HIGH SCHOOL FLEET -His Order has Priority- 作:オーバードライヴ
「人魚を辞めて素直に隠居しろと言っておったのにこれか。歳を考えんか」
「あら、そんなに歳のつもりもありませんよ。少なくとも貴方より、歳だけは若いつもりですが」
「フン」
真冬は混乱していた。なにがなんだかさっぱり分からない。やたらと高級そうな掛け軸や壷が置かれた板の間を背にあぐらをかく白髪交じりの髪をきっちりとオールバックに固めた男は一体全体何者だ。
ここに至るまでの経緯も意味がわからない。母親であり先輩人魚である真雪にいきなり高速に乗るように言われ、真夜中まで公安車両と派手にカーチェイスをした果てに、ほうほうの体でたどり着いたのはまさかの日本海側、途中の道路標識には『金沢』やら『小松』やらが見えたので、おそらく石川県南部のどこかまでやってきた。『どこか』と曖昧なのは、ランドマークになりそうな物はおろか、地名を特定しうるものが無かったせいだ。少なくとも周囲は街灯すら存在しない真っ暗闇の林道のど真ん中まで追い込まれたことになる。
真雪はそこにあったドイツ製の無人の高級車に
ハイヤーが到着したのは市中を流れる川を見下ろすやたらと高級そうな料亭で、その小部屋の一つで不機嫌そうな表情を浮かべる三つ揃いのスーツを着こなす初老の男性の前に叩き出されて今に至る。この状況を理解しろと言う方がどうかしている。その混乱などどこ吹く風で笑う真雪は本当に何者だと不安になった。
「……なぁ、母さん」
「あぁ、紹介が遅れたわね。こちらはチヨダさん。去年のRATt連続テロ事件の時にご縁があってね。それからも色々教えてもらってるの。チヨダさん。この子が……」
「宗谷真冬一等海上安全整備正。紹介されんでも知っておる。宗谷家の次女で海上安全整備局所属艦艇『羅漢』航海長、『弁天』艦長を経て、現在は霞ヶ関の海上安全整備局本局の広報戦略部、電子広報係長。RATt連続テロ事件では第一特務艦艇群の副司令として尽力した」
「あら、お詳しい」
「公安を舐めるな、人魚」
そのやりとりで真冬はなんとなくだが相手を察した。これが今ブルーマーメイドに張り付いている公安の
(警視庁がブルーマーメイドを監視? なぜだ?)
チヨダは基本的に極右団体や極左団体のうち、暴力的手段を講じる可能性がある団体を監視するために設置された部署のはずだ。それがなぜブルーマーメイドを監視しなければならないのかが、真冬にはわからなかった。
「それで、こんな真夜中にこんな果てまで呼び出すほど重要なものなんだろうな」
そんな疑問など考慮してもらえるはずもなく、本題が切り出された。陰険漫才でも始まってくれれば少しは情報の整理ができたのだが、と思ってもしかたがない。先付けのヒラメの縁側のベッコウ漬けを口に運んでいた真雪が口を開いた。
「金鵄友愛塾が動いているそうですね」
「……またその話か」
「また、とは?」
チヨダは嫌そうな顔をした。
「今日の午後、その話をしたばかりだ。元人魚は死に急ぎたがる遺伝子でも組み込まれているのか?」
「元……って、まさか!?」
「柳君も頑張ってるみたいね」
さらりとそういった真雪に目を剥く真冬。
「……柳の旦那の事、母さんは知ってたのか」
「えぇ、内務省に鞍替えして、公安ユニットの一つについているというところまでは」
「正確には内務省の外局、逓信庁だ。資源電力開発部 調達課 電源燃油等輸送警備班。通称『マル電』。テロリズムの対象になりそうな発電所や電源用燃料、特に核燃料輸送の警備に係る支援を行うことを名目に設立している。……実体は逓信庁長官を飛び越えて内務省事務次官直轄のカチコミ専門部隊だがな」
チヨダはそう言って笑った。それを聞いた真雪は一瞬考え込む。
逓信庁は国内の電話や郵便を統轄する省庁だが、同時に電力事業を管轄する担当省庁となっている。内務省管轄の警察の外部に実力行使可能な部隊を保持しておきたいというのは内務省の意図として理解はできる。
「内務省の事務次官というと……今は宮原茜事務次官ですね」
「彼女は柳昴三をマル電の指揮官としてスカウトした張本人だ。ハト派というにはリアクションが大きいが、金鵄友愛塾の現状を看過できないというスタンスを貫いている」
