四葉真夜の息子~最も自由なる者   作:空陸

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慶春会から話がスタートします。オリジナルキャラも登場!


京伊吹と穂波~母親の涙と真夜の号泣

ベンジャミンが悪魔の一族(サタン・ファミリア)の末裔という真相と、達也の出生を分家の当主達に告げた日から、半年ほどが過ぎて最初の新年を無事に迎える事になった。達也は真夜と深夜は勿論、穂波からも深い愛情を注がれてスクスクと育っていた。真夜に続いて、身籠った深夜は、つわりの激しい時期は大分辛そうな様子ではあったが、穂波の献身のお蔭もあって無事に乗り越えた。お腹が大きくなって来てからも、引き続き穂波がサポートしてくれるので、深夜は随分と助けられていた。穂波はというと、真夜と深夜の影響と、懐いてくれる愛らしい達也に心を鷲掴みにされ、今では真夜と深夜に負けず劣らず達也を溺愛している。達也にとっては母親が三人いるようなもので、常に三人のうち誰かが傍にいるような状況だった。その他には、黒羽貢と亜弥の間にも子供が出来たという報告が真夜達、本家の人間にも知らせは入っていた。お披露目会で達也の殺害を口走ろうとして、真夜の流星群(ミーティア・ライン)によって両足を穿たれた重蔵も怪我が完治して、初孫の誕生を待ちきれない様子だという。予定日はまだ大分先の事だというのに、四葉の次期当主にすべく、相応しい教育を行うと今から張り切っているらしい。それは間接的に真夜達への不満感を表しているのだが、重蔵達分家の当主達が、達也の処遇に対し未だ納得していない事は、真夜達も認識はしている。しかし、両者の溝は簡単に埋まる事はなく、お互いが牽制しあって何らかのキッカケで、血塗ろの争いに発展する可能性は十分にある。その為、これ迄以上に不干渉とまでは言わないが、互い進んで干渉しようとはせずに、今日(こんにち)、新年の慶春会を迎えた。西暦2080年1月1日、達也のお披露目会以来、一族が四葉本邸に集まった。新年の祝いの席だというのに、心なしか、重苦しい空気に会場は包まれている。真夜達以外の面々は既に会場で真夜達が会場入りするのを、少し緊張した面持ちで待っていた。前回と違い、新年の祝いの席という事で分家の当主だけではなく、その家族、四葉に支える執事達、そして、調整体 【楽師シリーズ】(がくしシリーズ)で、新発田家の勝成の守護者(ガーディアン)【堤琴鳴】(つつみことな)と、いずれは姉と同じく守護者(ガーディアン)になる予定の弟、【堤奏太】(つつみかなた)も特別に参加するよう真夜から前もって通達されていた。案内役のメイドが、次の入場者を知らせる掛け声を上げる。

 

「四葉深夜様、その長女、四葉穂波様、おなーりー」

 

一瞬、ざわめき掻けたが、すぐに一同は平服し二人の会場入りを待った。穂波は青緑色の生地に綺麗な花柄の入った振袖姿で登場した。大人の女性の中にも、初々しさも引き立てられていて、仮に街を歩けばすぐにナンパされそうなほど振袖は似合ってる。一方、妊娠七ヶ月を過ぎた深夜は、濃藍の生地に百合があしらわれている着物と、合わせられた髪飾りを着けて登場し、妊婦でありながら、そこに居るものを無条件に魅了していた。緊張した空気が、二人の艶やかな着物姿に少し和らいだが、そこに穂波が深夜と一緒に、入場した事が気に入らない執事序列五位の青木が、穂波に気付かれないように睨む。青木はここ数年、財務管理能力を評価され、現在は不動産の管理などを担当しているが、後に四葉の財務担当を任せられる人物。そんな青木は真夜を心底心酔しており、いきなり姉の深夜の養女(むすめ)になったばかりか、真夜本人にまで気に入られてる穂波が目障りで仕方がなかった。 穂波も青木が自身に向ける嫉妬の目に気付いていたが、真夜達から気にする必要はないと言われていた為、青木の前を深夜と共に素通りして席に着く。残るは四葉家当主、真夜の会場入りを残すのみとなった。ここで達也の出生を知る者達は、この場に達也が現れるのか、ふと疑問が湧いた。あの日達也が黒い想子の嵐を巻き起こしたのを目の当たりにした者達には、先程までとは違う緊張が流れた。

