不条理なこの世界で   作:夕@ハーメルン

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偽『転』

 窓を開け、吹き付ける風に心地よさを感じながらイサミは月を見上げる。

 雲一つない、綺麗な満月だ。

 狼なんかが遠吠えの一つもあげそうだが、ここらの狼などほぼ全て駆逐されてしまっている。

 残った狼は知能を持ち、今も逆襲の機会を窺っているに違いない。

 イサミ自身も牙を隠し持った狼でありたいと思っている。

 その為にも今夜の逢引きに失敗は許されない。

 今日、店で出会ったレオーネという名の女性。

 何者かは知らないが、完全にイサミの素性を知っている者だった。

 そんな人物を放っておくわけにはいかない。

 営業時間が終了してもミラからの執拗問い掛けは続いたが、のらりくらりと躱しつつ、イサミは自室へと戻ってきていた。

 時計の針は既に頂上を越え、傾き始めた頃。

 ミラたちも寝静まったことだろう。

 もしかするともうここには戻ってこないかもしれない。

 本当ならその方が良い。

 自分のような者と関わり合いを持っていると思われてはいけない。

 

「……いくか」

 

 両手のグローブをしっかりと確認し、イサミは窓から外へと飛び出した。

 慣性に従いながら、地面へと足を付ける。

 

「きたね」

 

 どうやら向こうの方から夜這いにきてくれたようだ。

 男冥利に尽きるし、なにより彼女のいる場所は知らないのでまぁそうだろうなと思う。

 昼間と同じ欲情的なラインを見せつける大人な女性。

 少し違う点は髪の長さだ。

 金髪のショートカットだったはずだが、今はロングと言って良い程に伸びている。

 その姿はさながら獅子を連想させる。

 

「移動しよう。ここじゃ色々と困る」

 

 イサミがそう提案する。

 もし誰かに見られたら面倒だし、ミラに見られたらもっと面倒だ。

 話すにしろ、殺り合うにしろ、ここでは互いに都合が悪い。

 

「いいよ、ついてきな」

 

 彼女――レオーネも賛同してくれ、彼女の後を追うように深夜の帝都を走る。

 走っていてわかったことだが、彼女は恐ろしく速い。

 今はなんとか追い縋っているが、グローブの力がなければ大きく離されているだろうし、恐らくはレオーネが本気になれば一瞬で置いていかれているだろう。

 今もちょくちょくこちらの姿を確認してくれている。

 完全に向こうが格上だ。

 もし戦闘になれば劣勢は免れない。

 だが要はやりようだ。

 今まで長い間培ってきた経験がある。

 タダでは負けてやらない。

 

「よし、ここらでいいか」

 

 いつしかイサミたちは帝都を抜け、森の中へと入っていた。

 それほど離れた場所ではないが、身を隠すには持って来いの場所だ。

 イサミはレオーネと向かい合う形で立つ。

 そしていつでも動けるように神経を集中させながら、レオーネの言葉を待つ。

 

「まずは自己紹介だ。私の名前は聞いてる?」

「レオーネ」

「知ってるのならいいや。少年の名前は?」

「イサミ。それよりもお前は何者だ。何が目的だ」

「それはイサミが一番よくわかってるんじゃないのか?」

「――ッ!?」

 

 甘かった。考えが甘すぎた。

 肌を刺すような敵意がイサミを貫き、身体を縫い付けられたような錯覚に陥る。

 まるで獰猛な獅子に睨まれたように動けない。

 

「最近富裕層の貴族や重役ばかりを暗殺してるらしいじゃないか」

「……それが、どうした」

「イサミって結構度胸あるよね」

「……」

 

 突然の言葉に押し黙るイサミ。

 完全に主導権を握られてしまった。

 今は大人しくレオーネの言葉を聞くしかない。

 

「あれはナイトレイドに偽装しているのか?」

 

 いきなり偽装ときた。

 どうやらこちらのことはある程度調べているらしい。

 そして恐らく……彼女は軍の人間ではない。雰囲気、その様子が全くかみ合わない。

 だとすると、ヘタに隠して相手の不満を買うのは得策ではない。

 イサミは正直に己の行動の真意を伝える。

 

「……俺は一人だからな。極力存在を隠して行かないとやっていけないんだよ」

 

 別段隠れ蓑以外にナイトレイドに思うことはない。

 大きな力に抗う為には小さな小石は何かに紛れないといけないのだ。

 それがただナイトレイドだっただけだ。

 それに、

 

「それに別にナイトレイドの真似をする為だけに、あんなことをしてるわけじゃない」

「あ、そうなんだ」

 

