穂波が深夜の申し入れを受けた頃、真夜は達也の寝顔を見ながら幸せを噛み締めていた。
達也のお披露目が二週間後に迫り多忙の毎日を過ごしているが、達也との時間が真夜の疲れを吹き飛ばしてくれる癒しだ。誰にもこの幸せを邪魔させはしないと思いながら、暫くスヤスヤと眠る達也を見て、真夜は残った仕事を片付ける為達也をメイド長の白川に任せて書斎に戻った。
穂波が深夜の申し入れを受けて深夜が言葉を発した。
「それでは、此れからは穂波さんと呼ばせて頂きますね。穂波さん、養子縁組をして私と家族になる気はありますか?」
深夜は穂波に希望を聞いた。
「家族というのは、深夜様が母親になられるという事ですか?年は5つ、6つしか変わりませんが?」
穂波が疑問を問うと
「そうです。そうなれば穂波さんには母親と妹が同時に出来る事になります...私も一気に二人の子供の母親になれるのは嬉しいわ」
深夜は穂波に衝撃な発言をした。
「えっ?...深夜様は確か独身であられたはずでは...私の他にも養女がいらっしゃるのですか?」
穂波は聞いて良いか迷ったが、思い切って聞いてみる。
「いいえ、養女として迎えるのは穂波さん一人です。これは四葉内でもごく一部しかまだ知らない事ですが...私は今妊娠しています。といっても結婚はしてませんし、ついこの間身籠ったばかりですけど」
深夜はイタズラが成功した子供のようにクスっと笑う。
色々と突っ込みたい気分の穂波は、何かとんでもない事をサラっと聞いてしまったような気がした。同時に四葉のごく一部しかまだ知らない事、身籠ったばかりと言ったのに既に女の子と解っているような口振りに違和感を感じる。しかし自分から踏み込んで良い問題ではないと判断した。
本当にあの四葉家の身内になるのかと少しズレた事を冷静に実感していた穂波。しかしすぐに、本題の養子縁組の件に意識を集中する事にする。護衛の件は両親の仇を討つべく、またケジメをつけ、その後の人生を歩んでいく為にも引き受けたが、養子縁組となるとやはり別次元の抵抗がある。相手は四葉...それも直系の四葉深夜なのだから。考えが纏まらない穂波を見兼ねて、深夜がゆっくりと語り出した。
「穂波さん...私と双子の妹の真夜がどうして結婚していないか分かりますか?」
唐突過ぎる質問に穂波は分かりませんと答えた。
「四葉は十師族、日本魔法師界の頂点に存在する家です。その為、様々な恩恵や優遇も確かに存在します。しかし同時に責務も他の師補十八家、百家とその支流の方々より重いのです」
穂波は無言で頷いた。
「その責務の一つが結婚です。十師族は師補十八家、百家、支流の方々よりも相手を選べず、次の世代に優秀な子孫を残す為と、家の発展の為に【政略結婚】が求められます。それが実情です。そんな現状で十師族の四葉の者である私と妹が結婚していない理由はただ一つです。それは私達が、一人の少年に出会ったからです」
穂波は予想外の答えに言葉が出なかった。
「穂波さんも知っての通り、四葉家が
後に一国の崩壊に繋がった事件の内幕を唐突に聞かされた穂波は、完全に思考が停止してしまう。それでも深夜は真っ直ぐに穂波を見据えて話を続ける。
「そんな彼に妹は恋心を抱きました。いえ、本当はそれ以前から抱いていたわ。それでも妹は私達の父、当時四葉家の当主だった四葉元造が決めた婚約者がいた為、自分の恋心に蓋をしていましたが、あの事件をキッカケにして妹は吹っ切れました。家を捨ててでも彼と一緒になりたいと...当主の元造に向かってハッキリとそう言いました。細かい事は沢山ありましたが、結局父も妹の意志を尊重する形で婚約は破棄しました。真夜が当主になってからは自分で選んだ相手でなければ結婚はさせていません。十師族としての責務も大事な事ですが、今の私と妹にとっては愛こそが最優先です。だから穂波さん、安心して私の娘になりなさい」
深夜は慈愛の笑みを浮かべて一言、一言が穂波の心に響くように言葉を紡いだ。
穂波は深夜の何らかの意志の籠った瞳から目が離せなかった。暫く、見つめ合う穂波と深夜だったが、急に穂波の視界が歪んだ。頬を触ると涙が流れていた。深夜はバッグから花柄のハンカチを取り出して席を立つと、穂波の傍まで来て流れる涙を拭いて優しく抱きしめた。その温もりに何故か懐かしさを感じて穂波は号泣した。深夜は自分の胸で号泣する穂波を、左手で抱きしめながら右手で頭を撫でる。
「泣いていいのよ、今まで一人で色んな感情を抱え込んで来たでしょう。自身の感情に押し潰され続けて疲れたのね。これからは貴女は一人じゃないわ、私がいる。それに
深夜がそう言うと、穂波は深夜の腕の中で号泣しながら無言で何度も頷いた。
「ありがとう穂波さん、優しい長女が出来て、私もこの子も幸せです」
深夜の発言に号泣している事が、急に恥ずかしくなった穂波の意識は少しずつ正常に働き出した。少しずつ冷静になっていく思考、自分は大変な粗相をしてしまったと穂波は後悔した。
「申し訳ありません。お見苦しい所をお見せしてしまったばかりか、高価なドレスも汚してしまい...」
穂波が申し訳なさそうに謝罪すると、
「そんな事は気にしなくて良いですよ。それよりも畏まった口調の方が気になるわ。号泣している時は大きな子供みたいで可愛かったのに」
深夜はクスクスと笑う。
「そっ、それは...それだけは忘れて下さい」
穂波は恥ずかしそうに俯いてしまう。
「それでは改めて...桜井穂波さん、私の娘になってくれますか?」
真っ直ぐに穂波を見る深夜
「ハイ、こちらこそ、宜しくお願いします」
穂波が返事を返すと二人は笑い合った。
「では、正式な手続きは此方で進めておきます。書類はこの後栗林に用意させます」
「宜しくお願いします」
穂波が改めて返事を返すと、深夜が突然真剣な顔になる。
「穂波さん...今日はもう遅いので詳しい話はまた後日お話するけど、これから四葉は荒れるかもしれません。場合によっては最悪な事も想定されます。貴女も無関係では居られませんので覚悟して四葉に来て下さい」
急に真剣な表情で物騒な話を展開した深夜に、一瞬、心臓が高鳴った穂波だが
その後、執事の栗林が表れて養子縁組の書類にサインをしてこの日はお開きになった。
穂波勧誘編終了。
※この世界の