HIGH SCHOOL FLEET -His Order has Priority- 作:オーバードライヴ
「あ、つぐ戻ってきた、おかえりなさーい」
「ただいま……」
八木鶫が指定の居室である第二兵員室に戻れば、同室の宇田慧がベッドで漫画を読んでいた。鶫は慧に返事をしつつ、そのまま二段ベッドの下段に向かう。髪を解いて、ジャージに着替えた方がいいのは分かっているけれど、めんどくさくなってしまった。ベッドに倒れ込めば、ぼふん、とベッドの毛布が出迎える。どっと疲労感が体を襲ってきた。その様子を見て心配になったのか、慧が上段から下を覗き込む。
「大丈夫?」
「だいじょばない……」
そう言いながら手元のスマートフォンに充電ケーブルを差し込んだ鶫は仰向けにベッドに寝直す。覗き込む慧と目が合って、疲れた笑みを向けた。
「次ってパーゼロでしょ? 大丈夫?」
「しんどいけどなんとかする……」
パーゼロ
「でもなんとか乗り切ったよー……ぶい」
「お疲れ様。で、どうだったの?」
「青葉教官も、もかちゃん参謀も、ほんとにとんでもなかった……」
「えっと……万里小路さんが『なぎなたモード』になってたのは知ってるけど……大変だったの?」
同室の万里小路楓はまだ戻っていない。彼女が私物として持ち込んでいる木製の薙刀も消えている。この部屋を共有している姫路果代子と松永理都子も現在当直中でいないため、部屋には二人しかいない状況だ。
「万里小路さんも大活躍だった……のかなあれ。でも来てくれて助かったよ。一般人の感覚持ってるのが私だけだったら絶対つらかった」
「え? 万里小路さんが一般人感覚?」
万里小路楓は御嬢様だ。神戸にある万里小路重工のご令嬢のせいか、かなり感覚がずれているところがある。その彼女を一般人扱いするのは――本人には失礼極まりないが――相当である。
「一体なにがあったの?」
「えっとね、助けた男の子が英国連邦セントルシア大統領の息子なフランス人系の貴族様で、日本に亡命を希望した」
「……はい?」
慧の目がテンになった。その反応を見て鶫も苦笑い。
「どゆこと?」
「私もわかんない」
そう言いながら鶫は、先ほど青葉教官に転送した速記文をスマートフォンから呼び出した。
「えっと、セントルシアって国、わかる?」
「最近ニュースになってたかな、ぐらい」
覗き込む姿勢が辛くなってきたのか慧が上から降りてきた。そのまま鶫のベッドに腰掛ける。
「カリブ海の島国で英連邦の加盟国なんだって。最近そこでクーデターがあったんだけど、その首謀者があの子のお父さんの……エイティーンス・デューク・オブ・カストリーだから、えっと、第十八代カストリー公爵……でいいのかな」
携帯の画面に爪が当たるコツコツとした音が響く中、鶫は続ける。
「それで、セントルシアは英連邦から離脱するぞーってなってるらしいんだけど……いろいろ不安定で治安が悪化してる。身の危険を感じてあの子……ジョセフ君だけ国外に脱出するようにお父さんに言われて逃げる最中らしい……たぶん。聞き間違いがなけれな……じゃなくて、なければ」
「呂律が回ってないけど本当に大丈夫?」
こくりと頷いて返事をしてから、鶫は続けた。
「それで途中で仲間割れ……というより騙されて殺されかけてたところを晴風が拾ったってことみたい。それで、イギリスに行けないって言ってる。この後寄港予定のバミューダ諸島は英国直轄領だから、ミケちゃん頭抱えてた」
「……それものすごくまずくない?」
「たぶん……もーいや。もかちゃん参謀めちゃくちゃ怖いし、青葉教官は絶対オーバーキルだし、ミケちゃん艦長は落ち着きすぎだし……ずっと胃が痛かった」
「何があったの? ただの聞き取りのはずだよね?」
頷く鶫。それでもその顔は浮かない。
「もうめちゃくちゃだったよ。聞き取りの前から青葉教官は正体知ってたみたいだし。いろいろあって、助けた女の人が青葉教官に殴りかかったんだけど」
