此度は少しシリアスを練習したいと思い、この短編を投稿しました。
原作好きとしては、その世界観を活かしていきたいと思いながら書きましたのでよろしくお願いします。
仮の話だ。
そこに村があるとしよう。小さな村だ。
帝都から少し離れた場所に位置するその村に特産品もなく、目立った観光場所も特にない。
しかしそんな場所でも税は他と変わらない。
この世はどこも重税だらけだ。
文字通り、国の腐敗。
どこか知らない誰かがこういった。
――この国は腐ってる。
その男はもう生きていない。
理由は単純、今の帝国を否定したから。
捕まり、引きずられ、鞭を打たれ、見せしめに広場で吊られ、首を刎ねられる。
そんなことは今や常識だ。
知らないのはそれこそ田舎の田舎、ドの付くほどの田舎くらいのことだろう。
だから当然その村の住人も知っていた。
帝都が近いのだから当たり前だ。
小さな村で税金も多く取られれば、貯蓄へと手を伸ばし、少し、少しとその貯蓄も減っていく。
ものの数年で貯蓄は底を突き、次第には自分たちの食糧をも脅かされていく。
お金がないのだ。それは土を豊かにする肥料も買えず、どんどん乾いた土地へと変わり、食物も細い歪んだ身のないものしか採れなくなる。
そうなると村だけではやっていけないと考えるのは明白だ。
働き手である男たちは出稼ぎの為に帝都へと向かう。己の明日の為とはいえ、帝都への税を払う為に帝都で働くとは、なんとも滑稽に思えてならない。
だが生きる為、仕方のないことだと割り切って、男たちは帝都へとその身を粉にして働く。
こうして税をなんとか払うことができる。
ならこれで解決か?
そんなわけがない。
男手がいない村には女子供と年老いた者たちしかいない。
それは、盗賊にとって格好の餌場だということだ。
合図などない。
野盗を組み、刃物や銃を片手に蹂躙を開始する。
村へと入り、やりたい放題。
泣き叫ぶ子ども。逃げ惑う女性。祈る老人。
少ない食料を盗み、老人を殺し、女を犯し、子どもを売りとばす。
帝都にいる男たちはその事に気付かない。
愛する家族の為に汗を流す。
それが家族の幸せに繋がると信じているから。
気が付いた時には遅く、全てに絶望するしかない。
ある者は嘆き、ある者は首を吊り、ある者は復讐を誓う。
皆思い思いの感情を爆発させるだろう。
そこに共通してることは一つ、どうしようもないという諦めの瞳だけ。
だがもしも――
もし、もしもだ。
そんな、そんな村に生き残りがいたとしたら……藁に隠れ、全てを見ながらも誰にも気付かれなかった子どもがいたら――
その者は一体何を想うのだろう。
そして、一体何を憎むのだろう。
千年を越える歴史を持つ帝国。
その中心である帝都は大きく、そして人の数も多い。
当然、町は活気に溢れ、喧騒と言ってもいい賑わいを見せている。
だがそれが真実と思っているものが一体どれだけの数いようか。
色町などになればまた変わるが、誰しもが険しく、差は在れど、沈んだ表情を持ち合わせている。
そうでないのは裕福な貴族たちと、その貴族に取り入る一部の商人くらいのものだ。
市民の声はない。
声を出せば広場に張り付けられている“人だったもの”と同じようになるから。
もし兵士に聞かれたら。兵士だけでない。いつ良き隣人が手の平を返すかわからない。真に信じられるものは誰もおらず、皆愛すべき隣人にはペルソナを被る。
――今日も良い日だ。
――皇帝様や大臣のおかげだ。
――帝国万歳帝国万歳。
聞こえるのは伽藍の声だけ。
町は賑わい、空っぽの声が淀んだ空へと響き渡る。
家に帰れば、目を閉じ耳を塞ぎ、口を噤む。その日生き残れたことに安堵し、明日への不安が背にのしかかる。
それが今の帝都の大筋だ。
腐っていると、そう言ったのは紛れもなく正しかった。
夜。中心街では夜に出歩く者は少ない。
最近ではナイトレイドのような殺し屋集団がいるので警備隊が巡回をしている程度だ。
それも雨が降る中ではなおさらのこと。巡回の兵士もその殆どが切り上げてしまうのが恒例だ。暗い夜道に聞こえるのは雨音のみ。
