真夜は東道との会談を終えて、達也の研究兼実験所がある施設に来ていた。真夜を引っ張って来た達也が何やら話しているが、上の空で全く頭に入って来なかった。
真夜は悩んでいた、自身の予定に大幅な修正が求められるかもしれない今の状況に。四葉を出るのは、達也の【成人の儀】を目安にして、あらゆる準備と計画を進行させてきたからである。それでも分家の当主達の想像よりも早く当主の座を降りて次期当主を発表する事になる。準備に関しては、一族の目を欺いて計画を完了させるには充分だと真夜は考えていた。達也が十三才を迎える年の慶春会で次期当主を発表し、四ヶ月という短い期間で引き継ぎを行う事で此方の思惑を探る
深夜は妹とあの無碍には扱えないスポンサーとの会談の様子が気になっていた。達也の父親について既に知られているとすれば、妹にとって良くない状況に陥るのは目に見えている。達也に受け継がれている遺伝子は、伝説上の遺伝子と言っても過言ではない。それだけではなく相手は魔法師を兵器としか考えない思想の持ち主。深夜はその事を元蔵から聞かされて知っていただけではなく、実際に話してみても同じように感じた。そんな相手がただ達也との面会を求めてきただけとは考えられない。達也は深夜にとっても息子同然に可愛がっている存在であり、自身が唯一愛した男性の血を受け継ぐ者でもある。深夜は自身が選ばれなくとも、それでも想いを募らせ続けた。いや、亡くなった今も尚想い続けている。
その夜、真夜に会談の内容を詳しく聞くべく真夜の書斎で二人だけで密談していた。真夜の話では相手はかなり此方の情報を得ているらしい、悪魔の一族の事から此方の計画と実行時期に至るまで。流石にそこまでは想定外だった深夜だが、まだ他にもあるのか切り出し難そうな真夜を見かねて、会談の全てを話すよう詰め寄った。すると、真夜が達也殺害を目論む分家の当主達を近々一掃しようとしていた事を告げられる。それを東道に計画を見破られ、思い止まるよう説得されたばかりか、代案として四葉から出る計画の前倒しまで勧められて決断を迷っているという内容だった。深夜は真夜の計画よりも何の相談もなく全てを一人で背負おうとしている事を責め、真夜の頬を平手打ちで
「真夜、私が怒っている
真夜は
「貴女が達也を出産した時に、言った事は覚えてるでしょう?」
「それは、覚えてるわ。...それでも極力姉さんには辛い思いはして欲しくないの」
深夜があの日、「何があっても守るから安心しなさい」と宣言してくれた事は嬉かったし、心強かった。信頼も頼りにもしているが、どうしても苦難な道に引きずり込んでしまう姉に対しての罪悪感が拭えない。深雪を出産した時の幸せそうな姉の顔がいつも
「真夜、私の眼を見なさい。...この際だから告白させてもらうけど」
深夜に促され、真夜は目線を深夜に合わせる。すると深夜が告白した。
「私は今でも彼の事を愛してるわ。それは彼が貴女を選んだ時も、亡くなったと聞かされてからも、この気持ちが色褪せた事は唯の一度も在りません。...妹の貴女に嫉妬した事は数えられない程あるし、涙で枕を濡らした日も一度や二度ではないわ。真夜、私はね、貴女の息子だからという理由だけでなく、愛した人の子供だから守りたいという女としての願望もあるの。私の想いを余り甘く見ないで頂戴」
深夜の想いを綴った告白に真夜は何も言えなかった。確かにその通りだった。女としての幸せを自分は少しの間だが確かにベンジャミンから貰った。それに対して深夜は一度もそのような経験はないのだから。自身の身勝手ばかりで振り回していたとばかり思っていた真夜は、深夜の覚悟の意味を初めて知った。
「...分かったわ、姉さん、此れからは辛い決断も一緒に背負って頂戴」
「えぇ、望むところよ、彼へのこの想いは真夜にも負けないもの」
「ふん!幾ら姉さんでもそれだけは譲れないわ!私の方が彼を愛しています」
「いえ、私よ」
「私!」
