この日の真夜は朝から上機嫌な様子。その理由は、待ちに待った達也との
真夜が此処まで張り切ってしまう原因となったのが達也の留学である。それは二年前の達也十一才の誕生日に起きた。真夜は毎年のように達也の誕生日を祝うつもりで当日を迎えたのだが、その席で達也から突如留学の意思を告げられ、真夜は物凄い剣幕で猛反対した過去がある。達也を異国に一人留学させる事など当時の真夜にとっては受け入れられるものではなかったが、結局は達也に説得され泣く泣く承諾する事となった。年々、父親を彷彿させる様に心身共に成長する達也を誇らしくもあったが、同時に逸物の寂しさも真夜は感じており、達也が留学してからは寂しさで泣いた日もあった。留学してからは会えない時間を埋めるかのように真夜はデートを楽しみにしている。
今日の深夜は真夜に負ず劣らず
そんな上機嫌な二人と本日デートする張本人は深雪達を見送った後、大学の課題に目を向けていた。達也は十三時に代官山の待ち合わせ場所に到着しなければならない。代官山は真夜達が経営している店舗があり、今日はそこで真夜達はエステを受けている。達也は充分綺麗な双子がデート当日までエステに行く必要はないと思ったが、少しでも綺麗な姿でデートしたいという二人の気持ちを汲んで、望み通りエステが終わる頃に待ち合わせする事にしたのだ。達也は二時間ほど勉強した後、軽くシャワーを浴びてから身支度を整えて、
その日の夕方、達也達三人は夜遅くに帰宅予定な為に、深雪は帰宅後京家にお邪魔していた。家が隣り合わせという事もあって普段から日常的に訪れており、深雪にとっても我が家といった様子で寛いでいる。深雪、水波、穂波の三人がリビングでお茶をしながら話していると、少し水波の機嫌が悪くなっていた。理由は滞在日数が残り少ない達也を、真夜達が今日一日独占しているからである。水波達は既に新学期が始まっている為、只でさえ一緒に過ごす時間が少ない。達也自身も帰省中に行わなければならない事が多く、水波達と一緒に過ごす時間はそれほど多くはなかった。穂波は水波の心情も理解出来るが、真夜達がこの日をどれだけ楽しみにしていたかを知っている為、水波が本格的に
深雪も本当は思う所があるが、中学生になった自分まで不機嫌な態度を露にして、大好きな穂波を更に困らせる結果になる事だけは避けたかった為、深雪は感情を隠して水波を宥めていた。しかし穂波は何か不満げな様子を感じ取っていた。只、何に対して不満を抱いているのか穂波にははっきりとは分からなかった。それは深雪が水波や伊織の様に達也に懐いているとは言えず、寧ろ避けているような印象さえ見受けられる事が原因だった。達也もそんな深雪にあまり関心がないのか、積極的にコミュニケーションを取ろうとはせずに来た為、二人の仲は良いとは言い難いのが現状である。只、何かのキッカケさえあれば二人の仲も良くなると穂波は考えており、いずれ時が来れば解決する問題だとそこまで深刻には捉えていなかった。
暫く穂波達が話していると伊吹が帰宅して、伊織もリビングに降りて来た。穂波が夕食の仕度を整えた後、五人で夕食を囲む。穂波の料理の腕は中々の物であり、深雪達は穂波の手料理に舌鼓を打ちながら五人での食事を楽しんだ。
その後水波は学校の宿題、深雪は習い事のピアノの練習して過ごした。そうこうしている内に夜が更けてきて、深雪は水波と二人で風呂に入る事にした。日頃から互いの家を往き来している為に、一緒に風呂に入る機会も多く、二人であれこれしている内につい長風呂になってしまいがちだ。互いに髪を洗い合ったり、湯船に浸かりながらガールズトークをしたりと、姉妹のように仲が良い二人は、この日も結局長風呂が原因で穂波に叱られてしまう。
風呂から上がった二人は、既に就寝時間を迎えていた為に水波の部屋へ向かい、二人仲良く同じベットに入った。深雪がお泊まりする時は何時も水波と一緒に寝る。暫くすると水波は寝息を立てて夢の中へ旅立って行ったが、深雪は中々眠気がやって来なかった。妙に冴えた頭で一人深夜達が今頃どうしているのか気になって、何故だか言い知れない感情が深雪の中に沸き上がって来る。深雪は異性とデートした経験はないが、十三才の少年があの二人をエスコートする事が、並大抵な事ではない事ぐらいは想像出来た。普段から
「どうして?私があの人の事でこんなに苦しい思いをしなければならないの...」
静寂の中で一人小さく呟いた深雪の言葉は、誰の耳にも届く事はなかった。涙が深雪の頬を伝う事一時間、枕元を涙で濡らした深雪は漸く夢の中へ旅立って行った。
達也達は久しぶりのデートを満喫して自宅へと向かっている最中であった。真夜と深夜は自分達の為にコーディネートしてくれたデートに満足したと同時に、デート中の自分達の扱い方が、予想以上に洗練されて来た事への驚きを感じていた。そこで達也の
「達也、今日はとても楽しい時間をありがとう。達也が考えてくれたプランはとても良く出来ていたわ。エスコートも大分様になって来たけど、
「二人が喜んでくれたなら良かった。そんなには機会はないよ、彼女が居る訳でもないしね」
真夜の問い掛けに対して達也が答えると、透かさず深夜が訝しげな表情で問いただす。
「本当に?達也は外見も頭も良いし、女性のエスコートも上手じゃない?