「待って、既にいろいろ端折り過ぎで頭が追いつかない」
慧のツッコミに鶫は苦笑いだ。
「大丈夫。私もわかってないから。青葉教官はいつもの笑顔のまま女の人を殴って投げてノックダウン……。飛びかかった次の瞬間には女の人が机に突っ伏してて、本当に何があったのかわかんない感じ」
慧はそれを聞いてもどういう状況だったのか想像できない。青葉教官は基本的に生徒に干渉しない人で、どこかつかみ所の無い印象がある。柳が教官だったときは艦橋や機関室などを駆けずり回っていたのに比べ、青葉は教官執務室でどっしり構えている事が多かった。そのせいか、よくよく考えて見ると、青葉の事をよく知らない。
「そんなに強いんだ……。狙撃銃を私物で持ち込んでたっていうのは聞いたけど……」
慧が素直に感心している。その様子を見た鶫はやはり浮かない顔だ。
「なんか怖かったよ青葉教官……ずっと表情変わらないんだもん。……もかちゃんももかちゃんだよ。いつの間にか席立ってて、手錠をもって教官手伝ってるし、ミケちゃんはミケちゃんで、すぐに男の子のフォローに入ったり、情報の整理したりしてるし……。手際の良さが業者って感じだった」
万里小路さんも困惑してたよ、と続けた鶫は盛大にため息をついた。万里小路楓は物腰こそ柔らかだが、晴風随一の武闘派として名をはせている。その彼女が反応できない速度で事態が進行したらしい。
「英語で話は進むけど……聞いたことのない単語もたくさんあってあんまり役に立ってないかも……」
そう言った鶫の肩を、慧が労うように叩いた。
「……相変わらずぶっ飛んでるよね、晴風艦橋組」
「うん。なんであの状況でミケちゃん落ち着いてるの……」
そんな事を言っていた鶫だが、枕の下からなにかを取り出す。L字に曲がった二本の鉄の棒だ。
「普通ってなんだか分からなくなってきた……」
「そこでダウジングで精神統一するのもかなり普通じゃないけどね」
慧にそう突っ込まれるが鶫は黙殺。
「それで、その艦長さんたちは?」
「今、艦長会議の招集準備中だって」
「……もかちゃん」
「なぁに?」
明乃に声をかけられ、知名もえかは返事をする。小会議室は二時間後に控えた艦隊参加艦の艦長を呼び集めての会議に向けたセッティング中だ。先ほどまでいた少年と女性は万里小路に連れられ退室し、青葉も本国との連絡のため出て行ったので、室内には二人しかいない。
「ジョセフ君たちのこと、どう思った?」
「嘘はついてないと思うよ。でも話せないことはまだある、かも」
返ってきた答えに明乃も頷いた。明乃は机を会議用に並び替える手を止めて、そっと視線をもえかに向けた。
「私もそう思う」
「だからって見捨てるわけにはいかないもんね」
「うん」
カステルノー卿ジョセフ准男爵とその使用人のルルー。晴風が拾った二人はそう名乗った。だが、その身分は隠しておきたいものだったらしい。
「脱出中に裏切られて、救命艇に押し込まれた。それは多分間違ってない。でも、まだきっとなにかがある」
その理由はおそらくこれだ。もえかの声に明乃も頷いた。
「セントルシアの動乱についてなんて、情報を集めてなかったから結構ちんぷんかんぷんなんだけど……」
「しかたないよ。私も青葉教官がセントルシアなんて名前出すまで調べてなかったよ」
もえかの言葉に首を傾げる明乃。
「青葉教官?」
「ドイツを出るときに青葉教官と執務室で話したの覚えてる?」
もえかはそう言いながら椅子をセットしていく。明乃も頷いた。
「タッツェちゃんが晴風に乗るって決まったときだね」
「うん。そのときに学徒艦隊の出港日時を早めた。その理由がセントルシアのクーデターだったから、少し調べてたの」
そう言って、もえかも手を止める。
