四葉真夜の息子~最も自由なる者   作:空陸

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八年振りの再会~感触

ダニエルが書斎を出てから二時間が経過していた。娘の希望もあって連絡が来た際には話す機会を与えるつもりでいたのだが、想像以上に会話が弾んでいるようだ。達也に対しての印象は非常に聡明な男だという事、大学での様子や成績も調査してその事に疑いはない。只、何処か釈然としない、その理由は彼が優秀過ぎる点だ。立場上、政財界の重鎮や軍関係者にも顔見知りは多いが、その猛者達よりも油断ならない相手だと直感した。若くして何とも頼もしい限りではあるが、娘には少々荷が重い相手だと感じたと同時に、やはり根本的な諸問題が数多く存在している。

 

(オリヴィア、やはりあの娘には...)

 

二人の仲が必要以上に進展することを危惧し始めたダニエルは、心の中でオリヴィアに謝罪し辛抱しきれず書斎へと向かった。書斎から聞こえて来た娘の楽しげな声に嫌な汗が額に浮かび、一瞬扉を開くことを躊躇した。そのタイミングで、何やら約束を取り付けて電話を切ったことが外から窺えた。そこでダニエルは書斎へと足を踏み入れ娘の元へと近付いた。いきなり扉が開き、一瞬驚いたクリスティーナがダニエルを見据えて言葉を発した。

 

「...パパ、もしかして会話を盗み聞きしてたの?」

 

クリスティーナが訝しげな顔で尋ね、ダニエルは誤解を解く為に弁解する。

 

「誤解だよ、クリス。丁度今来たところだよ、余りにも長いから問題でもあったのかと思ってね」

 

(嘘は付いてないようだけど、何か引っ掛かるわね)

「...御免なさい、話に夢中でこんなに時間が経っているなんて思ってなかったの」

 

「そうか、問題ないなら良いんだ。それで彼と話してみて印象はどうだい?」

 

「彼は年下とは思えないほど優秀だわ。己を貫き通す意志の強さも感じたし、何より他の男の人にはない不思議な魅力のある人ね、一度直接会って話してみたいわ」

 

(娘なりに分析はしているようだが些か楽観的のようだな。やはりクリスは彼に対して好奇心を擽られている、どうしたものか...)

 

完全に向こうのペースに引き()られている娘を見てダニエルは頭を抱えたくなった。娘では彼の相手をするのは力量不足だと感じているが、好奇心に火が点いた娘を説得するのは容易ではない事をダニエルはよく知っている。何故なら母オリヴィアに娘はよく似ているからだ。

 

「クリス、彼の事を悪く言うつもりはないが父さんは心配だよ。彼との接触を続ける事で秘密が露呈した時はクリスまで巻き込まれてしまう。彼の祖父と祖母の事は前に話しただろう?」

 

「...パパが心配してくれるのは嬉しい、確かに私達の血筋が公になれば同じような危険が迫るかもしれないし、彼ともその件は話したわ。だけど彼は私の身に危険が迫った時は必ず助けると約束してくれた。ルキフェルの名に誓ってそう宣言したの、彼の言葉は何故か心から信じられたわ」

 

「まさか...クリス、彼に交際を申し込まれたのかい!?」

 

「ち、違うわよ、何でそうなるのパパ!彼はただ自ら(ルキフェル)の名において、過去の悲劇の様な事を二度と起こさせないと伝えたかったの!それに女性の扱いに慣れていそうな彼が映像電話(ヴィジホン)越しに交際を迫るなんて粗相をする筈がないわ」

 

クリスティーナは呆れながら早とちりしたダニエルへ言葉を返した、と同時に一瞬でもそれならそれで良かったと思ってしまった事が自分でも恥ずかしくなった。

 

翌日、昨日の内に携帯番号(プライベートナンバー)を交換していたクリスティーナは昨日の今日で一刻も早く話したくなり、約束の時間よりも早く達也の携帯端末へ電話を掛けた。昨日(さくじつ)の話の続きと一晩置いて思った事などを話していると、話は夏休みの予定へと話題が移った。達也の予定を聞いたクリスティーナは思い切った事を達也へ告げた、流石の達也も動揺の色を見せ眼を見開いたがそれは一瞬で、少しの沈黙の後クリスティーナの計画を承諾した。