「……今のところは味方と見ていいかしらね」
「事務次官や大臣が敵に回るときは私も平穏ではいられないがね」
その言い草に真雪は笑みを浮かべる。警察庁と警視庁は内務省の外局にあたり、内務省がひっくり返ってしまえば、それには逆らいにくい状況が生まれるはずだ。
チヨダがおちょこを煽った。
「良い具合に酒が回った。話したことは忘れてしまうかもしれないな」
「あら、それは大変ですわ」
真雪が目を細めた。
「それで……金鵄友愛塾だな」
晴風の小会議室はもともと士官向けの食堂だったらしい。現在は科長級会議などに使われることが多いが、今日は臨時の取調室と化していた。
窓際に半袖のシャツに膝丈のズボンをサスペンダーで吊った少年とメイド調の服装をした女性が座る。その正面には机は無く、入り口側には聞き取りを担当する教官と、艦長の岬明乃、艦隊参謀役の知名もえかが座る。部屋の外では万里小路楓が樫の木で作った長柄装備で人払いをする徹底ぶりだ。正直ここまでするか、と明乃は驚いていた。
「改めて名前をお伺いしてもいいですか?」
高峰青葉はそう言いながら右手に持ったアルミ製らしいメタル色のボールペンをくるくると回した。離れた机ではタイピング速度をかわれて速記役を頼まれた八木鶫がスマートフォンを弄っている。
「わたくしはジョセフ様付の使用人を仰せつかっております、ルルー・シャスネと申します。こちらが、ジョセフ様でございます」
そう答えたのはメイド服を着た女性だった。褐色の肌をした女性は赤みを帯びた鳶色の瞳を真っ直ぐ青葉に向けている。
「ルルーさんに、ジョセフさんですね。国籍は?」
青葉はそう言いながら話を聞き続ける。手元に開いたノートはもはや飾りだ。
「ジョセフ様はフランス国籍です。フランス海外県、サンバルテルミーの生まれです。私はボリンケンの出身ですが、フランス国籍を取得しています」
「ボリンケン……あぁ、プエルトリコのサンフアンの事ですか、米国信託統治領の。ということは、母語はスペイン語ですね。
ラフに挨拶する青葉。わざとらしく右手をひらひらと振る仕草にどこか戸惑った空気を滲ませるメイド服の女性――ルルーは曖昧に笑った。ウェーブがかかる黒い髪が綺麗に光る。
「それで、どこからどこまで行くつもりだったんですか?」
「サンバルテルミーからアメリカ経由でフランスまで行く予定だったのですが……」
「なるほど、途中で海賊に襲われた?」
その言い草に明乃は引っかかりを覚えた。
「えぇ……貨物船にしばらく押し込められていたのですが……さらに救命ボートに押し込まれ……」
「なるほど。それは大変でしたね」
トントン拍子に話が進む。まるで、台本を読んでいるようなスムーズさだ。
「……なるほど、色々事情がありそうです。拳銃が積んであったのは、海賊の慈悲、ということでしょうかね。一応自決の自由だけは残してくれたわけですね」
そう言って笑う青葉。
明乃はやっと違和感の正体に気がついた。その横では青葉は何度もペンをくるくると指の間を走らせつつ、笑顔で聞き取りを続ける。渡航先、亡命希望の有無。さまざまな情報が一気に飛び交い始める。
これは、聞き取りではない。
聞き取りといいつつ、青葉ばかりがしゃべっている。そしてそれにルルーが乗るという構図に無理矢理押し込んだ。
「……という筋書きで大丈夫ですか?」
「!」
明乃の判断を裏付けるように、青葉がゆっくりと笑ってそういった。ルルーが目を細めて、青葉を睨んだ。
「そう怖い顔をしないでくださいよ。怖くてまともにしゃべれないじゃないですかルルーさん。……いえ、リュデヴィーヌ・コナールさんとお呼びしましょうか」
「え?」
青葉の声にずっと黙っていた少年が疑問の声を上げた。直後、椅子が倒れる音。青葉に向けてメイド服が迫る。
「遅いんですよねぇ」
青葉の右手にボールペンが収まった。握りこんだ拳から飛びだしたボールペンの柄が、女性の胸元に素早く突き込まれた。
「っ!」
女性の詰まったようなうめき声が響くと同時、その女性の後頭部に青葉の左手が回った。女性の頭を抱き込むような姿勢だが、親指の付け根が容赦なく首の後ろにめり込んだ。そのままノートなどが衝撃で散乱した机に上半身を叩き付ける。青葉が盛大に後ろに蹴り飛ばした椅子が耳障りな音を立てた。
「1423、公務執行妨害で拘束。もえかさん、手錠」
