ヒーロー? いいえ、時を操るメイド長ですわ! 作:作者不在証明
1.
天気は快晴。心はやや曇天。
紅魔館のメイド、十六夜咲夜は国立雄英高等学校、その正門前に立ちすくんでいた。
この日は雄英高校の入試試験日当日。正門前に立ち止まり巨大な校舎を見上げる彼女は色んな意味で悪目立ちしていた。
身も蓋もないが、まず第一に通行の邪魔である。ましてや緊張で注意が散漫になりがちな受験生なら尚更。ぶつかりそうになって寸前で回避した生徒も1人や2人ではない。
次いで彼女の容姿。見目麗しい白銀の髪の外国産美少女など、ここでなく街中で見かけたとしても10人中10人が振り返る。さらにそんな彼女が、この日本で日常生活を送る上でまず見かけないであろう(しかし誰もが知っている)服装に身を包んでいるのだ。――そう、メイド服。
……所謂そういうお店のコスプレメイドさんなのではないかとそこら中から視線を集めているのだが、彼女が気にしている様子は一切なかった。
――しかし、ここで漸く勇気ある一人の少女が声をかける事に成功する。……というかこれ以上、あと数分でも突っ立っていれば不審者を取り締まりに教師が出張ってきていたであろうことは想像に難くない。
「あの、大丈夫ですか……? 道に迷ったとかでしたら、案内しますけど」
振り向くと、茶髪のショートボブの少女が咲夜を不思議そうな顔で見つめていた。
「…………」
「って、あ、あれ? もしかして日本語通じない!? えっと……あ、あーゆーひあ? す、すぴーくじゃぱにーず?」
……とても偏差値79の高校を受験するとは思えないレベルの英語力を披露してしまった少女ではあるが、そもそもが学校で習う英語の授業と実際の外国人との会話というのは全くの別ジャンルと言っても過言ではない。だから本日の少女の筆記試験が絶望的だとかそういうことでは決してないのだ。きっと。恐らく。
「――大丈夫。日本語は分かるわ。勝手に中に入っていいものかどうかが分からなくて。軽く途方に暮れていたところ」
とは言うものの、半分以上は気分が乗らずというか、咲夜にとって未知数過ぎて足踏みしていた、というのが正解である。
「わ、わあ……めっちゃ日本語上手! 受験生のお姉さんですか? 忘れ物届けにきたとか?」
「違うわ。私は入試試験を受けに来たの。きっとあなたと同い年ね」
「嘘!! 同い年!? ……さ、流石外人さん、大人っぽい……」
なんだかキラキラした目で見つめられているが、咲夜としてはあまりそういった自覚を持ち合わせていない。実際どのくらい持ち合わせていないかというと現状の通り、高校の入試会場にメイド服で参上するくらいには、だ。
屋敷の仕事を取り仕切る完全で瀟洒なメイド長であっても、そこから一歩踏み出せば文句なしに一端の世間知らずでしかなかった。
「あ……私、麗日お茶子っていいます。あなたは?」
「私? 私は……、咲夜。――
彼女、十六夜咲夜はそう言った。
どこか自慢気な表情で。誇るように。自身の名前を。
誰かに自分の名前を語るのは、これが
2.
「へえー、十六夜咲夜さん……綺麗な名前だね。見た感じ外国の人だと思ってたけど、もしかしてハーフだったりするの?」
「いいえ。この名前は、この国に来た時にお嬢様が名付けてくださった物なの。……私が何より大事にしている、宝物ですわ」
「うん、私もとっても素敵だと思う!
――にしても、お嬢様に、その格好に、やっぱり十六夜さんって……本物のメイドさんだったりする?」
「……逆にこの国には本物じゃないメイドがいるのかしら?」
不思議そうな顔をしつつ、麗日の疑問に答えを返す。
「まあ、お嬢様にお仕えする従者という意味で、本物のメイドね。紅魔館のメイド長よ」
「ふおぉ……私生のメイドさん見たの生まれて初めてだよ! 十六夜さんもやっぱりヒーローに憧れて雄英高校に?」
「いや、えっと……それは……」
それを語るには深い……いや、割と浅いかもしれない……。
そんなやんごとなき事情があるのだが――
3.