 意外そうな顔をするレオーネ。

 その瞬間、何故か少し敵意が緩み、金縛りのように動かなかった身体も解けた。

 イサミは緊張の糸を張り直しながら言葉を続ける。

 

「ナイトレイドの目的が最終的に大臣だということはわかる。けど宮殿の守りは鉄壁だ。そこをやるにはまだ力が足りないから今は爪を研いでるってところだろう。似たような事をしてるのが革命軍か。けどそう考えてるのはそこらだけじゃないんだよ。弱者は弱者なりにこの世界を見限ってんだよ」

 

 睨みながら己の考えを吐露した。

 これがどう転ぶかはわからないが、何やら驚いたような顔をしているレオーネ。

 一体なにが彼女を驚かせる要因だったのか。

 こほんと咳払いをひとつし、レオーネは表情を持ちなおす。

 

「実はね、うちのボスが大層ご立腹なんだよ。それでそいつの真意を確かめて来いってね」

「…………」

 

 最近で自分にご立腹な存在なんて先日の打ち損じた奴くらいのものだ。

 他は大体仕留めてきたし、だいたいの罪はナイトレイドに被ってもらっている。

 レオーネのいうボスが誰なのかは知らないが、どうやらそのボスの機嫌を損ねたらしい。

 彼女の言う真意と言うものが何かわからないが、すぐに動けるようにだけは気を向けておく。

 

「そいつが私たちを騙るようなら排除。気に喰わないなら排除。糞野郎なら排除って」

「随分と気性の荒いボスじゃないか」

 

 軽口のようにそう返すが、内心ひやひやしている。

 先程の走りから速度は完全に負けている。

 そうなれば逃げるのは難しい。かといって腕力もそこまで勝っているとは思えない。

 唯一こっちにメリットがあるのはグローブだけ。

 場合なら一撃必殺ともなるこのグローブの力なら形勢逆転も可能だが、当てることが出来なければ意味がない。

 その隙をレオーネから見つけることが出来ない。

 詰みしか見えないこの現状でイサミの汗が垂れ落ちる。

 

「あとは――」

「まだあるのか」

「あとはもし同志なりえる者だったら勧誘して来いって」

「…………は?」

 

 ……同志?

 思いもよらなかった一言に一瞬思考が止まり、その後には混乱が押し寄せた。

 同志というのはあれか、同じ志を持つものが集まるというあれか。

 怒りを買っていたのではなかったのか。何を考えているんだ。俺の事をどこまで知っているんだ。

 

 ……一体どんな組織なんだ。

 

 数々の疑問は最終的にそこへと行きつく。

 その疑問もレオーネがニカッと男前に笑いながら答えてくれた。

 

「殺し屋稼業、ナイトレイドへの内定おめでとう」

 

 ……今こいつなんて言った、ナイトレイド? 内定?

 じゃああれか、ナイトレイドが俺をスカウトしにきたってことか。

 

 超有名暗殺稼業から直々のオファー。

 人殺しにオファーも糞もあったものではないと思うがつまりはそういうことらしい。

 

「それでどうする? こっちとしては是非とも一緒に働きたいと思ってたりするんだけど。実際メリットの方が多いと思うよ」

 

 彼女の言う通り、これからもずっと一人で行っていくよりナイトレイドに入って行った方が何倍にも効率が良い。

 目的は同じ大臣の抹殺。

 イサミはナイトレイドの連中をレオーネしか見たことがないが、手配書に載っている『アカメ』や『ブラート』、『ナジェンダ』と言った実力揃いもまだまだ多くいる。

 そんな場所ならイサミ自身のレベルアップもできるだろう。

 複数人で動くことにもなるだろうし生存確率も飛躍的に上がる。

 まさにメリットの塊だ。

 これを逃す理由はない。

 にもかかわらず、すぐに頷けない自分は一体何なのか。

 躊躇することはない。

 このまま彼女の手を取り、ナイトレイドに入ればいい。

 そうすれば今のような現状の解消できる。

 あの外出禁止とか言う意味の分からないものともおさらばだ。

 毎日やってきては、ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てて世話を焼くおせっかいの顔を見なくて済む。

 もうこれ以上あの家族を巻き込まなくて済む。

 これ以上、あの顔を見なくて――

 

「…………ッ、少し考えさせてくれ」

 

 イサミは俯きながらそう言った。

 その姿にレオーネは首を縦に振る。

 

「悪いけど期限は明日までだよ。明日は一日中この森の辺りにいるから。もし入るのならきなよ」

 

 そう言ってレオーネはドカッとその場に座り込み、どこからか酒を取り出し始める。

 まるで最初からこうなることが分かっていたような準備にイサミは顔を背けてしまう。

 その立ち去ろうと踵を返し、歩き始めるイサミ。

 

