「るっ、るうっ、しゅぅうううううう!」
斜め上から突然飛んできた大声。
ルルーシュとリヴァルは、またか、と面倒そうに2階の窓を見上げる。
ルルーシュと同じ黒髪。すらっとした手足。しかし、目はルルーシュのアメジストと違って、青っぽい。顔も全体的にアジア系で、薄い。
マリアは駆けながら、器用に両靴を目の前に蹴り上げ、両手でつかむ。程なく、ジャンプ。勢いよく階段の手すりに着地する。そのまま靴下でボードのように滑り、さらに加速。ぎりぎりのところで跳ね、窓から飛び出る。
「受け止めなさい!」
空中で大の字になりながら、命じる。目下には忌々しそうな顔のルルーシュと、苦笑いを浮かべるリヴァル。忙しく落下点であたふたしている。
校舎では、初めてマリアの奇行を見た女生徒が悲鳴を上げる。複数回目の男子生徒は「ヒューッ」と口笛吹きながら、スカートの下を見ようと身を乗り出す。
「ぐばはぁっ」
「ぐえっ」
受け止めた高2男子2人が、勢い余って無様に尻餅を着く。体重50キロ近いマリアが2階から勢いよく飛んできたのだから仕方ない。むしろよくやった方と言える。普段からマリアの無茶に付き合わされていなければこうはいかない。
「ダメねえあなた達。もっと優雅に受け止められないのかしら?」
1人ぴんぴんとしているマリアが、靴を履きながら言う。
ルルーシュはムスっと眉を顰めて、痛む尻を痛む腕で擦りながら、そう言えば胸も痛いと思いつつ、よろよろと立ち上がる。そして、ギロリとマリアを睨む。
「お、お前……っ! 受け止めてもらって、おきながら……っ! イタタッ」
「何言ってんの? 空から落ちてくる美少女を受け止めるなんて、健全な男子なら誰もが妄想する素敵なシチュエーションじゃない。感謝こそされ、恨まれる筋合いなんてないわ。ほら、彼らを見てご覧なさい」
そう言うと、マリアは校舎を振り返る。2階や3階の窓から身を乗り出した男子生徒達が、嫌らしい笑みを浮かべたり、「羨ま死ね」と言ったりしている。逆に女生徒は「性悪女!」「ルルーシュ様になんてことを!」とルルーシュの味方が多い。
「何が美少女だ! お前みたいな性悪は認めん!」
「まあまあルルーシュ。落ち着いて」
「カッコ悪いわよ」
「なにィ?」
ジリジリとマリアに詰め寄るルルーシュ。リヴァルは慌てて間に入り、全身でルルーシュを押さえる。マリアはそんな2人を楽しそうに眺めている。
「ほらほらルルーシュ。リヴァルを見習いなさい。レディファースト、気が利く、うだうだ文句を言わない」
「俺だって、相手がお前じゃ無かったらっ!」
「まあまあ」
「リヴァルはいい子ね。家来にしてあげるわよ」
マリアはにこにこと笑みを浮かべながらリヴァルに近づき、そっと頭に手を乗せ、撫で始める。
「いや、その、マリアさん。いつも言ってるけど、俺には心に決めた人が……」
そう言いながら、リヴァルもまんざらでもなさそうに表情を弛めていた。
「まあいいわ。さっ、行きましょ。今日も賭けチェスか何かでしょ?」
「ああ、そうだよ」
「リヴァル! こいつは置いていくぞ!」
返事をしたリヴァルに、ルルーシュは威圧するように要求する。
「もう! 文句言わないの!」
マリアはリヴァルの頭から手を離し、ルルーシュに近づく。忌々しそうに睨んできている彼に、困ったように眉を顰める。が、不意にルルーシュの肩をつかむと、抱き寄せ、もう片方の手を後頭部に回しつつ、唇に唇を押し付けた。
「なっ」
舌で舌を一撫でしてやった後、顔を離し、今度は「きゃーかわいい!」と言いつつ、顔を胸に押し付ける。10程度の肉体年齢では双房のクッションが無いので、そこそこ痛い。
しかし、マリアがルルーシュを解放した時、ルルーシュの顔は赤くなっていて、表情もいくばくか緩んでいた。
「さあ! 行きましょう!」
「うらやましいなあ。ルルーシュ」
「クソッ。俺は年上だぞ!」
マリアを先頭に、3人はサイドカー付きの大型バイクへ歩いていった。
リヴァルの運転で進むこと15分程。3人は目的の怪しいカジノ店に着いた。ここでルルーシュが貴族との賭けチェスをすることになっている。もちろん校則違反だが、ルルーシュとリヴァルは金と憂さ晴らしのためにやっている。マリアは楽しそうだから着いて来るだけ。
次の授業に間に合うように、という縛りがありながら、ルルーシュは交代で打ったチェスで大逆転を演じ、チェックメイトまでこぎつけた。
相手の貴族の男は頬を引きつらせて悔しがり、ルルーシュは静かにニヒルに笑った。が、途中でマリアに抱きつかれ、唇を奪われ、「ほわぁっ」と情けない声を上げてしまった。台無しだった。
その帰路、リヴァルの運転で高速道路を飛ばしていると、妙な大型トラックが後ろから迫ってきた。
「リヴァル。止まりなさい」
「え?」
「いいから!」
「え、う、うおわあああ!」
リヴァルの後ろにくっ付いていたマリアは、強引にハンドルを奪い、停車用のスペースにバイクを止めた。怪しげなトラックは横を通り過ぎ、あっと言う間に離れていく。
「お、おい! 何をやってるんだ!」
「どうしたんだよ? マリア」
「うーん。うん。そうね。あなた達、先に帰ってなさい」
訝しげにマリアを見る2人に、マリアは片手で退くようジェスチャーを送る。
しかし、もちろん2人は動かず、さらに詰問しようとする。
「ええいっ、うるさい。今は時間が無いのよ!」
マリアはそう言うと、ポンポンと男2人を投げ飛ばしてしまう。
「いてっ」
「おいお前!」
恨み言を聞くことなく、マリアは1人バイクを進めてしまう。
「行っちゃった」
「なんだあいつめ。さすがにこれは許さんぞ!」
残された2人は立ち尽くし、背中が消えていくのを見つめるばかりだった。
さて、マリアは1人、大型トラックを追いかけていた。
暴走状態のトラックに制限速度では敵わず、捕まるようなスピードになる。さらに、渋滞でも止まらず縫うように進むことで、一気に距離を縮めた。
「投降せよ! 抵抗は無駄である! 今なら弁護士をつけることもできるぞ!」
不意に、上空のヘリから大音量で警告がなされた。周囲には他にもヘリが飛んでいて、トラックに向かってきている。
「これは、マズイわね。助け出す隙があればいいんだけど」
マリアは徐々に速度を弛め始め、やがてトラックは見えなくなった。