 

「四葉家御当主、四葉真夜様、おなーりー」

 

緊張している者達はどっちだ?と思いながら平服し、会場入りを待つ。そこには黒の生地に鶴の刺繍の着物に金の帯、結い上げられた髪を見事な(かんざし)で留めている真夜の姿だけだ。それは若くして先代二人にも引けを取らないほど、四葉家当主としての威厳が痛いほど伝わってくる佇まいと美貌であった。特に達也を出産してからの真夜は、誰が相手でも、どんな出来事が起きようとも達也を守り抜くという覚悟と信念が滲み出ている。

 

「皆さん、新年明けましておめでとうございます。今年も四葉家(一族)にとって良い一年になるよう皆さんと一丸となって尽力したいと思っています。...ここで、彼女と初対面の人もいますので、穂波さん改めて皆さんに御挨拶して下さい」

 

息子の出生を隠している事など微塵も感じさせず、穂波に改めて挨拶するよう告げた。

 

「只今、御当主様より挨拶の機会を頂きました、旧姓を桜井、現在は四葉深夜が長女、四葉穂波と申します。歳は二十四、義母(はは)、深夜の守護者(ガーディアン)を務めさせて頂いております。以後、お見知り置きをお願い申し上げます」

 

穂波は一切物怖じせず、作法も完璧にこなして挨拶してみせた。この半年で穂波も随分と逞しくなっていた。そんな穂波の存在は他の分家の家族、部下達の間でも噂になっていた。一般の家の者が、四葉家直系の深夜の養女になったのだから驚かずにはいられない。新発田理の息子の勝成は父親の影響で、一族の者(よつば)としてのプライドが高く、幼いながらも外から来た十九も年上の穂波に敵対心を抱いている。一方、敵対心とまでは行かないが、穂波を警戒しているのは黒羽貢も同じ。守護者(ガーディアン)とはいえ、四葉深夜とその妹、四葉家当主の真夜、この二人の重要人物と親密な関係を築いている穂波は、それだけで十分に警戒対象になる。様々な視線が交差する中、穂波の挨拶が済んだのを確認して真夜が挨拶を続けた。

 

「有難う穂波さん、皆様もどうぞ穂波を快く迎えてあげて下さい」

 

「御意」

 

一同、声を揃えて一応形だけでも穂波を歓迎したという意味を込め、真夜に対して返答した。さすがに新年の祝いの席で、表立って拒否する輩はいなかった。

 

「それと皆様も存じ上げている事と思いますが、めでたい事ですから正式に発表しておいた方が良いでしょう。1つは、黒羽家の亜弥さんがご懐妊されています。更にめでたい事に双子だという事です。予定日は九月の頭、亜弥さん、体調には気を付けて元気な赤ちゃんを産んで下さいね。無事に産まれて来たあかつきには、次期当主候補になりますので、皆様も温かく見守って下さいな」

 

真夜が黒羽亜弥の懐妊報告を、改めて一族の前で報告した。すると、各々から重蔵や貢、亜弥

に祝いの言葉を投げ掛けて一様に祝福した。一通り祝福と拍手を受けた亜弥はお礼を述べる。

 

「御当主様、多大なお心遣い感謝申し上げます。無事に出産を迎えれれるよう尽力致します。他家の皆様も、お祝いのお言葉大変感謝申し上げます。」

 

