ヒーロー? いいえ、時を操るメイド長ですわ! 作:作者不在証明
1.
『今日は俺のライヴにようこそーーー!! エヴィバディセイヘイ!!』
…………シーン、などという陳腐なオノマトペが宙に浮かびあがりそうだった。衣擦れの音一つ響かない痛いほどの沈黙が講堂を支配している。別にシリアスな場面でもないのに。
このレベルの静寂は学級会議で生徒全員の目を閉じさせ、ガラスを割った犯人を吊し上げようとする魔女裁判くらいのものだろう。
『こいつぁシヴィーーー!! 受験生のリスナー! 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!?――――』
どうしてこんなにもシヴィーなのか。
……それはきっとこの場にいるのが受験生のリスナーだからである。
『――――YEAHHHH!!!!』
たっぷり溜め打ちしたYEAHH!、の掛け声は完全に沈黙に掻き消されていた。
きっとこの世界が漫画であれば『YEAHH!』の文字よりも数倍巨大な『シーン!!』がコマ内に堂々と君臨している筈だ。
それ以降も、プレゼント・マイクというらしい雄英高校教師、兼プロヒーローは盛大に空回りしつつ実技試験の解説を続けていく。
しかし、相も変わらずリスナーのノリの悪さは破壊的である。咲夜にいたってはもはや変な話し方をする人だな、ぐらいにしか思っていない。
「――俺からは以上だ!! 最後にリスナーへ、我が校の“校訓”をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! 『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!! “
2.
説明が終了した後は、一校舎としてはあまりにも広すぎる敷地内で、各々指定の演習会場へと向かうべくバスに乗り込む。
咲夜が振り分けられたのはA組。1つの会場につき、凡そ40人前後の受験生が振り分けられているようだった。
「――これは……また随分と広大な敷地ね。この演習会場1つだけで市街地並の大きさだわ」
流石のメイド長も驚きを隠せないようで、目の前に広がるビル、及び建物群を見上げている。
もちろん他の受験生達も一様に驚いているようだ。規格外の巨大さを誇る演習会場と――ついでに、規格外の様相(メイド服)を誇る受験生に対して。
3.
――唐突だが、試験における開始合図とはなんなのだろうか。
今回の入試試験に限らず、その競争において公平を期すため。またはその計測における不確定要素を極力排除するため。
要するに、計測要素以外での“足並みを揃える”こと。それにおける1つの要因が開始合図なのだろう。
『――はい、スタート!!』
弛緩した空気の不意を突くように、拡声器を通した教師の声が受験生へと伝播する。
少しのざわめきと大きな戸惑い。唐突すぎて聞き逃した者、未だその言葉を上手く噛み砕けていない者。
――しかし、その全員に共通するのは、集団を生きていくに当り誰もが身に付ける群衆心理の制動。
まだ誰も動きを見せていない――
自分だけが先走っていいものなのか――
そもそもあれは本当に開始の合図だったのだろうか――
戸惑いは意思を揺らがせる。決断の一歩を踏み出すことの出来ないまま、受験生達は一種の膠着状態へと陥る。
「――爆、速……ターボ!!」
――その少年以外は。
ツンツン頭と凶悪な目付きが特徴的な少年、爆豪勝己に迷いはなかった。
彼は周りの人間など一切見ていなかった。というより眼中になかった。
――とはいえ、流石の爆豪でも今までの人生で培ってきた常識というものを持ち合わせている。不意討ち気味のスタートに対しいち早く行動を起こせたのはひとえに優れた、というより常軌を逸した反射神経。そして驚異的な思考スピードに寄る物が大きい。
……そもそも高校の入試試験である。普通に考えてこんな適当な感じの不意討ちスタートを採用するなど誰も思わない。早とちりの結果フライング行為で減点、などとなってしまったら笑い話では済まされないのだ。
『どうしたのー!? もう試験は始まってるわよ! 実戦じゃ敵はよーいドンなんてしてくれないんだから! ほら、走った走った!!』
爆豪の飛び出しを正しく認識するが先か、雄英教師の催促が耳に届いたが先か。ともかく先頭を行く爆豪を追い掛けるかのように残りの受験生達も一斉に駆け出す。
いかなる時でも即座に対応できる緊張感の有無。周囲に惑わされない精神性。雄英側としては、試験開始と同時に有望株を見出だそうとしていたのだろうが、ここで迷わず飛び出せるのはよっぽどの唯我独尊か、自身の判断に絶対の自信を持っている者。
――あるいは一般常識を持ち合わせていない世間知らずぐらいだろう。
4.
