魔法少女パラレルなのは   作:祐茂

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第2話「魔法の呪文は……?」

「君はそのまま、自分の身を守ることだけ考えて!」

「えっ!?」

 

 一方的に言い放って行ってしまった少年の背を目だけで追って、なのはは呆然と立ち尽くしていた。

 今なのはが身にまとっているのは、白を基調として青いラインが随所に入ったワンピースタイプの衣装。『身を守る衣服』と言われて咄嗟に思いついたのが、なのはの通う私立小学校の制服だった。若干手を加えてアレンジされているものの、この制服を基準にしたのは、最も馴染みのある服装だったからなのかもしれない。

 そして右手に握りしめているのは、少女的な色調ながらもどこか機械染みた印象も持つ杖。衣装に合わせた純白の柄の先端では、紅い宝石が月明かりを照り返して煌めいていた。

 

 そうした格好はなのはが心中で思い描いた『魔法少女』像どおりの姿だったが、それがなのはの心を躍らせることはなかった。

 名前すらも知らない少年と、わけのわからない黒い影の怪物。

 なのはの日常と常識をぶち壊したその二つの存在が、今なのはの目の前で攻防を繰り広げていたのだ。

 黒い影の突進を、少年は薄い膜――防御魔法【プロテクション】で弾き返し、時には木の陰に隠れてやり過ごし、お返しとばかりに光の弾丸を放つ。しかしそれは黒い影にはあまり効いていないように思える。一時的に影の身体を散らすことはできているが、時間をおくとまた同じ大きさに戻っているのだ。これではイタチごっこだろう。

 一方、少年は今のところ相手の攻撃をすべて防げてはいる。しかし、既に肩で息をしていて、消耗度合いが目に見えてわかるほどだ。

 その隙を突いてか、黒い影は時折なのはの方を狙うように突進しようとするが、そのたびに少年が攻撃を放ち、注意をそちらに向けられていた。

 

 戦いのことなんてろくにわからないなのはだったが、このままではマズイということは理解できた。

 少年がやられてしまえば、次は自分。そう考えるのは自然なことだろう。

 しかし、なのはの心を支配していたのは、自分の身よりも少年の身を案ずるものだ。

 少年の戦う理由は分からないが、少なくともなのはを守ろうとしていることは間違いない。そして、自分が足手まといになっていることも。あるいは、今は杖と化しているこの赤い宝石、レイジングハートが少年の手元にあれば、彼はもっと楽に戦えているかもしれないのに。

 つまるところ、自分のせいで少年は傷ついているのだ。

 そもそも黒い影が現れてからずっと、混乱しきりだった自分を守ってくれたのは少年だった。

 わけのわからない出来事の連続で混乱の極みにあったなのはが落ち着きを取り戻せたのも、混乱極まってかえって冷静になったからということもあったが、一番の理由は少年がいてくれたからだった。

 自分と同い年くらいであろう小さな男の子。そんな彼が守ってくれて、庇ってくれて、傷ついてくれた姿を見たから、なのはも同様に気を張ることができたのだ。

 

 だというのに、少年が傷つこうとしている今、自分は何もできずに見ていることしかできないのだろうか。

 いっそ逃げたほうがいいのかとも思うが、自分がいなくなったところで、あの少年が勝てるという保証はない。現状を見る限りでは少年の方が不利なのは間違いないのだ。

 ならば少年に加勢するか。

 だが、なのはは少年のように光弾を放つ方法など知らないし、あの怪物に杖で直接殴りかかっても効くとは到底思えない。

 それでもなのはは、どうにか手助けしたいと思った。目の前で人が傷ついているのを黙って見ていられるわけがなかった。

 

 しかし、いくら心で強く思っていても、どうしようもない。

 今もまた、影の怪物の突進を少年が危ういところで防ぎ、弾き返していた。衝撃で土が舞い上がり、なのはの視界をふさぐ。時折攻防の余波で小石が勢いよく飛んでくることもあったが、それらはすべて手に持つレイジングハートが自動で展開する防御魔法によって防がれていた。

 

(レイジングハートは私を守ってくれてる。もっと私がこの子を上手く使えたら……)

 

 無力感に苛まれ、なのはの胸がざわつく。

 胸の奥が熱く、痛みのようにも感じられて。

 

 ……いや、違う。この胸のざわめきは――――

 

(いつもの、あの感覚!)