亜弥がお礼の言葉を告げて一礼すると、改めて大きな拍手が湧いた。達也と此れから産まれて来る深夜の娘は、先のお披露目会にて真夜が次期当主候補から除外した。その変わり、分家の当主達も含め子供も当然候補になり、達也が成人するまでに真夜は当主の座を退き、次期当主を指名すると告げている。その為、子供達の世代からは新発田勝成と津久葉夕歌しかいない。そこに黒羽亜弥が出産する予定の双子が加わる。現時点の有力候補は黒羽貢、新発田家、現当主の理、津久葉家冬歌だ。この三人が分家達の間では最有力と云われていて、次点で勝成や夕歌、子供達世代である。真夜の言葉が本当なら約二十年。最長でも真夜が当主に在位するのはそれまでである。真柴真佐、静陽人、椎葉英嗣、武倉藍霞の四人は各家の後継者を早く確保せねば、可能性は低い。

 

「次は、姉の深夜の懐妊です。此方の方が亜弥さんより早く出産します。予定日は四月一日になります。懐妊の経緯はお答え出来ませんが、姉の事も温かく見守って下さい。」

 

分家の家族や支える執事達から不穏な空気が僅かに流れた。あの日以来、更に深まった両者の溝の原因には、深夜の懐妊も含まれている。理由を一切説明されない事と、結婚せず妊娠した事そのものを問題視されていた。元々、深夜が次期当主筆頭候補で真夜は七草家に嫁ぐ予定だった。それが【2062年の悪夢】が起きた結果、七草弘一との婚約は破棄され、その後は何故か深夜までも結婚する事を頑なに拒否し続けた。本来なら深夜であっても、そんな我儘を初代の元造や先代の英作が許すわけがないのだが何故か今まで許されていた。中には好き勝手に振る舞う双子が、一族を取り仕切る立場に相応しくないと考える者も少なからずいたのだ。

 

大きな混乱が起きる事なく慶春会を終えた真夜達一行は、ある兄弟とメイド長の白川が護衛と世話をしていた達也のもとへ向かう。生後八ヶ月を過ぎた達也は平均より一回り以上大きく成長し、顔つきが彼の父親の一族特有の容姿がしっかりと形成され始めていた。三人に礼を告げてから達也の元へ駆け寄る。しかし、真夜が部屋に入って来たことに気付いた達也は、しっかりとした足取りで笑顔で歩き出して真夜に近付いて来た。我が子の成長の早さに改めて驚きながらも、笑顔で近付いて来る達也が真夜は愛しくて堪らなかった。五メートルほど歩いて来た達也が、両手を広げて真夜に抱っこを要求すると真夜は達也に応えて抱き上げて微笑んだ。既に体重15キロにまで成長した達也を抱えるのは真夜にとっても重労働だが、この幸せの重みを噛み締める。深夜と穂波も微笑ましいその光景を見て笑顔になった。先程まで一族の者達から嫌な視線を向けられて、ストレスを感じていた二人も達也の愛くるしい笑顔に癒されていた。穂波は自身が本能的に子供を欲している衝動をまだ理解していなかった。今は深夜が身籠っている段階で、溺愛している達也もまだ生後八ヶ月だ。自身の幸せを求めている場合じゃないと無意識のうちに自身の欲求に蓋をしていた。達也を護衛していた兄弟は、穂波と似たような境遇で古式魔法を扱う【京家】(かなぐりけ)の生き残りで、真夜が三ヶ月前にスカウトした。兄は真夜の個人的な秘密工作を担っていて、現在は生家があった奈良を離れて静岡で弟と二人で住んでいる。そんな兄の【京伊吹】(かなぐりいぶき)と穂波はお互い多少意識しているように真夜と深夜の眼には映っている。伊吹は穂波より一つ年下の二十三歳で普段は穏やかな性格だが、戦闘になれば近接戦闘では無類の強さを見せる。発動速度に難がある伊吹だが、京家秘伝の【隠密技術】と戦法でその欠点を補う貴重な才能を持つ魔法師だ。独特な雰囲気のある伊吹だが、穂波には弟の【伊万里】(いまり)を守って来たその勇姿が、一人の人間として、深夜の守護者(ガーディアン)を担う魔法師としても尊敬に値した。また一人の男性としても伊吹は好印象だった。伊吹の方も、似たような境遇を持つ穂波が、顔を会わせる機会があればいつも笑顔で自身と弟を迎えてくれる姿に、心の平穏と安らぎを感じており、今までの境遇の苦痛から解放してくれる存在だと思っていた。弟の伊万里は十才で兄の任務にはあまり参加してないが、真夜達に近況報告や顔見せを行う為に時々本邸に訪れていた。伊万里は【水晶眼】の持ち主で、その眼が欲しい古式魔法の他家から狙われ続いていた。ある日伊吹が留守の間に賊に襲われて、京一族は伊万里を残して皆殺しにされた。両親らが命懸けで伊万里を守ったお陰で、奇跡的にまだ幼い伊万里は逃げ出せた。その後、兄の伊吹が伊万里を必死になって捜索し保護出来た。それから二年、二人は逃亡生活を送っていたが、真夜がそれをスカウトする事で保護した。古式の者達の裏の世界で、二人が四葉に拾われたという噂が発覚し二人の逃亡生活は終わりを告げた。水晶眼を求める代償が、四葉と事を構える結果となればその家は間違いなく滅亡する。触れてはならない者達(アンタッチャブル)を正面から敵にする度胸がある家など存在しない。反対にこれまで犯行に及んだ者達は、四葉からの報復に日々脅える事になる。真夜からスカウトされた時、当然伊吹は警戒したが、弟の身の安全を少しでも確保出来るならと渋々受諾した。悪名高い四葉まで敵に廻しては、これ以上逃亡生活は続けられず、弟は水晶眼を奪われ二人とも両親らの仇も討てず殺されてしまうのは明白。真夜は自身に支える事を条件に、弟の安全と一族の復讐を手助けする事を約束する。