「これは独り言だけどさ」

 

 木に背を預けて座るレオーネがぽつりと呟く。

 彼女の独り言だ。別に聞かないといけないわけじゃない。

 立ち去ればいい。

 けど足を止めてしまった。

 

「私は一緒に働きたいって言ったけど、別にそうしなきゃならないってわけじゃないよ。別の生き方を選んでも良いと私は思ってる。大事なのはどちらかを選ぶことだよ。これしかないって決めつけることじゃあない」

「……その選択が今までの全てをムダにしても?」

「いいんじゃないの。人生なんてムダばっかりさ。それが納得できないんなら、これからムダをなくす努力でもすれば?」

「……適当だな」

「だって独り言だし」

「そうだったな」

 

 素っ気ない返事を素っ気ない返事で返される。

 だって独り言なのだから。

 悩むイサミを諌めているのだろうか、いやきっと違う。

 単に思った事を言っただけだろう。獣の習性のようなものだ。

 けど方向性を持った言葉は一人の少年への助言。

 その言葉を受け、苛立ちが募るがそれはレオーネに当てるべきものじゃない。

 その助言に答えを見いだせないまま、イサミはその場を後にする。

 

 帝都まで歩いて一時間程。

 走る気力もでず、枯れた荒野をイサミは歩いて戻る。

 その間にイサミは考える。

 しかし既に答えは出ているようなもの。

 今この足はどこに向けているのか。

 それが答えだ。

 最初はただ鬱陶しかった。

 馴れ馴れしくて、こちらを全く殺し屋だと思ってないあの行動。

 何よりも神様を信じて幸福を順番をとか言うあの考え方。

 反吐が出る思いだった。

 お前は一体何を知ってそんなことを言うんだと、言ってやってもよかった。

 けど、そう思う度に何かが引っ掛かる。

 こちらの世話を焼く彼女の姿が妙に記憶に残る。

 あの生活が楽しいと、そう思う自分がいて、あの生活を続けたいと思う自分がいる。。

 暗殺を失敗してひと月が経っている。

 あれだけの事をして、手配書はまだ出ていない。

 恐らくは少年だと分かっただけで、イサミの顔を特定できていないのだ。

 ならあと少し大人しくしていれば、陽の当たる場所に出ても大丈夫ではなかろうか。

 今までの自分を捨て、新しく生きる。

 彼女と共に――

 

 だが同時にそれを納得できない、してはならないと訴えかける自分もいる。

 

 それは今までの人生を台無しにする行為だ。

 泥を啜り、血反吐を吐き、腐った血を浴びてきたあの行いをなかったことにするということだ。

 そんなことが許されるわけがない。

 あの村を、母を、姉を見殺しにしてまで無様に生き恥晒したのはなんのためだ。

 復讐する為じゃなかったのか。

 それが矜持であり、生きる意味だ。

 なのに葛藤する自分がいる。

 それがイサミは許せない。

 何よりイサミは人殺しだ。

 どんなに正当性を謳っても、どんなに薄汚い輩だったとしても、やっていることは殺人だ。

 そんな人間が幸せになる資格はない。

 むしろ人との関わりを徹底的に断つべきだ。

 仮にだ、もしイサミが全てを捨てたとしよう。

 あの小料理屋で働かせてもらったとする。

 そしてある日、どこからかイサミの素性がバレたとしよう。

 巻き添えになるのはあの家族だ。

 言うなればイサミの存在が癌だ。

 腫瘍(イサミ)はどんどん転移していき、身体(かぞく)を蝕んでいく。

 その元を一刻も早く取り除かなければ助からない。

 悪しきは隔離しなければならない。

 だからこそ、彼女たちの事を想うのならこの足を今にでも止めて、引き返すべきだろう。

 しかし、

 

「――――ッ」

 

 止めたくない、と今の帰るべき場所に戻りたいと足の進みは止まらない。

 あの光に縋ってしまう。

 ダメだと分かっていても、それが間違っていると思っていても。

 レオーネはそんなイサミを後押ししてくれていた。

 恐らくはずっと監視していて、イサミの想いにも気が付いていたのだろう。

 しかしそれを容易には選べない。

 

「チッ」

 

 そんな自分に苛立ちが増す。

 いつしかイサミは帝都へと戻っていた。

 夜風に当たりながらイサミはミラの家を目指す。

 その行いがどういうことかを理解しながら。

 そんな時に、何かの声がした。

 叫び声と、人を殴る音。

 イサミは路地の曲がり角で、その現場を見つけた。

 

「や、め……」

「大人しくしてろや」

 

