河口湖は富士山に隣接する美しい湖。付近に見事なリゾートホテルが立ち、多くの観光客が押し寄せる。主に富めるブリタニア人だが。
「ナナリー。また上手になったな」
「はい。練習していますから」
ルルーシュは現在、水の浅い場所でナナリーの手を引いている。ナナリーはバタ足で泳いでいる。その微笑ましい光景は、自然と近くにいる人々を和ませる。
だが、逆に不満を抱く者達もいた。
「もう。ちょっとはこっちにも目を向けなさいよね」
シャーリーは口まで水に沈めて、小さな泡を出し始める。
実は彼女は、気合の入った水着を纏っていた。恥ずかしいのを我慢してだ。それだけこの日に懸けていたのだ。
「シャーリー、妬いてんの?」
「そ、そういうことじゃないわ!」
「おっ、おうわっ」
リヴァルが茶化すと、大量の水で返される。
「くそうっ。お返しだっ!」
リヴァル側も応戦する。シャーリーもまた返し、リヴァルもまた返し、続いていく。一見うらやましい光景だが、2人とも目は笑っていない。シャーリーはルルーシュをチラ見し、怒りを水とリヴァルにぶつける。リヴァルはミレイをチラ見し、自分への情けなさを水とシャーリーにぶつける。
「はあ。癒されるわねえ」
「あっ。ナナリーちゃんすごい。あんなところまで」
「ナナリー様! ファイトです!」
ミレイ、ニーナ、咲世子の3人はボートに乗ってゆったりしていた。ミレイとニーナは2人乗り。咲世子は1人乗りで、緊急事態の救助も兼ねていた。
その後、全員が同じ部屋に移動する。
男女別の方が健全かもしれないが、男側が『ナナリー愛に生きるルルーシュ』と『実は奥手なリヴァル』では、間違いが起こるはずもなかった。
「今日はいっぱい動いたからな。褒美のマッサージだ」
「ありがとうございます。お兄様」
兄妹は相も変わらずにラブラブだった。
「うーん、うーん」
シャーリーは相も変わらず悩んでいた。
「ルルーシュぅー! シャーリーもルルーシュにマッサージしてもらいたいみたいよぉー!」
「ちょっ、えええっ!」
ミレイはにやりと口端をつり上げて快活に告げる。シャーリーは驚いて両腕を上下させる。
「うん? そうか。まあ後でな」
「いいのっ! って、違う違うっ!」
「また会長の悪ふざけか。まあ男に触れられるのには抵抗があるだろうからな」
「いや、その、違うと言うか、合ってると言うか」
「嫌なら嫌と言えばいい。会長だからって遠慮する必要はないんだぞ」
シャーリーはおろおろと慌て、ルルーシュは顔を顰める。
ミレイは愉快そうに目を細め、白い歯を見せつつ、口とお腹を押さえていた。
しかしその時、突然、ドアが力強く開かれる。
一堂が視線を向ける。
そこには、旧日本軍の軍服を着て、アサルトライフルを担いだイレヴンがいた。
「このホテルは我々日本解放戦線が占拠した。命が惜しくば黙って命令に従え」
そう言うと、銃を突き付けてくる。
「なっ」
一堂驚いて固まってしまう。
いや、ただ1人咲世子だけは冷静に、周囲に気を配っていた。
「お前。お前は裏切り者の名誉か?」
その咲世子に気付き、武装した男が話しかける。
「ええ。私は名誉ブリタニア人です」
「チッ。ならばお前も人質だ。付いて来い」
「畏まりました」
咲世子は驚いた風もなく、丁寧にお辞儀する。
それに男の方が驚く。しかし『これこそが日本女子の強さだ』とかなんとか解釈して、特に気にしなかった。
人質は皆一室に集められた。そこで大人しく座っていろと命じられた。
それから「人質の命を助けたくば日本を解放しろ」「要求が認められない場合、30分に一人ずつ人質が死ぬことになる」と大音量で放送がなされた。
ルルーシュは大いに悩み、しかし、なんら解決の糸口がつかめないことに憤っていた。今はただ、カメラに顔が映らないようにうつむいているだけだ。
ナナリーはルルーシュに抱きついて、恐怖を紛らわせていた。
咲世子はいつキョウトのことをバラそうかと悩んでいた。
ミレイは旅行を提案したことを後悔し、自分に怒り、皆への申し訳なさも含めて、唇をかみしめていた。
ニーナはただイレブンに恐怖して震えていた。
リヴァルとシャーリーは思い人を見つめて恐怖を紛らわし、また情熱を燃やしていた。
