深夜の出産を集まった者達は改めて病室で祝い、各々が祝いの言葉を深夜に伝えて、病室を後にした。残った真夜と穂波は、深夜とこの至福の
「みいーや、いーこ」
流石に発音まで完璧とは言えないが、達也は覚えたての単語を使い深夜達三人を驚かせる。偶然か、意図して話したのか、三人には判らなかったが、達也は確かに深夜を労ったように見えた。いや、この場合は褒めたという方が正しいのかもしれない。達也は真夜をママではなく、何故か深夜のマネをして名前で呼ぼうとする。それを面白がった真夜が、深夜を喜ばせようとマネして覚える赤ちゃんの習性を利用し、深夜も名前で呼ばせる練習を密かに行っていた。それに加え普段から達也を良い子と、よく褒める三人のマネをしてその単語も覚えている。しかし、このタイミングでまさか達也がその二つの単語を話すとは思ってない三人は、目を丸くして、暫く固まって達也を無言で眺めていた。そんな三人を他所に達也が上機嫌で手を叩きながら連呼する奇妙な光景が病室で広がっていた。
達也の予想外な言動に暫し固まってしまった三人。だが、最後は結局そんな達也をいつも以上にベタ褒めする三人の姿があるのであった。その後深夜の授乳が終わり、赤ちゃんが助産師に連れて行かれるのを見届けた真夜は、達也を連れて屋敷に帰って行く。穂波は深夜が休むまで側にいようと病室に残り、疲れている深夜の世話を甲斐甲斐しく行う。そんな穂波を深夜が呼び止め、おもむろに語り出す。
「穂波、少し話したいから其処へ掛けなさい」
穂波が頭に
「穂波、私の出産を見て、何か感じなかった?」
「そうですね...とても感動しました。
穂波は深夜の問い掛けにそう答えながら、自身の中で大きく
「そういう事を聞いてるのではないわ。私が尋ねているのは、穂波...貴女も伊吹さんとの子供を強く欲しくなったのではないかという事よ」
!!?深夜のその言葉は、穂波の中で蠢く感情に確かに色を付けた。これまでにも何れは母親になりたいと思った事はある。それは漠然としたものだったが、女性としては当然である。しかし深夜の
「....しかし、それでもまだ私達は交際して日が浅いですし、伊吹さんがどう思っているか判りませんし、籍だってまだ...」
穂波は自身の衝動に色が付いた事で別の意味で慌てていた。婚前交渉が良しとなれない昨今、深夜の
「確かに交際して日が浅いのは事実ですが、籍ならいつでも
病室での深夜と二人だけの会話は、穂波の心を揺れ動かすには充分過ぎるほどである。穂波との話を終えて、眠りに就いた深夜を確認してから穂波は屋敷に戻った。真夜に深夜の様子を報告した穂波は、自身の部屋に戻ると、そこには何故か伊吹がいる。驚いた穂波が伊吹に問うと、伊吹は真剣な顔で穂波に椅子に掛けるよう告げて、話を切り出した。
「真夜様から宿泊を提案されてね、穂波さんと直接話したい事もあったし、お言葉に甘えさせて貰う事にしました」
伊吹の口調は以前とは違い、穂波に対して、畏まった言動はしなくなっていた。穂波から交際する際に、条件として対等な関係を築きたいからと禁止され、伊吹はその条件を飲んだ。
「まだ
穂波の部屋は本邸とは別にある離れにある。深夜の部屋もこの離れにあり、一番大きい奥の部屋だ。穂波は伊吹が自身の部屋で待っていた事より、伊万里の姿が見えない事が気になっていた。
「伊万里なら、裏の森で稽古して来ると言って出て行きましたよ。最近は稽古にも精を出して、体術も陰密術も凄く上達して来ましたよ。...穂波さんに相談...というか、何て言うか...」
何故か話したいと言った伊吹の歯切れが悪い。自身も先ほどの会話で生じた葛藤を整理する為の時間が欲しかった穂波は、歯切れの悪い伊吹を一度部屋から追い出そうか迷っていた。嫌な雰囲気を感じ取った伊吹は、一度深呼吸して、意を決して穂波に話し出した。
「...真夜様から僕を
伊吹は背筋を伸ばして穂波に告げる。突然真夜から伊吹へ打診されたという話に、穂波はどう反応したら良いか解らない。もし京家が分家に加われば、あの一癖も二癖もある当主達と表立って伊吹は対立する事になるのだ。そうなれば、当然、弟の伊万里も標的にされるかもしれない。真夜と深夜が居るとはいえ相手は四葉の魔法師、本気で戦闘に発展すれば、真夜達も無事に済む保証は何処にもない。そのぐらいの相手だ、伊吹とて、それぐらいは理解しているはず、それにも拘わらず、伊吹は真夜からの打診に後ろ向きの様子はなかった。その事が穂波を一層混乱させる原因でもある。穂波は伊吹に話を承ける気があるのか、まずははっきりさせる事にした。
