「――――つまり、ユーノ君はこことは別の世界から、ジュエルシードという落とし物を探しにやってきた。と、そういうことだね?」
「は、はい。簡単にまとめるとそうなります」
とある民家にて。目の前の男性に訊かれ、ユーノは少しこわばった顔で頷いた。
男性の名前は高町士郎という。ユーノの返答に考え込むように目を瞑り、それから湯呑に入ったお茶を美味しそうに飲んでいる。
ユーノはどうにも落ち着かなくて、周囲をそれとなく見渡した。
部屋は広く、中央にテーブルと椅子、部屋の隅にはソファとテレビなどが置かれており、ユーノの常識が間違っていなければ居間だとかリビングルームだとか呼ばれる部屋だろう。キッチンも併設されていて、簡単な仕切りで分けられていた。年期はそれなりといったところだが、住人たちの性格を表すように清潔さが保たれて、大事に扱われているのがわかる。
今、この部屋にはユーノを含めて六人の人間がいた。
まず、ユーノとテーブルを挟んだ対面に士郎。彼は背が高く体つきも比較的がっしりしているが、第一印象で怖いと思う者は少ないだろう。というのも、雰囲気が常に穏やかで、ユーノが最初に話しかけられたときもわざわざ屈んで目線を合わせてくるなど、子供の扱いにもよく慣れていることが窺えた。
士郎の隣に座っているのは、彼によく似た顔立ちの青年だ。士郎の息子で恭也という。
彼は士郎よりも若干目つきが鋭く、身にまとう雰囲気も剣呑とまでいかないが、少し警戒がにじみ出ているように感じた。ただ、これが普段通りというわけでもないだろう。現状を鑑みればこの反応こそが当然ともいえるものだとユーノは納得している。
そんな彼とふと目が合う。別に睨まれたわけでもないが、ユーノはそこから慌てて目をそらした。
「ほら、恭ちゃん。そんな怖い顔してるから、ユーノくん怖がってるじゃない」
一部始終を見ていたらしい眼鏡の少女が恭也に文句を言う。高町美由希、恭也の妹だ。
彼女はユーノの左隣に座っていて、さっきから何かとユーノに気遣いを向けていた。物腰は柔らかく、あまり活発なイメージは持てないが、これでも武道を嗜んでいるとは本人の弁である。
「この顔はもともとだ。……いや、すまなかったな、ユーノ君」
「いえ、僕は別に気にしてませんから。迷惑をかけているのはこちらですし……」
と、美由希に反論した後、バツが悪そうに謝ってくる恭也に恐縮して、ユーノは謝罪の意を口にした。
「そんなに硬くならないで。はい、ホットココアよ」
たしなめるような言葉が降ってきたと思えば、コトリ、とユーノの前にカップが置かれる。そこからは湯気が立ち上り、甘い香りが鼻腔を刺激してきた。
「ありがとうございます……えっと、桃子さん」
ココアを持ってきたのは、先ほどまでキッチンに立ってこちらの様子を見ていた女性だ。士郎の妻にして三児の母、桃子である。
恐縮しきりのユーノに対し、彼女はふわりとした笑みを浮かべて言った。
「自分の家だと思って、というのは難しいかもしれないけれど……そうね。友達のお家に遊びに来た、くらいの感覚でいいんじゃないかしら」
「は、はあ……」
そう言われても困ってしまう。ここにいるのは遊ぶためではないし、この家の住人の誰かと友達になった覚えもない。
そう意識すると余計に落ち着かない気持ちになったユーノは、カップを傾けることで居た堪れなさを誤魔化すことにした。
「あ、おいしい」
と、一口飲んだ瞬間に思わず素直な感想が漏れる。少し甘過ぎるくらいの温かい飲み物が、心身ともに疲れた体に染みわたるようだった。
「そうでしょ? お母さんのココアは絶品なの!」
自分が褒められたように嬉しそうな声。そちらを向けば、ユーノの右隣に座っている女の子が、同じく桃子から受け取ったココアを両手で包み込むようにして抱えながら笑っていた。それは『にっこり』という表現の似合う子供らしいものだったが、桃子の柔らかな笑顔とどこか重なるものがあった。
それも当然かもしれない。彼女は桃子の実の娘なのだから。
高町なのは。
高町家の末っ子にして、ここ、高町家へと招かれることとなった原因でもあり。
そして、ユーノの事情に巻き込んでしまった最初の現地住民でもある。
ジュエルシード暴走体を封印した後。
