名門枢木と言えど、ブリタニア人学生には馴染みが浅い。アッシュフォード学園に中途入学したスザクは、ほとんど空気だった。
反応の割合は、「あっ、イレブン」とめずらしさに驚く人達が約2割、「ちっ、イレブンかよ」と差別意識を露わにする人達も約2割、「かわいいかも」と少しドキリとした人達がまた約2割、「ルルーシュくんの友達? なら近づいておくべきかも」と打算的に考える人達が約3割だった。しかしこれらは重複可であり、いずれにも含まれない人達が半数以上いて、彼等は生まれの違う一個人にさして興味を抱かなかった。
スザクはその日のうちに生徒会に入った。
何も分からなかったが、ルルーシュとナナリーがずっと横について、何をすべきか教えてくれた。が、シャーリーの嫉妬に勘付いて、徐々に1人でこなすようになっていった。
勉強はずっとルルーシュを頼ってばかりいた。学園外で特派の面々、特にセシルにも頼った。本気で取り組んだからか、徐々に授業を理解できるようになった。
3人はとても幸せだった。
特にナナリーはスザクを愛し、恋までしていたので、毎日胸が高鳴って、底なしなほどに力がわいてきて、見る見るうちにはつらつとしていった。
そんな彼女の姿は、横で見ていたルルーシュにもうれしかった。ナナリーの幸せは自分の幸せなのだ。この笑顔満開の彼女は、どれだけ彼に喜びを与えたのだろう。
ルルーシュは昔から『ナナリーを任せられるのはスザクしかいない』と思っていたが、今では『本当に結婚すればいいのに』とさえ考えるようになっていた。スザク当人もからかい甲斐があって、一緒にいて退屈しなかった。それにやはり運動能力が高いので、力仕事では頼りになった。
スザクも幸せだった。
学園では軍では考えられないようなやさしい人たちに囲まれて、家族のように接してくれて、久しぶりに心を休めることができた。
自分をよく思わないブリタニア人もいるにはいるが、迫害してくるようなことはなく、特に気にはならなかった。
そんなある日、ちょっと楽しい特別番組が始まる。今まで表舞台に立たなかった副総督、16歳のうら若き皇女殿下が、新しく叙任される騎士と共にお披露目されるらしいのだ。
生徒会室も少しだけいつもと違う雰囲気に包まれている。シャーリーとリヴァルはテレビにかじりつき、ナナリーとスザクはやさしく笑んで流れる音に耳を傾け、ルルーシュとミレイは気まずそうに眉を顰め、なぜかカレンは苛立っている。なぜかニーナは内股になって、両のももをすり合わせていた(ユーフェミアが皇女だとは知らないのに)。咲世子は微笑んでそんな彼等を眺めていた。
「えっ、僕うっ?」
と、不意に声を荒らげてしまったのはスザクだ。なぜなら映像がいきなり変わり、あの事件の日の河口湖を背景に、説得に当たっていたスザクが映し出されたからだ。
『ちっ、この痴れ者があ!』
解放戦線指揮官の声が少しだけ入る。スザクはこのすぐ後にでも全裸になるのだが、それは流されなかった。
「あっこれ! 私達がいたホテル!」
「それもあの日だぜ! 軍が並んでる!」
「スザクくん、来ていたんだ。それも説得に?」
シャーリーとリヴァルが慌てて叫ぶ。ニーナの問いかけで皆がスザクへと振り返る。
「うん、まあね。こういうのは上手くないんだけど、選ばれちゃって」
スザクは頭に手をやり、恥ずかしそうに目を細める。
「へー、すごいね」
「やることはやっていたんだな。軍で」
シャーリーとリヴァルがそれだけ感想を述べる。彼等はやはり枢木の名を関連付けたりしない。興味がないのだ。
「ああっ! 見てよこの人っ!」
「オレンジの人! じゃなくて、ジェレミア卿!」
野次馬2人は再びテレビにかじりつく。
そこにはジェレミアを先頭に果敢に敵地に攻め込むブリタニア軍人達の姿があった。
「あの時はカッコよかったよね」
「だな。この救出劇も何度も映像で見たし」
「大人気だよねこの人。ニュースとかでよく見る」
「最近はオレンジ愛が強すぎて引かれているけどね」
「私はそういうところも好きだよ」
「俺らは実際に助けられたんだもんな。そんな些事で嫌いになったりできねえよ」
「それはそうだと思う」
やはりリヴァル、シャーリー、ニーナだけで語っていく。
「えっ、ちょっ、待ってよ。この映像って」
「ああ、これは見たことがないやつだ」
額に汗を浮かべるコーネリア総督と、全力で何かを訴えるジェレミアの姿がある。
「私にお任せください! この身に変えても必ずや! ユーフェミア様をお助けいたします!」
「失敗は許されんぞ。その時は……」
「分かっております! この身を八つ裂きにされようとも! ただ私は! あの時! あの時のように! 何もせぬままで失いたくないのです!」
