深夜の計画は最終段階に着ている。司波龍郎の精子を入手後、確認を繰り返しついに決行は明日に迫っている。深夜は緊張と不安から二人に逢いたくなって、達也の為に屋敷の奥に作られた一室にいる真夜と達也のもとを訪れる。真夜は達也に母乳を与えていた。愛しい息子に露になったその豊満な乳房の先端をくわえさせて、優しい笑みを浮かべていた。後でまた来ようと引き返しかけた深夜に気付き、真夜は声を掛けて傍に来るように促す。生後二週間とは思えない程、勢いよく乳を貪る姿を見て成長の早さに驚きながらも、産まれてから深夜にとっても、かけがえのない存在になった達也を見ながら、自身の母性も刺激され必ずや計画を成功させて母親になると改めて決意した。
「真夜...明日必ず成功させて、私も母親になるわ」
姉、深夜の決意に
「姉さんが決めたのなら、私も全力でサポートするわ。明日は必ず成功させましょう」
真夜はニッコリと微笑んだ。
妹として、一人の母親として、真夜は深夜の意志を尊重して支える決意を固める。
翌日、達也をメイド長の白川に預けて深夜と真夜は魔法師調整施設に来ていた。準備が整い、警戒体制を万全にして極秘に計画が開始された。まずは深夜が研究していた技術と四葉で培って来た技術を駆使しながら、司波龍郎の精子の遺伝子を改変させた。次に予め用意していた深夜の卵子と受精させる。受精したのを確認して改めて余計な因子が作用しないよう遺伝子を独自に編み出した構造干渉魔法を併用しながら組み換えて行く。深夜の額に汗が浮かび、その行為がどれだけ困難であるかを物語っている。三時間後、漸く深夜が魔法を解き、魔法の連続行使の疲労と精神的疲労によって膝から崩れ落ちる。
「姉さん!!」
真夜が咄嗟に崩れる深夜を支えた。 深夜は極度の疲労から意識を手離している。直ぐに傍に用意してあった分娩椅子に座らせ、女性研究員の手によって受精卵は深夜の子宮に納められた。
意識を取り戻した深夜は失敗したと思い、寝かせられていた個室のベットから飛び起きた。傍で真夜が椅子に座って達也を抱きながらビックリしていた。そんな真夜の様子などに気が廻らない深夜は真夜を問い詰める事になってしまう。
「真夜!!私、失敗しちゃった....」
余程混乱しているのか、いつもより口調も幼くなっていた。
「大丈夫よ、姉さん、少し落ち着きなさい...そんなに大声上げると達也がビックリしてしまうわ」
真夜は深夜を落ち着かせる為に少し強めの口調で言い放った。
「でもっ...」
可愛い甥の達也を驚かせるような大声を出してしまった事に自責しながらも、失敗したという事がショックでどうして良いのか分からない。
「安心して姉さん、姉さんはしっかりやり遂げた。【魔法の連続行使の疲労】と精神的疲労から調整が終わった瞬間に倒れたのよ。その後は研究員が姉さんのお腹に納めたわ。...成功よ、おめでとう姉さん!」
真夜は深夜を安心させるかのように優しく説明して計画の成功を祝福した。 深夜は真夜の言葉が一瞬理解出来なかったが、真夜の優しい笑みと祝福の言葉で漸く成功した事を実感し、安堵の涙を流した。そんな深夜の姿を見て真夜も深夜の懐妊の歓びを改めて噛み締めていた。数日疲労回復の為に静養し、無事に妊娠している事を確認した深夜は、浮かれる気持ちを抑えて、もう一つの計画を完遂する為に栗林と共に穂波との会談の場に向かっていた。
栗林との会食で深夜からの面会を受けてから穂波は悩んでいた。身寄りのない穂波にとって、家族は孤独に苛まれている現状から抜け出せる機会ではある。が、穂波も24才の大人の女性...結婚すれば家族は作れるし仕事もこれといって不満もない。退職する理由がない穂波だったが
、何故か胸に突っかかるものがある。それはあの日栗林という執事が口にした、理由は深夜自身が話すという言葉...謎の一族の中でも直系の中心人物の一人が、外部の、それも一介の魔法師に過ぎない自分を態々スカウトする理由。それに養子縁組の件、穂波の生い立ちを当然知ってるからこその提案だと推測出来た。深夜がどうして自分に興味を持っているのか率直に気になっていた。そうこう考えている内に約束の日が訪れる。場所は前回と同様、普段なら決して来る事が出来ない会員制のフランスレストラン。早めに到着した穂波はウェイターに個室に通された。三十分程一人で待っていた穂波のもとにオーナーらしき男性に先導された深夜が姿を表した。その美貌はこの世の者とは思えないほど美しい。流れるような漆黒の髪、どんな事も見透かされそうな髪と同様の漆黒な瞳に、真っ赤な口紅。豊満な胸に折れそうなほど細い腰に長い手足。黒のドレスに身を包み、胸元のダイヤのネックレスが一層上品な雰囲気を醸し出していた。 強烈な美貌に思わず畏怖さえ感じてしまう。それほどの美しさだった。呆気にとられている穂波に対して、席の傍まで近づいて深夜は上品に一礼した。
