ベンジャミンが
「四葉深夜様、その長女、四葉穂波様、おなーりー」
一瞬、ざわめき掻けたが、すぐに一同は平服し二人の会場入りを待った。穂波は青緑色の生地に綺麗な花柄の入った振袖姿で登場した。大人の女性の中にも、初々しさも引き立てられていて、仮に街を歩けばすぐにナンパされそうなほど振袖は似合ってる。一方、妊娠七ヶ月を過ぎた深夜は、濃藍の生地に百合があしらわれている着物と、合わせられた髪飾りを着けて登場し、妊婦でありながら、そこに居るものを無条件に魅了していた。緊張した空気が、二人の艶やかな着物姿に少し和らいだが、そこに穂波が深夜と一緒に、入場した事が気に入らない執事序列五位の青木が、穂波に気付かれないように睨む。青木はここ数年、財務管理能力を評価され、現在は不動産の管理などを担当しているが、後に四葉の財務担当を任せられる人物。そんな青木は真夜を心底心酔しており、いきなり姉の深夜の
「四葉家御当主、四葉真夜様、おなーりー」
緊張している者達はどっちだ?と思いながら平服し、会場入りを待つ。そこには黒の生地に鶴の刺繍の着物に金の帯、結い上げられた髪を見事な
「皆さん、新年明けましておめでとうございます。今年も
息子の出生を隠している事など微塵も感じさせず、穂波に改めて挨拶するよう告げた。
「只今、御当主様より挨拶の機会を頂きました、旧姓を桜井、現在は四葉深夜が長女、四葉穂波と申します。歳は二十四、
穂波は一切物怖じせず、作法も完璧にこなして挨拶してみせた。この半年で穂波も随分と逞しくなっていた。そんな穂波の存在は他の分家の家族、部下達の間でも噂になっていた。一般の家の者が、四葉家直系の深夜の養女になったのだから驚かずにはいられない。新発田理の息子の勝成は父親の影響で、
「有難う穂波さん、皆様もどうぞ穂波を快く迎えてあげて下さい」
「御意」
一同、声を揃えて一応形だけでも穂波を歓迎したという意味を込め、真夜に対して返答した。さすがに新年の祝いの席で、表立って拒否する輩はいなかった。
「それと皆様も存じ上げている事と思いますが、めでたい事ですから正式に発表しておいた方が良いでしょう。1つは、黒羽家の亜弥さんがご懐妊されています。更にめでたい事に双子だという事です。予定日は九月の頭、亜弥さん、体調には気を付けて元気な赤ちゃんを産んで下さいね。無事に産まれて来たあかつきには、次期当主候補になりますので、皆様も温かく見守って下さいな」
真夜が黒羽亜弥の懐妊報告を、改めて一族の前で報告した。すると、各々から重蔵や貢、亜弥
に祝いの言葉を投げ掛けて一様に祝福した。一通り祝福と拍手を受けた亜弥はお礼を述べる。
「御当主様、多大なお心遣い感謝申し上げます。無事に出産を迎えれれるよう尽力致します。他家の皆様も、お祝いのお言葉大変感謝申し上げます。」
亜弥がお礼の言葉を告げて一礼すると、改めて大きな拍手が湧いた。達也と此れから産まれて来る深夜の娘は、先のお披露目会にて真夜が次期当主候補から除外した。その変わり、分家の当主達も含め子供も当然候補になり、達也が成人するまでに真夜は当主の座を退き、次期当主を指名すると告げている。その為、子供達の世代からは新発田勝成と津久葉夕歌しかいない。そこに黒羽亜弥が出産する予定の双子が加わる。現時点の有力候補は黒羽貢、新発田家、現当主の理、津久葉家冬歌だ。この三人が分家達の間では最有力と云われていて、次点で勝成や夕歌、子供達世代である。真夜の言葉が本当なら約二十年。最長でも真夜が当主に在位するのはそれまでである。真柴真佐、静陽人、椎葉英嗣、武倉藍霞の四人は各家の後継者を早く確保せねば、可能性は低い。
「次は、姉の深夜の懐妊です。此方の方が亜弥さんより早く出産します。予定日は四月一日になります。懐妊の経緯はお答え出来ませんが、姉の事も温かく見守って下さい。」
分家の家族や支える執事達から不穏な空気が僅かに流れた。あの日以来、更に深まった両者の溝の原因には、深夜の懐妊も含まれている。理由を一切説明されない事と、結婚せず妊娠した事そのものを問題視されていた。元々、深夜が次期当主筆頭候補で真夜は七草家に嫁ぐ予定だった。それが【2062年の悪夢】が起きた結果、七草弘一との婚約は破棄され、その後は何故か深夜までも結婚する事を頑なに拒否し続けた。本来なら深夜であっても、そんな我儘を初代の元造や先代の英作が許すわけがないのだが何故か今まで許されていた。中には好き勝手に振る舞う双子が、一族を取り仕切る立場に相応しくないと考える者も少なからずいたのだ。