子供の様に二人で張り合う内に、何時しか重苦しい空気は消えて二人は笑い合った。約二十年お互いが話題を避けて来た為、知らず知らずの内に胸の奥に棘が突っ掛かっている心境だったが、それが今日取れたような気がした。暫く笑った二人は今後の方針を決めるべく本音で話し合う。まずは達也護衛の強化の為、人員の増強と一日のスケジュールを決めた。次に分家の当主達の処遇と東道からの代案についても話し合った。二人の話し合いは難航し、揉めに揉めて朝方近くに話は一応の纏まりを見せた。続きはまた夜に話し合う事になり、一端此処で中断された。達也の護衛強化に関しては、この日から実行に移された。
そしてその夜、二夜続けて二人の密談は続く。その次の夜も、その次の夜も...四夜続いた密談は此れからの方針に決着を着ける事になった。流石に四日続けての徹夜に、双子は疲労の色が隠せない。そして真夜は深夜と話し合って決めた方針を、東道に連絡し、自分達の決断を伝えた。その際に真夜は東道に対して支援と協力を求めた。東道は真夜からの要請に頷き承諾し、日時について話を聞いた。
東道との電話を終えた真夜は、深い溜め息を溢して椅子に腰掛けた。暫くまともに寝ていない真夜は自身の書斎でそのまま寝てしまった。
翌日、真夜達が新たに方針を固めて決意新たに行動を起こそうとした矢先、葉山から知らせが入った。其れは黒羽重蔵の訃報であった。二時間前に突如苦しみ出した重蔵はそのまま息を引き取ったとの事で、死因は心筋梗塞だという。幾ら現代の医学が発達したと云っても、其れは決して万能ではない。後日重蔵の訃報により一族総出で重蔵を見送った後、その場で真夜から黒羽家の当主に貢が任命されたと同時に、集まっている者達に衝撃な発表が真夜の口から告げられた。そして一週間後再び一族に対して本家への召集が掛かった。 余りの急な展開に誰もが言葉を発する事が出来ないまま、真夜は本邸に帰って行った。真夜の発表の真意を確かめる為、英作は真夜と話し合う事にした。そこで真夜の真意と決断を聞かされた英作は頭を悩ませた。説得を必死に試みたが、東道がこの話に絡んでいると解ると眼を見開き無言になる。其れでも納得出来ない英作は、理由について尋ねると分家の当主達の計画を知らされた。話終えた真夜の眼は此れでもこちらは譲歩したと言わんばかりの表情であった。英作は具体的な解決案が直ぐに思い付く筈もなく、真夜の決断を黙認する形になってしまう。 こうして一週間が経ち、再び本家に一族が集った。 この場には真夜に召集され子供達も、執事もメイド達も集められている。真夜が軽く挨拶も済ませると、直ぐに本題に入った。
「それでは、本日お集まり頂いた理由の次期四葉家当主を発表します」
真夜の言葉を遮り、其れを口に出したのは新発田理であった。
「御当主様、幾らなんでも急過ぎるのではありませんか?何故、このタイミングなのですか?その理由もお聞かせ頂きたい」
近頃では既に真夜に対しての尊敬も畏怖すらも分家の当主達からは余り感じられず、こうした不躾な言動が目立って来ている。真夜は何時にもなくそんな理を睨めつけた。重苦しい空気が辺り一面を覆うが、分家の当主達は其ほど臆した様子は見られない。しかし両者の関係を知らない分家の家族や、執事とメイド達の顔は強張っている。そんな中、真夜の代わりに深夜が口を開いた。
「理さん、四葉家の当主が話しています、口を閉じて黙って聞いて下さいな」
深夜はそう告げると、自身の精神干渉魔法の起動式を組み上げた。以前、理自身も行使された魔法に思わず身構える。いきなりの展開にその場にいる者達は各々の反応を見せる中、英作が理を諌め、理は唇を噛み締めて押し黙った。深夜と英作の援護を受けて、真夜が再び本題に入る。
「余計な茶々が入りましたが、改めて次期四葉家当主を発表します。次期当主は津久葉冬歌さんに任せたいと思います。師族会議にも津久葉家の存在を明かし、正式に冬歌さんを後継に指名する事をお伝えしたいと思います」
「え、私ですか?」