 

始めは四葉も伊万里の水晶眼が目的だと思っていたが、真夜の目的は、隠密技術と体術に優れた伊吹の方だ。私的な資金調達の為、秘密工作や諜報活動、暗殺などを行う際に伊吹の才能は最適だった。それだけではなく、いずれは達也の体術稽古の相手と護衛を任せたいという思惑もある。復讐に手を貸すのも、伊万里の安全を約束したのも、伊吹を取り込む為の手段でしかなく、伊万里の水晶眼など眼中にはない。真夜からの任務を遂行しながら一ヶ月ほど経ったある日。いつもは電話か使いで来る穂波か葉山に報告して終わりなのだが、その日は弟と共に四葉本邸に招かれた。伊吹は警戒しながら真夜に任務の報告と依頼の品を渡した。その時、スカウトした理由と達也の存在を聞かされて、巷の噂に聞いていた四葉とは少し違うと感じて安心する。弟の水晶眼には興味がないと知った伊吹は、それから真夜を信頼し任務に励んでいる。真夜もそんな伊吹を頼りにしており、伊吹の復讐に暗殺部隊を動員して少しずつ京家を襲った者や狙い続いて来た者達を削っている。両親を殺害されて逃亡生活に心身共に疲弊していた伊万里も、徐々に以前の明るさを取り戻していき、今では穂波に遊んでもらったり達也の遊び相手になってあげたりと、笑顔を見せるようにまで打ち解けていた。

 

「伊吹さん、伊万里くんお疲れ様です」

 

慶春会の前に新年の挨拶を済ませていた京家兄弟に穂波は労いの言葉をかけた。穂波の振袖姿に見惚れていた伊吹は慌てて一礼したが、弟の伊万里は穂波のもとへ駆け寄っていき穂波の振袖姿を褒めた。京家兄弟は対照的な対応と言葉を発する。

 

「いえ、労いの言葉は不要です。穂波様」

養女とはいえ、深夜の娘になった穂波に伊吹は様を付けて未だに言葉使いは固い。一方、弟の伊万里は、

 

「わぁー、すっごい綺麗だよ。穂波ねーちゃん!ねっ、兄ちゃんもそう思うよね?」

 

振袖姿の穂波を見て、伊万里は興奮したように穂波を褒め、兄の伊吹に同意を求めた。自身も穂波の振袖姿に見惚れてしまった為、同意を求める弟に強く反論出来ず、いきなり穂波に駆け寄った行儀の悪さを咎める事で、伊吹は居心地が悪くなるのを回避しようとした。

 