 男が女の頭を殴り気絶させる。

 数にして十人程。

 女が三人に男が七人。

 恐らくは誘拐。

 女たちの服装は質の良いものでないところから見るにスラムの住人だ。

 貴族の人間はスラムの連中を見下している者が多い。

 その癖にスラムの女性で気に入った者を己のペットとして扱う為に誘拐を計る。

 スラムの連中なぞいなくなったところでなんともないと思いがちな貴族にはよくあることだ。

 女たちを馬車へと乗せている下っ端たち。

 よく見ると馬車の中に人影がある。

 珍しく主自らやってきているのだろう。

 こういうものは部下やら配下のものたちに行かせる輩が多く、それ故にイサミもわざわざ屋敷に乗り込んでいかねばならないことが多かった。

 とにかく偶然でも現場を目撃してしまったわけだ。

 

 それを見逃す通りはない。

 

 片方の頬が吊り上がる。

 苛立ちついでの八つ当たりにも等しいが、運がなかったと思って諦めてもらう。

 腰を落とし飛び出す準備をする。

 拳を少し開き、足の裏から地面の感触を確かめながら男たちの位置を確認する。

 ひとりずつ視線で追っていき、そのうちの一人で視線が止まる。

 見たことのある顔だった。

 細身の男。瞼に傷のある男などそうそういないので忘れない。

 そして背に背負う黒槍。

 ひと月前にイサミがやられた相手だ。

 ギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえた。

 次の瞬間にはイサミの姿は消えていた。

 

「ガッ……!?」

「な、ガハッ!?」

 

 一番近くにいた男を掌底で顔を破裂させる。その横にいた者の頭を掴み地面に叩き付けて絶命させる。

 同時に腰に差していた短刀を投擲し、馬へと突き刺す。これで退路を断つ。

 暴れる馬とは反対に、一瞬のことに思考の止まる男たち。

 今のうちに潰してしまおうと更に一歩踏み出すが、こちらに突き出る黒槍がその邪魔をする。

 イサミはバク転するようにして後方へと跳ぶ。

 そしてその様子を見て要約我に返った他の者たちも得物を取り出し、それを見たイサミは軽く舌打ちする。

 

「ん、お前はぁ」

 

 イサミの事を覚えていたようで、その姿を確認した途端にその表情がこちらを舐めたようなものへと変わる。

 

「この前逃げ帰った餓鬼か。死体を見つけられなかったとは聞いていたが、まさか生きてたとはなぁ」

 

 舌なめずりしながらこちらを見下す傷の男。

 しかし前回逃げたのはこちらだ。

 それに対してどうこう言うつもりはない。

 言いたい奴には言わせておけばいい。

 こちらの願いはお前たちが物言わぬ骸になることだけなのだから。

 だから喋り終わるのを待つ言われもない。

 イサミは地面を蹴り、周囲の男に接近する。

 狙われた男は怯えた表情を張り付けたまま、震えた腕で銃をイサミへと向ける。

 大きな音と火花が散り、鉄の鉛がイサミへ向けて飛び出す。

 だがイサミは避ける素振りも見せずに銃弾はイサミの頭上を越えていく。

 そのまま懐へと潜り込み首を掴み、肩へとその身を乗り上げる。

 首を捻り上げ、ゴキッという鈍い音と共に男の腕がだらりと落ちる。

 続けざまに鳴り響く数多の発砲音。

 こちらへと向かってくる銃弾を出来立ての死体を盾に防ぎながら飛び退くように退避。

 つい先ほどまで生きていた者が仲間の手で容赦なく穴開きにされ、撃たれた衝撃で踊り出す。

 死の踊りは一体誰への洗礼か。

 少なくとも、イサミは彼の仲間をあと四つは作るつもりだ。

 

「つれないなぁつれないよぉ。そんなにリンチされるのが怖いのかぁ?」

 

 イサミを挑発するつもりなのか知らないが、イサミは軽く受け流す。

 前回屋敷へ乗り込んだ時は警備の数が多すぎた。

 傷の男は確かに強いがあそこまで威張れるレベルじゃない。

 周りの掩護に防戦一方になったのが敗北の原因だ。

 銃声もある、長引けば警備もやってきてこちらが不利だ。

 傷の男はどうやらまだ動く気はないらしい。

 好都合だ。

 まずは、周りを無力化する。

 

「……身の程の知れよ糞野郎」

 

 自分にだけ聞こえるようにそう言うとイサミは再び疾走する。

 弾丸の雨を掻い潜り、顎へと掌底を放ち破裂させ一人、全開の蹴りを首へと決めまた一人と息の根を止める。

 残りは傷の男を抜けばあと一人。

 

