『終わりの活動と書いて、終活。すっかり定着したこの言葉ですが、同様にエンディングノートを書く人も増えています。生い立ちからお葬式の時の演出まで、自分の生涯全てを書き記し、家族と周りの人々に残す魂の記録。今日はイッコニコ動画出身のシンガーソングライター、ETOMさんが想いを込めて綴ったエンディングノートをインタビューも交えながらご紹介します』
『Q:自分の葬式は想像できますか?』
『出来ますね。目を瞑ったらすぐ自分の遺影が浮かぶくらいにはイメージ出来てます(笑)』
『Q:やはりBGMは自分の曲を?』
『いや、そこは違う人のがいいです(笑) そうですね……千本桜とかじゃないですかね』
『Q:なぜ千本桜?』
『僕らって最初はどうしても白い目で見られるんですよ。どんな曲作っても、「素人が作った曲なんてショボいに決まってる」みたいな。それで、ありがたいことにたくさんの人から聞いて貰えるようになって、一緒にお仕事をしたいって言ってくれる人が現れて、メジャーデビューして……そしたら今度は「P時代の方が良かった」とか「昔の方が攻めてた」とか言われるんです(笑)。それはそういうものだから良いんですけど』
『Q:あの、千本桜……』
『ああ、質問に応えていませんでしたね(笑) 要は、僕らって何処に行ってもレッテルが貼られるんですよ。だから、それはもう剥がせない。名刺にくっついてる感じなんですよ、イッコ動出身って。だったら最後を締め括るのは千本桜しかないんじゃないですかね。あれが革命の旗だった訳ですから』
『Q:では、エンディングノートもイッコ動のことを中心に?』
『まあ、そうなりますよね。やっぱり原点ですし、最初にコメント貰った時の感動は――――』
……なんだこのクソ番組は。
これ以上観ても時間の無駄だ。消そう。
たまにバラエティでも観ようかって気になった時に限ってロクな番組やってないんだよな……
でもエンディングノートには少し興味ある。
なんか中二心を擽ってくるというか……人知れず自分の最期を決めておくってのにグッとくる。
この
昔は、魔王的なボスキャラを倒した勇者的な主人公が民衆から喝采を浴びるその裏で、真のラスボスと相打ちになって誰にも看取られずひっそりと息を引き取る……みたいな死に方に憧れてた時期もあったけど、今は違う。
そんなのは孤独死と変わらん。発見される頃には身体もグズグズの魚みたいになってそうだし。
確かこの辺に……あったあった。
前に教室で偶然拾ったデスノート。
普通なら殺したい相手の名前を書くところだけど、逆に『こいつは特別に生かしてやってもいい』って奴らの名前書いたんだっけ。あえてね。
ゆうちゃん、お母さん、お父さん、弟、きーちゃん、田村さん、ガチレズさん、ヤンキー、ネモ、コオロギ……
……ん? なんであの年下大好きマジキチメガネの名前書いてんの?
ダメだ、当時の心境を1mmも思い出せん。
賄賂でも受けとったっけ?
不気味だし消しとくか。
代わりに加藤さんを加えよう。
ついでに絵文字と凸も……あいつら本名なんだっけ。
ガチレズさんとネモならわかるか?
LINEで聞くか。
真子 [もしかしてうっちーのこと? 内笑美莉だよ]
HINA [あーちゃん? 岡田茜だけど]
すんなり判明したな。
ネモの下に書き足しとくか。
にしても……あれだよな。
この横の繋がりを使ってササッと問題解決する感じ、我ながらリア充過ぎる。
昔の私からはとても考えられんぞ。
というか……私ってこうなりたかったんだっけ?
友達が欲しかったのは確かだし、放課後に同級生と語らう高校ライフを夢見たのも事実なんだが……コレジャナイ感がハンパないのも否定できん。
もっとこう、アングラ的なポジションで目立たずに充実した日々を送りたかったのに、いつの間にか最前線で戦わされてるっていうか……
今の私、クラスの中でも結構目立ってるよな、絶対。
2年前、私はリア充……というか楽しそうにバカっぽい話をしてるクラスメイトを見て、あいつら死なねーかなと本気で考えていた。
もしかしたら私が気付いていないだけで、今の私は他の誰かから同じ事を思われてるんじゃないだろうか?