青葉はそう言いつつ乱雑に机を乗り越え、暴れる女性をもう一度床に叩き付ける。外で待機していた万里小路が飛び込んで来て絶句していた。
「クソっ! 何者だアンタ」
「先ほどまでのお行儀はどこにいったんですか? あなたの英語はフランス訛り、それにさっきの
もえかから受け取った手錠を後ろ手にかけながら青葉は笑った。
「ですがまぁ、何者かと言われれば、日本の
組み伏せた姿勢のまま青葉は女を見下ろしていた。
「あぁジョセフさん、お連れ様に失礼しました。ですが、御自らの配下に置いている使用人の一人、ちゃんと手綱を握っていただけなければ困りますよ」
「貴様、ただの軍人じゃないな?」
メイド服を着た女性が敵意をむき出しにしたまま青葉を見上げる。赤みを帯びたその目を見下ろして青葉は笑った。
「私は今、貴女のご主人様と話しています。飼い犬は素直に黙っているがよろしい。ここは人魚の
青葉はその姿勢のまま顔を上げ、日本語に切り替え呼びかける。
「万里小路さん。今からこのメイドをそこに座らせますので後ろから監視を。怪しい行動をしたら合図をするように」
「わ、わかりました」
「これより先、被疑者が暴れた場合においては警棒等の武装の使用を許可します。いちいちお伺いはいりませんよ」
そう言ってからメイド服の女性を立たせ、元いた席に座らせる。
「さて、私達にも時間はありません。英国のロイヤルブルーマーメイドが巡視艇をこちらに差し向けているそうです」
ハッとしたような表情をした少年に青葉は笑いかける。
「さて、貴方がたは何者で、なぜ救命艇に押し込まれていたのか。カステルノー准男爵殿、改めて貴方の口からお聞かせください」
少年はしばらく言い淀むような間を作った。
「……僕はジョセフ・フランソワ・ド・ラ・クロワ・ド・カステルノー。父は第十八代カストリー公爵でセントルシア暫定政権の大統領、ヴィクトール・ウジェーヌ・ガブリエル・ド・ラ・クロワ・ド・カストリー」
「セントルシア大統領の息子……!」
明乃が息を呑む。
「英国には行けません。英国に行けば、僕たちは殺されてしまう。僕たちは、父に言われセントルシアを脱出してきました」
少年が前を見据える。
「我々は日本、もしくはフランスへの亡命を希望します」
「宇宙太陽光発電網開発計画『ヘファイストス計画』は現時点においてはおおむね成功していると言って良いだろう」
チヨダはそう言いつつ、寒鰤の刺身を口に運んだ。
「金鵄友愛塾にとってもこの『ヘファイストス』は一大プロジェクトだ。メタンハイドレートなどを封じられた結果として、エネルギー自給率が一気に低下し、外交的な弱点にもなってきた。宇宙空間における太陽光発電は天候などに支配されることなく、日本全土に無尽蔵の電気エネルギーを供給しうるポテンシャルを秘めている」
露骨に嫌な顔をした真冬にチヨダは笑みを浮かべてみせた。
「そう嫌そうな顔をするな。『ヘファイストス』は経産省と逓信庁が中心となって進める
「……それが、今のカリブ海に関わってくると?」
「まぁ落ち着いて話を聞きたまえ」
真冬を見てそういうチヨダは笑みを貼り付けたままそういった。
「問題はコスト面らしくてな。特に大容量バッテリーの問題だ。リチウム、コバルトなどの希土類が相当数必要になる。特にリチウムがネックだそうだ。リチウムは海水から回収を検討していたようだが、市場価格の30倍ほどのコストのせいで断念せざるを得ない状況らしい。そこで金鵄友愛塾が目をつけたのが、カリブ海のヘクトライトだ」
「ヘクトライト?」
真冬が聞いたことのない単語に首を傾げた。真雪も似たような反応だ。
「元々は化粧品用に採掘されていたもので、リチウムを多く含むことがわかって開発が進んでいる。リチウム価格はうなぎ上り、かつ欧州企業の寡占状態にある」
リチウム関連産業のうち、日本にあるのは基本的に製造過程であり、原料は南アメリカ地域などからの輸入に頼り切っているのが実情だ。東京湾内に作られた試験リチウムプラントもまだ高コストであり、実験段階を出ていない。
「安価に大量に確保するには、占有できる鉱脈を得るのが手っ取り早い。そこにセントルシアでヘクトライト鉱脈が見つかり開発が始まった。日本の
「……なるほど。その開発の請負元は?」
そう問うのは真雪だ。