「セントルシアはフランスとイギリスの間で揺れ続けてる土地で、今は英連邦加盟国……つまり、イギリスの同盟国なの。そこでフランス寄りの政策を掲げる暫定政権が立ち上がったのが2週間前、その暫定政権の大統領の息子さんがジョセフ君……。このままロイヤルブルーマーメイドに引き渡せば、あの子は政治的な交渉材料に使われる」
もえかは窓の外を眺めるように視線を上げた。
「でも、殺されることはないはずなんだ。それでもあの子は明確に『イギリスに行けば殺される』って言った。……まだ私達に言えない、殺されるかもしれない理由が、たぶんある」
もえかはそう言って、晴風の丸窓の向こうに広がる海を睨んだ。
「日本が亡命を受け入れるかどうかは別として、命を奪ってでもどうにかしないといけない何かがジョセフ君なら、戦闘になるかもしれない。国籍不明の海賊船……最悪の場合、ブルーマーメイドが来るかも」
「……できればそれは避けたいね。海賊ならともかく、ブルーマーメイドは学徒艦隊だけで勝てる相手じゃないから」
「うん。下手したら沈められるかも。……ジョセフ君のこと、艦隊の立場を考えるなら英国の要請があれば引き渡すのが『正解』だね。その場合でも晴風は最寄りの港で正規のブルーマーメイドに引き渡しただけだから波風も立たない」
もえかの返事を聞いて、明乃は考える。
「……それでも、ジョセフ君をそのまま引き渡すのはしたくないかな」
「どうして?」
「うーん……多分ジョセフ君を救命艇に詰め込んだ理由って、ジョセフ君を行方不明で生死不明って状態にしたかったんだと思うんだけど……。それで得をするのって誰なんだろうって考えて……」
明乃は難しい顔をしながら続ける。
「……多分、イギリスなんだと思う。フランスも信じられないってジョセフ君のお父さんに思わせたいなら……あ」
明乃は自分で言っておいて驚いた顔をした。
「そうか……晴風がジョセフ君を保護して、第三国が亡命を受け入れたら、ジョセフ君はフランスからもイギリスからも離れられるんだ。……ジョセフ君にどちらも手を出せなくなる。それが狙いかも。だとしたら、ジョセフ君を守るなら上手くいきさえすれば一番これがいい」
「だから……日本の学徒艦隊がいることを知って救命艇に押し込んだ?」
「可能性は……あるね」
明乃はそう言ってから頷いた。
「うん。もしそうなら本当に引き渡せないや。とりあえず青葉教官は本国に指示を仰ぐって言ってたからそれ次第だけど、このまま晴風で守れるなら守りたい」
「……それでロイヤルブルーマーメイドと戦闘になるかもしれなくても?」
「極力避ける方向でいきたいけど、それでジョセフ君が大変になるなら。うん、味方でいたい。……それにジョセフ君はイギリスには行けないって言ってるんだよ。できれば力になりたいよ」
明乃はそう言って笑った。それを見たもえかもつられたように笑う。
「ミケちゃんらしいや」
艦に波が当たる音がする。それを聞きながら、もえかはゆっくり口を開いた。
「……本当に、ミケちゃんなんだね」
「どうしたの?」
「ううん。変わらないなって。施設の時も、小学校出てからも、今も……本当にミケちゃんはミケちゃんだなって」
「そう……かな?」
「真っ直ぐで、しっかりしてて……変わらない。羨ましいくらい」
そう言ってからもえかは一瞬悔やむような顔をした。
「ダメだな。強くなるって決めたのに……弱気になっちゃうな」
もえかがポロリと零した。
「もかちゃん……」
「ごめん、忘れて」
もえかはそう呟くように言ってから視線を落とした。
「……もかちゃん」
明乃はゆっくり一歩、もえかに近づいた。
「もかちゃんも変わらないよ。頑張り屋で、優しいもかちゃんだよ」
「そうかな?」
「そうだよ!」
そう力強く返すも、もえかの顔は晴れない。明乃は笑顔を浮かべてから、ゆっくりと口を開く。
「……私ね、もかちゃんが晴風に来てくれて本当に良かったって思ってるんだ」
明乃はそっともえかの隣まで来て、机に体重を預けた。少しだけ行儀が悪いけれど、もえかの顔を見ながら話すには、こうするのが一番だった。