『明日このクラスに隕石墜落してもいいから、あのクマ女と周りの連中全員揃って全滅しねーかな』とか思ってる奴が、近くの席から私を毎日死んだ目で眺めてるんじゃないだろうか……
まあ……私もそうだったが、そういう奴が実際に何か行動を起こすなんて事はまずない。
別に私怨がある訳でもないし。
でも、過去の私以上に拗らせてる奴がもしウチのクラスにいたら……
今なんか、死をリアルに感じた気がする。
動悸がえらい事になってる……
嫌だ!
まだ死にたくない。
別に将来の夢や生涯の目標があるとかじゃないけど、今死ぬのは恐い。
次クールにもそこそこ楽しみにしてるアニメがある。
彼氏を作るのだって、完全に諦めた訳じゃない。
もしかしたらVR彼氏が近い将来発売されるかもしれないし。
それに……今は学校に行くのが苦痛じゃない。疲れるけど。
大学生活にだって多少の憧れはある。
いろいろ経験しないまま人生を終わるのは嫌だ。
……ふぅ、ちょっと落ち着いてきたか。
こんなふうに自分の心と向き合うなんて、最近はあんまりしてなかったな。
せっかく死について実感したんだし、エンディングノートを書いてみるか?
このデスノート、あれ以来特に活用してないし……これを再利用するか。
書いてある名前は……消すのも面倒だしそのままでいいや。
その次のページから使おう。
……で、エンディングノートって何書くんだったっけ?
遺書とは違うんだよな。
面倒だけどググるか。
エンディングノートとは、自分の死後や終末期に家族が困らないようにする目的で書くノートです。
延命治療をどうするか、葬式の時にどんな演出で送り出して欲しいのか、遺産は誰にどれだけ残すのか……などを記しておく事で、自分の後始末をしやすくする事が出来ます。
また、生前お世話になった方への感謝の言葉や、自分の半生を書き記す事も推奨されています。
チェック項目や必要な情報を記載した市販されている専用のノートもありますが、公式な書類ではないので、普通のノートを使っても全く問題はありません。
自分らしい人生の締め括りを飾るための――――
……エンディングノートとか無理して洒落た名前にしてるけど、要は壮大な自分語りか。
しかも思いっきり美化出来そうな事ばっかだな。
延命治療なんて無駄に金だけ掛かって意識は戻らないやつだから普通は"しない"って書くし、葬式なんて派手にしても自分が見られる訳じゃないから"質素に"で問題ないし、遺産はロクに顔も出さない血縁者より最後まで面倒見てくれた"お手伝いさんに一番多く渡す"が普通だろ。
特に意識しなくても自然に好感度上がる項目だらけだ。
よし、これなら書けそうな気がしてきた。
まずは自分の半生を綴ろう。
小学生の頃の記憶は曖昧だし、中学からにするか。
でも大半が黒歴史なんだよな……
中学の遠足の時にネズミーで奔放に遊んで行きずりの連中と一緒に最後までイった……とか書いても、なんか誤解されそうだし。
あくまで目的はお涙頂戴路線。
明日私が死んで、この机の上に置いてあるノートを両親や弟が見たら即落ち2コマくらいのスピード感で泣き崩れるやつを書かないと。
同情されるには、いじらしさが大事だ。
自慢とか自己顕示欲とか承認欲求が少しでも見えると台無しになる。
特に
だとしたら、目指す路線は――――
私の人生が充実していたのは、私自身が輝いていたからじゃないの。
たくさんの友達が出来て、みんながとっても仲良くしてくれたから!
だって、ずっと友達がいなくて寂しい思いをしていたけど、今は休み時間の度に誰かしら話し掛けてくれるんだよ?
私、みんなが大好き。
だから……みんなと一緒に卒業、したかったな。
路線はこれで間違いないと思うんだが、なんか違うっていうか……軽いな。
感動の引退を演出するアイドルや声優のブログを参考にしたのがマズかったか?
あいつらの引退は人生の終焉とイコールみたいなもんだし、共通してると思ったんだが……
やっぱりお涙頂戴を目指すなら24HTVを参考にした方が良いのか?
