ロイドがジェレミアを入れなかったのは忙しいからではなく、実はルルーシュとナナリーがいたからだった。
ナナリーはいつものように健診を受けていて、ルルーシュもいつものようにパソコンをカタカタやっていた。
「ふはははははは。相変わらずザルなセキュリティだな」
そして、当たり前のようにハッキングしていた。
「こいつはアウト。こいつも、こいつもアウトだ。あとこいつもだな。くっくっくっくっく」
時折高笑いが交じるが、両手は高速でキーボードを叩き続ける。
「何がその他経費か。バレバレなんだよ。全員財産と爵位没収だな」
カチカチ、トン、っと最後にENTERが押されると、すぐにファイルが転送される。
送り先はユーフェミア。名義はロイドにしているが、ユーフェミアもルルーシュからのものだと知っている。
また、データは彼女にも理解できる形に纏まめられていて、対処方法も記されている。
まさに至れり尽くせり。シスコンさまさまである。
一通り終わったルルーシュは大きく伸びをし、「ふう」と一息つく。
それからゆっくりと立ち上がると、部屋の外へと歩く。
「ああスザク。いいところに」
ちょうど出たところでスザクを見かける。
「どうしたの?」
「俺の情報が正しければ、もうすぐ不正な取引が行われるはずだ。座標を送るから現場に向かってくれ。無論ナイトメアでな。ユーフェミアの許可ももうすぐ降りるはずだ」
「うん、分かったよ。準備してくる」
このように、ロイドを介する必要はない。ロイドがルルーシュの指示に従うのは分かり切っているからだ。
スザクは片手を挙げて、笑顔で「じゃ」と言って去っていく。
ルルーシュも「ああ」と手を振ると、そのロイドの下へ許可を出させに向かう。
ルルーシュはそれなりの成果を実感していた。
特派の機材を使えばおおよその不正が見抜けるし、ユーフェミアに頼めば貴族だろうと罰せられる。
そこに危険はほぼなく、スザクやカレンには昇級のチャンスにもなり、自分やナナリーにとってもこの国が健全になれば助かる。ユーフェミアだって助かるだろう。
特にルルーシュは、ユーフェミアの枷になりそうな貴族、旧純血派のような連中を狙って調べているから、政庁は彼女にとって大分居心地がよくなるはずだ。
それで調子に乗られると困るが、まあ、ロイドを通じて自分が教育すればいい。
「そう考えると、俺が総督のようなものだな」
ルルーシュは軽くつぶやき、まんざらでもないように笑う。
ヴィレッタは政庁で書類整理に追われていた。
旧純血派、現親日派は武には秀でているのだが、文になるととことん弱く、唯一まともなのが彼女くらいであり、その彼女も凡程度でしかなかった。
加えて、クロヴィスに使えていた文官は連帯責任とやらで去ったし、コーネリアの文官もいくらかEUに行ってしまった。
はっきり言って異常事態である。不正などし放題である。
実際に、ユーフェミアの下には汚い情報が多く流れ込んでいるようだった。
いや、これ自体はいい流れだった。
今は辛いが、やがて貴族達も危険を察知して真面目になってくれるだろうから。
しかし、こんなに有能な諜報、いや、誰がリークしているのかは知らないが、正義感の強い人間が腐敗した貴族のすぐ近くにいるとは思っていなかった。
ユーフェミアは何も教えてくれないが、コーネリアの残した秘密部隊でもあるのだろうか。
ただ者ではないはずである。その人間(複数かもしれないが)はユーフェミアに情報を渡すだけではなく、処理の仕方まで指示しているからだ。
しかも彼女は喜んで従っている。情報が来るたびに笑顔になる。
ジェレミアなどは深く考えずに「なんて献身的であられるのだ。まさに皇族の鑑だ」と感動しているが、ヴィレッタはこれも少しおかしいと思う。昔は面倒くさがりだった気がする。こんな危ないことは考えたくもないが。
ともかく、興味はつきないが、今は忙しいので調べる気にもなれない。
ただ感謝するばかりである。
さて。
ジェレミアが特派を訪れてから3日後、カレンの待ち望んだ会食が始まった。
そこは政庁の中だが、クロヴィスの設計した小奇麗なパーティホールだった。
入った時から緊張しっぱなしである。
しかも10代の娘など珍しいから、多くの視線を浴びてしまう。
