ジェレミアは久しぶりの実戦に興奮していた。
相手はグラスゴーを駆るテロリスト。機能は彼の乗るサザーランドより一段落ちるが、パイロットの腕がよく、ジェレミアの全力をぶつけるに値する敵だった。
それでもあと一息まで追い詰めたが、ビルの隙間を縫うように逃げてしまったから、今は捜索中である。
「ジェレミア卿」
不意に、彼の部下であるヴィレッタから通信が入った。
「見つかったか!」
ジェレミアの口端がつり上がる。
「いえ。そうではなく」
「なんだと? つまらん理由なら許さんぞ」
申し訳なさそうに言うヴィレッタに、ジェレミアは威圧するような視線を向ける。戦闘中で高揚している。
「あの、ジェレミア卿の妹を名乗る人物に保護を求められました」
「なにィ!?」
おずおずと言うヴィレッタに、思わず全力で聞き返していた。
「リリーシャ・ゴットバルトだと。顔を見てもらえば分かる、と」
「バカな。あいつは今本国にいるはずだ」
「どうしますか?」
ジェレミアは深く眉を吊り上げ、しばし固まる。が、不意に「クッ」と漏らして、苦い顔で口を開く。
「とりあえず顔を見せてくれ。話はそれからだ」
「はっ」
ジェレミアはくやしそうにナイトメアを停止する。頭に妹のことが引っかかったままの精神状態では危ないと判断したためだ。しかし、私事で作戦を中断するなど皇族に全てを捧げる彼にとって恥でしかない。このような状況を作った妹、そして妹の教育を誤った己に対する怒りを抑えきれず、ガンと正面のコンソールの額を殴った。
いかんいかん。冷静さを失ってはな。
ジェレミアはハッとしてモニターに視線を向ける。まだ戦闘行為中だ。市内のどこから敵が出てくるか分からない以上、油断してはいけなかった。
と、右往左往しつつヴィレッタからの返事を待っていたのだが、思ったより長い。会話のようなものすら聞こえて来ず、しかし今、ランドスピナーの駆動音が響いた。
「おい! 何をやっている!」
思わず怒鳴ったジェレミア。しかし返事は無い。
「おい!」
もう一度怒鳴る。しかし、やはり返事は無い。
おかしい。本当に何をやっている? もしやテロリストが現れたのか? それにしたって、通信がつながったまま音声が途絶えるのはおかしいが……。
「もしや、盗まれたのか?」
リリーシャを謀るテロリストに……。
おい、おい。と何度も返事を促すジェレミア。しかしやはり返答はなく、どころか、通信はプツンと切れてしまった。
「やはり! テロリストか!」
ヴィレッタめ、後れを取ったな。いや、それよりも許せんのはテロリストだ。よりにもよってこのジェレミア・ゴットバルトの肉親を名乗るとはな。その首、必ず取る。誰にケンカを売ったのか思い知らせてやる。
ジェレミアは部下のキューエルに手負いのグラスゴーの捜索を任せ、自身はヴィレッタのサザーランドの下へ向かった。
さて、そのナイトメアは、地下道を走っていた。
「ふふん」
狭い通路もなんのその。幼い黒髪のパイロットは容姿に似合わぬ余裕の笑みを浮かべながら、アクセル全開で突っ走る。
右折、左折の度に急ブレーキの金きり音が響く。しかし、それだけでは進路変更できず、曲がりながら壁に向かい、しかしギリギリでジャンプし、壁に着地して横滑りする。
まさに曲芸。生身でもできる者がいないだろうことを、ナイトメアで難なくこなしてみせる。
そうして、あっと言う間に目的の物、正確にはその中にいる者を見つけた。
「なんだ? なぜサザーランドが」
「止まれ貴様! どこのものだ!」
トラックを囲むように軍人がいる。隊長らしき人間が止まるよう叫ぶが、ナイトメアは構わず進む。
「うわあああああ!」
「う、撃てええええ!」
途端、今日状態になってマシンガンが乱れ飛ぶ。が、人間の持つ装備でナイトメアを傷つけられるものはそうない。マシンガンでも関節部に何度も当たればさすがにダメージが行くが、マリアの踊るような軌道を前にそもそもほとんどの銃弾は当たっていなかった。
構わず直進するナイトメアに、軍人たちはクモの子を散らすように逃げていく。ナイトメアは急ブレーキで火花を飛ばしながら、トラックの目前で急停止した。
一瞬の静寂の中、ナイトメアはトラックの荷台で剥き出しになっている球体に手を伸ばす。何かに触れると、球体は光を放ちながら開いていく。中には拘束着に包まれた緑髪の少女が入っていた。
「あ、ああ」
軍人たちは絶望の嘆息を漏らしながら見ているだけだった。
