ルルーシュ一行はロイドに連れられてとある倉庫にやってきた。目の前には剛毅と美麗が合わさったような黒の巨人。ナイトメアにしては珍しい、女性を思わせる滑らかな曲線が、局所の黄金に照らされて妖艶に映える。名をガウェイン。
「さあさあお2人ともぉ、どうぞお乗りくださぁい」
言われずとも、とルルーシュとナナリーは淡々とガウェインのコックピット、の形をしたシミュレーション用の機材に乗り込んでいく。
ルルーシュは一度の説明で理解できたので、起動の手つきに戸惑いが無い。彼は私事をさっさと済ませると、「えーっと、うーんと、次は確か……」と目の前でかわいらしく思案する妹に目じりを下げる。しかし優秀なナナリーに助言など必要なく、彼女は迷いつつも着実に準備を終えていく。
「お待たせしました! ナナリー準備完了です!」
快活に告げるナナリー。ルルーシュは「おお」と涙腺がゆるむ。何気無いことかもしれないが、この声の調子、元気の良さが昔のナナリーを思い出させる。
「ではぁ、始めちゃってくださぁい」
と、ロイドの声でシミュレーションが始まる。
ルルーシュは学園祭のピザ作りぶり、ナナリーはマークネモの練習を含めるならそれぶりの操縦だ。
しかし基本動作に問題はない。射撃の精度や回避の速さや効率の良さも悪くない。いや、新米兵と考えれば抜群にいい。どころか異常だ。ナイトメアを知る軍人が見れば趣味の悪い冗談としか思わない程に。
ロイドは自分が徐々に興奮していくのを感じる。数字に満足しているのは確かだが、それだけではない。目の前の2人は、言葉に矛盾があるかもしれないが、最高のデヴァイサーを超えているように感じるのだ。
「ナナリー!」
「はい!」
名前を呼ばれただけで意図を理解し、妹は機体の上体を捻る。兄もそれを見越さなければありえないタイミングで後方にスラッシュハーケンを放つ。見事敵機に命中。経験もないのに、さながら世界レベルのダブルスコンビの如く互いの思考が読めるらしい。
こんな技はロイドの、いやナイトメア開発に関わる全ての科学者の想定外だ。科学者はあくまでも人間の反応速度、処理速度を元に機体を開発している。人間にできない動作は要求しない。2人のパイロットが無言で意思疎通できるとは考えないのだ。しかし、ロイドができないと決めつけていたその先を、この兄弟は平然とやってのける。ダブルスの例を知らなかったわけではないが、今実際目にしてみて初めて自身の不足を悟った。
ならばこのガウェインは、自分だけでは完成させることができない。
「はっ。そうか、そうだったんだ」
「どうしたんですか? ロイドさん」
ロイドは独り言をつぶやいてしまったらしい。彼は怪訝そうなセシルに「いや、なんでもないよぉ」といつもの軽い笑みを送っておく。するとセシルは不快気に眉を吊り上げるが、まあいつものことだ。ロイドは気にしない。
それよりも、ロイドは自身で辿り着いた答えに浸っていたかった。つまり、2人が最高のデヴァイサーを超えているという不思議な感覚、その正体だ。それはずばり、2人がロイドの頭の中にある“最高のナイトメア”を演じるためだけの機械(デヴァイス)ではなく、ロイドが2人と協力することで初めて最高のナイトメアの概形が見えるというものだった。2人のデータと共にロイドの脳内に漠然とある最高のナイトメアが変化し続けると言ってもいい。
最高のデヴァイサー(枢木スザク)にはできない。理解し合う兄妹だからこそできること。ロイドが捨てたはずの人間性が最後のピースとなって最高傑作を生み出す。この自身の不足を補ってくれる相手はもはやデヴァイサーではない。例えるなら、パートナーだろうか。やけに人間臭い言葉だ。自分には似合わない気もするが、逆に本当はそういうものをこそ望んでいた気もする。望んでいたが、7年前の不幸な事件が起きた折、閃光へ抱いた希望と共に捨て去った。改めて考えるとそうも思えるのだ。ならば、運命という言葉は好きではないが、不思議な縁があるなと思う。
とかく今更ながら、自分は人間的な研究に打ち込めそうだ。
(ロイドさん、笑顔がいつもより気持ち悪い。だけど何故か幸せそうな気がする)
ところで、狂喜する科学者がふと目に入ったカレンは、少し失礼なことを考えていた。
決まった動きしかできない雑魚を蹴散らすのにも飽き始めた頃、ロイドの提案で人対人のシミュレーションもしてみることになる。
スザク、カレンと素人に毛が生えた程度の経験では荷が重すぎる相手だが、兄妹に気負いは無い。負けて元々という気楽さもあるし、愛の力で勝てるような気もしていた。
もっとも、言うまでもなく、結果は兄妹の完敗だった。
