「黒木さん、最近あんまり笑わなくなったよね」
……え? 急に何?
おかしいな……友達と一緒にお昼食べてただけなのに、いきなりディスられたぞ……
交友関係ってこんな突然に崩壊の序曲が流れてくるんだっけ?
「真子。黒木さん困ってる」
「あっ、ごめん。気を悪くしたかな。非難とかじゃないんだけど」
「いや大丈夫……でも私、そんな笑ってない?」
「う、うん。最初の頃と比べると」
そんなこと言われてもな……元々ネモみたいに愛想振りまくような真似した覚えもないし。
いや、でも確かにこいつらとご飯一緒にするようになった当初は無理して笑顔作ってたかもしれない。
話題を提供できない時は特に、媚びた笑みで誤魔化してたような気がする。
「ゆ、ゆりはどう思う?」
「……最近だとこの時が一番笑ってたかな」
あっ、グズグズの魚釣った時に送った写真だ。
よくこんなの消さずに残してるな……傍目で見たら完全にグロ映像だろこれ。
「そうそう。こういう顔が最近少ないかなーって。あっ、悪いとかじゃないんだよ? ただ……もう3年だし、そういうものなのかなって思って」
ガチレズさん……もしかして私までレズ思いに耽る対象広げてないか?
ノーマルな私には一生わからない感覚だな……
「でも、笑ってる黒木さん可愛いから、もっと見たい気もするな」
「!?」
レズ思いどころか
いつの間に別世界へ送られていた……!?
「真子、そんなふうに言ったら却って笑い難くなるよ。ね? 黒木さん」
「えっ……? あ、うん……そうかも……」
……はっ!?
しまった、ガチレズさんの発言が衝撃的過ぎてつい我を忘れてた。
今のは陰キャの発想だ。
私は違うって所を見せないと……!
「いやでも求められれば笑顔くらい幾らでも作れるけど? なんだったら明日からでも」
――――なんてことを軽々しく言ってしまったが。
「どうしよう……全然上手く笑えない」
あれ?
笑顔ってこんなに作るの難しかったっけ?
ただ口角上げて目を細めとけばいいんじゃなかったっけ?
なのになんで、鏡に映ってる私はこんな妖怪濡れ女みたいなゲスい顔になってんだ……?
そういえば昔、無表情キャラやってみた時は結構しっくり来たんだよな。
私ってやっぱり本来はそっち系なのか?
それとも飾り立てた笑顔で好意を貪り続けたのがいけなかったのか?
ピコピコ>
こんな時間にLINE……?
[無理して笑顔なんて作らない方がいいよ]
な……なんだこの挑発的な文面は……!
どうせ陰キャのお前に自然な笑顔を作るのなんて無理なんだから諦めろってか……!?
[なんでそう思うの?]
[黒木さんって無理して愛想振りまくタイプじゃないでしょ]
こいつ……わかったような口ききやがって……
私以上に笑顔と無縁の存在のクセして……!
陰キャには陰キャの気持ちがわかると言わんばかりかよ!?
[余裕だから。スノーボーダーの彼氏いる女がBBQ主催しといて肉買い忘れた時みたいに自然に笑えるから]
[それ笑われる側だと思うけど]
チッ、うっせーよ。反省してまーす。
[とにかく、忠告はしたから]
一方的に終わらせやがった……反論されるのが怖くてブルったな。
逆にこっちは闘志に火が点いたけどな。
見てろ……!
キャラ崩壊レベルのもこっちスマイルで明日は『参りました』って言わせてやる!
いや、それだけじゃ生温いな。
どうせなら、これを機に陽キャにでもクラスチェンジして度肝抜いてやるか?
来年には大学での生活が待ってる(受かればだが)。
交友関係がリセットされて、また一からやり直し。
しかも高校までとは違って、サークルや同好会に入らない限り自己紹介とかもないらしい。
大学だと高校以上に対人スキルが求められるし、人当たりの良い笑顔で人心を掌握する術を身に付けておくべきだ。
別に陽キャになる必要はない。
素の自分と陽キャを使い分ける、コンバート仕様を目指そう。
とはいえ……今のザマじゃ陽キャへの道は遠い。
私と陽キャの違いは何だ?
世の陽キャ達はどうやってナチュラルな作り笑顔を生み出しているんだろう?