 

 気付いたなのはは、その感覚へと意識を集中する。今この場で自分にできる最大限のことをしようという意思が半ば無意識に作用したものだった。

 そうして探り当てた『なにか』の居所は。

 

(えっ…………私の、中?)

 

 いつも外から感じていた『なにか』。

 それが自分の内にもあることに、この時はじめて気づく。

 それどころか、今まで感じたどれよりも膨大な大きさのようだった。黒い影のものより、少年のものよりも大きく。今の今まで気付かなかったことが不思議なくらいだ。

 

(そっか。これが、あの子の言っていた『魔力』なのかな?)

 

 そう考えれば、色々なことが腑に落ちた。そういえば最初に少年の使った膜のような防御魔法も『なにか』でできていたし、少年自身もそれを持っていた。あの影の化物だってそうだ。いつもなのはが感じていたものの正体は魔力で間違いないのだろう。

 そこでなのはは少年の言葉を思い出す。

 

『魔力だけあっても魔法は使えない。魔法に必要なのは、精神エネルギー。強い意志で願うこと』

 

「願う……」

 

 自分には魔力がある。それも普通の人より沢山。ということは、強く願えば、自分も攻撃に参加することができるかもしれない。

 だが、なのははあえてそうしない。

 どうしてこんな不思議な出来事に巻き込まれたのか? 自分が今ここに立っているのはどうしてか? どうやってこの場所まで辿り着いたのか?

 その答えを考えれば、この場で使う手段は攻撃魔法ではないとなのはの直感が告げていた。

 なのはは胸のざわめきに集中する。他人にない特別なものが自分にあるとするならば、この感覚。『なにか』を感じる……『魔力』を感知する、この力だけ。

 このざわめきこそが、その力の源。

 

 

 ――――今なら、()()()がわかる気がした。

 

 

 途端に、なのはの感じる世界が変わった。

 指先一本一本の先に至るまで神経が張り巡らされ、全身を巡る血液の脈動を感じる。産毛をかすかに撫でる風の動きさえも敏感に感じ取れるかのようだ。

 心は熱く燃えたぎるように、それでいて静謐とした水面のような気持ちで。

 それは、先ほど少年と声を合わせてレイジングハートを起動させた時と同様の現象だった。

 知らないはずの言葉、呪文さえも頭の中に流れ込んでくる。

 水面に湧き上がる気泡のようなそれには不思議と抵抗感がなく、ただただこの呪文を唱えれば()()()ようになるということだけを、なのはは本能のように理解していた。

 

(そうだ、まだあの男の子の名前、知らないな。名前、教えてもらわなきゃね)

 

 極限の集中状態の中でふと思ったのはそんなこと。

 

 そして彼女は言葉を紡ぐ。

 魔法少女になる最初の言葉を。

 

「――――リリカルマジカル! 導き出すは災厄の根源! 彼の者の全てを暴き出して!」

 

≪"Scanners Guide"≫

 

 なのはの詠唱に応じるように、レイジングハートが輝きを放つ。

 魔力が杖の先端に渦巻き、それはすぐになのは自身の体へと流れ込んでくる。すると、自分の内にだけ広がっていた世界が外へと広がるのを感じた。

 今まで胸の奥で感覚として捉えていた魔力が、視覚で確認できたのだ。

 あの少年の胸の奥にもはっきりと見えるし、少年が操っている光の膜や弾、彼の衣服さえも魔力でできているのを確認できた。よく目を凝らせば、微量ながら空気中にも魔力が漂っているのがわかる。

 そして、あの影の怪物は。

 

(おでこに……集まってる?)