「う、動くな!」

 

 残った一人がこちらへと叫びを上げる。

 手に持つ銃はこちらではなく、道に倒れる女たちへと向けられている。

 

「へへ、お、お前はこいつ等を助けに来たんだろ……なら余計な真似はすんなよ。少しでも動けば一人ずつ殺していくからな……」

 

 言葉とは裏腹に目を見開き、身体は震え、呼吸も荒い。

 恐怖が身体を支配しているのは容易に窺える。

 イサミと男の距離は少しある。

 ここから全速で駆けて男を殺すのと、相手が引き金を引くのではあちらの方が早いだろう。

 

「な――ッ」

 

 小さな赤い花が咲く。

 意外にあった威力に肉が飛び、血液が花の模様のように描かれる。

 今から接近しては間に合わない。

 だからただ単純に銃を使った。

 首を折った奴から奪い取ったものを鉛玉だけ先に返しただけだ。

 近距離しかないと思ったそちらが悪い。

 ばたりと倒れる男に銃を投げ捨てる。

 そちらにもう用はなく、イサミはまだ立つ男へと視線を向ける。

 部下が全て死んだにもかかわらず傷の男は今も終始笑みを絶やさない。

 その表情を冷めた瞳でイサミは見つめる。

 

「ガ、ガレン! ぜぜ、全員死んでしまったぞ! どうするつもりだ!」

 

 既に馬が大地に伏せた馬車から怯えた顔で叫ぶ貴族。

 己の欲を保身にしか用のない男が死の縁に立たされているのだ。

 当然と言えば当然だ。

 

「構いませんよ、どうせ能のない屑ばかりです。代わりなどいくらでもいます。私さえいればこの場なんてどうとでもなります。以前もそうでしたでしょう?」

「そ、そうだったな。お前には高い金を払っているんだ! そんな屑、さっさと殺してしまえ!」

 

 言う事だけ言って貴族の男は馬車の奥へと引っ込んでいく。

 なんと言おうと怖いのだ。

 誰しも安全なところで高みの見物が一番いい。

 それが出来ないのなら目を耳を塞ぎ、事が終わるのをじっと待つ。

 その姿を見て傷の男――ガレン、と呼ばれた男はまた高らかに声を上げた。

 

「ははははは――そう隠れんでも金額に見合った仕事はやるというのに。いやはや貴族の方々ももう少し度胸というものを持つべきだ。お前もそう思わねぇか?」

「そうだな、大臣に楯突くくらいの度胸は見せて欲しいもんだ。そうすれば塵ほどは見直してやる」

「そいつぁは酷な話だ。一緒になって甘い汁吸ってるのに糾弾なんて出来るはずもねぇ。誰しも自分の命は大事なんだよ。その中でおこぼれの汁を啜る。それが今の世の中だ。だからよ――弁えろよ餓鬼」

 

 空気が一瞬で張り詰められた。

 笑う声もなく、ガレンの顔も鉄のような面へと変わる。

 

「この世に適応できねぇ奴は死んでいくんだよ。弱肉強食、強い奴が生き、弱いものが死ぬ。まさに俺とお前の構図だ。死ぬ前に勉強できたじゃねぇか」

「口の減らない奴だ。そんなに喋りたいならあの世で閻魔に好きなだけ喋ってろ」

「抜かせ」

 

 走り出したのは同時だった。

 互いに目の前の敵に向かって一直線に駆ける。

 鋭く穿たれる黒き槍。

 徒手空拳と槍との死合、リーチで勝る槍が先に仕掛けるのは道理だ。

 向けられた狙いはイサミの心臓。

 その矛先を身体をずらすことで回避する。

 狙うは懐に入っての一撃必殺。

 情緒も趣もない。

 お前はいらん。

 すぐ死ね、今死ね、即刻死ね。

 最速での死を希望する。

 腰から振り抜く、抜刀術のように腕を振り出し、その死を誘う腕は紅黒の槍に止められた。

 

「ゴラァ!」

 

 回転させるように振るわれる紅黒の刃を後ろへ跳ぶように回避する。

 身体に焼けるような痛みが奔る。

 ガレンの持つ槍。

 槍の形をしているがその両端には黒い矢尻と紅黒の矢尻が付いた双刃槍だ。

 それにやっかいなのは紅い方。

 紅黒の刃の方が異常なまでの熱量をもっている。

 斬られれば血は出ないが、焼かれたように傷口が塞がる。

 少しでも突き刺されたままでは血液が沸騰し、内から死滅する脅威の武器。

 以前の戦闘ではその情報を知らずに、煮え湯を飲まされた。

 