先程まで多数の受験生のざわめきで満たされていた演習会場入り口。不意討ちの開始合図という先制攻撃を食らい、会場入り口からは僅かに届く熱気と破砕音が聞こえるばかりとなる。
あっという間に演習会場入り口はもぬけの殻となった。
――――否、
十六夜咲夜。幸か不幸か、一般常識など大して持ち合わせていない彼女は、当然の如くその合図を正しい意味で認識していた。
どころか教師の“はい、スタート!!”を聞いた時点で、どうして誰も動き出さないのかしら、などと場違い極まる感想さえ抱いていたのだから。
では何故彼女はこうして今もスタート地点に立ち止まっているのか。時間は有限。課されたタイムリミットは僅か10分。それはこの試験において決して長いものではないだろう。
では何故か?
――答えは簡単。彼女にとって、時間は有限ではないから。
『――ちょっと、そこのメイド服のあなた! 試験始まってるわよー! 早く出発しないと!!』
「……ええ、言われなくとも。そろそろ始めるつもりでしたわ」
その言葉通りに彼女は動き出す――。
そう、動いた。
何もかもが停止した世界で、彼女1人だけが優雅に歩みを進めている。
ここは彼女の為の世界。
誰もが気付けない。
彼女の承認なくしては。
5.
「とはいえ、ここからどうしようかしらね……」
停止した時間の中、意気揚々と進軍を開始した咲夜だったが、実のところ実技試験攻略に対しての目処が明確に立っているというわけではなかった。
彼女の個性は時間操作。およそ個人が持ち合わせていい能力の範疇を大きく逸脱している、人の手には有り余る個性。
それこそ、正面から相対して彼女に勝てる人間など、世界規模で見てもそうはいないだろう。
――しかし、それはあくまで人間相手の話。いくら時を止められるといってもいきなり、あそこに見える高層ビル一瞬でぶち壊して頂戴、などと言われても不可能である。
もちろん重火器などを用いればその限りではないのだろうが、完全で瀟洒な従者を称する彼女は、あまりそういった無粋な兵器を使う事を良しとしていない。
咲夜が戦闘に用いる主武装がナイフと自身の肉体のみである以上、時間操作の能力がアドバンテージとして働くのは、それらで制圧できるレベル、もしくはそれ以下の物理的耐久力を持った相手だけなのだ。平常時で攻撃が通らない相手にじゃあ時を止めればどうにかなるのか、と問われても答えは当然“NO”なのだから。
「あら……想像していたよりも大きいのね。今回の標的は」
咲夜が開始合図を聞いても動こうとしなかったのには、勿論れっきとした理由がある。
彼女にとって時間という制約が無視できる物である以上、そもそも急ぐ理由にはならないし、他の受験生達がどう対応しているのかを参考にしてからの方が効率がいいと思ったからだ。
咲夜がプレゼント・マイクのライヴ……もとい実技試験の解説で重要視したポイントはたった1つだけ。
それは『持ち込みは自由』という言葉。
周囲の受験生達も各々個性をサポートする装備の様な物を身に付けていた。
人間相手ではない以上、体術以外に直接的な攻撃手段のない彼女には武器が必要になる。
――それは当然、ナイフ。色々と間違っているが、彼女はメイドの基本装備として身体中、メイド服の至るところに凶器を隠し持っている。
……もちろんここ日本でそんな物を持っていては、一瞬で警察のお世話になること間違いなしであった。それは恐らく雄英高校だろうと同じ事だろう。