予想以上に深夜が真剣な表情で尋ねて来たので、達也は何処まで話そうか一瞬迷ったが二人には真実を話す事にした。
「...特定の相手がいないのは本当だよ。只、最近気になる相手が出来た事は確かだけどね」
達也の告白に一瞬眉を潜めた二人は互いの顔を見合わせて、達也に続きを促した。達也が二人に続きを話すと、二人は眼を見開き、真夜が達也にその内容が事実か確認する。
「達也、今の話は本当なの?」
「ああ。まだ本人と会った事もないから確証はないけど、可能性は高いと思っている」
「会った事もないと言ったけど、どうやってその子に行き着いたの?」
「前からネットワーク上で情報を集めていたんだ。幾つか条件を設定して条件が一致する人物の情報をピックアップさせた。相手はお嬢様でネットワーク上にも詳しい情報はあまりなかったけど漸く手掛かりを見つけたよ。
達也が正直に現状と今後の方針を告白すると、再び真夜が達也に尋ねた。
「...そう、やっぱり達也は伝える前から気付いてたのね」
「ああ、当然気付いていたよ。そして気付いた時から可能性は感じていたんだ」
「流石ね達也、其れでその
「今の時点では断言は出来ないけど、俺好みの女なら当然そのつもりだよ。構わないだろ?」
ニッコリと微笑みながら問う達也に一瞬迷ったが、真夜は達也の判断に任せる事にした。
「貴方は昔から決めた事を曲げた試しがないじゃない。それに貴方には自由に生きて欲しいもの、好きにすると良いわ」
「ありがとう真夜」
真夜は達也に判断を委ねたが、深夜は一つ気になる事をこの際聞いてみる事にした。
「達也、私も誰を選ぶかは達也の自由だと思うけど...深雪では駄目なの?身贔屓なしでも深雪は素敵な女性に成長すると思うのだけど」
「深雪?確かに身贔屓なしで素敵な女性に成長すると思うけど、そういう対象として見た事はないよ」
達也にとっては予想にもしない質問だった為、苦笑いで深夜に答えた。深夜は自身の希望とは裏腹に、薄々そうではないかと感じていた為に、動揺はそれほど大きくはなかった。
「...そう、深雪とあまり仲が良くないのは興味がないからなの?深雪の態度にも問題はあるけど、あれは達也の秘密を話していないからなのよ」
「確かに深雪は俺の血筋を知らないから、自分と似てない従兄の俺に思う事は多々あるだろうね。だけど今はそれで良いんじゃないのかな?」
「どういう意味?」
「対抗心が成長を促すって事だよ。深雪の魔法資質は素晴らしいよ、ただ世界は広い、深雪の潜在能力を最大限引き出すには、俺に対抗心を抱かせていた方が良いと思っているんだ」
「確かに深雪の魔法資質はまだこれから伸びると思うけど、もう少し仲良くしても問題はないんじゃない?」
「俺はそうは思わないよ。今の深雪にはこれぐらいの距離感が適切だよ、俺まで甘えさせたら、深雪の成長を阻害する事になる」
言ってる事は理解出来るが、頑なに深雪との関係を改善しようとしない達也の言葉に深夜は落ち込んでいた。そんな深夜の様子を見て、達也は申し訳なさそうに呟いた。
「深夜、そんなに落ち込まないでくれ。俺は別に深雪の事が嫌いな訳ではないんだから」
「本当に嫌いな訳ではないのね?深雪は私にとって大事な娘だから達也と仲良くして欲しいの...」
「ああ本当だ、深雪の中で何か転機が訪れた時はちゃんと優しく接すると約束するよ」
「...分かったわ、達也を信じる」
「ありがとう、深夜」
達也の言葉を信じてもう暫くは辛抱しようと決意した深夜だったが、まだまだ先の事だと思っていた。しかし深夜の見通しに反して、深雪の中で転機となる大事件が数ヵ月後に起きる事になるのだが、この時はまだ知るよしもなかった。
達也は翌日から牛山達、元FLTのCAD開発第三課メンバーと顔合わせから始め、ループキャストの実用化に向けて本格的に始動した。拠点は東道が手配した本社兼開発、研究施設で達也が先頭に立って、日夜試行錯誤を繰り返した。
会社の
五月に入り一週間が過ぎていた。既に大学が再開している達也は、明日の便でボストンに戻る予定である。暫くは牛山達が設計した試作機を達也の元へ郵送し、達也がプログラムを組みながら試行錯誤する方向で進められる。実際にプログラムを組めるのは達也しかいない為、暫く効率面は目を瞑るしかない。
「それでは皆さん、俺は明日ボストンに戻りますので引き続き宜しくお願いします」
「任せて下せい、しっかしボスがMIT生だとは思いもしなかったでずぜ。これだけ優秀なら納得は出来ますがね」
牛山が感慨深そうに呟くと、その他のメンバーも頷きながら同調した。その後、各々の役割を確認しながら指示を出して、達也は家路へと向かった。
その夜、帰宅した達也を真夜達が出迎えて、達也の送別会が開かれた。毎回帰国する度に行われる送別会で真夜は泣いてしまう。そんな真夜を達也が優しくあやすのが恒例行事となっており、この時ばかりは達也も申し訳ない気持ちになってしまう。 何とか泣き止んだ真夜は、早くも次の帰省の予定を提案して来た。
「次、帰って来た時は皆で旅行でも行きたいわ。夏休みだし、沖縄なんてどうかしら?」
「そうだね。折角だし、そうしようか」
達也が承諾すると、真夜は満面な笑みを浮かべて喜んだ。真夜は寂しくなる期間を乗り切る為に、達也と旅行に行く事を励みにするつもりだ。真夜の提案は皆にも好評で、各々が
翌日、真夜、深夜、穂波の三人に空港で見送られて、達也はボストン行きの搭乗口へと消えて行った。
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