ユーノはまず、結局戦闘に参加させてしまった現地住民と自己紹介を交わし合った。
高町なのはというその少女は、ただただ謝罪を繰り返すユーノをなだめすかし、そしてこの状況はどういうことなのか、影の化け物はどうなったのか、魔法とは一体何なのか、説明を求めた。
それに対してユーノは黙秘するようなことはせず、一つ一つ説明を……しようとしたところで、なのはを呼ぶ声が聞こえた。
高町恭也、なのはの兄が彼女を探しに来たのだ。
二人に駆け寄ってきた彼はまずなのはを叱り付けた。当然だ。こんな夜中に子どもが一人で家を飛び出し、しかもなぜか木々がなぎ倒され荒れ果てた森の中にいたのだから。彼が言うには、なのはがいなくなったことに気付いた家族は揃って心配し、電話をかけても携帯が部屋に置きっぱなしにされていたため、恭也と父が街中を探し回ったらしい。
それから無事でよかったと安堵する恭也になのはが泣きそうな顔で謝り、ともかく家に帰ろうという段になって――恭也の目がユーノのほうを向く。
鋭い目に射抜かれ、君もついてきてくれるかな、という言葉に頷くしかないユーノだった。
高町家に招待(半ば強制だが)されてからは、まずユーノの親御さんに連絡を取ろうと言われ、それが不可能だと告げたところから説明が始まった。
自分はこの世界の住人ではなく、別の世界からやってきたこと。
その世界では魔法が存在し、危険な魔法の道具をこの世界に落としてしまったこと。
それを回収するためにユーノがやってきて、それになのはを巻き込んでしまったこと。
事ここに至ってはもはや魔法の秘匿などできるはずもなく、素直に事情を話し、なのはを巻き込んだことを真摯に謝罪するユーノに、しかし高町家の面々の反応は鈍いものだった。
あたたかいミルクココアを飲み終え、人心地ついたユーノはようやくその微妙な空気に気付く。
「あの……僕の言うことが信じられませんか?」
魔法については既に実演して見せていた。何もない空間から魔力弾を生み出して軽く操作してみせたし、なのはの指に傷を見つけ(どうやらユーノと会う前に木の枝で引っ掛けたらしい)、それを癒してみせた。
それでなお信じられないというならユーノにはどうしようもなかったが、どうもそういうわけではないらしい。彼らの総意を代弁したのは、なのはの父、士郎である。戸惑うユーノの目を見つめ、納得いかない表情でこう言った。
「いいや、信じる。信じるからこそ、言わせてもらうが……ジュエルシード、だったか。そんな危険なものを回収しに来たのは、君一人だけなのかい?」
「はい。そもそも発掘の指揮を取っていたのは僕ですし、その責任は僕にあります」
「君が発掘隊の隊長?」
素直に答えれば、士郎の顔が驚きに変わる。
「一応は。といっても、学生の集まりの中のリーダーですが……」
元々、ユーノは考古学を専攻とする一学生で、今回の発掘隊はその同門の学生たちで構成されていた。リーダーを務めるからには優秀であるのは間違いないが、所詮は学生だと言われてしまえばそれまでではある。
いや、実際、『所詮』なのかもしれない。ユーノは思う。
ジュエルシードをこの世界に落としてしまったのは、輸送中のことだ。輸送船の突然の事故で、為すすべなく管理外世界――つまり、この世界へとばら撒かれてしまった。
慌てて一人追いかけて来たはいいものの、その後の顛末はこの場にいる面々にも既に話した通りである。ジュエルシードの暴走に遭い、危ういところを現地住民に手助けを受けることでどうにか封印、という情けないものだ。
あの時ジュエルシードを運んでいたのが自分ではなく、本業の大人たちであれば、結果は変わっていたのかもしれない。落とした後であっても、現地住民に助けを借りずに封印できたかもしれない。
そんなものは仮定の話でしかない。しかし、そう思えばこそ、ユーノはさらに強く責任を感じてしまうのだった。
「ああ、いや。馬鹿にしたわけではないよ」
自傷にも似た妄想にとらわれて少し暗い顔をしてしまったユーノに、士郎は自分の言葉で気を悪くさせたと思ったのか、弁解するように慌てて言ってくる。
「魔法の世界の常識は知らないが、僕たちから見れば君は子どもだ。そんな子どもが一人で危険なことをするというのが、どうにも納得できなくてね」