 

 魔力の有無で言えば、怪物の体を構成する全てに魔力が満ちている。なのはや少年の場合は胸の奥にある『魔力溜まり』のようなところから魔法を使う際に必要な分だけ魔力を表に出しているのに対して、あの怪物はまるで『魔力そのもので出来ている生物』という印象を受ける。

 ただし魔力の分布、魔力の濃淡を見れば、あの怪物にも魔力が集中している部分があるのを見つけることが出来た。

 それが額……目しかないような半不定形の怪物に額と言ってしまっていいのかはわからないが、とにかく赤い目と目の間の少し上に多くの魔力が集まっていたのだ。しかもそれは、あたかも心臓のように脈動し、魔力を全身へ巡るように送っていることがわかった。

 

(あれが心臓みたいなものだとしたら、弱点ってこと?)

 

 と、そのとき、少年の放った光弾が怪物の額のすぐ傍に命中した。額がほんの僅かにえぐれ、脈動が止まることで怪物の体内を巡る魔力の流れに明らかな乱れが生じる。額はすぐに修復され、脈動もすぐに元に戻ってしまったが、魔力が乱れていた間、怪物の動きが確かに鈍ったのをなのはの目は見逃さなかった。

 

「間違いない……!」

 

 あそこを集中的に狙えば、少なくとも動きを止めることはできるだろう。

 ただ、確信を持ったなのはに対し、少年は怪物の動きが鈍ったことに気付かなかったようだ。今までと変わらない動きで攻防を続け、やみくもに光弾をぶつけている。

 

(なんとか知らせないと!)

 

 なのはは考える。そのまま声をかければ、彼の集中力を乱して攻撃を受けてしまうかもしれない。可能ならば、戦闘を中断して余裕のある状況で作戦会議といきたいところだが。

 となると、一番手っ取り早いのは怪物の動きを止めることだ。

 

(動きを止める……確か、あの子が出していた鎖が……)

 

 思い出す。怪物に食われそうになった瞬間、目の前で怪物が縛り上げられた様子を。見た目ではない、感覚を、魔力を思い出す。あのとき、鎖にはどういう風に魔力が込められていた? どうやって魔力を鎖にしていた?

 あのときはまだ魔力が視えていない状態だったために詳しくはわからないし、魔法の発動そのものも見ていない。感覚で覚えている部分を元に、わからない部分は想像力で補い、魔法の完成形を頭の中で強く明確に思い描く。

 

(たぶん……こう!)

 

 自身が魔法を唱えてから一段と敏感になった感覚を総動員しながら、なのはは言葉を紡いだ。

 

「リリカルマジカル! お願い、怪物の動きを止めて!」

 

≪"Chain Bind"≫

 

 なのはの意思にレイジングハートが答え、足元から伸びたのは桃色の鎖。

 

 成功――――などではない。

 

 大成功だった。

 

 込めた魔力が多すぎたのか、少年に比べて時間をかける余裕があったからか、あるいは別の要因か。なのはの生み出した鎖は少年のものよりもずっと本数が多く、また比べ物にならないほど強固だった。

 はたして、怪物はいとも容易く雁字搦めにされ、身動き一つ取れない状態となった。口を形作った怪物が雄叫びのような咆哮を上げるが、何重にも縛り上げた鎖はびくともしていない。

 

「え……えっ?」

「大丈夫!?」

 

 戦っていた相手が突然縛り上げられ、驚き戸惑う少年に、なのはは声をかけながら駆け寄った。見れば、大きな外傷こそないものの、身体のあちこちに擦り傷を作り、なんとも痛々しい姿だ。

 

「いっぱい怪我してる……。痛くない?」

「え、と。平気。それより、このバインドは君が?」

「うん。ちゃんとできるか心配だったけど……」

「文句のつけようのないぐらい完璧だよ」

 

 苦笑しながら少年は言って、また魔力を操作し始める。怪物を攻撃する構えだ。

 なのはは思わず訊ねた。

 

「どうするつもりなの?」

「あとは僕がやるから、君は下がってて。今なら安全な場所まで逃げ切れる」

「やみくもに攻撃したって無理だよ! 私も協力するから……」

「それはダメだよ。これは僕がやらないといけないんだ……!」

 

