HIGH SCHOOL FLEET -His Order has Priority-   作:オーバードライヴ

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シウコアトルの胎動

 

 

 

「おかえりなさい。もかちゃん参謀」

 

 教官執務室に足を踏み入れた知名もえかを待っていたのは、その部屋の主、高峰青葉だ。夕景は窓に小さく、シェードがかけられた灯りの下、タブレットにわざわざ有線接続したキーボードで文字を打っていた彼女は手を止め、にこりと微笑む。

 

「ミケちゃん艦長の様子はどうですか?」

「どう……とは?」

 

 もえかは聞き返しつつ部屋のベッドに腰掛ける。部屋の中は雑多だ。備え付けのペン立てがあるにも関わらず、広げられた私物のペントレーには万年筆やインク瓶がかろうじて乗っているものの、ボールペンや鉛筆などは机に散乱していた。机の上にはファイルの山ができ、青葉は器用に書類を引き抜きながら執務を行っている。

 

 この状況は、普通なら片付けの苦手な人扱いで終わるだろう。しかし、高峰青葉はその一つ一つの位置を把握しており、侵入者用のアラートとして活用していた。

 

「ミケちゃん艦長はちゃんと攻勢に耐えられそうですか?」

「さぁ……」

「つれない返事ですね」

「実際どうなるかは蓋を開けてみないとわかりませんから」

「そりゃあそうですね」

 

 青葉は笑って机に向きなおり、タイピングを再開。折りたたみ式の薄い機械式キーボードのカチカチとした軽い機械音が部屋に響く。

 

「ミケちゃんは艦隊機動戦を考えていそうです。おそらく機関銃の設置要請が来ると思います」

 

 その言葉に、キーボードの音が止まる。

 

「……バロット、君はもう少し利口な人間だと思っていましたよ」

 

 青葉はいつもよりゆっくりとそう言った。

 

「高峰さん、いいえ、サループ」

 

 彼女を示す名前を言い換えるもえか。青葉はそれを聞いてか、椅子の背もたれに腕をかけるようにして振り返った。

 

「我々にとっての最善は、晴風をはじめとする学徒艦隊がこの状況を切り抜けること、違いますか?」

「その通りです。ですがそれは誤った解決策(ミストアプローチ)でしょう。彼女に情報を伝える事にどれだけのリスクがあるのか、優秀な君がわからないはずがない。彼女、どこかの教官よろしくショットガン持ってスキッパーで飛び出しますよ。そのリスクを知って伝えたんでしょうね」

 

 夕焼けの中で彼女の瞳が細められた。口の端が歪んだ彼女はそう言いながらもどこか楽しそうだ。

 

「岬明乃という少女がどういう人材であるか、君が一番理解しているはずですよ。彼女が発揮し得る素質、そしてそれがこのタイミングで顕現した場合のリスク。君には説明したはずです」

 

 黒い髪を後ろで括った彼女の声はいつも通りだ。感情を殺しているわけでもない、演じているわけでもない。本当にフラットなのだろう。

 

「……煽動者(アジテーター)的素質、ですか」

「岬明乃に艦長の役割を説明させたことがありましたね。ほら、日本出港前に広報用のインタビューを受けた時のやつです」

 

 もえかはそう言われてわずかに記憶をたどる。確かにインタビューの予定が入っていたのが記憶にある。しかし、もえかはそこに同席しておらず、内容までは聞いていない。

 

「岬艦長は、艦長という役割を最初『みんなを《がんばれー!》と応援すること』と説明しようとしました。さすがにあんまりな説明なので、ましろさんがフォローを入れましたけどね。ですが、それは彼女の特性をよく示した説明だと言えます」

 

 青葉はそう言いつつ、ペントレーから一本の万年筆を取り上げる。

 

「岬明乃は晴風に、彼女の思考そのものをビルトインしてしまったんですよ。《がんばれー!》という応援(チアーアップ)によって、晴風をどう動かすべきかを皆に示した。彼女自身に自覚はないでしょうが、彼女の空間認識能力と人材把握能力は超人的です。相手の視線、相手の指先から能力の程度や思考を読み取り、相手の能力を引き出すための思考法を相手に授けることができる。短時間で烏合の衆を兵隊に変えるカリスマなんですよ、彼女は」

 