「なのはを探してたときに戦闘の跡らしきものを見たが、ひどいものだったよ。木は何本もなぎ倒されてたし、地面は抉れてた。ジュエルシードの回収ってやつは、そんな危険な目に遭うことに間違いないんだろう?」
恭也の補足するような質問に、ユーノは首を縦に振るしかなかった。
「暴走する前に見つけられればその限りではないですけど……」
弱弱しく反論にもならない補足をつけても、もちろん聞いているほうも晴れやかな顔になることはない。なにせ、つい先ほどまでその暴走が起こっていたというのだから。
それ以前の問題として、ユーノはここでは言わなかったが、そもそも暴走する前のジュエルシードを見つけるのは困難だったりする。ジュエルシードの発する魔力を頼りに探すことになるわけだが、ああいった魔法の道具は魔力を内部に貯蔵しているものだ。つまり通常の状態では大した魔力を発することはなく、ある程度近くにないと探知できないのである。
ユーノは気を取り直すように、ふう、とひとつ息をつき、
「……いずれにせよ、僕がやるしかありません。管理局、つまり魔法世界における治安維持組織ですが、一応はそこに向けて救難信号は発信しています。ただ、次元世界はあまりにも広く、管理局といえど全ての次元世界を常に把握はできませんから、その信号がいつ拾われるかは何とも言えないんです」
ユーノとて、なにが何でも自分ひとりで解決しようとは思っていない。最重要事項はこの世界の安全なのだから、管理局が出てきて協力してくれるならばそれに越したことはない。
しかし、現実としてそれは難しいのだ。定期巡航している次元航行艦が運よく近くに来て、ユーノの救難信号かジュエルシード暴走の魔力などを観測する、という状況が必要となる。
「ジュエルシードはいつ暴走するかわかりません。世界が危機に陥るような暴走は早々ないにしても、いつ来るかもわからない管理局を待っている余裕まではないんです」
暴走の危険性は既に説明している。下手に放置すれば、最悪の場合には世界すらも滅ぼしかねないということまで言っていた。
子供が危険なことに関わるのはダメだ、といくら諭されたところで、現実として危険に対処できるのはユーノだけなのだ。
そういう意味では、極端な話、高町家の面々を納得させる必要などない。そもそも迷惑をかけた以上、説明責任を果たそうとしただけで、別段彼らに何かを求めるわけでもない。
そう、説明はもう十分だ。ならば、もうここらが潮時だろう。
「じゃあ――――」
僕はもう行きます。
そう言おうとしたユーノ。
ユーノは忘れていた。いや、あえて考えの外に置こうとしていたのかもしれない。ジュエルシードに対処できる魔法使いは、自分だけではないことを。
「じゃあ私も手伝うね、ジュエルシードの回収!」
と、ここまでおとなしく話を聞いていたなのはが突然、ユーノの言葉にかぶせるようにしてそんなことを言い出した。
「なのは!? なにを言い出すの!」
驚いたのは姉の美由希だ。
当然の反応だろう。ここまでユーノの説明を聞いていれば、ジュエルシードに関わることの危険性は理解できるはずだからだ。家族が危険に飛び込もうとするのは看過できないだろう。
ただ、驚きを顕にしたのは美由希だけだ。他の家族はといえば、士郎は難しい顔で腕を組んでいて、桃子は困ったように微笑み、恭也は目を瞑って考え事をしているようだった。
なのはの家族の鈍い反応に疑問を覚えつつも、ユーノは首を横に振ってなのはの言葉を否定する。
「ダメだよ。これ以上巻き込むわけにはいかない」
「でも、ユーノ君一人じゃ危ないよ。だって、最初に見たときよりも魔力がすごく減ってるよ?」
「それは……」
思わず口ごもる。それは、なのはの言葉に、ある種の危機感を自覚させられたからだ。
魔力は放っておいても徐々に回復していくものだ。特に体を休めていればより早く回復をする。
今はまだ戦闘を終えてからさほど時間は経っていないため、魔力が減っているのは当然だ。
しかし、である。
それにしても、回復が遅い気がしていた。
もしかすると、この魔法のない文明世界では魔力の回復が遅くなるのかもしれない。あるいはこの世界の環境にユーノ自身の体が慣れていないせいか。