 肩で息をしている少年の声音はいかにも弱弱しい。しかしそんな状態でも、なのはの手助けをはっきりと拒否する意思を示していた。

 

「どうして……」

 

 そして、そんな少年の言葉を聞いたなのはは肩を戦慄かせる。気付けば頭に血が上っていて、掴みかからんばかりに彼に詰め寄っていた。

 

「どうしてそんなこと言うの!? 私は戦い方なんてわからないけど、こうして手助けくらいならできるよ!」

「でも、こうなったのは僕の責任で……」

 

 突然の激昂に少年は驚いた顔をしたが、弱弱しくも反論する。ただし、それはなのはを勢い付かせる行為に他ならなかった。

 

「責任とかそんなの関係ない! 君は私を助けてくれたでしょ? だったら次は私が君を助ける番! 何もできずに見てるだけなんて嫌だから」

「君は……」

 

 戸惑った様子で見つめてくる少年を、なのはは力強く見つめ返した。一歩も譲らないという意思を込めて。

 そうすると少年も観念したのか、少し力無い笑みを浮かべて首を縦に振った。

 

「……わかった。君の力を貸してもらいます。このお礼はあとで必ずしますから」

「お礼とかそんなのもいいから、ね?」

 

 睨みつけるような顔から一変、にこりと微笑むと、少年に目を逸らされた。頬が少し赤い。どうやら照れているらしい。もっとも、それを見たなのははどうしたんだろうと首をかしげるのみで、少年の内心には気付いていなかったが。

 と、そんな和やかなやり取りをしていると、鎖に縛られたままの怪物が大きく身体を震わせた。魔力が今までにない激しさで身体中を循環し始めると、なんと身体全体が膨張していくではないか。そうなると当然、鎖が体に食い込み締め付けるが、そんなことお構いなしとばかりに膨張させ続けている。

 

「無理矢理振りほどく気だ……!」

 

 少年が眉を顰めて慄く。

 身体の膨張に耐えきれず、何重にもあった鎖が一本、また一本とはじけ飛んでいた。

 代償として身体がボロボロになっているが、この怪物、どうせ身体が少々傷ついて減ってしまっても、すぐに元通りになってしまうのだ。それを考慮すればこの行動も理にかなっているのだろう。あるいは何も考えず本能のままに邪魔な鎖を引き千切りたかっただけかもしれないが。

 そんな光景を見て、二人は同時に身構える。

 もう間もなく影の怪物は自由になるだろう。作戦会議は今のうちにしておかなければならない。なのはは少年の横に肩を並べて言う。

 

「あの怪物の攻撃は全部私とレイジングハートが止めてみせる。君は攻撃に専念して!」

「うん、わかった。でも、僕の攻撃じゃあ大した効果はないんだ。ある程度弱らせれば一気に封印できると思うんだけど……」

 

 そこに行くまでどれだけ時間がかかるか。と、少年は懸念を示すが、なのはにはその道筋が既に見えていた。

 

「もしかしたら……ううん、きっと、額が弱点だよ!」

「額?」

「えっと、その辺りに心臓みたいなのがあって……さっき君の攻撃が額のあたりに当たった時も、一瞬動きが止まったの」

「なるほど。核のようなものがあるのかな……ジュエルシード本体がそれだと考えれば、あり得ないことじゃない。わかった、他に手立てもないことだし、やってみよう」

「うん! 防御は任せて!」

「お願いするよ」

 

 頷きを返した少年は右腕を掲げ、人差し指を真っすぐに怪物へと向けた。怪物はまだ鎖と格闘している。間に合うだろうか。

 

「光の弾丸よ、敵を穿て……」

 

(魔力が集まってる……)

 

 なのはは眩しいものを見るように目をすぼめる。なのはの目には、詠唱と共に突き出した指先に魔力が急速に集っていくのが見えていた。

 それもただ魔力を持ってきているわけではなく、狭い空間に押し込めるようにして魔力の密度を――あるいは純度というべきか――高め、凝縮しているのがわかる。

 だが、狭い空間にものを押し込めるということはつまり、外に出ようと反発する力が生まれるということでもある。事実、完全には制御できていないのか、集まりきらずに無駄に拡散している魔力も少なくない量あった。