しかしそこは十六夜咲夜。基本的に彼女は投げたナイフを毎回せっせと回収しており、今回も証拠が残らなければ別に構わないのではないか、と安易な結論に至っていた。
仮想敵の細かな造形や受験生達の戦闘の様子を観察しながら、最短ルートで人の少ない地点へと辿り着く。
「……ここら辺でいいかしら?」
そこらを彷徨っている仮想敵の位置もここまでの道程で大凡は頭の中に入っている。
あとは頭の中で構築したルートに従って、時間内に
――そして時は動き出す。
受験生が、
仮想敵が、
世界の全てが。
しかして、その間隙を認識できているのは彼女のみ。それ以外の人間は違和感すら抱いていない。
――いや、正確には1人だけいる。
今さっきまでゴール地点で佇んでいたメイド服の少女が唐突に姿を消したのである。先程の開始合図とは逆に不意を突かれた形になった教師が驚愕を露にしていた。
そして時間停止を解除した咲夜の目の前、そこには粗野な口調の仮想敵が1機。
足となる移動手段はホイール1つのみ。加えて掘削機の様な左右のアーム。そこに複数の銃身による回転式機関銃――いわゆるガトリング砲がそれぞれ搭載されている。
「まずは1ポイント敵ね」
狙いは2点、明らかにセンサーとして稼働している赤いレンズ。頭部と下半身のホイール部分の2箇所だ。
咲夜の手から離れた銀色のナイフは、狙い通り寸分違わぬ位置に突き刺さりレンズを破壊する。
『――センサーガヤラレタ!! 前ガ見エネエエェ!!』
――しかし、仮想敵はその動きを止めることなく、逆に闇雲に暴れまわって街を破壊していた。
これではヒーローとしては大分不味い展開と言えるだろう。こちらの攻撃によって更に無差別な被害を広げてしまっては、減点対象と成り得る可能性すらある。
(仮想敵を倒したとされる条件は『行動不能』だったかしら。――明らかに行動不能にはなってないわよね、あれ)
試験要項には仮想敵は特殊合金製のカーボン装甲で造られていると記載されていた。同時に壊れやすい、とも。
しかし、いくら壊れやすく造られているとはいえ、流石にナイフの投擲で破壊できる程に脆くはないだろう。
(――どうする? もちろんナイフ以外の手持ちは無し。普通にナイフを投げたとしても恐らくあの装甲は抜けない)
どうする?――どうすればいいか。
ナイフを手に。
逡巡はコンマ1秒の僅かな時間。
十六夜咲夜は至って単純な解答を選択した。
――瞬間、仮想敵の頭部を繋ぐ首が弾け飛び。
基幹となる胴体には風穴が空いていた。
6.
誰でも分かる話だろう。投げナイフが通じない敵。そんな敵の装甲を貫くにはどうすればいいか。
何のことはない。拍子抜けする程に、至極普遍的な計算式。速度を上げれば運動エネルギーも増加する。
――つまり、装甲を貫ける程の速さでナイフを投擲すればいい。
狙うは頭部を繋ぎ止める細長い首。そして胴体。
――“マジックスターソード”
ナイフに流れる時間を加速させることによって高速で打ち出されたそれは、容易く装甲を貫通する。
宙に舞う仮想敵の頭が地面に叩き付けられ破砕音を響かせると同時、残った首から下も力を失ったかのように崩れ落ちる。
「取り敢えず1ポイント獲得ね。当初の予定とは少しずれてしまったけど…………まあ、特に問題は無いでしょう」
そのまま咲夜は足を止めることなく、即座に次の標的を仕留めるべく演習会場を駆け抜けていく。
貫通して遥か彼方に飛んでいったナイフを思い、後の回収が面倒になると内心ぼやきながら。
7.
