HIGH SCHOOL FLEET -His Order has Priority-   作:オーバードライヴ

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ハルモニアーは微笑む

 

 

 

「……と、いうわけで。今日から晴風のメンバーになるタッツェちゃんです!」

 

 出港のドタバタが一通り終わったタイミング、晴風の艦橋に明乃の声が響く。明乃は早々に開襟の正装からセーラー服に着替えていて、既に通常モードだ。

 

「えっと……はじめまして、私はKonstanze Weidenfellerです……よろしくお願いします」

「わぁ! 日本語喋れるんだよかったー!」

 

 そうハイテンションに言うのはネコミミらしいパーカーを制服の上から羽織った少女。そのテンションにビクッとするコンスタンツェを見て明乃がパンパンと手を叩いた。

 

「はいはい、驚かさないでメイちゃん。自己紹介が先だよ。タッツェちゃんが名乗ったんだからこっちも名乗らないと。じゃぁ指揮系統順で、私は済ませてあるから……もかちゃんお願い」

「承りました艦長さん」

 

 ドイツ語でそういってセーラー服の裾を揺らしてコンスタンツェの前にやってきたのは灰色がちの髪を揺らした優しげな顔をした少女。その人が視線を合わせるようにしゃがみ込んだのでかるく慌てるコンスタンツェ。

 

「学徒艦隊付作戦参謀、知名もえかです。艦の指揮には入らないけど艦隊司令部機能を担ってます。よろしくね」

 

 差し出された右手をおずおずと握るコンスタンツェ。そのままシェイクハンズをするもえかを見てどこか安心した表情を浮かべる明乃。

 

「それじゃ次しろちゃんレッツゴー。タッツェちゃんに訳す必要があれば私が横で通訳するから」

「通訳はいらん。私もドイツ語ぐらいできる。あと顔合わせの時ぐらいしろちゃんじゃなくて宗谷副長とだな……まぁいい」

 

 えー、と口パクで伝える明乃に不満げにぶすっとふくれてそう言うのは黒い髪を頭の後ろで結った少女。

 

「オホン……ヴァイデンフェラーさんの乗艦を心より歓迎する。晴風副長、宗谷ましろだ。なにか困ったら私のところに来るといい。力になる」

 

 ドイツ語でそう言うと周りからおー、と声がする。

 

「本当にドイツ語喋れてる……!」

 

 ショック! というオーバーリアクションをとったのは出港時にタラップ操作をしていた亜麻色の髪の少女だった。

 

「納沙書記、バカにするなよ」

「うわーん、副長が怒ったぁ!」

 

 そう言って抱きついたのは白にも見える銀髪を揺らす少女。

 

「ココ、暑苦しい」

「タマちゃん悪辣!? 権力には屈しないぞー!」

 

 その抗議にはどこ吹く風で銀髪少女がコンスタンツェの方に一歩出る。口から出たのは英語だった。

 

「第一分隊分隊長兼砲術科科長の立石志摩、よろしく」

「よ、よろしくお願いします!」

「普段はタマでいいよ、ねータマ?」

「うい……」

 

 志摩の肩に飛びつきながら英語で会話に割り込んだのはネコミミパーカーの少女である。

 

「ついでにあたしは第一分隊副分隊長、水雷長の西崎芽依。メイでいいよ」

 

 ニカリと笑ってみせれば、コンスタンツェもつられたように笑う。

 

「まったく、指揮系統順と言われていたのに割り込むな」

「えー、そんなに堅くしなくていいじゃん、しろちゃんさー」

「ヴァイデンフェラーさんが混乱する。順番を飛ばすな。ほら」

「ひゃいっ!」

 

 ましろに指さされ、舵輪を握っていたツインテールの少女が軽く飛び上がる。

 

「あの……第二分隊分隊長、航海長の知床鈴です。よろしくね、タッツェちゃん」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 元気にそう言って頭をさげるコンスタンツェを見てはにかむ鈴。笑い合う姿を見て小さく微笑むのが一人。

 

「じゃぁ役職付だと私が最後ですねー。第四分隊副分隊長、記録員兼書記の納沙幸子です。ココって呼んでくださいねタッツェちゃん」

 

 ドイツ語でそういう納沙幸子にも頭を下げるコンスタンツェ。

 

