HIGH SCHOOL FLEET -His Order has Priority- 作:オーバードライヴ
ドイツ海軍の将校向け宿泊施設と言う名の官営高級ホテルに弦楽四重奏の優美な旋律が流れる。舞踏会でも開かれようかという雰囲気に、主賓である晴風クルー他、日本からの学徒艦隊の面々は緊張しきりである。
「そんなに緊張される必要はございませんわ。誕生日のお祝いの様な気楽な形でよろしいですよ」
「さらっとそう言い切れる万里小路さん本当に何者なの……?」
内田まゆみがきょろきょろと周囲を見回してそういう。学生としての正装として、いつものセーラー服に、濃緑の部隊表彰飾緒をぶら下げ、RATt連続テロ事件解決の際に受賞した小綬のメダルを左胸に提げているのだが、いかにもドレスコード付きじゃないと入れないような雰囲気の場所にセーラー服ではどこか浮いてしまう気がするのだ。
「必要なのは心持ちです。気圧されずに参りましょう」
万里小路はそう言って前にでる。さすがは万里小路重工のご令嬢というべきか、こういうところでも物怖じせずに前に出て行く。残りの晴風クルーは皆カチコチだが、威風堂々と前にでる万里小路とはぐれると本当に身動きが取れなくなりそうなのでゆっくりと会場に入る。
「うー、緊張する……」
「緊張しても、仕方ない」
さらりとそう言って日置順子をなだめるのは砲術長の立石志摩だ
「そういうタマちゃんはこう……落ち着いてるよね」
「いやー、そうでもないよー?」
笑いながら順子に耳打ちしたのは正装という事で泣く泣く猫耳パーカーを置いてきた水雷長西崎芽依だ。
「というと……?」
「見てればわかるよ」
万里小路たちの後を小走りで追う志摩の様子を眺める二人。
「あ、こけた」
「と言うわけで、かなりいっぱいいっぱいなタマちゃんなのでした。タマー、大丈夫―?」
「うい……」
見事にふわふわの赤絨毯に張り付いた志摩を助け起こしながら、芽依は笑う。
「メイちゃん緊張しないの……?」
順子が聞けば芽依は笑う。
「緊張してるけど……あそこまでカチンコチンな艦長を見てるとねぇ……」
そう言って芽依が親指で指さしたのは、演奏中の管弦楽団の隣、演台やらマイクスタンドやらが置かれた一角の側で椅子に座って目を回している岬明乃がいた。
「あー……今から挨拶でしたっけ……」
「そ。しかも挨拶したらドイツ海軍の貴族の人とかとご挨拶だってさ。明日は延期してたドイツ功労騎士十字章受勲式と、ドイツ鉄血騎士団への入団式典だって。もうとんでもないよねー」
「今心底艦長じゃ無くてよかったって思ってます……」
「こればっかりは同感かなー」
さ、行こうか。といって順子言って歩き出す芽依。主賓が場の空気にのまれたまま、歓迎の立食パーティーが始まった。
†
パーティー会場の端、ちょこんと置かれた飾りだらけの椅子に座って、ダブルの制服の左胸に下がった勲章の数に辟易としながら、岬明乃はバレないようにため息をついた。正装ということで略綬ではなく正式なメダルを提げる。小さいバッジも含めれば十いくつの装飾品がついたジャケットは重くて肩が凝り固まりそうだ。祝い事ということで真っ白の綿の手袋をはめている。
(教官はいつもこんな物を着てたんだ……)
黒い制服を着て思い出すのは、たった半年前なのにもう遠くに感じてしまう背中だった。晴風が太平洋をさまよっている間、艦を率い続けた教官の背中。制帽に白手袋、腰に下げた拳銃にタブレット端末――――馬車馬の様に働き続けたその男はもう明乃の前にいない。おそらくもう顔を合わせることは無い。
「柳教官……」
柳昴三 二等海上安全整備監。最前線で戦い続け、私を護って、海上安全整備局を去った、
時々思い返しては、考え込んでしまう。彼なら、この状況をどう思っただろう。
「なーに辛気くさい顔しとるんじゃ。せっかくのパーティーじゃろう」
「ミーちゃん」
差し出されたシャンパングラスを見て、顔を上げる。淡い金色のふつふつと泡立つグラス越しに綺麗な金の長髪が見える。
「これお酒?」
「残念じゃが、アルコールは入っとらん。アップルシードル、リンゴ酢の炭酸割りじゃ」
それを聞いて安心して受け取る。
「ミーちゃん疲れないの?」
「疲れとる余裕なんぞあるかい」
そう言って剛胆に笑うのは、通訳兼紹介役として明乃をサポートしてくれているヴィルヘルミーナだ。自分用に確保したらしいジンジャエールに口をつけながら、明乃の横に座る。
「でもまぁ、ミケはよぅやったよ。代表挨拶に、海軍のメーゼン=ボールゲン少将、ブルーマーメイドのアーデルハイト・フォン・トローター基地司令にホヴァルツヴィルケ造船のシュヴィッフル伯爵……軍や財界のお偉いさんのオンパレードじゃったからのう」