さすがに一日の訓練もせずにエースパイロットに勝てはしない。が、対戦を繰り返す中で兄妹は驚くべきペースで成長していった。特にナナリーのパイロット能力は異常だった。反射神経、空間把握能力が飛び抜けているのも無視できないが、それ以上に相手の行動を読む力が別次元だった。おそらく盲目の生活を続ける中で、常人が無視する細やかな情報を手に入れる力が伸びたためだろう。ルルーシュはナナリーが手を触れた相手の心理を多少読めると知っていたから、それにも関連しているのかなと思った。ただし、それが人殺しの兵器に役立つと知れても、素直に喜ぶことはできなかったが。ナナリーも兄の微妙な表情を察して手放しでは喜ばなかった。
かくして、科学者が人生の機転たるパートナーを見つけたと盛り上がる中で、当のパートナーは冷めていた。
その時、ふとロイドの白衣の内ポケットで通信機が鳴る。それはユーフェミアとの秘密通信用のものだった。
「はぁい殿下。どうしましたぁ?」
「中華連邦がキュウシュウに攻めてきました! ルルーシュは近くにいますか?」
「それはそれは……。はい、ルルーシュ殿下ならすぐそこのシミュレーションに座ってますよ」
「替わってください!」
「畏まりましたぁ」
緩い皇女に珍しい鬼気迫る雰囲気に、ロイドも慌ててルルーシュの下に駆ける。
シミュレーションを強制終了させると、驚きの中に少し不満を混ぜて出てきたルルーシュに、短く事情を説明し通信機を預ける。
「俺だ。詳しい状況を教えろ」
「はい。かつて日本の官房長官を務めていた澤崎という方がいまして、中華連邦に亡命していたのですが、この度日本の解放のためと言って、中華連邦軍を連れてキュウシュウ基地に攻め込んできました」
「そうか。数は?」
「凡そですが、基地の3倍ほどかと」
「厳しいな。姉上と兄上が優秀な人材を引き取ってしまったからな」
「どうしましょう?」
「ふむ」
ルルーシュは考える。コーネリアがいなくなったこのタイミングは、確かに日本側にとってチャンスだった。しかし対応が早すぎる。今回のコーネリアの異動は皇帝の気まぐれで侵略が早まったためであり、つまり突然だったため、スパイがいようともタイミングを合わせられないはずだったのだ。ならば、これは偶然だろう。あちらにとっては運のいいことに、ブリタニアの魔女が消えた時に中華連邦軍を侵攻させる予定があったのだ。
となれば、この侵攻は計画的な物。ふつうに考えて敵の本命は政庁のユーフェミアだから、澤崎の九州方面軍は囮である可能性が高い。中華連邦基準で考えると日本を分割するだけでも満足かもしれないが、まあ用心に越したことは無いだろう。その上で十分な戦力配置を考えると……。
「よし。少数精鋭をキュウシュウの援軍に回せ。ランスロット3機とジェレミアの部下達だ。指揮はジェレミアに執らせろ」
「はい。では早速ジェレミア卿に連絡を」
「だが待て」
「へ?」
「本隊は動かさずに政庁の警備を固めさせるんだ。指揮は俺が執る」
「え? ルルーシュが? いいのですか?」
「他に信用できるやつがいないからな。だが、名目上はお前ということにしてもらうぞ」
「分かりました。ではそのように」
ユーフェミアはルルーシュとの通信を切らないままジェレミアに連絡を取り始める。
ルルーシュも急いで情報を集めに入る。
「ロイド、ランスロットにフロートユニットを付けられるか?」
「大丈夫ですよぉ」
「ならランスロットだけ先行させることもできるな。燃料が心配だが、まあ3機あれば増援までは持つだろう」
ルルーシュは再び通信機に顔を近づける。
「ですから! 私は大丈夫ですから! ジェレミア卿はキュウシュウで頑張ってください! 反論は聞きません! それと今は部屋に入って来ないでください!」
「しかし殿下ァ!」
ユーフェミアはなかなか強引にジェレミアを説得しているようだ。しかし選任騎士は主人を守ることが全てのようなものだから、ジェレミアも簡単に離れたくはないだろう。それでルルーシュが作戦を変えることはないが。
「ユフィ、一旦ジェレミアとの通信を切ってくれ」
「話は終わりです! ……はいルルーシュ。大丈夫ですよ」
「ランスロット3機はフロートユニットを付けて先行させるんだ。ただし、ジェレミアの部下達が来るまでは無理をさせないように。燃料が心配だからな。それでも大戦果を上げられるだろう」
「分かりました。他に何かございますか?」
「いや、今は無い。だがいつでも通信に出れるようにしておけよ」
「はい。それはもちろん」
この主従関係である。『信用できるやつがいない』の中にユーフェミアも入っているが、文句なんて欠片も出ない程だ。
その後政庁でユーフェミアを中心とした作戦会議が始まり、ルルーシュにも少し時間が出来る。この間彼は『ユーフェミアが1カ月間努力するとどの程度軍を動かせるようになるか』を考えたりする。今回は手加減するつもりなのだ。ルルーシュが本気を出すとあまりに輝かしい戦績が残ってしまい、シュナイゼルに疑われるためだ。さすがのユーフェミアもあの聡明な宰相を強引に退けられはしない。
もっとも、数の差を考えると指揮官が黙っていても勝てるくらいなのだが。
ギアスが盛り上がっている気がして、久しぶりに。
書き方変わってますね(汗)