HIGH SCHOOL FLEET -His Order has Priority-   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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アレトゥーサへの伝言

 

 

 

「さすがは海軍さんのホテル、格が違う」

 

 そう言って唸るのは腕を組んで部屋を見回していた納沙幸子である。同室に割り当てられた等松美海が荷物を整理しながら笑う。

 

「ココちゃん、ホテルの格なんてわかるの?」

「ぜんぜんわからん」

「だと思った。でもなんていうか、ゴージャスなのはあるよね」

 

 美海はそう言ってホテル備え付けのバスローブに袖を通していた。今は歓迎の立食パーティーが終わって、久々の(おか)での休息に入れるタイミング。艦には当直で各科から一人ずつは残しているものの、残りの大多数は敷地内にある官営ホテルにそのまま宿泊となった。

 

「あー、ベッドふかふかー。疲れが吸い取られそー」

 

 美海がそう言ってベッドに倒れ込むとバフンという音と共にベッドの毛布が舞い上がる。

 

「シャワーしかないのは玉に瑕だけど、このベッドがあるならいいかー。シャワーは浴び放題だし」

「水の制限がないのはホント助かりますー。真水だとべたつかないから……」

「あの塩風呂も体が温まっていいんだけどねー」

 

 幸子もベッドに横になるとそのままの姿勢でタブレットをいじり始めた。

 

「まーた見てる。なんか面白い情報ありました?」

「なーんも、ドイツ語のニュースをかるくザッピングしてますけど、あるのは難民受け入れがどうこうとか、セントルシアの革命がどうこうとか、暗い話ばっかりですねぇ」

「ドイツも大変なんだねー。……日本も言えた事じゃないのかもだけど」

「日本は難民を受け入れる国じゃなくて、難民を産み出してきた国ですしね。ベクトルが違いますよ」

「……なんか私達、知的な会話してる?」

 

 美海の言いぐさに幸子がクスリと笑う。

 

「ならもっと続けます?」

「いや……いいわ。マッチについて語ってたほうがよほど生産的だわ」

「それはどうなんでしょう……」

 

 幸子が苦笑いを浮かべたタイミングでタブレットに通知が飛び込む。晴風クルーの連絡に使っているグループチャットの通知だ。音だけ聞いた美海が幸子の方を見る。

 

「誰から?」

「マロンちゃんですねー、『イケナイ階段上りたい人以外は来ないでください。そうじゃない人は1120号室集合っ! byレオ』だそうですよ」

「なにそのスパムメールみたいな文面」

 

 おそらく機関科の若狭麗緒が機関科長の柳原麻侖の端末を拝借し打ち込んだらしい。

 

「1120というと……」

「二つ隣ですね-。美海ちゃんはどうします? 行ってみます?」

「まぁ暇だしね……。くだらなかったら戻ってくればいいわけだし。ココちゃんは?」

「そういう感じならお邪魔してみますかねー。まだ眠くないですし」

 

 よいしょ、といいながらベッドから体を起こす幸子。とりあえず貴重品を携帯し、部屋の鍵を持つ。美海はバスローブからジャージに手早く着替える。

 

「さーて、何が出てくるのかしらね……少し楽しみだわ」

 

 美海と幸子がなんだかんだ言いつつも期待に胸を膨らませて部屋を出て行く。

 

 

 

――――そしてその三分後、ものの見事にその期待を破られることになる。

 

 

 

「良く来たココ、金を出せ」

「レオちゃんなんで開口一番に真顔でタカリに入っているんですか」

 

 部屋に入るとすでに四人用の部屋はかなりの人が駆けつけていた。麗緒をはじめとしておっとりとした雰囲気の伊勢桜良、赤い髪留めを揺らす広田空、どこかとぼけた笑みを浮かべる駿河瑠奈の機関科仲良し四人組の部屋のはずだが、アルコールでも入れたのかと疑いたいぐらいハイテンションな柳原麻侖、ポテトチップスをもりもり食べている航海員の勝田聡子、ナイトキャップまで被って完全に寝る体勢だったなとわかる宇田恵と部屋でダウジングでも始めようとしているのか針金をいじり倒している八木鶫の電信電測コンビ。晴風の水雷を握る松永理都子と姫路果代子のボーリングペア、最年少一三歳の天才医師の鏑木美波まで入れば部屋は既に一杯だった。