「本当に緊張したんだよ……?」
「じゃろうな、でもじきに慣れる」
ヴィルヘルミーナの家柄も貴族社会に顔が利くらしく、今回はヴィルヘルミーナの紹介という形で引き合わせてもらっている。一年年上の彼女は幼少期からこれに触れてきたのかと思うと少し驚きだ。
「まぁ慣れてしまえば問題などのぅなるよ。だから気にしすぎんでええ」
「ミーちゃんはすごいね」
「どこがじゃろう?」
「改めて貴族様なんだなぁって」
「まぁのう。でも階級も地位も、海に出てしまえば屁の突っ張りにもならん。
そういってパチンとウィンクをしてみせるヴィルヘルミーナ、吊られて明乃も笑う。
「それにしても、ミカンにはやられたよ」
「ミカンちゃん?」
ミカンと言えば、晴風の胃袋を握る給養長、伊良子美甘のことだ。星の髪留めで髪をまとめ、てきぱきと30人分以上の料理をてきぱきと作っていく給養科を取り仕切る頼れる料理人である。
「歓迎の立食パーティーに料理持ち込みっていうのはさすがに想定外じゃった」
「手まり寿司と照り焼きチキン、あとシュニッツェルだっけ、おいしかったねー。ミーちゃんは食べた?」
「手作りの大量ザワークラウトと一緒にミカンが押しつけてきたからな」
「ミーちゃんに日本食の良さを分ってもらいたいっていうのと、前のときになんちゃってドイツ料理をしてから、いつか見返してやるんだからって燃えてたからね、ミカンちゃん」
「なるほど、だから鬼気迫る形相でやってきた訳か。組長殺しのカタキを取りに来たのかと思ったぞ」
「そもそも組長殺してないでしょミーちゃん……」
そんな会話で笑っていると、いきなりパーティー会場がどよめいた。明乃が出所を探す。
「これはこれは……珍しい人が来たのう」
ヴィルヘルミーナが驚いたようにそう言って席を立った。歩き出すわけではなく、その場で立ったのは座っていることが失礼に当たるような人なのだろう。
「あの人は?」
ドイツ系の参加者が軒並み敬礼や、頭を垂れるのを見る限り、とんでもなく偉い人らしい。見えたのはブルーマーメイドの制服、黒を基調にしたダブルの制服に制帽を抱えている女性だった。アッシュグレーの綺麗な髪には軽くウェーブがかかっている。
「ドイツ=ヴァイマル・ブルーマーメイド即応機動警備艦隊司令長官のフローレンツィア・ゲルテ・フォン・ルックナー中将じゃ。ブルーマーメイドで現役唯一のプール・ル・メリット戦功勲章保持者じゃな」
「その勲章って……」
「ドイツ国内では最上位の勲章。保持者は最優先で敬礼を受けるぐらいすごい」
明乃も席を立つ。ウェイターからアルコールを受け取り歓談しているルックナー中将を遠目に眺める。
「ルックナー中将は『歩く騎士道』と呼ばれる程に公正であらんとする方じゃ、そして数々の戦闘に参加しながら、味方の死者は10人にも満たないほど部下を生きて帰した方でもある」
「すごい人なんですね……」
「とんでもなくすごい方だ。すごい方……なんじゃが……」
「?」
しどろもどろになっていくヴィルヘルミーナの話を聞きながら件の中将を見ていると、不意に目が合った。
「っ!」
彼女が微笑んでこちらにやってくる。明乃とヴィルヘルミーナは慌てて敬礼。ルックナー中将は明乃たちの前まできて答礼。
「楽にして頂戴、ここでは先輩としての敬意だけで結構よ」
そう言われ、直立不動の姿勢から、休めの姿勢に切り替える。中将に楽にしろと言われてだらけていられるほど、二人とも肝は据わっていない。
「たしか貴女は……」
「はっ! ご無沙汰しております! ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルク学生です。予備少尉を拝命しております!」
「そうそう、ハンス・フリーデブルク大佐の娘さんでしたわね。お父上はお元気?」
「はっ! つつがなく過ごしております。本日は来ておりませんが、父に代わりまして……」
ルックナー中将は真正面に視線を固定して返事をしていたヴィルヘルミーナの唇に触れ、その言葉を止めさせる。
「今は先輩としての敬意だけで結構よ、ヴィルヘルミーナ。私はここの卒業生、あなたはここの在校生。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「は、はい……」
すらりと伸びた長身のルックナー中将のほっそりとした指がヴィルヘルミーナの頬を滑る。いきなり中将の顔が急接近し、上から覗き込まれる形になって焦るヴィルヘルミーナ。とっさに体を引こうとしたがいつの間にか中将の左手がヴィルヘルミーナの腰に回っており、逃げられない。