「こら、伊万里!行儀が悪いぞ、いきなり駆け寄っては穂波様に失礼だろ。...弟が申し訳ありません。行儀の悪い所を見せてしまいまして」

 

「伊吹さん、以前から申してますように私を様付けで呼ばないで下さい。もっと気軽に呼んで下さいとお願いしてますのに」

 

「いえ、穂波様は四葉家の方ですので、当然だと思っております」

 

「私は現在四葉の者ですが、以前お話したように養女であり、元々は一般家庭の者です。そんなに気を使われては私が困ります。それより、私の振袖姿は似合ってませんか?」

 

「しかしーー、いえ、分かりました。穂波さんの振袖姿、とっても良く似合っています」

 

穂波の物言いたげな表情を見て、伊吹が観念し、畏まった言葉使いを止めて素直に穂波の振袖姿を褒めと、穂波は満足そうに笑顔になり、上機嫌でお礼を言って伊万里との談笑に戻った。その様子を見ていた深夜は伊吹を別室に呼んで二人っきりで話をする事にした。一方、深夜に呼び出された伊吹は、先程のやり取りの一部始終を深夜に見られていた事が恥ずかしかった。深夜は以前から穂波が望んでいれば、穂波に対して畏まった口調をしなくても良いと言ってくれてはいたが、実際、目の前でその一部始終を見られては話は別だ。

 

「伊吹さん、改めて、達也の護衛お疲れ様でした。お陰で達也の身を心配する事なく慶春会に望めました。有り難うございます」

 

「勿体なきお言葉、真夜様と深夜様には多大な御恩がございます。私に出来る事は精一杯やらせて頂きます」

 

伊吹は一礼し、改めて自身の決意を口にして誓った。そんな深夜は言霊を捕ったと言わんばかりに伊吹に突きつける。

 

「そうですか、なら、一つ貴方にお願いしたい事があります。...伊吹さん、貴方、穂波の事を一人の女性としてどう思いますか?本心を聞かせて下さい」

 

深夜は伊吹が予想もしなかった質問を問い掛けた。伊吹が思わず深夜の顔を見直すと、そこには嘘を付いたら許さないと言わんばかりの表情の深夜がいた。伊吹は本能的に嘘を付いたらマズイと悟って、意を決して深夜に自身の本心を打ち明けた。

 

「...穂波様は、とても魅力的なお方だと思います。自身も辛い過去をお持ちであるにも拘わらず、いつも笑顔で私と弟を迎え入れて下さり、私と弟の心の傷を和らげて下さる不思議な魅力を持たれるお方だと思っています」

 

「それは、穂波に惹かれ始めている、惹かれていると解釈しても宜しいですね?」

 

伊吹の返答に対しての深夜の直球な質問に、どう答えようと迷った伊吹だったが、此処まで来たら深夜には自身の淡い恋心を悟られていると覚悟し、正直に答えた。

 

「はい、文不相応は重々承知しておりますが、穂波様に恋慕を抱いております」

 

伊吹の正直な気持ちを聞き届けた深夜は、伊吹の予想に反して、反対する事なくお願いを口にした。それは深夜の母親としての憂いからだった。

 

「分かりました。では伊吹さん全力で穂波を落としなさい。私は現在妊娠してます。三ヶ月も経てば出産し、これまで以上に穂波は自身の幸せを後回しにするでしょう。しかし、それは私も真夜も望んではいません。穂波には、好きになった相手と幸せな家庭を築いて欲しいと願っています。貴方が正直に気持ちを打ち明けてくれたなら、穂波を託しても良いと考えていました。先程、貴方は自身に出来る事は精一杯やると仰いましたね?なら、穂波を振り向かせて、穂波と幸せな家庭を築きなさい。穂波と似たような境遇にも負けず、弟を守って来た貴方なら可能だと私は思います。此れは四葉家としての頼みではなく穂波の母親としてのお願いです。なので四葉家当主の真夜ではなく、穂波の母親の私が話す事になりました。引き受けてくれますか?」

 