 それでも少年は魔力を込めるのをやめなかった。おそらくは乾坤一擲。これから発射される魔法は今まで放っていたものと同種でありながら、込められた魔力が段違いとなることは明らかだった。

 そうして魔力が凝縮され続け、ついに制御できずに暴発してしてまうのではないか……と思えた瞬間、少年は叫んだ。

 

「シュート!!」

 

 薄暗い森に一条の光が伸びる。

 指先から高速で発射された光の弾丸は、最後の一本の鎖を引き千切ろうとしていた怪物に真っすぐに飛んで行った。なのはの提案通り、額へ向かって。

 鎖に縛られたままの影の怪物にそれを避ける術はなく――――命中。

 文字通り額を打ち抜いた弾丸に対し、怪物は鎖を引き千切ることも忘れたように立ち尽くしていた。それ以上の反応は、なにもない。

 

「……効かなかった?」

「そんな……」

 

 相手と同じく二人は呆然として呟いた。

 弱点を見抜いたという見立ては間違っていたのか。不安に駆られたなのはが膝をつきそうになった瞬間、

 

 

 怪物の身体がはじけ飛んだ。

 

 

 爆散、とでも表現すべきか。まるで水風船を破裂させたように、影の身体はそれぞれ小さな欠片となって周囲に勢いよく飛び散ったのだ。

 額に穴を開けた本体の大きさは、それまでの半分以下にまで減っていた。明らかに弱った様子で、小さくなった身体を打ち震わせている。まさしく割れた水風船と同じく、今までのように一度飛び散った(からだ)を集め直すこともままならないありさまだ。

 きっと怪物に口を形作る余裕があれば、苦悶の叫びを辺りに響かせていたことだろう。

 なのはの推測に間違いはなく、少年の弾丸は怪物の急所を的確に打ち抜いたのだ。

 その際の衝撃で縛っていた鎖も解けていたが、もはや関係あるまい。

 

「すごい、すごいよ! 本当に弱点がわかったなんて!」

「にゃはは、良かった、役に立てて……。でも、安心するのは早いみたい。まだ向こうはやる気なの!」

 

 なのはは浮かべた照れ笑いをすぐに引っ込め、こちらを憎々しげに睨む赤い目に対して杖を向けた。

 

「大丈夫、これだけ弱らせていれば……!」

 

 そう言って少年は胸の奥から魔力を取り出し始める。

 なのははその様子を敏感になっているままの感覚で感じ取りつつ、無防備な少年を守るために一歩前へ歩み出た。

 すると案の定、怪物が襲いかかってくる。何度も少年に対して繰り返してきた突進攻撃。きっとこれが最後の足掻きだ。

 

「させないっ、レイジングハート!」

 

≪All right. "Protection"≫

 

「できれば受け止めて!」

「っ、わかった!」

 

 弾き返すつもりでいたなのはは、ユーノの指示を受けて咄嗟に柔らかいクッションのようなイメージを形作って防御魔法に込めた。

 レイジングハートの補佐を受けて生み出した薄桃色の膜に怪物が衝突する。ゆらり、と衝突の瞬間に波紋が広がった。しかしその衝撃がなのはたちに来ることはなく、また、弾き返すこともなく、なのはの想像通りに怪物を受け止めることに成功した。

 

「【チェーンバインド】!」

 

 続けざまに拘束魔法を再度発動し、鎖で縛り上げる。発動速度を重視したためにほとんど拘束力は持たないが、足止めには十分だ。

 

「――――(たえ)なる響き、光となれ! 赦されざるものを封印の輪に!」

 

 同時に詠われる少年の言葉。

 彼が突き出した手のひらの先に生み出されたのは、真円を基準として内部に複雑な紋様が描かれた幾何学図形だ。なのはのイメージそのままの『魔法陣』と呼ぶにふさわしいものだった。