あれで泣く奴なんて底辺としか思えないが……
私にはゆうちゃんという親友がいる。
中学の時に同じクラスで知り合って、高校は別々になった。
今でも定期的に会うし仲は良いけど、昔みたいに毎日一緒じゃない。
それに、ゆうちゃんには彼氏が出来た。
2人の間には微妙に距離が出来てしまっていた。
このまま、お互いの中で存在が少しずつ薄れていくのかな――――
そう思っていたある日、ゆうちゃんから連絡があった。
ゆうちゃんは髪を切っていた。
彼氏と別れたらしい。
ゆうちゃんには悪いけど、私は少し嬉しかった。
これで一緒に遊べる時間が増えると思ったから。
でも現実にはそうはならなかった。
どっちかが避けてた訳じゃないけど、今はそれぞれ違う生活があって、別の友達がいる。
きっともう、昔みたいにはいかないんだなって思い知った。
卒業式も別々。
多分、LINEで『卒業おめでとう』って言い合って終わり。
これからも、年に数回会って近況を報告し合うだけの仲になるんだと思う。
あんなに一緒だったのに。
夕暮れはもう違う色。
それでも、もしゆうちゃんが死んだら一番悲しむのは、きっと私だ。
そう思える限り、私とゆうちゃんは親友なんだと思う。
ゆうちゃんは今、泣いてる?
もしそうなら嬉しいな――――
(BGM:サライ Instrumental)
イケる……!
自分で書いてて涙ぐんできたぞ。
特に脈絡なく入れたSEEDの歌詞がこんなにハマるなんて……
ゆうちゃんなら私が死んだら絶対号泣するだろうし、その光景が簡単に想像出来るのがポイントだな。
あえて『サヨナラ』を使わないところもいい感じだ。
この路線で半生を振り返って、もっとエモい感じに仕上げていこう。
取り敢えず冒頭に『誰かがこのノートを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのだろう』を入れるのは絶対だな。
エンディングノートっていうより遺書だが、一回は書いてみたいフレーズ不動のNo.1だし外せない。
あとは、可能な限り同情を誘うような文章を模索しないと。
よし、今日は徹夜だな。
高校3年生にもなってやる事か……とも思うが、逆に今しか出来ない事でもある。
ずっとぼっちだった私が、どもらなくても話せる友達が出来て、カースト上位の女子と休みの日にお出かけする仲になって、毎日内容に四苦八苦するくらい会話が途切れなくて……
きっと、今が私の人生の絶頂期だ。
そんな自覚はある。
だから今だ。
今私が死ねば、きっと惜しまれるし、たくさんの同情を買える。
最高のエンディングノートを書けるのは、きっとこの時期だけだ。
……まあ、まだ全然死なないんだが。
よし、やろう――――
『――――さよなら。みんなと一緒に過ごした半年間は、私の夢でした』
……で、出来た。
出来た!
できたできたできた!
完成……だ……!
いかん、気を抜いたら意識が持って行かれる。
今何時だ……?
ああ、外が明るくなってると思ったらもう6時回ってたのか。
『徹夜だな』とか心の中で謎のカッコつけをしてはいたが……まさかガチの完徹になるとは。
しかも平日だから今日は学校に行かなきゃいけないのに。
私は一体何をしてるんだ……?
いやでも、こんな一つの事に集中したのは久々だ。
最高の乙女ゲーと出会った時くらいだな、こんなのは。
自分にここまでの集中力があったとは……これなら受験勉強も捗りそうだな。
この完成したエンディングノートは誰かに見せる物じゃない。
もし私が死んだら、多分お母さんが最初に発見するだろう――――そこから始まる想像の世界を、綿密な設定で固めつつひっそり楽しむ為のものだ。
私の死で憔悴しきったお母さんがこのノートを見て号泣。
お父さんに渡して、お父さんも号泣。
次に弟に渡して……
そして弟の手から今度はクラスメイトに渡る事になる。
コオロギ以外が望ましい。
なんか学食で接点出来てたし、ヤンキーあたりに渡してくれるのを期待しよう。
その後、ヤンキーがこれを読んで号泣。
あいつ泣ける本だと普通に泣くみたいだし。
更にヤンキーがガチレズさんに渡して、ガチレズさんその場で嗚咽。
次は
その頃にはこのノートがクラス中で話題になって、その中の1人がTwitterで文章の中身を拡散。
すると『いいね』がみるみる増えて、ついには100万を突破。
こういう感動モノ好きだからな、ツイ民は。
当然、書籍化の話が来る。
タイトルは……何がいいかな。
やっぱりラストの一文『みんなと一緒に過ごした半年間は、私の夢でした』がいいか。
そしてついに待望のアニメ化。
聲の○みたく京アニ制作で、いきなり劇場版がいいな。
で、私の声を演じるのはネモ。
それがあいつの初主演作品で――――
「智子! さっさと朝ごはん食べなさい!」
「はっ、はい!」
くそっ、いいところだったのに……
まあいいか、これから幾らでも妄想出来るんだ。
今日はこの辺にしといて、一階に下りよう。
にしても……眠いな。
今日は授業中こっそり居眠りしよう。
……ん?