性格……?
やっぱり根が明るくないとダメなのか?
でも、連中だってドロドロした感情くらい隠し持ってると思うんだが……
それとも顔か?
ガチレズさんに笑顔が少ないとか言われるくらいだし、気付かないうちに辛気臭い顔してるのか……?
あっ、わかった!
このクマだ!
これがギスギスした感じを生み出してる諸悪の根源だったんだ……!
これを消せば陽キャへの道が開ける。
リア充になりたいとは思わんが、引き出しの多さは見せておかないとな。
確か一年の頃、一時期クマが消えたことあったよな。
あの時は……評判の良い乙女ゲームやって雌度が増幅したんだったな。
今は当時ほどの乙ゲー熱はないけど、積んでるのを幾つかプレイしてみたら再燃するかもしれない。
徹夜は逆効果だから、適度な睡眠時間を確保しつつ、12時までやってみるか――――
「あら智子。今日は顔色いいじゃない。よく寝たの?」
「あっうん……」
よし!
大分冷めたと思ってたけど、まだ私の中に乙ゲーを求める渇望者の魂が残ってたか。
なんだかんだでオト○イトは乙女心をわかってるよな。
目の下のクマはかなり薄くなってる。
目もキラキラに潤って、透明感と瑞々しさが全身から溢れてる気がする。
しかも処女ならではの清らかさが至る所から滲み出てるような……
完璧やん……? これ完全に清純派美少女やん?
やっぱり美少女には処女性が必須ですわ。
そりゃジ○リも王国築きますわ。
この仕上がりで笑顔を翳せば、あの二人も間違いなくビビるな。
それどころか登校中にナンパされるかもしれない。
3-5は今日、私の話題で持ちきりになる……
……なんて。
昔の私なら思ったかもしれないが、今の私は辛酸を嘗め尽くした歴戦の猛者。
そんな大事になる訳ないって知ってるから、虚しい空想は止めておこう。
まあ、あの二人がちょっとくらい驚いてくれれば上出来だ。
さ、登校するか。
……と達観キメてはみたものの、やっぱり周囲の反応は気になる。
誰か一人くらい、私の変化に気付いてくれる人はいないのか?
実はずっと私のことが気になってて、遠巻きに眺めていたけど声は掛けられずにいて、今日の私を見てあまりの美少女ぶりにときめくとか……
あーこれ完全に乙ゲーの影響だわ。
現実にそんな男いたら寧ろ引くだろ……女でも引くけど。
カシャ>
……え? 今のシャッター音?
いやいや、さすがにそれは自意識過剰だろ。
幾らクマが消えたって言っても、芸能人じゃないんだから撮影される訳が……
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ>
連写!?
え、何それ怖い!
幻聴!? 私の自意識過剰が幻聴を生んでるの!?
シシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシシャ>
超高速連写……!?
もしかして幻聴じゃなくガチの盗撮!?
お、犯される!? 公衆の面前で!?
「うわあああああ――――――――――――!!」
な、なんとか学校まで無傷で辿り着いた……
あんなに恐怖を感じたのは、正月にきーちゃんの悪夢見た時以来だ。
さっきのあれは何だったんだ……?
と、とにかく教室に入るか。
なんかもう笑顔がどうこうって心境じゃなくなってきたけど……
「あ、おはよークロ」
ん、ネモか。
一時私を避けてるっぽかったけど、普通に声かけて来るようになったんだな。
「お、おはよ」
「……」
「……何だよ?」
「す、凄いかわいいー……どうしたの今日」
まさかの欲しかったリアクション!?
いや、これどっちだ?
前に加藤さんからメイクされた時のやつと同じなのか、それとも……
「でもなんか違くない? こんなクロ、クロっぽくないっていうか」
……あの時とは違うみたいだけど、これはこれでムカつくな。
っていうか、なんでそんなショック受けてんの?
「おはよ黒木さん あれ? 今日はコンシーラー使ってる?」
あっ、噂をすれば加藤さん。
「い、いや……使ってないけど」
「違う? だったらファンデ? でもその割に全然厚くないし……へー、ナチュラルでここまで出来るんだ」
なんか(全然違うけど)感心されてる……
「何? どしたの?」
「見て見て。例のあの人、クマが消えて……」
「ホントだ。別人みたい」
周囲がザワついてる……!?
