「……またか」
ここ数日ずっと、下校中に背後から視線を感じる……ような気がする。
しかも決まって、駅から家に向かう最中に。
勇気を出して振り向いても、そこには誰もいない。
昨日なんて敢えて遠回りして、人気がない公園に入って『いるのはわかってるんだ。出て来い!』って決めゼリフみたく言い放ってみたのに、結局誰も出て来なかった。
あれ、出て来ないパターンもあるんだな。
下らない事を知ってしまった……
それでも、冷静さを失わずにいる自分の成長っぷりには拍手を送りたい。
1年前の私なら……きっと『これまさかストーカー!? 私レ○プされる!? だ、誰か助けて……!』とパニックになっていた。
鼻息荒く涎を垂らしたロリ○ンのド変態が私を誘拐・監禁して、その醜く爛れた腹で私の身体を蹂躙しまくる姿を想像して、1人悶えていただろう。
ゆうちゃんに相談しようにも、正直まともなアドバイスを貰える気がしないしな……
ストーカーの意味もわかってなさそうだし。
でも今の私は違う。
一応、ゆうちゃん以外にも相談相手がいるからな。
問題は、どうやって切り出すかだ。
『ストーカーに狙われてるっぽい』なんていきなり切り出したら、コイツ何勘違いしてんだと思われそうだし……
なんとか会話の流れで自然に『ストーカー』って単語を出せればいいんだが――――
「――――ところでジョ○ョは何部が好き? 私は6部。サブタイはストーンオーシャンだね。ストーンオーシャンって言えばストーカーだけど、ストーカーに尾行されたことある?」
「えっ……ないけど。真子は?」
よし!
これで自然に相談できそうだな。
「私もないかな。っていうか黒木さん、もしかして誰かに尾けられてるの?」
「あっ うん。そんな気がするだけで確証はないんだけど、なんか駅から家に向かう途中に誰かが後ろをついてきてるような……」
「黒木、その話本当なの?」
あ?
ぼっち歴長い私をいきなり呼び捨てするなよ、ドキッとするだろが……
「聞いてるでしょう? 早く答えなさい! 尾けられてるの? いないの?」
ゲッ、担任かよ!
なんで昼休みに
「あっ、いや、その……そんな気がするような……気がして……」
「ハッキリしなさい! どっちなの!」
「あ……えーと……多分尾けられてる……と思います……」
「そう、わかったわ。黒木がストーカー被害に遭ってる事は今日の職員会議で議題にするから」
ちょっ……そんな大げさな話に……おま……
「取り敢えず今日は親御さんに迎えに来て貰いなさい。いいわね?」
「は、はあ……」
なんてこった……
この小さなコミュニティだけで解決しようとした事件未満の出来事が、ほんの一瞬で学校全体の問題に発展するとは……
「ねー、例のあの人ストーカーされてるって」
「嘘でしょ? 目立ちたいだけなんじゃないの?」
早速陰口叩かれてる!?
あのクソ担任のせいで……マジ死ね!
「で、でもこれで良かったかもしれないよ? 本当にストーカーだったら大問題だし、大人に介入して貰った方がいいよ」
それに引き替え、ガチレズさんはホンマええやつやで……
あの担任よりこっちの方がよっぽど学校の先生に向いてるわ。
「ゆりはどう思う?」
「良いんじゃない? 黒木さんって、なんとなく危ない人を惹き付けるオーラがあるっていうか……」
「え? 私そんなイメージなの?」
どっちかっていうと、そっちのイメージだと思うんだが……なんか薄幸そうだし。
女の薄幸オーラって男を惹き付けるって、くたびれた顔の女優が自慢げに言ってた気がする。あいつらマジ全員ナルシストだよな。
「それに、黒木さんが危ない目に遭わないのが一番だから」
「……え?」
あれ……?
こんな恥ずい事、言う奴だったっけ?
でもまあ――――
「あ、ありが……とう」
「……」
そりゃ、悪い気はしないけど。
あとガチレズさん、なんか遠い目してニコニコするの止めて、ホント恥ずい。
「でも、職員会議でどんな結論出るんだろうね」
「あんまり期待はしてない。学校ってイジメとかでも余裕でスルーするし」
ま、せいぜいプリントで父兄に注意喚起するくらいのものだろう。
それでも十分大げさな事態だけど――――
「昨日の黒木からの報告を受けて、今日から暫く集団下校することになりました。寄り道も厳禁よ」
……え? なんで?