大きな混乱が起きる事なく慶春会を終えた真夜達一行は、ある兄弟とメイド長の白川が護衛と世話をしていた達也のもとへ向かう。生後八ヶ月を過ぎた達也は平均より一回り以上大きく成長し、顔つきが彼の父親の一族特有の容姿がしっかりと形成され始めていた。三人に礼を告げてから達也の元へ駆け寄る。しかし、真夜が部屋に入って来たことに気付いた達也は、しっかりとした足取りで笑顔で歩き出して真夜に近付いて来た。我が子の成長の早さに改めて驚きながらも、笑顔で近付いて来る達也が真夜は愛しくて堪らなかった。五メートルほど歩いて来た達也が、両手を広げて真夜に抱っこを要求すると真夜は達也に応えて抱き上げて微笑んだ。既に体重15キロにまで成長した達也を抱えるのは真夜にとっても重労働だが、この幸せの重みを噛み締める。深夜と穂波も微笑ましいその光景を見て笑顔になった。先程まで一族の者達から嫌な視線を向けられて、ストレスを感じていた二人も達也の愛くるしい笑顔に癒されていた。穂波は自身が本能的に子供を欲している衝動をまだ理解していなかった。今は深夜が身籠っている段階で、溺愛している達也もまだ生後八ヶ月だ。自身の幸せを求めている場合じゃないと無意識のうちに自身の欲求に蓋をしていた。達也を護衛していた兄弟は、穂波と似たような境遇で古式魔法を扱う
始めは四葉も伊万里の水晶眼が目的だと思っていたが、真夜の目的は、隠密技術と体術に優れた伊吹の方だ。私的な資金調達の為、秘密工作や諜報活動、暗殺などを行う際に伊吹の才能は最適だった。それだけではなく、いずれは達也の体術稽古の相手と護衛を任せたいという思惑もある。復讐に手を貸すのも、伊万里の安全を約束したのも、伊吹を取り込む為の手段でしかなく、伊万里の水晶眼など眼中にはない。真夜からの任務を遂行しながら一ヶ月ほど経ったある日。いつもは電話か使いで来る穂波か葉山に報告して終わりなのだが、その日は弟と共に四葉本邸に招かれた。伊吹は警戒しながら真夜に任務の報告と依頼の品を渡した。その時、スカウトした理由と達也の存在を聞かされて、巷の噂に聞いていた四葉とは少し違うと感じて安心する。弟の水晶眼には興味がないと知った伊吹は、それから真夜を信頼し任務に励んでいる。真夜もそんな伊吹を頼りにしており、伊吹の復讐に暗殺部隊を動員して少しずつ京家を襲った者や狙い続いて来た者達を削っている。両親を殺害されて逃亡生活に心身共に疲弊していた伊万里も、徐々に以前の明るさを取り戻していき、今では穂波に遊んでもらったり達也の遊び相手になってあげたりと、笑顔を見せるようにまで打ち解けていた。
「伊吹さん、伊万里くんお疲れ様です」
慶春会の前に新年の挨拶を済ませていた京家兄弟に穂波は労いの言葉をかけた。穂波の振袖姿に見惚れていた伊吹は慌てて一礼したが、弟の伊万里は穂波のもとへ駆け寄っていき穂波の振袖姿を褒めた。京家兄弟は対照的な対応と言葉を発する。
「いえ、労いの言葉は不要です。穂波様」
養女とはいえ、深夜の娘になった穂波に伊吹は様を付けて未だに言葉使いは固い。一方、弟の伊万里は、
「わぁー、すっごい綺麗だよ。穂波ねーちゃん!ねっ、兄ちゃんもそう思うよね?」
振袖姿の穂波を見て、伊万里は興奮したように穂波を褒め、兄の伊吹に同意を求めた。自身も穂波の振袖姿に見惚れてしまった為、同意を求める弟に強く反論出来ず、いきなり穂波に駆け寄った行儀の悪さを咎める事で、伊吹は居心地が悪くなるのを回避しようとした。
「こら、伊万里!行儀が悪いぞ、いきなり駆け寄っては穂波様に失礼だろ。...弟が申し訳ありません。行儀の悪い所を見せてしまいまして」
「伊吹さん、以前から申してますように私を様付けで呼ばないで下さい。もっと気軽に呼んで下さいとお願いしてますのに」
「いえ、穂波様は四葉家の方ですので、当然だと思っております」
「私は現在四葉の者ですが、以前お話したように養女であり、元々は一般家庭の者です。そんなに気を使われては私が困ります。それより、私の振袖姿は似合ってませんか?」
「しかしーー、いえ、分かりました。穂波さんの振袖姿、とっても良く似合っています」
穂波の物言いたげな表情を見て、伊吹が観念し、畏まった言葉使いを止めて素直に穂波の振袖姿を褒めと、穂波は満足そうに笑顔になり、上機嫌でお礼を言って伊万里との談笑に戻った。その様子を見ていた深夜は伊吹を別室に呼んで二人っきりで話をする事にした。一方、深夜に呼び出された伊吹は、先程のやり取りの一部始終を深夜に見られていた事が恥ずかしかった。深夜は以前から穂波が望んでいれば、穂波に対して畏まった口調をしなくても良いと言ってくれてはいたが、実際、目の前でその一部始終を見られては話は別だ。