「なんだよ。俺の帝具、熱傷烙印シャクマラにビビってんのかぁ?」

 

 帝具。

 それは千年前に帝国で作られた兵器の総称。

 帝国の始皇帝が権力と財力を結集させ創らせた現代では製造不可能と呼ばれるもの。

 その総数は四十八に及び、体力、精神力を著しく消費するがその力は絶大。

 五百年前の内乱で半数程が各地に姿を消してしまったが、帝具と言うものは確かに存在している。

 その帝具の一つ、【熱傷烙印シャクマラ】を現在持つのが目の前のガレンという男。

 

「俺のシャクマラを見て逃げれた奴なんてお前以外いなかったんだぜ? なのに逃げられてよぉ、不満だったんだよ」

 

 すっとシャクマラの矛先をイサミへと向ける。

 否、それが指すのはイサミの腕に付けられた薄手の黒いグローブだ。

 

「お前のソレも帝具なんだろ? あの顔の飛び散り方はどう考えても自然のモノじゃねぇ。道具使ってるようにも見えねぇし、ならそのグローブが帝具って考えるのが自然だわなぁ」

 

 目ざとい奴だ、と内心で毒づく。

 やはり腕力にモノを言わせたと思わせるにはイサミの細腕では無理があった。

 恐らくガレンは部下を捨て石にして判断材料にしたのだろう。

 嫌な方向に頭が冴えていて更に腹が立つ。

 そしてその考えは見事に当たっている。

 

「お前も帝具使いなら知ってるだろ、『帝具使い同士が戦えば必ずどちらかが死ぬ』って言葉くらいわよぉ」

「……だからなんだ」

 

 イサミも知っていた。

 古い時代より一つの鉄則がある。

 壮絶な破壊力を持つ帝具同士がぶつかり合えば必ず犠牲者が出たという。

 絶対に誰かが死ぬ。

 帝具使いなら知ってて当然の言葉だ。

 

「だからあの時ひよって逃げられた時にはホントに萎えたわ。あの格言嘘だったのかと思ってよ。苛立ったから関係ない女を四、五人殺しちまってよ。あそこで怯えてるのにかなりキレられたわ。今日来たのもその替えを用意する為だったんだが……再会できて本当に俺はラッキーだわ」

 

 ……苛立って殺しただと?

 聞きたくもないことをベラベラと喋るガレン。

 おかげでまたイサミの苛立ちが増してしまった。

 あの日皆殺しに出来なかったせいで無駄な犠牲を増やしてしまった。

 だが仕方ない。

 そうしないと自分が助からなかった。

 けどその殺されたのがあの家族に置き換えたら?

 本当にそうやって割り切れるのか?

 

「――――ッ」

 

 ガレンにも、貴族にも、なにより自分に腹が立つ。

 まだ迷ってるのか、こんな時にも。

 バカかアホか。

 やるべきことは決まっているだろう。

 鋭い瞳を更に鋭くさせ、獲物を凝視する。

 

「俺帝具使いと殺るのは初めてでよぉ、今日こそはあの鉄則が本当の事なんだって証明させてくれよォ!」

 

 疾走するガレン。

 イサミ目掛けて五、十、二十と増え続ける突きの猛襲。

 その突きをずらすように避け、グローブの強度を以って強引にずらす。

 しかしそれでも腕に自信を持つだけの事はあり、どうしても防ぎきれない攻撃と言うものが生まれてくる。

 借り物も服に切れ目が生まれ、肌には朱線が奔る。

 黒刃での攻撃なので熱は持たないがそれでも傷は傷だ。

 こちらは普通に血が流れるので受ける箇所ではこちらの方が十分にやっかいだ。

 突きの猛攻。

 防戦一方のこの状況で活路を開くには意表を付くナニカが必要だ。

 攻撃を捌きながら後退していく。

 少し、また少しと後ろへと歩を進め、後ろへと跳んだ。

 

「――――疾ッ」

 

 すぐさま足元に転がる死体を思い切り蹴り上げた。

 蹴った死体はガレンの下へと飛んでいく。

 

「しゃらくせっ!」

 

 ぐるんと大きく回したシャクマラで薙ぎ払う。

 飛んだ死体は真っ二つに裂けた。

 二つに分かれた死体は熱で皮膚が溶け、傷口が塞がれ、焼けた臭いを辺りに充満させる。

 その間に後方へと回り込むイサミ。

 狙いはガレンの後頭部、そのまま掌底を放つ構えで、飛び込み、

 

「あめぇんだよ!」

 

 血飛沫が舞った。

 

「ガハッ!?」

 