なんだこれ?
階段下りてるのに、なんか足に感覚が……な……い――――
――――……智子!
「……ん?」
「智子! ちょっと大丈夫!?」
「え? 何?」
「何、じゃないでしょ! あんた今階段から転げ落ちたのよ!」
……へ?
あれ、いつの間にか一階だ。
「怪我してないの? 足とか」
「あー……どうかな」
なんかよくわからないけど、どうも階段下りてる最中に意識が飛んだっぽいな。
朝から軽くやらかしてしまった。
足は……大丈夫だ、痛くない。
頭も打ってない。
「少し背中がチリチリするけど、大丈夫みたい」
「本当に? ちょっと立ってみなさい」
「あっ、うん」
……痛い訳じゃないけど、なんか足に力が入らないな。
これも睡眠不足の所為なのか……?
「フラついてるじゃない! 病院に……」
「大丈夫だって。ホラ、どこも痛くないから」
徹夜でエンディングノート書いて寝不足だからです、とは言えないからな……
かといって『徹夜で勉強してた』って嘘を吐いても、それはそれで平日に徹夜するバカがいるかって怒られそうだ。
だったら体調の悪さを逆手にとって、適当に誤魔化そう。
「あー……でもちょっと具合が悪いかも。貧血かな……」
とはいえ高3にもなって仮病で学校サボるのはさすがに――――
「あ……れ……?」
……何かおかしい。
全然足に力が入らない。
っていうか、なんか全身が変だ。
これ……大丈夫なのか?
幾ら徹夜したからって、こんなになるものなのか?
まさか……エンディングノートなんて書いた所為で『死』を引き付けたとか……?
ネットの洒落怖にそんな感じの話があった……ような……
「智子? どうしたの?」
「あ……あああ……あああああ……」
「智子!?」
私、死ぬの……?
こんな事で……こんなところで……?
「何騒いでんだ……?」
「智貴、お母さん智子連れて病院に行くから。朝は適当に食べておいて」
「……マジかよ」
マジで馬鹿だった。
なんで私は『死』をこんな安直に扱って……
いやいや、違うって。
洒落怖なんて全部創作だ。そんな訳ない。
じゃあこれはなんだ?
この意識がフワフワして身体が思い通りにならない感じは……もしかして……夢?
そうか、ずっと夢だったんだ。
私はずっと目を背けてきた。
おかしかったんだ。
こんなにたくさんのクラスメイトに囲まれて過ごす日常なんて、私にはあり得なかったんだ。
一体いつから夢を見ていたんだろう?
全部私の願望だったんだ。
目が覚めた時、どこまで時を遡るんだろう。
高2の夏か秋くらい……きっと修学旅行の前あたりだな。
あの頃まだ捨てきれずにいた『こんな高校生活にならないかな』って願望が、私に長い長い夢を見せてたんだ。
本当の私はきっと、修学旅行前日の布団の中。
目が覚めたら、コオロギ以外とはまともに会話しない、地獄のような修学旅行が待っている。
だったら!