「たくさんの人がドイツ語話せるんですね……」

「アドミラル・シュペーの副長さんが一時期乗ってたからね。今でも友達で、教えてもらってるの。艦橋配置じゃないけど、給養長の伊良子美甘ちゃんと、あとは……たしか第四分隊長の等松美海ちゃんもドイツ語できるはず。後で紹介するね」

 

 明乃の言葉に頷いてみせるコンスタンツェ。会話が大体止まったタイミングで幸子が手を上げた。

 

「それで艦長、航行中のタッツェちゃんの配置ですけど、どうしましょう?」

「とりあえずしばらくは艦橋配置でいこうかなと思ってる。タッツェちゃんはまだ専科決まってないし、慣れてきたら順繰りに各科回る感じでいいかなぁって」

「航海は大体二か月の予定ですから……二週間ずつぐらいでまわしながらいきますか。タッツェちゃん、日本語も英語もある程度話せるみたいですし、コミュニケーションも心配ないと思いますから」

「うん。だけど演習は艦橋配置でお願いね」

「わかってます。岬明乃卿のかっこいい姿見せないとですもんね!」

「そ、そうじゃないけど……」

 

 明乃がどこか困った笑みを浮かべてそういった。

 

「あと艦橋は、航海管制員の内田まゆみちゃんと、山下秀子ちゃん、航海科に行ったときにお世話になると思うから」

 

 明乃の声に合わせてまゆみが日焼けで褐色になった肌を輝かせて手を振ったり、秀子が糸目をさらに細くして微笑んだり。コンスタンツェは律儀に一人ひとりにお辞儀していた。

 

「それじゃぁ、艦の指揮を宗谷副長に預けます。私はタッツェちゃんの()()の案内をしてくるから」

「宗谷副長、艦の指揮を預かります。何かあったらインカムで差し戻しますから、インカム持っててくださいね」

「りょうかーい」

 

 明乃はそう答え、コンスタンツェの手を取った。

 

「ほら、いこっか」

「はいっ!」

 

 二人が出て行くのを見送ってからまゆみがくすりと笑った。

 

「艦長、なんというか最近艦長らしくなりましたよねー」

「無茶が暴発することもなくなったから安心していられるが、内田、おしゃべりの前に見張りをしっかりとだな」

「はぁい、副長殿―分ってますともー」

 

 それにはため息で返すましろ。それをどこか微笑ましげに見ながら幸子が会話に割り込んだ。

 

「でも、本当に艦長らしくなったというか……うまいこと公私混同してるというか……」

「指揮系統順で自己紹介とか言ってたけど最後はいっつもイケイケドンドンで独断専行の集合体になるもんね、晴風」

「ほんとそれでなんでうまく回るのか副長やってても未だに分らん」

 

 芽依の指摘に同意するましろ。この艦長を支えるのは大変だ、と言いつつもその顔はまんざらでもなさそう。

 

 横須賀女子海洋学校は将来のブルーマーメイド候補生が集う場所で、晴風クルーはすべからく皆ブルーマーメイドのタマゴだ。ブルーマーメイドが法執行機関である以上、そこには明確なルールと指揮系統が存在する。それを保障するのが階級制だ。晴風クルーはそれを肌で理解していた。

 

 階級はその人が背負うことができる責任の大小を示し、独断専行が許される度合いを意味する。平時はルールに従い行動し、一分一秒を争う非常事態においてその場に居合わせたものの中で最上位の階級を持つ人物の責任の下に行動する。そうすることで迅速な法執行と規律を守ってきたのだ。しかし今期の学徒艦隊では、岬明乃艦長の独断専行への切り替えタイミングが早すぎるのが目下の悩みである。

 

「ミケちゃんはホントに独断専行大好きだからなぁ……横で参謀が艦隊機動で取り舵が最適って言ってるのに、『もかちゃんごめん! 面舵二十度!』とか平気で言うもんね」

「ま、まぁミケちゃんの場合その直感と判断はかなりの確率で正しいし……でもまれに教官指示すら覆すのはちょっと……」

 

 苦笑いでそういったもえか。

 

「もかちゃんがついてるのも心強いんだと思いますし、チームワークバッチリですからカバーしてます! ね、もかちゃん?」

「そうね。ミケちゃんは……なんだかんだお父さん気質だから」

「あー」

 

 言い得て妙な言葉に皆が納得。

 