此処までの話の流れにもついていけてない冬歌は、自身が次期当主に指名されるなど微塵も思っていなかった。逆に内心で期待していた理を始め、他の分家の当主達は冬歌が指名された事に納得がいかない。すると、真夜の一声でその場に達也が登場した。これまで秘匿されていた達也の登場に分家の当主達の顔は苦い顔に変わり、素性を知らない者達は訝しげな表情と困惑の顔に変わっていく。騒然の中、真夜から自身の息子だと紹介されて、明かされた者達は絶句していた。そして冬歌を指名した理由として達也殺害を目論んだ分家の当主達の名が明かされ、辺りが夜に包まれた。自分達の動きを知られていると思っていなかった反逆者の一人が、自分達が此れから辿る結末に抗うべく反撃に出る。しかし、その魔法が発動される事なかった。
彩歌が理の止血を済ませると、真夜は達也殺害を目論んだ者達を粛清するつもりだった事を告げた。しかし深夜と話し合った結果、東道の提案通り予定を早め、四葉を去る事を決めたと発表する。東道の名と、四葉を去るという事を決断した事を告げられた大人達は放心状態であった。そんな放心状態の者達へ向けて真夜は宣告する。
「今回は姉の温情を汲んで粛清は行いませんでしたが、今後私達に干渉する事があればその時は容赦はしません。それだけ理解してもらえれば此方から皆様に対して干渉する事は在りません。その事を肝に命じて下さい」
直系が二人も四葉から脱退する事など有り得ない話だが、一同は平伏するしかなかった。東道の協力を受けているとなれば、四葉としてもこれ以上の足掻きは無意味であった。下手に刺激して一掃される事に比べれば、二人が荒らした秩序を正して四葉家を再興する事の方がメリットは大きかったのである。
こうして冬歌は四葉冬歌に名を改め、四葉家の当主に就いた。暫くは真夜から引き継ぎを受けて日々を過ごす。英作にも助力を貰いながら四月を迎え、何とか完全に冬歌に業務が引き継がれた。真夜達が去った後は、引き続き英作の助言は行って貰う事になった。
西暦2084年4月18日、魔法師界を震撼させる出来事が起きる。真夜から師族会議に対して津久葉家の存在が明かされ、次期当主に冬歌が就任した事が発表された。各家から詳しい説明を求める声と驚きの声が上がる中、七草家の弘一だけは新たな野望に胸を膨らませていた。
達也五才の誕生日を迎え、真夜達は三家纏めて引っ越しを行った。真夜は以前から新居については用意していたが、暫くは東道が用意した住まいに御世話になる事にした。理由は予定以上の大人数になった為、隣の家も買取り改装し、地下通路で互いの家を繋ぐ工事と、達也の為の施設を新たに地下に造る工事を行う為だ。
それから半年ほどが経ち、工事も完了した新居への移動が決まり総勢九人での移動が決まった。その際、新たに家政婦を二人雇う事になる。葉山達は四葉家の執事という事からそのまま残して来た為、新しい生活に執事はいない。
この半年で真夜と深夜はエステサロンを開業、新しい化粧品も開発し、美しい双子の姉妹が営むお店と化粧品は瞬く間に大好評となった。二人には経営の才能もあり、新居へ移る頃には二つ目の店舗もオープンするまでになっていた。裏の稼業も引き続き東道からの依頼で行われ、伊吹が此れまで通り担当する事になった。この為、生活していく資金に困ることは結局無かった。そんな真夜に接触しようとして来たのが七草弘一である。再婚した妻にも先立たれ、再び独身となった弘一は今度こそ真夜と婚姻を結ぼうと、四葉の庇護が及ばない真夜に迫ろうとした。しかし弘一が接触を図ろうとすると、正体不明な勢力に邪魔される。実は弘一の行動を先読みした深夜から東道へ助力が求められていた。そうした経緯もあり弘一は接触出来ずにいた。
それから一年の歳月が過ぎ、英作の訃報が葉山によって知らされる。真夜達は分家達からの反発を受けて葬儀には出席出来なかった。英作の死去により新生四葉は、激しい権力闘争が内部で起きる事になる。その為、此れまで以上に四葉の悪名が世間を轟かせる事になった。
更に二年の歳月が過ぎた。この頃になると伊吹でも体術の相手をするのに苦労し始めていた。そんな達也の相手を東道が九重寺の九重八雲に体術の指南を依頼する。世捨て人の八雲にとっても、東道は無下には出来ない。それに四葉の情報を探っていた八雲にとっても、達也の存在は興味深いものであった。八歳にして果心居士の再来として【今果心】の異名を持つ九重八雲の最年少の弟子となった。