ハッとした隊長が「女を打ち殺せ!」と叫ぶが、もう遅い。そもそも女は死なない。
結局、ナイトメアは女だけ攫って逃げて行った。
その日、クロヴィスはシンジュクゲットーの殲滅を指示した。シンジュクに住んでいた人々は運よく逃げ切れた一部を除き全て殺害された。この事件を契機にイレブン、旧日本人の抵抗運動が一気に過激さを増し、それを押さえきれなかったクロヴィスは無能の烙印を押され本国に連れ戻された。
少しさかのぼって。ルルーシュはニュースを見ながら、頭に上った怒りが急速に冷めていくのを感じていた。
『毒ガスという凶悪な兵器に手を出したイレブンに対し、クロヴィス総督はシンジュクゲットーの殲滅を指示なされました』
シンジュク。マリアが向かった方向。
あいつに限ってありえない。そうは思うが、帰ってこないから、どうしても不安になってくる。
「マリアさん。もしかしてこれに巻き込まれたんじゃ……」
ナナリーが不安そうにつぶやく。
それを見たルルーシュはハッとして、無理におだやかな笑みを浮かべ、サッと細い妹の手を取る。
「大丈夫さ。あの子に限ってありえない。きっと夜遊びか何かだよ。帰ってきたら怒ってやらないと」
「ふふっ、そうかもしれませんね……」
ナナリーも小さく笑み、頭で軽く兄にもたれ掛る。ルルーシュは何も言わず受け入れ、ウェーブする長い茶髪の上から軽く頭頂部を撫でた。
そうしていると、不意にドアが開いた。
「るっ、るーっしゅ! とナナちゃん! 帰ったわよー!」
「邪魔するぞー」
ホッと息つく2人。ルルーシュは次の瞬間にも眉を吊り上げるが、もう一人、自分と同い年くらいの見知らぬ緑髪の女がいるのを見て、勢いを落とす。
「そちらの方は?」
「ここに来る前の友人よ。C.C.って言うの」
「C.C.?」
ルルーシュは訝しむように眉を顰める。すると、そのC.C.がルルーシュをジッと見つめる。
「悪いか?」
「い、いえ。別に」
怪しいが、初対面ではこれ以上言及できなかった。
しかし、マリアの友人なら自らの素性を知っている可能性がある。危険人物かどうか慎重に見極める必要があるだろう。
ルルーシュは特に興味の無い体を装いながら、C.C.に意識を傾けた。
「ふーん、お前がルルーシュで、お前がナナリーか」
「はじめまして、C.C.さん」
「はじめまして」
「ふーん、ふーん」
C.C.はそう言いながら二人を見回す。時折り嫌らしい笑みを浮かべたりするから、やっぱりマリアの同類なのか、とルルーシュは苦々しく思った。
「どうかしましたか?」
「いや何、マリアン……ン゛、ン゛ン。ごほっ、ごほっ。……マリアが、お前達のことをかわいいかわいいと自慢するのでな。実際どうなのかと思って」
「まあ!」
「おい、俺は男だぞ」
ルルーシュが不快気に言うと、C.C.はふっと笑ってマリアに視線をやる。それから2人で何やらコソコソ言い合い、時折ルルーシュの方を見てにやにや笑う。ルルーシュは一層不快になりつつそんな2人を眺めていた。
「ルルーシュはかわいいよな、ナナリー」
「えっ?」
「かわいいでしょ?」
不意にC.C.が尋ね、驚いたところへマリアが念を押すように言う。
「ナナリー。相手にしなくていい」
ルルーシュはナナリーの手を取り、マリアとの間に割って入る。
「いえ、お兄様はかわいいと思いますが」
「な、ナナリー……」
が、ナナリーはあっけなく認めてしまい、ルルーシュはがっくりうなだれた。
「すいません。それもお兄様の魅力の1つだと思いますので。もちろん、凛々しいところや賢いところ、やさしいところや気の利くところ、もっといっぱい魅力はありますよ」
「な、ナナリー」
巻き戻しのように、ルルーシュは復活していく。
「まあともかく、お前達は合格でいいぞ。世話になってやる」
「はい。ありがとうございます」
「おいちょっと待て。今『世話してやる』ではなく『なってやる』と言わなかったか?」
「言ったが?」
「おい」
当然とばかりに返すC.C.。ルルーシュの眉間が寄って行く。
「まあいいではないですか。マリアさんのお友達なのでしょう?」
「しかしだな」
「お前達の素性は知っているぞ。口は堅い方だから心配するな」
「ですって。よろしいのでは?」
ルルーシュはムッとC.C.にしかめっ面を向けた後、ナナリーに苦笑して見せる。
「まあそもそも、マリアがアッシュフォードの力で保護するのなら俺達に止める権利はないからな」
「分かってるじゃない」