中華連邦軍は、3ランスロットの鬼神のような強さにまったく歯が立たなかった。邪魔をしようものなら一瞬で葬られ、しかし、逃げ出せば確実に見逃してくれる。燃料に余裕がないためだろう。それに気付いた末端の兵士共は逃げ始めた。もともと彼等の多くは、国のためでなく自分の生活費のために軍に入っていたから、命を天秤に掛けられると傾きやすい。それに、大陸から離れた島国で領土的野心と言われても、いまいちやる気が出なかった。
上官たる宦官も、もしかすると持久戦で燃料切れに追い込めば勝てたかもしれないのに、早々と敗けを悟って逃げてしまった。
伝達をわざと遅れさせたことで、残された兵達が壁という名の殿となり、ランスロット達が燃料を気にしていたこともあって、旗艦は逃げおおせた。が、こんなことが続くうちは、上下間に信頼関係も生まれないだろう。
ルルーシュの予想に反して、政庁は攻めこまれなかった。結果、余計な人員を動かしたことになって、ユーフェミアは臆病者、という雰囲気ができたが、もともとの期待値が高くないので問題にはならない。
一連の報告に、遠い異国のコーネリアは見る者がぎょっとするほど狼狽して、即座に愛妹に国際通信を送った。が、ユーフェミアはいつも通りにほんわかしていて、コーネリアはほっと胸を撫で下ろした。
「この調子でできうる限り危険に備えよ。安全すぎるということはないのだから」
「はい、分かっています」
数多くの皇帝の子の中でも、シュナイゼルの次かその次に次期皇帝に近いと呼ばれる彼女が、ルルーシュの手腕を評価した。これで、改めて臆病や過保護などと言う命知らずは出なくなった。
ルルーシュにしても、無駄に警戒しまくったことを反省することはなかった。当然という顔で「P12はやたら反抗的だった。あれではもしもの時に使えない」と降格を指示するくらいだった。
3ランスロットが中華連邦軍をあっという間にやっつけていく様は、テレビで連日報道された。加えて、軍や警察の不正摘発、リフレイン密売組織の襲撃なども取り上げられ、正義の味方、ヒーロー的な側面が強調されていく。
一方で、3ランスロットの異常な強さ、東京疎開のブリタニア軍の予想以上に統率の取れた動き、うっとうしい程のガチガチな守りに、日本のレジスタンスは肩を落とし、沈静化していった。
そんな中、京都六家あてに枢木スザクの名で手紙が届く。
『友達に聞きました。あなた達が日本のテロ活動を支援していた謎の組織“キョウト“だったのですね。単刀直入に言います。こんなことはもうやめてください。テロでは誰も幸せになりません。間違った方法で手にいれた結果に、意味なんてないと思います。僕はブリタニアを中から変えていこうと考えています。ユーフェミア総督とならできるはずです。皆さんも協力してください。全てバレていることを理解した上で、それでもあなた方に手を差し伸ばしているユフィを信用してあげてください』
どうせ山勘だろうと、手紙は一笑の下に燃やされた。
しかし、ブリタニア皇族に珍しく非差別的な制度を整えていくユーフェミアを前に、以前ほど強硬な策はとれず、レジスタンスへの援助を急速に減らしていくことになった。
そんなことは知らぬだろう枢木スザクは、なぜかユーフェミアと共にNACの会議に表れ、わかってくれたんだ、とでも言いたげに儚げに目を細めていた。
「スザクと仲直りしてあげてくださいね」
にっこり笑うにユーフェミアに、桐原、カグヤ等は困惑するしかない。
隣で恥ずかしげにたたずむ裏切り者に対しては、不快げに眉を顰めたが、ユーフェミアの手前、言葉は当たり障りのないもので濁した。
程なく、テロの驚異が去ったエリア11は衛星エリアに格上げされる。ユーフェミアはその宣言の直後に3ランスロットの騎士を紹介し、ユーフェミアの下でなら元日本人でも出世可能だと印象付けた。
そして、平和なまま時が流れていき、1年後。
ミレイ・アッシュフォードはアッシュフォード学園卒業後、アナウンサーとしてテレビ局に入社するも、妊娠発覚により辞任した。
数ヶ月後、黒髪の女の子を無事出産。しかしアッシュフォード家、特にミレイの両親がミレイとルルーシュに非難の視線を向ける。