 

 

 

 

 

 

八月四日、今私はお母様や叔母様、(かなぐり)家と家政婦の総勢十人で前から凄く楽しみにしていた沖縄旅行に来ている。大所帯でも問題なく滞在出来るようにと、お母様と叔母様が大きめな別荘まで用意してくれた。

 

「凄く立派な別荘ですね、お母様」

 

「そうね、これだけの大所帯だとこの位の大きさは必要ね。そうよね真夜」

 

「ええ、用意するのに結構苦労したわね。でも苦労した甲斐はあったわ姉さん」

 

お母様と叔母様とで用意したこの二階建ての別荘は、部屋数十三部屋、ダイニングキッチンが二つに浴室とトイレが五つもある。更に大きな庭へと続くテラスではバーベキューも行える、お母様と叔母様が吟味を重ねて購入した物件。

 

(本当に素敵な別荘、流石はお母様と叔母様ね)

 

私は振り分けられた部屋でそんな事を思いながら荷解きを済ませて少し休憩を取っていた。窓から入って来る風が南国特有の匂いを運んで来る。すっかりバカンス気分の私が水波ちゃんを誘って散歩に出掛けようと一階へ向かうと、見知らぬ男の人がお母様達を訪ねて来ていた。

 

「真夜さん、深夜さん、お二人共お久しぶりです」

 

「...貢さん、貴方がどうして此処に...」

 

お母様が珍しく驚いた顔でその見知らぬ男の人に尋ね、叔母様は訝しげな表情を向けていた。

 

「先月から沖縄(此方)に家族旅行に来てます。丁度此方で仕事もありましたのでついでという感じですがね、それにしても相変わらずお二人共お綺麗ですね」

 

「余計なお世辞は要らないわ、それで今日は何用でお越しになられたの?」

 

「そんなに警戒為さらないで下さい、お二人が此方にお越しになられていると聞いて今夜の黒羽主催のパーティーにご招待したく参っただけですよ」

 

「四葉を出た八年前に私達には干渉しないよう忠告した筈ですがお忘れかしら?」

 

四葉...私はあまり覚えていないけど、八年前までは四葉の一員だったと最近知った。お母様と叔母様は四葉家の直系で、当然私とあの人もその血を受け継いでいる。四葉を去った理由については教えて貰っていないし、普段は口外しないよう固く口止めされている。私はお母様の口振りから相手の男の人が四葉家の関係者だと容易に推察するに至った。

 

「勿論、その事は覚えていますよ。只、偶然だとしても折角の機会ですし、久しぶりにお二人とお話しする機会が欲しかったのです。それに私の子供達の成長した姿もご覧になって頂きたいですし...勿論お二人のお子さんも御一緒に」

 

「折角のお誘いですけどご遠慮します、ご期待に添えなくて悪いけど、私達は四葉に関わるつもりは微塵もないわ。再度申し上げますけど私達に干渉為さらないで下さる?その方がお互いの為にも良くってよ」

 

「...そうですか、分かりました。ですが万が一お気が変わりましたら遠慮なくお越し下さい、場所は此方になりますので。それでは私はこれで失礼します」

 

そういうと男はお母様にパーティー会場を記載したメモを手渡して去って行った。私はお母様の元へ駆け寄り、さっきの男が何者なのか尋ねた。

 

「深雪はまだ幼かったから覚えてないわよね、あの男は四葉の分家、黒羽家当主の黒羽貢さん。私達の従弟に当たる人よ、黒羽は四葉の諜報活動や裏の任務を担っているの。恐らく私達が此方に来る事は事前に知っていたようね」

 

 

「四葉の分家...お母様達の従弟の黒羽貢さんですか...。そうだお母様、水波ちゃんと少し海辺を散歩して来ても良いですか?」

 

男の事を話すお母様の様子が何処となく影を帯びていたが、私はその事へは敢えて突っ込むような真似はしなかった。気分が下がらない内に当初の目的だった外出の許可をお母様に求めた。