ならどうしてだろうか、そんな中でびちゃびちゃと水たまりを弾く音が聞こえてくるのは。
足音はどんどん増え、次第に声まで聞こえてくる始末。
いたか、どこへいった、こっちだ、こっちに人影が。
ランプを持って走り去る警備の兵士たち。
どうやら何者かを追いかけているようだ。
再び兵士たちが去っていくのに、一分も掛からなかった。
「……ふぅ」
音が次第に遠のき、再び雨音だけの静かな住宅街へと戻った。
家の中にいた一人の娘が安心したようにそっと一息吐く。
帝都でよく見る一般家庭の娘だ。年頃は十六、七程度。母親譲りの金色の髪を揺らしながら、そっと椅子へと腰掛ける。
「ミラ、行ったのか?」
「そうみたい」
「なんだったのかしらね」
娘――ミラの前に座る父親は彼女の言葉を聞いて肩をなでおろす。
誰しも宮殿と繋がる兵士と関わり合いなんて持ちたくないのだ。
台所よりポットとカップを運んでくる娘の母親は、心なしか不安げな顔をしている。
「なんだか誰かを追いかけてるみたいだった」
「まさかナイトレイドか」
聞こえてきた兵士の声は明らかに焦りながらも何かを追う声だった。
最近の帝都は物騒極まりない。
帝都を震え上がらせる殺し屋集団ナイトレイドがその筆頭だ。その名の通りに夜襲を仕掛け、帝都の重役、富裕層たちを次々を暗殺していっている。
国からの圧迫に加え、殺し屋集団からの重圧も受け、帝都の住人は今や疲弊している。
兵士も頑張っているとの情報はよく聞くが、まだ一人たりとも捕まえることが出来ていないらしい。
「最近は本当に物騒ね、怖いわ」
「だ、大丈夫だ。私たちはただの庶民。狙われているのは宮殿の重鎮や富裕層だろう? 私たちには当てはまらないさ」
怯える母親を震える声で励ます父。頼りないがこれでも一家の大黒柱だ。
家族を大切にしている思いはミラにも十分に伝わっている。
父親は小さな小料理屋を開いている。
本当に小さいお店で常連客がやってくる程度のお店だが食い扶持としては充分稼げている。ミラもそこでウェイトレスとして働いており、母親も父と料理を作っている。
育ててくれた父も母も大好きだ。
家族三人。慎ましやかにだが帝都の中では比較的幸せに暮らしている部類に入るとミラ自身そう感じている。
税金も払ってるし、悪いことも何もしていない。
ちゃんと真面目に生きている。
そんな生活をしてればいつか良い世の中になるはずだ。
――神様はきっと空から見てくれてる。
だから今の世に悲観するだけじゃなくて、明るい人生が待ってると思いながら日々を生きていこう。
それがミラの心情だ。
「さ、お茶が冷める前に飲んでしまいましょう」
「そうだな」
二人の言葉に頷きながらミラはカップに手を当てる。
紅茶の注がれたカップから温かさが伝わってくる。
そうしてひと口、カップを口へと運ぼうとしたとき、ごとん、と何かが玄関の扉にぶつかった。
家族の視線が一斉に扉の方へと向く。
「……何かしら」
「か、風じゃないの?」
風にしては酷く重たいものがぶつかった音だった。
それに今夜は雨こそ強いが、そこまで風があるわけではない。
石が転がってぶつかった、というわけでもないだろう。
「私、見に行くわ」
「ミ、ミラ! 危険だ!」
立ち上がったミラを父親は慌てて止めようとするが少し遅い。
ミラはドアノブをそっと回す。
いつもとは違う重みを感じた。
何かがもたれかかっているのだ。
ゆっくりと扉を開き、隙間から重みの正体を確認する。
「……人?」
倒れていたのは人。
それも自分と同じくらいの子だ。
気を失っているようだが重要なのはそこではない。
「怪我してるじゃない!」
ミラは衰弱しきった少年を抱きかかえるようにして身を起こす。
頭からは血を流し、どこもかしこも傷だらけ。衣服もボロボロだ。
打ち身や火傷もあるが何より刃物による切り傷が一番多い。何をしたらこんなことになるのか。
だが一般人のミラでさえ一目でわかる。
この少年に関わってはいけない。
