会食から3日後のことである。
ロイドから「殿下ぁ、できましたぁ」と電話があったので、ルルーシュはナナリーとスザクとカレン、それに咲世子にミレイも誘って、皆で特派へと出掛けた。
「さあさあ。こちらですう」
ロイドが手のひらで示した先には、武器っぽいブーツと、SF映画に出てきそうなバイザーっぽいものがある。
「それが身体補佐用のナイトメアか。そしてそっちが神経を直接つなぐカメラだな」
「その通りですぅ。ではでは、さっそく装着してみましょうかぁ」
ロイドはノリノリだった。
ナナリーも素直に従って、早速その場でブーツ型ナイトメアを履く。ちなみにだが、名前はマークネモである。バイザーには特に名はない。
「ではぁ。電源入れますよぉ」
「はい、お願いします」
ナナリーの返事を合図にマークネモの電源が入る。
「む? むむむ? これは……? う、動きます! お兄様! 昔のように自由に動きます!」
「おおっ! ナナリー!」
ナナリーは仰向けになって、じたばたと足を動かして見せる。
ルルーシュは感極まったような表情で立ち尽くす。
「お兄様。手を貸していただけますか?」
ナナリーがふと動きを止めて、ルルーシュに手を伸ばして尋ねる。
「ん? どうしたんだい?」
「立ち上がってみたいと思いまして」
「そんな、いきなり過ぎ…………いや、やろう!」
「お願いします」
気合十分のルルーシュに、ナナリーはにこりと笑う。
スザク達はただ微笑ましげにその様子を眺める。
「ん、んしょ。んんっ」
「おっ、おおおっ」
としかし、ナナリーはあっさりと立ち上がってしまう。バランスも悪くない。両足でしっかりと支えている。
ルルーシュは驚くばかりだ。
「すごいじゃないか! こんなに早く立てるなんて!」
「ふふっ。実はロイドさんと一緒に練習していたんです。家に帰ってからは咲世子さんとも」
「そうだったのか。ありがとうロイ……アスプルンド卿。そして咲世子もな」
「いえいえ」
「私も喜んでやっていますから」
ルルーシュが感謝を述べると、ロイドも咲世子もそれだけで十分とでも言うように両の掌を小刻みに震わす。
実はこの時のルルーシュは、滅多に見せないおだやかな表情になっていた。いや、それを見る機会は皆にあるが、対象はナナリーとスザクにのみであり、他の人に向けたものは初めて見たのだ。これはルルーシュの中にある心の壁がいくらか減ったことを意味していた。
カレン以外はそれを知っているから、また彼のことが人間的に好きだから、自分のことのように喜んだ。
「ではぁ、次はバイザーをつけましょうかぁ。ちょっとコンタクトと言うか、先に眼球にマイクロチップを取り付ける必要がありますけどぉ」
「手術はしなくてもいいのか?」
「はいぃ。アンテナ式にしましたのでぇ」
「分かった。頼む」
次いでバイザーの装着に移る。
アンテナの役割をするらしいマイクロチップはコンタクトのような小型のものであり、付けたナナリーも違和感がないらしい。
「では、電源入れますよぉ」
「はい。お願いします」
先ほどと同じようなやり取りの後、電源が入る。
「ん、んん? はっ。お、お兄様。お兄様ですか?」
「ああ、ナナリー。目が、本当に……」
ナナリーの顔はしっかりとルルーシュの方に向けられていた。
「やったね! ナナちゃん!」
「よかったねナナリー」
ミレイとスザクは成功を確信し、喜びを投げかける。
ルルーシュは感動のあまりに言葉を失っているようだった。
「ありがとうございます。そちらがミレイさんで、そちらがスザクさんなのですね。初めましてではありませんが、なんだか不思議な気分です」
ナナリーは恥ずかしそうに身をよじらせる。
「ふふっ、どう? ナイスバディになったミレイさんは? というか昔のこと覚えてる?」
「ふふっ。少しだけですが、面影があります。お兄様はほとんど変わってらっしゃいませんが」
ナナリーがルルーシュに顔を向け、皆もそれに続く。
当のルルーシュは未だ固まったままだった。
「ナナリー。ルルーシュだって大きくなったんだ」
「ですが、凛々しいところは昔のままです」
スザクが困ったように言うと、ナナリーは少し顔を赤らめて、うれしそうに答える。
「ナナリー。う、ううっ」
そこで、喜びのあまりだろう。
ルルーシュが涙を流し、嗚咽を漏らし始めてしまった。
「ふふっ、お兄様。きれいな顔が台無しですよ」
ナナリーは苦笑しながらルルーシュの傍まで歩く。徐にハンカチを取り出すと、涙をぬぐう。
しかし、彼女の頬にも大粒の水滴が伝っていた。
「ナナリー様。ううっ。こんな日が来ようとは……」
咲世子も涙を流し、ハンカチでぬぐっていた。
「ズッ、ズッ。グスッ。卑怯よ、こんなの……」
カレンも止めどなく涙を流し、裾でぬぐったり、鼻をすすったりしていた。
「ふふっ。あーよかった。でも、どうしてだろう。うれしいのに、涙が止まらないのは」
先ほどまでお茶らけていたミレイも、鼻にハンカチを当てていた。
さて、バイザーとマークネモを付けたナナリーは、ヘンテコなたたずまいだった。武骨ではない。誰かがかわいらしいデザインにしていたからだ。しかしコスプレのようであり、大いに目立つことには違いなかった。リヴァルなどが見れば「よっ、ナイトメアオブナナリー」と軽口をたたくかもしない。それでもナナリーは「外に出たい」と言った。ルルーシュもそれを止めなかった。
とは言え、選んだ場所は人通りの少ない公園だったが。
「お兄様ー! こっちですよー!」
「はは、待てよナナリー」
ナナリーは早くも走っていた。それもルルーシュとほぼ同等まで速く走れた。
いや、わざと合わせていただけであり、本当はもっとずっと速く走れた。マークネモは機械であり、実はその性能は人間の限界を超えていたのだ。
とは言え、ふつう7年以上歩けなかった人間が急に動けるものではない。これはひとえにナナリーの才能がなせる技だった。
他の皆は遠巻きに眺めていたが、例えばロイドはそれを確信し、人知れず口端を歪めたのだった。
「ありがとうロイド。心から感謝している。何かお礼がしたいのだが、してほしいことはあるか?」
と、そんなロイドを見つけて、ルルーシュが笑顔で寄ってくる。
その後ろでは「お兄様ー。私も何かしたいですー」と言って、ナナリーも寄ってきている。
「ありますよぉ。実は殿……ルルーシュくんに乗ってもらいたいナイトメアがありましてぇ。ナナリーさんにもぉ」
と、ロイドはうれしそうに表情を緩めながら告げた。
近くにいたカレンは「ちょっ、ロイドさん。こんな時にもナイトメアですかァ?」と呆れたが、当のルルーシュとナナリーが喜んで応じたために、それ以上は言及しなかった。