「どうしてくれるのか。誰のおかげで君たちが食べていけたのか。感謝しろとは言わないが、恩を仇で返すのはあんまりでないか」
「ぐっ、すまなかった」
「ルルーシュ! あなたが謝ることじゃないわ! 私が、無理に迫ったのだもの」
「きみは大人しくしていろ。母体に障ったら」
「初耳だぞ、ミレイ」
「反抗しようっての?」
「やめろ。責任なら俺が取る」
「言ったね。それはもちろん意味を分かって言って、いえおっしゃっているのでしょうか? 殿下」
「ああ、分かっているとも。だが、ナナリーだけは」
「それはあなたの結果次第です」
「では、今すぐ復帰してもらいましょう。気が変わられたら大変ですから」
「ああ」
ミレイの両親はルルーシュに背を向け、一瞬チラッと、着いてこい、とでも言いたげに見ると、病室を出ていく。
「待って! 卒業までは!」
その声に、ミレイの両親は振り替えって睨み付けようとするが、その視線はルルーシュの背が遮った。
「いいんだ、ミレイ」
心底申し訳なさそうに言うと、ミレイの返事も待たず、弱々しい足取りでミレイの両親に付いていった。
ルルーシュ達はルーベンに後続復帰の話をしようと別室に向かう。
近づくと、生徒会メンバーの笑い声が聞こえてくる。
「かわいい。ぷにぷにしてる。ルルの顔で」
「ほっぺたの柔らかい赤ちゃん、記録」
「う、むあう」
「おいおいシャーリー。嫌がってるじゃねえか」
「ごめんごめん。ってなんでリヴァルに謝ってんだか」
「ううう。あ゛ーーー、あ゛ーーー、あ゛ーーー」
「大変。泣き出してしまいました。お兄様の顔で」
「うわわわわっ、どうしよう? 咲世子さんっ」
「お任せください」
「泣き出した赤ちゃん、記録」
と、そこへルルーシュ達が表れる。
「父上、少し」
生徒に少し離れ、気分よさげにひ孫を眺めていた白髪の男に声かける。呼ばれたルーベンは、一瞬で不満げな顔になった。
「なんじゃ、ひ孫との憩いの時間を邪魔しおって」
「待って」
と、そこへケータイ片手に中等部の生徒だろうか? ピンクの髪を後ろに束ねた女の子が割って入る。
「あなたは?」
「あなたが、ルルーシュ?」
ミレイの両親を無視し、少女は尋ねる。
問われたルルーシュは一瞬怪訝そうな顔をして、次には驚愕に固まる。
「なぜ、ここにあいつの……」
「ちょっと、後にしてもらえるかしら? こっちには重要な話があるんだから」
尋ねるミレイの母を少女は無視する。
とそのとき、ナナリーとミレイの父が気付いた。
「お兄様、もしかしてっ!」
「これはこれはアールストレイム卿、ご機嫌麗しゅう」
「えっ」
「やっぱり。あなたがルルーシュ様。あっちがナナリー様だから……」
「あっ」
はっとして口に手を当てるナナリー。相手を察したミレイの母はミレイの父と共に揉み手を始める。
「まあ! あなた様が、あの名高いアールストレイムの天才児で!? ご存じでしょうか。アッシュフォードとアールストレイムは、共にマリアンヌ妃の後援として長らく懇意な関係を……」
「来て。皇帝陛下が呼んでる」
「つまり、知っていたのか、あの男は。だったらなぜ! それも、今さらになって!」
立ったまま歯軋りするルルーシュ。
「来て」
服の袖を軽く引っ張るアーニャ。羽のように軽いルルーシュはグラッと傾き、引っ張られていく。
「待ってください! 私もお兄様と一緒に……っ!」
「話があるのは、ルルーシュ様。ナナリー様は、どっちでもいいみたい」
「でしたらっ」
「ナナリー、いいんだ。ミレイとナナイを頼むっ」
「そんな……っ、お兄様!」
伸ばしたナナリーの手は、オギャアと泣き出したナナイによって止まる。
ルルーシュは「自分で出歩く!」と不満げに言って掴まえている手を払い、去っていった。
家庭用ジェット機で連れていかれたのは、首都ペンドラゴン。そして皇族専用車で王宮へ。徒歩で謁見の間へ。
長い廊下を歩いた先には、当然というべきか、ブリタニアンロールが悠然と王の巨大な椅子に座っていた。
「久しいなあ。ルルーシュ」
「貴様ァ! よくも俺とナナリーがいるの知って戦争を!」