明らかにミラのような一般庶民が関わってはいけない世界の住人だ。
恐らく兵士たちが追っているのも、この少年に違いない。
「な、なんだその少年は!」
父親の表情を見る。
何か得体の知れないものをみて恐怖するような顔だ。
仕方ないだろう。
どうみても厄介事に巻き込まれようとしているのだから。
それは穏やかに暮らす家族にとって一石を投じるに値するものだ。
ごくり、と父親の喉が鳴るのがわかった。
「……私たちは何も見なかった」
「え?」
今父親は何と言ったのか。
震える声から絞り出されたその言葉に一瞬目を疑った。
「……いいかい、ミラ。私たちは何も知らない。扉なんて開けてないし、大きな音も石か何かと思って気にしなかった。そうだね?」
父の目は本気だ。
確かにそうだろう。
ここで見てないふりをすれば家族は幸せな生活を続けられる。一家の大黒柱である父親にはその選択を選ぶ義務がある。
他人より身内だ。
どこぞと知らない者の為に自分の家庭を破壊する者などどこにいる。
ましてやこのご時世。その考えはより顕著に表れるだろう。
非情ではない。正しい行いを父は選択したのだ。
それをわからないミラではない。
少年の身体は冷たい。
ここに捨て置けば、兵士に見つかるよりも早く死ぬ可能性が大きいだろう。
運がなかった、そういうことだ。
仕方ない。
――そう思いたくなかった。
「ミ、ミラ!?」
「何をしているの!?」
驚きの声を上げる両親を余所に、ミラは引きずるように少年を家の中へと引っ張っていく。
ミラよりも少し大きい身体に加え、雨に濡れた身体は重く冷たい。
強引に引っ張りこむミラの手を父親が掴んだ。
「聞きなさいミラ! 急にどうしたんだ」
「目の前で倒れてる人がいるのよ!? 助けるのが人間でしょ!」
「確かにそうだ。だが時と場合を考えなさい」
「考えた結果よ! 彼は今死にそうなのよ、今助けないでいつ助けるのよ!」
慌てる父の声。
彼からしてみれば何故ミラがそのような行動をとったのかがわからないのだ。
普通の、こんな帝都でない片田舎なら、彼も素直にミラの行動に優しく真っ直ぐな女の子に育ってくれたと誇りを持てた。
だが今だけは真っ直ぐ過ぎるその正義感が理解できない。
ミラも広場の見せしめを何度も見てきたはずなのに。
だから父は一先ず大きく息を吐く。
冷静にならないといけないと感じたからだ。
感情的になってはダメだ。ミラを説得する為に。
「彼はどう見ても堅気の人間ではない。兵士たちが追っていたのもこの子だろう。なら兵士に引き渡すのが正しい対応じゃないのか」
「パパはそんなこと言うの!? 捕まった人がどうなるかパパだってわかってるでしょ!?」
当然だ。知っている。
広場が、あの十字架に張り付けられた人であったもの。
腕がなかった。足がなかった。杭が胸に刺さっていた。顔が半分陥没していた。
充血した瞳が飛び出てこちらを見つめていた。
「……私たちがああならない為にも今はこの選択をしなくちゃいけないんだ」
「なら私たち以外がああなってもいいって言うの?」
「……私はお前たち家族を守る義務がある」
「ごまかさないで、パパ。ちゃんと、私の目を見て」
ミラは一歩も退かない。
ミラの言葉に目を逸らす父をじっと真っ直ぐ見つめている。
見つめる瞳に父も自身の瞳を向け、視線が交差する。
見えた相手の瞳。
ミラには怯えた瞳が見えた。
父には意志の籠った瞳が見えた。
この時既に勝負はついていたのかもしれない。
だが父とて退けないのだ。
「お前はこの少年の存在がバレたらどうするつもりなんだ」
「バレないようにやるわ」
「バレたらと聞いてるんだ」
「初めからバレた時のことなんて考えてたら本当にバレてしまうわ」
「……はぁ、一体どうしたんだ?」
聞く気がない、とはこのことを言うのだと父親は悟った。
何故こうまで頑ななのか。
何がミラをここまでさせているのか。
それを聞くまでは絶対に折れるわけにはいかない
「パパは神様っていると思う?」
「な、なんだ急に」