 

「それで、なんでいきなりタカリが入るんですか。お金なら皆さん持ってるはずです」

 

 幸子が部屋を見回してからそういえば聡子が大笑いだ。

 

「いや、ジンバブエドルまで持ってたココちゃんならユーロくらい持ってるかなって話だったぞな」

「なんでユーロの話に……艦内決済につかうクレジットカードがあればここでも使えるはずじゃ……」

 

 幸子の言うことは基本的に正しいはずだ。横須賀女子海洋学校の生徒は当然学生ではあるものの、同時に海上安全整備局を抱える国土交通省の特別職国家公務員として登録されている。それは晴風クルー全員が公務員としての給料をもらっていることを意味する。晴風艦内での現金の取り扱いが基本的にできないこともあり、全員の学生証にクレジットカード機能が付与されているため、それがあればキャッシュレスで買い物が可能なはずなのだ。

 

「今回ばかりは足をつけたくねぇ。と言うわけで現金が必要なわけだが、ココは持ってないのか、五ユーロでいいんだ」

 

 手をワキワキさせながら麻侖が近づいてくる。幸子は一歩下がりながら彼女の様子を眺める。

 

「それぐらいならありますけど……何に使うんですか……?」

 

 犯罪行為の片棒を担ぐ気はないですよ。といいながら財布をそれとなく遠ざける。

 

「別にそれでヤバい物を買おうとかそういうことじゃねぇ……じゃねぇよな?」

「何でそこで不安そうになるんですかマロンちゃん」

 

 後方の人員が頷くのを確認する麻侖に幸子はため息。

 

「あーもうまどろっこしい! 要はそこのテレビを見たいんだよ!」

「テレビ? テレビなら普通に……」

 

 美海がベッドのリモコンをつかみ、壁につり下げられた薄型テレビに向ける。あっという間にテレビがともり、トークショウのような番組が流れ始めた。

 

「だー! そういうことじゃなくてだな!」

 

 しびれを切らしたように麻侖がデスクからラミネートされた紙を手に取り、幸子の目の前に突きつけた。

 

「こ、これって……」

 

 改めて確認するまでもないが、ここは海軍の持っているホテル。ブルーマーメイドのみならず、海軍の人間も使う部屋だ。当然男性が宿泊することも考慮されている。当然、そういう軍属の若い殿方向けのサービスも存在するわけで。

 幸子に突きつけられた紙はやたらと暖色系の装飾がうるさい、そういうサービスの案内だった。

 

「有料の、成人向けチャンネル……!?」

 

 幸子たちが泊まっていた部屋にはたしかこの案内はなかった。おそらく未成年が宿泊することを考慮し、ホテル側が撤去したらしい。この部屋だけにあるのは、おそらく回収を忘れたかららしい。やたらとグラマラスな肌色のオンパレードに幸子の顔がみるみるうちに赤くなる。既に美海はゆでだこになってダウン済みだ。

 

「ま、まさか見るつもりですか……!?」

「こういうときぐらいしかタイミングないしなぁ……この一部だけ残っていたのはおそらく見ろという神様の思し召し……!」

「こういうときだけ都合のいい神様が出てきますねマロンちゃん」

 

 そういいつつゆっくりと距離をとる幸子。その距離をぐいぐいと詰めていく麻侖。

 

「さぁ、ビデオカードを買うためのお金を出しませぃ。皆で折半して返す」

 

 確かにこれを学生証のクレジットカード機能で購入する人はいないだろう。そんなことをすればあっという間に学校側に通知が行く。ホテルでアダルティな映像を見たため処分というのはさすがにあんまりだ。

 

「来いよベネット(ココット)、理性なんて捨ててかかってこい」

 

 後ろから副音声でそんなことを言う麗緒。ニヤニヤ顔でこう言われては幸子の芸人魂がうずいてしまい、自滅すると分っていても売り言葉に買い言葉をかけてしまう。

 

「……テメェなんざ怖くねぇ!」

 