「見栄っ張りで頼られると無駄に張り切って空回りする感じ確かにそうかも……一発芸やってしらけるタイプ」

「メイちゃんの父親像かなりひどくないですか?」

「うい……」

「えー、世の中のパパさんみんなそうじゃないの?」

 

 そんな会話を乗せて晴風は進んでいく。水平線の向こうに陸地が消え、青い海が晴風を包んでいた。

 

 

 

 

     †

 

 

 

 

「はふぅ……」

「タッツェちゃんお疲れ様。ごめんねみんなフレンドリーすぎて、目が回ったでしょ?」

「歓迎してくれてるんだって……うれしかったです」

「そっか、私も嬉しいよ」

 

 日がとっぷり暮れた海の上、湯気がこもった浴室でコンスタンツェはため息をつく。その横で肩まで湯船に浸かった明乃の顔もとろけている。

 

「ありがとうございました……歓迎会まで開いてもらっちゃって」

「いいのいいの、式典とかが多くてみんな肩こってたからいい息抜きになったし、こっちがやりたかっただけだから。こういうパーティーは良くやってるの。誕生日とか、夏至の時もやったなぁ。赤道祭には『御神輿』まで出たし」

「オミコシ……?」

「うーん……なんて説明したらいいんだろう。……人が担いで動かせるポータブル教会? お祭りの時に出すの」

「そんな便利なものがあるんですね」

「神道のものだからクリスマスにはさすがに出さないけど、何かのタイミングでまた出すのもありかも……うん。タイミング見つけてみせてあげる」

 

 明乃の言葉にコンスタンツェは指を汲む。

 

「形は違えど、海を守る船乗り達が信仰をもつのは良いことです」

「タッツェちゃんは神様を信じてるんだね」

「はい! 父も母も熱心なクリスチャンですし、私もそうです」

「だから十字架のネックレスは外さないんだね」

 

 明乃がそう言って優しい視線をコンスタンツェの胸元に送った。年相応のほっそりとした首筋を彩るのは細いチェーンで首に下げられた金色の十字架だった。

 

「私が幼年学校に入学するときに、弟がお小遣いで買ってくれたんです。きっとそんなに高いものじゃないんですけど、弟にとっては大金だったはずです」

「良い弟さんだね」

「はい、自慢の弟です」

 

 優しい会話が緩やかに反響する浴室の中は、明乃とコンスタンツェの二人だけだ。ローテーションでいちばん最初になった航海科の時間なのだが、コンスタンツェが『たくさんの人と入るのはちょっと勇気がいります……! でも明乃さんが入れと言うのなら……!』と地獄行きを宣言されたような顔で言ったのでタイミングをずらしてもらったのだ。初日ということで浴槽の使い方レクチャーのために指名を受けた明乃が一緒に入っている。

 

「こうやってバスタブにつかるのは初めてです……」

「結構気持ちいいでしょ?」

「はい……」

「日本語だと『裸のお付き合い』とかいってね、コミュニケーションの場として『銭湯』……えっと、伝わらないか、えっと……そう、公衆浴場が重宝されてきたの。ごめんね、たぶんマロンちゃん、ほらあの元気な機関士長とかが一緒に入ろうって言ってくるけど断っていいから」

「コミュニケーション……ですか」

「制服を脱いでるから階級も意識しないでいいし、一人の人と一人の人で話せる場所なんだ。日本では大切でちょっと特別な場所なんだよ、お風呂って」

 

 明乃は手を組んで伸びをする。なだらかでなめらかな肌が水しぶきを上げて頭の上にすらりと伸びた。その顔が不意にコンスタンツェの方を向いた。

 

「ね、タッツェちゃん、タッツェちゃんはなんで海の仕事をしようと思ったの?」

 

 明乃がそう言うとコンスタンツェは少し顔を赤くした。

 

「……ちょっと恥ずかしいんですけど、いいですか?」

「大丈夫、笑ったりしないよ」

「……海がかっこいいな、って思ったんです。それだけです」

「……そっか、おんなじだ」

「え?」

「私もね、海が大好きだから、ブルーマーメイドになろうと思ったの。それだけだよ」

 

 明乃はそういってコンスタンツェの側に寄る。そのまま後ろから肌を重ねた。

 