声をかけてくる男も3人ほどいた。やんわり断ったが。
しかし、学園でお嬢様を演じているためか、令嬢っぽく振る舞うのはそこまで難しくはなかった。
ちなみにオシャレはしていない。軍服である。
「おお! 来てくれたか! しかし、この短期間ですごい働きぶりだな。こちらでも噂になっているぞ」
「お久しぶりです、ジェレミア卿。そしてありがとうございます」
と、カレンに気付いたジェレミアが寄ってきた。
そのすぐ後ろにはユーフェミアもいた。
「お初にお目にかかります。カレン・シュタットフェルトです。殿下」
キリリ、っとカレンは軍人らしい挨拶をする。
「まあ! あなたは確か、アッシュフォードの!」
「はい。生徒でございます」
と、返答は案外落ち着いてできたが、ユーフェミアが想像以上に喜んだために、一層目立ってしまった。
周囲が「誰だあの娘?」「ほら、例の」「ああ、特派の」「伯爵令嬢みたいだ。挨拶しておくべきだろう」などとざわめき始める。
面倒なことになったなと、カレンも覚悟はしていたが、改めて落胆する。
「さあさあ。立ち話もなんですから座りましょうよ。そしてゆっくりと聞かせてくださいな」
「えっ……。あ、はい。イエス、ユアハイネス」
と、ユーフェミアがこれまた想像よりずっと友好的であったので、カレンは思わずうろたえてしまう。なんとか返事はできたが、想定していた受け答えは使えなさそうである。
カレンとユーフェミアは2人っきりで向かい合って座る。
ジェレミアはユーフェミアのすぐ後ろに立って控える。
テーブルの上には豪華な料理が並んでいる。
「あの、何の話をすればよいのでしょうか?」
カレンが恐る恐る尋ねる。
ユーフェミアは機嫌良さそうに笑んでいる。
「それはもちろ、んっ…………。いえ、いけませんね」
ユーフェミアは突然話を止めると、申し訳無さそうな笑みを浮かべ、かわいらしい拳で自身の額をコンと突く。
え、えええっ! と、カレンは叫びたい衝動を必死にこらえる。
しかしユーフェミアの奇行は止まらない。彼女は突如身を乗り出し、渋い顔で小さく手招きし始める。「秘密の話があるから耳を貸して」とでも言いたげである。
カレンは疑問に思いつつもユーフェミア同様に身を乗り出し、顔を横に向ける。
「ルルーシュの名前は出さないでください。ここでは」
「ルルーシュ? ……はい、分かりました」
かろうじてだが、カレンはやっと状況を理解する。愛の告白だなんだ聞いていたし、2人の間に複雑な男女の事情があったのだろう。
「理由は後で話します。ああいいえ、本人に尋ねてください。私の口からは言えません」
「はい。そのようにします」
そう返答すると、ユーフェミアは再び笑んで優雅に着席する。
カレンも首をひねりつつ座る。
「ユーフェミア様、どのような話を?」
ふと、ジェレミアが心配そうに尋ねる。
「あなたには関係ありません。知らなくていいことです」
「は、はい。かしこまりました」
しかし、ユーフェミアに一蹴されてしまう。
彼女はルルーシュにかなり気を使っているようだ。
どこがいいのだろう。
彼がモテることは、カレンには不思議だった。
何よりも不遜な態度が気に入らない。実力があればまだいいが、学校の成績は真ん中より少し上程度なのである。そのクセ授業中は居眠りばかりだし、暇があると賭けチェスに出掛けている。
はっきり言って問題児だ。
体力がないのもマイナスだ。
しかし、妹を大切にしているのは、唯一認められるところだ。これは自分が妹であるから分かる。妹好きはそれだけで信頼に値する。
「それでカレンさん。学園ではどのように過ごしてらっしゃるのでしょうか。例えば、そうですね。昨日一日の流れのようなものを教えていただけますか?」
「あ、はい。えーっと、昨日だと、まずは起きたのが7時でしたっけ……」
カレンは本当に起きてから寝るまでのことを語っていく。
ユーフェミアは『ルルーシュもそんな生活をしているんだろうなあ』と想像を膨らませて楽しむ。
ちなみにだが、その頃スザクはランスロットに乗っていた。
ルルーシュが「ユフィとの会食もさしあたっては必要ないだろう。お前は俺と彼女の関係を知っているのだから」と言うので、仕事を優先して食事を辞退したのだ。