「ルル。私、ルルのことが好きだったの」
シャーリーは耐えきれなくて、とうとうつぶやいてしまう。
「シャーリー、こんな時に何を」
「いや、こんな時だからこそなのよ」
ニーナがにらみつけ、それをミレイが諌める。
「シャーリー、本当なのか?」
「うん。だから、もっと近づいてもいい? 返事は、なくてもいいから」
「……ああ。かまわない」
ルルーシュがそう言うと、シャーリーはルルーシュにすり寄っていく。黙って腕までからめてしまう。それに最も刺激されたのはリヴァルだった。
「か、会長。実は、俺も……」
「ルルーシュ、私も隣にいていい?」
しかし、そのミレイは遠まわしにルルーシュに告白してしまう。
「ああっ、ああああああっ」
リヴァルは崩れ落ちてしまう。目を真っ赤にして涙を流す。
「えっ、ミレイ会長まで」
「本当に?」
「いいでしょ、ルルーシュ」
「……それは、まあ、かまわないが」
ミレイは薄く目を細め、シャーリーとは反対側のルルーシュの隣にすり寄る。
ルルーシュはひどく困惑していた。悪ふざけだと思いたいが雰囲気がそれを否定する。それでも、ナナリーだけは守り通さなくてはならない。そう思い静かに自分を奮い立たせる。
「ルルーシュ! やっぱりルルーシュなのね!」
しかしその時、聞き慣れない声が突然自分を呼んできた。
何事かと、生徒会メンバー全員がそちらに視線を向ける。そこには、桃色の長髪の美しい少女、ルルーシュと同じか少し下くらいの少女がいた。
「ルルーシュの知り合い? あんな子学園にいたっけ?」
「ほんっとモテるわね。ルルちゃんは」
シャーリーとミレイは呆れを通り越して笑ってしまう。
しかし当のルルーシュは、恐ろしい顔をして固まっていた。
その異変にまずミレイが気付く。もしや、本国にいた知り合いなのかもしれない。口封じが必要か? いや、この状況ではどうすることもできないだろう。そんなこと後回しでいい。今は懐かしい思い出に浸ってもらおう。
ミレイはそう思いもう一度笑う。知らない少女にも、慈悲を込めた視線を送る。
「ルルーシュ、生きていたのね。いえ、今はそんなことはいいわ。ただ再会を喜びましょう。……しかしあなたってば、知らない間にずいぶんかっこよくなって。というか、やっぱりモテているのね」
少女は矢継ぎ早に語っていく。その身をルルーシュに寄せながら。
「私も傍にいるわ。いいでしょルルーシュ」
ルルーシュは何も答えない。
「お兄様。もしかして、ユフィ姉様ですか?」
代わりに応じたのはナナリーだった。
その言葉にミレイが驚愕する。だが、すぐに戻る。やはりこの状況では身分も何も関係ない。それに彼女は、ルルーシュを好いているようだし。
「そうよナナリー。久しぶりね。こんなところになったのは残念だけど、また会えたことはうれしいわ」
「ふふっ。私もうれしいです。本当に……」
なんて言っているうちに、ユーフェミアはルルーシュの後ろに抱きつく。なんとも積極的である。
とかくこれでルルーシュは、前後をナナリーとユーフェミアに、左右をシャーリーとミレイに取られることになった。
そこだけ異様な光景が出来上がる。地獄にハーレム。まるで天国である。
男達は歯噛みし、日本解放戦線もとうとう動き出す。
「そこっ! こんな事態に何をふざけているっ! 我々を舐めているのかっ!」
銃声が鳴り響き、彼女達はサッと離れる。ナナリーだけは退かなかったが。
「おい! お前もだ!」
銃口がナナリーに向けられる。
「彼女は目と足が不自由なんだ。だから見逃してくれないか?」
「ああん?」
ルルーシュが告げると、一度だけ発砲される。銃弾がルルーシュの髪をかすめる。
武装した男はそれ以上は撃たずに、ナナリーに近づき始める。
「あうっ」
男は寸前で立ち止まり、少女の襟首をわしづかみし、持ち上げてしまう。そこから片手で顔を固定すると、もう片手で無理矢理目を開こうとする。しかし、黒目は出てこない。
頬を叩いても、「開け!」と恫喝しても、何の反応も示さない。代わりにフッと力を抜くと、足で立とうともせずに崩れ落ちた。
「チッ」
舌打ちしつつ、男はルルーシュの言葉が真実であったことを知る。
彼は黙って持ち場に戻った。