そんな現実が待ってるくらいなら、もう目覚めなくてもいい。
ずっと、この夢の中にいさせてくれ――――
「筋肉の硬直だね。長時間同じ体勢でいたんじゃない? しばらく休めば元に戻るでしょう」
当たり前だが夢じゃなかった。
エンディングノート書くのに一晩中ずっと同じ体勢でいた所為だったのか……
にしても医者の説得力ってハンパないな。
あんなにいろいろ妄想したのに一瞬で現実に引き戻された。
「はぁ……」
お母さんは……よかった、ホッとしてる顔だ。
大げさなのよってキレられるか、心底呆れられてるかと思った。
現実の人生に夢オチなんてない。
エンディングノートの件で妄想しまくった所為で、私の中の妄想スイッチが入ってしまっていたらしい。
「でも念の為に幾つか検査しようか。顔色も良くないし」
「へ? でも学校が……」
「今日は休みなさい。一日くらい休んでも追いつけるでしょ?」
……顔色悪いのはどう考えても寝不足の所為だろうな。
まあ、大人2人にそう言われてでも学校に行くほど、私は真面目な人間じゃない。
ネモあたりにノート映させて貰えばいいか。
「学校には私が連絡しておくから」
「あっ、うん。お願い」
まさかエンディングノート書くってだけでこんな大事になるとは。
今後、受験勉強する時にも完徹は控えよう。
その教訓を得ただけでも良い経験にはなったかな……
「一通り検査が終わったら点滴を打とうか。その前に、まずは血液検査から――――」
医者の言葉が遠くに聞こえる。
安堵したからか、また眠気が襲ってきた。
どの道、こんなんじゃまともに授業なんて聞いていられなかったな。
それにしても病院なんて何時以来だろうな。
せっかくだし、帰りに近くの大学に寄って貰って見学でもしよっか……な――――
「……」
あれ……?
ここはどこだ。
私の部屋じゃない。
なんで私はこんな所で寝てるんだ?
「あら、やっと起きた」
お母さん……?
あ、そうか。
検査終わって、点滴打って、その後そのまま病院で寝てたんだ。
さすがに限界だったからな……検査中も意識朦朧としてたし。
っていうか、何やったのか殆ど覚えてない。
MRIとかも撮ったんだろうけど、なんかやかましい音が聞こえたってくらいしか記憶にないぞ。
「検査の結果、目立った異常はないんだって。詳しい結果は後日出るそうだけど、まずは良かったわね」
「あっ、うん」
そもそもノートに自分の半生とか友達へのメッセージ書いてただけだしな。
「もう帰っていいそうだけど、大丈夫ならタクシー呼ぶわよ」
「うん。でもお金かかるけどいいの?」
「あんたはそんな心配しなくていいの。自分の身体を心配しなさい」
……これ説教?
まあ全面的に私が悪いし、今日は大人しく聞いておくか。
「それじゃ先にタクシー回して貰うから、忘れ物がないか確認してから玄関に来なさい」
「わかった」
忘れ物って言っても、ポケットに入ってたスマホくらいしか持ってきてないけどな。 バタン>
時間は……もう夕方の5時か。
学校もとっくに終わってるな。
一応LINEもチェックしておくか。
学校休んだんだし、誰か心配してメッセージ送ってるかも……
……15件も入ってるな。
取り敢えず見てみるか――――
真子 [黒木さん大丈夫?] [風邪?] [気付いたら連絡ください]
田村 [黒木さん風邪引いた?] [大丈夫?] [返事して] [無理?] [何かあった?] [もしかして病院行ってる?] [放課後に真子と吉田さんとでお見舞い行くね] [今から行くから]
HINA [クロ今日休み?] [風邪?] [これからあーちゃんと加藤さんも一緒にお見舞い行くけど] [嫌だったら言ってね]
お見舞いか……って6人も来るのかよ!
こんな人数を部屋に入れるのは抵抗あるんだが……
……あれ、画面消えた。
故障か?
あっ、そういえば昨日から充電してなかったな。バッテリー切れか。
昔だったら2日充電しないくらいで切れるなんて絶対なかったのにな。
これもリア充ならではの悩みか。
エンディングノートには良い面ばっかり書いたけど、こういう弊害も……
……エンディングノート?
え?
あれ、どこに置いたっけ?
全然触った記憶がない。
書いたまま机の上に置きっぱなし……?
って事は……?
もしあの部屋に誰か入ったら……?
見ら……れ……る……?
うわああああああああああああああああああああああ!?
まずい!
まずいまずいまずいマズイマズイマズイ!
LINEで来ないように連絡……出来ねーよバッテリー切れだクソが!
一刻も早く帰ってあれを隠さないと……!