 くるくるとスクリュー式のキャップを回し、万年筆のペン先を引き出す青葉。ペン先はわずかに青いインクに染まっており、長く使っていることが分かる。

 

「そして彼女の助けで能力を発揮できたクルーは、自らの意思で岬明乃に従うことを選ぶ。それはある意味で正しく、ある意味で間違っています。純正のブルーブラックで満たすはずだったのに、先に岬明乃色のインクで満たすことになった。まぁRATt連続テロ事件を乗り切るには、そうするしか手が無かったでしょうから、それを責めてもどうにもなりませんがね」

 

 そういった青葉は万年筆をくるくると回す。金メッキされたペン先が夕日を反射し、もえかの目を射た。

 

「晴風クルーが演習で知名もえかの()()よりも岬明乃の()()を優先するほどに、岬明乃の命令は晴風にとっては重たい意味を持つ……岬明乃の行為を世間様は『洗脳』と呼びます」

 

 万年筆の先を、ティシューで拭いた青葉。そこに付いたインクの色は青では無く、臙脂色だった。

 

「インクは空にして洗浄することで更新するしかない。しかし、組織的には脅威であるはずの岬明乃色に染まった晴風は、確かに機能した。彼女を艦長から外す正当な理由は無くなってしまったわけです。最悪ですね」

 

 どこか楽しそうな青葉は言葉を続ける。赤熱した夕日が彼女に濃い影を落とした。

 

「彼女は誰かを切り捨てられません。一週間ほど前に乗り込んだタッツェちゃんだって、昨日知り合ったばかりのジョセフ君でさえ切り捨てられないでしょう。だから晴風は正解を選べない。否、岬明乃が選ばせない」

「そこまで言い切りますか」

 

 ムッとした様子でもえかがそう言えば、声を上げて青葉が笑う。

 

「その表現は正しくないんじゃないですか? 君の場合は『切り捨てなきゃいけない状況なのか?』の方が正しそうです」

 

 青葉は返事を待つが、もえかは答えなかった。

 

「君がそこに疑問を持つということは、君は既に岬明乃に犯されているということです。もっとも、君の場合は武蔵の影響も大きそうですが」

 

 そう言われてもえかは腑に落ちない表情を浮かべていた。

 

「どうしてここで武蔵がでてくるんですか」

「おや、気がついていませんでしたか。岬明乃と北条沙苗はとても良く似ている」

 

 もえかの頭にこびりついて消えない後ろ姿が浮かぶ。

 

「知識の差、経験の差こそあれども、彼女達の本質は『自らの思考や思想を、その言葉と行動により他者にインストールすること』にあります。彼女達一人だけなら恐れるに足りません。ですが、彼女達は人を感化し扇動し、物事を動かすだけの力を持つ。性質的には同質です」

 

 北条沙苗の笑い声が耳元で響いた気がした。もえかはそれを振りほどこうと一度息を吐く。

 

「それは北条沙苗が発揮したものであり、彼女を追う中で岬明乃が開花させた才能です。柳昴三が能力の方向性を上手くコントロールしたからこそ、晴風は崩壊せずに武蔵を追い詰めることができました」

 

 ごそごそと胸ポケットを漁る青葉、出てきたマッチの箱を揺らす。

 

「岬明乃が武蔵に乗らないよう宗谷元校長が工作してくれて正直なところ助かりました。岬明乃が北条沙苗に感化された姿なんて考えたらぞっとしません?」

 

 ケラケラと笑ってから青葉は煙草を取り出し火をつけた。

 

「なにはともあれ、晴風は既に岬明乃の王国と化した。絶対王政じゃなくて皆のボトムアップで成立したので尚更たちが悪い。臣民(クルー)は自らの意思で国王(かんちよう)に命を捧げかねない、そんな危険領域に踏み込もうとしている。ですがそれを岬明乃は望まないでしょう。ならばどうするか」

「最善策は晴風から岬明乃が自らの意思で降りる……ですね」

「おや、それが出てくるということは、もしかして提案しました?」

 

 紫煙を吐き出した青葉はそう問うが、答えは返ってこなかった。

 

「ですがそれは厳しいでしょう。岬明乃にとっては地獄の選択です。少なくとも、晴風に危機が迫っている今の状況では。……やっと共通認識の確認は終わりですね。それで、なんで彼女に()()が迫る事を伝えたんです?」