「恥ずかしいことじゃないよ。タッツェちゃんがいたい場所がタッツェちゃんの居場所だもん。そこに良いも悪いもないよ」

「……でも、私は……落ちこぼれですから……」

「え? 落ちこぼれ? なんで? 優秀な子だってテアちゃんから聞いてるんだけど……」

 

 コンスタンツェの言葉を聞いて、明乃が驚いた顔をする。明乃はコンスタンツェを後ろから抱きしめたままの姿勢で、コンスタンツェからその表情は見えてないはずなのだが、コンスタンツェからはどこか刺されたような苦しそうな気配がした。

 

「……本当は私、ギムナジウムに行きたかったんです。でも学力レベルが足りないって言われて、推薦してもらえなくて……だから幼年学校に……」

「えっと、ドイツは十歳で進路と職業が決まっちゃうんだっけ……」

 

 明乃の言葉に、こくんと頷いてみせるコンスタンツェ。

 

 ドイツの場合、日本の小学校にあたる四年制の基礎学校卒業時に進路が決定される。優秀なものはギムナジウムへ、成績が一定の水準に満たないもので、音楽や芸術など秀でた特殊技能を示せなかったものは半ば強制的に職業訓練学校への進学が決まる。職業訓練学校から大学に進める人材は二パーセントにも満たない。そもそも職業訓練学校の場合、優秀な成績を収めギムナジウム等に編入される場合を除いて大学の受験資格が得られないため、将来の大きな方向性は十歳で決まってしまうのだ。

 

「パパもママもギムナジウムに行って、大学に行ってて、弟もギムナジウムに進めそうだって言ってて、私だけ行けなくて……いじけて逃げ出して、ずっと海を見てたんです。海の上をブルーマーメイドの船が走ってるのを見て、かっこいいなって。でも、ブルーマーメイドに進めるほどの頭もなくて」

「そんなことないよ」

「そんなことあるんです。ドイツのブルーマーメイドは全員が士官なんです。ギムナジウムに入れない人が踏み込んで良い世界じゃないんです。だから、水兵か漁師になるしか、道がなくて……でも、つらくて、怖くて、海まで怖くなりそうで、それが嫌で、逃げ出して……日本に行きたいと思ったのも、幼年学校が嫌だったからで……また逃げ出すんだなって……。たくさん友達もいて、お小遣いももらって、ひとりぼっちじゃないのに、そこが嫌だって思ってる自分が嫌で……」

 

 自分で自分の堰を叩き切ったコンスタンツェの言葉が止まらない。明乃はそれを黙って聞いていた。

 

「だから、嬉しかったんです。私がブルーマーメイドの船に乗れるかもしれないって言われて、しかもその船が晴風で、岬明乃艦長と一緒に航海できるかもって言われて、神様が用意してくれたチャンスなんだって、思ってるんです。二ヶ月だけ夢を叶えてくれるんだって、本当に嬉しくて。でもつらくて。怖くて……」

 

 泣きそうな声でそういったコンスタンツェの肩に明乃が顔を埋めた。

 

「……そっか、つらいこと聞いちゃったね。ごめん」

 

 明乃はそう言うと、コンスタンツェの華奢な体を少し強く抱きしめた。

 

「明乃さん……?」

 

 それには答えず、明乃は黙ってコンスタンツェを抱きしめつづけた。

 

 この子はきっと私だ。晴風に乗る前の、中学生の頃の、私だ。晴風の艦長になったころの私だ。

 

「……話してくれて、ありがとう。信じてくれて、ありがとうね」

「明乃さん?」

「まだ会って一日の私に話すのは、きっと勇気がいることだと思う。ほんとうにそれはすごい事だと思うんだ。私は話せなかった。ずっと、話せなかった」

 

 いっしょにブルーマーメイドになるという誓い、その誓いを反故にしないために明乃は全てを投げ捨ててここまできた。そのことを悔やんでなどいない。だが、その思いを伝えることができたのはごく最近だ。針の筵のような中学時代から逃げるように海洋学校に入って、晴風に信じてもらって、信じて、そこまできてやっと向き合う事ができた覚悟と感情だ。命を預ける間柄になる晴風クルーにも、話せるようになるまでにかなりの時間が掛かった。

その時間をコンスタンツェはたった一日で飛び越えた。

 

「私はにはね、タッツェちゃんの気持ちを『わかったよ』なんて言えない。きっとそれは私なんかじゃ届かないぐらいの気持ちだと思うんだ。だけど、タッツェちゃんのことをわかりたいって思うし、私もいっしょに頑張ることはできると思うんだ」

