HIGH SCHOOL FLEET -His Order has Priority-   作:オーバードライヴ

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アムピトリーテーは踏み出す

 

 

 

「きょ、今日になっちゃった……!」

 

 二段ベッドの下段でそう言ってみる。窓の外からは柔らかな光。まだ冬の入り口だが、光は暖かに見えた。寝過ごしたかと時計を確認。〇六二四時、総員起こし六分前。ちょうどいい時間だ。体を起こして、自分のささやかな自慢である潮風に晒されても痛まない堅い金髪をなでつけ、整える。目が冴えてくる。どうやらここは夢ではないらしい。

 

「よしっ……!」

 

 今日はいよいよ出発の日。私は――――コンスタンツェは、日本に向けて旅に出る。

 

 

 

 

「コンスタンツェ・ヴァイデンフェラー学生」

 

 そう呼ばれ、慌てて背筋を伸ばした。かちっと正装に身を包んだ『大西洋の妖精』ことテア・クロイツェル代表生徒がドアを開けて待っていた。

 

「用意はできているか?」

「はいっ!」

 

 そういって学校指定の――正確には軍のお下がりの――リュックサックと教科書類を詰め込んだ革のトランクを持ち上げる。死ぬほど重い。でもこれが1年の交換留学の荷物なのだ。

 

「よろしい。では案内する」

「よろしくお願いします。クロイツェル代表生徒」

 

 荷物は重いが、心は躍る。黒いセーラー襟のついた白のジャケットに同じく白のプリーツスカート。正装用の水兵帽が歪んでないことを右手で確認しながらついていく。

 

「ヴァイデンフェラー」

「なんですか?」

「君は日本語ができるか」

「す、少しだけ……ですが」

 

 そう答えるとクロイツェル代表生徒は頷く。

 

「君がこれからお世話になる艦は日本の船だ。しっかり日本につくまでに日本語を覚えておきなさい。情報で取り残されれば命を失う」

「はい!」

「よろしい。……緊張するな。右手と右足が同時に出てるぞ」

 

 笑ってそういったクロイツェル代表生徒。慌てて自分の動きを直そうとしてつんのめる。

 

「緊張するなと言ってもするだろうが、晴風は規律が緩いことで有名だ」

「そ……そうなんですか?」

「晴風と係わったことのある私とフリーデブルグ副長の中での共通見解だ。我が副長は『ヘッペンハイムのシュタルケンブルク城やニュルンベルクのソーセージみたいだ』と言っていた」

「それってどういう……」

「私もわからん」

 

 クロイツェル代表生徒の声に今度はずっこけそうになる。

 

「しかしいい艦だ。有事の人材は平時に歪とはよく言ったものだと思う。しっかりとその技術を盗んでおくように」

「はい!」

「良い返事だ」

 

 テア・クロイツェル代表生徒はそういって足を止めた。すでに正面玄関の扉の前。この扉は滅多なことでは通れないはずの扉だ。

 

「今日はここの扉を使っていいと許可が出ている。さぁ――――気を引き締めろ、コンスタンツェ・ヴァイデンフェラー学生。ドイツ海軍幼年学校の模範たる行動を期待する」

「はっ!」

 

 扉が開く。日光に目が一瞬くらんだが、目が慣れると雲一つ無い空が見えた。目の前の桟橋に横付けされているのは、小型の駆逐艦。古ぼけたデザインと言えなくもないが、それだけの戦歴を重ねてきた艦だ。

 

 日本国横須賀女子海洋学校所属、陽炎型直接教導航洋艦『晴風』。初めての遠洋航海の二ヶ月半、乗り込むことになる艦だ。

 

 そのタラップの前に制服姿の女の子が立っている。黒いスラックスにジャケットが映える。腰に下がっているのはサーベルらしい。

 

「テアちゃん」

「お待たせした、明乃艦長」

 

 ずんずんとそっちに進んでいったクロイツェル代表生徒に慌ててついていくと、その女の子――といっても私より絶対年上だ――が笑った。

 

「あ! 初日に廊下で会った子だ。タッツェちゃんだっけ?」

「お、覚えてくださったんですか!」

 

 そのことに驚いて思わず声を上げてしまう。そのまま岬艦長の手をとりそうになって、慌てて敬礼。

 