――半年前。
レミリア・スカーレット――咲夜が従事し忠誠を誓う紅魔館の主。
青みがかった銀髪、人形の様に美しく整った顔立ち。血濡れたかの如き真紅の瞳と、薄く開かれた唇が織り成す表情は、無邪気で幼い少女の様にも、婀娜めいた艶女の様にも見える。
10歳にも満たないような小柄な体躯は、背中を裂くその異形の翼によって、まるで悪魔の如き輪郭を作り出していた。
「――――咲夜、あなた雄英高校ってとこで女子高生やってきなさい」
「………………はい?」
……で、あるのだが、この見た目非常に愛らしい幼女は、脈絡なく突拍子もない事を言い出し周囲を振り回しまくるという悪癖を持っていた。
そしてこの日の台詞はその中でも最たるものだった、と後に咲夜は語っている。
「あの、申し訳ありませんお嬢様。良く……聞こえなかったのですが、もう一度仰っていただけますか?」
「雄英高校でJKをやってくるのよ」
「……お嬢様。失礼ながら全く意味が分かりませんわ」
改めて聞いてみたものの、余りにも分からなさすぎたので取り敢えずにこやかに一刀両断した。というかJKってなんだ。
――それこそ主人の為なら命でさえも惜しくない程、レミリアに心からの忠誠を誓っている咲夜ではあるが、言いたいことをきっちり言わせてもらうのもメイド長の務めである。崇拝と忠誠は違うのだ。
「知らないの? 遅れてるわね咲夜。この国ではJK――女子高生という存在に大層なブランド価値を見出だしているそうよ」
「はあ、女子高生…………え? 私がですか!?」
「お前以外に誰がいるのよ。パチェは喘息持ちの引きこもりだし、小悪魔はそのパチェのお守り。フランは論外で、私はほら、この館の主人だから」
咲夜の脳裏に、名前すら出してもらえなかった哀れな中国、もとい紅魔館の門番の顔が浮かぶものの、目下己に差し迫った危機の方が重要だとばかりに一瞬で頭から叩き出す。
――まあ、要するに主は咲夜に、ここ日本で学生をやってこいと仰っているわけだった。
「その、お言葉ですがお嬢様。私、高校どころか学校にすら行ったことがありませんわ。――それに私がいない間、この館のお仕事はどなたにお任せするおつもりですか?」
「大丈夫よ。いざとなったらパチェの魔法にちょちょいとお任せしてもらうから」
「――ちょっと、誰の魔法にお任せするって? 私は貴方と違って忙しいんだから、そんな暇はないわよ」
先程まで2人のやり取りには我関せずとばかりに本を読み漁っていた少女――紫がかった長髪をリボンで束ね、ゆったりとしたネグリジェの様な服を着ている。瞳の下に薄らと見える隈はいかにも不健康そうだ。
彼女――レミリア・スカーレットの友人、パチュリー・ノーレッジが面倒くさそうに口を挟む。
「別にいいじゃないそれくらい。もしかして貴方がJKやりたかった?」
「冗談言わないで頂戴。それに、確か雄英ってヒーロー科が有名なところでしょう? 国内でも特に倍率が高いっていう」
レミリアの突飛な思い付きがこちらに飛び火しては堪らない。
こういう時のレミリアに関わると録なことにならない、というのはもはや紅魔館住人全員の共通認識であった。
「いいじゃないか、ヒーロー。JKだけでなくプロのヒーローまでいるとなれば、この館に更なる箔がつくこと間違いなしね」
「……あのねぇ、レミィ。悪魔の館のメイドがヒーローってどうなのよ。――そうでなくとも貴方世間一般的には
呆れ顔で溜め息を吐き出すパチュリーの言葉に、キョトンとした表情で返すレミリア。
……無言ながらにこれ以上ないほどの明瞭な回答であった。
「レミィ……貴方ね。あの時私がどれだけ苦労したか分かってるのかしら……?