「……ミケちゃんが生き残って、艦長であり続けるためにはこれしかないでしょう?」

 

 もえかは笑う。

 

「ミケちゃんは、優しすぎる。そして貴女はそれを利用しようとしている。サループ、あなたは誰の味方なんですか?」

「はぁ? またそんな事を聞きますか? 何度聞いても答えは一緒です」

 

 青葉は灰皿をとる手を止め、演技臭く肩を竦めた。

 

「私は日本国の味方ですよ。岬明乃を見殺しにできないのは、こんな異国の海にわが国が守るべき未成年の死体を、ぷかりと浮かべるわけにはいかないからに過ぎませんし、この海で晴風が廃艦になろうと、岬明乃が廃人になろうと、私が知ったこっちゃありません。そこから先は医療福祉と障害年金の問題ですから、私は門外漢です。君も然り、私も然りです。我々の背後にある日本国と1億2000万人の国民の前では、ね」

 

 さらりと言いきってから、青葉は煙草の灰を落として咥えなおした。

 

「戦争を知らないままわが国は半世紀以上過ごしてきた。それがどれだけ血塗られたものであっても、どれだけ欺瞞に満ちたものであっても、それはわが国が勝ち取った平和でした。市民様にはその平和の中でうつつを抜かしてもらわなきゃならない。戦争はテレビ向こうにあればいい」

裏庭にはごめんだ(NIMBY)ということですか」

「えぇそういうことです。平和を守るのが我々の仕事であり、日本国ブルーマーメイドの仕事ですし、筋は通る」

 

 君もわかってるでしょ? と言って、深く煙を吐き出した青葉が浪々と続ける。

 

「だからカリブ海とかいう地球の裏側で戦争を吹っかけようとしているクソな日本人は止めるし、巻き込まれそうなわが国の未来ある若者は命だけでも護り抜く。若者の死は日本が宣戦布告するに足る理由となるからです……私が君達の味方である理由なんて、それ以上でもそれ以下でもありません」

 

 いつも通りの笑みのまま、すらすらと言葉を紡いでいく青葉。

 

「だから死者は出さない。犠牲が避けられないなら最小限にして、闇に葬る……それがわが国が1世紀にわたって堅持してきた国防のありかたであり、わが国の平和なんですよ」

「……そのために、ミケちゃんを切り捨てることになっても?」

「えぇ、もちろん。切り捨てられるのがミケちゃん艦長でも、もかちゃん参謀でも、晴風全てでも、高峰青葉教官でも判断は変わりません。()()()()()()()()()()日本国政府(われわれ)はそれを成す」

 

 知名もえかは瞳を閉じ、ゆっくりと口を開いた。

 

「だとしても、日本はまだ岬明乃を切り捨てられない。それが日本の国益を損なう状況にあるから」

「子守は苦手ですし、素人なんですけどね」

 

 おどけた答えは肯定だ。

 

 

 

 だとしたら、まだ、救いようがある。

 

 

 

「……ミケちゃんの居場所を奪わせなどしませんよ」

「ならどうします? そこまで啖呵を切るなら当然対応策があるんでしょう。聞かせてくださいよ、二兎を追い、二兎を捕らえる秘策を」

 

 知名もえかはゆっくりと目を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗谷ましろが話があると呼び出された晴風の艦尾では、落水防止用の柵に寄りかかった岬明乃が待っていた。遠くに鳥が集まって海面近くを黒く染めている。それを見ながら彼女に近づけば、岬明乃が気がついた。

 

「しろちゃん……ごめんね、呼び出しちゃって。寝てたよね」

「大丈夫です。少し寝てかなりすっきりしましたから。……それで、どうしたんです?」

 

 落下防止柵のチェーンに体重を預けるようにして、ましろは横を見た。横の彼女はツインテールにまとめた明るい色合いの髪を潮風に揺らしながら、思い詰めたような表情をしていた。

 

「らしくないですね。艦長がしゅんとしてるなんて」

「そう……かな?」

「……なにかあったんですね、()()()()

 

 明乃はそれを聞いて、少し寂しそうに笑った。

 

「しろちゃんが私のこと名前で呼ぶの、久しぶりに聞いた気がする」

 