信じられない……やっぱりカースト上位の人間に囲まれると効果抜群なのか……
「なんだよ? 朝っぱらから騒々しいな」
ヤンキーか。こいつは私の変化には興味ないだろうな。
ヤンキーって光り物とマスコットキャラと騒音とス○ロン○ゼ○と雨に濡れた子犬とリズム&暴力とセッ○ス&ド○ッグだけで生きてるような人種だし。
「……」
げっ、なんかジロジロ見てる……
「あっ、あの……な、何?」
「お前誰だよ?」
「黒木だよ!」
しまった、思わずベタな返しを……!
「あはははは!」
「何それチョーウケる!」
「黒木さんヤベーな!」
リア充どもに受けた!?
そういえばこいつら、芸人の真似事大好きだったな……
こんなポンコツのフリしたベテラン芸人の捻りゼロな芸がバカ受けとは……世も末だ。
でも今の返しで更に周囲に人が増えてきた。
もしかして、今が私の人生で一番注目を集めてる時なんじゃ……?
ここで誰かに『黒木さん、可愛くなったね』って言われて、最高に爽やかな笑顔を返せれば、何かが変わるかも知れない。
空気だった一年の頃とも、少しだけ話す相手が増えた二年の頃とも違って、クラスで一目置かれる存在になれるかも……
「あれ? ゆり、黒木さんなんか囲まれてない?」
「……そうみたい」
あいつらも来たか。
これ以上のタイミングはないな。
約束通り、今まさに私の笑顔が弾ける瞬間だ。
あいつら、私が人気者の座を射止めたらどんな顔するだろう?
私が遠い存在になったことを残念がるだろうか?
それとも、今までそんな素振りさえ見せなかったのにズルいと妬むだろうか?
黒木さんって凄いねって、思ってくれるかな。
『こんなクロ、クロっぽくない』
なんだよ、どうしてこんな時にさっきのネモの声が頭の中に響いて来るんだ……?
私っぽいってなんだよ?
目の下に濃いクマがあって、チビで貧乳で髪もっさりして目がデカいのが私っぽいのか?
じゃあ今の私は一体なんなんだ?
「どうしたの? ゆり」
「別に……」
あっ! あいつ私の勇姿を見もしないで教室出て行きやがった!
なんなんだよ……どいつもこいつも、私に何を求めてるんだよ。
私が人気者になるのがそんなに嫌か?
私は、お前らに――――
「黒木さん、今日なんか可愛くね?」
……来た!
ネモと一緒のグループの……き……き……名前忘れたけどナイスアシストだ!
さあここだ、見てろガチレズさん。
そしてネモ、ついでにヤンキー。
私は今日、ここでモテてやる。
私は私は……
ああああれ?
笑顔?
え、笑顔ってどんなふうに作るんだっけ?
とにかく口角だ、口角を上げろ。話はそれからだ。
上げて、上げて……それから……それから……
「…………ぐへへ…………そ……そう……?」
あ……
周囲の引いていく空気がわかる。
私の不気味な笑い声と笑い顔に、みんなドン引きしてる。
ああ、そうだった。
何を勘違いしてたんだろう。
私は普通の時でさえドモらずには話せない人間だったんだ。
こんな場面で緊張しない訳ないし、自然に笑える訳ないんだ。
油断してた……
打ち上げの時とか男相手でもスムーズなやり取りが出来たし、もうコミュニケーションなんて余裕余裕って思い込んでた。
「そ、そうだよ! な? みんな」
「あ、ああ……いつもより、なあ」
「え、あ、はは……」
男子達の乾いたフォローと笑い声の隙間から、『どうすんだよこの空気!』とか『かわいそー』とかが漏れ聞こえてくる。
あー……この感覚久々だな。
自己紹介の時はネモに乗せられたのと、事前に覚悟の上でのぶっ込みだったから大したダメージなかったけど、今回はキッツいわー。
今までの経験でわかる。
これ何日も引きずるやつだ。
いつの間にか周囲の人の群れもなくなって、いつもの朝の風景に戻ってる。
祭りは終わったんだ。
暫く息をひそめて、心を殺して過ごそう……
「クーロ」
……ネモ?