「ちゅ、中将……?」
「あぁ、失礼。親しき仲にも礼儀あり、だったわね」
「そ、それよりも是非ご紹介したい友人がいるのですが……」
明乃の方をちらりと見るヴィルヘルミーナ。左目が高速でパチパチと瞬きを繰り返していた。そのリズムを見て明乃はぎこちない笑みを浮かべた。かなり早いがモールス信号だ。
「あら、あらあらあら……」
明乃の方をみてヴィルヘルミーナを手放す。ヴィルヘルミーナはほっとした顔で明乃の方を掌で指し示した。
「こちらが、日本から来た……」
「まぁ、この子がアケノ・ミサキさん?」
そういって顔の横でパチンと手を打って喜ぶルックナー中将。改めて見ると50代くらいだろうか、整った顔立ちをくしゃっと歪めて笑う姿はとても優しく見えた。
「は、初めてお目に掛かります。日本国横須賀女子海洋学校学徒艦隊旗艦晴風航洋艦長、岬明乃学生です」
「そんなにおどおどしなくて大丈夫よ。フローレンツィア・ゲルテ・フォン・ルックナーと申します。噂はかねがね、南太平洋の英雄さん」
「過分な評価をいただいております……」
なんのためらいも無く懐に入ってくる感じにたじろぐ。顔がものすごく近い。ヴィルヘルミーナよりも長身なのもあって、もはや明乃に近づくというより、抱き込むに近い雰囲気だ。
「それにドイツ語もお上手ね。活躍ぶりからもっと荒々しい子を想像していたのだけど、おとなしくていい子じゃない。どこかの三流紙には辟易したでしょう」
「あの、えっと……お気遣いありがとうございます……?」
その手つきに、その目線の動きにどこかぞわぞわする。制服の肩を撫ぜる手つきは優しく、衣擦れの感触がゆっくりと伝わってくる。それを眺めるルックナー中将の目はどこか艶っぽく、背筋になにか薄ら寒いものが舞い上がってきた。
「是非一度あなたと話してみたかったのよね……この後お時間あるかしら?」
「えっと……」
明乃がちらりとヴィルヘルミーナを見ると、ヴィルヘルミーナは満面の笑みで答える。
「岬卿の公務は終わっておりますので」
「あ、じゃぁ少しお話しません?」
ミーちゃんの鬼っ! と心の中で叫びながら、明乃は笑みを顔に貼り付けた。
「よ、よろこんで……!」
「まぁ、うれしい! ぜひ聞かせてくださいな。あなたの英雄譚」
そのまま腰に手を回され、壁際のテラスの方に連行される明乃。周囲に目を走らせるが、中将の階級章をぶら下げた祖国の英雄に物申せる人材などいるはずも無く、遠巻きに眺めながら曖昧な笑みを向けてくる人しかいない。
もしかしなくても、この人……、そういう趣味で有名な人?
「ミケ、強く生きるんじゃ……」
日本語で流れ込んだ声に明乃は答えを確信する。しかしながら逃げるわけにもいかず、ただただテラスのほうに連れて行かれるだけだった。
†
「ミケ、強く生きるんじゃ……」
岬明乃を身代わりにして追求を逃れたヴィルヘルミーナは一人胸をなで下ろしていた。中将相手に逆らうわけにもいかず、親同士の面識もあるルックナー中将を邪険にはできないのでどうするべきか悩んだが、なんとか切り抜けることができた。危ない危ない、もう少しで手籠めにされるところだった。
「アレさえなければ聖人君子なんじゃがなぁ、ルックナー中将は……」
味方に死者を出さず、最小の戦力で最大の戦果を上げ続ける英雄『大西洋のセイレーン』フローレンツィア・ゲルテ・フォン・ルックナー中将。継戦能力を維持し続け、大西洋の治安を常に維持し続けるその手腕はドイツ=ヴァイマル・ブルーマーメイドの至宝と言われるほどに卓越したものだ。部下からの信頼も篤い、理想的な上官を絵に描いたような人物だと評される訳だが、いろんな意味で大食いなことでオチがつく。
「ミーナ」
「なんじゃ、テ……」
ア、と振り返って声を掛けてきた敬愛すべき艦長に微笑みかけようとして、そのままの表情で凍り付く。満面の笑みにもかかわらず絶対零度の視線がヴィルヘルミーナに刺さっていたのだ。
「ルックナー中将の方がいいんだ……ふーん」
「テア……なにをおっしゃいます?」
風も無いのにテアの銀髪がふわりと浮き上がったように見えた。
「ルックナー中将の趣味はテアも知っているだろう! 私が以前から親交があってだな……」
「言い訳無用」
飛びつくテア、逃げるヴィルヘルミーナ。その二人の喧噪の間を、優雅な弦楽四重奏が埋めていく。
パーティーは未だ幕を開けたばかりだった。
……はい、短い感じですが、パーティー開催です。
とんでもなく濃い方が登場しました。なんでこの作品は妙齢の女性ばかり増えていくのか分らないのですが、もう気にせず突っ込みます。
次回 まだまだ続くよ宴の夜は
ということで次回もどうぞよろしくお願いします。