玄関――――玄関――――
「あ、智子……どうしたのそんなに慌てて」
「いいから早くタクシー乗って! タクシーどこ!?」
ぐっすり眠ったからか、今の私の頭の中はひどく冷静だ。
だからこそ、わかる。
昨日のあのテンションは異常だったと――――
誰かがこのノートを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのだろう。
もしまだ心臓が動いていて、でも意識が戻らない状態だったなら、どうか延命治療は行わないで欲しい。
誰にも迷惑をかけずに逝(い)くのが私の望みだから。
望みついでにもう一つ。
私のパソコンについては、中身は何も見ずに廃棄して欲しい。
最後の我儘(わがまま)だと思って受け入れてもらえると助かる。
それ以外については、全部お母さんに任せたいと思う。
葬式とか遺影とか部屋の片付けとか、全部お母さんがしたいようにしてくれていいから。
ここからは、私にとって個別にお別れを言いたい人のことを綴(つづ)っている。
これはメッセージなんかじゃなくて、私が私のために残したい、私自身の記録。
見苦しい文章かもしれないが、どうか許して欲しい。
……誰に許しを請うてるんだよ!
ルビもいちいち鬱陶しいし! 真夜中のテンションヤバ過ぎだろ!
あのノートは絶対に他人に見せちゃいけない。
まして今日お見舞いに来るって言ってた連中は当事者なんだ。
絶対に阻止しないと……!
「あ、あ、あの……すいませんが急いで貰えますか……?」
「法定速度以上は無理だよ。ドラマじゃないんだから」
なんちゅう使えねー運転手……!
もし間に合わなかったら一生呪ってやる。
あれは……ダメなんだ。
絶対に見られたらダメなやつなんだ……
私がネモと最初に会ったのは高校1年の時だった。
でも最初に会話したのは2年の時。
ネモの方から気さくに話し掛けてきてくれた。
ネモは知らないだろうけど、この時私は本当に救われた。
私にとってネモの存在は、唯一話し掛けてくれるクラスメイトであり、心の拠り所になった。
ちょっとオタ臭い髪型も、実はほんの少しだけ憧れたりしていた。
もし彼女がいなかったら、高2で私の心は折れてたかも知れない。
この子にだけわかってもらえれば十分だって、そう思った。
ここだけの話、イチャイチャしたいって思う時期もあったくらいだ。
でも、ネモが声優志望っていうのを知ってからは正直接し方に困った。
向こうも向こうで、私との距離感を測りかねているように見えた。
急に馴れ馴れしくなったり刺々しくなったり、正直絡み辛い奴だって思った時もあった。
そういうのがなくなったのは、遠足の時だったっけ。
心の中で密かに呼んでた『ネモ』をうっかり口に出した時、ネモは執拗にそう呼ぶよう迫ってきた。
今はその理由が少しわかった気がする。
ネモは多分、自分を曝け出せる相手が欲しかったんだと思う。
それはオタ話をしたいとかじゃなくて、『声優志望でそのために頑張って生きてる根元陽菜』を、誰か1人にでも認識して欲しかったんじゃないかな?
私がかつて、そうだったみたいに。
一緒に卒業できなくてごめん。
でも、『声優志望でそのために頑張って生きてる根元陽菜』は、もう私以外の人も知ってるから、いいよね。
もう大丈夫だよ。ネモ。
……ああああああああああああああああああああああ!