「あの、時……」
総督はめずらしくうろたえ、歯噛みする。
「コーネリア様!」
「……分かった、お前に任せよう。……ただし! 失敗した暁には!」
「煮るなり焼くなり好きにしてください!」
「いいだろう! ならば行け! ジェレミア・ゴットバルト!」
「イエス、ユアハイネス」
ジェレミはコーネリアに背を向けて、足早に去っていく。
そこでテロップが表示される。『本来放送不可能な内容ですが、コーネリア総督のご厚意で今回に限り使わさせていただきました』というものだった。
「おおーーー!」
「あの総督が」
それに3人は興奮はする。ニーナはユーフェミアの名をどこかで聞いたことがある気がして、思い出そうともしている。
とここで、そのコーネリアが目元だけを隠してドアップで出てきた。Cさん(20歳前後)とあるが、どう見ても彼女(27歳)だ。場所は個室で、記者のインタビューに応じたものだと思われる。
しかし、厳格で知られる彼女がなぜこのような浮ついた番組に出演したのだろうか。3人は疑問を覚えるが、とりあえず画面に集中する。
『今回の叙任式についてどう思われますか?』
これはテロップである。
「喜ばしいことだと思う。心から祝い、英気を養いたい。しかし、気を抜き過ぎないように注意するべきだろう」
音声は機械的なものに変えられている。
『一説にはジェレミア卿が有力だと』
「それは私がどうこう言う問題ではない。皇女がそうだと決めたのなら私は全力で祝うだけだ」
『皇女殿下はどのような方ですか?』
「それには答えない約束だ」
『ジェレミア卿のことはどう思われていますか?』
「誠実な男だと思う。能力もそこそこ高い。ただ、抜けている箇所があるため、私共々サポートしていきたい」
『いずれこのエリアを任せるためにでしょうか?』
「そういう案もあるが、それは本人の働き次第だ」
『ところで、ジェレミア卿の言っていたあの時とはいつのことでしょう?』
「っ! ……その質問には答えない」
『もしや、マリアンヌ后妃の不幸な事件に』
「言うな! それ以上は!」
『……』
「インタビューはこれで終わりだ」
それでコーネリアは立ち上がり、去ってしまった。
「えーっ? 何々? 気になるーっ!」
「あの時って言い方があれだよな」
「マリアンヌ后妃って、どんな方なんだろう」
3人が再び盛り上がる。事情を知るミレイ達はとても気まずく、特にルルーシュはまたすごい顔になってしまう。咲世子以外には見られていないが。
その後、ダールトン、ギルフォード、クロヴィスと、ユーフェミアをよく知っている側のインタビューが流され、次にヴィレッタ、キューエル、またクロヴィスと、騎士候補を知っている側のインタビューが流される。
ジェレミアの名前はピー音で消されたが、クロヴィスが出るあたりで、というかそもそも誰のことを言っているかは明白だった。
そして画面はもう一度河口湖を映す。
「えっ、私っ!」
救出されてすぐのところ、シャーリーが記者の質問に答えているところが流されてしまった。顔はモザイクで隠してある。
「いいなあ、シャーリー」
「いいの? これ」
「さあ」
尋ねられたニーナは苦笑する。
もう一度画面に集中する。すると、シャーリーが述べている途中、チラと桃色の髪が映った。
「みなさん、彼等は憔悴しきっているのです。取り調べは程々にお願いします。マスコミの皆さんもです」
その声に反応しカメラが動こうとするが、誰かの手に遮られて、それっきりで映像も途切れてしまった。
「あっ、あの時の彼女か。なつかしいなあ」
「なんて名前だったっけ? ねえルルー」
皆の視線がルルーシュに注がれる。
「テレビに集中した方がいいんじゃないか?」
「えっ、いや、ちょろっと教えてくれたらいいだけじゃない」
「何怒ったような顔してんだよ、ルルーシュ」
怒っているわけではないのだが、彼は焦るとすごい顔になってしまうのである。
「もういいではありませんか、お兄様。時間の問題なのですから」
「そうよルルーシュ。早く教えなさいよー」
「くっ」
ルルーシュは歯噛みするが、ナナリーの言う通り、ここで隠しても何の意味もないのは明らかだった。もうすぐにでも、あそこのテレビで披露されるのだから。
とその時、突然歓声が上がる。
テレビからの音だ。見るに、画面が叙任式の現場に切り替わったようだ。そして今の歓声ということは、やっとお披露目が始まるということなのだろう。
「あっ! やっぱりオレンジ!」
「ジェレミア卿!」
リヴァルとシャーリーがうれしそうに口に出す。
皇女の方は、もったいつけているのか知らないが、まだ現れていなかった。