 幸子、財布を召還。やんややんやの大歓声。

 

「ヤロォブクラッシャァァァァアアアアアアアアッ!」

 

 

 

 

 

「……で?」

「とても反省してます。はい。反省してますとも」

 

 絶対零度の視線で正座した当事者全員を見下ろす宗谷ましろ副長。あまりに盛り上がりが激しいので態々クレームを入れにいったところ、例の事件を見てしまったのだ。

 

「私達は今、ドイツに横須賀女子海洋学校の代表として寄港している身だ。日本の看板を背負っているに等しいことは重々承知しているはずだな?」

「はい……」

 

 きっちりとまとめたポニーテールを揺らし、凜とした面持ちで、副長としての口調で話すましろ。皆がそれに気圧されたように視線を落しているが、一番の理由は目を合わせると笑いそうになるからだ。

 

「(りっちゃん、あのネグリジェ、私物なのかな……)」

「(ぴんくのウサギさんって……ぴんくのウサギさんって……!)」

「松永、姫路、私語を許したつもりはないが?」

「「ごめんなさいっ!」」

 

 目を三角にしてそういうましろにあわてて背筋を伸ばす果代子と理都子。その時に思いっきりましろを真正面から見てしまい、慌てて笑いをこらえる。とてつもなくファンシーな雰囲気の丸っこいウサギのデフォルメキャラがあしらわれたゆったりデザインのワンピース。窮屈にはならない程度であるが腰のあたりがわずかに絞られているのがせめてもの女性らしさを醸し出さんとしている。それを凜々しく整った顔立ちが引き立てているのだが、すべて柄でぶちこわしである。それで凄まれても迫力に欠けるというのが実際のところだ。

 

「……そうかそうか、そんなにもっと怒られたいか」

 

 笑いをこらえる面々に青筋をいくつも浮かべながらましろがそういう。周りが慌てて止めに掛かる。

 

 晴風クルーの夜は長い。

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

「……ということがあった。盛り上がったけど、思ったより面白くなかったねということで意見の一致をみた」

《なんでそれを態々私に国際電話を掛けてまで報告してくるんだ》

 

 電話の向こうからため息が聞こえる。おそらく日本は朝七時ごろ、この時間なら電話に出るだろうと踏んで通話をかけるとすぐに繋がった。

 

「ひと月ぶりの電話、娘からの電話は嬉しくない? パパ上」

《パパ上はやめろ、美波》

「なら教官でいい?」

《教官じゃないっての》

「そう……だね、うん。そうだ」

 

 鏑木美波はそう言って少し笑う。電話の向こうの男は困り顔を浮かべているだろうか。

 

《……異性の元教え子が成人向けコンテンツ鑑賞パーティーで大盛り上がりなんて話を聞かされるこちらの身にもなってくれ頼むから。朝っぱらからテンションが下がる》

「でも他に話題もなくて」

《嘘つけ、フリーデブルグさんは元気にしてたのかとかいろいろあるだろ》

 

 最近の彼は少しフランクになった。彼がこの船にいたときにどれだけ自分を縛っていたのだろうと、美波は思う。

 

「日本はもう寒い?」

《もう12月だからな。太平洋側は乾燥がひどい。喉がやられそうだ》

「加湿器使ってる? あとちゃんとご飯は食べてる?」

《母親か君は。ちゃんと夜は加湿器入れて寝てるし、ご飯も三食しっかり食べてるよ。おかげで少し体重が増えた。君が戻る前に減量しなきゃな》

 

 そう言って笑った気配。その優しさに美波は少し胸の奥が痛くなる。携帯電話を握りしめたまま、ベッドに横になった。

 

《富良野の方は雪が降ったらしい。ビニールハウスの撤収はかなりぎりぎりになったが間に合ったとほっとしていたよ。あと週に一回は『美波ちゃんはどうしたんだ。次はいつ帰ってくる?』って電話が掛かってくる。メールの一本でも入れてやってくれると助かる》

 

 夏休みに教官の実家にお邪魔した時から、結構気に掛けてもらっている。それに笑みが浮かぶ。なんだかんだ言って恵まれている。

 