なんで私一人の、それも確証のない証言一つでここまでの事態になるんだよ!
「……」
「……」
「……」
な、なんか……このクラスに3人くらいいるぼっちの連中が恨みがましい目で私を見てるような……
そりゃ1年前なら私もあいつらの立場で『このクソボケどうしてくれんだ死ね!』ぐらいは確実に思ってたろうけど。
「うわー超めんどくせー」
「ってか部活ある奴はどうすんだよ?」
「誰か黒木さんの彼氏になって守ってやれよー」
男子にまで不興を買ってる……!?
くそっ……ここに来てあの時の自己紹介がイジられる事態になるとは……
「はい静かに! 部活のある人は部活単位で下校! 女子はできるだけ固まって帰る事! ちゃんと危機感をもって下校しなさい!」
「えー何それ小学生じゃないんだからさー。ってかストーカーとかマジなのー? そんなのホントはいないんじゃない?」
うっせーキバ子、私の所為なの強調すんじゃねー!
お前らみたいな痴漢やストーカーをファッション感覚で語る世の中ナメ腐ったボケナスがいるから、こんな面倒な事になったんじゃねーか!
「いるかもしれないよ? 私も下校中、それっぽい目に遭った事あったし」
「あ、そ、そうなんだ。じゃあいるかもねー、あはは」
ざまぁキバ子。ママサンキュー、さすがNo.1。
にしても、ホントにいるんだろうか……ストーカー。
ここまで大事になった以上、寧ろいて欲しい気さえしてきたぞ。
いや、でも待て。
よくよく考えてみたら、駅から家までの道で尾行してくるって……既に家の方角知られてね?
それって最悪、冗談じゃ済まなくね?
「なに青い顔してんだよ……まさか本当にストーカーなんているのか?」
こみクズか……
こいつと話してるトコ、あんまり見られたくないんだよな……同類と思われるから。
仕方ない、目でそれとなく消えるよう伝えてやるか。
「さ、さあ。どうだろ……? 気配はあったけどしっかり見た訳じゃないから(仮にいたとしても変態が変態の性の対象になることはねーから心配してんじゃねーよカス。あいつら自分より戦闘力劣る奴しか狙わねーよ)」
「ふーん、そう(あ? なんで私がストーカーより戦闘力高いんだよ……殺すぞクソ虫)」
「うん、そう(高いだろ? ストーカーのメラゾーマをメラで蹴散らす変態力じゃねーか)」
「そっか。じゃ(相変わらず人をムカ付かせる天才だなお前……話しかけるんじゃなかった)」
よし、ちゃんと通じたみたいだな。
なんか目と目で会話してるみたいで気持ち悪かったけど……
「……」
な、なんかネモのいる方からストーカー並にねっとりとした視線を感じるんだが……
「な、何?」
「別にー」
本当何なんコイツ!?
何考えてるのかサッパリわからん。
これ以上この教室にいてもロクな事がなさそうだ。
肩身の狭い思いする前に、あの2人に声かけてずらかろう……
「あっ、黒木さん。今日は家まで一緒に帰る?」
「ゆりと話してたんだけど、今日はその方が良いかなって。どうかな?」
「え? あっ うん。じゃあ……そうしてもらおうかな」
持つべきものは友達や……泣けるでホンマ。
でも、ここまでして貰って実は私の気の所為でした、ってなると余計気まずいな。
なんとか一両日中に、危険度レベル雑魚クラスの変質者らしき奴が発見されねーかな。
そうすれば私にリスクなく、しかも『やっぱり黒木さんは正しかったんだ! 黒木さんのおかげで私達は変質者の魔の手から逃れられたんだ!』ってなって、クラスでの私の評判も改善されるだろうし……
最悪、誰かをストーカーに仕立てるって方法もあるな。
こみクズが弟と間違えて私を尾行してた……はさすがに強引過ぎるか。
『今日から暫く集団での下校を心掛けるように! ストーカーらしき人物を見かけたら近付かず、特徴と場所をメモして翌日先生に伝えなさい。いいな?』
隣のクラスでも集団下校推奨か……
さすがに私の名前は出てないみたいだが、ここまで来ると巻き込んで申し訳ない気持ちが少しだけ湧いてくるな。
『聞いた? 隣のクラスの例のあの人がストーカーに尾けられた所為だって』
『まじ? 嘘くさー』
……前言撤回だクソカス共が!