「京家の生き残りとしては、真夜様からの打診を承けても良いと考えています。真夜様には多大なご恩がありますし、今では守りたい存在は伊万里だけではないですしね」
「伊万里くん以外に守りたい存在ですか?」
「はい、それは勿論穂波さんですよ。深夜様からも以前云われた事ですが、惚れた相手には命を懸けろと。勿論、伊万里が己で身を守れるまでは僕が守るつもりですが、深夜様が仰ったのはそういう意味ではありません。僕もその意味を理解しているつもりですし、生涯守りたいと思う穂波さんを、僕なりの覚悟を示して共に歩んで行きたいと考えています」
伊吹は照れもせず、堂々と自身の決意を口にする。伊吹のプロポーズとも受け取れる決意を聞かされた穂波は、病室での深夜の言葉を思い出していた。「穂波...貴女は自分の幸せを優先しなさい」二度、三度、頭の中で再生された言葉が胸の奥に染み込んでいく。これまで以上に危険に晒される可能性があるにも拘わらず、決意した伊吹の顔を見て、やっぱりこの人の子供が欲しいと、穂波は改めて実感した。然して、決定を委ねられた形の穂波は、京家の分家入りを賛成する事にした。賛成した事で覚悟を決めた穂波は、続けて伊吹に自身の正直な願望を口にする事にした。
「伊吹さん、貴方の子供が欲しいです」
穂波の発言で、伊吹の色情が最高潮に達するのは一瞬だった。伊吹は穂波をベットに押し倒して穂波の唇を奪った。穂波も欲情した見たこともない伊吹を受け入れ、二人は激しく互いを求め合った。穂波は防音障壁を部屋に張って、初めて身体を貫かれる激痛に堪えながら、女としての幸せを感じていた。
翌日朝食を済ませた二人は、真夜に京家の分家入りを承諾した事を告げた。同時に、伊吹は穂波を京家に迎えたいと申し出る。穂波に目線を移した真夜に照れ臭そうに穂波は頷く。二人の間に何があったのか察しがついた真夜だが、不粋な事は口にせず、二人の決断を笑顔で祝福する。深夜にも報告しておくよう告げて、二人に退室を許可する。その後、見舞いに訪れた深夜に真夜と同様に報告して深夜からも祝福の言葉を受け取った。穂波を姉のように慕っている伊万里も二人からの報告を受けて、京家三人での新たな門出を喜んだ。
その後伊吹と伊万里は、現在の住居がある静岡から四葉本邸の敷地内にある別邸に引っ越し、穂波との三人での生活が始まった。間もなく穂波の懐妊が発覚すると、
九月三日、黒羽亜弥が双子を出産、姉を黒羽亜夜子と名付け、弟を黒羽文弥と名付ける。重蔵を始め、父親の貢も待望の息子と娘の誕生に黒羽家は湧いた。何れはどちらかを、四葉家当主に据えて実権を手にしたい重蔵は、長期的な計画を立て、何れ自分達の敵になるであろう真夜の息子達也と接触をなるべく避ける方針を固めた。
ーー西暦2081年1月1日ーー【慶春会】ーーー
真夜の口から正式に京家の分家入りが発表され、伊吹と伊万里も新年の祝いの席に名を連ねた
。改めて伊吹が京家当主として一族の前で挨拶を行い、弟の伊万里と穂波も、伊吹に続いて一言述べた。昨年とはまた違う冷やかな視線を三人は受けながらも、無事に今年の慶春会も乗り切った。同年、三月十四日、真夜と深夜が達也と深雪を出産した施設で、穂波も初産を迎えた。穂波の出産には夫の伊吹が立ち会い、二十時間掛かる難産だったが無事出産する事が出来た。母子共に問題はなく、心配していた深夜達も知らせを受けて漸く安堵した。産まれたのは黒羽家の文弥と亜夜子と同じ双子だ。姉を穂波の一文字を貰い
三月二十五日、深夜の娘、深雪の一才の誕生日を迎えた。深夜の構造改変魔法と独自の調整技術、遺伝子操作を駆使して不要な因子を全て排除して産まれて来た深雪は、期待に違わぬ魔法資質と、精神干渉系魔法を備えていた。同時に精神を凍結させる系統外魔法で、深雪のBS魔法して固有魔法、コキュートスまで備えている事が分かっていた。英作が期待した通り、達也の対抗手段になり得る存在になる。英作にこの事が露見すれば、分家達に利用されかねないと感じた真夜は、英作に深雪の固有魔法の存在を黙っている事にした。深雪が万が一にも達也にコキュートスを使用しないように対応策を考慮する事になった。深雪は達也と比べると格段に成長が遅いように思えたが、達也の成長速度が異常に速いだけで、順調に成長している。深夜も深雪を溺愛しており、徐々に自身に似て来た愛娘に最大限の愛情を注いでいた。深雪の誕生日は深夜達で盛大に祝われ、集まった者達は確かな絆が形作られていた。