 

「そうね、良いわよ。その代わり伊万里に同行をお願いしなさい」

 

「...分かりました、では伊万里さんにお願いして来ます」

 

近くを散歩するだけなのにと、多少思う処があったがお母様の心遣いを無下には出来ずに大人しく従う事にし、伊万里さんにお願いする為に部屋へと向かった。その途中で穂波さんと鉢合わせし、事情を説明すると穂波さんは何やら企んだ顔を見せた。その後は自分の部屋に連行され全身に日焼け止めクリームを塗りたくられた、幾らお願いしても穂波さんは止めてはくれず私は恥ずかしい思いをする羽目になる。 塗り終えて満足した穂波さんは次の獲物の水波ちゃんの元へと向かって行った。

 

気持ちを落ち着かせてから衣服を整えた私は、伊万里さんの部屋に向かうべく部屋を出た。すると又もや一階からお母様達の話し声が聴こえ私の気分は一気に急降下した。理由はお母様達の話し相手に心当たりがあるから、でも到着するのは明日だった筈。自分でも何故か分からないうちに私の足は声のする一階へ向かっていた。

 

「久しぶり、深雪」

 

たった三ヶ月なのにこの人の声を聞くのも笑顔を見るのも随分久しぶりな気がした。この人の声も、笑顔も、私の心臓の鼓動を早く脈打たせる。その事がとてつもなく悔しくて、つい衝動的になってしまう。

 

「そうですか?たった三ヶ月振りです、それよりアナタの都合でこの旅行が今日まで先伸ばしになったんです。楽しみにしていた私達に一言お詫びの言葉があっても良いのではありませんか?」

 

「それは済まなかった、真夜と深夜も悪かったな」

 

私に一言謝ったあの人は直ぐ様お母様と叔母様へと視線を戻した。

 

(それだけ!?、私とはもう話す事はないと言うの?...私だってこんな子供っぽい態度を取りたくはないのに、どうして何時もこうなるのかしら...)

 

あの人は此所に向かう途中で先程の男の乗った車とすれ違ったらしく、お母様達に尋ねていた。お母様達が事の顛末を説明すると一瞬何かを考えた後、そのパーティーにお邪魔しようと言い出した。お母様達が理由(ワケ)を尋ねても笑って誤魔化す、私にはこの人の考えている事がさっぱりわからない。

 

そんな事を考えていると二階から京家の五人が降りてきて、水波ちゃんと伊織君があの人へ駆け寄って抱き付いた。京家の双子と挨拶を交わして穂波さん達とも親しげに挨拶を交わすあの人、その光景を眺めていると虚無感が私を襲って来た。居た堪れなくなった私に追い討ちを掛けるように水波ちゃんがあの人を散歩に誘う、余りのショックに言葉を紡げない中、伊万里さんとあの人が何かを話して付き添い役を交代してしまった。どうしたら良いか分からなくなった私は、水波ちゃんを引っ張り足早に外へと飛び出した。

 

 

別荘を飛び出して暫く経つと海岸沿いに出た、海風がとても気持ちよく、沈んだ気分を盛り返してくれる。

 

(日焼け止めを塗ってて良かった、これなら気兼ねなくお散歩出来そう。強引な穂波さんには困ったものだけど、我慢した甲斐はあったわね。)

 

私はそんな事を思いながら瞳を綴じた。海鳥の鳴き声や波が浜に打ち寄せる音が心地良い、それに混じって後ろからあの人の足音が聴こえる、何時しか私の意識はあの人の足音に奪われていた。水波ちゃんが呼び止める声を発したので咄嗟に瞳を開くと何か大きな物に()つかってしまった。

すると後ろから腕を引っ張られてあの人の胸に顔を埋めている状態になり、隣には水波ちゃんがいた。

 

(何!?一体何が起きてるの?あの人の腕の中に私がいる?)