もし嘘じゃなかったらどうすんだ!? 隣のクラスの黒木さんが森の中で全裸で発見されても笑ってられるんだな!? ああ?!
『あれ? うっちーどうしたの? なんか震えてない?』
『顔色メッチャ悪いじゃん! ストーカーがそんなに怖いの?』
『え? なんで謝るの? 最近変だようっちー』
おっ、中には真面目に危機感持ってる奴もいるんだな。
ならいいか。
よくよく考えたら別に隣のクラスの女子に何思われても知ったこっちゃないしな。
「それじゃ、帰ろ」
「あっうん」
でも、このクラスで色々コソコソ言われるのは嫌だ……
マジで出て来い変質者。
「せんせー、今日も集団下校? もう3日目だし、マジかったるいんだけど」
「我慢しなさい。黒木が見たって言ってるんだから、信頼してあげないとダメでしょ?」
……出て来やがらねー!
もう3日経ったけど、あれ以来視線すら感じなくなったし!
ど、どうする?
このままじゃマジでホラ吹きクロちゃんになっちゃうじゃん!
ドブ猫よりくそ木よりぐず木よりゲロ木より最悪だろ……!
「黒木。本当に見たのよね? 間違いないんでしょう?」
こんなの吊し上げじゃねーか!
ここでお前が『すいません、やっぱり見間違えでした』って言えば終わるんだよ!
コンビニにすら寄れないなんて不便過ぎ!
どっちでもいいから、さっさとお騒がせしてすいませんでしたって言えよ!
そんなクラス全体の意思が声になって聞こえてくる……気がする。
これは幻聴? それとも私が思う私へのクラスメイトの心証?
……ここで謝っておけば、最悪“お騒がせちゃん”で終われる。
致命傷は負わずに済む。
でも、私は確かに視線を感じてたんだ。
それは嘘じゃないのに。
なのになんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ……?
もう……楽になった方がいいか?
これ以上、このプレッシャーの中で学校生活を送れる自信はないし……
これからだって、周囲に迎合して生きていくんだ。
その練習だと思えば安いもんじゃないか。
よし、言おう――――
「先生。もしかしたら私かも知れません。黒木さんの見たストーカーって」
……?
「根元さん? それはどういうこと?」
ネモ?
こいつ一体何言ってんだ……?
「週末に黒木さんの家に遊びに行こうとしてたんですけど、場所がちょっとわかり辛くて……それで、黒木さんの後を尾けて家を確認しようとしたんです」
「黒木に聞けばいいだけじゃないの! なんでそんな真似したの?」
「いきなり押し掛けて、ビックリさせようとしてました。お騒がせしてすいません」
……いや、嘘だろ。
約束は日曜にもうしてるんだ。
今更ビックリも何もないだろ?
まさか……
前にネモが声優目指してるのをバレないよう私が庇った事あったけど、あの時の借りを返そうってのか?
ふ……ふざけんな!
私はあの時なんのデメリットもなかったけど、今回のはネモが泥被るだけ。
そんな施し受けてたまるか!
「い、いや。わ、私が見たのはネモ……とさんとは違ってたと思います。ストーカーは別にいます」
「……」
ネモも他の連中も、何余計な事言ってんだって思ってるんだろうけど……ここは引けるか!