「よっし、30ポイント!!」
「これで27ポイント目……!」
実技試験も終盤。咲夜のポイントも現在40後半と着々と点数を重ねていた。
(それにしても……さっきから自分のポイントを口に出して数えている受験生が多いわね。まさかバカ正直に自分の保有ポイントを言いふらす人間もいないだろうし……まあ、駆け引きを交えたブラフだと考える方が自然でしょうね。であれば――)
と、なにやら1人いらぬ心理戦を繰り広げようとしている彼女はさておき、
「邪魔だモブ共! 俺の前に立つんじゃねえ!!」
ヒーローらしからぬ暴言を吐き散らしながら、テンション的な意味合いで随分とフィーバーしているらしい爆豪。
視界に収まる限りの仮想敵を片っ端から破壊していく、他の受験生と比較しても明らかに逸脱した戦闘能力。
「あいつ、すげえな……あのペースだと既に50か60いってんじゃねえか?」
「ああ……確かにな、俺達も負けてられねえ!」
掌の爆破からなる純粋な破壊力、爆風を応用した機動力、ピーキーな空中機動に耐えうる強靭な身体能力。些か精神面に問題を抱えているとはいえ、その姿は多くの受験生達の注目を集めていた。
「――退け雑魚がぁ!! そいつは俺の獲物だ!!」
……とにかく、
そして、試験の終わりは着々と近付いてきていた。
『試験時間は残り2分よー!!』
迫るタイムリミットを告げる教師の声が演習会場に響き渡る。
それと同時――何か巨大な建造物が動き出したかのような音。轟く地響きが地面を揺らし、受験生達を巨大な影で覆い隠す。
その正体こそ、
「――まさか、あれが0ポイント敵だっていうの? どこに隠れているかと思ったら、流石に大きすぎない……?」
そう、プレゼント・マイク曰くのお邪魔虫こと、実技試験におけるステージギミック。その巨体を目にした受験生は、咲夜を含めて誰もが足を止め硬直している。
そして、誰が早いか1人が動き出すと、堰を切ったかのように我先にと一斉に駆け出した。
……もちろん、そのお邪魔虫とは逆方向に向かって。
またも1人残された咲夜。図らずも数分前の試験開始時と全く同じ光景であった。
「――まあ、倒す必要のない0ポイントですし。私もさっさと逃げましょう」
基本的に彼女は無駄な戦闘はしない主義である。闘争本能をギラつかせ、特攻隊よろしくカミカゼするつもりなど毛頭なかった。
挑戦する者がいなければ、そしてある程度距離を取れば。そのステージギミックは注釈で“ただしビルよりでっかいよ”が付く鈍重な鉄塊でしかなく。
……なにやら派手な登場をした割に特に一波乱あるわけでもなく、(見せ場のなかったお邪魔虫にとって)無慈悲にも呆気なく、実技試験は幕を閉じたのだった。
8.