 双刃槍。

 二つの刃に死角なし。

 横腹に刃が当たり、肉を抉り取られる。

 急ぎ飛び退き、思わず片膝を地につけてしまう。

 鮮血で赤く染まる服。

 抉れた傷口を手で押さえるがグローブに染み込むほどの血液が流れている。

 だが寸前で腕を滑り込ませたので浅く、見た目ほどの傷ではない。

 いわば軽傷だ。

 

「あめぇ、甘すぎるわ糞餓鬼。その程度で俺をやれると思ってんのか。舐めるのも大概にしとけや。経験値足りてんのか?」

 

 血に染まる槍を担ぎ、薄ら笑いでガレンが言う。

 ガレンは少しは名の売れた用心棒だ。

 そこに至るまでに数多くの人を斬り、突き刺し、焼き殺してきた。

 その経験はイサミ以上のモノで、餓鬼の考えることなぞ等に経験してきていると自負している。

 経験。

 それがガレンをここまで自信付けさせるもの。

 

「年季が違うんだよ年季がぁ! 例えばだ、お前のその帝具、触れたものの内部に振動を送って爆発させてるみたいだが、どうやら無機物には効果ないみたいだなぁ。出来るのなら俺のシャクマラだって今頃ボンッとなってるはずだ。だとすれば俺はお前の手にに直接触れられなければいいわけだ」

 

 饒舌に語って聞かせるガレン。

 そして、ガレンの言葉は全て的を射ていた。

 イサミがスラムの闇市で手に入れた帝具、【一撃破殺ロストロス】

 触れればその振動を伝え、小さな振動でさえ、精密な人体には大きな被害を与える。

 名の通り、一撃で敵を屠れる必殺の帝具。

 だがやはりガレンの言う通り、触れなければ意味がないのだ。

 なので彼のように槍という長物を武器として使う敵にはあまり知られたくない。

 それに気付かれたというのは非常に痛手だ。

 だから――至急、素早く、迅速に、

 

「――――殺す」

 

 急激な加速。

 トップスピードでガレンへと突っ込む。

 

「おいおい、死ぬ気かよ」

 

 呆れたような物言いだが仕方ない。

 最初と何も変わってない。

 再び槍を突き出して、今度は避けたところを紅黒の刃で薙いでおしまいだ。

 成長もない、なんとも白ける最後だ。

 

「もういいわ、素直に死んどけ」 

 

 握られた黒槍をイサミへと突き放つ。

 予定通りと言うべきか、イサミは手で黒槍を逸らし、回避する。

 

「ハッ――――じゃあな」

 

 そのままガレンは槍を巧みに動かし、紅黒の刃を向け、イサミを薙ぎ払う。

 それに対抗しようとイサミは血濡れた腕で止めに入る。

 

「ムダだ、阿呆が」

 

 腕と共に焼き斬る。

 そうしてガレンはそのまま槍を薙ぎ、

 

「な――――」

 

 粉々に砕け散った。

 ガレンは何が起こったのかわからず、その間にもイサミは距離を詰め、蹴り飛ばす。

 大きく弾き飛ばされたガレンに暇を与えず、イサミはガレンの上に馬乗りになる。

 

「な、なにが起こった……なんで俺のシャクマラが……」

 

 自身の帝具が壊されたことに動揺し、頭にはその事しかない。

 血を流しながらも呼吸を整えるイサミとはまさに逆の立場だ。

 

「何故だ……餓鬼ィ! お前一体何しやがったぁああああああ!?」

「お前が饒舌に語ってた能力。あぁ、正しいな。これは俺は生きてるものにしか効果がねぇよ」

「ならなんで俺の槍が壊れてんだぁ!」

「奥の手だよ」

 

 奥の手。

 それは帝具に備わる通常の能力とはまた別の能力。

 どんな能力が備わっているのかはそれこそ千差万別。

 通常から使用するようなものもあるし、使用条件が限られてるものもある。

 

「この帝具、ロストロスは使用者の血液を含むことでどんなものにも振動を伝えることが出来るんだよ」

 

 全然使えねぇよ、とイサミは吐き捨てるように言った。

 正確には使用者――イサミの血液を対象に付着させることで対象を生物だと誤認させるというものだ。

 血液は自身の体内から飛び出して五分までのものしか反応せず、尚且つその破裂させる部分の質量に見合っただけの血液が必要になるという、使いどころに困ったもの。

 今回の場合は最初にイサミを突き続けた時の血液にイサミを抉ったモノ。それに加えイサミ自身がグローブに染み込ませた血液が条件をクリアした。

 イサミの言う通り全く使えない奥の手だ。

 

「……んだよそれ、なんだよそれそんなのアリかよ!」

 