「私はね、神様はちゃんといると思うんだ。それで私たちを空から見てるの」
いきなりあらぬ方向へと飛んでしまったが、それを止めることは出来ず、両親は自身の娘の言葉に耳を傾ける。
「神様は絶対良い世の中にしてくれる。そして本当にそうなった時に幸せになれる順番って今まで真面目に生きてきた人からだと思うの」
それはミラの持論だった。
子どものような考えだ。正直普通の考えを持つ大人なら笑い話にするか、くだらない考えだと一蹴するレベル。
けれど、彼女の両親である二人にはそれを笑うことは出来なかった。
「だから私は助けられる人を助けたい。これはこの人の為じゃない。私の為なの。これが私の考えよ」
だってこんな風に育てたのは自分たちだから。
こんな風に、真っ直ぐ育ってくれて心の底から嬉しいから。
父親は込み上がってきたものをグッと堪え、少年を抱えるミラへと近付く。
「……パパ?」
「このままじゃ警備の兵に見つかるだろう。濡れた身体もどうにかしないといけない。とりあえず私の部屋まで運ぶ」
「パパ!」
父親は少年を抱きかかえ、奥右側の部屋へと入って行く。
歓喜するミラとその様子を見ながら母親も諦めるように深く溜息を吐いた。
しかしその表情はそう悲観したものではない。
「ミラ、貴女もお風呂に入ってきなさい。濡れてしまったでしょ」
「う、ほんとだ」
母に言われミラは自身の姿改めて確認する。
少年を抱えようとして服も随分と湿ってしまい、少しの間だが雨にもかかり髪も濡れてしまった。
このままでは風邪を引きかねない。
ミラは二階から着替えを持ってきて、そのまま一番奥にある風呂場へと入っていった。
程なくしてシャワーの音が聞こえ、父も部屋から出てきた。
どうやら彼も服を着替えたようで、少し疲れた様子で椅子へと腰掛ける。
「お疲れ様です。どうでした?」
「ああ、身体が冷えていたのもあるが、それよりも身体の傷が酷い」
少年の傷は見える箇所だけでなく、赤く染まり、破れた衣服を剥ぎ取った下にも広がっていた。
「彼は一体何をしてきたんだ……」
深い傷もあるが幸い、ここで治療できそうにない傷は見当たらなかった。
だがそれ以上に傷の数がおかしい。
今日傷が出来たことは紛れもない事実だ。
だがそれだけでなく治りかけた傷や銃痕の跡、縫った跡も見られた。
長い間、ずっと何かと戦っていたのだろう。
あの少年を別世界の住人だと再認知するには十分すぎる程の証拠だ。
決めた今も思う。
本当にあの少年を助けてしまっていいのかと。
今からでも兵たちに引き渡してしまった方が良いのではないかと。
けど、
「あの子は、ミラはあんなにも我が儘な子だったか?」
「知らなかったんですか? 意外に頑固なんですよ。昔の貴方みたいに」
今の二人に悲観な表情はなかった。
どこか呆れた、嬉しいような、そんな顔をしている。
「とりあえず怪我が治るまでは家の中で療養してもらうとして――」
ゴンゴン。
扉を叩く音がした。
「――――ッ!?」
部屋の空気が一瞬にして凍った。
このタイミングでこの家に訪れる人物。
こんな日のこんな時間に予定もなしに訪れる人物。
あの扉の外が容易に想像がつく。
だがこのまま居留守を使うわけにはいかない。
足の震えを感じながらもミラの父はゆっくりと扉を開く。
半開きにした扉の隙間から見えるのは案の定兵士。
数は三人。
「……はい?」
「下手人がこの付近で逃げていると情報が入ってな。血を流したみすぼらしい男の餓鬼だ。見なかったか」
その子どもが容易に頭に思い浮かぶ。
どこまでも期待を裏切らない少年に、内心苦言を吐きながら父は兵たちに言葉を返す。
「……いえ、私はずっと自宅にいましたので」
「そうか、見かけたらすぐに報告しろ――待て」
閉じようとした扉に素早く手を滑り込まされる。
背筋にひやりとする。
震える身体をどうにか心に押し留める。
「その水滴の跡はなんだ」
兵の視線は遥か下の床――そこに続く水滴の跡だった。
しまった、と父は自分の愚かさを呪った。