深夜は四葉家の者としてではなく一人の母親として頼んでいる。勿論、真夜も知っている。伊吹は深夜達が本気で穂波の幸せを願っていると理解した。そして、その願いを自身に託してくれる二人の期待を無下には出来なかった。

 

「御意、必ずや、穂波さんを振り向かせて見せます」

 

「そう、惚れた相手には命を懸けなさい。穂波自身が幸せを掴もうとしてないから苦労すると思いますが、貴方が穂波にとって一緒に幸せになりたいと思える相手となるよう、健闘を祈っています」

 

真夜は伊吹を激励し、二人は穂波達がいる部屋に戻った。深夜と伊吹の帰りを少し心配して待っていた穂波だったが、伊吹の顔が何処かスッキリとした表情になっているのを見て安心する。そんな穂波の前に来た伊吹は、早速穂波を今度の週末に食事に誘う。いきなりのデートの誘いに穂波は深夜を見返したが、深夜は笑顔で無言のまま、穂波に決断を委ねた。釈然としない穂波だったが、伊吹の嬉しい変化に答えて承諾した。それから何度かデートを繰り返して二人は交際する事になった。初めは守護者(ガーディアン)としての職務や、達也の事、産まれて来る義妹(いもうと)の事を考えて自身の幸せよりそちらを優先しようとしたが、伊吹に惹かれている自分の気持ちを自覚した事と、深夜達にも自身の幸せを優先しなさいと云われ、穂波は伊吹と結婚を前提にした交際をスタートさせる。二人の交際の知らせには深夜達双子も、葉山やメイド長の白川など、達也の周りにいる者達は笑顔で祝福してくれた。当然伊万里も兄と穂波が一緒になる事を喜んでいた。

 

三月も後半に入り深夜の出産予定日も一週間に迫った、雪が降り積もった三月二十五日。前日の夜から突如襲ってきた陣痛に深夜が苦しんでいた。急いで専属の助産師が本邸に呼ばれ、深夜は敷地内にある施設に移された。穂波は一緒に分娩室に入り深夜を励まし続け、三時間後、赤ちゃんの産声が聞こえて、暫くして助産師が出てきた。駆け付けていた真夜達に向かって助産師が告げる。

 

「おめでとうございます。御当主様。3020グラムの元気な女の子です。予定日より一週間早かったですが、母子共に健康に異常はありません」

 

助産師のその一言に出産を待ちわびていた真夜達は、各々が笑顔で手を叩きながら祝福した。

深夜の出産に立ち会った穂波は、新しい命の誕生に、そして自身の義妹(いもうと)の誕生に感動し涙を流して喜んでいた。綺麗にされた赤ちゃんが前日からの激しい陣痛と出産で憔悴した深夜の腕の中に収められる。待ち望んだ娘の誕生に深夜自身、涙を浮かべていた。その後穂波に付き添われて来た深夜と赤ちゃんは病室で真夜達と対面。無事に出産し小さな女の子と共に幸せそうに戻ってきた姉に、真夜は涙を浮かべて駆け寄った。姉の苦労と尽力を全て知っている真夜は、漸く、姉の幸せが一つ叶ったのを実感して涙が止まらなかった。いつも妹の自分を優先してくれた、優しくて強い姉に真夜は感謝の気持ちで一杯だった。同時に迷惑をかけ続けた姉に申し訳ない気持ちも大きかった。そんな姉の幸せような表情を見て、涙が止まらず、真夜は人目を気にせず泣き続けた。 真夜の号泣に、周りの一同が仰天の表情を見せる事になったが、野暮な口を挟む者は誰も居なかった。憔悴した深夜が真夜の頭を軽く撫でて、真夜を何とか泣き止ませる。こんな時でも深夜はしっかり姉だ。後日、雪深い日に産まれた女の子は、深夜によって深雪と名付けられた。こうして産まれた女の子は達也同様、深夜を慕う者達から愛情を受けてスクスクと成長し、新たな重要メンバーに育っていく。




今回は西暦2080年の慶春会~深雪の誕生まで描きました。 穂波も恋人をオリジナルキャラを出して宛がう事にしました。今後も達也の成長と共にオリジナルキャラを出して行きたいと思います。
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