四月二十四日真夜の息子、達也二才の誕生日を迎えた。真夜は朝から張り切っていた。あまり料理は得意ではない真夜だが、愛する息子の為誕生日ケーキを焼いていた。何度も失敗しながら、挑戦し、最高の誕生日ケーキをプレゼントすべく試行錯誤を繰返しながら、漸く、誕生日当日、自信作の誕生日ケーキを完成させた。当の本人は目覚ましい成長を見せていた。産まれたばかりの頃は白みがかった銀髪だった髪も、何故か白みが増し、輝いて見える様は神秘さを増していた。伸長110センチ、体重も22キロにまで達し、幼稚園児と混じっても遜色ない体格にまで育っている。好奇心旺盛で頭脳も二才児とは思えないほど賢く、父親譲りの身体能力をも発揮して裏山を駆け回るなど、真夜だけでは手に負えず、伊吹や執事達まで駆り出されるほどだ。ある日目に涙を浮かべた達也を抱えて、伊吹が真夜のもとへ帰ってきた。伊吹の慌てように
しかし伊吹の話を聞いても、達也が泣いている理由が解らなかった真夜だったが、伊吹の話の続きを聞いて愕然とした。再生を行使した達也は急に苦しみ出したという、幸い命に別状はなかったが、再生を行使した際のリスクが浮上し、詳しく調べる事になった。深夜の手も借りて調べた結果、再生は対象が24時間内であればエイドスを全て読み取ることで、損傷前のエイドスを現在のエイドスに上書きして損傷をなかった事にする魔法だと分かった。その際、読み取ったエイドスには苦痛も含まれる為、使用した達也自身に遡った時間に比例して、何倍にも凝縮された苦痛が、精神と神経に還元されたという内容だった。調査結果に達也が受けた苦痛を想像しながら真夜は唇を噛み締めた。真夜は苦渋の決断を迫らせていた。今後、達也は再生を行使する度に精神と神経にダメージを受ける。達也を守る為、実戦的な訓練を行う事で痛みに慣れさせる事を選ぶ。一年計画を前倒して、伊吹に体術の稽古をお願いした。それだけではない、近接戦闘訓練をも頼んだ。伊吹は真夜の言葉を正気の沙汰とは思えず耳を疑ったが、悲痛な真夜の表情を見て、事態は思っている以上に深刻だと悟り、心を鬼にして真夜の頼みを聞き入れた。その夜真夜と伊吹から解決案を聞かされた深夜と穂波、小学六年生になったばかりの伊万里と三人が反対したが、二人の説得を受けて渋々同意した。深夜と穂波はこれから過酷な訓練が待ち受ける達也を思い涙を流した。主要なメンバーで話し合った日から一週間が経ち、達也の二才の誕生日を迎えた。翌日からは過酷な訓練が達也を待ち受けている。今日は達也にとって平穏な日常最後の日なのだ。盛大に誕生日を祝い、真夜から達也へ訓練の事が告げられた...
翌日から伊吹は心を鬼して達也との訓練を行った。達也は蹴られ、殴られて泣いていた。それでも伊吹は訓練を続けた。来る日も来る日も達也を痛たぶり続けて、達也も泣きながら訓練の日々に身を置いた。虐待とも云える訓練の日々だったが、真夜達は訓練から帰ってきたボロボロの達也を、毎日涙を流して労った。それだけが幼い達也にとって心の支えであり、寸前で暴走せずに済んだ理由でもある。
訓練に際して、達也の食事はこれまで以上に栄養に気が使われた。今でも父親の血筋のお陰で丈夫な身体を持っている達也だが、過酷な訓練にも耐えられるよう更に栄養を与えられた。日々訓練は過酷さを増していくが、達也は予想を遥かに越える速度で成長していき、伊吹に反撃するまでになっていた。達也の潜在能力と、飲み込みの速さに伊吹は驚き、達也の肋の骨を折ってしまう。然し、達也は表情を歪ませ目に涙を浮かべるものの、次の瞬間には伊吹に再び反撃して来た。肋が折れた瞬間達也の自動修復機能が発動していた。伊吹にも感知出来ないほどの一瞬で、達也は自身を遡り、
訓練後、真夜に一連の出来事の報告を行い、真夜が伊吹の判断で攻撃の強度を上げるよう指示した。伊吹から報告を受けた真夜は、この日もボロボロになって帰宅した我が子を労りながら胸が張り裂けそうになった。そんな真夜を一番辛い筈の達也が真夜を優しく抱き締める。我が子の優しさで余計に悲痛な心境になってしまった真夜だったが、達也に勘付かれないように、必死にそんな自分を押し殺していた。