「これで、ようやく入試試験終了ね。
朝から続いた試験の漸くの終わりに、受験会場特有の張り詰めた空気が緩やかに弛緩していく。
試験さえ終われば、1日かけて共に同じ辛苦を乗り越えた受験生に対して不思議と親近感が湧くもので。試験中とは一転、笑顔でお互いを労い合う受験生達の姿がそこらに散見された。
(計算を間違えていなければだけど、60ポイントくらいは稼げたかしら? 確か推薦枠を除いたヒーロー科の定員は36人。実技試験の会場は全部で7つだから……単純計算で、それぞれの会場の上位5名が合格することになるわけね。もちろん筆記試験の出来なんかも関わってくるんだろうけど――)
「――ねえねえ、あなたは試験どうだった!?」
試験が終わろうとも生真面目に思案を巡らせる咲夜だったが、横合いから不意に投げ掛けられるフレンドリーな口調によってその思考は唐突に遮られる事となった。
「あ、ごめんね、急に話し掛けて。私、芦戸三奈。実はバスの中で見た時からずっと気になってたんだー。えっと、それメイド服だよね? そういう制服の学校なの?」
「――え、ええ、まあ。制服と言えば制服、ですわね」
(紅魔館の、という意味では間違った事は言っていないわよね……)
麗日と違い、割と勢いよく距離を詰めてくる芦戸に内心では結構戸惑っていた咲夜だったが、彼女の疑問に対し一先ずは無難な答えを返す事に成功する。
「へー、すごいね。育成学校みたい感じなんだ? 私は結田付中学。残念ながら取り立てて言うこともない普通の学校なんだけどね」
「……普通が何より尊い物だと言いますわ。それは失ってから気付く類の話かもしれませんけれど。
――失礼、自己紹介が遅れてしまいましたね。私は十六夜咲夜と申します。以後、お見知りおきを」
「こちらこそよろしく、十六夜さん! そういえば試験中に十六夜さんが戦ってるトコ見たんだけど、凄かったね! ナイフ投げてて超カッコよかった!」
「どうもありがとう。……って、面と向かって言われると、少し照れるわね」
その後も試験の鬱憤を晴らすかのように矢継ぎ早にトークを繰り出す芦戸に若干押されながらも、比較的和やかな会話は演習会場に雄英の看護教諭が現れるまで続いた。
「はいお疲れ様~お疲れ様~」
間延びした声で労いつつ、手当たり次第にドイツ産某クマ型グミを分け与えていく高齢……ではなく妙齢の女性。彼女こそ雄英の屋台骨と称される妙齢ヒロイン、リカバリーガールだ。
彼女の個性は治癒力の超活性化らしく、怪我を負った受験生に次々と治療を施している。
聞けば分かる通りの強力な個性ではあるものの、その発動条件は唇で吸い付くというかなり衝撃的な絵面であった。女性だから良いものの、これがもしオッサンなどであったらと考えると戦慄を禁じ得ない。確実に通報案件である。
「――はいはい、ちゃっちゃといくよ。他に怪我した子は? あんた達は痛い所とかあるかね?」
「あ、私ちょっと転んじゃった。足とか肘とか擦りむいてる…………で、でも別に絆創膏貼ればすぐ治るから! かすり傷だから! 大じょう――!」
拒否する暇もなかった芦戸に訪れるショッキングシーンから必死で視線を逸らす咲夜だったが、ふとリカバリーガールがこちらを食い入るように見つめている事に気付く。
「――わ、私は平気ですよ? どこにも怪我はしていませんわ!」
少々焦りつつ治療の必要が無いことを必死にアピールする咲夜。
しかし同時に、自分を見つめる老婆の何処か険しい表情と、憂いに満ちた視線による戸惑いも大きかった。それこそ彼女と出会ったのは今日が初めてなわけで、当然そんな顔で見つめられる心当たりもなかった。
治療を終え地味に凹んでいる芦戸を尻目に、咲夜の方へと近付いてくるリカバリーガール。
「本当に怪我はないのかい? ……ならいいんだよ。頑張ったね」
そう言って咲夜の手にグミを大量に握らせ、他の受験生の元へと歩いていった。
「……一体なんだったのかしら?」
その疑問に答える声はない。
仮初めの街に、散らばる機械兵の残骸に交じった彼女の声が沈んで消えていく。
――こうして、彼女の雄英高校入試試験は本当の意味で終わりを迎えたのだった。
余談だが、ナイフを全部回収するのに戦闘よりも長い時間が掛かったというのは秘密である。
9.