「申し遅れました! 私はコンスタンツェ・ヴァイデンフェラー学生。ドイツ海軍幼年学校ヴィルヘルムスハーフェン校予科二年生であります! これから二ヶ月ほどお世話になります!」

 

 そういうと敬礼を返してくれる岬艦長。赤毛の髪が揺れる。活躍の猛々しさはまったくイメージできない丸めの顔立ち。

 

「改めまして、日本国横須賀女子海洋学校学徒艦隊旗艦晴風航洋艦長、岬明乃代表生徒です。よろしくね、タッツェちゃんって呼んでいい?」

「なんとでもお呼びください」

「そんな堅くならなくても……って言っても難しいよね。出港前で正装だしね」

 

 そう言って笑って見せる岬艦長。クロイツェル代表生徒の方を見て日本語で何かを話している。確かに情報で取り残されれば命を失うというのは正しいのだろう。

 

「あの……岬艦長」

 

 ドイツ語でそう問いかければ、岬艦長の顔がこちらを向く。クリッとした目がチャーミングだ。

 

「どうしたの?」

「えっと、その……」

「ヴァイデンフェラー学生はまだ十一歳だからかまってほしいんだろう」

「えっと、そういうわけではなく……」

「もー、テアちゃんそんなにからかわないの。かわいそうでしょ」

 

 クロイツェル代表生徒と岬艦長の茶化しあいが始まる。こっちが堅くなっているからだろう。そんな心遣いが嬉しい。

 

「タッツェ!」

 

 そんなことを思っていると岸壁の方から見覚えのある顔が見えてくる。何度も電話越しに話した声。

 

「パパ! ママ! ……あの、岬艦長、クロイツェル代表生徒……」

「行っておいで。しっかり挨拶しておいでね」

 

 岬艦長が優しい顔でそう言って、クロイツェル代表生徒も頷いてくれた。駆けていく。

 

「パパ……ママ……!」

「タッツェ、間に合って良かった。アウトバーンを飛ばしてきてよかった」

 

 パパがそう言って受け止めてくれた。後ろからママも抱きついてサンドイッチされる。

 

「大丈夫かい、タッツェ。頑張るんだよ。無理せず頑張るんだよ」

 

 そんな言葉が振ってきて、キスの雨が降る。直接会うのは半年ぶりぐらい。気の早いクリスマスプレゼントみたいだ。しばらく抱きしめられたりキスの雨が降ったりしている間に、いつの間にか岬艦長が近づいてきていた。

 

「パパ、ちょっと下ろして……」

 

 そう言って下ろしてもらい、岬艦長の方を見る。岬艦長は制帽を脇に抱え、頭を軽く下げた。

 

「あなたが、タッツェの艦長さん?」

「晴風艦長、岬明乃です」

 

 綺麗なドイツ語でそう言ってみせる。パパの目線が岬艦長の腰に下がったサーベルに向けられていたから、きっとパパは岬艦長がドイツ貴族であることがわかったのだろう。パパが背筋を伸ばして岬艦長に向き合う。

 

「コンスタンツェをよろしくお願いします。本当に自慢のいい子です。よく使ってやってください」

「承知しました。必ず、日本まで連れていきます」

 

 そう言う艦長の言葉は凜と澄んで、さっきのような緩んだ空気はもう無くなっていた。

 

「じゃぁ、タッツェちゃん。行こうか」

「――――はい!」

 

 タラップを上がる。艦に乗ってしまえばもうそこはドイツではない。門番をしていた生徒が敬礼。

 

「出港用意完了してます。あとは舫いを解けばいつでも」

 

 そう艦長にいったのは水兵帽を被った亜麻色の髪の女の人。

 

「ココちゃんありがとう。タラップ納め用意」

「タラップ納め用意」

 

 ココと呼ばれた人が何かを渡してタラップ格納のウィンチに手をかける。艦長に渡したのは小さなインカムらしい。それを左耳に掛けた岬艦長が口を開く。

 

「達する。出港用意。しろちゃんお願いね」

 

 艦が出るのだ。いよいよ航海へと出発なのだ。

 

「ご安航を祈る! 必ず、また!」

「うん! 必ず!」

 

 クロイツェル代表生徒が声を張った。明乃もそれに手を振りながらそう返した。

 

 舫い綱が解かれた。晴風と陸を繋ぐ物は無くなった。晴風が海に向けて動きだす。

 

