ユーフェミアは泣き止むどころか、幸せに満ちていた。
ルルーシュの部屋で、ルルーシュに背中をさすってもらっているのだ。
その手のひらが温かくて、息づかいがやさしくて、かつてアリエス宮で遊んでいたころの美しい思い出が、また、好きと憧れが合わさったような感情が、ふつふつと沸き上がってくる。
それはルルーシュも同じだった。
先日ミレイに搾られてしまったとは言え、まだまだ奥手である。
自分の部屋に、血のつながった妹ではあるが、確実に愛し、また恋していた女性がいるのだ。
そう考えると、それに、現在もふつうに美しいものだから、いや、以前より女性的な魅力にあふれているものだから、どうも緊張してしまう。
それを知らないだろうユーフェミアは、スッと顔を反転させた。
とても近い。あと少しで唇が重なってしまいそうだ。
そう意識してしまうのは、先日ミレイに奪われたからだろうか。
ユーフェミアの方は、どう思っているのか分からないが。
そのユーフェミアは、やさしく目を細める。
本当にあの時のままのような表情で、ルルーシュは思い出したようにドキリとしてしまう。
いや、認めよう。
自分は未だ、彼女に恋しているのだ。
しかし、認めたからと言って、心に余裕が生まれるわけでもない。
顔はすぐそこなのだ。
いや、さらに近づいて来る!
「お、おい」
心の準備が、と思ったが、キスではなかった。
肩をつかまれたかと思うと、桃色のきれいな髪が視界を覆った。
そのまま押し倒されてしまう。
ふつうに力強かった。
兄ながら、自分では敵わないと思えるほどに。
ともかく倒れたので、胸やら顔やらが、自分の体に押し付けられてしまう。
幼いクセに、ミレイのものよりも立派だと思われる。
香水は真実最高級だろう。気品のあるものであり、やさしくて甘い香りが、桃色の魅力を引き立てる。
「しばらくはこうしていましょう。昔のように」
耳触りのいい音が告げる。
しかし、全く昔らしくない。
確かに、かつても一緒に寝ていた。体をすり合わせたこともあった。
しかし、感情が、あまり好ましくない類の情が、その量が、違い過ぎる。
「あっ。おっ、おいっ」
だと言うのに、この豊満な妹ときたら、こちらの左足を両足で、肉付き豊かな足で挟んできて、それも絡めるようにして、くっ付いてきたのだ。
これがイタズラのつもりなのだろうか。
信じられない。本気で誘っているようにしか思えない。
しかし、こんな場でなのか。
思いつきだろう行動で、突然現れて、自分はそのことに怒っていたというのに、みんなが帰りを待っているというのに、始めてしまうのだろうか。
「ふふんっ」
しかしユーフェミアは、気持ちよさそうな声を漏らした。
見ても、一点の曇りもなく表情をゆるめている。
つまり彼女は、現状でかなり満足しているということだ。
ミレイのような行為ありきではない。
そこから導き出される答えは、つまり。
やはり彼女は、こんな心臓に悪い行動ですらも、スキンシップの1つだと言うのだろう。
「あ、ありえない。ありえない」
「うん? どうしたの?」
やはりやわらかい笑顔だ。まったく少しも慌てていない。
「ふふっ、ふふふっ」
「ちょ、きつい。きついって」
胸や下腹部を、さらに強く押し付けられてしまった。
いつの間にか、ルルーシュの背には腕が回され、左太ももの辺りも両足でがっしりとはさまれていた。
もうどうしようもない。この興奮には逃げ場がない。
ならば、ぶつけるしかない。
「ふふっ、離さない。ずっとこのままでいましょうよ」
「くっ、くくくっ。ユフィ、だったら俺からもお返しだ」
「う、うん」
あふれる力の全てを込めて、妹の体を抱きしめる。
最高のしなやかさだ。やわらかく、しかし弾力がある。
この匂いもおいしい。
稀にぶつかるほほ、唇の肌触りもやさしく、心地いい。
ずっとこのままでいたい。
妹はそう言ったが、自分はどうなのだろう。
ナナリーのことを考えると、認められない感情だ。
だが、頭から否定することができないのは、なぜなのだろうか。
「ふふっ、お返しよ」
と、ユーフェミアの腕にも力がこもる。
やわらかい肉が押し付けられる。
「うっ、あぐうっ」
強い、とても強い。
ありがたくはあるが、さすがに苦しい。
「ちょっ、ギブ。ギブだユフィ」
「ふふっ。分かった」
本当にすんなりゆるめてくれた。
しかし、笑顔は先ほどよりも深くなっている。
また何かやらかしそうだ。
顔が近づいてくる。
今度こそ、今度こそなのか。
「あっ」
声が漏れたのは、唇ではなく眉の上だったからだ。
しかしその声に反応して、ユーフェミアは唇を遠ざけてしまう。
「ごめんなさい」
しかも、急に冷めてしまった。
場の空気も、驚くほど唐突に、味気なくなってしまった。
先ほどの甘さはなんだったのだろうか。理性を経ずに苛立ってしまう。
「そういうわけじゃない」
不意に、そうつぶやいてしまっていた。
もっと甘さに酔っていたかったから。もっと彼女を味わっていたかったから。
「そうなの?」
彼女は首を傾げる。
しかし、尋ねたっきりで、こちらに倒れてきてくれない。
もう少し進むだけで、触れられるのに。
しかし、ルルーシュも動けなかった。
時間だけが過ぎていく。触れていない時間だ。
そのもったいなさに後悔しつつ、しかし、なぜか動けなかった。
いや、これ以上進めば本当に抑えが利かなくなってしまう。それを恐れて動けないのだろう。
しかし、それに気付くとほぼ同時に、ユーフェミアは立ち上がってしまった。
続きがしたい。
これは男としての感情、そして後悔だ。
確かなそれが、ルルーシュの心に刻まれた。