「わかった。写真も添付して送っとく。綺麗な朝焼けが見られたときのとっておきがある」

《そうしてくれ、仕事中に駆けてこられてもかなわん》

「仕事、大変?」

《苦労のない仕事はないと思うけどな》

 

 そう言って笑う電話の向こう。そういう答えを聞きたいわけではなかったが、きっと答えてくれないだろう。半年くらいこの問答を続けている。答えはきっと返ってこない。

 

「柳教官」

《もう教官じゃないんだが、どうした》

「お願いがある」

《言ってみろ。叶えられるかどうかは聞いてから考える》

 

 だからせめて、笑っていられるように、私がなんとかしないと。

 

「晴風の艦内風紀が心配。いい性教育用の教材が必要」

 

 電話の向こうで咳き込む音。無視して続ける。

 

「間違った性知識が広がりそう。ここらで締め直す必要がある。だからリストがほしい」

《今更その話に戻すか!? だからそれを俺に言うな俺に! 手配なら高峰教官がいるだろう! そっちに頼めっ! 俺が本屋で生徒向けの性教育の本を漁るとでも思ってるのかバカタレっ!》

「でも艦内医の責任として、感染症対策やそういうサポートをする義務がある」

《いくら腕がいいとはいえ、()()()()相談を一三歳にはしないだろ。性教育の講義を一三歳が実施するとか前代未聞すぎるぞ。それこそそういうのはそっちの教官勢に頼め》

 

 もうこの話やめやめ、と先に話を畳まれた。これで腹の探り合いのような空気は払拭できたからよしとしよう。

 

「でもよかった、元気そうで」

《そっちもだ。なにかあったら掛けてこい。できる限りのサポートはする》

「信じてる」

《おう》

 

 晴風にはいくつもの守護天使がついている、と美波は思う。電話の向こうの彼、柳昴三(こうぞう)もその一人だ。

 

「それじゃ、また」

《……美波》

 

 電話を切ろうとしたら、向こうの彼が真剣な声のトーンで呼びかけてきた。

 

《死ぬなよ》

「……言えないこと?」

 

 それに対する答えはない。でもこれが答えだ。

 

「それじゃ、今度こそ、また」

《あぁ、またな》

 

 電話が切れた。ため息を一つ。

 

「死ぬな、か……」

 

 天井に向けて手を伸ばし、間接照明の光をつかもうとする。

 

 

「死なないよ、教官。晴風は、死なない」

 

 

 光をつかむように拳を作り、美波は確かにそういった。

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

「愛娘との通話は終わりましたか?」

「出してくれ。あと愛娘ではない、ただの未成年後見人だ」

「ご冗談を」

「こんなに笑えないジョークがあるなら聞いてみたいものだよ」

 

 彼はスーツの襟元を正してそういった。右手でポケットにスマートフォンをしまい、左手で煙草をふり出して口にくわえた。

 

「それで、本屋には寄りますか? 教育参考書の品揃えが豊富な書店には心当たりがありますが」

「お前まで茶化すな平沼」

 

 運転手にそう言って煙草に火をつける。車の中は静かだ。その煙がゆるゆると窓の外に吸い出されていく。

 

「行き先は霞ヶ関でよろしいので?」

「内務大臣政務官直々の呼び出しだ。待たせるわけにもいくまいよ」

「ですね。動けるときに動いておかないと我々の首も切られかねません」

 

 運転手は軽くそう言って笑って見せた。彼は苦笑いだ。

 

「事態が動かない事を願うばかりだな」

「えぇ、ですが今のところは大丈夫でしょう。カリブの海はまだ遠いですから」

 

 彼は――――柳昴三は目を閉じる。

 

 

「ケイローン計画、ふざけた名前だよ、まったく」

 

 




……いかがでしたでしょうか。とりあえずごめんなさい。ホテルだとこういう話題あるよね、みたいな感じでした。そのときの晴風クルーたちの反応はご想像にお任せします。

さて、次回からいよいよ本格的に動き始めます。さーて、すでに風呂敷がかなり広がってるぞ……

次回 海と我が家族
それでは次回もどうぞよろしくお願いします。

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