 

 この子の力になりたい。心から、そう思った。

 

「怖くて、つらいときがきっとある。その怖さとつらさを半分こしていこうよ」

 

 明乃はそう言って目を閉じた。

 

「海の仲間は家族だもん。タッツェちゃんも、晴風の仲間だもん。今日始まったばっかりだし、まだ二ヶ月もある。その間にたくさん思い出を作ろう。たくさんお話しよう。たくさん笑おう」

 

 スン、と鼻をすするような音。言葉は、届いているだろうか。

 

「大丈夫。なんとかなるよ。必ず、なんとかなる。私が味方になるから」

「……ありがとう、ございます」

 

 それを聞いた明乃が満面の笑みを浮かべた。

 

「どういたしまして、そして改めて、ようこそ晴風へ。タッツェちゃん」

 

 

 

 

     †

 

 

 

 

「……ミケちゃん」

 

 寂しげに笑って晴風のデッキに立つ知名もえか。晴風の機関の音が低く響くデッキから暗く沈む海を眺める。

 

「もえかさんの気持ちあててみせましょうか?」

「結構です。高峰教官」

 

 黒い闇に紛れるようにして立っていたのは黒いジャケットで闇夜に溶けようとしていた高峰青葉教官だ。

 

「そんなこと言わないでくださいよぅ。ミケちゃんだけ大人になったみたいで寂しいよぅ。あんなちびっ子じゃなくて私をかまってよぅ……で、あってます?」

「行方不明からの転落事故扱いでいいですか?」

「いいわけないじゃないですか。青葉は命が惜しいです」

 

 そう言ってもえかの隣に立ち、転落防止用のチェーンに体重を預ける青葉。それは半ば、やれるもんならやってみろという挑発でもあった。

 

「調子が狂いますか? バロット」

 

 生煮え卵(バロット)と呼ばれ、目を閉じるもえか。

 

「私についても情報開示ですか、教官殿」

「そろそろ明乃さんも感づいてるでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの子はバカじゃない」

「そうでしょうとも。それでも黒に限りなく近いグレーにしておくのがベターでは?」

 

 そういえば青葉はため息。

 

「そうとも言ってられない雰囲気です。なのでグレーに限りなく近い黒に移行しようかと」

「セントルシア情勢が急変しましたか?」

「クーデター派の首謀者カストリー公爵の妻子の足跡を英国SISが見失いました。七時間と二五分前のことです」

「フランスが脱出させた?」

「手を引いてるのが誰かなのかは別として、誰かが脱出させた可能性は高いんじゃないですかねぇ。惨殺死体とかが上がるとやっかいですけど」

「まだこちらは北海なんですけど本当にカリブ海方面に進出するんですか?」

「えぇ。おそらくはするはめになるかと」

 

 そこまでノンストップで会話が進んだが、もえかが横を睨んで間が開いた。

 

「高峰教官、貴女は誰の味方なんです?」

「面白い質問ですね」

 

 青葉はそう笑った。口の端には軽薄な笑みが張り付いている。

 

「日本国の味方ですよ。決まっているじゃないですか。私は国家の端末であり、広告塔であり、刃であり、盾だ。法執行機関とはそういうものでしょう。貴女や私が白だと言っても、国が黒と言えば黒になる。それでも我々はその国の信奉者だ。違いますか?」

「その国が正しいなら、ですね」

「なら正しいと信じましょう。国家に対する正誤判定なんて、個人ではできないんですから」

 

 青葉はそう言って、ジャケットの裾をまさぐった。黒地に金の箔押し風のプリントがされた箱を取り出す。中身を咥え、マッチを片手で擦った。不安定に揺れる赤い炎が整った顔立ちを彩る。炎を振り消すと、マッチ軸をパキンと折り、腕を下ろす動作で海に投げ捨てた。

 

「ブルーマーメイドらしくないですよ」

「そうですかぁ? JPSは英国軍御用達でなじみ深いと思いますけど」

「ポイ捨て厳禁ですからね。海洋汚染のもとです」

「それは気をつけることとしましょう」

 

 もえかはそれには答えず、揺れる紫煙を見つつ、ため息。

 