達也の訓練を開始してから半年経ち、分家の者達の間でも達也に対しての、異常とまで云える訓練の噂が広まっていた。訓練の理由を知らない者達は好き勝手な憶測を飛ばして、達也を危険視していたと同時に、事故を装って殺害をも企てようとしていた。達也の出生の秘密を知らされていない女中達も、そんな達也を気味悪がって近付こうとすらしなかった。中には神秘的な容姿に惹かれ、世話を望む者もいたが、達也の存在は暗黙の決まり事で干渉する事さえ禁止されている状態だった。
時は過ぎ、新年を迎えて一層過酷な訓練に変貌した。伊吹も徐々に加減の程度を引き下げていく。伊吹の娘と息子の水波と伊織が一才の誕生日を迎え、その二週間後には深雪が二才を迎えた。深雪も成長し、幼いながらも達也に興味を持ち出していた。しかし、深雪の固有魔法に対する解決法が未だ見つからず、解決法が見つかるまで達也とは過度に接する事は控えさせている。部下の報告から日に日に戦闘能力を向上させていく達也を、これ以上放置出来ないと判断した人物が、ある計画を実行しようとしていた。それは達也が三才の誕生日を迎えて暫くしての事だった。遂に達也が分解を【初めて行使する出来事】が起きる。分家の一人が刺客を送り込み、訓練を終えたばかりの伊吹と幼い達也に数人で襲い掛かって来た。伊吹は咄嗟の出来事にも拘わらず、魔法の兆候を察知し古式術式で緊急回避を試みた。しかし、標的の先には達也が居た。伊吹は緊急回避を断念して、達也を攻撃から守る為自身を盾にして達也に覆い被さった。鈍い肉が裂ける音、鉄の匂いが達也を襲う。達也に怪我がない事が分かると伊吹はその場に崩れ堕ちた。伊吹の内部から飛び散った血が達也の目尻を紅く染めたと同時に、達也から黒い想子が溢れだし渦を巻いて達也の周りで激しく活性化した。達也の眼は鋭く刺客達を捉えていた。達也が右腕を左胸から右側に勢いよく振り抜くと、達也の領域干渉内にいた刺客達は一瞬にして跡形もなく消え失せた。それは達也が標的にした全方位、領域干渉内に存在する物質を原子レベルまで分解する魔法。圧倒的な魔法力と想子保有量を持つ
伊吹と達也は急いで本邸に戻った。凄まじい魔法の発動兆候を感じ取った真夜達は達也と伊吹を慌てて出迎えた。興奮状態の真夜は達也に異常はないか隅々まで検査していた。伊吹の口から先程の出来事を聞かされた真夜は激しく憤っていた、直ちに報復を行いたかったが、黒幕がハッキリしない。心当たりが有り過ぎて話を聞いただけでは特定は出来なかった。犯人を訊問や拷問をしようにも、達也が跡形もなく消し去ってしまっている。今回に限っては、特定するのは困難だった。一方、予定の時間になっても連絡がない事に苛立ちを覚えているのは、今回の黒幕の人物だった。細心の注意を払い、完璧なタイミングで奇襲を仕掛けたにも拘わらず、計画は失敗してしまった。今回の失敗で真夜達が警戒度を引き上げるのは明白で、今後、単独で
三才にして実戦を経験する事になった達也にも幼児らしい夢があった。其れは達也が真夜と読書をしている時の事だった。知識欲もこの頃から躊躇になって来た為、達也がリクエストした図書を真夜達大人で解説しながら、読書と勉強を兼ねて行っていた。達也に瞬間記憶能力が備わていると分かった時には、あまりの高スペックぶりに大人達は感心するより若干呆れていた。ある日真夜と物理の勉強をしていると、達也は幼児らしい壮大な夢を真夜に告げた。それは達也にとって初めて出来た夢でもある。真夜は笑顔で達也なら将来出来るわよ、と子供らしい発想を口した息子を愛でながら、一緒の時間を過ごす幸せに浸っていた。そんな真夜に達也は一つ約束をした。勿論、おとぎ話のような夢を真に受ける真夜ではないが、達也の夢を壊さないようにお願いする事にした。当の達也は幼いながらも本気だった。その夜、真夜が昼間達也が口にした壮大な夢を深夜達に聞かせてみた。深夜達は子供らしい壮大な発想と夢を、達也が自信満々に話す姿を想像しながら、達也が将来どんな大人になるのか談笑していた。
今回は話が結構進みました。達也の初めて分解は、【全方位分解】です。領域干渉内であれば
、かなりの数を対象に出来ます。密集地帯では味方まで巻き込む恐れがある。この魔法から、他の分解魔法が派生します。