というわけで、ユーフェミアの一声でスザクが特派に移り、無事ルルーシュ、ナナリーとの再会を果たしたのである。
「スザクさん、お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
「大きくなったな」
「きみこそね」
それだけの会話でも、3人ともほほが自然とゆるんでくる。
「口調は丸くなった」
「きみは相変わらずだね」
「うん? 多少賢くなったのか?」
「そういうところも変わってない」
「ふふふっ」
ナナリーは淑やかに笑う。
ルルーシュも「ふん」なんて言いつつ目じりが下がり、スザクもおだやかに目を細める。
はた目で見ていても心地いいような、おだやかな空間が出来上がった。
「それじゃあナナリーさまあ、こちらへどうぞお」
しかしこの男、ロイドは空気を気にしない。
「俺も付いて行く」
「もちろんどうぞお」
「僕も、行くべきなのかな?」
「お願いします」
「分かったよナナリー」
4人は診察室、と言うより、パイロットの状態を調べるための機器が集められた場所へと向かう。
しかし特派、ここはブリタニアでも、いや世界でも、最も優秀な技術が集まる場所である。
最先端の機器の中には『今は無理だが、いずれ一般の医療現場で使われるだろうもの』『すでに使われているもの』『高価過ぎて今後も使われるかどうか不明なもの』が交ざっており、むしろ病院よりも精巧な検査が可能なのだ。ロイドはそう見ている。
そして、気合も十分だった。
本当にマリアンヌが好きでこの業界に入ったので、その子供の力になれるなんて、願ってもないことだったのだ。
子供自体も、少し会話を交えた程度だが十分に気に入った。
言動の一つ一つににじみ出た人格、人柄。優れたそれらを感じ取ることができたのだ。
検査結果は今までとほぼ変わらないものだった。
しかしロイドは、希望の持てる対応を述べることができた。
「目の方は、神経は生きているんですよねえ。なのに、脳が見ることを拒んでいる。まるで見る方法を知らないとでも言うように。ですけど、専用のカメラ機器を視神経につなげば、いけると思いますよお。解像度を高めるのには骨が折れますが、1年くらいあれば満足のいくものが作れるはずですう。その前に、人本来のレンズで見えるようになると思いますけどねえ。脳が見るということを思い出すでしょうから。と言ってもこれは、ナナリー様自身の“見たい”という気持ちに大きく左右されますがあ」
「……なるほどな」
「ははっ。全然分かんないや」
ルルーシュはうなずいたが、スザクは苦い顔になってしまった。
ナナリーはそれに勘付いて、理解できているが、チンプンカンプンなフリをすることにした。
「ではあ、専用のカメラを作るってことでいいですかあ」
「かまわない。安全を確かめる実験は十分に行うように」
「分かってまあす」
能天気な返事を聞いて、スザクとナナリーは一息つく。
しかし、まだもう一つの話が残っている。
「足の方はあ、ナイトメアの技術を使えばあ、動く義足を作るのも難しくないですねえ。と言っても、リアクションタイムにロスは出ますしい、いろんなズレによって痛んだりもしますけどお」
「それじゃあダメだな。別の案は?」
「外から覆うパターンですかねえ。これは小型のナイトメアだと思ってくれたらいいですよお。足だけですがあ」
「ではそちらで頼む」
「あはあ。分かりましたあ。ああいえ、イエス、ユアハイネスゥ」
ロイドは笑みを強めながら、大げさな動きで臣下の礼をとる。
それで医療の話はお開きとなった。
その後、ルルーシュ、ナナリー、スザクの3人で長く語り合った。
主に昔話、また別れてからの話である。
しかし、日も沈みかけたところで、スザクが重要な話題を出した。
「ユーフェミア様が、僕に学校に通うように言うんだ。学生をする年齢だし、それに、ルルーシュとナナリーに会いたいだろうからって」
「ユフィらしいな。どうせ、その報告を求められたりもしているのだろう?」
「うん。きみたちのことを聞かせてほしいって。逆にユーフェミア様の言葉もきみ達に伝えてほしいって言われたよ」
「まあ予想通りだな。しかし、彼女は抜けているからな。どこでしっぽをつかまれるか分からないから、断ってくれ」
「いや、無理だよルルーシュ。だって彼女殿下だもん」
「……なるほどな」
ルルーシュは余裕ぶるが、内心焦っていた。
しかし自棄になりはしない。妹を止めるのは無理らしいと判断するや、情報を漏らさないための策を全力で考えている。
それをスザクに実践してもらう。心もとないが。
「でも、私はうれしいです。これからスザクさんと毎日会えるのですから」
「僕もうれしいよナナリー。勉強は苦手だけどね」
「お兄様が教えてくれますわ。それに、アッシュフォード学園にはやさしい方がたくさんいますから、すぐに助けてくれると思いますよ」
「そうかな。ははっ、なら安心だね」
ルルーシュは頭をひねっているが、彼等は作戦担当ではないので、のんきに談話を始めてしまうのだった。
その頃。
政庁のとある一室で、2人の男女が向き合っていた。
ユーフェミアとジェレミアである。
皇女と騎士候補との親睦を深めるための時間であるため、本当に2人だけしかいない。
よってユーフェミアは言いたい放題だった。
「何が違うと言うのですか。同じ人間ではありませんか」
「その、同じ人間ですが、長所短所というものがありまして」
「それは分かります。しかし、何かが優れているからと言って、横暴を働いていい理由にはならないのです。皆が平等に、相手をいたわるべきなのです」
「は、はい。その通りでございます」
ジェレミアは簡単に折れた。
自分よりも皇族の方が尊く、それは主義主張にも及ぶと考えているため、皇族と対立した場合はあっさりと自分の間違いを認めてしまうのだ。
「純血派は解散です。分かりましたね」
「あっ、は、はい。イエス、ユアハイネス」
ビシッ、と格好だけは力強く決める。
しかしその目には、うっすらと涙も浮かんでいた。
「では、私の騎士になることを認めましょう」
しかし、そこで一転する。
悩むジェレミアに対し、ユーフェミアがおだやかに微笑みかける。
「よっ、よろしいのですかっ!」
ジェレミアは勢いよく顔を上げて、皇女の顔をのぞき込んでしまう。
「はい。分かっていただけましたから」
「ああっ! なんという感動っ! 感激っ! どんな言葉でも尽くすことができませんっ!」
「ふふっ。では、誓っていただけますか? いつ何時も、私を守る盾になっていただけると」
「当然でございます! イエス、ユアハイネス。私はユーフェミア様を守る盾となります!」
ジェレミアは今度は感動して大粒の涙を流し始める。
ユーフェミアはやはり微笑みで応じる。
「ふふっ。では、オレンジでも食べます? 親睦を深めるために」
「ああっ! ユーフェミア様自らが剥かずとも、私がっ!」
「かまいませんよ、このくらい。騎士さんにはこれからずっとお世話になるのですから」
しかし、ユーフェミアは皮を剥くに止まらず、1枚だけとって「あーん」と言って、口元に差し出してしまった。
当然ジェレミアはうろたえる。そのまま動けなくなってしまう。
しかしユーフェミアは、笑むばかりなのである。
だから、ジェレミアは大きく息を呑み込み、覚悟を決めた。
「ああっ。ありがたき幸せっ。ありがたき幸せえええっ」
興奮しているが、動きは丁寧であった。
ゆっくりと、口がユーフェミアの手につかないように慎重に、唇の先でつまんだ。
余談だが、ジェレミアはこれ以降オレンジが大好きになった。
それも引くくらいだったので、周囲の者達は彼をオレンジと呼ぶようになってしまった。