好き勝手暴れまくる貴方を追いかけて人払いの結界を張って、目撃者の記憶を可能な限り消してまわって……。あの後体調崩して1週間寝込んだの、まさか忘れたとは言わせないわよ……?」
パチュリーが怨嗟に満ちた台詞と共にこれ以上ない程の剣呑な目付きで、レミリアに恨みがましい視線を送る。
「――お、思い出したってば!! 怒らないでよパチェ!? また喘息酷くなるわよ!?」
額に青筋を浮かべたパチュリーを見て、流石に雲行きが怪しくなってきたのを察したのか必死で宥め賺すレミリア。
――1人くらい咬み応えのある奴がいれば私だって忘れたりしなかったわよ……などとブツブツ呟いてはいたが。
「――と、とにかく! 咲夜には雄英高校に行ってもらうわ! 館の仕事なら下っ端メイド隊が(頭数だけは)揃ってるから平気よ。貴方なら学校に通いながらでも
「あの子達に仕事を任せるのは些か、以上に不安ですけれど……まあ、お嬢様がそこまで言うのでしたら……」
なんだかんだで主人の申し出に寛容な咲夜は、例に漏れず押しきられ、今回の我が儘も聞き入れてしまった。
ここまで来ると最早抵抗は無意味だとばかりに、パチュリーも呆れ顔で受け入れモードに移項し始める。
「けれど、お嬢様? 私はこの前日本語を覚えたばかりですし、この国の名門高なのでしょう? 私に備わっているメイド教養だけでなんとかなるものなのでしょうか?」
「それもそうねぇ……この屋敷に来てから、ある程度の座学は美鈴とパチェに教わったのよね。だったら……」
主人とその従者が揃って視線を向ける先には……紅魔館の知識人、パチュリー・ノーレッジの姿。
視線の交錯は数秒。先に折れたのはやはり――
「――分かったわよ……それくらいなら私が教えてあげるわよ……。いくら難関と言っても、試験は中学までの履修範囲に毛が生えた程度のレベルでしょうし。まあ、幸い貴方、頭の出来は悪くないわけだしね。実技試験なんかもあるみたいだけど、そっちは自分で何とかしなさい」
「ありがと、パチェ」
「感謝いたしますわ。パチュリー様」
「よく言うわよ……本当に」
4.
「はぁ……喋ってたら喉が渇いたわ。咲夜、紅茶を入れてきて頂戴。
「――、承りました。パチュリー様」
未だに渋い顔をしているパチュリーから溜め息混じりの要求を受け、室内を後にする咲夜。
1人減った室内には、レミリアとパチュリー。彼女達2人以外の姿はない。
「――どうしたのかしら? わざわざ咲夜を下がらせて。情事に耽るにしては、まだ少し早い時間帯じゃなくって?」
薄く笑みを浮かべるレミリアにパチュリーが答える。
「ええ、どこかの誰かさんに聞きたい事があってね」
「ふぅん。一体なにかしら?」
「あの娘をわざわざ高校に行かせること。その理由について、かしらね」
目の前の友人の瞳が一瞬だけ揺らいだのを、パチュリーは見逃さなかった。
「――だから、言ったじゃない。この屋敷からJK、及びヒーローを生み出して、更なる勢力の拡大を目指すのよ」
「それさっきも聞いたけど、勢力拡大してどうするってのよ。別に貴方、世界征服なんかには興味なかったわよね?」
「んぐ……き、気分よ。唐突に! やってみてももいいかって思ったのよ!」
「気紛れで世界を征服しようとするのも貴方ぐらいでしょうね……」
というか先程あからさまに、んぐ、とか聞こえたのだが。まあ、今ここでそれを指摘するのは野暮というものだろう――ただし、追及をやめるとは言っていない。先程のせめてもの意趣返しである。
「脈絡がないのは貴方らしいけど、今回はいつも以上に無理矢理すぎたわね。箔をつけるとか、その程度の理由じゃ咲夜を手放す理由にはならないわ。貴方も知ってるでしょう、咲夜が来る前の屋敷の惨状を……。下っ端のメイド達は全然役に経たないし、美鈴もメイド隊よりはマシとは言え、脳味噌が筋肉と昼寝で構成されてる奴はどう考えてもメイド向きじゃないわ。外部からプロを雇ったところで、ウチでの
さきほど不適な笑みを浮かべていた友人からむぅ、とか、うぐぅ、とか猫を踏んづけでもしたかの様な呻き声が聞こえてくるが、総じて無視を貫く。咲夜の家庭教師をするのは目の前の友人ではなくパチュリーなのだ。授業料だと思って甘んじて受け止めてもらいたい。
「――まあ、いつもの気まぐれ、というのは実際その通りなんでしょうね。けれど、その目的はヒーロー云々というよりも、咲夜に一度くらい普遍的な学校生活を送らせてあげよう、ってところかしら? 相変わらず身内には甘いのね、レミィ」
「…………パチェ、あなたやっぱり性格悪いわ……」
軽く羞恥の残った恨みがましい視線で睨みつけるレミリアと、反対に達成感で満ち足りた表情のパチュリーであった。
「――あら、お褒めに預り光栄ですわ。
しばらく顰めっ面でそっぽを向いていたレミリアだったが、不意に悪戯を思い付いた様な顔で口端を引き上げる。
「……仕方がないから咲夜の事は勝手にそう思ってればいいわ。――でも、実はそれだけじゃあないんだ。ちょっと
「まだあるの? 今度はなにかしら……ここまで来たら全部話してくれても問題ないと思うわよ」
「ふふん、意地悪なパチェには当分教えてやらないよ。お得意の推理で答えでも求めてみるんだね」
「はいはい、悪かったわよ。それはヒーローだとか敵だとかに関係してることなのよね」
水を得た魚の如く生き生きとしだしたレミリアと、苦笑いで茶番劇に付き合うパチュリー。
「ああ。咲夜がヒーローの真似事をしてれば、それの情報も自ずと集まってくるだろうさ。――それまで、答え合わせはお預けだ」
レミリアは不適な笑みを浮かべる。まだ見ぬ演目をその瞳に見据えながら。
――漆黒に覆われた夜空に、白く輝く月はない。
悪魔が住む紅魔の屋敷の一角、三日月のように歪められた真っ赤な唇が、そこにあるだけ。
5.