あの後、芦戸と2言3言会話を交わし(彼女曰く、お互い合格してるといいね! だそうだ)、紅魔館へと帰宅した咲夜だったが、一般的な受験生と違い試験の合否判定に特に思い悩むこともなく、通常通りの業務をこなしつつ1週間――
「――咲夜さーん! お届け物ですよー!」
慌ただしい足音と共に何処か間の抜けた声が近付いて来る。
「……美鈴、あなた門番のお仕事はどうしたのよ」
「今はそんなこと気にしてられませんよ! 咲夜さんが学校に行けるかどうかの分水嶺なんですから! 大体今までここが攻め込まれた事なんて1度もないじゃないですか」
「今日が安心だったからといって、明日もそうだとは限らないでしょうに……」
「もー、いいからいいから。早く開けましょうよ!」
咲夜宛の手紙を持ってきた彼女こそ、ここ紅魔館の門番、
サイドに三つ編みを垂らした赤い髪は腰まで伸ばしている……というよりは勝手に伸びています、と言った方が正しい感じのストレートヘア。
女性にしてはやや高めの身長と、緑を基調とした華人服から見え隠れする素足。衣服を内からはち切れんばかりに押し上げる豊かな双丘。脚や腕など、所々の筋肉の付き具合から見て取れる鍛え上げられた肉体。
すらりと引き締まった脚線美と豊満なバストが織り成すスタイルは、どこぞのスーパーモデルに負けず劣らずの超絶プロポーションを体現していた。
「もう……分かったわよ。お嬢様とパチュリー様をお呼びしてくるから、ちょっと待ってなさい」
……こちらのメイド長に至っては冷静というか、もはや今から学校の合格通知を開こうという人間の態度ではない。完全に他人事である。
10.
「何なのよ……こんな早い時間に……」
「私も今日中に読もうと思ってた本がまだ残っているのだけれど……」
寝ぼけ眼を擦りつつフラフラと部屋に入ってくるレミリアと、若干不機嫌そうなパチュリー。
なおパチュリーに関しては大体いつもこんな感じである。寝不足も相まった目付きの悪さは平常運転なのだ。
「ようやく来ましたね、お二方!」
そんなこと今は気にしていられない、とばかりに、サボりを敢行している筈の美鈴が堂々と主人を迎え入れる。どうやら勢いで押し切ろうという算段らしかった。
「あなた今日は一段とテンションが高いわね……」
「というかお前、門番が仕事を放棄するんじゃないよ」
パチュリーとレミリアの最もな言い分もなんのその。今の彼女に敵はいなかった。
「まあまあ、落ち着いてください! 今さっき雄英高校から咲夜さん宛の通知書が届いたんですよ!」
取り敢えずお前が落ち着けと言わんばかりの2人の視線であったが、雄英高校からの手紙と聞いて目の色を一変させる。
「ん……おお! ついに来たか! 余りに遅いから今日の夜にでも直接学校に乗り込んでやろうかと思っていたところだ」
「それはやめときなさい。洒落にならないわ。――なんでもいいけど、開けるなら早くして頂戴。まあ……私が教えたんだから合格していない筈はないでしょうけれど」
時系列的にはまだ随分と先の筈の雄英高校襲撃イベント。それを図らずも数ヶ月前の段階で強行しようとしていたトンデモお嬢様と、何だかんだで結果を気にしていたパチュリーであった。
「そういうわけで――咲夜さん、どうぞ! 開けてください!」
美鈴から手紙を手渡される――が、なんだろう、これは。咲夜としては特に感慨もなく、普通に合格通知を受け取り、その結果を報告して終了という感じを想定していたのに。それが何やら3人共大いに期待を寄せているというか。
――そうなると、先程まで何とも思っていなかった手紙を開封するだけの行為。それにやたらと重い重責が圧し掛かっているような気がしてならない。
つまり、ここにきて漸く緊張というものを感じていた。いくらなんでも遅すぎるという話ではあるが。
――ただし、そこはメイド長。
内心の緊張をひた隠し、表面上は平然と。瀟洒に。完全に。今時珍しい封蝋をゆっくりと開けていく――
「――これは……なにかしら?」
出てきたのは数枚の書類と……用途不明な、スピーカー? らしき物体。
……手紙の封に反して随分と現代的なテクノロジーが同梱されていたわね、とは恐らくこの場にいる全員の言。
使い道の分からない物体を持ってても仕方がないと一旦机に置き、まずは書類を確認しようとしたその瞬間、
『私が投影された!!』
「…………誰だこいつ?」
「どこかで見たことあるような気もするわね」
「――いやいや、オールマイトですよ! オールマイト! 有名人です!」
三者三様、いきなり空中に現れた劇画調の彫りの深いマッチョの顔面どアップに困惑を隠せない。
なお、緊張でガチガチになっていた咲夜がいきなりのド迫力に飛び上がる程ビビっていたのはどうやら誰にも見られずに済んだらしい。
11.