「今日、お昼一緒に食べてもいい?」
「え? でもいつも食べてるグループ……」
「たまにはいいじゃん。田村さんとまこちゃんも一緒に。ね?」
「あ……うん。言っとく」
「早退するのはナシだからね」
……なんだ、気を使って話かけてくれたのか。
こうなるのを予測してた、って訳じゃないだろうけど……結果的にはネモの言う通り、さっきまでの私は私っぽくなかった。
「しねーよ。勝手に持ち上げたのはあいつらだし」
「あはは、そういうトコがクロっぽいよね。それじゃお昼にねー」
何嬉しそうにしてんだよ……
やっぱ陽キャなんて目指すもんじゃないな。
ああいう気遣い、私には出来そうにない。
「……だから言ったのに」
ぐっ……いつの間に戻って来やがった田村ゆり永世陰キャ名人。
いや、そんなイジリしたところで今日の私がこいつ以下の存在なのは認めざるを得ないか……
「ああ、私の負けだ。いっそ殺してくれ」
「何言ってんの……っていうか、今日のアレは真子が乗せた所為だからね」
「本当にごめんなさい! 黒木さんは笑顔じゃなくても大丈夫だから!」
大丈夫って、何が……?
「……」
なんだ? ヤンキーまでこっちに来て……
お前いつもこの時間は机に突っ伏して寝てるだろ?
「吉田さん。今日一緒にお昼食べない?」
「昼? こいつの慰め会でもすんのかよ?」
「どっちかっていうと反省会、かな? 慰め会だと黒木さん拗ねそうだし」
「ああ……なら中庭だな。あそこなら人少ねーし」
「そうしよっか」
なんか勝手に予定が決まって行くし……
それが別に嫌じゃない、それどころか少し救われてる自分が情けない。
「で、主役はどうするの? 黒木さん」
陰キャは陰キャで、こういう気遣いしてきやがるし……
なんかもう、陰キャとか陽キャとかどうでも良くなってきたな……
「……行けばいいんだろ? 行って話のタネにでも笑い物にでもなってやるよ」
「その捻くれたところが黒木さん、って感じだよね」
「うるせーよ……ネモも混ざるけどいいよな?」
「……ん、いいけど」
一瞬詰まった理由はわからんけど、とにかくこれで昼が賑やかになるのは決定した。
もう今日は道化師に徹しよう。
ま、あれだな。
私はこいつらのアイドルなんだろうな、きっと。
アイドルってのは笑顔を見せる仕事じゃなく笑顔にさせる仕事だってに○にーも言ってたし。
ふふ……ふふふ……
「なんか知らねーけど、すげームカつくツラしてんなこいつ」
「これが黒木さんの自然な笑顔なんだよ、きっと」
「さっきのと変わらない気が……」
仕方ないな。
私がお前らを笑顔にしてやんよ。
ずっとずっとしてやんよ――――
「それじゃ黒木さん、帰ろっか……今日は本当にごめんね」
「あっうん、大丈夫だから」
結局お昼は私の反省会っていうよりガチレズさんの反省会になってたな。
終始沈んでたし。
なんかこっちが申し訳ない気分になってしまった。
にしても、近年にない散々な一日だった。
登校中は謎のシャッター音に悩まされるし、学校では恥かくし……
さすがにもうこれ以上は何もないだろうけど、とにかく厄日だった。
とっとと家に帰って不貞寝しよう……
ん? なんだコレ。
下駄箱に何か入ってる――――
え……えええええ!?
これ今朝の私!?
私を撮った画像が写真でプリントされてる!?
だ、誰が……?
っていうかなんで私の写真を私の下駄箱に入れるの?
ガチのマジで怖いんだが!
ん……?
写真の裏に何か書いてる……?
『いつも見てます笑美莉』
な、なんだこれ……
いつも見てます(笑) 美莉より
ってことか……!?
す、ストーカー!?
しかも愉快犯!?
この美莉っていうのがあのシャッター音の犯人で、私を常に見張って楽しんでるストーカーなの!?
な……
「なんて日だ!」
「あっ、黒木さんがまた芸人パクってる」
「結構ノリのいい人なんだな。案外陽キャなんじゃね?」
「いやーどうだろ。あのクマなかったら……なくても不思議ちゃんだろやっぱ」
本当に、なんて日だ……