思い出しただけで冷や汗が止まらない……
特にネモと、そして
もし見られたら、私は――――
昔から名前で人を呼ぶのが苦手だった。
名前というか、苗字も含めた『個人名呼び』に苦手意識があった。
特別な理由やトラウマはない。
ただ名前で呼ぶのが恥ずかしかったからだ。
最初は、相手から『馴れ馴れしい』って思われるのが嫌だったのかもしれない。
今はどっちかっていうと『相手を個人名で呼ぶ自分』に免疫がなくて、たかがそれくらいの事を負担に思うのが凄く嫌だった。
それでも一応、改善しようっていう気持ちはある。
積極的にはとはいかないけど、必要があればちゃんと呼ぶ努力はしているつもりだ。
でも、田村さんにはそれが出来ていない。
多分一度も彼女を個人名で呼んだ事はないと思う。
原因は自覚してる。
私にとって田村さんは特別な存在だからだ。
もし田村さんがいなかったら、今の私はない。
彼女が修学旅行の時に話し掛けてくれて、吉田さんとの仲介をしてくれて、LINEのIDを聞いてくれて、お昼に誘ってくれて……そのおかげで今がある。
私の高校生活に起点があるとすれば、それは田村さんだと思う。
だから、呼び方はひどく悩む。
向こうは私を黒木さんって呼ぶから、私も田村さんって呼べばいいんだろうけど、それだとなんか違う気がするから。
でも、友達は友達らしく呼びたい。
それが高校で最初に出来た友達なら尚更だ。
色々考えてはいるんだけど、結局無難な答えに落ち着いた。
でも結局、一度もちゃんと呼ぶ事なくお別れが来てしまった。
私の人生で一番の心残りは、きっとこれだ。
今更一度も呼んでない呼び方をここでするのも白々しいかなって思うけど、一度も名前を呼ばずに別れるなんて、そんなの友達じゃないよね。
だからごめん。
ここで呼ばせて。
私と仲良くしてくれてありがとう。
私を夢の世界に連れて来てくれてありがとう。
さよなら。ゆり。
うぎゃああああああああああああああああああああああ!?
もしこんなの見られたら……死ぬ。
恥ずかしくて死ぬ!
死因:羞恥死
誰が同情するんだこんなの!
違うんだ。あれはあくまでも感動路線のための誇張表現。
っていうか誇張し過ぎて訳わからん事書いた記憶しかない。
中二病患者もドン引きの、エモ過ぎてキモい謎の散文詩だ。
あんなの読まれたら、一生モノの黒歴史だ……!
「はい、到着」
「うおおおおおおっ!」
ドアに体当たりする勢いでタクシーから転げ出た。
なんか後ろでお母さんと運転手が言っていた気がするけど関係ない。
今はとにかく家に入るのが最優先だ。
頼む。
頼むから間に合ってくれ――――
「……!」
靴が……玄関を埋め尽くして……?
そ……
そうくるかー……
終わった。
今更何をどうしたって、お見舞いに来たあいつらは私の部屋にいる。
そして机の上に置いてあるエンディングノートを読んで、あまりの滑稽さに絶句してるんだろう。
……いや待て。
確かお見舞いのメンツの中に加藤さんがいたよな。
あの人なら、勝手に私のノートを読もうとする
ガチレズさんや凸もそう言うタイプだけど、
でも加藤さん相手なら、あいつらも蛇に睨まれたカエル!
最後の希望、加藤さんに望みを託して部屋に行こう。
もう何千回と登った階段がやけに急勾配に感じる……
まるでラスダンのボス前の心境だ。
落ち着け、大丈夫だ。
まだ勝機はある。深呼吸だ。
「スー……ハー……」
大丈夫。
最近の私は何かと運が良いし、大きなやらかしもない。
きっと今回も無事に切り抜けられる筈だ。
自分の部屋に入るのにこんな緊張を強いられるのは、これが最初で最後だろな……
よし! もう開けるぞ! っていうか開けた!
さあ、どっちだ――――!?
「……クロ?」
案の定、部屋の中にはさっきLINEで名前の挙がっていた6人……ん? 7人いるな。
なんで絵文字まで来てるんだ……?
「黒……木……?」
で、なんでそんなグシャグシャな顔をしてるんだ?
アイデンティティ大丈夫か?
絵文字って絵文字だから絵文字だろ?
っていうか、絵文字だけじゃない。
最初に反応したネモも、その隣にいる凸も、奥にいる加藤さんも、ガチレズさんも……泣いてるんだが。
見られたのは間違いない。
でもなんか、思ってたのと違うような……
「く……」
あっ、ヤンキーも……
「黒木! テメェ!!」
「ひっ!?」
「なんで生きてんだよ!? だったらコレなんなんだよ!」
へ……?
な、なんでそんなにキレてんの?
一年に一度の重量級生理?
……あっ!? そうか!