取り敢えず一旦落ち着こうと、口から飛び出さんばかりにドックンドックンと暴れまわる心臓の鼓動を必死で押さえ付け、周囲を改めて観察してみる。
どうやら得体の知れない機械からランプの魔神よろしくの筋肉達磨が登場したわけではないらしく……小型の平面投影式ホログラフィ――いわゆるスクリーンレスの空中投影ディスプレイの様であった。
『まずは初めまして、十六夜少女! どうして雄英高校からの手紙に私がいるのか気になったかい? ――それは私が今年から、ここ雄英に勤めることになったからなんだ』
からなんだ……と言われても、正直咲夜にはこの男性が誰なのか分かっておらず、曖昧な反応を返すしかない。
『あー、まあ取り敢えずそこは置いておこう。すまんね、先程から担当の人が巻きで頼むとうるさいんだ。君が気になっているのはこれだろう? ずばり試験の合否! 先に結論から言ってしまおう。十六夜咲夜くん、君は――――』
彼の芝居掛かった口調によって、否応なしに部屋の緊張感が高まっていく。そして――
『――――合格! おめでとう、文句無しの一発合格だ!』
その言葉を聞いて流れ落ちる様に、一気に空気が弛緩する。咲夜も表立って喜びを露にするわけではなかったが、ホッと一安心していた。
『筆記試験はほぼ満点。実技試験でも常に冷静に立ち回り、並み居る受験生達の上位10人に君臨する文句無しの好成績! 素晴らしいポテンシャルだ! 私も新学期に君と会えるのを楽しみにしているよ!』
明らかに画風の違う決めポーズを最後に、台風の様な勢いのメッセージは終了した。
「咲夜さん、おめでとうございます!」
「私が教えたんだもの。合格してなきゃ逆におかしいわ」
「まあ、当然の結果よね」
「お嬢様、パチュリー様……ありがとうございます。……それと美鈴も」
「ちょっと、ついでみたいに言わないでくださいよ! 私だって応援してたのにー!」
「はいはい、感謝してるわよ。ありがとね、美鈴」
大袈裟に泣き付いてくる美鈴を引き剥がし、雑にあしらう。咲夜としても別に感謝していないわけではないのだが……こう、素で接してくる美鈴に改まって礼を言うとなると、主人とその友人にするのとはまた違った感じの気恥ずかしさがあるのだ。
「それにしても、オールマイトが教師だなんて羨ましいですね。私も1度くらいは生で見てみたいものです――――あっ、そうだ! 私も女子高生になれば合法的に会えるのでは!?」
目を輝かせた美鈴がレミリアに素早く熱視線を送るものの、そんな牛みたいな乳した学生がいるかとあえなく一蹴。撃沈した。
――そんなこんなで、いつにも増して賑やかな夜が更けていき、紅魔館の1日は始まろうとしていた。
残り2ヶ月……新学期までの長いようで短い期間に思いを馳せる。
ほんの少しの期待と高揚を胸に抱き、十六夜咲夜は今日もメイドとしての業務に取り掛かるのだった。