何故扉を開く前にすぐに拭き取らなかったのだろう。
誰も父親を責めることはできない。
この短い時間、驚きの連続だった。精神的な疲れは相当なモノだろう。
そんな中でそこまで細かい事に気を向けろと言う方が無茶なのだ。
家族の誰もが悪くない。
悪いのは全て大臣を中心としたこの帝都なのだから。
「こ、これは」
咄嗟の言い訳を思いつかない。
頭が一瞬で真っ白になってしまった。
やばいやばいやばい。
冷や汗が身体をどんどん伝っていく。
言葉の詰まる姿に痺れを切らした兵たちは強引に家へと入ろうとする。
「……怪しいな。少し中を調べさせてもらうぞ」
「ちょ!?」
家を調べられたらすぐにでも少年の存在が露見するだろう。
そうなれば少年は捕まり、家族も皆帝国の背信者として処刑される。
今更彼らの進行を止めても更に不審がられるだけだ。
――ダメだ。
そう思いせめて妻と娘だけでも逃がそうと兵士に襲い掛かろうと――
「な、なんですか! なんで知らない人が入ってきてるんですか!?」
叫びにも似た声が発せられた。
ミラのものだ。
問題はそこじゃない。
問題は、
「ミラ、なんて恰好で出てきているんだ!」
生まれたままの姿にバスタオルを包んだだけの姿でそこに立っていることだ。
濡らした髪をそのままにバスタオルを引き上げ、脱衣所へと急ぎ戻り、顔を赤らめながらも顔だけを覗かる。
いきなりの出来事に兵たちも動きを止め、顔を背けてしまう。
「だ、だって着替え忘れて、着替えも持ってきてなかったから自分で取って来ようとして……家族以外が家の中にいるなんて思わないじゃない……」
「こ、この人たちは、床の水滴の正体を調べさせろって入ってきてだな……」
「そ、それは私です。さっきまで友達の家にいて、いつまでも止みそうになかったから走って帰ってきたんです」
「た、確かに雨は夜急に振り始めたな……」
嘘だ。
今日ミラはずっと家にいた。
それは家族全員が知っている。
一瞬の間にスラスラと嘘を並べ立てる娘の頭の切り替えの早さと度胸の高さに感服しながらも父は少し怖く思った。
だが娘の作ってくれたこの機会を逃してはならないと思い、乗っかるようにして言葉を並べる。
「だから家に入れたくなかったのです。家の中ではこんな格好で歩き回る子なので……」
「ですのでお引き取り願っても構いませんか? こちらの不手際とは言え、このままじゃ娘がいつまで経っても着替えを持ってこれませんので」
笑みと共に放った妻の言葉が最後だった。
「わ、わかった。君もそんなはしたない恰好で歩くもんじゃないぞ」
そう言って慌てて家を出ていく兵士たち。
少しして兵たちの足音が遠のくのを待つ。
そして完全になくなったのを確認し――その場にへたり込んだ。
「は、はは……生きた心地がしなかった」
本当に終わったと思った。
あそこでミラが飛び出してなければ確実に家族はここで終わっていただろう。
見ればミラも力が抜けたように座り込んでいた。
身体も少し震えている。
「……本当に胆が冷えたぞ」
「わ、私が言い出したことだもん。私だってしっかりしなくちゃいけないから」
そう言うミラに唯一立ってる母がタオルを肩に掛け、早く服を着るように言う。
父は今日この日程女強しと思ったことはない。
ミラは脱衣所へと戻り、父はふらふらした身体で椅子へと座り冷めた紅茶へと手を伸ばそうとし、そのカップを下げられた。
「本当にお疲れ様でした」
「あ、ああ」
そう言って妻が新しいカップを差し出してくれた。
温かい。
紅茶を入れ直してくれたのだ。
立ち昇る蒸気が熱を感じさせてくれる。
父はカップを持ちあげ、熱い紅茶が喉を通る。
冷えた身体に紅茶が注がれ、芯から温まる。
「……こんなことはもうこりごりだぞ」
一人そう呟く父だが、その顔はどんな顔をしているのか。
恐らく今も眠る少年がいなくなるまでは続くんだろうなと、思いながら彼はまた紅茶へと手を伸ばした。
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