「2人の言い分はわかったわ。2人とも放課後に職員室来なさい。いいわね?」
「あっ はい」
「わかりました」
結局――――私はネモと一度も目を合わせなかった。
その日の放課後。
私とネモは職員室で担任以外の教師からも根掘り葉掘り聞かれたものの、決定打になるような話が出る筈もなく、また他の生徒の目撃情報も皆無だった事から、集団下校は本日付で終了となった。
ネモへの注意などはなし。
要するに私の勘違いという結論だったんだろう。
実際、それが妥当だとは思う。
私自身、本当に尾けられていたかどうかなんてわからないし、確実にデタラメなネモの言い分には穴も多く、それを信じるのは無理がある。
「一応、暫くは誰かとなるべく家の近くまで帰るようにしなさい。黒木は弟がいたわよね? 時間を合わせて一緒に帰ったりは出来ないの?」
……と、担任は最後までストーカーの存在を信じていたみたいだが、それが微塵も嬉しくないのは私の性格の問題じゃない筈だ、多分。
「ダメだったかー。いけると思ったんだけどなー」
窓の形をしたオレンジの光が廊下の壁と床を染める中、ネモが職員室を出て第一声、自分の虚言を即刻バラしてきた。
ま、これ以上嘘を重ねても意味ないからな。
「もしかして、余計な事だった?」
「余計じゃないけど、少しイラッとした」
「アハハ。元ぼっちらしい返事だね」
捻くれてると言いたいんだろうが、『それがわかるお前はどうなんだ?』と言い返してやりたい。
やりたいが……
「イラッとはしたけど、ありがとう」
……今日は勘弁しておいてやるか。
「ちゃんとは返せなかったけどね。それじゃクロ、また明日」
向こうも向こうで思うところがあったのか、一方的に別れの挨拶をして足早に離れて行った。
やっぱり、あの件があっての事だったのか。
過去を引きずるっていうか、昔の事を気にするタイプなのかもしれないな。
そんな事を考えながら、鞄を取りに教室まで戻ると――――
「黒木さん」
「どうだった?」
「あっ……」
っていうかヤンキーまでいるし。
「なんだよ? あたしがいちゃ悪いのか?」
「い、いや……何も言ってないけど」
「ちっ」
相変わらず毎日が生理だな……これ言ったら殺されそうだから黙っとくが。
「集団下校、今日までだって」
私の言葉に、正面にいる
「そっか。だったら今日までは一緒に家まで行こっか」
そんな事を言ってくる。
こんな私でも、さすがにそれは申し訳ないと思った。いや本当に。
「いや、いいよ。やっぱり私の勘違いだったんだと思うし……」
「あ? たかが一緒に帰るのに勘違いもストーカーもあるかよ。つーかさっさと支度しろ。いつまで学校にいんだよ」
「い、いや、だから」
「行こ?」
だから、何考えてるかわからない顔でそんなこと言うなよ……反則だろ。
なんだかなー……
「うん」
ここで何か気の利いた返しの一つでも出来れば、私にも青春アニメの主人公くらい務まるんだろうけど……
いつか本当にそういう日が来るまで、眠った才能の開放は控えておこう。
なお、余談だが――――
すっかり暗くなったこの日の帰り道。
「てめー、まさかストーカーか!? 待ちやがれ!」
いや、驚いたよね。
まさか本当に出るとは……
ヤンキーが凄まじい剣幕で追いかけたものの、ストーカーには半泣き状態ながら逃げ切られ、暗かった事もあって顔や体格も判明せず。
それでも一応、私の勘違いという線は消え、その後注意喚起のビラが作られたり、集団下校が暫く延長となったり、それなりに学校生活にも影響が出た。
あと、遭遇の翌日……
『うっちー、今日休み?』
『うん。なんか怖くて無理だって。ストーカーが本当にいるって知って怖くなったのかな』
『学校来る前からなんで知ってんの? ま、お見舞い行って聞いてみればいっか』
隣のクラスの前を通った時、そんな会話が聞こえてきたりもした。
当事者の私が無傷で、無関係の人が寝込むってのも皮肉な話だ。
でもきっと私が気付いていないだけで、私も誰かの何らかの事件に知らない内に巻き込まれて、原因もわからず傷を負ったりしているのかもしれないな。
だから私を恨むんじゃなく、運命とかそういうスケールのデカい抽象的な何かを恨んでくれよ、うっちーとかいう人。
……あ、うっちーて確か絵文字のことだっけ?
あいつそんなに繊細な乙女だったのか。
また一つ、下らない事を知ってしまったな……