 理不尽だとでも言うかのようにガレンは声を上げる。

 いい大人が喚き声をあげる姿を馬乗りしているのは実に見るに堪えない。

 それにもともと帝具使い同士の戦闘とは理不尽に理不尽を重ねたものだ。

 

「経験値足りてんのか?」

「――――」

 

 知らないお前が悪い、とイサミは拳を振り上げる。

 一瞬にしてガレンの顔が恐怖に染まる。

 それは今まで、ガレンが見てきた顔だ。

 そしてその後の光景も何度も見てきたはずだった。

 

「たすけ――」

「素直に死んどけ」

 

 慈悲などなく、イサミは拳を振り下ろした。

 鈍く、何かが割れた音が聞こえた。

 ぴちゃぴちゃと飛び散る千切れた脳髄。

 それに突き刺さる頭蓋骨。

 これまでも何度も見てきたその光景に思うモノは何もない。

 言ってしまえば汚物だ。

 汚らわしい、醜悪な糞だ。

 下から降り上がった鮮血を浴びながらもイサミは顔のなくなった身体から離れる。

 まだ一つ、塵の掃除が残っているから。

 

 歩き過ぎたヶ所に赤い斑点が幾つもできる。

 目指す場所はすぐ近く。

 止まった馬車へとその手を伸ばす。

 開けた先は豪華な造りだ。

 人が十人ほど入れるスペースに机も完備。

 そこの端に小さく丸まった塵があった。

 風で揺れているのか、震えてるようにみえる。

 塵が勝手に動くことなんてないのに。

 塵は喋らない。

 だから何も待つことなんてない。

 ただ、無心に、掃除をするだけだ。

 

 グシャリと再び鮮血が舞った。

 

 

 

 

 また一つ帝都の塵掃除に参加してしまった。

 気が付いた女たちは血濡れのイサミに怯えていたが、すぐにでも警備の兵が来るので急いでスラムへと連れ帰った。

 今夜や明日、現場は騒ぎになるだろうが、そんなこと知ったこっちゃない。

 立ち止まり、思い出す。

 問題はそこじゃないのだと。

 どちらを選ぶか悩んでいたのに、気が付けば殺す事しか頭になかった。

 こういう世界を抜け出すのなら関わっちゃいけない。

 こういうものを見て見ぬふりをしないといけない。

 それがこれからの自分に出来るのか。

 できない。

 イサミという人間はそういうことはできないようにできている。

 初め、八つ当たりだと言った。

 確かに八つ当たりだ。

 情けなくも悩んでいた自分への八つ当たりだ。

 それは正しい。

 けど思い出してみろ。

 

 ――お前はあの時笑ってなかったか?

 

 あの時、あのタイミングで、イサミは確かに笑っていた。

 塵掃除ができると笑っていた。

 スカッとすると笑っていた。

 答えは出てる?

 ああその通りだ。

 イサミにあの道は歩けない。

 あの家族との人生を選んでもいつかきっとボロを出す。

 今の世の中は人の命など安い。

 金で買えるし、金の為に摘める。

 それこそ大臣の私欲の為に幾程の人が肉片へと割り果てたか。

 そんな世は間違っていると思いながらもその世に順応し、人の命を軽んじる。

 それが彼ら殺し屋だ。

 そう、イサミは殺し屋だ。

 そう思うと、なんだか急に気持ちが軽くなった気がした。

 

「……ん」

 

 気が付くと雨が降っていた。

 それなりの降水量だ。

 ここまでなるのに気付けなかったことに少し驚きを感じる。

 しかしこれで少しは血が落とせるだろう。

 だが酷い返り血だ。

 このまま帰れば酷いことになるだろう。

 だからこの服は処分するしかない。

 借り物だが、謝ればいい。

 

「……あれ?」

 

 未だにあそこに帰ろうとする自分がいることに気付く。

 もうあそこはイサミの居場所ではないのに。

 

「けど、今だけは……」

 

 今夜だけは帰ることを赦してほしい。

 明日の朝、ミラに声を掛けて出ていくから。

 

 最後にあの顔をもう一度だけ――

 

 そう願い、イサミは遠い家路を目指す。

 

 

 

 

 

 仮の話だ。

 雨降る月夜。

 

「ふーん」

 

 偶然、全くの偶然だ。

 屋根の上でお月見しながらお菓子を食べていただけだ。

 銃声の音が聞こえて、気まぐれにそっちを向いただけだ。

 ただそこで玩具を見つけただけ。

 

「あれはいいなぁ」

 

 だから雨が降っててもずっとそれを見ていただけだ。

 最後まで立っていた素敵な玩具を――





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