった――――!?
「でも小学生の頃にそんなのいちいち考えないよね。そういう知識はもっと年齢上がってから仕入れるんじゃない?」
「い、いや……違くて……今のはその……」
「もしかしてクロ、割と最近までイベントに行ってた?」
ま、まずい……
高校生になって声優イベントに行ったのは大した問題じゃない。
でも、罵倒音声を録音させて貰ったって知られたら形勢逆転される……!
なんとか誤魔化さないと……
「え、えっと……行ったことはある……かな。興味本位っていうか、どういうのか一回は体験してみよっかなって感じで……」
「どんなイベント?」
来た……!
こっちの痛い所を容赦なく突き刺して来やがって……
ネモは声優志望。
声優関連イベントには詳しい筈。
もしここで正直に答えたら特定はされないまでも、そこそこディープなイベントに行ったと悟られかねない。
ついさっきまでは羞恥心を引き出す戦いだった筈だが……いつの間にかオタ度の低さを競う戦いになってきたな。
何にしても、ネモにこれ以上黒歴史を穿り返される訳にはいかない。
ここで侵略を止めないと……!
「し……試写会……だったかな?」
思わずアニメイベントの中でも比較的軽めのやつを言ってみたが……大丈夫かこれ?
実際言った事ないからツッコまれるとヤバいな。
「へー。私行った事ないけど、放送前に見られるやつだよね。会場は? 映画館?」
「そ、そうだったかな。良く覚えてないけど……」
「ふーん。でも試写会ってあんまり昼の部・夜の部って分けないんじゃない? 午前の部・午後の部とか、夕方・夜みたいな感じじゃないかな」
そ、そうなの――――!?
試写会なんて行ったことないからブラフなのか本当なのかさえ全くわからない……
「えっと、私も詳しくないから適当だけど……」
「……」
「……」
……なんで私達はこんな不毛な駆け引きをやってるんだ?
そもそも取っ掛かりは何の話題だったっけ……
「せ、生徒会! 生徒会の話に戻すけど……」
「うん。なになに?」
向こうも話題変えたかったのか、必要以上に乗り気だ。
ただ生徒会の話題とかもう全然出てこない!
この際、生徒会関連のアニメの話題にシフトしてお茶を濁すか?
でも日常系を観ない私には監○学園くらいしか思い付かないし、ネモが観てそうなアニメじゃない……
現実の生徒会の話題……話題……
「生徒会って……えっと……どんな仕事するんだろ」
「さあ……予算とか決めるんじゃない? 部活の」
「だったらアレだな、生徒会長に媚び売っとけば部室にテレビとエアコン付くかも……なんて」
「クロ部活入ってないじゃん。バカだなー」
ダメだ、実像がイメージできなくて話の中身がスッカスカだ!
こいつマジで生徒会に一切興味なかったんだな……話を広げようともしやがらない。
共感やあるある感も一切ないから上辺だけの会話って空気が半端ないぞ……
「……」
「……」
そしてとうとう話題も尽きた。
なんだこの生き地獄。
どんな形でもいいから、一旦終わらせないと――――
「ねークロ。もしさ」
ま、まだ続けるのか……?
「クロと私が生徒会に入ってたら、どんな感じになってたんだろね」
「へ? それは……」
「幾らなんでも生徒会ではオタク臭い話はしないよね。親しくはなってたかもしれないけど、今みたいな関係にはなってなかったかも」
「まあ……そうかな」
仮定がそもそも強引だが……一応、全く縁がなかった訳じゃないんだよな。
もし、何かに間違いであの人に『生徒会に入らない?』って誘われてたら、どうなってたんだろう。
それですんなり入れるものでもないんだろうが……
「クロって書記とか似合いそう。国語得意だよね?」
「いや別に国語と書記って関係ないと思うけど……ならそっちは何だよ?」
「私は副会長かな。で、クロに命令するの。『学校でFG○するの止めなさい!』って」
「なんで私だけオタバレしてる設定なんだよ……」
差し障りない話題で共感もないが、なんだかんだ普通の空気に戻ったな。
やっぱこういうところでリア充の引き出しの多さって出るものなんだな。
認めよう。
今日は私の完敗――――
「ゆり、おはようって挨拶されたらちゃんと返さないと……」
「私に言ってるって思わなかったから」
あいつらも生徒会とは縁遠そうだな。
「おはよ、田村さん」
「……おはよ」
ネモの奴、結構煙たがられてるのにグイグイ行くよな。
こういうところは……見習う気しないが。
「田村さんはクロが生徒会に入ってたらどんな役職だと思う?」
「黒木さんが?」
いや、こいつにそんな話振ってもロクな答え返ってこないだろ……
「役職はわからないけど、あいさつ運動は廃止させると思う」
ガシッ>
前言撤回。
まさか朝に考えていた事をそのまま言われるとは。
こんな清々しい気持ちでする握手はいつ以来だろう……
「根元さん」
「な、何?」
「根元さんは挨拶に抵抗なくて凄いね。私たちとは違うね」
「何目線……!?」
本日の勝敗
陰キャの勝利(ただし実質敗北)