「日本側で請け負うのはボロジノ砿業株式会社、とっくに海に沈んだ沖大東島でリン採掘を行っていた歴史を持つ会社だな。現在は大日本技研も参加する大日ホールディングスの傘下にある。当然金鵄友愛塾にもコネクションがあるだろう。そして現地の関係企業としてカリビアン・エナジー・グループが関与している」
「その会社……確か、最近石油プラントなどの機械系を万里小路重工から大日本技研に鞍替えした……」
「そうだ。よく調べているな」
チヨダはそう言って日本酒を一口飲んで続けた。
「セントルシアという国が置かれている状況は複雑だ。英連邦に所属する独立国家だが、言語的にはフランス語圏でフランコフォニー国際機関*3にも所属する。国民はほとんどアフリカ系でプランテーションのために連れてこられた奴隷を先祖に持つ歴史上、白人や教主国への反発が未だに根強い。親仏派のクーデターを恐れて英連邦はセントルシア軍を無理矢理解体した過去を持ち、英連邦に所属しながらも関係性は最悪だ。銃撃戦は日常茶飯事、治安も大変よろしくない」
「そのセントルシアが今、親仏派の暫定政権が立ち上がって英連邦と喧々しているってわけだけど、わざわざそんなところに金鵄友愛塾がこだわる訳はなにかしら? リチウムだけなら南米大陸に十分割り込む余地がある」
真雪は話の中核を掴もうとしていた。彼女の問いかけにチヨダが笑った。
「劣悪な環境こそが必要だったんだよ。軍事的な空白地帯で発生した政変と機能しなくなった治安維持システム。英国はセントルシアの治安維持に責任を持つ。ここまで悪化すれば小規模だとしても軍隊を送ることになるだろう。想定されるのは暴徒化した市民相手の鎮圧作戦だ。この構図に真冬君は見覚えがないか?」
「……どういう意味だ」
「君は知っているはずだ。なにせ、君は8ヶ月ほど前に同じ状況に対処しているはずだ。君も直接乗り込んだはずだぞ」
それを聞いてハッとした表情をしたのは真冬だった。
「アドミラル・シュペー蘭領インドネシア領海侵犯未遂事件……!」
「そうだ。RATtウィルス、いや、“アルジャーノン”と呼ぶべきかな。あそこまで劣悪な環境なら、電磁波による電磁波の被害もあまりない。ネズミだって巷にあふれているだろう。誰もそれに疑問を持たない。これほど理想的な実験場は他にない。不特定多数が入り乱れる状況における大規模制圧作戦への投入――――――『ヘスペリデス計画』とその産物であるRATtウィルスの正しい活用法だな。そして、RATtウィルス対処に於ける唯一のプロフェッショナルは今、大西洋の海の上にいるんだろう?」
「ヘファイストスの炉はアイギスの盾やアルテミスの矢など、様々な武具を生み出した。文字通りの神々の炉だった」
禾生翠巒は一人、私室でそう呟く。手元にあるのは古ぼけた文庫本だ。壁一面にしつらえられた本棚を背に、ロッキングチェアに腰掛けた彼女は電気が落とされた薄暗いその部屋で数少ないプライベートな時間を過ごす。
「人間を憐れみその炉から火を盗んだプロメテウスは、人間にその火を分け与えた。人間は自然に打ち勝つ術を得、文化を得る。しかし、プロメテウスは主神ゼウスの怒りを買い、コーカサスの山に磔にされた。その後から人間は戦争という概念を得た。文化とは火の歴史であり、火の歴史は戦争の歴史だ」
文庫の表紙をなぞりながら彼女は小さく笑った。
「先見の明を持つ『熟慮神』プロメテウスが我々人間にもたらした恩恵は計り知れない。たとえそれが血塗られた歴史の幕開けだとしても、人類はそれを歓迎せざるを得ない。それでたとえ我々が苛まれるとしても、だ。それを最善と信じ進む必要がある。我々はすでにその領域にある」
文庫本はアポロドロースの『ギリシア神話』。ゆっくりと目を閉じる。
「征きなさい。オペレーション・プロメテウスが君を進化させる。願わくば、君が最後の英雄たらんことを」
……固有名詞を一気に登場させすぎた感満載ですが投稿です。
さて、やはり出てくるRATt事件。やっとはいふりっぽくなっていきます(?)。これでやっと物語を動かしていけそうです……! はいふりゲームのダウンロードができまして、これでやっと僚艦の時津風や天津風を出せます……!
なにはともあれ次回からもきな臭さマックスで参ります。これからもどうぞよろしくお願いします。