 明乃の視線は足下に落ちる。学校指定のローファー風の履き物がゆっくりと鋼鉄の足下を擦った。

 

「……もしも、もしもだよ」

 

 そう言ってから、言い淀んだ明乃の言葉を、ましろは辛抱強く待った。

 

「もしも、私が晴風を捨てて逃げたら、どうする?」

 

 そう問われ、宗谷ましろは目線からそっと岬明乃を外した。

 

「……そうですね。寂しくなります」

 

 晴風に寄せた波が音を立てる。海に白線を曳きながら走る鋼鉄の船は、静かなようで賑やかだ。

 

「でも、それだけです。晴風は強い艦ですから、あなたがいなくても航海は続きます。私個人としては、いてくれた方がうれしいですけどね。……もえか参謀と喧嘩でもしましたか?」

「……しろちゃんにはお見通しなんだね」

「伊達に副長をしてませんよ」

「そうだね。うん、しろちゃんが副長でよかった」

 

 明乃が笑った気配。ましろが視線を戻す。

 

「……何があったんです?」

 

 ましろの問いに、明乃は黙り込んでしまった。

 

「言いたくないなら、黙っててもいいですよ」

「ううん。言わなきゃいけないことだし、どっちにしても、今晩にはみんなにも話さなきゃいけないことだから」

「晴風全体に関わること、ですか?」

「どちらかといえば、艦隊全体かな」

 

 明乃はそう言ってから、迷うような間をあけた。

 

「明日、学徒艦隊に攻撃がある……かもしれない」

「……そうですか」

「驚かないの?」

「驚きましたよ。でももえか参謀と艦長のことです。確度は高いんでしょう? 驚いていても始まらないですから」

 

 ましろはそう言って笑った。自分でも笑えることに驚いた。

 

「多分、戦闘になる。海賊風の船団が急襲をかけてくるけど、おそらくはそれが本命じゃない。潜水艦にピケッティングされ続けてるっぽいし、本命はその次。海賊船に襲われた学徒艦隊を救援にくる英国ロイヤルブルーマーメイドと英国海軍の混成艦隊」

 

 もともと私達が合同演習でご一緒する予定だった艦隊だね。と明乃が言えば、ましろは頭を抱えた。

 

「……まさかとは思いますが、混成艦隊相手に正面突破とか言わないでしょうね」

「さすがの私でもしないよ。海軍が出てくる以上、変なことしたら、こっちの射程外から噴進魚雷で蜂の巣にされる。たぶん5分も立たずに壊滅する」

 

 冷静にそう言う明乃が頼もしいやら、苦しいやらで、ましろの顔に苦い笑みが浮かんでしまう。

 

「それに……ブルーマーメイド同士で撃ち合いたくない……あんなのはもうRATtの時だけで十分だよ」

 

 ましろの脳裏に鏑木美波との会話がフラッシュバックする。

 

 美波経由で伝えられた、宗谷真雪と真冬からの()()。RATtウィルスがまた動いている。その背後にいるはずの金鵄友愛塾が手ぐすね引いて晴風と艦長を飲み込もうとしている。

 

「艦長……」

 

 明乃の影が混じる表情を夕日が照らす。

 

「大丈夫。きっとなんとかなる。なんとかするんだ、私達がなんとかしないと、晴風が沈む」

 

 そういう彼女を、愛おしいと思うのは、きっと場違いで、失礼なことなのだろう。それでも、ましろはそう思ってしまった。彼女を守らねばならない。

 

「だから、突破口は一つだけ」

 

 明乃はそう言いながら、セーラー服の胸ポケットを押さえる。ましろは、明乃がそこに懐中時計をしまい込んでいることを知っていた。

 

「英国がやってくる前に、海賊船団を無力化するしかない。徹底的に叩いて、英国が入り込む隙を生まないぐらい完璧に無力化する。誰も死なせずに、切り抜ける。……しろちゃん、力を貸してほしい」

「私で良ければ、いくらでも」

 

 夕日が沈もうとしていた。岬明乃が艦内へと舞い戻る。 

 

 

 




青葉さんのセリフ長回しが楽しすぎました。色々とごめんなさい。

戦闘が近づいてきていますが、本当に口火を切れるのはもう少しだけ先になりそうです。

これからもどうぞよろしくお願いします。
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