「晴風は……すごい艦だよ。でも、時々怖くなるんだ。いつか私の判断が晴風を沈めちゃうかもしれない。きっとなんとかなるってわかってるし、絶対なんとかするって思ってるけど、やっぱり決めるのはいつだって怖い」
艦長としての明乃の弱音を聞くのは、もえかにとっては初めてだった。もえかはなぜか顔を上げることができなくて、自らの手元を見ていた。
「ココちゃんがいて、リンちゃんがいて、メイちゃんがいて、タマちゃんがいて、しろちゃんがいて……本当に恵まれてるっていうのはわかってる。でも、決めるときは震えるし、足が竦む。……その時にね、もかちゃんがポンって背中を押してくれる気がするんだ」
もえかの手にそっと触れる明乃。その暖かさに、もえかは少しどきりとした。
「もかちゃんは私にとって、灯台みたいな人なんだよ」
明乃はそう言って、微笑んだ。
「船は狂った羅針盤では進めない。だから灯台を見て行くべき方向を知るの。私にとっては、もかちゃんが灯台なんだ。そして私は晴風の灯台にならなきゃいけないし、もかちゃんが迷ったときには、もかちゃんの灯台になりたいと思ってる」
もえかの手をそっと持ち上げる。それにつられるようにして、もえかの視線も上がった。目が合った明乃が笑う。
「もかちゃんはやっぱり、もかちゃんだよ。ハヤシライスが好きで、頭が良くて、いろんな人から頼られて、頑張り屋さんで、優しくて、でも少し見栄っ張りで、寂しがり屋で……ちょっとだけ不器用な、もかちゃんだよ」
どこかいたずらっ子のような笑みを浮かべる明乃。
「大丈夫。もかちゃんは絶対、大丈夫! 間違っても悩んでも大丈夫。だってもかちゃん、武蔵の艦長なんだもん。その……武蔵の修理は今回の遠征に間に合わなかったけど……それでも艦長だもん」
明乃がもえかを抱きしめた。
「だから大丈夫だよ。なんとかなるから」
あぁ……この子は。
もえかの心の中で、何かが崩れる音がした。
この子は、やはりそう言って、先をゆくのだ。
抱き返そうとして、もえかは腕を止めた。
「……」
きっと、口にしてはいけないのだろう。だからこそ、耐えなければならない。
「ミケちゃん、多分傷つけることを言うから先に謝っておくね、ごめんなさい」
「もかちゃん……?」
明乃の肩に頭を預ける。耳元に囁くなら、この位置が一番だ。
「明日、バミューダ諸島領海に入る前に襲撃があるわ」
「え?」
明乃の呆けたような声が小さく漏れた。
ここが分水嶺だ。彼女が無傷でいられる
「もかちゃん……何を……」
「手段はおそらく無人の魚雷艇かスキッパーを使った自爆特攻。飽和攻撃になる。艦隊を組んでいた場合……まず間違い無く、他の艦は対応できない。それをわかってやってくる。狙いは晴風だから多分晴風が艦隊から突出した時点で攻撃は止む。それでも、晴風が無事でいられる保証はない」
理性が黙れと警鐘を鳴らし続けていた。明乃の体がこわばるのがわかっても止められない。
「たぶん、捕捉され続けてる。晴風だけ離脱するのも、もう無理だと思う。……明日、艦隊は崩壊する」
もえかは笑った。明乃に顔を見られてないことを祈った。
「でもスキッパー1台なら、まだ逃げられるかもしれない」
そういったところで、答えは聞くまでもない。彼女は艦長だ。もえか自身もきっと彼女と同じ答えを出すだろう。それでも、聞かない訳にはいかなかった。それがたとえ彼女を貶め、傷つけるものだとしても。
ごめんね、ミケちゃん。最期まで友達でいたかった。
「――――逃げちゃおっか。二人で、さ」
もう戻れない。たった今、分水嶺は通りすぎてしまったのだ。
……まさかここまで早く仕上がると思ってなかったのですが、半分勢いで投稿します。
いかがでしたでしょうか。
戦闘回が見えてきました、カウントダウン開始です。
これからもどうぞよろしくお願いします。