まだ体感でしかないために何ともいえないところだ。しかし、もしもそうであるならば、完全に回復するにはそれなりの時間をおく必要があるだろう。
ジュエルシードは危険だ。急いで集めなければならない。しかし、一度暴走が起こってしまえば、魔力の消耗した体では対抗できない。回復したいが、時間はかけられない。これでは八方塞だ。
戦力がユーノだけであれば、だが。
「戦いのことなんてわからないけど……でも、今日みたいな感じで手伝うことはできると思うの」
「…………」
まっすぐに見つめてくるなのはに、ユーノも真剣に考えてみる。
役に立つかどうかで言えば、間違いなく役に立つ。魔法の素人であっても、
そう考えてみれば、ユーノ一人で捜索するというのは意地でしかない。
気持ちの揺らぐユーノの耳に、落ち着いた声が降ってきた。
「放っておいても危険。探しても危険、か」
声のほうに目を向けてみれば、士郎の真剣な顔が目に入った。
「なら、自分たちの世界が危機にさらされている以上、世界を守るために行動するのは当然と言えるんじゃないかな」
「そう、かもしれませんけど……だからといって」
と、思わず反論するユーノを士郎は手で制して、
「……というのはまあ、建前みたいなものでね」
「え?」
「世界だとか、スケールの大きい話もいいけれど、それ以前に」
士郎が周りを見回す。そこには彼の大事な家族が揃っていた。意思を確認するように一人ひとりの目を見ていく。
そして確信を得たかのように士郎は頷き、
「――――悪いんだけど、目の前に困っている人がいて、見て見ぬふりをできる人間はいないんだよ、ここには」
つられるようにユーノも改めて周りを見渡すと、全員が優しい顔で頷いていた。
なのはの言葉に否定的だったはずの美由希すらも肩をすくめて苦笑いだ。
「なのはが危険なことをするのは反対だけどね。よく考えてみれば、別に戦うとは限らないんでしょ?」
「それに、石っころを探すだけなら、魔法なんてなくても探せる。手はいくらあってもいいはずだ」
美由希の言葉を継いだのは恭也だ。自分の言葉に自身が納得したようにしきりに頷いている。
「え……ちょ、ちょっと待ってください。なんだか、なのはだけじゃなくて、皆さんもジュエルシード探索に参加すると言っているように聞こえるんですが……」
「そう言っているつもりだが」
恭也が端的に答えれば、やはり全員が頷く。
ふと、頭に暖かな感触を覚えた。はっとして振り向くと、笑みをたたえた桃子が頭を撫でてきていた。
「一人で、無理をする必要はないのよ」
「みんなで一緒にがんばるの!」
「そういうことだ」
「皆さん……」
ああ、この人たちは、なんて――――
ユーノは深く息を吐く。諦めと呆れのため息であったが、きっと、安堵の吐息も含まれていた。
自分のことを誰も知らない世界。手助けも救援も望めない。だから、一人でどうにかなる、ではなく、一人で頑張らなければどうしようもないと思い込んでいたのだ。
でも、そうではなかったようだ。
ふと、テーブルに置かれたココアに口をつける。中身がまだ少しだけ残っていた。すっかり冷めていたが、それはユーノの心を溶かしきるには十分だった。
少し気を張り詰めすぎていたのかもしれない。ようやく、ユーノはそのことを自覚できた。飲み干したカップを置いてから椅子に深く背中を預けると、一気に疲れと眠気が襲ってくる。
それを察して、士郎が桃子へと声をかけた。
「今日はこのぐらいにしておこうか」
「ええ。お布団の用意をしてくるわね」
桃子がパタパタと駆けていく様子を見送ってから、士郎はユーノへ目を向けていった。
「詳しいことは翌朝に決めよう。今日はもう疲れただろう。ユーノ君、自分の家だと思って……というのは難しいかもしれないから、友達の家に遊びに来た、くらいの感覚でゆっくり休むといい」
「父さん、それ、さっき母さんが言った言葉を取っただけじゃない」
「そうだったか? ははは」
ああ、温かいな。ユーノは思う。
今日はゆっくりと眠れそうだった。それこそ、自分の家にいるかのように。
――――この数分後。なのはと一緒の部屋で寝ると知って、やっぱり自分の家ではないなあと思いなおしてしまうユーノである。
次回。探索系なのは、本領発揮。