 少年が手のひらを突き出すように動かすと、魔法陣が空中を滑るように前方へ移動した。その先にはあるのはもちろん、影の怪物だ。

 怪物は抵抗もできず、そのまま弱点である額を中心にして魔法陣と接触した。

 途端、魔法陣が輝きを増し、火花が散るような激しい衝突音が辺りに響く。怪物は苦しみの声を上げることもなく身をよじらせているが、もはやその抵抗もすぐにできなくなるだろうとなのはは悟っていた。

 なにせ、怪物の全身を巡っていた魔力が、身体の末端から順番に消失していく様子がなのはの目には映っていたのだから。

 

(あの魔法陣が魔力を吸い取ってる……? ううん、押し込めてるって感じかな)

 

 消失と言うよりは収縮か。よくよく見れば、全身の魔力が怪物の額の部分へと押しやられるように流れている。身体を形作っていた魔力が途切れれば当然、身体も消滅していくわけだ。

 そうして額に集まっているはずの魔力だが、なのはの目にはどうにも見えにくい。それというのも、周囲が少年の魔力で覆われていたためだ。魔力という箱に閉じ込めるようにして、徐々に蓋が閉まってきているような感覚を受ける。

 

「ジュエルシード……封印!」

 

 その宣言と同時、怪物の魔力が感知できなくなった。箱が完全に閉じられたのだ。

 影の怪物は文字通り影も形も見当たらず、後に残ったのは、なのはが最初に見つけた蒼い宝石のみ。音もなく地面に転がったそれには、最初になのはが魅かれた怪しげな魅力も消え失せ、もはやただのちっぽけな小石にしか感じられなかった。

 少年はそれを慎重に拾い上げ、ほっと息を吐く。

 

「シリアルⅩⅩⅠ……封印完了、と」

 

 魔力の光もなくなり、森に静寂が戻る。

 木々の合間から淡い月明かりが差し込み、穏やかな風が緊張にこわばっていたなのはの身体をほぐしてくれた。

 

「終わった、の……。ふ……ぇぇ」

 

 実感を込めて呟いた途端、力が抜けたなのははその場に座り込んだ。頭がやたらと重いし、目もショボショボする。重力に身を任せてそのまま後ろに倒れこみそうになったところで、なのはは何かに支えられた。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 支えてくれたのはもちろん、淡い金髪の男の子だ。碧色の瞳に心配を乗せて、肩越しになのはの顔を覗き込んできた。

 こうして間近で見るとまつ毛が長いことが分かり、ますます女の子みたいに思える。体格もなのはとそう変わらない。

 それでもこの子は、影の化け物に対して一歩も引かず立ち向かってみせたのだ。なのはも手助けしたとはいえ、最後には倒してみせたのだから、すごいことだとなのはは感心してしまう。

 ただ、怪物に立ち向かっていたときに見えたその背中は、どこか危うげなものも感じられた。自分で抱えられないものを無理にでも背負いこもうとしているようで、見ていて心配になる。

 責任がどうだとも言っていたし、魔法のことも含めて彼には訊きたいことが山積みだ。

 

 しかし、まあ、とりあえず訊くことは――――

 

 なのはは胸の奥から熱い吐息を一つ吐きだして、二呼吸目に声を上げる。

 

「名前……」

「え?」

 

 きょとんとした彼の顔がなんだか可愛くて。

 なのはは、ふわりと、羽のように笑って言った。

 

「きみの名前、教えてほしいな」




リリカルな封印魔法なんてなかった。


 ユーノ君の使っていた攻撃魔法は【シュートバレット】。初歩の直射型射撃魔法で、主にStSでティアナが使用していたものです(詠唱はオリジナルですが)
 ちなみに1st(映画)でも登場して、なのはの最初の攻撃魔法になってました。直後に三分裂(?)する封印砲撃ぶっ放したので印象薄いけども。
 まあ、攻撃魔法とはいえ、初歩だということで、流石に補助型のユーノ君でも使えるんじゃないかなあ、と……。
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