「あの、離して下さい」

 

「駄目だ、俺から離れるな」

 

「...はい」

 

真下から覗き見たあの人の真剣な顔つきと声に背筋がゾクりとする、全身が一瞬で火照った事が自分でも分かった。しかしその余韻に浸る暇もなく現実に引き戻される。

 

「オイオイ、痛いじゃねーか!何処見て歩いてんだ?あ?」

 

そう突っ掛かって来た大柄の黒人の男に続いて残りの二人も私達に罵声を浴びせる、するとあの人が溜め息をついて言葉を発した。

 

そういえば沖縄観光の注意書きで見かけた事があった。素行が良くない者が多いと言われる旧沖縄駐留アメリカ軍遺児の第二世代...取り残された血統(レフト・ブラッド)

 

「はあー、詫びを求めるつもりはない、来た道を引き返せ。その方がお互いの為だ」

 

「...ンだと!?」

 

「聞こえていた筈だが?」

 

(何で態々挑発するような事を言うの?これ以上挑発しないで!)

 

「地面に頭を擦り付けて許しを乞いな、今ならまだ青痣ぐらいで許してやる」

 

「土下座という意味なら()()ではなく、()()と言うべきだ」

 

遂に堪忍袋の緒が切れた黒人の男が拳を思いっきりあの人目がけて振り抜いた。私は思わず目を瞑ったが、相手の驚いた声で目を開いて状態を確認した。あの人は右手一つで大柄の黒人の拳を受け止めていた。

 

(...嘘!?あんな大柄な男の人の攻撃を片手で簡単に受け止めた?...けど魔法の兆候は感じなかった、いくらこの人でもこんなに近くでそれも一瞬で、私に悟らせないで魔法を使える訳がない。だとしたらやっぱり生身で...この人はこれ程までに強いの?)

 

私が目の前で起こった出来事を一人分析していると、あっという間にこの騒動に決着が着いた。

 

「面白い、単なる悪ふざけのつもりだったがいい獲物が見つかった」

 

「良いのか、ここから先は洒落じゃ済まなくなるぞ」

 

あの人はそう言うと相手の鳩尾に拳を打ち込んだ、大柄な男は失神して膝から崩れ堕ちた。残りの二人はその場に立ち竦んでいる。既に三人から興味がなくなったあの人は他の二人には目もくれず私と水波ちゃんへ手を伸ばす。

 

「二人とも、そろそろ帰ろうか」

 

「...はい」

 

「はい、達也兄さま」

 

笑顔で一言発して躊躇なくあの人の手を握る水波ちゃん。私は一瞬戸惑ったが何故か拒めず恐る恐る手を繋ぐ。別荘までの帰り道、私は一度もあの人の顔を見ることが出来なかった。赤くなった顔と耳を隠す為に帽子を深く被り、必死に平常心を取り戻そうとしていた。

 

 

手を繋いで帰宅した私達をお母様達が驚いた表情で出向かえた。あの人が事情を説明する、然しお母様達は微塵も心配した様子はなかった。それでも何時もと違う私の様子を感じ取って声を掛けてくれた。

 

「深雪さん、大丈夫ですか?」

 

「お母様、大丈夫です。私は少しシャワーを浴びて来ます」

 

精一杯平常心を心掛けた笑顔でお母様に答え浴室へと向かった。シャワーを浴びて身体を綺麗にした私はゆっくりと湯船に浸かった。頭の中はあの人のことで一杯になった。

 

(あの人に抱き締められた感触も手を握った感触もまだ残っている。凄く男の人だった、一つしか歳は変わらないのに凄く頼もしかった...)

 

何をしても敵わない、何時も私の遥か先を歩く人。お母様達や穂波さん達が、あの人と私を比較している訳ではない。けど私自身は追い付きたくて必死に努力して来た、それでも全然届かなくて...それが凄く悔しくて、いつの間にかどう接すれば良いかも分からなくなって...

 

(私はあの人の事が嫌いではない...、私はあの人の事が好きではない?...筈。あの人を認めたくない、こんなにも気になって心臓の鼓動が早くなる事を認めたくない...どうしたら良いの?)

 

湯船に浸かりながら私は自問自答していた。

 

 

 

 




漸く沖縄編まで漕ぎ着けました、次回は沖縄編のイベントが続きます。
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