かくして……十六夜咲夜は今、こうして着々とJKへ至る為の準備を整え、ついに雄英高校――その入試試験会場の入り口に突っ立っているのだった。
(まさか、ヒーローには興味ないけどお嬢様に命じられて来ました、なんて言うわけにもいかないわよね……)
「――って、よく考えたらそんな事聞くまでもなかったよね!? ヒーローに興味ないのにわざわざ雄英に行く変な人なんていないもん!」
言い訳を考える咲夜……もとい変な人を放って勝手に自己解決する麗日だった。
安心すると同時に複雑な気持ちになる咲夜だったが、対外的に見てもメイド服を着た変な人なので別に間違った風評ではない。
「ああ! それよりもうすぐ試験始まっちゃうよ! 早く行かないと失格になっちゃうかも!」
改めて周囲を見渡して見れば、先程まで試験会場へと足を進めていた受験生達が殆ど見当たらず、巨大な校舎の前で佇むのは咲夜と麗日のみとなっていた。
「確か試験開始は9時からだったかしら。……まだ15分
「15分
「それに関しては問題ないと思われますわ。それでは、行きましょうか」
迷いなく足を踏み出す昨夜だったが、数歩程歩いたところで不意に振り返り、
「――ああ、それと。言い忘れていましたわ。麗日、お茶子さん。あなたのお名前も、とても可愛らしいですわよ」
麗日は同性ながら、その儚げで美しい微笑みに見惚れ、数秒程呆けていただろうか――――言いたいことを言ってさっさと校舎へと歩き出してしまっている咲夜に気付き、自身も慌てて駆け出すのだった。
0.
西暦1888年――
平和の象徴が世界に名を轟かせるずっと前。
個性を以てして悪を取り締まる者達、そんな彼等に職業としての立ち位置が確立され、脚光を浴び始めて間もない時代。
無作為に暴れ回り犯罪を犯す
世界が最も不安定に揺れ動いていた時代。
世界が最も混沌に満ちていた争いの時代。
そんな折、歴史に刻まれた数多くの事件の内の1つに、こんな話がある。
――曰く、大英帝国イギリス、その首都ロンドン。その全土が紅い霧に覆われた。
――曰く、ロンドンにて名を馳せていた個性持ちが悉く襲われ、無惨にもその命を散らした。敵も、ヒーローも、一切の区別なく。
――曰く、心臓を貫かれた者。四肢を引き千切られた者。頭を潰された者。夥しい量の血の海の中、その体内に血液を一滴も残さずに死んでいた者。その現場は悉くが鮮烈だった。
――曰く、真偽不明の流れる噂。その殺人鬼は見目麗しい少女であった。
――曰く、国から救援を受けた他国のヒーローが駆け付けた頃、紅い霧は既に消え去り、皮肉にも街の犯罪係数は歴代最下を下回っていた。それも当然の話だろう。暴れる敵もそれを取り締まるヒーローも――その全てが殺し尽くされていたのだから。
――曰く、組織か個人かすら分からない、その敵は歴史上に真紅の事件を刻み付け、以降その姿を現すことはなかった。
――曰く、ロンドンを血で染めたその敵の名を『スカーレットデビル』
この事件の名は――――紅霧異変。
大英帝国イギリスにおける、歴代最悪の虐殺事件である。