「伊吹さん、改めて、達也の護衛お疲れ様でした。お陰で達也の身を心配する事なく慶春会に望めました。有り難うございます」
「勿体なきお言葉、真夜様と深夜様には多大な御恩がございます。私に出来る事は精一杯やらせて頂きます」
伊吹は一礼し、改めて自身の決意を口にして誓った。そんな深夜は言霊を捕ったと言わんばかりに伊吹に突きつける。
「そうですか、なら、一つ貴方にお願いしたい事があります。...伊吹さん、貴方、穂波の事を一人の女性としてどう思いますか?本心を聞かせて下さい」
深夜は伊吹が予想もしなかった質問を問い掛けた。伊吹が思わず深夜の顔を見直すと、そこには嘘を付いたら許さないと言わんばかりの表情の深夜がいた。伊吹は本能的に嘘を付いたらマズイと悟って、意を決して深夜に自身の本心を打ち明けた。
「...穂波様は、とても魅力的なお方だと思います。自身も辛い過去をお持ちであるにも拘わらず、いつも笑顔で私と弟を迎え入れて下さり、私と弟の心の傷を和らげて下さる不思議な魅力を持たれるお方だと思っています」
「それは、穂波に惹かれ始めている、惹かれていると解釈しても宜しいですね?」
伊吹の返答に対しての深夜の直球な質問に、どう答えようと迷った伊吹だったが、此処まで来たら深夜には自身の淡い恋心を悟られていると覚悟し、正直に答えた。
「はい、文不相応は重々承知しておりますが、穂波様に恋慕を抱いております」
伊吹の正直な気持ちを聞き届けた深夜は、伊吹の予想に反して、反対する事なくお願いを口にした。それは深夜の母親としての憂いからだった。
「分かりました。では伊吹さん全力で穂波を落としなさい。私は現在妊娠してます。三ヶ月も経てば出産し、これまで以上に穂波は自身の幸せを後回しにするでしょう。しかし、それは私も真夜も望んではいません。穂波には、好きになった相手と幸せな家庭を築いて欲しいと願っています。貴方が正直に気持ちを打ち明けてくれたなら、穂波を託しても良いと考えていました。先程、貴方は自身に出来る事は精一杯やると仰いましたね?なら、穂波を振り向かせて、穂波と幸せな家庭を築きなさい。穂波と似たような境遇にも負けず、弟を守って来た貴方なら可能だと私は思います。此れは四葉家としての頼みではなく穂波の母親としてのお願いです。なので四葉家当主の真夜ではなく、穂波の母親の私が話す事になりました。引き受けてくれますか?」
深夜は四葉家の者としてではなく一人の母親として頼んでいる。勿論、真夜も知っている。伊吹は深夜達が本気で穂波の幸せを願っていると理解した。そして、その願いを自身に託してくれる二人の期待を無下には出来なかった。
「御意、必ずや、穂波さんを振り向かせて見せます」
「そう、惚れた相手には命を懸けなさい。穂波自身が幸せを掴もうとしてないから苦労すると思いますが、貴方が穂波にとって一緒に幸せになりたいと思える相手となるよう、健闘を祈っています」
真夜は伊吹を激励し、二人は穂波達がいる部屋に戻った。深夜と伊吹の帰りを少し心配して待っていた穂波だったが、伊吹の顔が何処かスッキリとした表情になっているのを見て安心する。そんな穂波の前に来た伊吹は、早速穂波を今度の週末に食事に誘う。いきなりのデートの誘いに穂波は深夜を見返したが、深夜は笑顔で無言のまま、穂波に決断を委ねた。釈然としない穂波だったが、伊吹の嬉しい変化に答えて承諾した。それから何度かデートを繰り返して二人は交際する事になった。初めは
三月も後半に入り深夜の出産予定日も一週間に迫った、雪が降り積もった三月二十五日。前日の夜から突如襲ってきた陣痛に深夜が苦しんでいた。急いで専属の助産師が本邸に呼ばれ、深夜は敷地内にある施設に移された。穂波は一緒に分娩室に入り深夜を励まし続け、三時間後、赤ちゃんの産声が聞こえて、暫くして助産師が出てきた。駆け付けていた真夜達に向かって助産師が告げる。
「おめでとうございます。御当主様。3020グラムの元気な女の子です。予定日より一週間早かったですが、母子共に健康に異常はありません」
助産師のその一言に出産を待ちわびていた真夜達は、各々が笑顔で手を叩きながら祝福した。
深夜の出産に立ち会った穂波は、新しい命の誕生に、そして自身の
今回は西暦2080年の慶春会~深雪の誕生まで描きました。 穂波も恋人をオリジナルキャラを出して宛がう事にしました。今後も達也の成長と共にオリジナルキャラを出して行きたいと思います。