私は自分が生きてるの前提でいろいろ想像してたから、恥かく事にばっかり気を取られてて全然気付かなかった。
幾らLINEで話し掛けても返事がない
→ 家に来てみたら誰もいない
→ 部屋の机にノートが置いてある
→ 死後の事を書いてあるノートだった
あー、死んでるな私。
これ完全に死んでるわ。
これで生きてたら、そりゃこんなリアクションになるわ。
「い、いや、その、えっと……」
「黒木さん……っ」
まずい、ガチレズさんが今にも爆発しそうな顔だ。
怒らせると一番ヤバそうな加藤さんも、目を赤くしてなんとも言えない表情でこっちを見てる。
これは……洒落にならない怖さだ。
洒落怖なんて比較にならないくらい洒落怖だ。
これ完全に悪質なドッキリぶちかました流れだよな……
全部正直に話すか?
でもそれはそれで、呆れ果てて三行半叩き付けらるレベル……!
やらかした……久し振りに盛大にやらかした。
まさかここに来て、人生トップクラスのやらかしをしでかすなんて……もうどんな対応しても詰みなんじゃ……
「……黒木さん」
ずっと黙っていて、一番奥にいた――――
何気にヤンキーの次に私に暴力を振るう
な、殴られる……!?
「良かっ……た……」
――――あれ。
なんで私、こんな……包み込まれてるの?
これ、抱きしめられてるのか……?
「クロ! もうクロってば! バカなんだから!」
「く……黒木ィィィィ!」
「うわっ!?」
な、なんだ!?
ネモと絵文字まで……圧死狙いのプロレス技か!?
「良かった……黒木さん、死んじゃったんじゃないかって……こんなの書いてるから」
「あ、あはは……」
「ま、あたしは最初から怪しいと思ってたけどな。このガキが素面でこんなクソ真面目なこと書く訳ねーし。しかも全員分」
いや、酔ってないけど……
「だよな。黒木に限ってそれはないって」
そう言いながらも凸、お前も目が赤いんだが……
な、なんか……
微妙だ。
私が死んだと思って悲しんでくれてる事には素直に喜びたいけど、結果的に酷い騙し方したみたいで罪悪感あるし、今後あのノートの中身イジられるかと思うとゾッとする。
もしコオロギが同じ事してて私がそれ知ったら、一生かけてイジり倒すぞ。
でも、ま……
イジられる内が華か。
昔の私には、それもなかったしな。
「本当に死んだって思った」
だからわかる。目の周りも、頬も。
「ご、ごめん……まさか泣くなんて思わなくて」
「泣いてないよ」
「いや、目の前でそんなだし」
「泣いてないよ」
ならいい加減解放して欲しいんだが……
でも正直、女に抱きしめられるのも悪くないんだよな……ゆうちゃんの時もそうだったけど。
なんかもう、男にモテなくても別に良いかって気になってくる。
「で、クロ。これは一体どういう事なのかな? 最初に私たちの名前書いてて、その後に私達との……その……関係性?みたいなの書いてて……どう考えても私たち宛ての遺書だよね。冗談にしては行き過ぎてない?」
「……」
まずい、冷静になられたらこっちには落ち度しかない。
ここまで来たらもうなんとか誤魔化しきらないと――――
「本当に死ぬかもって思って、思い詰めてこれを書いたんじゃない?」
「明日香は黒木を買い被り過ぎたって。そんな訳ねーし」
「で、でも黒木さんが理由もなくこんなの書くとも思えないけど……」
「田中もそうだよな。このクソガキの何をそんなに信頼してんだ?」
……なんか私を飛び越えて会話がどんどん連なっていくんだが。
本当に買い被られてるのか? 私。
「黒木ィィィィィィ」
むしろ絵文字から今にも食い破られそうなんだが……
「でも」
その絵文字も一緒に私から引きはがすようにして、やっと私から離れた
「黒木さんらしいかも」
「それはあるね」
ネモが、顔を見合わせる。
真顔と笑顔。
「まあ、いかにも黒木がやらかしそうな事かな」
「前からずっと何考えてるかわからねえイカれた奴だしな」
「そうなの? でもこれってエンディングノートだよね。今流行ってるんじゃない?」
「あ、聞いたことあるかも……」
呆れ顔が二つと、困ったような笑顔が二つ、あと後ろに無機質な顔が一つ。
今は、私のことを見てる顔がこんなにある。
これはきっと夢なんかじゃなく――――
「ベタな青春だな」
私が一番、欲しかったもの。
10分で読めるわたモテSS
Fin.