「それでどうするんです」

「別に、なにも。今回、我々は元々蚊帳の外。オッズが良くても悪くても参加することはない。ただ」

「ただ?」

「テーブルに着いてしまえば話が変わってくる。そして今回に限ってはテーブルについてはいけないんです……そして、校長はテーブルに着かせる気満々だ」

「金鵄友愛塾が動きますか」

「内務省が対策に動いていますが後手に回っています。抑止が間に合いそうもありません。カウンターが精一杯でしょう。内務省の隠し子がカウンター用に『オペレーション・ファーストナイト』を用意中ですが、最後の手段です。いきなりドンパチなんて度胸、今の内務大臣にはありませんよ」

 

 内務省の隠し子とわざわざ伝えてきた。おそらく動いているのはあの人の部隊だ。

 

「初夜作戦とはネーミングセンス壊滅的ですね」

「ナイト違いですよもえかさん。第一騎士です。聖書ぐらい目を通しましょうよ。長いので『ケイローン』と呼んでるみたいですね。知りませんけど」

 

 そういって笑う青葉。空の月が顔を雲に隠そうとしていた。

 

「少なくとも経済産業省と内務省、そして我々インテリジェンス・コミュニティの人間は今回の金鵄友愛塾の行動を良く思っていない。いつぞやのヘスペリデス計画は北条沙苗の首を物理的に跳ね飛ばすことで責任を回避できるからこそ、どこも反論しなかった。今回は違う。すでにトカゲのしっぽは切り落としたんです。もう後がない。その状況で博打を始めた。由々しき事態です」

「内務省は味方とみていいですかね」

「今のところは。巨大官僚組織ですからね。一枚岩ではいられない。人間が管理できる限界は五〇人です。それ以上になれば、一枚岩の運用をすることなど土台無理なんですよ。我々もね」

「……そうならないことを、願うばかりですよ」

「青葉もですよぉ。蚊帳の外のうちに逃げ切りましょう」

 

 おどけて肩をすくめる青葉は煙草を口から離してそれを外に振り捨てる。

 

「携帯灰皿をお持ちください」

「では頃合いをみて買うことにしましょう。部屋からアルミ皿を持ち出すのは面倒ですから」

「とりあえずのところ、晴風は道草をせず走り抜ければいい、という形ですね」

「えぇ、脇目も振らずに、ね」

「わかりました。では、そのように」

 

 そう言って会話が途切れる。脱衣所の方から明るい声がする。きっと中での話も終わったのだろう。

 

「さぁ、仕事に戻りますか。英国気象庁から情報が入ってますよ。強い低気圧が発達中とのことです。今晩は穏やかですが、明後日あたり時化(しけ)るそうです」

「わかりました、青葉教官。無理はなさらず」

「あなたもです、もえかさん。風邪にお気をつけて」

 

 手をひらひらと振って青葉が去って行く。もえかは小さくため息。

 

「あ、もかちゃん」

 

 声が掛かって笑ってそっちをむく。室内着兼用のジャージに湯冷めをしないように羽織ったジャンパーを揺らし、明乃が笑い返してくる。その後ろについてくるのはコンスタンツェだ。髪をタオルで包んでいるせいか、印象がすこし変わる。

 

「どうしたの、なにかご用事?」

「用事ってほどでもないけど、ミケちゃんがちゃんとお姉ちゃんしてるかなって……」

「明乃さんがお姉さん、ですか……っ!?」

「あはは、タッツェちゃんみたいな良い子ならいつでも歓迎だよー」

 

 そう言って明乃が笑った。

 

「天候情報のノーティスがあがってる。明後日ぐらい時化るって」

「わかった、明日朝一で用意しよう。私のタブレットに情報共有しといてくれる?」

「もうしてる」

「さっすが参謀殿、仕事が早い」

「もう、ミケちゃんったら……」

 

 ひたひたと何かが近づいてくるような、嫌な空気を押し隠すように、もえかは背筋をそっと伸ばした。

 

 




……ミケちゃんがお姉ちゃんしてるところがみたい! という今回でした。お楽しみいただけましたでしょうか。

次回からいよいよ、晴風は大西洋へ。そしてカリブ海へと進みます。ミケちゃんやタッツェちゃんの未来はいかに……

ランキング入りありがとうございます。これからも頑張って参ります。

次回 嵐の夜に
これからもどうぞよろしくお願いします。
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