「タッツェ! 元気でねー!」

 

 パパとママも手を振ってくれた。それに答えて大きく両手を振る。

 

「総員、帽振れ――――っ!」

 

 岬艦長の号令が掛かった。きっと他の場所でも舷側にでられる人は皆帽子を振っているのだろう。

 

 海に出る、目の前は北海。この艦は大西洋へ出て、カリブ海へ向かう。

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

「晴風は行ったんか」

「ミーナは来るものと思ってたのに」

 

 遠くに消えようとする晴風を何時までも見送りながらテア・クロイツェルはそういった。横に並んだのは制服姿のヴィルヘルミーナだ。

 

「なに、いつでも会える。今はインターネットが世界を繋いでいるからのぅ。すぐに会えるさ」

「それはそうだけど。直接会わないのには理由があったのか? ミーちゃんはいないのかなと明乃も心配してたぞ」

 

 半ば咎めるようにそういえば、ヴィルヘルミーナは困ったように笑った。

 

「それは悪いことをしたのぉ……でも、ミケには挨拶もしてあるし、必要な情報も渡してある。問題なんてない」

「ならいいけど……、こられなかった理由にはなってない」

「う……」

 

 ヴィルヘルミーナは言葉に詰り、観念したかのようにため息をついた。

 

「……実はルックナー中将から電話がかかってきとった」

「中将から? そんな親しかったのか?」

「まだそれを引きずるんかテア……。晴風についてじゃ」

「なにかあったのか?」

「まだ、なにもないといった感じじゃな」

「詳しく話せ」

 

 こういうときに熱くなるのはテア・クロイツェルも自覚する悪い癖だ。冷静沈着でなければならない。それでもあの晴風のことだ。どうも何かが引っかかる。

 

「ルックナー中将が幼年学校の校長を締め落したらしい」

「それ物理的に締め落してるだろう」

「儂は締め落したとしか聞いてないから真偽の程はわからん。じゃが、校長が自白し(ゲロっ)たことによると、交換留学生の早期派遣は海軍参謀部からの圧力があったことを認めたそうだ」

「海軍参謀部が予科組の生徒に圧力? 青田刈りではなさそうだな」

 

 テアがそういえばヴィルヘルミーナも頷く。

 

「儂も中将もそう考えとる。海軍参謀部はどうやらなんとしても晴風に生徒を乗せたかったらしい」

「そのことは晴風に?」

「ヴェラースホフ上級大将経由でミケに伝わっているそうだ……人魚と人の溝はいつまで経っても埋まらんのぉ」

 

 そんなことを言ってみせるヴィルヘルミーナ。

 

 ドイツには複数の海上治安維持組織が存在し、日本のような統一的、横断的な組織運用は行なわれていない。その中でも『最大手』と呼ばれるドイツ=ヴァイマル・ブルーマーメイドですら、都市インフラ・情報省の水上インフラセクションに過ぎない。禁止薬物の摘発は税関刑事庁が、武器密輸等については国防省の軍事保安委員会がというように、職掌する内容が複数の政府機関に分散している。治安維持組織でもいがみ合う中で、軍組織とにらみ合いながら、ドイツは海の平和を守ってきた。

 

「ヴェラースホフ上級大将が統合軍総監に就任できているだけでも奇跡的じゃ。まだ人魚に動く余地がある。……もっとも、動いたところで首締め合戦で自壊していくじゃろうが」

「それでも、私達は守らなきゃならない。海に生き、海を守り、海を征き、そして海を生かすのが私達人魚の存在意義であり、その安寧の上に我が国の発展を築くのが政府の義務だ。我々人魚がその礎にならないといけない。そのために私達はここにいる」

 

 その言いぐさに肩をすくめてヴィルヘルミーナが笑った。そしてその顔が引き締められた。

 

「テア、内密に頼む」

「なんだ?」

「アドミラル・シュペーに近々カリブ海方面に展開命令が下る。卒業前の実地研修が特例で前倒しされる形じゃ。配備先は即応機動警備艦隊。ルックナー中将の直属の遊撃隊として動くことが想定される」

 

 それを聞いてもテアは表情一つ変えなかった。

 

「わかった。用意を進めておく」

「自信の程は?」

「私達ももう十七だ。やれる」

 