「ダメ」
「ぐっ」
飛びかからん勢いで叫んだルルーシュ。アーニャは後ろ手を引っ張って動きを止める。
「ふん。して、我が騎士アーニャよ。初孫は撮ってきたか?」
「はい。既にブログにアップしております」
「ふむ。我が騎士ビスマルクよ!」
「は!」
奥から男のしぶい声が返ってくる。その後、がしゃがしゃと車輪の回る音がして、程なく、
大きなホワイトボードをそそくさと押し進めるナイトオブワン、ビスマルクが現れた。
ビスマルクはホワイトボードをルルーシュの隣に移動させると、ひざまづく。しばらくすると、天井からウィーンと機械音と共にカメラのようなものが出てきて、ぱっと光が差した。
「なっ!」
ルルーシュがちらと視線を寄せると、ホワイトボードに巨大なナナイの写真が映っていた。
「ふむぅ。次はぁ? ……ほおぅ」
わずかに口端を緩めながら、何やらつぶやく皇帝。
「ふっ。そっくりではないか、赤子のルルーシュに。瞳の色はワシと同じだぁ。次。……むっ、ピントがずれておるぞぉ。我が騎士アーニャぁ」
「はっ、申し訳ありません」
ひざまづき、頭を下げるアーニャ。
皇帝は全てを見終えると、満足げにルルーシュを見やった。
「皇族に戻りたいそうだなあ、我が息子よ」
「な、なぜ貴様がァ!」
「愚かなりルルーシュぅ! そなたの考えることなど全て見通しよぉ!」
「くっ、だったら!」
俺が貴様を殺したいほど憎んでいることも、と心の中で言うルルーシュ。皇帝は嘲笑うように目を細めるだけだ。
「チャァアアンスをやろう」
「なにっ!」
「皇族に戻り、アッシュフォードへの恩を返したくば、そこの女を見つけてこいぃ」
皇帝は顎でくいっとホワイトボードを示す。
そこには特徴的な緑の長髪の若い女が映っていた。
なんだ? 逃げられた昔の女か?
ルルーシュは画像の古さからそう判断する。
「我が騎士アーニャも同行させる。詳しくは其奴に聞くとよい。下がれ」
「イエス、ユア・マジェスティ」
「待て! 母さんのことは……っ! ナナリーに一言くらい……っ! 何故今さら戻す気に…っ!」
来るときの初めのようにアーニャに引っ張られながら、ルルーシュは叫ぶが、皇帝は興味が失せたような顔で立ち上がり、奥へと去ってしまった。
王宮を出たルルーシュ。怒りで顔を歪めたままアーニャの後を歩き、尋ねる。
「この女の名は?」
「シーツー」
「しーつー? イニシャルじゃないか! ふざけているのか!」
ピタリ、とアーニャは立ち止まり、振り返る。
「うるさい」
いつもの無表情から、少しだけ眉をつり上げている。
それに威圧されたわけではなく、ナナリーと年も背格好も似ていることからダブらせてしまい、年下の女の子にきつく当たっている自分に気付き、ルルーシュは怯む。
「す、すまない」
「分かったならいい」
うなづき、再びてくてく歩き始めるアーニャ。ルルーシュは早歩きで横に並んだ。
「名前を教えないのは、俺を試すためか?」
「試す?」
「皇族復帰の試験のようなものなのだろう? だからわざと名前を隠して、情報収集能力を試しているんじゃないのか?」
聞いたアーニャは、無言で首を傾げる。が、しばらくして口を開く。
「分からない。陛下からは名前がC.C.だとしか聞いてない」
「そうなのか? では、歳は?」
「分からない。だけど、あの写真からそう見た目は変わってないって言ってた」
「なんだと!? あれは、相当昔の……」
「クロヴィス殿下が一年前に会った時の写真を持ってる。今から会いに行く」
「何!? あいつにだと!?」
「……うるさい」
「す、すまない」
そうしてしばらく歩くと、どこかで見たことのある奇抜なデザインの豪華な車、その横に立ってそわそわしている第三皇子クロヴィスと、その騎士バトレーの姿が見えた。
ルルーシュと目が合うと、クロヴィスは演劇のようにはっと大口を開けて、固まった。
「やれやれ」
「ル、ルルーシュ、なのかい……? おぉーーーいルルーシュゥーーー! 私だ! 第三皇子のクロヴィスだぁーーー!」
クロヴィスは腕を降りながら駆け寄ってくる。後ろでため息をつくバトレーの苦労が思いやられた。