深夜は自身がトップに立つ魔法師調整施設を訪れていた。紅林からの電話のあと、自身が予てより独自に研究してきた調整技術の最終確認を進めていたからだ。理論は固まっていたが、実際には自身の構造干渉系魔法も併用しながら実施しなくてはならない為、正直言ってまだまだ安心出来る段階ではない。今回、深夜が行おうとしてるのは、四葉の技術を全て注ぎ込んだと言っても過言ではない。【完全調整体】として深夜自身の娘になる存在、失敗は許されない。
それに加え、時間的問題もある。達也の存在を分家に公表する報告会では最悪のケースもあり得る。いつまでもこの施設と機材を使用出来る保証など何処にもないのである。出来れば達也のお披露目までには、調整した体外受精卵を自身で身籠る処まで進めたいというのが本音だ。深夜は時間を忘れて最終調整に没頭していた。そんなタイミングで交渉を終えてFLTから帰ってきた紅林が、報告の為に深夜のもとを訪れる。
「お取り込み中失礼致します。深夜様、司波龍郎との交渉が最終的に纏まりましたのでご報告に参りました」
紅林はそう言って一礼する。
正直言ってこのタイミングで横槍を入れて欲しくはないが、短時間で今回の最重要任務をやり遂げた紅林に、労いの言葉と報告を聞くため手を止めて視線を紅林に向けた。
「...ご苦労様、よくこの短時間で纏めてくれました。早速報告をお願い」
「勿体なき御言葉。ではご報告申し上げます。司波龍郎の精子提供は手筈通り、司波夫妻両名が異動後すぐに行う事となりました。FLT社、社長にも三日以内に異動を完了せよと通達いたしました。司波龍郎との契約書もここに」
そう言って紅林は龍郎がサインした契約書を手渡す。
「ありがとう、それで実際に会ってみて司波龍郎の印象はどうだったかしら?此処に書かれてある規約に支障はありそう?」
深夜は確認の意味を込めて紅林に龍郎の実際の印象を聞いてみた。
「こう申してはお気を悪くなさるかもしれませんが...」
紅林にしては随分歯切れが悪かった。それを見かねて深夜が続きを促す。
「遠慮は要りませんよ、貴方が実際に会って感じた事を正直に言っても構いません」
深夜の言葉に覚悟を決めた紅林は遠慮気味の口調で続きを話し出した。
「では...率直に申し上げまして、深夜様が拘る理由が特に感じられる相手ではなかったかと。魔法力も平凡な上に、それ以外の度量も特質した所は見当たりませんでしたし、印象としても小物という域でございました。いくら調整技術を用いると言っても、あの者では役者不足かと。規約に関しても、妻の司波小百合には夫婦揃っての突然の異動を説明する為に話すと予想します」
紅林はバッサリ龍郎を切り捨てた。
「確かに想子保有量の多さを除けば、特質すべき相手ではないのも確かね。けれど、私の現状で選考出来る中ではマシだったの。それに今回は想子保有量の多さを除く因子は全て排除して、なるべく私の因子を残しつつ完璧な配列にして見せます。だからあのぐらいの男で問題ないわ。交渉の事も司馬小百合に話してしまうのは想定済みです。ですが対外に口外する事はないかと判断しました。あのようなタイプの人間は人一倍保身に気を使うものです。自らの立場を危険に晒してまで口外する事はないでしょう」
深夜がそう告げると、深夜様が問題ないと判断したなら結構です、と紅林は一礼して、桜井穂波スカウトの為に退室した。三日後、FLTを通して司波夫婦の異動が完了したとの知らせを受けて、翌日に龍郎の精子を採集してこの任務は終了した。
この三日間で、紅林は桜井穂波をスカウトすべく動いている。桜井穂波の周辺を調査、出向く日時を考えていた。
私の名前は桜井穂波、歳は二十四才独身。国立魔法大学を卒業後、警察省公安庁に入官して二年目。障壁魔法の能力を評価され、二十四才にして要人を護衛するSPにも選出された。高校二年の春休み、【アジア系の犯罪組織】によって両親は殺された。犯人はまだ捕まっていない処か特定にすら至っていない。両親はそんなに強力な魔法は行使出来ない、所謂一般人に近い存在であったが、私は突然変異なのかそんな両親からは想像も出来ないほどの資質を有している。単一の障壁魔法だが、その強度は
そこで漸く、紅林は話に入った。
「本日は急な挨拶にもかかわらず、お時間を頂きありがとうございます」
「いえ、確かに少し驚きましたが、私の方も予定はなかったものですから急ぎの用なら早い方が良いと思いまして」
「多大なお心遣い感謝申し上げます。それでは早速、本題に入りたいのですがその前に、此れからご提案させて頂くことは内密にお願い申し上げます」
紅林の目付きが急に鋭くなったような気がした。一瞬にして警戒レベルを引き上げて、私は無言で頷いた。
「それでは申し上げます。私はある御方から桜井穂波殿のスカウトを仰せつかって参りました。その御方は桜井穂波殿の能力、経験、人柄を大変高く評価しております。そこで専属の護衛として向かえ入れ、桜井穂波殿が望まれるのであれば、養子縁組にて家族として迎え入れたいと仰っております」
男性の身なりから何処かの執事だと予想出来ていた為、スカウトの件については予想出来ていた。だから断るなら早い方が良いと思い話を聞く事にした。しかし養子縁組は穂波の予想を超えていた。何故、自分なのかという疑問が浮かんだ穂波は一応理由を聞いてみる。
「理由につきましては、ご本人から話をすると承っております。本日はその前段階の場だと解釈して下さい。急な話で穂波殿も思う事は多々ございましょう。ですので、後日改めてお時間を頂きたいのです」
「因みにそのお方の名前を教えて頂く事は出来るのでしょうか?」
「...最初に申し上げた通りご内密にお願い致します。その御方は四葉深夜様に御座います」
!!?想像もしてなかったビックネームに穂波は固まってしまう。日本魔法師界の頂点である十師族の中でも最強にして最凶と呼ばれている四葉家、世間からは大漢を崩壊させたその一族は
「本日は急なお願いにお付き合い頂きまして、誠にありがとうございました。では、後日改めて四葉深夜様とお伺いさせて頂きます」
紅林は高級車に乗り込み去って行く。未だ信じられない穂波は何とか自身の部屋にたどり着いた。ベットに身を投げ出して深い溜め息を漏らし、漸く肩の力が抜ける。
四葉深夜の名を聞いた瞬間から、底知れぬプレッシャーに疲労感がドッと押し寄せて来た。
風呂にも入る気が起こらず、結局着替えだけしてその日は寝る事にした。
龍郎編?はこれにて終了。漸く穂波を出せた。最初から登場させておけば良かった