 テアもヴィルヘルミーナも七月期で最終学年に入った。あと七ヶ月後には既に本物のブルーマーメイドとして最前線に立つことがほぼ確定している。予備少尉ではなく、本物の少尉として最前線に立つのだ。それが高々半年と少し前倒しされたぐらいでなんだと言うのだ。

 

 

 

「それに――――晴風にできて、私達ができないなど、口が裂けても言うものか」

 

 

 

 テア・クロイツェルの目が爛と輝いた。私達は人魚だ。その矜恃を持たずしてブルーマーメイドは務まらない。あの晴風に遅れをとるわけにはいかない。

 

「『現実いうもんはの、おのれが支配せんことにゃ、どうにもならんものよ』……違うかミーナ」

「……まったく、テアは強すぎてこっちがかなわんわい。枯れ木に山が潰される」

 

 ヴィルヘルミーナが笑った。

 

「さぁ、仕事の用意と行こうかテア。ルックナー中将が呼んでる」

「わかった」

 

 その数日後、テア・クロイツェル代表生徒率いるアドミラル・シュペーの実地研修の実施が正式に通達される。カリブの海に季節外れの嵐が訪れようとしていた。

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

「岬君のことを『南の海のテティス』とはよく言ったものだ。図らずもこの状況をここまで的確に言い表すとは、三流タブロイド紙も侮れない」

 

 禾生翠巒は横須賀女子海洋学校の校長執務室の椅子に座りそういった。夜の執務室は静まりかえっていて、彼女の声は良く響いた。ガラスのチェス盤が乗るテーブルを見て翠巒は笑う。明度を落したタブレット端末が仄明るく光り、その笑みを彩った。

 

「ネーレウスとドーリスのたくさんの娘達、ネーレーイス。その中の一人テティスは全能神ゼウスや海神ポセイドーンが妻にと望むほどの女神だったが、父より優れた子を産むという予言により、地中海を股に掛け数々の冒険を繰り広げた船乗り達(アルゴナウタイ)の一人で小国の王、ペーレウスと結婚させられる」

 

 彼女はそう浪々と語り微笑んでみせた。手元の大ぶりなタブレット端末にはカリブ海の電子海図が示されていた。

 

「その宴席には全ての神が招かれた。ただ一人、不和の神エリスだけはその場に呼ばれなかった。それを妬んだエリスは『最も美しい女神に』と書かれた金色の果実を投げ込む。有名なトロイア戦争の幕開けだ」

 

 翠巒は初期配置のチェスボードから白の女王(クイーン)を取り上げた。

 

「宴席での贈り物はその宴席の主賓、すなわちテティスに捧げられるのが正しい。しかしながら勘違った三人の女神が醜くもそれを奪い合った。女神は何時の時代も浅ましいものよ。神の名を持ちながら人間程度の知能しか持ち合わせていないのだ」

 

 クイーンをタブレットの上にことりと置く。タブレットの表示が変わっていく。置かれたクイーンを中心にして海図が拡大され、そこに様々な情報が付与される。

 

「黄金の果実は知識を与え、力を与え、生命を与える神々の供物。故にそれは不和を生む、故に人は手を出してはならないとされてきた。しかしながらその神ですら、この浅はかな人間にすら推し量れる程度だとするならば、我々人間が手を出したところで、この最低な世界が煉獄に変わることもあるまい」

 

 海図の上のクイーンに一つのタブが付与される。Y467_Harekaze

 

「さぁ始めようじゃないか。黄金の果実は既に投げ入れられた。醜くも果実を不当に奪い合う不届き者たちに災いあれ。君たちが望んだ結末だ」

 

 クイーンの情報がどんどん羅列されていく。速力、航行方位、予定航路、予定寄港地……ここで得ることが可能な情報が付与されていく。そこに追加されたのはA.Misakiの文字列。

 

 

 

 

「英雄『岬明乃』、君の出番だ。地の塩 世の光として君の力を輝かせなさい」

 

 

 




……さて、出港だけで終わってしまったぞ。こんなはずではなかったんですが……。

はい、ロリ枠(ひどい枠だ)に追加でタッツェちゃんの登場です。彼女が乗り込んで、晴風はいよいよ海原へと進んでいきます。この先に待つのははてさて……

次回 歓迎の宴は盛大に
次回もどうぞよろしくお願いします。
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