「ご機嫌いかがですか?初めまして四葉深夜です。本日はお越しくださり御礼申し上げます」
深夜の挨拶で現実に復帰した穂波は立ち上がり自己紹介した。
「こ、こちらこそ、お招き頂きまして光栄に存じます。桜井穂波です」
穂波が挨拶すると深夜は微笑んで、オーナーらしき男性が引いた椅子に掛けた。
「そんなに緊張なさる必要はありませんよ、まずは食事を頂きましょう。良ければお酒を用意させましょうか?」
「いえ、余りの美しさに圧倒されてしまいました。お酒は今日は遠慮させていただきます」
「あら、ありがとう。でも穂波さんも充分お綺麗よ。さぞ素敵な殿方からの御誘いも多いのでしょう?」
「私など全然ーー」
「あら?随分と謙虚なのね、それとも世の殿方の見る目がないのかしら?」
深夜はそう言ってクスクスと小笑する。その後談笑しながら料理を食べたが、味はほとんど分からなかった。食事も終わり二人きりになると深夜が改めて切り出す。
「食事も済んだ事ですし、そろそろお呼びした案件についてお話させて頂きます」
遂に来たか!と穂波も今一度、背筋を伸ばして臨戦態勢に入る。
「桜井穂波さん、貴女をスカウトしたい件と養子縁組の件について栗林から聞いていると思いますから、今日はその理由とメリットをお話したいと思います」
「ハイ、宜しくお願い致します」
「私は、貴女の両親が
穂波にとって、そんな前から目を付けられていた事よりも、警察も内情も特定には至っていないはずの犯人が深夜の口から出てきた事に驚いていた。
「どうしてですか!!?警察も内情も犯人の特定は出来てないはずなのに...」
「我々は四葉家です。これ以上の説明が必要ですか?それより貴女は事件の後、しばらく組織に狙われていたんですよ。我々、四葉家の者が影から護衛はしてましたけど...」
驚愕の告白に穂波は驚愕する。確かに事件後、稀に誰かに監視されているような視線を感じた事がある。四葉家の者が護衛していたとは...
「何故その時に教えて下さらなかったのですか?そしたら両親の仇を取れたのに...」
「それは無理でしたね。当時の貴女では返り討ちにあっておしまいでしたよ、自分でも理解出来たはずです。それに貴女にはまだ祖母がいたでしょう?返り討ちにあって悲しむのはお婆様ですよ?」
感情が爆発しそうな穂波を、深夜は幼い子供をあやすように優しく語りかける。穂波は深夜の正論にまだ釈然としない様子だったが、最大の疑問をぶつけた。
「...それで犯人はまだ生きているんでしょうか?」
穂波は意を決して尋ねた。
「生きています。そのグループは四葉が壊滅しましたが、主犯の男は捕らえてあります」
深夜の言葉に穂波は素直に驚いた。
「何故、教えて下さらなかった犯人を四葉が身柄を押さえているのでしょうか?」
「愚問ですね、我々は見ず知らずの高校生の復讐に手を貸すほどお人好しではありません。グループを潰したのは、【大陸】の犯罪組織を日本国内で好き勝手させる訳にはいかないからです。主犯を押さえているのは背後にいる者の情報を聞き出す為です」
真っ当な理由に穂波は何も言えなかった...同時にいつか両親の仇を討つと決めていた穂波はこれまでの人生が無駄になったような気がした。
「穂波さん...両親の仇を討ちたいですか?私の護衛を引き受けてくれたら、その男は貴女の好きにして構いませんよ。我々四葉家は身内に危害を加える者には容赦しません。それは貴女もご存じでしょう?」
当然、両親の仇を討つのは穂波にとって一つのケジメだった。警察に勤めていては立場的に復讐は果たせない。それでも少しでも情報を得る為に警察官になった。そして深夜の護衛を引き受ければそれが果たせる。しかし二度と表の世界では生きられないような気がした。穂波にとってそれは悪魔の取引。
「そんなに難しく考える事はありません。当時は貴女が見ず知らずの高校生という立場だったから私は手を貸さなかったのです。しかし今は立派な魔法師。私は貴女の能力、人柄、経験を評価してます。魔法師として生きていく以上は、愛する者を守る為、自分の信念を守る為、人を殺める選択を迫られる事もあるでしょう。だからといって、世界から弾き出されるという事では決してありません。貴女が本当の意味でケジメをつけて、これからの人生を歩んで行きたい願うなら、私が力を貸しましょう」
深夜は穂波の全てを見透かしているかのように穂波に告げる。しかし、その表情は彼女自身も何か決断したかのような顔をしていた。そんな深夜を見てこの人の傍でなら迷わず、自分自身を見失わずに人生を歩んで行けそうな気がした。そう思った瞬間、穂波は胸の突っかかりは綺麗に取れたような気がした。
「ハイ、深夜様に仕えさせて頂きます」
穂波が決心すると、深夜が穂波の手を包み込み、慈愛の顔を向けた。
遂に穂波が決心しましたが、まだ穂波との会談は続きます。